不屈の悪魔   作:車道

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キング・クリムゾンは挫けない その④

「このクソがきゃあああァァァ────ッ! てめーからぶっ殺してやるよォッオオオオオ────ッ!」

「いいか……聞いているか分からんが、わたしは東方仗助を始末する。おまえは高町なのはの足止めをしておけ」

 

 これまでの余裕のある態度はどこに消えたのか、アーバン・ゲリラは腹の底から怒号を吐き出している。爆圧の衝撃でヒビが入ったレンズの奥には血走った目が覗いていた。

 吉影はアーバン・ゲリラに構っていられないのか、見下すような眼差しで一瞥すると足早(あしばや)に仗助が逃げ込んだ家に向かおうとしている。

 

「わたしが大人しく行かせるとでも思ったかッ!」

「逆に聞くが……君にわたしを止められる余裕があるのかね? 行け、シアーハートアタック!」

 

 雨が止んだとはいえ気温がすぐに上がるわけではない。早人は仗助とともに家の中に引っ込んでアーバン・ゲリラとソラティ・ドは地面の中、本体の吉影は狙われないとなればシアーハートアタックを出さない理由はなかった。

 吉影はなのはと直線上に立たないように気をつけている。地面を蹴って至近距離まで近寄られる可能性を避けているのだろう。実際には、今のなのはにそれだけ激しい動きをする余裕は残っていないので吉影の杞憂である。

 スタンドパワーの持続力は精神力だけではなく本体の体力も影響する。死にかけていても精神力で無理やり最後の力を振り絞って能力を発動させたりすることはできるが、それでも一定以上の肉体の強さは必要となる。

 普通は体力がなくなればスタンドパワーが低下していき能力の発動も難しくなっていく。なのはが1秒以下の時間しか時飛ばしを行わないのも体力の消耗を避けるためだった。

 

「わたしのキラークイーンで直接おまえを倒すのは……正直言って難しいだろう。だから疲れ果てるまで、そこでアイツらとシアーハートアタックの相手をしてもらおうか」

 

 キラークイーンはスタープラチナやクレイジー・D、キング・クリムゾンと比べると格闘能力で劣る。人体を拳で貫けるだけの破壊力はあってもスピードで負けていて殴り合いではどうしても競り負けるのだ。

 吉影は勝ち目の薄い勝負をバカ正直に挑むような性格ではない。むしろ策を弄する性格である。年齢や家族という明確な弱点があるなのはを策でがんじがらめにして殺すのは容易いと考えていた。

 

「コッチヲ見ロッ!」

「ブレイン・ストームッ!」

 

 シアーハートアタックの突撃に合わせて、地中から噴水のように土と一緒にブレイン・ストームが巻き上がる。

 当然のごとく時間を飛ばして回避されるが、それも織り込み済みの行動だ。時が吹っ飛んでも本来の結果──当たらなかったブレイン・ストームが地面の上に残るという結果までは変わらない。

 宮殿の内部ではスタンド能力の影響を受けないが、解除された瞬間からは通じるようになる。アーバン・ゲリラは足の踏み場をなくして偶発的にスタンド能力を当てようとしているのだ。

 この場から逃げるのなら、それもまた良し。分断してる間に吉影が仗助を始末すれば数で上回れる。プッツンしているように見えてアーバン・ゲリラの行動は意外と理にかなっていた。

 

「……ッ!」

 

 時間にして数分間、なのはは猛攻を耐え続けていたが仗助は帰ってこない。そして、ついにブレイン・ストームの能力を食らってしまったのか体勢を崩してしまう。

 

 このとき、仗助は吉影の空気弾に襲われていた。爆弾化した空気弾に任意で切れ目を入れて空気を噴出させることで誘導弾にして屋外から屋内を攻撃したのだ。

 空気弾を至近距離で食らって木片が体中に突き刺さっている仗助のほうが重症だが、吉影も手痛い反撃を受けて背中がズタボロになっていた。

 吉影に仗助の血が付着していないので血の誘導弾はできなかったが、仗助は粉々にした窓ガラスを袋に詰めて吉影の背後に向けて全力で投げて攻撃していた。

 元から直撃するような投げ方ではなかったので無視して正面を注視していたのが吉影の失策だった。クレイジー・Dの能力は細かいガラス片なら弾丸並みの速度で直せる。

 直ったガラス片は吉影の正面の窓に向かって一直線に進んだ。そして、ちょうど中間地点で立っていた吉影は背中で大量のガラス片を受け止めてしまった。途中で気がついて身を(よじ)らなければ吉影はそのまま再起不能になっていただろう。

