不屈の悪魔   作:車道

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杜王町は危険がいっぱいなの? その①

(魔法に時空管理局、挙句の果てには古代文明の遺産か。わたしは不幸の星の(もと)に生まれたとしか思えないな)

 

 いきなり降って湧いてきた厄介事の数々に、なのはは深いため息をついた。

 彼女としては平和に暮らせればそれだけで満足だというのに、(しゅ)はそれを許してはくれないようだ。

 過去の行いが清算されたとは思っていないが、もう少し何とかならないものかと考えながら教室の席につくと、二人の少女がなのはのもとに駆け寄ってきた。

 

「なのは、今朝のニュースは見た?」

 

 金髪の少女──アリサ・バニングスがなのはに昨日の事件について話題を振ってきた。

 なのはと異相体の戦闘の痕跡は凄まじく、ニュース番組や朝刊で大々的にとりあげられていたのだ。

 暗かったため昨晩は周囲の様子がよくわからなかったが、朝になって近くのビルから撮られた写真の内容は、ギャング同士の抗争が起きたとしか思えないほど酷いものだった。

 

「え、ニュースって?」

「昨日行った病院の近くで事件があったみたいで、道路や建物が壊れちゃったんだって」

 

 紫髪の少女──月村すずかは事件のあらましを軽く説明しながら、なのはに疑いの目を向けている。

 

「なのは、もしかしてあのフェレットとこの事件、なにか関係があったりする?」

「うーん、ここで言えるようなことじゃないし帰りながら話さない? ほら、もう先生が来そうだしさ」

 

 アリサとすずかは、なのはがスタンド使いであることを知っている。

 そのため、なのはが何かしでかしたのではないかと疑っているのだ。

 話題が話題だけに、なのはの言葉に素直に頷いた二人は自分の席へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 ユーノに念話でスタンドについて説明しながら、なのはは物思いにふけっていた。

 実年齢はともかく精神的には親と子ほど歳の離れていそうな友人たちに、昨晩の件について真相を話すかそれとも黙っておくかどうか決めかねていた。

 ウソをつくこと自体は苦手ではないが、あまり好きでもない。しかし真相を話したら巻き込むかもしれない。

 二人の少女は、なのはほどではないものの同年代の子供よりは精神的に成熟している。

 

 つい先日、将来の夢について話し合ったときには、この歳で既に将来なにになりたいか決めていたのだ。

 なのはの前世(ディアボロ)がこのぐらいの歳のころは、将来についてなど漠然としか考えたことがなかった。

 船乗りになろうと思っていた時期もあったが、そう思い立ったのはスコーラ・メディア(イタリア語で中学校を意味する)を卒業する少し前だった。

 

 二人に魔法やジュエルシードについて教えても、興味本位で首を突っ込んだりはしないだろう。

 むしろジュエルシードの危険性を教えておけば、事故を未然に防げるかもしれない。

 そこでなのはは、魔法のことをスタンドに置き換えて二人に話すことにした。

 

 真実を真実らしく見せるためには嘘を混ぜる必要があるように、嘘を真実らしく見せるためには真実を混ぜるのが手っ取り早い。

 いつか本当のことを話すつもりだが、今はまだそのときではない。それになのはには一つ気がかりなことがあった。

 それは未だにユーノを助けに来ない時空管理局という組織のことだった。

 

(無数の次元世界を束ねている組織らしいが、胡散臭いことこの上ない。実際にこの目で見て、どんな組織か見極める必要があるな)

 

 前世でなのははギャングのボスとして、イタリアの裏社会を牛耳っていた。

 その経験から警察や政府の内情をある程度知っていた。

 警察官といえども全員が全員、善人とは限らない。

 賄賂を受け取る警察官や、裏でギャングと関わりを持っている幹部が一定数存在するのだ。

 管理局の内情がどうなっているか、なのはには分からないが、人間である以上は賄賂を受け取り犯罪を見逃したり書類を改竄する職員が誰一人としていないなどありえないと思っている。

 

 ようは法的機関や捜査機関をあまり信用していないのだ。

 社会の闇をこの目で見てきたなのはは、物事を悪い方向に考えてしまう癖がある。

 昔に比べたらだいぶマシになったが、今でもその癖は抜けきっていない。

 

『ありがとう、なのは。スタンドについては理解できたよ。たぶん管理世界では、スタンドは稀少技能(レアスキル)に分類されるだろうね』

『レアスキル?』

『管理世界では普通の魔法とは違う特殊な魔法を、生まれ持って使える人がいるんだ。生き物を召喚して使役する召喚士が一番有名かな』

『そういう魔法もあるんだ。もしかして、それって登録とか必要になったりする?』

『管理外世界の住人は本来は申告する必要はないんだけど、なのはの魔導師の才能は規格外だから……もしかしたら、届け出だけは出すことになるかも』

 

 ユーノの推測に、なのはは頭を抱えそうになった。

 スタンド使いは能力を無闇にばらしたりはしない。

 わざと相手に教えることで思考を誘導したりはするが、最初からスタンド能力がバレていては不利になるだけでメリットがない。

 

