不屈の悪魔   作:車道

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そいつの名は高町なのは その③

 1999年6月29日の昼過ぎ、その凶報は母の言葉という形で前触れもなく届けられた。

 その日、わたしは定位置となっている休憩室の片隅で、椅子に座ってテレビを眺めていた。

 時間帯が悪かったのか、どのチャンネルも主婦向けのドラマかバラエティ番組の再放送、胡散臭い通販番組しか流れていない。

 正直なところ、あまり面白くはないのだが借りてきた本を全て読み終えてしまって暇だった。

 つまらないテレビ番組を見るのに飽きて足をブラブラさせていると、慌ただしい足音とともに扉が乱暴に開け放たれ母が部屋に入ってきた。

 

「どうしたの?」

 

 わたしの問いかけに母は切羽詰まった表情で何かを言おうとして口ごもってしまった。

 数秒間、目を閉じて思案した後にわたしの目を見ながら発せられた母の言葉は、にわかには信じられないものだった。

 

「ついさっき、士郎さんが『事故』に巻き込まれて病院に運ばれたって連絡が来たの」

「……え?」

 

 数日前から父はボディーガードの仕事で遠方に出かけていた。それ自体は珍しいことではない。

 数ヶ月に一度、父は数日間だけ家を開けて仕事に出かけることがある。

仕事の内容までは知らないが、もしやその仕事で怪我を負ったのだろうか。

 

 怪我の具合を聞こうと口を開きかけたが、母の青ざめた顔色から父の容態が危険な事を察して声を出せなかった。

 これから病院に行くとだけ告げて兄と姉に連絡しに向かった母の背中は、なぜかとても小さく見えた。

 

 

 

 連絡を受けた兄と姉は学校を早退して息を切らせながら大急ぎで翠屋にやって来た。

 あらかじめ呼んであったタクシーに乗って向かった海鳴大学病院の手術室前で、わたしたちは医者から命に別状はないので心配しなくてもいいと説明された。

 怪我の容態は子供のわたしが同伴しているからか、かなり軽い表現で説明されたが、少なくとも四肢の欠損や顔への怪我がないことはわかった。

 

 医者からの説明が終わると、続けざまに近くで待機していた警察官から父がどんな事故に巻き込まれたのか聞かされた。

 事故現場は商店街の一角にある『靴のムカデ屋』という靴屋。

そこで血まみれになって倒れている父と店主の首無し死体が、窓ガラスが割れていて不審に思った通行人に発見されたそうだ。

 

 死因や怪我の原因ははっきりしていないが、室内には何かが爆発したと思わしき痕跡が残っていたらしい。

 だが不思議なことに近隣住人は爆発音を誰も聞いておらず、爆発したと思われる何かのかけらも見つかっていない。

まるで()()()()()()()()()()()ようだと警察官は首を(かし)げながら語っていた。

 

 込み入った話をするため警察官に引きつられて別室に向かっていく母の姿を見つめつつ、わたしは奥歯を噛み締めながら父の身に何が起こったのか考えていた。

 真っ先に思い浮かんだのは爆弾で暗殺されかけたという線だが、その可能性は考えにくい。

 

 爆発物は暗殺でよく使われる手段ではある。

だが、犯人が父を確実に殺す気があったのなら、自宅か翠屋に爆弾を仕掛けていたはずだ。

 実の父親の過去を詮索するのは心苦しいが、全身に刻まれた無数の傷から真っ当な人間ではないことは容易に推測できる。

 だが、心魂が腐った人間ではないのも明らかだ。

オレは裏社会に属している人間を腐るほど見てきた。

 

 オレには崇拝されるような人並み外れたカリスマ性こそ備わってなかったが、組織運営能力と人を見る目なら多少の自信がある。

 最終的に構成員に裏切られてボスの座を乗っ取られたが、あれは部下が勧誘した構成員なので関係ない。

オレの指令なら命すら投げ捨てられる部下だって多くはないが確かに存在した。

 そもそも()の強いスタンド使いを正体を隠したうえで金や恐怖心だけでコントロールしようとしていた時点で無理があったのだ。

 

 ……オレの失態や父の経歴はともかく暗殺の線が薄いとなると、この事故は父の過去や仕事とは関係のない何らかの事件に巻き込まれただけなのかもしれない。

 しかし、暗殺の可能性がまったく無いわけでもない。

爆発音のしない爆弾なんてものは現実には存在しないが、それを実現する手段をわたしは知っている。

 

 例えば、あまり効果的な能力の使い方ではないが、わたしでもキング・クリムゾンで爆弾が爆発する瞬間だけ時間を吹き飛ばして、爆音という過程を知覚させずに爆発した結果だけを残すことは可能だ。

