不屈の悪魔   作:車道

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高町なのはの新しい事情 その③

 目覚まし時計の電子的なアラーム音が鼓膜を刺激して、深く沈んでいた意識が覚醒する。

 目を開けるとそこには見慣れた薄茶色の天井が広がっていた。

 霧がかかったような、ぼんやりとした思考で頭を右横に向けて時計に左手を伸ばすが、軽い音を立てて掛け布団を叩くだけでかすりもしない。

 時計はベッドの横に置いてある小さな机の上にあるのだが、五歳児相応の体では起き上がるか転がらないと届かない。

 アラームを止めなければならないと頭ではわかっているが、眠くて動くことすら(わずら)わしい気持ちが上回っている。

 寝ぼけたまましばらくそうしていると、誰かの手が視界の下から伸びてきた。

 予想していなかった展開に驚き寝ぼけ眼を擦りながら頭を動かすと、腕を伸ばしてアラームを止めた父と目が合った。

 

「おはよう、なのは」

「……おはよう」

 

 父の優しげな声とともに差し出された蒸しタオルで顔を拭ったことで、ようやく思考がはっきりしてきた。

 承太郎たちが部屋を出て行くところで記憶が途切れているが、気が緩んで眠ってしまったのか。

 頭では理解していたつもりだったが、やはりこの体は年相応の体力しかないようだ。

 この町に住む一般人と大差ないスタンド使いと比べたら戦い慣れている自信はあった。

 しかしその経験は成人男性(ディアボロ)としてのものであって、五歳児(高町なのは)としてのものではない。

 今後のことを考えると、無理のないトレーニングぐらいは始めたほうが良いかもしれない。

 

 そんなことを考えながら、寝ているうちに着替えさせられていた淡い桜色のパジャマを脱いで、半袖のシャツとひざ丈のプリーツスカートに着替える。

 そして白色のリボンを片手に持ち、鏡を見ながら自分の手を使って髪を結う。

 手慣れたもので、昔は母に手伝ってもらっていたが最近では自分の手でも問題なく髪を結えるようになっていた。

 自分の手を使うより、大柄な成人男性ほどの体格があるキング・クリムゾンで髪を結ったほうが楽ではある。

 しかし事実を知られているとはいえ誰かがいる状況でスタンドを使って楽をしようとするほど、わたしはモノグサではないのだ。

 当然だが髪の毛は長くなればなるほど手入れに手間がかかるため本当は短くしたほうが楽なのだが、理由があってセミロングを維持している。

 その理由こそが我がスタンド、キング・クリムゾンの額にあるもう一つの顔だ。

 

 この顔のことを、わたしは墓碑銘(エピタフ)と呼んでいる。

 エピタフは未来の光景を映写する能力を持っているのだが、確認するためにはスクリーンとなる物体が必要になる。

 戦いの最中に手の平などに映写する訳にもいかないため、オレ(ディアボロ)は髪を伸ばしてスクリーンの代わりにしていた。

 レクイエムから解放され高町なのはになってからは使えなくなっていた能力だが、再び使えるようになる日が来るかもしれないと思って備えていた。

 

『なら、借りていたものをお返しします。これを使ってどうかうまくやってくださいよ』

 

 エピタフのことを考えていたら、唐突に夢の中で出会ったドッピオが最後に発した言葉を思い出した。

 まさか、という気持ちを押しとどめつつキング・クリムゾンのヴィジョンを出した瞬間、わたしは欠けていたピースが埋まったような感覚を覚えた。

 ……この目で見て確認するまでもない。わたしは頭を振り前髪を広げてスクリーンにするという慣れ親しんだ動作を行いながら、エピタフを発動させる。

 すると、わたしの前髪に着替え終わるのを見計らっていた父が扉を開けて手招きをして、それに応じたわたしが無表情でついて行くという光景が映し出された。

 感慨深い気持ちになったわたしは、顔には出すまいと口元を固く結びつつ父の背を追い家族の待つリビングへと歩を進めた。

 

