外見というのは人間の第一印象を決める重用な要素だ。
鼻や耳にピアスをつけたり刺青をしていれば、それだけで気の弱い人間は萎縮してしまう。
逆に喧嘩慣れして無さそうな外見なら相手に油断を誘うこともできるだろう。
そういう観点から見れば、幼い子供という見た目もそう悪くはない。
実際、写真の男はわたしのことを子供だと油断して接近してきた。
大方、甘い言葉でわたしを騙して利用するつもりだったのだろう。
「まずはその矢をどこで手に入れたのか教えてもらおうか。ただし、わたしを騙そうとは思うなよ?」
脅し代わりに写真を少しだけ引き裂くと、写真の男が小さな悲鳴を口から漏らした。
……やけにうそ臭い反応だな。
ダメージが本体にフィードバックしているわけでもないのに、反応が大きすぎる。
パッショーネの暗殺チームに所属していたイルーゾォと同じタイプのスタンドなのか?
イルーゾォのスタンド、『マン・イン・ザ・ミラー』は鏡の中の世界を創りだし、指定した物体だけを引きずり込むという能力を持っている。
あくまで空間を作る能力なので出入口となる鏡を破壊されても本体にダメージは入らない。
写真の男のスタンドが『写真の中の世界』を行き来する能力なら、その理屈が当てはまる。
わたしに抵抗しないのは、写真の中に引きずり込む条件を満たせていないからだろう。
周囲を見渡すと部屋の片隅に目立たないようにポラロイドカメラが置いてあった。
しかも写真の男が逃げようとした方向にだ。
マン・イン・ザ・ミラーが鏡に映った相手しか引きずり込めないように、写真の男のスタンドは写真に写った相手しか引きずり込めないのかもしれないな。
「こ、この矢は十数年前にエジプトでとある老婆から手に入れたものだ」
「その老婆は、エンヤという占い師か?」
「ああ、そうだ。わしはヤツに貸しがあって、その報酬としてこの矢を譲り受けた」
写真の男は慌てた様子でべらべらとわたしの問いに答え始める。
身振り手振りがうそ臭いが話自体は嘘では無さそうだ。
この世界にもスタンドの矢が存在するとなると、オレとは似て非なるもう一人のディアボロが居る可能性が高くなった。
オレは故郷を焼き払った後、目的もなく旅をしていた時期があった。
その途中、路銀を稼ぐためにエジプトで遺跡発掘のバイトをしていた時に、偶然にもスタンドの矢を発掘したのだ。
その際に
それから少し経った頃、オレは両方の手が右手のエンヤ・ガイルという不気味な老婆と出会った。
彼女はその道では有名な占い師で、スタンドの矢を持っているということを占いで予知していたらしい。
エンヤは破格の大金を用意して、オレの持っているスタンドの矢を買い取らせてくれと言ってきた。
彼女が何に使うため矢を欲しがったのかは分からないが、オレは目の前に積まれた大金に目が眩んだ。
これだけの大金があれば今よりもいい暮らしができる。
オレと同じ行く当てのない人々の受け皿になれる。
より優れた運命を選択して絶頂を手にすることができる。
オレは迷うことなく発掘した六本の内の一つだけを手元に残して、残りをエンヤに売り渡した。
そうして手に入れた金を元手に、裏社会の浄化を名目としたギャング組織『パッショーネ』を作った。
オレがエンヤに矢を売り渡してから数年後、彼女が死んだという話を知った。
風の便りに聞いた話によると、エンヤはDIOという吸血鬼の信奉者だったらしい。
嘘か本当か怪しい話だが、エンヤが死ぬ間際に雇われていたと噂されているホル・ホースは、吸血鬼に関係する仕事は絶対に引き受けないと公言しているそうだ。
エンヤが死んだと知って矢の行方を独自に調べたこともあったが、結局どうなったのかは分からなかった。
エンヤの縁者が持ちだしたか、SPW財団が回収したのだろうと考えていたのだが、まさかその内の一本がこんな近場にあるとはな。
「それじゃあ次の質問だ。この靴屋で戦ったスタンド使いは誰だ」
「そ、それを聞いてどうするんだ?」
「いいから黙って答えろ」
「く、空条承太郎という大男と、
ここで戦ったのはその二人だ! それ以上は何も知らんッ!」
ここで関わってくるか、空条承太郎。
なぜヤツが日本に来ているのか気になっていたが、スタンドの矢を回収しに来たのなら話の辻褄は合う。
問題は写真の男が本当のことを言っているかどうかだ。
この男の言い分では、承太郎とコウイチという学生が争ったようだが、なにか隠し事をしているように思えてならない。
わたしが写真の男を睨みつけると、露骨に動揺して目をそらした。
嘘はついていないが、真実も喋っていないといったところか。
消去法で考えると、コウイチかムカデ屋の店主が爆弾のスタンド使いということになるが、仮に写真の男が爆弾のスタンド使いの協力者だとして、仲間の名前をわざわざバラすか?