 そう、スタンド能力を使えば警察には証拠の掴めない現象を引き起こすことができる。

 そして爆弾の残骸が見つからないということは、父を襲った犯人は爆弾かそれに近いスタンド能力を持った人間の可能性が高い。

 

 スタンドが発した音は基本的にスタンド使いにしか聞こえない。

 一部の例外として物質と同化したスタンドの音や、物理的に干渉して物音を出した場合、音を出すこと自体がスタンド能力になっているなら話は別だが、それらの例に当てはまるスタンドなら周囲の人間が爆発に気がついていたはずだ。

 

 裏の世界で暗殺者として名の知れているスタンド使い、皇帝(エンペラー)のホル・ホースは拳銃型のスタンドを使うが、その銃声はスタンド使いにしか聞こえない。

 それと同じように爆弾のスタンド使いが出した爆音も、普通の人間には聞こえないのだろう。

 だが、暗殺が目的なら半殺しの状態で父を放置した理由がわからない。

やはり父はスタンド使い同士の戦闘に巻き込まれたのだろうか。

 

 どちらにせよ早急に杜王町で何が起こっているのか調べる必要がある。

 ふつふつと沸き起こる怒りや憎しみに近い感情を誤魔化すために視線を泳がしていると、照明の光を反射して室内を映し出している窓ガラスが視界に入った。

 

 窓の外はすっかり日が暮れて一面の闇に包まれている。そうしていると鏡のように反射している窓ガラスにくっきり写ったわたしと目が合った。

 窓ガラスの向こう側にいるわたしは口元に弧を描きながら、深海を思わせる濁った蒼色の瞳でこちらを見つめてきた。

 

 その目が無敵の能力を使って平穏を維持しろと訴えかける。

 

お前の絶頂を邪魔するものは全て殺せと囁きかける。

 

 違う、わたしはそんなものを望んではいない。

頭を左右に振って心の内に広がった漆黒の意思を振りほどく。

 もう一度、窓ガラスに写った自分の顔を確認すると、そこにはいつもと変わらない無表情なわたしの顔が写っていた。

 

 警察官から詳しい話を聞き終えた母が戻ってきてから九時間が経過した。

すでに日付が変わっており、いつもならとっくに寝ている時間なのだが、不思議と眠気はやってこなかった。

 通路に置かれた長椅子に座って静かにしていると、手術室のランプが赤から緑に変わって扉が開かれた。

 

 話を聞くために立ち上がったわたしたちは、中から出てきた執刀医に無事に手術が終わったことを告げられて安堵のため息を漏らした。

 祈るように父の身を案じていた姉は、経過を見なければハッキリしないが、リハビリこそ必要なものの日常生活を送るのに問題は無いだろうとわかって、気が抜けたのか地面にへたり込んでしまった。

 

 眉間にシワを寄せながら手術室を食い入るように見つめていた兄はへたり込んだ姉を支えつつ、複雑そうな表情を浮かべながら医者の話を聞いていた。

 おそらく後遺症が残る可能性が高いという話を聞いて、父が助かったという嬉しさと以前のような動きができなくなるのではないかという悔しさが綯い交ぜになっているのだろう。

 

 ストレッチャーに載せられて手術室から集中治療室に移された父の姿はとても痛々しいものだった。全身に包帯を巻かれて口には人工呼吸器が取り付けられている。

 薬品の匂いが漂う集中治療室には、心電図の規則正しい電子音と眠っている父の呼吸音だけが響きわたっていた。

 

 この日、父が目を覚ますことは無かった。

数日もすれば目を覚ますと医者に言われたが、二度と父は目覚めないのではないかという不安感が拭えなかった。

 

 もう少し父の様子を見ていたかったが、いつまでも居座るわけにもいかないので、わたしたちは後ろ髪を引かれながらも病院を後にした。

 死ぬような怪我ではないはずなのに、どうしてか不安感が心のなかから消えない。

わたしは夢の中で聞こえてきたアイツの言葉を思い出していた。

 

『自分を知れ……そんなオイシイ話が……あると思うのか? おまえの様な人間が、平穏に暮らせるはずがない。その報いはいずれ周囲の人間に降り掛かってくる』

 

 あの悪夢から目を覚ます直前、わたしは必ずこの言葉を聞かされる。

わたしはレクイエムの呪縛から完全に解放されたわけではないのだ。

 たとえトラウマが見せる妄想だとしても、わたしの心はレクイエムに囚われ続けている。

 

