不屈の悪魔   作:車道

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キング・クリムゾンは挫けない その①

 5回目の7月16日の朝──川尻早人は生まれて初めて心の底から神様にお祈りした。『どうか、このぼくに人殺しをさせてください』と、11歳の少年が覚悟を決めたのだ。

 彼はスタンド使いではない。波紋法や御神流のような特異な技術を身に付けているわけでもない。だが、早人には吉良吉影を殺せる可能性がたったひとつだけ残っていた。

 

 それをランドセルの中に詰め込んだ早人は、今までのループの記憶に従って運命を逆手に取った。運命が固定されている──それは過程を無視してどんな形でも結果が現れるということだ。

 一度破壊されたものは、どうあがいても破壊される。以前のループでウェッジウッド(ティーカップ)が割れる運命を知っていた早人は、あえて母親──川尻しのぶにコーヒーのおかわりを注がせることで、吉影の手に熱々のコーヒーをぶっかけてやったのだ!

 (なか)ば意趣返しのようなものだが、運命の固定化を実証するためでもある。これなら大丈夫だと確信した早人は、準備を整え運命の場所へと向かった。

 

 

 

 当初の狙い通り吉影を至近距離まで近寄らせた早人はランドセルに隠していたもの──猫草(ストレイキャット)に光を当てることで攻撃を誘発させた。

 猫草はスタンドの矢に射られた猫が死んだことで発現したスタンドである。肉体と同化しているため非スタンド使いにも見ることができる。

 見た目こそ草のような姿の猫で性質や性格も猫に近いが、スタンド使いなので当然、特殊な能力をもっている。猫草の能力──それは光の刺激を受けたりすることで空気の弾丸を発射する力だ。

 なにかに利用できるかもしれないと吉影が家の屋根裏部屋に隠していた猫草を、早人は攻撃手段として持ち出していたのだ。

 

「とどめだッ! 殺人鬼ッ!」

 

 猫草の空気弾が左胸に直撃して倒れている吉影にトドメを刺そうとした早人だが、上手くはいかなかった。口から血を垂らしながらも吉影が立ち上がって殴りかかってきたのだ。

 吉影の攻撃もバイツァ・ダストは自動的に防御するので早人にダメージはない。だが驚いてランドセルを手放してしまった。驚き戸惑っている早人にランドセルを踏みつけて確保しながら吉影が語りかける。

 

「最近……『爪』が異様にのびるこの時期……どうもわたしは最近まったくいいことがないと思っていたが……」

 

 吉影が穴の空いたスーツの左胸に手を突っ込む。すると、ひしゃげて壊れた腕時計が出てきた。この腕時計が吉影の身を空気弾から守ったのだ。

 

(そ……そんなことって! ウェッジウッド! ぼ、ぼくがあれを……)

 

 ここに来て早人の行動が裏目に出てしまった。欲をかいて手に火傷を負わせなければ、ここで勝っていたはずなのに失敗してしまったのだ。

 いや、早人に落ち度はない。左胸ではなく右胸や頭に当たっていたら吉影は助からなかった。純粋に吉影のほうが運に味方されているだけなのだ。

 

(し、失敗したッ! 時間がッ……! 来るッ!)

 

 露伴がバイツァ・ダストの効果で殺されるまで残り1分を切っている。曲がり角の向こう側では、露伴が車に体を預けて承太郎たちが来るのを待っている。

 助けを呼ぼうにも雨音で声はかき消されてしまう。早人の頭を押さえつけながら、吉影は(おのれ)の推測を言い聞かせるように語り始めた。

 

「『猫草(ストレイキャット)の空気弾』でわたしの命を狙おうとしたということは、だ。早人、おまえ……この朝を少なくとも四回か五回は往復しているな。それぐらい往復しなければ思いつかない『考え(アイデア)』だッ!」

 

 事実、早人は最初の一回こそ覚えていないが同じ朝を五回繰り返している。猫草を使って反撃したのは今回が初めてだった。

 

「そして、()()()これだけ戻ったということは……『バイツァ・ダスト』の運命がこれからふっ飛ばすのは、あの露伴のほかにも誰かいるということだな?