動揺しているように見えて、写真の男は反撃の機会をうかがっているようにも見える。
ここは追い詰めて更に情報を吐き出させるべきだな。
「そうか、なにも知らないのか。ならばキサマはここで用済みだ」
「ま、待ってくれッ! わしはお前と協力することができるッ!」
わたしの目的は父が怪我をする原因となったスタンド使いたちを、二度とスタンドを使えないように徹底的に傷めつけることだ。
どんな崇高な理由があったとしても関係ない。
父が怪我をしたという結果は覆らないのだ。
だが承太郎やコウイチ、写真の男を再起不能にさせたとして、仲間がいないとは限らない。
全盛期には及ばないにしてもキング・クリムゾンは強力なスタンドだ。
しかし複数のスタンド使いを相手するのは体力的に無理がある。
ならば最後は裏切るとしても、一時的に写真の男と協力するというのは悪い手ではない。
それにコイツはスタンドの矢を持っている。
わたしには必要のないものだが、スタンド使いを増やせば父の怪我を治せる能力を持った者が見つかるかもしれない。
……まあ、その選択肢はありえないだろうがな。
この男はわたしのことを舐めきっている。
最初からコイツはわたしに協力するつもりなんて微塵もないのだろう。
「わたしに協力して欲しいのなら、承太郎とコウイチのスタンド能力を教えてもらおうか」
「おお、協力してくれるんだな! ならわしとお前は仲間だ。もういいだろう? さっさと手を離しておくれ」
「……いいだろう」
わたしが手を離すと写真の男がニヤリと笑みを浮かべながら、写真から身を乗り出してポラロイドカメラの方向に糸を飛ばした。
無論、写真の男が逃げ出すことは想定済みだ。
エピタフがなくてもこの程度の行動は予測できる。
「フッフッフッフッフ、フッフッフッフッフ、まんまと騙されたな。
誰がお前みたいな生意気なクソガキと手を組むかッ!」
「騙されたのはキサマの方だ、このヌケサクが」
宮殿に取り込まれると、わたしを除いた全てのものの動きは非常に遅くなる。
いかに相手が素早く動けようが、先に回りこんで対処することは簡単だ。
写真の男よりも先にカメラに近寄ったわたしは、キング・クリムゾンの拳をカメラに振り下ろしながら時を再始動させた。
「やはりカメラが能力の発動条件だったようだな」
「な……なにィ───ッ!?」
いきなりわたしが目の前に現れてカメラが破壊されていることに驚いて固まっている写真の男を、すかさずスタンドで握りしめる。
写真から体を出している今なら攻撃も通用するだろう。
正直に喋らないのなら拷問も手の一つだ。
「き、キサマのスタンドはまさか、空条承太郎のように時間を止める能力なのかッ!?」
「その話、詳しく聞かせてもらおう……なんだ、この音は?」
その話が本当かどうか聞き出そうと手に力を込めかけたその時、裏口の方から戦車のキャタピラが回っているような金属音が聞こえてきた。
その音を聞いた写真の男が突然、大きな声で騒ぎ始めた。
「おお! 来てくれたか、わしの息子よッ! さあ、早くこのクソガキを爆破してくれッ!」
爆破という単語を聞いた瞬間、わたしは理解した。
爆弾のスタンド使いはコウイチや店主ではない。
写真の男が呼びかけている息子という人物こそ、父を傷つけた真犯人なのだと。
じっと身動きをせずに裏口を警戒していると、封鎖のために貼られていたブルーシートを突き破って一体のスタンドが突っ込んできた。
前面にドクロのような飾りがついた砲身のない戦車のようなスタンド。
本体が目に見える範囲に居ないということは、遠隔操作型のスタンドなのだろう。
能力は不明だが爆発に関する能力を持っていると考えて対処したほうが良さそうだ。
スタンドの右手で写真の男を掴んで、空いた左手で迎え撃つために構えを取る。
「コッチヲ見ロォ~~~ッ!」
「キング・クリムゾンッ!」
無機質な声を出しながら一直線に向かってくる敵スタンドに向けて、渾身の力を込めた拳を叩きつける。
殴り飛ばされた敵スタンドは、窓の付近で遠隔操作型とは思えない凄まじい爆発を起こして、貼ってあったブルーシートを吹き飛ばした。
煙の中から這い出てきた敵スタンドは、ほとんどダメージを受けた様子がなかった。
キング・クリムゾンは精神的な影響で能力が劣化しているとはいえ、パワーやスピードは全盛期と同等のレベルまで戻っている。
それなのにここまで攻撃が通用しないのは異常だ。
このまま片手で戦い続けるのは難しいと、今までの経験が警笛を鳴らす。