 

「オレは岩人間……おまえの『上』だッ! このまま地中に引きずり込んで溶血崩壊させて──ッ!?」

 

 好機と見たアーバン・ゲリラが片膝をついているなのはを地中に引きずり込もうと接近する。これがなのはの狙い通りとも知らずに。

 

「……重要なのは『距離』と『角度』だ。おまえが()()()助かったよ。これが承太郎やポルナレフなら引っ掛かりはしなかっただろうからな」

 

 ブレイン・ストームを食らったのは事実だが、それは偶然ではなく故意であった。そもそも、なのははやろうと思えばすぐにでもアーバン・ゲリラとソラティ・ドを攻撃することはできた。

 エピタフで出現地点を予知してキング・クリムゾンでソラティ・ドを殴るのは難しくはない。実行に移さなかったのは、他にも敵がいるか探るためだった。

 吉影が目を離していてもアーバン・ゲリラはピンポイントになのはを攻撃できた。セッコのように過敏な聴覚に頼っているのかと思ってシアーハートアタックの爆圧を食らわせたが精密さに変化はない。

 つまり、アーバン・ゲリラは外部から情報を得ているということになる。しかし周囲に人影はなく立ち位置を変えて高層の建造物から死角になる位置に移動しても追跡は続いた。残された可能性はたった一つだ。

 

 なのはが空を見上げる。誰が飛ばしているのかガソリンエンジンで動く大型のラジコンヘリが上空を旋回している。これこそがアーバン・ゲリラの『目』になっているのだろうとなのはは睨んだ。

 技術的にビデオカメラを搭載しても遠隔で内容を確認することは難しい。現代ならドローンを使って簡単に空撮ができるが、1999年当時は夢のまた夢な技術である。

 似たような系統の技術はあるかもしれないが、軍用の無人偵察機に使われるような技術を民間人が用意できるはずがない。だがスタンド能力を(もち)いれば難易度はぐっと下がる。

 なのはにバレたのに気がついたのか、ラジコンヘリはあっという間に高度を下げてどこかに着陸してしまった。上空から見ていたからこそ早期に気がついたのだろう。()()()()()()()()()()()()()ということに。

 

「おい、上で何が起きているんだ! 答えろッ!」

『……どうやら君たちは()()したようだ。わたしは()()()()を始めるよ』

 

 電話越しに聞こえる男の声に特別な感情は一切籠もっていない。まるで重要度の低い仕事上の通達を告げるような気軽な調子だった。

 

「撤収だとォ────ッ!? 『院長』はオレを切り捨てるのかッ!」

『言ったはずだ、おまえたちは()()したとな。それより、わたしとのんびり喋っている暇があるのか?』

「い、いつの間にコイツが……吉影のスタンド(シアーハートアタック)()()()()()()()()()()()んだッ!?」

 

 地中にシアーハートアタックが現れたのは当然なのはの仕業である。彼女は防戦一方に見せかけながら、シアーハートアタックが爆発するまでの時間を調べていた。

 幸いにもシアーハートアタックが爆発するまでの時間は完全にランダムというわけではなく、スイッチが入ってから一定の時間が経つことで爆発する仕組みだった。

 そこまで分かれば、あとは簡単である。エピタフを使えば敵の行動パターンなど手に取るように分かる。わざと能力を喰らえば、頭に血が上っているアーバン・ゲリラが直接始末しに来るのも簡単に予想できた。

 地中はソラティ・ドが散々掘り返しているので空洞だらけだ。スタンドも生命と同じ扱いなので、時を飛ばして地中に投げてもめり込みはしない。

 しかし空洞があれば、そこに投げ入れて時を再始動させることで移動させられる。吉廣はキング・クリムゾンの能力を大まかには理解していたが、細かい部分までは把握していなかった。

 時を飛ばせば動かないものは透過して見えるなど、ディアボロとなのはしか知らない事実である。既存の情報だけで判断して、地中にいる自分の位置を見破る手段などないだろうと高をくくっていたアーバン・ゲリラのミスだった。