 これから露伴の仲間が来るな? 早人、おまえは露伴の他にも何人かに、わたしのことを喋ったということだな? フフ!」

 

 塀に手を付きながら饒舌に予想を語る吉影に対して早人は言い返さない。いや、吉影の予想が的中していて言い返せないのだ。

 

「いや、質問されただけかな? 誰を殺して来た? ン? 康一のチビがいなかったか? 露伴と仲がいいからな。空条承太郎はどうだった? あいつが死んでくれると、わたしはとても嬉しい。

 それとも高町なのはとかいう茶髪のガキか? 直接相手すると面倒そうだから、あいつ(吉廣)が妙な連中に始末させると意気込んでいたが、返り討ちにしてここまで来るかもしれないな」

 

 睨めるような視線を向けながら吉影は口を止めない。通勤通学時間の割には雨が降っていて人通りが非常に少ないためか、周囲を気にもしていない。

 

「ま……来るか来ないかわからないヤツは気にしなくてもいいか。おまえは『猫草』のことを知っている……もうこれ以上この『朝』を戻らせるのは危ないことだ。フフフ、()()()()()()()()()()

 だから……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 早人を見下ろしながら吉影は結論を出した。()()()()()とはいえ、これ以上危険な橋を渡る前に運命を確定しておくことにしたのだ。

 

「フフフフ、フフフフフ……『バイツァ・ダスト』は無敵だッ! そして()()()()に『運』は味方してくれているッ!」

 

 今まさに吉影は33年の人生で一番の絶頂を迎えている。彼は完全に『勝ち』を確信していた。それが砂上の楼閣(ろうかく)とも知らずに。

 

「名前……いま、言った……その、名前……」

「おっと、わたしの本名を言っちゃったかなァ~~~! そう、わたしの名は『吉良吉影』。フフフ、ハハハハ! 誰かに喋ってもかまわないよ」

 

 吉影の背後を見つめていた早人の目に輝きが戻る。先程までは肥溜めで溺れかけているネズミのように絶望してたが今は違う。

 

「ぼくは()()()()()()()。最初っから、ぼくはあんたのことを一言だって()()()()()()()()。ぼくは電話しただけなんだ。

 あの人は、ぼくの血を止めてみせた。だから番号を調べて伝えただけなんだ。朝……家から電話で『一言』伝えただけなんだ」

「何のことだ? 何を言っているんだ」

 

 今の早人の目には決意が宿っている。勝ち誇っていた吉影も、負け犬の目をしていた早人が急に息を吹き返したことに今になって気がついた。

 

「あんたが()()()()()……()()()()()、あんた自身なんだ。ぼくはただ、待っていただけなんだ。

 ()()()()()()()()()()()()()早く家を出て助けたあとに、ここに来るのを待っていただけなんだ」

 

 何かがおかしい。吉影が耳をすませると、雨音に混ざって背後からバイクのエンジン音がしていることに気がついた。

 音は遠ざかるわけでもなければ近寄っているわけでもない。完全に停車しているのか一定の音量で鳴り続けている。

 

「おい、仗助ェ、なのはァ。おめーらは聞こえたかァ~~~?」

チェルト(もちろん)、しっかり聞こえてたよ」

「俺もバッチリ聞いたぜ。ブッたまげる『名前』をよぉ、()()()()()()()()()()ッ!」

 

 仗助となのはは吉影をスタンドの射程距離に捉えた状態で、億泰は数メートル離れた位置でバイクに跨ったまま吉影を睨んでいる。

 彼らは本来、歩いて待ち合わせ場所に向かうはずだった。もし早起きしたとしてもバイクに乗ってまで急いでは来なかったろう。だが早人の電話によって運命に狂いが生じたのだ。

 

「こっ……こんな偶然がッ!」

「偶然なんかじゃあない……運命なんかでもない! これは『賭け』だ! ぼくが『賭け』たんだッ! ちょっぴり早く来させることに『賭け』たんだッ!」

 

 早人が仗助の家に電話をしたのは7時55分──なのはがオゾン・ベイビーの能力に気がつく数分前のことだった。

 早人は最初、コールして起こすだけにしようかと考えていたが確実性が薄い。そこで前回の朝、最後に現れたなのはと仗助が仲間だと仮定して、怪我をしていると伝えて急がせることにしたのだ。

