不屈の悪魔   作:車道

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キング・クリムゾンは挫けない その②

「野郎ッ! 一瞬で地中に潜りやがった!」

 

 声を荒げながら周囲を見渡す仗助だが、地面に目に見えてわかるような変化はない。地中を確かに進んでいるはずなのに、地面がめくれ上がったり振動が発生したりもしていないのだ。

 ソラティ・ドはキャタピラのような体を推進させることで地面へと潜行する。土はもちろんのこと、アスファルトやコンクリートすら多少速度は遅くなるが自在に掘削できる。

 道路の下は上下水道やガスの配管があるが基本的に土で構成されているため障害物は存在しない。削り取った土砂を後方に送ることで推進するため、振動もほとんど発生しない。

 

 どこから飛び出してくるか分からないのに加えてソラティ・ドに乗っているアーバン・ゲリラの能力が分からない現状、仗助となのはは迂闊に動けないでいた。

 仗助は仲間を治せるため、真っ先に狙われる可能性が高い。なのはは未来予知と時飛ばしで回避や攻撃ができるが、一度発動させると一呼吸置かないと能力を再発動できない。

 そのため二人は積極的に動けなかった。そんな二人を見かねてか、それとも何も考えていないだけかは分からないが、億泰が先んじて行動を起こした。

 

「地面の中にいるんならよォ~~~。削り取っちまえばいいだけだぜェ!」

 

 当てずっぽうに億泰がザ・ハンドの右手を振るい空間を削り取る。地面がえぐれ下水の配管がむき出しになるが、そこにソラティ・ドの姿はない。

 億泰は地面を穴だらけにしてソラティ・ドをあぶり出そうとしているのだ。悪くない作戦だが、億泰は敵がもうひとりいることを失念していた。

 

「頭脳がまぬけか、おまえは。『穴』ができたってことは、オレも『穴』を利用して攻撃できるってことなんだぜ」

「まぬけはてめーのほうだ。姿を見せたなら、おれのザ・ハンドで削り取れるぜ!」

「ダメだ、億泰さんッ! 空気弾がすぐ側まで近づいてる!」

 

 路面を突き破って億泰の背後に現れたアーバン・ゲリラに億泰の注意が向く。そんな億泰に空気弾が近づいてることに、遠巻きから様子を見ていた早人がいち早く気がついた。

 空間を削って瞬間移動でソラティ・ドを地上に引きずり出そうと構える億泰を、吉影は密かに狙っていた。

 空気弾はザ・ハンドの空間を削り取る能力と相性が悪い。よほど上手く不意打ちをしなければ、攻撃を当てられないどころか簡単に破壊されてしまう。

 使い手の性格やスタンド能力を考えると、排除の優先度は億泰が最も高かった。そこで吉影とアーバン・ゲリラは示し合わせて億泰を集中攻撃したのだ。

 億泰も簡単にやられるほど間抜けではない。早人の忠告で空気弾の接近に気がついた億泰は、すぐさま右手で空間ごと削って空気弾を消滅させた。

 

「チッ……早人のやつめ。だが……攻撃は成功したようだな」

 

 本命は空気弾による遠隔爆破だったが吉影もそこまで高望みはしていない。空気弾を無力化するためにその場で立ち止まっていた時点で、すでにアーバン・ゲリラのスタンド攻撃は成功している。

 

「な、なんだァ? 急に足の力が抜けて……」

「おい、億泰! おめー自分の足をよく見てみろッ!」

 

 アーバン・ゲリラが億泰に喋りかける前から、彼はスタンド攻撃を仕掛けていた。

 億泰の開けた穴から、小さなトゲが生えた箱型のブロックを組み合わせたような姿の大量のスタンド──ブレイン・ストームを地面を伝わせて密かに攻撃していたのだ。

 ブレイン・ストームの能力によって億泰の足は現在進行系で穴を開けられている。慌ててその場から離れようとするが、思うように動けない。

 

「無駄だ。おまえはブレイン・ストームの能力で両足にアキレス腱断裂を起こしている。もう決して立ち上がれない!」

「な、なんだこりゃああっ!」

 

 ひび割れたアスファルトの隙間からアーバン・ゲリラの声が反響する。己の身に起きている現象に対して、億泰は驚き戸惑っていた。

 見る見る間にブロック状のスタンドが増殖していって、億泰の体が足先から穴だらけになっていく。

 地面にひれ伏している億泰の体を覆うようにブレイン・ストームが数を増していく。数が増えれば増えるほど全身の崩壊する速度が早くなっていた。

 ブレイン・ストームは細菌のような性質をもった群体型スタンドだ。直接の戦闘能力はないが、小さなトゲで対象を傷つけて体内に侵入して毒素を発生させることで溶血を引き起こし細胞を破壊する。

 一度体内に侵入されたら、本体を倒すか感染した部位を切り離すしか対処法はない。しかし、それは通常の手段で対処した場合だ。スタンド能力を使えば話は違ってくる。

 

「待ってろ億泰、すぐに治して──ッ! ドララァッ!」

 