 

「あ……『()()()()()()()』で……オレたちにとって新しい世界がやって来るはずだったのに。

 おまえたちが落ち込み続け……オレたちが昇っていくワクワクする世界が来るはずだったのに……そんな……」

 

 シアーハートアタックの爆発をもろに食らったアーバン・ゲリラとソラティ・ドは地上に吹き飛ばされた。

 死にかけで前後不覚になっているのか『新しいロカカカ』という未知の何かについて言い残して、アーバン・ゲリラはプアー・トムと同じく石化して砂のようにバラバラになった。

 ソラティ・ドも同じくあっという間に風化して砂の山になった。そのまま強風に吹かれて二人の亡骸は痕跡も残さず消え去ってしまった。

 

(あのときと同じ現象……コイツらもあの男(プアー・トム)と同じ人種だった、ということか……?)

 

 塀にもたれかかって思案しながら、なのはは息を整えていた。クレイジー・Dは怪我は治せても体力は回復させられない。30分の間に2回もスタンド使いと連戦して、なのはの体力は尽きかけていた。

 まだ吉影が残っている。空から監視していた別の敵が襲ってくるかもしれない。気力で無理やり体を動かして、なのはが壁に手をついてふらつきながら進んでいると背後から誰かに支えられた。

 

「すまない、遅くなってしまった」

「助けに来たよ、なのはちゃん!」

「どうやら、もうほとんど終わっているようだけどな。あっちでケガしているスーツの男が『川尻浩作』に化けた『吉良吉影』か?」

 

 なのはを支えたのは康一だった。三人ともドゥービー・ワゥ!の能力で顔や手に少し切り傷は負っているが、ほとんど無傷の状態だ。

 彼らは驚くべき速度で愛唱を追い詰め、あと一歩で捕まえられるところでTG大学病院に逃げ込まれてしまった。

 すぐさま彼らもTG大学病院に乗り込んだが受付や警備員の記憶を読んでも愛唱の目撃情報は無く、スタンド能力も解除されていたため急いで仗助たちを援護するため帰ってきたのだった。

 

「ゆ……『夢』だ……これは『夢』だ。このわたしが追い詰められてしまうなんて……きっと、これは『夢』なんだ」

 

 アーバン・ゲリラとソラティ・ドによってボロボロにされた道路を曲がってすぐの場所に吉影と仗助たちは居る。

 周囲には大量の消防車が集まっていた。ライターの火を使って早人のポケットに隠れていた吉廣をあぶり出したせいで火事になったのだ。

 

「もう、おまえにはどこにもよォ~~~」

「逃げ道はないようだなぁ~~~」

「もうおしまいだ……」

 

 億泰、仗助、早人の順にそれぞれが言葉で吉影に追い打ちをかける。実際、吉影は完全に詰んでいる。吉廣の用意した協力者には見限られて、本人も負傷で動けない。

 吉影はクレイジー・Dのラッシュを食らって全身から血を流している。負傷で足に力が入らず路面に伏している吉影を救急隊員や消防士、野次馬が取り囲んでいる。

 

「露伴の予想どおり、あの男が吉良吉影……本人が自分から言っていたのを確かに聞いたよ。それに、まだ協力者が居るかもしれない」

「なるほど……承太郎さん! あなたのスタープラチナで時間を止めてヤツをこっちに連れてこれますか? ぼくのヘブンズ・ドアーで記憶を読んで情報を探らなくては」

「ああ、もう少し近づいたら時間を止めて……ッ!」

 

 手短に現状把握するため話し合っていた間に事態は急変していた。女性の救急隊員が吉影の具合を見るために近寄ってしまっていたのだ。

 運命の天秤は、また吉影の方へと傾こうとしている。吉影は既に女性の救急隊員を爆弾に変えて人質にしてしまった。

 

「承太郎さん! なのはくん! あなたたちのスタンドなら止められるはず!」

「わかっている。だが……もっと近づかないと無駄だ! 時を止めても距離が遠すぎてヤツには何も手出しはできない! 最低でも5メートルまでは近づかなければ……」

「体調が万全なら届くだろうけど、今の状態では攻撃する余裕まではない。それに時間を長く飛ばし過ぎたら察知されて爆破されるかもしれない……いや、近づくだけなら……」

 

