不屈の悪魔   作:車道

22 / 75
ひとときの休息

 革張りの黒いソファに座り心地の良さそうな椅子、天然物のマホガニー材で作られた机と家具が並んだ高級感ただよう部屋に二人の声がこだまする。

 机の前に腰掛けている金髪の青年は微笑を浮かべながら、丁寧なイタリア語で相手方の言葉を受け流していた。

 

 部屋にいるもう一人の黒髪の男はだらしなくソファに身を預けながら、固定電話のスピーカーから垂れ流されている物騒なイタリア語をBGMに、スミス&ウェッソン社製の回転式拳銃『M49ボディーガード・カスタム』の整備をしている。

 

「ついに頭の中まで子供になったんですか?」

『だからわたしの言っていることは本当だと何回言わせれば……もういい、現物を見せてやるから首を洗って待っていろ』

 

 電話先の相手は年端もいかない少女のような声でしきりに悪態をついていたが、(らち)が明かないと判断したのか捨て台詞を吐き捨てて一方的に通話を切った。

 やれやれと肩をすくめながら受話器を戻した青年は、机の上に広げられていた書類を引き出しの中にしまってパソコンの電源を落とした。

 銃の整備をしながら会話を聞き流していた男は、彼の行動を不審に思い手を止め声をかけた。

 

「どうしたんだ、ジョジョ。まだ仕事は半分も片付いてねーようだが」

「もうすぐ彼女がここに来るようなので、出かける準備をしておこうと思ってね」

「あのよォ、ジョジョ。いや、ここはあえてジョルノと呼ばせてもらうが、アンタは本気でディアボロの言ってることを信じるつもりなのか? 魔法なんてもんがあるわけねーだろ。ファンタジーやメルヘンじゃあないんだぜ」

 

 分解整備を終えた拳銃に弾込めしながら金髪の青年──ジョルノ・ジョバァーナに訝しげな視線を送っているこの男の名はグイード・ミスタ。

 イタリアのナポリに本拠地を置く犯罪組織『パッショーネ』の幹部でスタンド使いでもある。

 パッショーネに反旗を翻しボスを倒したチームの一員で、ジョジョ(ボスだとディアボロを連想させるので、あえてジョジョと呼ばせている)、参謀に続くナンバー3の座に就いている。

 

「ミスタ、何度も言っていますがナノハとディアボロは別人だ。それに彼女は無駄なことを言うような性格じゃあない。魔法というのは、オカルトではなくそういう名称の()()を指しているのでしょう」

「ならどうしてナノハの    んだ……ッ!?」

 

 喋っていた言葉が途中で途切れるという独特の感覚。

 正確には途切れるのではなく、自分が何を喋っていたのか認識できなくなると表現するのが正しい。

 あえて言葉で言い表すなら『時が消え去る』と表現できる現象。

 それはかつてパッショーネをまとめ上げていたディアボロのスタンド、キング・クリムゾンの能力に他ならない。

 

「なにをそんなに驚いている。わたしのスタンド能力を味わうのは、これが初めてではないだろう」

「こ、この声は……本当にナノハ・タカマチなのか!? テメーは日本にいるはず……だろ……」

 

 背後から投げかけられた声に過剰に反応したミスタは、とっさに拳銃のグリップを両手で掴み撃鉄を引き起こしトリガーに指をかけた。

 近距離パワー型のスタンドに小口径の9mm弾が通用するとは思っていないが、長年の経験からミスタの体は自然とスタンドを出して警戒態勢をとっていた。

 

 しかし、拳銃の照準器越しに、ソファの背もたれ側から見下ろすように佇んでいるなのはを視界に入れたミスタは、言いかけていた台詞を引っ込めてゆっくりと銃口を下ろし、まじまじとなのはの格好を確認しだした。

 まず目に入ってくるのは左手に握られた杖だ。

 アニメやカートゥーンに出てくる魔法少女が持っていそうな物や、フィクションに出てくる魔女が持っていそうな物とは異なり、妙に機械的な雰囲気を漂わせている。

 次に目に入ったのはなのはの服装だ。

 白色の生地をベースに青色の生地がアクセントに入っている服は似合っているのだが、胸元や袖口についている金属製の装飾品が近未来的な印象を与える。

 

「その手に持った杖はなんだ」

「人工知能が搭載された魔法の杖、レイジングハートだ」

 

 真顔で答えるなのはに対して、ミスタは目を手で覆い大きな溜息を漏らした。

 数分前まで日本からイタリアまで国際電話をしていた人間が一万キロメートルの距離を瞬時に移動して目の前に現れたのは、いささか無理があるものの新手のスタンド使いの仕業で片付けられる。

 

 だが、縁起が悪いという理由で『4』という数字を嫌っているミスタが言えた口ではないが、機械仕掛けの魔法の杖という返答はどうにも納得できなかった。

 

