不屈の悪魔   作:車道

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高町なのはの新しい事情 その②

 わたしが家族にひた隠してきた悩み事は杞憂に終わった。

 過去を引きずっているわたしとは対照的に、父たちが重要視していたのは現在のわたしだったのだ。

 しかし家族に受け入れられたからといって、現状が改善したわけではない。

 むしろこの状況は、わたしをさらなる絶望の(ふち)へと(いざな)う試練となるだろう。

 

 わたしが下手をすれば家族から嫌われるかもしれない発言をしたのには理由がある。

 言葉を取り繕う余裕がなかったというのも理由の一つだが、どうせ離ればなれになるのなら嫌われていた方がマシだという考えも働いていた。

 底辺(マイナス)から底辺(マイナス)に堕ちるのなら、まだ耐えることが出来るだろう。

 しかし、絶頂(プラス)から底辺(マイナス)に叩き落とされたとき、わたしの心はきっと耐えられないだろうと思ったのだ。

 

 後悔の念が絶え間なくわたしの心を(さいな)み続ける。

 どうせならもっと早く家族に秘密を打ち明けていればよかった。

 覚悟は決めていたはずなのに、『矢』に選ばれなかったときをはるかに上回る焦燥感に心が締め付けられている。

 

 あの後、わたしたちは話し合いの場を高町家に移した。

 いつまでも病室を意味もなく占領しているわけにもいかず、一般人の目がある公の場でこれ以上、込み入った話をするのは得策ではない。

 そこでSPW財団の関係者が用意した車に乗り込んで移動したのだ。

 

 家族間での話し合いが終わった今、残った重要事項はわたしの今後の扱いである。

 自分で言うのもなんだが、わたしの潜在的な危険度は父を襲った爆弾のスタンド使い──吉良吉影に勝るとも劣らないだろう。

 

 車内で聞かされた断片的な情報によって、吉良が承太郎たちと敵対している理由は理解できた。

 続いて吉良の経歴を聞かされたときは、わたしも思わず眉をひそめた。

 ヤツは十五年以上前から何十人もの人間をスタンドを使って人知れず殺している殺人鬼だったのだ。

 

 意味もなく人を殺す連中の考えていることなどわからないが、殺人に罪悪感を抱かないという点においては吉良と同類だと言えるだろう。

 もっとも悪人だという自覚のあるわたしでも、よっぽど追い詰められないかぎりカタギの人間を巻き込もうとは思わないが。

 

 オレが直接的、間接的に殺した人間の数を考えると、吉良の悪行など大したことはない。

 数だけで言えば、監視も兼ねてパッショーネの親衛隊に所属させていた『最低のゲス(チョコラータ)』のほうが大量の人間を殺しているだろう。

 自らの正体がバレそうになっただけで一般人を手にかけたこともある。

 部下のスタンド使いに大量虐殺を命令したこともある。

 過程は違えど結果だけを見れば、わたしと吉良の行動に大差はないのだ。

 

 顔を上げると眉一つ動かさずに黙りこくっている空条承太郎と、興味深そうな表情でわたしの様子を見ているヘアバンドの男──岸辺露伴。

 そして居心地悪そうにソワソワしている広瀬康一が、机を挟んだ向かい側のソファに座っている。

 わたしの隣には父が座っており、緊迫した空気が応接間に漂っている。

 

 残った承太郎の仲間や母たちは、居間で話し合いが終わるのを待っている。

 どうして露伴までこの場に同伴しているのかはわからないが、不特定多数の人間には聞かせられない話をするつもりのようだ。

 

「それで、おまえたちはわたしをどうするつもりなんだ。まさか、このまま解放してくれるわけではないだろう?」

「てめーの考えは露伴のスタンドであらかじめ読ませてもらった。それを前提にした答えだが……今すぐに殺すつもりはない」

 

 せめてもの抵抗のつもりで放ったわたしの問に対して、承太郎はどうとでも取れるような返答をした。

 たしかにスタンドを封じられた状態なら取るに足らない子供に過ぎないだろう。

 殺そうと思えば、いつでもわたしを殺せるということだ。

 

「そこの男のスタンド能力で、このわたしの記憶を探り終えたあとに始末するということか。実に合理的な判断だな」

 

 露伴に視線を向けながら吐き捨てるように言い放つ。

 つまるところ、露伴のスタンド能力でわたしの記憶を断片的に読んだはいいが、まだ全ての記憶は読み切れていないのだろう。

 