 吉影に聞こえないように、なのはが承太郎にヒソヒソと話しかける。なのはの提案に納得した承太郎は静かにタイミングを見計らうことにした。

 人質を取られて仗助たちが動けないのをいいことに吉影は着々と『バイツァ・ダスト』の発動条件を整えていく。自らが殺人鬼であることや本名を女性の救急隊員に暴露し始めたのだ。

 

「たっ! たいへんだッ! バ……『バイツァ・ダスト』が始まるぞッ! キラを守るため『正体』を知った者は、みんな吹っ飛んでしまうッ! い……今! ヤツをやっつけな──」

 

 早人が警告を口走っている最中、絶好のチャンスがやってきた。吉影がスイッチを押すまで、まだ少しだけ時間に余裕のある今この瞬間、なのはは宮殿を展開した。

 宮殿に取り込まれたものは本来の運命の通りに行動する。しかし例外として、キング・クリムゾンか本体に触れられて直接引きずり込まれたものは、未来の軌跡から切り離されて動きが停止するのだ。

 運命では早人が警告を言い終わると同時に承太郎が吉影に向かって走り出す。その後に吉影はスイッチを押そうとする。その間の行動を捻じ曲げるために、なのはは承太郎を宮殿に取り込んで時間をふっ飛ばした。

 

「あとは任せたぞ、空条承太郎」

 

 宮殿を限界まで維持したなのはは吉影に向かって全力で近づいた。狙い通り、吉影のすぐ隣まで移動できたなのはは承太郎を降ろすと能力を解除した。

 

「『スイッチ』を押させるな────ッ!」

「いいや! 限界だ、押すね! 今だ──」

「スタープラチナ・ザ・ワールドッ!」

 

 バイツァ・ダストを止めようとする仗助と静止の声を振り切って起爆しようとする吉影の声が響き渡る。時間が飛んだことを周囲の人間が認識するよりも早く、承太郎はスタープラチナの能力を発動させた。

 あらかじめ時間を飛ばすと伝えられていた承太郎は、時を止めるため準備していた。その結果、吉影がスイッチを押す直前、見計らったかのようなタイミングで承太郎は時間を止めることができた。

 

「まさか……高町なのは、おまえが(みずか)ら協力を申し出るとはな。おまえは未熟な過去に打ち勝って成長したいと言っていたが……おれの目には、もう成長し始めているように見えるよ」

 

 相当に無理をしたのか片膝をついて吉影を睨んでいる状態で静止しているなのはを承太郎が横目で見る。

 生まれながらの悪だったとしても、己の意思であり方を変えることはできるのかもしれない。そう思う承太郎であった。

 

「そしてやれやれ、間に合ったぜ……オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!」

 

 スタープラチナの殴打がキラークイーンの全身に襲いかかり、ついでとばかりに右手を粉々に粉砕する。右手の全ての指がへし折れた状態では、さすがの吉影も爆弾を起爆できない。

 

「『時』は動き出す」

「うげああああああ────っ!」

 

 時が動き出し、止まっていた時間の中で蓄積されていたエネルギーが一気に爆発する。体中から血を吹き出しながら吉影の体が宙を舞った。

 少し遅れて仗助たちは呆気にとられながらも、何が起こったのか分からないが承太郎の攻撃が間に合ったことだけは理解できた。

 吉影はうわ言のように『バイツァ・ダストは作動する』『スイッチを押す』と繰り返し口走っている。これほどまでぼろぼろになっても能力を作動させようとする執念は恐ろしいが、彼はもう終わりだ。

 このまま露伴にスタンド能力を封印されて尋問されるであろう。正体の掴めない協力者グループやロカカカなど聞き出したいことは沢山ある。しかし吉影を尋問する時間は残っていなかった。

 

「た……たいへんだ! 男が救急車の下じきになったぞッ!」

「いるのに気づかなかった!」

「戻してッ! 車を戻してッ!」

 

 バックしていた救急車の後輪に吉影の頭が下じきになるという突然の事態に周囲は騒然となる。その後に続く救急隊員の即死という言葉に、思わず承太郎は「何てこった……」と口走る。

 

「わたしの責任です……言いわけするつもりはありませんが、おさえつけるヒマもありませんでした」

「いいや、君は()()していない。これは不幸な事故だ」

 