 

 

 分かりきっていたことと言われればそうだが、苛まれていた懸念は何の意味もなく家族はいつも通り──いや、いつもより遠慮無くわたしに接してくれた。

 今まではわたしに隠し事があるということもあり、踏み込みすぎないようにどこかよそよそしかったのだが、隠す必要がなくなったのか様々なことを話した。

 それはわたしの身の上話から始まり、兄と姉の出自、そして父の過去まで大まかに説明された。

 兄がわたしの異母兄妹で姉は父の妹の娘、つまり従姉妹(いとこ)の関係にあると聞かされたときは少々驚いた。

 だが血のつながりがどうであれ家族であることに変わりはない。

 元を辿ればわたしの人格なんて赤の他人なのだから、その程度の事実など気にする必要もない。

 

 しかしその過程で明かされた父の経歴にはさすがに度肝を抜かされた。

 父が要人警護を生業としていたが、その裏で要人暗殺を行っていた一族の生まれだったこと。

 本来は長男の父が裏稼業を継ぐ予定だったが、弟に座を譲って世界を放浪していたこと。

 『(ロン)』というテロ組織による爆弾テロ事件によって父や叔母の他、僅かばかりの御神流(みかみりゅう)の後継者が生き残ったが一族は壊滅的な被害を受けたこと。

 その後はボディーガードの仕事で生計を立てていたこと。

 そして最後はとある事件に巻き込まれた母を助けて、それが縁で結婚したという話で締めくくられた。

 

 色々と細かい説明は省かれていたが、父の半生を書き連ねるだけで小説を何冊も執筆できそうなほどの濃い内容である。

 もっと詳しく話を聞きたかったが、兄や姉はこれから学校に行かなくてはならないため、食事を挟みながら1時間ほど話したところで一旦切り上げることになった。

 

 

 

 現在の時刻は午前8時過ぎ。わたしは父の運転するミニバンに乗って杜王グランドホテルに向かっていた。

 普段は父も翠屋で仕事をしている時間帯なのだが、昨日まで入院していたことを従業員全員が知っているため、しばらく休暇をとることにしたらしい。

 建前こそ短時間で怪我が治ったのを誤魔化すためとしている。口には出していないものの、わたしのことを心配しているのだろう。

 

 こうして車を走らせてホテルに向かっているのは、これから承太郎と情報交換を行うためだ。

 昨日の話し合いは康一と康一の母親、承太郎を襲った件についてで、それとは別に話があるらしい。

 わたしが寝てしまったため詳しく話せなかったポルナレフや吉良吉影(きらよしかげ)に関する情報。そして今後の協力関係をどうするか直接聞きたいそうだ。

 

「ん……? あそこにいるのは億泰君と仗助君か?」

 

 父の指差す方に視線を向けると、住宅街の一角にあるアイスクリーム屋の前で騒いでいる億泰たちの姿が目に入った。

 二人して透明なビニール袋で包装されたアイスクリーム片手に、学ランを着た長髪の男と言い争っているようだが、通学中だろうに喧嘩でもしているのか?

 なにがあったのか聞くために父が車の速度を緩めつつ窓を開けると耳をつんざく怒声が飛び込んできた。

 

「そんな事、きいてんじゃあね────ッ!」

「何者だ、てめえッ! おれたちになにか用かよォ────ッ!?」

「だから……それはさっき言ったはずですけれど。わたしはこの地球に住むため、()()()()から来ましたと。

 あ……! わたしの自己紹介を聞きたいんですか? そうですね? うっかりしてました。わたしの名は『ヌ・ミキタカゾ・ンシ』といいます。

 年齢は216歳です。職業は……この星で言うと『()()()』でしょうか? 趣味は『動物を飼うこと』です」

 