「テメーの出自がオカルトじみてるからって、いくらなんでも魔法の杖はねえだろ。それよりどうやって日本からここまで来たのか説明しやがれ」

「知り合いの魔導師に転移魔法で上空まで送ってもらった、と言っても信じないのだろうな。スタンド使いが固定概念に囚われるなど愚かなことだ。え? お前はどう思う? グイード・ミスタ」

 

 ふわりと浮き上がり軽い音を立ててソファに腰掛けたなのはが、足を組みながらミスタに冷ややかな視線を送る。

 あまりにも自然な動きで宙に浮いたのを見てミスタは目を見張らせた。

 一方、ジョルノは驚いた素振りも見せずに椅子から立ち上がり、なのはの対面に位置するソファに腰掛け口を開いた。

 

「話には聞いています。はじめまして(Piacere)、レイジングハート。ナノハが世話になっているようですね」

《こちらこそ、はじめまして(Piacere mio. )。あなたがマスターの言っていた()()ですか》

 

 ジョルノの挨拶に流暢なイタリア語の人工音声が言葉を返す。

 声が発せられた方向にミスタが顔を向けるも、視界に映るのはジト目でジョルノを睨みつけるなのはと切っ先の球体が赤く点滅している杖だけだ。

 まさか、というミスタの思考を代弁したのは周囲に浮かんでいるスタンドたちだった。

 

「オイオイ、杖が喋ッタゾ! コイツ、スタンドナンジャネエカ」

「オレは機械ダト思ウゼ。最近のパソコンは高性能ダカラナ。ナンナラ今日の昼飯を賭ケルカ?」

「黙ってろピストルズ。おまえたちが喋り出したら話が進まねえだろうが。それとNo(ナンバー).3は勝手に飯を賭けるな。外したらNo(ナンバー).5から奪うつもりだろ」

 

 本体であるミスタの意思を無視して勝手に会話を進めようとしている六人のスタンドたち。

 セックス・ピストルズと名付けられた彼らは六人一組の群体型スタンドだ。

 

 それぞれに1~7の番号が割り振られており(ミスタのジンクスから4番は存在しない)、銃弾の軌道をある程度操作する能力を有している。

 また、彼らが操作した弾丸はスタンドパワーが宿るため、スタンドにダメージを与えることも可能だ。

 ただし、スタンドとしては珍しく自我が強いため、睡眠や食事を取らせてやらないと機嫌を損ねてしまうという欠点がある。

 

「相変わらず騒がしいスタンドだ。ところでジョルノ、さっきは散々バカにしてくれたな。覚悟はできているか」

「そう怒らないでください。逆に聞きますが、あなたは電話越しに魔法があるなどと言われて信じますか」

「……その割には真面目に話を聞いていたようだな」

「あなたの考え方は現実主義(リアリズム)に基いていますからね。理想を追わずに現時点での最善を判断できるという才能は、ぼくも高く評価しています」

 

 ジョルノの言うとおり、理想の絶頂を維持しようなどというこだわりを、なのははとうの昔に捨てている。

 その先にあるのは滅びだということを過去の経験から理解しているからだ。

 だからこそSPW財団やパッショーネと繋がりを持つことで、周囲を取り巻く環境を守ることに徹している。

 

 もっともなのはとパッショーネの関わりはジョルノ直属の幹部たちにしか知られていないため、組織内の立ち位置は以前のディアボロとあまり変わっていない。

 大きな違いは命令する権限を持っていないという点ぐらいだ。

 

「ところで勝手に魔法を使っていいんですか? 時空管理局という組織が魔法を管理していると言っていたのはあなたですよね」

「連中の人事には話を通してある。故意に魔法を広めさえしなければ問題はないそうだ。ある程度自由に魔法を使っていいという許可ももぎ取ってきた。悪用するなときつく言い聞かされたがな」

 

 アースラから降ろされた数日後、再び呼び戻されたなのはは映像通信越しにレティと交渉を行っていた。

 世間話もそこそこに、レティはなのはに管理局の保護下に収まらないかと提案した。

 

 なのはがスタンド使いで、なおかつ魔導師であることはSPW財団の資料やプレシアとの会話でスカリエッティに知られており、拉致される可能性がある。

 現地に局員が滞在していない地球では警護することも難しく、管理局地上部隊の本拠地が置かれている第1管理世界『ミッドチルダ』に移住することを提案してきたのだ。

 もちろん、レティの提案になのはが頷くはずがない。管理局の保護下に収まるということは、つまり遠回しに管理局員になれと言っているようなものだ。

 

 それに加えて故郷から離れて異世界で暮らすなどという選択は論外だった。

 本来ならリンカーコアを封印して魔法を捨てて地球で暮らすという選択肢もあったのだが、なのはの情報がスカリエッティに知られており、魔法を捨ててしまったら何かあったときに抵抗する手段がスタンドだけになってしまうため除外された。

 

 平行線をたどる交渉は双方が妥協する形で終わりを迎えた。

 移住こそしないものの、魔導師からの適切な指導と魔導師ランク試験を受けること。

 そして聖王協会に希少技能(スタンド)の申告を行うことが取り決められた。

 