少し悩んだが、わたしは写真の男から手を離して、両手を使って戦車のスタンドに殴りかかった。
時を飛ばすには数呼吸、間を置かなければならない。
それまでの時間を稼ぐにはこうするしかなかった。
「コッチヲ見ロッ!」
「クッ……」
両手を使った殴打を何発食らわせても敵スタンドは動きを止めない。
決して倒されることのないスタンドなら知っているが、これほどまでに耐久度の高いスタンドは初めて見た。
本体を探そうにも、遠隔操作型のスタンド使いが近くに隠れているとは考えにくい。
そもそも顔や名前すら分からない相手を探す手段がない。
写真の男もドサクサに紛れて逃げ出したようだ。
今から追いかけてもすでに手遅れだろう。
最低限の情報と承太郎のスタンド能力が分かっただけでも十分の収穫だ。
性懲りもなく飛びかかってくる敵スタンドを外に投げ飛ばし、時を吹き飛ばす。
そのまま表通りに移動すれば、敵はわたしの姿を見失うだろう。
ここで一時『退く』のは敗北ではない。
次に繋げるための一手だ。
次こそは必ず正体を掴んでやる。
ひとまず表通りに撤退したわたしは、一旦家に帰り写真の男が喋っていた人物の名前を紙に書き写していた。
フルネームがわかっているのは空条承太郎とヒロセコウイチの二人、名前だけわかっているのはジョウスケという人物だ。
名前からして男だろうが、年齢と容姿がわからないので探しようがない。
空条承太郎に関しては容姿も名前も判明しているが、どこに宿泊しているのかわからない。
運任せで街を歩き回って見つけられるとも限らない。
そうなると比較的調べやすいのはヒロセコウイチという学生だ。
電話帳でヒロセという苗字の家を探して電話をかけまわれば、いずれは行き着く。
あとは住所を調べて家に乗り込めばいい。
コウイチが承太郎や写真の男と繋がりがあるなら、連絡先を知っているはずだ。
だが行動を起こす前に、考えておかなければならないことがある。
それは承太郎のスタンドにどう対処するかということだ。
写真の男はコウイチのスタンド能力を簡単にバラそうとした。
そのことから考えるに、この二人は恐らく仲間では無いのだろう。
仮に仲間だとしても、利用しあうだけの関係のはずだ。
そうなるとコウイチは承太郎と繋がっている可能性が高い。
その場合、コウイチに手を出すと承太郎が出張ってくるのは確実だ。
それに承太郎も父の仇の一人である。
ヤツのスタンド、『スタープラチナ』の能力は謎に包まれていた。
ダイヤモンドと同等の硬さのスタンドを砕き、ゼロ距離で放った銃弾すら掴むことのできる精密さを持っているという話は有名だが、能力については誰も知らないのだ。
恐らく時間を止めるという能力を意図的に使っていなかったのだろう。
もしくは使わざるを得ない状況に陥ることがなかったのか。
キング・クリムゾンもスタープラチナと同じ近距離パワー型のスタンドで、時間に関係する能力という共通点を持っている。
だが能力の本質は全く違う。
実際に戦ってみなければ分からないが、回避に特化している時飛ばしとは違い、 時止めは攻撃にも応用できる能力のはずだ。
問題はヤツが何秒、時間を止められるかどうかだ。
一秒か、十秒か、一分か、それで対処の方法が変わってくる。
しかも下手に時を飛ばせば、能力を再発動させるまでの間に時間を止められて攻撃される可能性がある。
未成熟な体で近距離パワー型スタンドの一撃を受ければ、一発で再起不能になってしまうだろう。
ならば時間を止めても攻撃できないような状況を作ればいい。
ヤツはわたしのスタンド能力を知らないのだ。
それなら不意を突く方法はいくらでも存在する。
わたしはドス黒い感情が心の中に広がっていくのを感じながら、誰もいない家の中で一人静かに計画を練り始めた。
Q.『アトム・ハート・ファーザー』と『マン・イン・ザ・ミラー』って本当に同じタイプのスタンドなの?
A.違います。
『アトム・ハート・ファーザー』は撮影したばかりのポラロイド写真に写っている人物の魂を写っている空間に閉じ込め、本体が写真の中で閉じ込めた魂を傷つけると実際にダメージが伝達する能力。
鏡面に映り込んでいる対象を攻撃することで、その対象にダメージを伝達させる『ハングドマン』と同じタイプのスタンドです。
『マン・イン・ザ・ミラー』は現実世界が元となった無機物が反転していて生物のいない鏡の中の世界を創りだして、出入口となる鏡から本体が取捨選択したものを出入りさせる能力。
何かに挟まれることで、基本世界が元となった隣の世界と行き来できる『D4C』と同じタイプのスタンドです。