 料理に侵入して食べられることで対象の病気を治癒させるパール・ジャムというスタンドと同じく、物体に入り込むスタンドならクレイジー・Dで治せば外に追い出せる。

 症状が悪化する前に億泰を治療しようとする仗助だったが、吉影が行動を封じてくる。キラークイーンが仗助に目がけてアスファルトの破片を大量にばら撒いてきたのだ。

 

 散弾のように散らばる破片が全て爆弾になっているかもしれない。しかも避けたら足を負傷して満足に動けない億泰に当たる可能性もある。

 仗助たちはキラークイーンに一度に一つしか爆弾を作れないという制約があることを知らないが、どれが爆弾になっているか分からない以上、対処法は変わらない。

 仗助は咄嗟に歩道の石版を壊して直すことで壁を作り出してアスファルトの破片を受け止めた。幸いにも接触爆弾となっていた破片の爆発はそれほど大きくなく、即席の防御壁でも防ぎきれた。

 

「『もの』をなおす能力……まさか、歩道の石版で壁を作るほど『直す』スピードも早いとは……」

「本体ががら空きだぞ、吉良吉影!」

 

 仗助に意識が向いている吉影の隙を、なのはは見逃さない。近寄れない仗助と億泰の代わりに、爆弾で攻撃したばかりの吉影になのはが駆け寄った。

 怪我が治ったとはいえ流れた血が全部戻ったわけではないので、なのはの体調は万全な状態とは言えない。あまり長く戦えないことを自覚しているため、短期決戦を狙っているのだ。

 吉影はなのはが承太郎と同じく時間操作が可能なスタンド使いだと把握しているが、だからといって必要以上に恐れたりはしない。

 相手を追い詰めるための着実な一手を積み重ねている。計算高い吉影にとって、この程度の事態は想定の範囲内なのだ。

 

「コッチヲ見ロォ~~~ッ!」

「こいつは……靴のムカデ屋で攻撃してきたスタンドかッ!」

 

 ソラティ・ドがいつの間にか開けていた穴から、キュルキュルと独特な音を立てながらシアーハートアタックが飛び出してきた。しかし未来を見ているなのはに足元からの不意打ちなど通用しない。

 吉影は仗助たちに近寄りはせず、じわじわと塀沿いに移動していた。吉影は一つ隣の通りに承太郎たちがいたのを知っている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、遠ざかるに越したことはない。

 すでに時を飛ばして移動できる範囲内から吉影は出てしまっていた。時を飛ばしてギリギリまで近寄ることはできるだろうが、仗助たちを援護できなくなる。

 キング・クリムゾンとエピタフの同時使用は負担が大きいため、確実にトドメを刺せるとき以外は使いたくない。吉影の狙い通りに行動するのは(しゃく)だったが、なのははシアーハートアタックを優先することにした。

 

「……あいかわらず無駄に頑丈なスタンドだな」

「今ノ爆破ハ人間ジャネェ~~~」

 

 直撃して爆発する瞬間の0.5秒だけ時間をふっ飛ばしてダメージを無効化したなのはは、キング・クリムゾンでシアーハートアタックを掴んで投げ飛ばした。

 しかし、シアーハートアタックはターゲットを固定しているかのように再びなのはへと一直線に向かっている。

 

 シアーハートアタックは熱量の高いものを優先して攻撃する。雨が降っているせいで夏場特有の強い日差しが陰っていて、体温より高温な物体は近場になかった。

 そして、なのはは子供なので今いるメンバーでは一番平熱が高かった。

 もし、この場になのはがいなければ吉影はシアーハートアタックを絶対に使わなかっただろう。なのはの次に体温が高いのは早人だからだ。

 せっかくバイツァ・ダストで早人を生き返らせたのに、また殺してしまっては元も子もない。吉影の素性を知る非スタンド使いがいなければバイツァ・ダストは発動できないので、早人を殺すわけにはいかないのだ。

 

(これだけ時間を飛ばしたり爆発が起きているのに承太郎たちが一向に現れない……まさか、他のスタンド使いに襲われているのか……?)

 

 僅か数秒の時飛ばしでも承太郎なら間違いなく感じ取れる。既に予定の時間は過ぎているので、射程距離が長めのスタンドを使える康一がいるなら合流は簡単にできるはずなのだ。

 なのはが一瞬だけ空を見上げると、数十メートル上空に小さな影が浮かんでいるのが見えた。色合いや形からして、康一のエコーズACT1(アクトワン)に違いない。

 なのはから見えるのだから、康一もスタンド越しに見えているはずである。それなのに、なのはたちを見つけて近寄ってこない。

 承太郎たちも新手のスタンド使いに襲撃を受けているというなのはの予想は確信へと変わった。

 

 

 

 なのはの予想通り、承太郎たちは吉廣が呼び寄せたスタンド使いの攻撃を受けている真っ最中だった。

 敵スタンド──ドゥービー・ワゥ!の能力は本体が対象か対象のスタンドに直接触らなければ発動しない。そのかわり一度発動してしまえば、本体がどれだけ離れても発動し続ける遠隔自動操縦型スタンドだ。