『大丈夫、スタンドのことは管理局には話さない。恩を仇で返すような真似はしないよ』

『黙ってても大丈夫なの? 管理局に許可をもらって探しに来てるんだから、てっきり報告義務とかがあるものだと思ってたけど』

『僕が報告するのは、魔法の使用履歴や町に与えた被害ぐらいだからね。民間の人間だから、そこまで詳しく説明する必要はないんだ』

 

 民間人が危険物を探しに行くのを許可している時点で、問題があるのではないかと口にしようとしたが、すんでのところでなのはは言葉を飲み込んだ。

 先ほどまでの穏やかな声色から打って変わって、緊張の色を含んだ真剣な口調でユーノが新たな話題を持ちだしたからだ。

 

『それで、その……なのはや色んな人たちに迷惑をかけてしまうかもしれないけど、一週間……いや、五日もあれば力が戻るから、その間だけ手伝って欲しいんだ』

『……駄目だよ。その願いは聞き入れられない』

『そうですよね。無関係ななのはを頼ってしまって申し訳ございません。やっぱり僕一人で──』

 

 最初から受け入れられるとはユーノも思っていなかった。

 なのはは昨日の夜、手伝うとは言っていたが気が変わったのだろう。

 ユーノがなのはのことを当てにしていたのは事実だが、無理に手伝ってもらうつもりもなかった。

 

 なのはが歳相応の少女ではないことはユーノも理解している。

 昨日の戦闘中に向けられた凄みは、今までに味わったことがないほどの恐怖をユーノに植え付けていた。

 

 もしかしたら、なのはにはとてつもない過去があるのかもしれない。

 今の彼女の態度は偽りのもので、本当は吐き気を催す邪悪なのかもしれない。

 朝の優しい励ましの言葉も信用してもらうための演技だったのかもしれない。

 だが、それでも彼女が自分を助けてくれたことに変わりはない。

 

 なのはに感謝しながらユーノは別れの言葉を告げようとした。

 しかし、その言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 

『違う、違うよ。わたしが言いたいのはそういうことじゃあない。これはもうあなただけの問題じゃなくて、杜王町全体の問題なんだよ。それにユーノだけで残りのジュエルシードを回収できるの?』

 

 早とちりしたユーノの言葉を遮るように、なのははまくし立てた。なのはの正論に思わずユーノは黙りこんでしまう。そして二人の間に少しだけ静寂の時間が流れた。

 

『わたしは善人じゃあないけど、あなたの行いが正しいことぐらいはわかる。わたしは手を差し伸べた。あとはあなたがわたしの手を取るかどうかだよ』

『なぜ、どうして、そこまでしてくれるんですか?』

 

 ユーノには、なぜなのはが手を貸してくれるのか分からなかった。

 お世辞にも彼女は、困っている人がいて助けてあげられる力が自分にあるなら、迷わず助けるようなタイプには見えない。

 

『見ていられないから、かな。一人ぼっちが寂しいのは、わたしもよく知ってる。だから気まぐれに助けたくなっただけだよ』

『……うん、ありがとう』

『さて、もうすぐ学校が終わるから、家についたら仗助たちを呼んで事情を説明しないとね。今朝のうちにメールは出しておいたから、予定は開けておいてくれてるはずだよ』

『って、最初から協力する気だったんじゃないですか!』

『乗り気になったパパたちを止めるのは無理だからね。手伝わないなんて選択肢はなかったよ』

『それならそうと初めから言ってくれればよかったのに』

『にゃはは、ごめんごめん。ついうっかり伝え忘れちゃってた。それじゃ、今から帰るから大人しく待っててね』

 

 文句がありそうなユーノに謝りながら念話を切ったなのはは、背後から近寄るアリサの魔の手から逃れるために席を立った。

 

「むー、なのはの尻尾をつかむには精進が足りなかったようね」

「誰だろうと、勝手にわたしの髪に触れる者は許さないよ」

 

 頬を膨らまして不満気にしているアリサに、勝ち誇った笑みを見せるなのは。

 そしてその様子を微笑ましそうに眺めるすずか。この三人のじゃれあう姿はこのクラスの名物の一つとなっていた。

 

 

 

 

 

 帰り支度を済ませたなのはたちは、海岸沿いの道を通りながら昨日の事件の経緯をアリサとすずかに説明していた。

 

「つまり敵のスタンドが大暴れしてああなっただけで、なのはのせいじゃないってこと?」

「そういうこと。あのフェレットはちゃんとうちで預かってるから、心配はないよ」

「だからって小学生が夜中に出歩くのはどうかと思うよ、なのはちゃん」

 

 紆余曲折ありながらもなんとか二人を納得させることに成功したなのはは、途中で二人と別れて勾当台商店街を抜けて家へと向かっていた。

 この道はいつも登下校に使っていて、なのはにとっては見慣れた風景だ。

 通学時間には聖祥大学やTG大学、ぶどうが丘高校へと向かう生徒の姿で賑わっている。

 