 上着のあちこちに『DocToR』と書かれたプレートを付けている三十代前半と思わしき男が囲いのテープをくぐり抜けて女性の救急隊員に声を掛ける。

 周囲の救急隊員に止められずに入れたということは病院の関係者なのだろう。その証拠に女性の救急隊員は彼を見るやいなや頭を下げて挨拶し始めた。

 

羽伴毅(うーともき)先生! 美容皮膚科の羽先生がどうしてここに?」

「通勤途中にたまたま通りかかってね。わたしも一部始終は眺めていたが、この男性が自分から飛び込んだように見えたよ」

 

 救急隊員と医者の会話を聞き流しながら、仗助たちはなんとも言えない気持ちになっていた。人知れず48人もの女性を殺してきた殺人鬼の最期が事故死だなんて呆気なさすぎた。

 だが、これでいいと露伴が言う。法律では裁けないのなら、スタンド使いが手を下さなければならない。それなら事故死が一番マシだ。だが、早人の心はそれでは納得できなかった。

 

「ぼくは……ぼくのパパと別に仲よしじゃあなかったけど、ぼくのパパはあいつに殺された。ぼくは『裁いて』ほしかった……()()()を誰かが『裁いて』ほしかった……」

 

 矛盾しているのは分かる。それでも早人は吉影を法律で裁いてほしかった。残される母親のことを想って、そして自分自身が納得できる答えを探して早人はこれからも悩み続けるだろう。

 

 

 

 こうして数々の謎を残したまま吉良吉影と吉良吉廣の引き起こした事件は終幕を迎えた。その後、わたしは一切面識のない杉本鈴美とかいう幽霊の見送りに付き合わされたりもしたが、何事もなく生活している。

 一週間ほど敵の残党が襲撃を仕掛けてこないか警戒していたが、全く動きを見せなかった。SPW財団の関係者の話でアイツらが『岩人間』と呼ばれる人間とは全く異なる生命体ということは判明した。しかし詳しいことはサッパリであった。

 承太郎はもう少し杜王町に残ろうとしていたが娘が高熱を出しているらしく、後のことはわたしとSPW財団の関係者に任せてサッサと船に乗ってジョセフと一緒にアメリカに帰国してしまった。信用されたのかは分からないが、五歳児に報告書を書かせるのはどうかと思う。

 実はSPW財団の関係者──月村家という、この地域屈指の名家の長女と兄が友人関係だった事実が判明したりと一波乱があったりはした。わたしは知らなかったが、兄は月村家の長女──月村忍のボディガードをしていたらしい。

 てっきりただの友人だと思っていたから驚きだ。そして、この当時は思いもよらなかったが月村家関連で騒動が何度か起こることになる。それについては今後語る機会が来るかもしれない。

 

 こうして1999年の夏は、ほとんどの人々にとっていつもの夏と同じように当たり前に過ぎていった。平和すぎて一抹(いちまつ)の不安を覚えたが、この不安が杞憂だと思いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 TG大学病院の一室──羽伴毅専用の診察室兼研究室となっている一室に声が響く。

 

「『院長』の指示通り、わたしのスタンドで救急車の運転手を操って吉良吉影は始末しました。愛唱まで手が回らず『院長』(みずか)ら動く事態になってしまい申し訳ありませんでした」

 

 内線で通話しながら羽伴毅はペコペコと頭を下げる。彼は上っ面だけ謝っているのではなく、本心から謝罪していた。

 

「『新ロカカカ』の確保は失敗しました。ですが我々の正体が月村の連中──夜の一族やSPW財団に露見するのだけは避けなければなりません。

 ……ええ、通常のロカカカの栽培は順調です。吉廣が担っていた密輸ルートは使えなくなりましたが、当院の特別治療だけで賄えるはずです。……問題ありません。この羽伴毅、決して()()はしません」

 

 隠し扉を開けた先には奇妙な植物が栽培されていた。トゲが生えたリンゴぐらいの大きさのオレンジ色の果実──これこそが岩人間たちの収入源である『ロカカカ』の正体だ。

 彼らとなのはたちの運命が交差するのは今ではない。彼らの正体が露見するのは今から4年後──なのはが魔法と出会った後の話となるだろう。




誤字脱字、表記のぶれ、おかしな日本語、展開の矛盾を指摘していただける国語の先生をお待ちしております。

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