 さも当然のことのように頓珍漢(とんちんかん)な話をされて呆気にとられたのか仗助と億泰はポカンと口を開けて絶句している。

 言動だけ見れば妄想と現実の区別がつかなくなったヤク中としか思えないが、瞳孔は開いていないし頬がこけているわけでもないのでその線は薄いだろう。

 正直いってあまり関わりたくないのだが……今後共闘する可能性のある二人を見なかったことにして通り過ぎるわけにもいかないか。

 路肩に停車して父と一緒に車を降りると、気を取り直した仗助と億泰が小声でヒソヒソとどう対処するか話し合い始めていた。

 長髪の男は二人を気にもとめていないのか、カバンから取り出したネズミを手のひらに乗せて背中を撫でている。

 

「昨日ぶり。億泰さん、仗助さん」

「なッ……てめーはッ!?」

「士郎さんとなのはちゃん? どうしてこんなところにいるんだァ?」

 

 このまま見ていてもしょうがないので密談している二人に声をかけると、仗助が目を見開きながら警戒心を露わにした。

 億泰は翠屋で何度も顔を合わせたことがあるためか、単純に知り合いと遭遇したような対応である。

 友人を拉致して人質にしていたのだから、仗助の反応も理解できる。だがこの状況で警戒すべきは、わたしではなく目の前の長髪の男だろう。

 ひとまず口に人差し指を当てて声を下げるように示すと、ハッとしたような表情をしながら仗助と億泰は口元に手を当てた。

 

「なにやら揉めてるようだが、喧嘩をしている……というわけでもなさそうだな」

「それがよぉ士郎さん、手短に説明すると新手のスタンド使いかもしれないんスよ」

 

 困り顔を浮かべた億泰がこめかみを人差し指で掻きながら父の質問に答えていた。

 その光景を視界の端にとらえつつ少し離れた位置から異常がないか周囲を観察していると、長髪の男とわたしを交互にチラチラと見ていた仗助が声をかけてきた。

 

「高町なのは、あんたはどう思う」

 

 どうやらわたしがスタンド使いとの交戦経験が豊富だと見込んだのか意見が欲しいようだ。

 合理的に考えると敵対するスタンド使いなら一般人のフリをして近づくのがセオリーで疑われるような言動を控えるはずだ。

 あえておかしな行動をすることで油断を誘っている可能性もあるが──今のわたしならこちらから仕掛けたほうが早いか。

 

「判断材料が足りなくてなんとも言えないけど、手っ取り早く確かめてみる」

 

 答え終わると同時にキング・クリムゾンを出し、じっとこちらを見つめている長髪の男の顔に向けてスタンドの拳を振り下ろす。

 相談もなしにわたしが攻撃を仕掛けたことに仗助と億泰は驚いているようだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 スタンド使いとの戦いは情報戦であり時間との勝負でもある。

 わたしは過去の経験則とパッショーネの情報分析チームに集めさせた数多くのデータからスタンドの法則性をある程度把握している。

 スタンドの性質は大きく分けて『近距離パワー型』『遠隔操作型』『遠隔自動操縦型』の三つに分類される。

 原則としてスタンドのパワーと射程距離は反比例するため、素手で人体を貫いたりできるほどの力を持ったスタンドは本体から数メートルしか離れられない。

 例を挙げるなら、わたしのキング・クリムゾンや承太郎のスタープラチナは時間を操作するという特殊な能力こそ合わせ持っているが典型的な近距離パワー型に該当する。

 いささか短絡的な判断とも言えるがスタンド使いが自ら姿を表した時点で、そいつのスタンドは近距離パワー型か近寄らなければ発動できない能力であると予想できる。

 我々全員がすでに敵の能力を受けている可能性や、あえて攻撃を受けることでスタンド能力が発動する可能性もあるが、今のわたしなら後手に回っても対処は可能だ。

 

「……? 急にどうしたんですか?」

 

 いきなりスタンドを出して殴りかかったわたしをとっさに止めようとした二人は、目を見開いたまま片腕を突き出した体勢で固まっていた。

 その一方、長髪の男は何が起こったのか理解しておらず二人の真似をして片腕を伸ばしている。

 

