不屈の悪魔   作:車道

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キング・クリムゾンv.s.(バーサス)スタープラチナ その①

 杜王グランドホテルは海岸から駅までの間にある農業地帯の境目近くに建っている大きなホテルだ。

 杜王駅から直行のバスが出ていて十五分もあれば行き来することができる。

 

 プライベートビーチも完備しており、スイートルームからは杜王町の町並みが一望できる。

 承太郎はこのホテルのスイートルームに四月から宿泊している。

 

 当初はこれほど長期に渡って宿泊し続ける予定ではなかった。

 承太郎がこの街に来た理由は自身の祖父であるジョセフ・ジョースターの隠し子──東方仗助が杜王町に住んでいることが発覚したからだ。

 

 承太郎は加齢により身体能力が落ち気軽に身動きのできないジョセフの代わりに顔合わせと遺産相続の話をするため、一週間ほど滞在する予定だった。

 しかし杜王町に『スタンドの矢』があると発覚して、急遽予定を変更して街に残っているのだ。

 

 その後、紆余曲折を経て形兆の持っていた矢は確保したのだが、それだけで事態は終息しなかった。

 形兆を殺して矢を奪った音石明が増やしたスタンド使いの後始末、そして仗助たちの友人を殺した殺人犯──吉良吉影を探すため帰国できないでいる。

 

「おい、じじい。支度は終わったか? そろそろ出ねえと予定の時間に遅れるぞ」

「そう()かさんでくれ。ちょこっとトイレに行っておっただけじゃろうに」

 

 ホルスタイン柄の帽子を手に持ってソファに腰掛けていた承太郎が、手を拭きながらトイレから出てきた大柄な老人──ジョセフ・ジョースターを急がせる。

 不満気な声を上げながらもジョセフは背筋をピンと伸ばして、落ち着いた足取りで承太郎のもとに歩み寄った。

 

 杜王町に来た当初は歩くのに杖が必要で認知症も進みかけていたのだが、トニオのスタンド能力により抱えていた持病の数々が改善したことで以前のような精気を取り戻しつつある。

 ジョセフの帽子を手渡した承太郎が袖をまくり腕時計に目をやると三時半を指していた。迎えの車が来る時間が迫っている。

 

 SPW財団の本部はアメリカのテキサス州ダラスにあるが、東京の目黒にも支部がある。

 そしてSPW財団の正式な人員ではないが、この街にも何人かの関係者が住んでいる。

 その関係者の代表が気を利かせて移動用の足として車を用意したのだ。

 

 関係者の家系は名家として有名で、M県でも一二を争う資産家だ。地元の施設に顔が利くので今回の件の火消しに協力している。

 

『とうおるるるるるるるるるるるるるるる とうおるるるるるるるるるるるるるるる』

 

 ジョセフに帽子を渡して机の上に置いていたルームキーを手に取ろうとしたとき、部屋に備え付けられた電話が鳴り響いた。

 仗助たちは病院に向かっているはずの時間に一体誰が電話をかけてきたのかと思いつつ、承太郎は怪訝な顔で受話器を耳に当てた。

 

『じょ……承太郎さん……』

「この声は……康一くんか? 息が荒いようだが、なにかあったのか?」

『新手の……新手のスタンド使いに襲われたんです! 気をつけてくださいッ! ヤツは──ぐあッ!?』

「おい、どうした! 大丈夫かッ!」

 

 何かがへし折れるような鈍い音とともに康一の声が途切れる。声を荒らげ承太郎は康一に安否を問いかけるが、受話器から聞こえてくるのは、康一のうめき声と車のエンジン音だけだった。

 

『広瀬康一の身柄はわたしが預かっている。助けたければ三十分以内に杜王港の埠頭にある灯台まで一人で来い』

「……やけに若い声だな。いや、若いというよりは幼いと言うべきか。てめーは吉良吉影の仲間か?」

 

 胸底からこみ上げてくる感情を理性で抑えこんだ承太郎は、明確な意思を込めて淡々と話している少女が何者なのか推し量ろうとしていた。

 