「なあ、あの話知ってるか」

「今朝のニュースでやってたやつだろ? 変な音がすると思ってよォ、窓から外を見たら、あの辺りがピンク色に光っててビビったぜ」

「んな与太話じゃあなくて、あの気持ちわりい岩のことだよ。この前までたしかにあったのに、いつの間にかなくなってたんだってよ」

「あの岩かなりデカかったよなァ。もしかしたら誰かに盗まれたんじゃあねえか?」

「バァカ、真っ昼間に堂々と盗めるわけないだろうが」

 

 いかにも不良らしい格好をした二人が、馬鹿騒ぎしながらなのはの横を通り過ぎていった。

 話の内容は他愛のない日常会話だったが、聞き捨てならない内容が含まれていた。

 

(……あとでネットに写真が上がってないか調べてみるか)

 

 あの姿を不特定多数の人間に見られるのは、人並み外れた精神力の持ち主でも羞恥を覚えるようだ。

 前世では網目状の奇抜なインナーこそ身に着けていたものの、その上にイタリアマフィアの例に漏れず一流の仕立て屋に作らせた一品物のスーツなどを着ていることが多かった。

 パッショーネのメンバーでも穴の空いたスーツを地肌の上に着た男(パンナコッタ・フーゴ)目を覆うマスクをつけたほぼ半裸の変態(メローネ)と比べたら服装のセンスはマトモな部類である。

 

 商店街を抜けて家まで辿り着いたなのはが玄関の戸を開けると、そこには見覚えのない靴が三足並べられていた。

 なのはがドアの隙間から居間の様子をうかがうと、そこには三人の青年と恭也が談笑していた。

 

「そういえば恭也センパイの家に来たのは、あのとき以来になるっスね」

 

 ソファに腰掛けたリーゼントヘアーの男──東方仗助(ひがしかたじょうすけ)が出されていたコーヒーを飲み干して口を開いた。

 彼の両脇には、大学生とは思えないほど小柄な男──広瀬康一(ひろせこういち)と剃りこみの入った独特な髪型の男──虹村億泰(にじむらおくやす)がシュークリームを頬張りながら仗助の話を聞いている。

 おとなしそうな青年と、誰がどう見ても不良としか思えない青年たち。

 接点があまりなさそうな組み合わせだが、仗助たちは恭也の数少ない友人だ。

 

「たしかに仗助や康一の家に集まってばかりで、俺の家に集まる機会はなかったな。うちには皆で遊べるようなものがないから仕方がないが」

「恭也さんの家族はゲームとかしないんですか?」

「なのはが携帯ゲーム機で遊んでいるところなら、たまに見かけるな」

 

 恭也も仗助たちと一緒にゲーセンに行くことはあるが、家庭用ゲーム機は持っていない。

 家にいるときは盆栽の世話や修行に時間を使っているため、ゲームをする暇まではないのだ。

 ほかの家族も似たようなものだが、基礎的なトレーニングしかしていないなのはは時間に余裕があるため、暇なときはゲームをして時間を潰していたりする。

 

「意外とミーハーなんだな。……昔よりも言動がガキっぽくなってる気がするんだが、幼児退行してるんじゃあねえか?」

「人の悪口を言うのはよくないよ、虹村億泰。ところで誰がションベン臭いガキになったって?」

 

 会話の一部始終を聞いていたなのはが、額に青筋を浮かべながら億泰の肩を軽く叩いた。

 恐る恐る振り向いた億泰の視線の先には、憤怒の表情を浮かべながらデコピンを叩き込もうとしているキング・クリムゾンの姿があった。

 たまらず億泰もスタンドを繰り出して防御しようとしたが、時をほんの少しだけ吹き飛ばして後ろに回り込まれてデコピンを後頭部に受けてしまった。

 

「それで話ってのはなんなんだ? おめーがわざわざ呼び出すってことは、かなり重要なことなんだろ」

「うん、そうなんだ。じつは──」

「おい、仗助ッ! それになのはッ! おれを無視して話を進めようとするんじゃあねえ! ちょっとはおれのことを心配しろよ、このダボがァ!」

 

 意識を取り戻して飛び起きた億泰は、仗助の襟元を掴み睨みつけた。

 元凶はなのはなのだが、さすがに小学生の女の子に暴力を振るうわけにもいかないため、八つ当たり気味に仗助に喧嘩を売るような真似をした。

 そもそも、なのはを掴んで持ち上げようとしていたら、今ごろ恭也の鉄拳が億泰の顔面に突き刺さっていただろう。

 

「億泰、てめーにはなにもいうことはねえ……とてもアワれすぎてなにも言えねえ」

「そんなだから億泰くんはモテないんじゃあないかな」

「俺から言えるのは一つだけだ。なのはを怒らせるとあとが怖いぞ」

 

 彼女持ち二人と年がら年中告白されまくっている男の言葉が、億泰の心に深々と突き刺さる。

 たまらず億泰は仗助から手を離し、よろめきながらソファーに座りなおした。そして静かに涙を流した。


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