 わたしはパッショーネに所属している大半のスタンド使いの情報を持っている。

 スタンド使いについて研究しているSPW財団からしてみれば、喉から手が出るほど欲しい情報だろう。

 

 目を細めて睨みをきかせるが、承太郎は押し黙ったまま何も喋らない。

 康一は何やら気まずそうな表情で承太郎の顔色をうかがっており、露伴は相変わらず好奇の眼差しをわたしに向けている。

 

 おそらく、コイツらはわたしの考えをあらかた喋らせた後に、わたしの処刑方法を伝えるつもりなんだろう。

 いや、洗脳系の能力を持ったスタンド使いがいるということは、もっとえげつない行動に出る可能性すらある。

 

 そもそも承太郎たちが所属しているであろう組織、SPW財団が信用ならない。

 SPW財団は表向きには医療財団として知られているが、あのナチス・ドイツと関わりがあったという事実をわたしは知っている。

 正式名称すらわからない石造りの古めかしい仮面──通称『石仮面(いしかめん)』を調べていた際に手に入れた情報だが、ナチスの極秘資料にSPW財団の名前が記されていたのだ。

 戦前の記録のため裏を取ることはできなかったが、信用ならない組織であることに変わりはない。

 

「どうやらおまえは、おれたちをギャングかマフィアと勘違いしているようだな。敵対している相手だろうが、更生の余地があるのなら殺したりはしない。だからと言って、てめーを無条件で許すつもりもないがな」

「このわたしに更生の余地がある、だと?」

 

 わたしは思わず困惑してしまった。

 絶頂を望んでいたオレとは違い、わたしは大それた目的など持っていない。

 それこそ父が吉良と承太郎たちの戦闘に巻き込まれなければ、ただの子供として過ごしていただろう。

 しかし、わたしの本質が大きく変化しているとは思えない。

 

「なのはは自分のやったことに後悔しているか?」

 

 冷めた眼差しで承太郎を見つめていると、隣に座っていた父がわたしの頭に手をおいて声をかけてきた。

 家族に頭をなでられるのは嫌いではないのだが、時と場合は選んでほしい。

 ナメられないように出来るだけ男のような口調で話しているのに、こんなことをされたら意味が無くなってしまう。

 

 しかし……後悔している、か。たしかに後悔をしていないといえば嘘になる。

 ただしそれは家族を騙し続けていた自分自身に対してだ。父が言いたいのは、承太郎や康一を傷つけたことについてだろう。

 少しばかり感情に身を任せてやり過ぎた自覚はあるものの、二人を襲ったことについては後悔はしていない。

 八つ当たりに近い行為ではあったが、そもそも父を巻き込まなければよかっただけの話だ。

 

「記憶を読んだのなら知ってると思うけど、承太郎たちを襲ったのはわたしにとって正当な理由があったから。行き違いはあったけど後悔はしてない。だけど……康一の母親を巻き込んだのは悪いと思ってる」

 

 意図的に変えていた口調から普段通りの口調に戻して答える。

 今さら取り繕ってもしょうがないだろう。

 違和感を持たれないように使い続けていたというのもあり、日本語で話すとなるとこの口調が一番しっくり来るのだ。

 

「……ぼくの母さんを襲ったことについて思うところはある。だけど君にも事情があったことはわかる。だから、本心から母さんに謝るつもりがあるのなら、ぼくは君を許そうと思う」

「本当に申し訳ない、康一君。なのはが君のお母さんを傷つけた原因は俺にもある」

 

 深々と頭を下げた父に合わせて、わたしも頭を下げる。数秒ほどそのままの体勢でいると、康一が声をかけてきた。

 

「頭を上げてください。病院に来る前に(うち)に寄りましたが、幸いにも母さんは元気でしたから。誰に襲われたのかは覚えてないみたいで、泥棒に入られたかもって大騒ぎしてましたけどね」

 

 時を飛ばして家に侵入して背後から忍び寄って意識を刈り取ったので、誰に襲われたかまでは覚えていないのか。

 そもそも初めから人質に取るつもりはなかったのだが、結果的にそうなってしまったので言い訳はできない。

 

 しかし内側から突き破った窓や、康一が突っ込んだ生け垣を警察にごまかせるのだろうか。

 そう考えていると、承太郎がタバコに火をつけながら口を開いた。

 

「関係者が警察に根回ししていなければ、もっと厄介なことになっていただろう。てめーが盗んできた車や薬品の処理にも協力してもらったからな。その分、キッチリと働いてもらうぞ」

 