 康一を誘拐したと思わしき人物の声は、承太郎が想像していたよりも遥かに若かった。

 今年で六歳になる承太郎の娘、空条徐倫(くうじょうジョリーン)と同年代と思えるほどに幼かったのだ。

 

 子供のスタンド使いは珍しいが全くいない訳ではない。

 実際、ジョセフと仗助は杜王町で赤ん坊のスタンド使いを保護している。

 しかし子供は精神が未熟なためスタンドを持て余すことが多い。

 スタンド能力を暴走させたり高熱を出すことがあるのだ。

 

 スタンドとは闘争心が具現化されたものだ。

 何かと戦おうとする意思の薄いものはスタンドを使いこなせない。

 承太郎もスタンドが発現した当初は思い通りに扱いきれなかった。

 

『そいつが爆弾のスタンド使いか写真の中にいる男のことを指しているのなら、わたしは仲間ではないとだけ答えておこう。手遅れにならないうちに指定した場所に来るんだな』

 

 承太郎の質問にそっけなく答えた少女は、返答を待つこと無く一方的に通話を切った。

 これ以上話すことはないと言わんばかりの態度だった。

 無言で受話器を戻した承太郎は、隣で険しい表情をしているジョセフに声をかけた。

 

「電話の内容は聞こえてたか」

「ああ、シッカリと聞こえておったわい。どうするんじゃ、承太郎。誘拐犯の言葉を信用するのか?」

「おれは康一くんを誘拐した犯人は吉良の仲間ではないと思っている。仮に繋がりがあったとしても協力しあうような関係じゃあないだろうな」

 

 電話をかけてきた子供は吉良の仲間ではないと言っていたが、その言葉が真実だと断定するには判断材料が少なすぎる。

 承太郎たちの現状から考えると、普通は真っ先に吉良が仕掛けた罠だと思うだろう。

 しかし承太郎はわざわざ子供を使って電話をしてきたことに引っかかりを覚えた。

 

 吉良は辻彩(つじあや)というスタンド使いを脅して、人相や指紋を変えて別人になりすましている。その際に声も変えているはずだ。

 

 唯一、現在の吉良の顔を知っている辻彩は既に殺されてしまった。

 些細な証拠を残さないように本人が電話しなかったとしても、吉良に協力している写真の男、吉良吉廣(きらよしひろ)に電話させればいいはずだ。

 

 それに電話してきた子供の声から脅されているような雰囲気は感じられなかった。

 しかし承太郎をおびき寄せる理由は分からないが、なにか明確な目的を持っているのは明らかだった。

 

「じじいは病院にいる仗助たちになにがあったのか伝えに向かってくれ。おれが康一くんを助けに行く」

「……仗助たちと合流したらすぐに港に向かう。承太郎、くれぐれも無茶をするんじゃあないぞッ!」

 

 時間にして五秒ほど黙りこくった後に、ジョセフは神妙な面持ちで承太郎が単独行動するのを認めた。

 ジョセフは納得いかない様子だったが、誘拐犯が指定したタイムリミットは刻一刻と迫っている。

 みすみす敵の術中に飛び込むような真似をさせたくはなかったが、ジョセフが思いついた選択肢の中ではこれが最善だったのだ。

 

 海鳴大学病院は海鳴市の中心部にある。

 杜王町からは距離が離れているため、どれだけ急いだとしても三十分で杜王港にたどり着くのは不可能だ。

 杜王町に住んでいて、すぐに連絡がつくスタンド使いの名は何人か思い浮かんだが、戦闘に向いているかと言われると答えは微妙なところだ。

 

 康一と仲の良いスタンド使いは仗助と億泰を除くと二人いるが、一人は戦闘に向いているスタンド能力ではない。

 もう一人にいたっては康一が人質になっていると知れば、暴走して誘拐犯を八つ裂きにしようとするだろう。

 

 ジョセフ本人が付いて行っても足手まといになるのは本人が一番理解している。

 十年前なら承太郎とともに戦えただろうが、衰えた今の体ではとてもではないが戦えない。

 