 そしてついに悪夢は現実になってしまった。

偶然だということは理解している。それでもわたしは父に何があったのか調べなければならない。

 スタンドはスタンドでしか倒せない。法ではスタンドが起こした事件を裁くことはできない。

 だからわたしが自分の意志で行動する。

そして父の怪我の原因がスタンド使いなら……わたしの平穏を壊したヤツに然るべき報いを与えてやる。

 

 

 

 

 

 翌日、わたしは『靴のムカデ屋』に忍び込むため昼間から家を抜けだした。

 普段は翠屋に居る時間帯なのだが、人目のある場所から抜け出すのは難しいので、母には調子が悪いので家で留守番すると言っている。

 ……騙して悪いとは思っているが、こうでもしないと平日の昼間に出歩くことなんてできない。

 

 目立たないように裏道を通りながらやって来た靴屋からは人の気配が感じられなかった。

 どうやら今は警察の現場検証は行われていないようだ。

通りに面している窓は粉々に壊されていて、人が勝手に入り込まないようにKEEP OUT(立入禁止)と書かれた黄色いテープが張り巡らされている。

 

 しかも外から中の様子が見えないように、窓ガラスがあった部分が青いビニールシートで封鎖されている。

 仕方がなく裏口に回りこんでみるが、正面と同じようにしっかりと補修されてしまっている。

 二階の窓は開いているが、あそこから入るのは不可能である。

ビニールシートを引き裂いて侵入してもいいが万が一、誰かに見つかると厄介だ。

 

(……しょうがない、数年ぶりに時間を飛ばすか)

 

 スタンドを背後に出して能力を発動させると、依然変わりなく宮殿が世界を包み込んだ。

 滅多にスタンド能力を使う機会がないので、わたしは数えるほどしか発動させた覚えがないが、能力は無事に発動してくれたようだ。

 

 ゆっくりと壁をすり抜けて室内に歩を進めると、すぐに限界になり宮殿が勝手に解除された。

 やはり時を飛ばせる時間がオレと比べるとかなり短くなっている。

腕時計で確認していたが、現実の時間に直すと五秒ほどしか時を飛ばせてないようだ。

 

 全盛期(ディアボロ)の3分の1しか時を飛ばせなくなっているのも厳しいが、それ以上にエピタフを使えないのが厄介だ。

 キング・クリムゾンの額にあるもう一つの顔には、自分の周囲の未来を映写する能力が宿っているのだが、今は眠ったように目と口を閉じてしまっている。

 

 最初はわたしの中からもう一つの人格が消えた影響で使えなくなったのだと思っていた。

 だが思い返してみればジョルノとの戦いのときはドッピオが居なくても使えていた。

そうなるとエピタフが使えないのは、わたしの精神的な問題なのだろう。

 

 裏口の先はキッチンだったようで、何かが暴れまわったのか電気コンロが無残にも破壊されていた。

 しかし不可解なことに、そのほかの調度品はほとんど壊されていない。

爆発で壊されたような跡は残っているのに、どこも焦げていないというのも不自然だ。

 

「やっぱりスタンド使いの仕業なのかな」

「そういうお前もスタンド使いなんだろう?」

「誰だッ!」

 

 わたしは咄嗟(とっさ)に声が聞こえた方向に向けてスタンドの拳を突き出していた。

 しかし手応えは感じられず、ひらひらと一枚の紙切れが宙を舞った。

いや、どうやらこれは写真のようだ。

古びた矢を持った壮年の髪の毛が寂しい男が映っている。

 

 ……待て、この矢には見覚えがある。

そうだ、この矢はオレがエジプトで発掘した『スタンドの矢』の内の一つに間違いない。

 

「待て! わしはお前の敵じゃあないッ!」

 

 写真の中から特徴的な男の声が聞こえてきた。どうやらあの声の主は目の前で浮かんでいる写真の男のようだ。

 必死に敵意が無いことをアピールしているが、わたしは問答無用でスタンドを使って写真の男を掴みこんだ。

 わたしの見た目に騙されて油断していたのか、写真の男を意外なほどあっさりと捕まえることができた。

 

「は、離せ、このクソガキッ! まさかオマエもクソッタレの仗助たちの仲間なのかッ!?」

「わめくな。破り捨てられたくなかったら、わたしの質問に答えろ」

 

 写真を握っている手に力を込めると、ビビったのか写真の男は冬のナマズのように大人しくなった。

 この手のスタンドは厄介な能力を持っていると踏んでいたのだが、思っていたよりも戦い慣れていないようだ。

 さて、この男がどうしてスタンドの矢を持っているのかはわからないが、ここで何があったのか聞き出させてもらうとしよう。


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