 現時点で能力の発動条件は承太郎たちも把握している。そして本体がズボンのようなニット帽を被った男──大年寺山(だいねんじやま)愛唱(あいしょう)ということまでは判明していた。

 

 最初に狙われたのは、週刊少年ジャンプに漫画を掲載しているので知名度が高い露伴だった。愛唱は手始めに露伴のファンだと偽って近づいた。

 外見上は(プアー・トムやアーバン・ゲリラと比べたら)普通の若者だったため、別段怪しまれもしなかったのだ。

 約束の時間が過ぎていたのに仗助たちがなかなか現れないことに露伴は苛立っていた。

 そのせいか彼は違和感の正体を探るより先に、時間が迫っているのでサッサとサインを書いてしまう方を優先した。

 

 露伴は一見すると大人気なく負けず嫌いで、過去の(おこな)いを根に持つタイプの自己中心的な性格の男である。

 善人とはいい(がた)いが、生物を完全に洗脳できるスタンド能力をほとんど(康一の件を除いて)悪用したことがないので悪人でもない。

 基本的に人間嫌いでアシスタントを雇ったりもしていないが、自分の作品の純粋なファンの要求ならサインぐらいは応じる度量の広さも持っている。

 総合すると、いわゆる『変人』や『奇人』の(たぐい)に当てはまる人物だ。

 

 色紙を手渡してもらう際に露伴に握手を求めたことで、愛唱は簡単に能力の発動条件を満たせた。

 そのあと、わざとサインペンを落として康一に拾ってもらう。落としたサインペンを渡してもらうときに康一の手に触れた。

 最後に少しよろめいて承太郎に肩をぶつけて三人全員をスタンドの影響下においたのだ。

 

 演技は完璧だったが、承太郎は愛唱の行動に疑念を抱いていた。そこで立ち去る前に呼び止めてスタンド使いかどうか確かめようとしたが、間が悪かった。

 ちょうどそのタイミングで、なのはが1秒だけ時間をふっ飛ばして吉影の背後に回り込んでしまったのだ。

 普通はそんな短時間の時飛ばしなんて反応できない。しかし承太郎は感じ取れてしまった。勘が鋭すぎるというのも考えものである。

 承太郎の気が逸れた一瞬の隙を突いて愛唱は行方をくらませていた。その直後にドゥービー・ワゥ!の能力が発動して、承太郎たちは愛唱がスタンド使いだったと気がついたのだ。

 

 ドゥービー・ワゥ!の能力は対象が呼吸することで発動する。対象が息を吸ったり吐いたりすると、竜巻を纏ったスタンドが発生して対象を引き裂くのだ。

 息を止めれば攻撃されなくなるが、ずっと息を止めているのは不可能である。たとえ道具を使って呼吸しても、道具の内部に竜巻が発生して攻撃される。

 普通に息をする分には殺傷性が飛び抜けて高いわけではないが、呼吸が荒くなればなるほど竜巻も大きくなる厄介な性質も持ち合わせている。

 

 今まさに、露伴のヘブンズドアーで通行人の記憶を読みつつ、康一のエコーズACT1で周囲を見渡し、承太郎の状況判断能力で愛唱を追っている。

 仗助たちが戦闘中だということは承太郎たちも把握している。だが、援護はできそうになかった。このまま本体を見失えば、死ぬまで能力の影響下から脱せない可能性があるからだ。

 幸いにも仗助たちにはなのはがついている。承太郎はなのはをスタンド使いとして高く評価していた。真の意味で無敵な能力など存在しないので絶対に負けないと断言はできないが、自分が合流しなくても勝機はあると考えていた。

 精神的に歪んでいて年相応の子供のような一面があることも知っているが、それは日常生活のときの話である。戦闘が始まって意識を切り替えれば、なのはは超一流のスタンド使いである。

 

 承太郎が目星をつけた愛唱の目撃情報を持っていそうな通行人を、露伴は片っ端から『本』にしていっていた。

 見るのは直近の記憶のため時間はかからない。緊急事態なので、のんきに関係ない内容に目を通すこともない。露伴は人間とは思えない速度で情報を集めていた。

 

 康一はしきりに仗助たちの心配をしているが、承太郎が目の前の敵を優先しろと忠告する。冷たく思うかもしれないが、承太郎は仗助たちを信頼しているからこそ落ち着いていられるのだ。

 同じく露伴も無関心を貫いているが、それは仗助と億泰との相性が良くないので心配などしてやるかと思っているだけである。くそったれ仗助に、あほの億泰がこの程度でくたばるわけがないという信頼の表れ……なのかもしれない。

 

 承太郎たちは呼吸を荒らげないように注意しつつ、通行人の記憶から逃走経路を推理しながら愛唱を確実に追い詰めていく。

 同時刻、計画通りに上手く分断できたと愛唱から連絡を受けた吉影は、静かにほくそ笑んでいた。




誤字脱字、表記のぶれ、おかしな日本語、展開の矛盾を指摘していただける国語の先生をお待ちしております。

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