 話をそこそこで切り上げ足早にホテルを後にした二人は即座に移動を始めた。

 ジョセフは迎えの車に乗って病院に、承太郎はタクシーに乗って港へと向かう。

 車の窓から港の方向を眺めつつ、ジョセフは承太郎と康一の身の安全を祈っていた。

 

 

 

 

 

 港の入り口でタクシーから降りた承太郎は、スタンドを背後に待機させながらゆっくりと灯台の(もと)へと進んだ。

 敵の人数やスタンド能力が分からないため、スタンドを常時展開して不意打ちに対応できるようにしているのだ。

 

 サマーシーズンに入ったとはいえ、港の貨物エリア付近は人気が少ない。

 今日は貨物船が入港していないのも合わさって、作業員の姿も見当たらなかった。

 誘拐犯が指定した場所は港の貨物エリアの更に先にある。

 以前、音石明と仗助たちが戦った場所だったため、承太郎も道順は把握していた。

 

(防波堤の手前にセダンが停まっているが……あれが誘拐犯の車のようだな。わざと窓を開けて康一くんの姿が見えるようにしてやがる)

 

 埠頭沿いに灯台へと向かっていた承太郎は、すぐに康一を見つけることができた。

 スタープラチナの優れた視力で、口に猿轡(さるぐつわ)を噛まされてぐったりとしている康一の姿を確認して、警戒心を高めながら歩く速度を早めた。

 

 灯台は船着場の端から伸びている防波堤の先端に建っている。恐らく、誘拐犯は灯台の上から一人で来たかどうか確認していたのだろうと承太郎は当たりをつけた。

 

 車の周囲に人影はない。

 コンテナや運搬物が放置されているため身を潜められる場所は多いが、背面が海に面しているため自ずと潜んでいる場所は絞られる。

 なにか異常があればすぐに時間を止められるように神経を研ぎ澄ませつつ、承太郎はセダンに近寄り康一の安否を確認した。

 

(手足の骨が砕かれているが出血は少ない。どうやら命に別状はないようだな。誘拐犯がどこに居るのかはわからねーが──ッ!?)

 

 窓から手を突っ込んで康一を引っ張りだそうとしたその時、承太郎はいくつかの違和感を感じ取った。

 まず最初に気がついたのは、鼻を突くガソリンの匂いだった。

 遠目では分からなかったが、車のタンクからガソリンが漏れ出ていたのだ。

 よく見ると車の内部にも液体が撒かれたような跡が残っていた。

 

 続いて感じたのは言葉では言い表せない奇妙な感覚だった。

 あえて表すなら十年前、DIOによって時間を止められたときに感じた感覚が近かった。

 承太郎はその違和感の正体を確かめるよりも早く、脳裏に過ったスタンド使いとしての勘に従ってスタンド能力を発動させた。

 

「スタープラチナ・ザ・ワールド!」

 

 その瞬間、一定の間隔で聞こえていた波の音が消え去り、世界が灰色に染まる。

 時が止まった世界で動けるのは、同じタイプのスタンド使いだけだ。

 時間を吹き飛ばせるキング・クリムゾンでも、時が止まった世界を認識することはできない。

 

 すぐさま振り返った承太郎は、先ほどの直感の正体を理解した。

 距離にして五メートルほど離れた空中で、火炎瓶が固定されたように静止していたのだ。

 

 時間が止まるとすべてのものの動きは停止する。

 燃え盛っているであろう炎も、時間が止まったことで完全に静止していた。

 あと一秒時間を止めるのが遅ければ、承太郎は康一共々気化したガソリンの爆発に巻き込まれて火だるまになっていたであろう。

 

 空中で止まっている火炎瓶をスタンドで海に向かって投げ捨てながら、承太郎は貨物置き場を見渡した。

 しかし火炎瓶が飛んできた方向には、積み重ねられたコンテナとフォークリフトが放置されているだけで人の姿は見当たらない。

 

「……時は動き出す」

 