 聖王協会とは次元世界で幅広い勢力を持っている宗教組織だ。

 教会騎士団という魔導師の私兵部隊を有しており、ロストロギアの保守、管理やレアスキルの認定、研究などを行っている。

 管理局ともある程度の情報交換を行っており、共同で作戦を実行することもある。

 スタンド能力を公開することになのはは難色を示したが、見返りとして示唆された地球での魔法の使用権を前に仕方がなしに承認した。

 最後に管理局に入りたいならいつでも連絡してきて欲しいとレティに言われたなのはは、自分の身は自分で守るとだけ言い残し通信を切った。

 こうしてなのはが転移魔法でイタリアまで来れたのも、この権利を使ったからだ。

 

「それでわざわざここまで来たということは、ぼくになにか用事があるんでしょう?」

「ああ、その通りだ。話せば長くなるが──」

 

 長いようで短い一ヶ月に渡る海鳴市での出来事を語りながら、なのはは追想にふける。

 まだ全てのジュエルシードは集まってはいないが、杜王町に一時の平和は訪れたことを改めて実感した。

 

 

 

 

 

 わたしが魔法を知る切っ掛けとなった事件は取り敢えずの終息を迎えた。

 事情を説明した後にジョルノを引き連れて(ミスタもいるけど)時の庭園に向かったわたしたちは、アリシアの蘇生を試みた。

 事前に合流していた仗助がクレイジー・Dで肉体を直し、ジョルノのゴールド(G)エクスペリエンス(E)レクイエム(R)で生命エネルギーを注ぎ込むという荒業は、意外なことに苦もなく成功した。

 

 正直なところ、成功率は五分五分だろうと踏んでいたのだが、仮死状態で魂が残っていたとはいえ蘇生に成功したのは驚きだ。

 ちなみにアリシアの存在は、表向きにはプロジェクトF.A.T.Eで造られたクローンの内の一体ということにされている。

 死者が生き返ったことを下手に広めると、厄介な輩が山のように集まってくるだろう。

 わたしは不老不死に興味はないが、権力者ほどその手の話題に食いついてくる。

 

 SPW財団と管理局の交渉は半年後を予定されている。

 承太郎に取り次いでもらい話を通すことはできたのだが、SPW財団も一枚岩とはいえないため意見を統一する時間が必要となった。

 それとその後の調べでわかったことだが、スタンドに関するデータの他に、ナイル川の底から回収された刀剣のスタンドと、スーパー・エイジャという波紋エネルギーを増幅する石が消失しているという事実が明らかになった。

 無くなった時期から考えて、犯人はスカリエッティの可能性が高いだろう。

 

 ユーノはもう少し地球に残ることを選んだ。

 ジュエルシード捜索はすでに管理局が担当することに決まっているが、最後の一個が見つかるまで帰るつもりは無いそうだ。

 それと魔法のレクチャーが中途半端になっているのが気がかりらしく、わたしの魔法の腕が半人前程度になるまでは地球に滞在するらしい。

 こちらとしても願ったり叶ったりなのだが、お人好しすぎて見ていて不安になる。

 

 フェイトはプレシアと過ごすことを選んだ。アリシアとの仲は意外と良好なようで、念話で長々とアリシアの話を聞かされる羽目になった。

 一方、プレシアとの仲は以前よりはマシになったものの歩み寄る勇気が出せないらしく、ぎこちない関係のまま進展していない。

 それはプレシアも同じらしく、恥を忍んでわたしに相談してきた。

 小学生にそんなこと相談してくるなと突き返したが、これに関してはそのうち時間が解決するだろう。

 

 こうして2003年の春は、ほとんどの人々にとっていつもの春と同じように、当たり前に過ぎ去っていった。

 だが、今回の事件は始まりに過ぎない。()()の本を宿した少女が新たな事件を呼び込んで来る日はそう遠くはない。

 

 

 

 

 

第一部 ジュエルシード・トゥルーパーズ 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よろしかったのですか? やろうと思えばプレシアを内々で処分することは可能ですが』

「彼女はわたしの計画において障害には成り得ない。無闇に才能のある人材を散らすのは、ミッドチルダの不利益に繋がるだけだ。……それで、彼女の研究は君の役に立ちそうか?」

『数さえこなせば可能性はあります。しかし『矢』とクローンを利用したとしても、スタンド使いを量産するのは難しいでしょう。やはり地道にスタンドDISCを集める必要があります』

「面倒だが仕方がない。引き続き頑張ってくれたまえ、エンリコ・プッチ査察官」

『お気遣いありがとうございます、ファニー・ヴァレンタイン執務官長。それでは失礼致します』

「……ミッドチルダが真の栄光を得る日はまだ遠い。だが最初のナプキンを取るのは、最高評議会ではなくこのわたしだ。いつまでも耄碌(もうろく)した老人どもの時代が続くと思うなよ」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。