「どうやらスタンドは見えていない、か。この人はスタンド使いじゃなさそうだね」

 

 エピタフで別の角度からこの光景を予知していたが、スタンドの拳が鼻先で寸止めされてるにもかかわらず、避ける素振りはおろか条件反射で目をつむりもしなかった。

 承太郎のような常識外れな胆力の持ち主なら見えていても反応しないでいられるだろう。

 しかし、こいつからはそういった人物特有の存在感やオーラといった()()が感じられないのだ。

 

「て、てっきり顔面を思いっきりぶん殴るのかと思って焦ったぜ」

「探りを入れるにもよォ、もうちょっとやりようがあるだろ、フツーはよぉ。

 つーか、もしスタンド使いだったら、このままぶっ殺すつもりだったのか?」

「反応したら気絶させてたけど、話が聞けなくなるから殺したりはしない……本当だからね?」

 

 二人して後ずさりしながら疑わしい視線を向けているが、もし僅かにでも反応があったら頭部に衝撃を与えて気絶させるつもりだったのは本当だ。

 昨日の今日で信用してもらえるとは思っていないが、なにをしでかすか分からない危険物扱いされるのも複雑な気分である。

 昨日、本当に攻撃ができないのか確かめるために承太郎に殴りかかったばかりなのに同じような行動をしたというのも影響しているのであろう。

 

 裏社会での暮らしが長すぎて一般的な感覚に馴染めていないせいか。

 それとも正体を隠さなければいけないという束縛から開放されたせいか。

 もしくはエピタフが使えるようになって浮かれているのか。

 いずれにせよ、今のわたしには手っ取り早く事を済ませてしまおうとする癖があるようだ。

 オレはもう少し慎重だったはず……いや、最終的に暴力に訴えるという点では変わっていないのか?

 戦術的には間違った行動ではないと思うのだが、その一方で自分の感性が一般人とはズレている自覚もある。

 なにかおかしな行動だっただろうかと首を(かし)げ考えていると、もの言いたげな目でこちらを見ていた父が口を開いた。

 

「俺は()()()()()武術の心得があるが、彼の体つきや身のこなしは普通の人とおなじに見える」

 

 億泰と話しながらも様子をうかがっていた父の目から見ても、長髪の男に不可解な点は見受けられなかった。

 言動が常識外れで()()()()()()()を感じるが、それ以外に特筆すべき要素がない以上、風変わりではあるが一般人なのだろう。

 

「それじゃあ、わたしたちはもう行くね」

「すまないがこれから用事があってな。もし何かあったら空条さんか昨日教えた俺の携帯電話に直接連絡してくれ」

 

 ここから杜王グランドホテルまではそう遠くはない。万が一があっても助けに行くまで乗り切ることは難しくはないはずだ。

 これ以上探りを入れてもあまり意味がなく約束の時間も迫っていたため二人に別れを告げて車に戻ろうとしたとき、ふいに長髪の男に声をかけられた。

 

「すみません、そこの茶髪の人。一つだけお聞きしたいことがあるのですが、いいですか?」

「急いでるから手短にならいいけど」

「ありがとうございます。質問なのですが、身に覚えのないハードカバーの開けない本か白紙の本を持っていたりはしませんか?」

「うーん、どっちも知らないかな」

 

 質問の意図は分からないが、正直に答えておこう。余計なことを言って話が長引いても困る。

 わたしの返答を聞いた長髪の男は納得したのか、それ以上問いただしてくることはなかった。

 まだ納得できない仗助と億泰は長髪の男が宇宙人なのかと質問しているようだが付き合っていられない。

 どうせこいつは数年前にヒットした映画を見て、自分を宇宙人を管理する秘密組織のエージェントだとでも思い込んでいるのだろう。

 車に乗り込んだわたしたちは消防車のけたたましいサイレンの音を聞き流しながら杜王グランドホテルへと向かうのだった。




誤字脱字、表記のぶれ、おかしな日本語、展開の矛盾を指摘していただける国語の先生をお待ちしております。

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