 その言葉が合図となり世界に色が戻る。

 海に落ちることなく空中で浮かんでいた火炎瓶が、時が動き出したことにより物理法則に従い動き始める。

 地面にぶつかって砕け散る運命だった火炎瓶は、海の中へと沈んでいった。

 

 今現在、承太郎が止められる時間は最大で二秒。

 それだけの時間で車の中から康一を助けだすのは、最初から不可能だった。

 車のドアをこじ開けるだけなら可能だったが、誘拐犯が罠を仕掛けている可能性を考えて、どこから火炎瓶を投げたのか確認するために残った時間を費やした。

 

 康一が乗せられた車を守るように立ちながら、承太郎は睨みつけるように貨物置き場を凝視する。

 火炎瓶が飛んできた方向から考えて、誘拐犯が隠れているのは貨物置き場だろうと承太郎は推測した。

 

 承太郎の読みは合っていた。積み重ねられたコンテナの内の一つの扉がゆっくりと開き、中から小柄な少女が飛び降りてきたのだ。

 着地の瞬間に真紅のスタンドを展開して衝撃を逸らした少女は、承太郎から十五メートルほど離れた位置で立ち止まった。

 

 潮風に吹かれて左右に垂れた少女のツインテールが波を打つ。

 真紅のスタンドの背後に隠れるように立っている少女は、蛇のような冷たい目つきで承太郎の様子を凝視している。

 その瞳は泥水のように濁りきっていた。

 

「てめーとは図書館で一度会ったことがあるな。まさか、写真の親父にスタンドの矢で射られて吉良に協力してるのか?」

 

 スタンドの矢には隠された能力が幾つかある。

 代表的なのは、矢が自分の意志で持ち主に協力的な人物を選ぶ力だ。

 過程はどうであれ、選ばれた人物は矢の持ち主に協力するのだ。

 

 その他にも、もう一度スタンドや本体を射抜くことで新たな能力に目覚めたり、スタンドの才能がある人物を探す力もある。

 矢によって個体差があるものの、その内のいずれかの能力は必ず持っているのだ。

 

 もっとも、この質問は少女が吉良の仲間かどうか見極めるためのものではない。

 承太郎は少女が吉良の仲間ではないと確信している。

 もし彼女が吉良の仲間なら、熱源を自動的に追尾して爆破する爆弾戦車──シアーハートアタックの動きを阻害する行動をするはずがないからだ。

 

「スタンドの矢に射られた覚えは無い。そしてヤツらはキサマらと同じく、わたしの敵だ。キサマを再起不能にしたあとに、ゆっくりと始末させてもらうッ!」

「なに──ッ!?」

 

 背筋が寒くなるような敵意とともに少女の姿が忽然(こつぜん)と掻き消えた。

 承太郎はスタンドの中でも特に優れた動体視力を持っているスタープラチナで少女の動きを観察していたが、それでも消える瞬間を見逃してしまったのだ。

 

 超スピードではない。予備動作すら見えなかった。それなら瞬間移動だろうか? 

 いや、何かが違うとスタンド使いとしての勘が告げる。

 承太郎は周囲の警戒を怠ることなく、同時に目まぐるしい速度で少女のスタンド能力を推測していた。

 

 先ほどの質問の回答から、少女が()()()()では無いことはわかっていた。

 だがその点を踏まえても、承太郎の目には少女が得体のしれないもののように映っていた。

 外見や声色こそ幼い子供そのものだが、その小さな体から発せられる凄みが釣り合っていなかったのだ。

 

 DIOほどではないものの、並大抵のスタンド使いでは出せないような凄みを発する人物がただの子供だとは思えない。

 子供の頃から()()()()()()性格だった承太郎でも、これほどまでにアグレッシブな行動は取らないだろう。

 

 少女が何者かは分からないが、歳相応の相手では無いことは明確である。

 誘拐犯の少女が次にどんな手で攻めてくるのか警戒しつつ、承太郎は二度に渡って感じ取った謎の感覚の正体を見極めようとしていた。


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