 電話には誰も出なかった。朋子は教師なので、この時間には家を出ていた。そこで早人は留守番電話に情報を残したのだ。

 留守電に気が付かなくても、着信音で目を覚ましてくれればいい。留守電に気がつけば、確実に急いてくれるはず。どちらに転んでも早人は不利にはならない。

 仗助の仲間に茶髪の少女はなのはしかいない。誰が電話してきたのかは分からなかったが緊急事態だと判断した仗助は、近所に住んでいる億泰の運転するバイクで急いで高町家へと向かった。

 運のいいことに、仗助たちはなのはがプアー・トムを倒した直後にやってきた。もし時間が早すぎたら、仗助たちまでオゾン・ベイビーの能力で再起不能になっていたかもしれない。

 

 仗助が士郎たちを治すと、そのままの足でバイクに乗って集合場所に向かった。プアー・トムの他にもスタンド使いが残っている可能性が高いと判断したなのはが二人を急かしたのだ。

 こうした過程の変化が、吉影が早人に対して語っている最中に立ち会うという結果を生んだ。

 

「まさか──ッ!?」

「この状況で逃げられるわけがないだろう」

 

 吉影は身を(ひるがえ)して逃げようとするが遅すぎた。この光景を予知していたなのはが、1秒だけ時間をふっ飛ばして背後に回り込み、横っ腹にキング・クリムゾンの拳を叩き込んだのだ。

 本気の一撃ではないので肉体を貫通したりはしていないが、吉影の体が宙を舞い壁面に叩きつけられた。気絶させて露伴に記憶を読ませるつもりのなのはに、容赦するつもりは一切なかった。

 

(な……なんてことだッ! 今から電話で()()()を呼ぶ時間もないッ! 『バイツァ・ダスト』を解除して『キラークイーン』で、わたし自身を守らなくては!)

 

 いかに自分の能力に自信を持っている吉影といえども()が悪すぎた。動きはなのはに読まれ、シアーハートアタックは億泰と絶望的に相性が悪い。仗助が怪我を治せるので遠慮なく攻撃される。

 頼みの綱の伏兵も電話しなければ駆けつけてこられない。吉影にはバイツァ・ダストを解除してキラークイーンで迎撃するしか選択肢が残されていなかった。

 

「やれ! キラークイーンッ!」

「仗助! 真横に飛べッ!」

 

 吉影となのはの声が被さって響く。吉影は仗助に背中を向けて、キング・クリムゾンの攻撃を防ぐためにキラークイーンの両腕をクロスさせている。

 挟み込む形で仗助が吉影を攻撃できる絶好のチャンスにもかかわらず、なのはは攻撃を中断して避けろと命令した。

 普通ならおかしいと思うだろうが、仗助は道すがら、なのはに予知能力(エピタフ)のことを聞かされていたので、迷わず攻撃より回避を優先した。その選択が仗助の命を救うこととなる。

 仗助が回避してコンマ数秒後、前触れもなく空気が火を吹いた。直撃していたら脇腹をゴッソリとえぐり取られていたであろう一撃である。

 

「な、なにが起きやがったんだッ!?」

「触れてもねえのに爆発しやがったぞ!」

 

 仗助と億泰は驚き戸惑っているが、なのはの目には何が起きたのかすべて見えていた。二人の疑問にポツリとなのはが答える。

 

「……空気、か。空気の弾丸を爆弾にしたんだな!」

 

 エピタフは肉眼よりも高い解像度で未来を視認できる。なのはが仗助に忠告したときには、空気弾の軌道と爆発する未来が見えていたのだ。

 それに加えて肉眼でも視認できていた。仗助や億泰は見えていなかったようだが、それは視線の高さや立ち位置の問題である。

 空気弾は大きさにもよるが、上から見下ろしていると接近しなければ視認するのが非常に難しい。しかし水平方向や下から見上げると光の反射で途端に見えるようになる。

 なのはや早人は視線の高さが低いため、仗助たちに比べて空気弾を視認しやすいのだ。

 

「空気の弾丸が爆発……まさかッ!?」

 

 早人には思い当たる節がある。目を凝らしてみると、覆いかぶさっていて最初はよく分からなかったが吉影が早人のランドセルを()()()()()()()ではないか。

 

「ふっ飛ばされたときにランドセルごと猫草を確保してたのか……でも、間に合った! 『運命』に勝った!」

 

 バイツァ・ダストが解除されたことで固定された運命は無力化された。もう定められた時間が来ても誰も死ぬことはない。早人はバイツァ・ダストに打ち勝ったのだ!