 そこまで言い切ると、承太郎の隣に座っていた露伴の正面からスタンド像が浮かび上がった。

 そのままわたしの手よりも小さいスタンドの手が腕に触れ、その部分から侵食するように『本』が広がっていく。

 

「今からおまえのスタンドを封じている命令を消す。その代わりにいくつかの命令を追加で書き込む。てめーにおれたちと敵対する理由はないだろうが、万が一ということもあるからな」

 

 あらかじめどんな命令を書き込むのか示し合わせていたのだろう。

 承太郎が説明している間に、露伴は懐から取り出した万年筆でサラサラと命令を書き込んでいた。

 

 書き加えられた命令は『空条承太郎とその仲間には攻撃できない』『空条承太郎と岸辺露伴の命令に逆らうことはできない』の二つ。

 駒代わりにされるのは気に食わないが、もっとえげつない命令を書かれないだけマシと考えるべきか。

 

「キング・クリムゾン」

 

 前置きなくスタンドを出現させ、その拳を承太郎の顔面に叩き込もうとする。

 しかし承太郎の眼前に迫った時点でピタリとも動かなくなった。

 いきなりの攻撃に警戒して康一が反射的にスタンドを出すが、承太郎は身じろぎひとつしていない。呆れるほど肝の座った男だ。

 

 軽くため息を吐いて拳を引き戻す。

 本気で殺せるとは思っていなかったが、露伴のスタンド能力がわたしにどのような影響を与えているかは試すことができた。

 思考そのものに影響する命令を疑っていたが、どうやら行動を制限しているだけのようだ。

 

「ヘブンズ・ドアーの命令は絶対だ。ぼくのポリシーに反するから思考までは操作していないがね」

「露伴先生……まさかリアリティがなくなるからって理由じゃあないですよね?」

「まさにその通りさ。ウソっぽいことをされても作品のためにならないからな」

 

 露伴の発言に康一が呆れ顔で言葉を返す。

 万全を期するなら思考も操作したほうがいいと思うのだが、この男はなにを考えているのだろうか。

 いや、わたしとしては思考まで操られたくはないのでこのままでいいが、本当によくわからない男だ。

 

 どうやら岸辺露伴は悪人ではないようだが、何やら妙なプライドを持っているようだ。

 そんな露伴と康一のやりとりを横目に、承太郎が二の句を語り始めた。

 

「おれはいつまでも杜王町にいることはできない。だからてめーにはSPW財団の関係者を監視につける。それと裏で何か企まないように、定期的に露伴に記憶を読んでもらう」

「悪事を企むようなら始末する、ということか。だけど、そんな労力をかけてまでわたしを生かす必要なんて……」

 

 ない、とは言い切れない。

 おそらく承太郎はわたしが再起不能にして行方知れずとなったフランス人の男──ジャン=ピエール・ポルナレフを救出したいのだろう。

 全盛期のディアボロを相手に承太郎一人で渡り合うのは難しい。

 未来予知と時飛ばしの防御をすり抜けるには、止められる時間が短すぎる。

 だから同一の能力で対抗できるわたしを監視までつけて生かすのか。

 

「吉良吉影の捜索、おまえの知っているスタンド使いの情報、ポルナレフの救出。それ相応の対価は出すが、最低限この三つはやり遂げてもらう」

「……ベネ(良し)、わかった。吉良の始末は言われるまでもなくやるつもりだったし、残りの二つも報酬があるなら協力するよ」

 

 眉間にしわを寄せてなにか言いたげにしていた父を制止して、承太郎の提案を受け入れる。

 絶対的な命令権を相手が持っている以上、これはもはや交渉ではない。

 ある程度対等な条件でなければ交渉は成り立たないのだ。

 問答無用で命を取られなかっただけマシだろう。

 

 わたしの返事を承太郎が聞き終えたことでようやく張り詰めた空気が緩んだ。

 随分と短くなったタバコを灰皿に押し付けた承太郎は、おもむろに立ち上がり脇をすり抜けてドアノブに手をかけた。

 

「聞き出したいことは山ほどあるが今日のところは帰らせてもらう。おまえも疲れているようだからな」

 

 それだけ言い残して承太郎は応接間から去っていった。

 後を追うように露伴と康一が出て行くのを眺めながら背もたれに身を預ける。

 問題は山積みだが、どうにかこの場を乗り切ることはできた。

 その安心感で緊張が途切れたのか、一気に疲れと眠気が押し寄せてくる。

 

 どうやら少しばかり無理をしすぎたようだ。わたしの意志に逆らってまぶたがストーンと落ちる。そして、そのまま溶けるように意識が薄らいでいった。


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