 

「激しい『喜び』はいらない……そのかわり深い『絶望』もない『植物の心』のような人生を……そんな『平穏な生活』こそわたしの目標だったのに……」

「……おまえの『平穏』の定義なんてどうでもいい。吉良吉影、おまえは(みずか)らの『平穏』を保つために、わたしの『平穏』を脅かした。わたしがおまえを殺す理由は……ただそれだけだ!」

 

 立ち位置を変え、なのはたちは取り囲むように吉影を包囲する。逃げ場など無いはずなのに、吉影は落ち着きを取り戻していた。絶対に勝てるという自信すら感じられる。

 口元に付いた血を拭いながら吉影が立ち上がる。()()()()()()()()()()()、左手はスーツのポケットに手を突っ込んだ状態で吉影はなのはたちを鋭く睨んでいる。

 

「言っておくが、わたしは……『川尻浩作』となって、別におまえたちから()()()()()()()()()()()。おまえらを始末しようと思えば、いつでも殺すことはできた。

 やらなかったのは単にわたしが『(たたか)い』の嫌いな性格だったからだ。おまえらを、わたし自身の手で始末しなかったのは、ただそれだけの理由だからだ。

 高町なのは……わたしが闘う理由はおまえと同じだよ。わたしの『平穏』を乱す者……『正体』を知った者とだけは闘わざるをえないッ!」

 

 キラークイーンを身構えさせながら、吉影はスーツの左ポケットに隠していた携帯電話の呼び出しボタンを押した。これこそが、彼らがあらかじめ決めていた襲撃の合図だった。

 妙な動きをしている吉影を不審に思い、仗助はクレイジー・Dで殴ろうとしたが失敗した。仗助を阻むように、アスファルトで舗装された路面から何かが飛び出してきたからだ。

 

「な、なんだとォ!?」

新手(あらて)のスタンド使いかッ!?」

 

 いきなり現れたのは奇妙な生物(せいぶつ)だった。全長は足のような尻尾を含めて2メートルと半分程度。体は戦車やトラクターの履帯(キャタピラー)のような構成をしていて()()()()()()()()()()()()()が、比率としては小さいものの顔や手といった生物の特徴が現れている。

 そんな正体不明の岩生物──ドレミファソラティ・ドの背中の部分から、外周に鋭いトゲのあるレンズとレンズを拭くためのワイパーが備え付けられたマスクを被った人物──アーバン・ゲリラが姿を現した。

 

「おい、吉良吉影ェ……おまえ、オレらに姿を見せるつもりはないって言ってなかったかァ?」

「事情が変わった。わたし一人でコイツら全員を相手するのは無理がある。()()が欲しいのなら黙って手を貸せ」

 

 こんなことを言っている吉影だが、内心では『全てが終わったら、わたしの正体を知っているおまえたちも始末するがな』と考えている。

 吉影は几帳面な性格をしている。ディアボロのような完璧主義者ではないが、自分の正体に繋がる可能性を排除したがるという点ではよく似ていた。

 交換条件として提示しているものが惜しいわけではない。むしろこんな厄介なもの、さっさと手放してしまいたいとすら思っているが、メリットもあるため手元に残しているだけだ。

 プアー・トムやアーバン・ゲリラは吉廣の仲間であって吉影の仲間ではない。彼らの正体や目的は吉廣から聞かされているので吉影も知っているが、個人的な付き合いは皆無だった。

 

「ドラァッ!」

 

 新手のスタンド使い相手でも仗助は怯まなかった。仗助と吉影の間に割り込んだということは、クレイジー・Dの射程距離内である。しかし、アーバン・ゲリラとソラティ・ドに拳が当たるよりも早く地面に潜行してしまった。

 いかにクレイジー・Dがパワーとスピードに優れたスタンドでも地面を掘り返して攻撃するのは難しい。新たな敵の対処に追われている仗助たちを眺めながら、吉影は次なる一手の準備を進めていた。




誤字脱字、表記のぶれ、おかしな日本語、展開の矛盾を指摘していただける国語の先生をお待ちしております。

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