不屈の悪魔   作:車道

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料理人トニオ・トラサルディーの秘密

 オレ(ディアボロ)がジョルノに殺される日まで1年を切った。それと同時にわたしは6歳の誕生日を迎えた。年は違えどオレが死んだ日と、わたしが生まれた日が同じというのには不思議な因果を感じる。

 あれから1年が経ちSPW財団はわたしが提供した情報の信憑性は高いと判断したようだ。露伴に記憶の中から必要な情報を抜き出させて、月村家を通して経済を混乱させない程度に証券取引や為替取引で資産を増やしたついでにデータを提供したのも大きい。

 以前、承太郎とジョセフに金や権力に興味はないと言ったが、スマンありゃウソだった。いや、厳密にはウソではなく言葉の(あや)である。金や権力者との繋がりを違法な行為に手を染めてまで手に入れるつもりはないが、あるに越したことはないのだ。

 将来、わたしが翠屋を継ぐのかSPW財団に就職するのか、別の道を選ぶのかは分からない。エピタフがあっても遠い未来はわからない。だからこそ非常事態が起きたときのために、個人で動かせる一定の資産を確保しておくに越したことはない。

 

 投資家としての知識はパッショーネを運営していた頃に独学で身につけているが、組織力を活かした情報網に頼らず金を稼げるのは今のうちだけだ。来年の3月までに可能なかぎり資産を増やして、今後に向けて備えておくつもりである。

 ジョセフの紹介で月村家とのパイプを手に入れられたのは幸運だった。月村家はわたしを見張る監視者という役割だったはずが、今では完全に投資関係の窓口扱いである。

 月村俊や月村春菜も、わたしの知識や経験を利用して(したた)かに会社の業績を伸ばしている。良好な関係を築けているのはいいが、経営方針についてそれとなく意見を求められても困る。

 二人はわたしの常識はずれな手腕を知って天才だと思っていそうだが、漢字もろくに読めないぐらい幼い頃から工学分野に関して専門家以上の理解力を有していた忍とは違う。

 未来の予測や情報の取捨選択能力が優れているという自覚はあるが、経験で補っている部分も多い。まあ、二人も本気でアドバイスを求めているわけではなく、わたしに経験を積ませて成長させようとしているのだろう。

 ()()くは月村家の跡取りの補佐になってほしいぐらいには考えていそうだ。忍としてはすずかを跡取りにしたいようだが、その辺りの家庭事情は勝手にやってくれ。

 

 

 

 2000年も半分以上が終わり、仗助たちは高校生活2回めの夏休みを謳歌(おうか)している。大学に進学した兄とは、今でも集まって一緒に遊んでいるようだ。

 一回だけ仗助にちょっとした用事があったので、ついて行って4人で遊べる対戦アクションゲームに付き合ったことがある。仗助は下手くそだったので相手にならなかったが意外なことに億泰が強く、意地になってエピタフを使って無理やり勝った。ちなみに康一はいたって平凡な腕前だった。

 億泰からは大人げないと(わめ)かれたが、子供なので関係ないと揚げ足を取ってやったりした。仗助はそんなことでエピタフを使うなと言っていたが、アホの億泰に負けるのはプライドが許さなかったのである。

 最終的に反射神経が一般人とは桁違いな兄とエピタフで対戦相手の動きを読むわたしの一騎打ちになり、億泰と康一そっちのけで戦っていた。仗助の家で集まっていたのに、人数があぶれるのでゲームの苦手な仗助がハブられていたのは哀れだった。

 テレビゲームなんてガキの遊びだと思っていたが意外と奥が深いと知った一件だった。

 

 時間はかかったが諸々(もろもろ)の根回しも終わった。最後の要素を埋めるために、わたしはトニオ・トラサルディーの店──イタリア料理店『トラサルディー』へと出向いていた。

 トニオの店は商店街を離れた霊園が見える位置にひっそりと建っている。彼の店はコース料理が出てくるが、リストランテのような高級志向の店ではない。

 入り口の上の看板にも書かれているようにトラットリア(大衆食堂)を意識しており、トニオのこだわりでリスタ(献立表)こそ無いが良心的な価格で料理を提供している。ドレスコードを意識せず気軽に入れる店だ。

 余談だがブチャラティチームが拠点としていた『Libeccio(リベッチオ)』という店はリストランテに分類される。ポルポも目をかけていたスタンド使いだけで構成されたチームなだけあって、それなりの給与を受け取っていたのだろう。

 

 扉の金具に『準備中』と書かれたプレートが吊るされているが、無視して取っ手に手をかける。鍵はかかっておらず取り付けられたベルがチャリーンと鳴りながら、すんなりと扉は開いた。

 今日はトニオの店は定休日なのだが、重要な話があると伝えていたので鍵を開けておいてもらった。店内に入ると音を聞いてキッチンからトニオが出てきた。

 

ボンジョールノ(こんにちは)、トニオさん」

「ボンジョールノ。いらっしゃいマセ、なのはサン。立ち話もなんですし、こちらにお座りくだサイ」

 

 そう言ってトニオは2つしかないテーブル席のうちの1つの椅子を引いた。わたしが来ると分かっていたので、あらかじめ子供用の座面が高い椅子に取り替えてあった。

 この椅子は常連客でもあるわたしのために、トニオが気を利かせて用意したものだ。本人は子連れの客のために用意したものなので気にしないでくれと言っていたが、半分はわたしのためでもあるだろう。

 それはいいのだが……どうして同じテーブルに見知った男が座っているんだ。こいつも常連だから今日が定休日だということは知っているだろうに、のんきに『(あわび)のリゾット』を食べている。

 

「うぉおおおおッ! 疲れ目がスッキリしたああっ────ッ!」

 

 男の眼球がドロドロに溶け出して流れ落ちそうになっていたが、最終的に店に来る前より健康な状態へと回復した。

 わたしも一日のうち結構な時間、本を読んだりパソコンを使って作業をしているので同じ効果の能力を受けたことはあるが……(はた)から見ると相当にグロテスクな光景だな。

 スタンド使いや特殊な血筋でなければ異常だと思わない効果もあるようで今まで問題になったことはないそうだが、事前情報がなかったら敵スタンドの攻撃だと勘違いしてしまいそうな光景である。

 味や効果は一級品で健康に気を使っていれば普通に食事できるので文句はないが、もう少し料金を上げてもいいのではないだろうか。

 

「感動させていただいた。人は腹が空いたときは、所詮(しょせん)()()()()()()だからな。

 祖国のイタリアではなく、この杜王町に店を開いている点だけは前から気に入らないが、人の孤独を『感動』にする腕を持つ君には心から敬意を表するよ。今……『幸せな』気持ちだ」

「お褒めの言葉と受け取らせていただきマス」

 

 食べていた料理の内容に夢中でわたしが入ってきたことに気がついていないのだろう。対面に座っているわたしには目もくれずに、男はトニオに自分の考えを伝えている。

 トニオがお辞儀をしたことで、ようやく興奮から冷めたのか目の前の男がわたしに気がついて、さも偶然出会ったかのように白々しく話しかけてきた。

 

「オヤオヤオヤオヤオヤオヤオヤオヤオヤ、()()()()。なのはくんもトニオさんに用事があったのか?」

「……キサマ、わかっていてわざと()()()()()()()()()押しかけてきたな。どうせうまいことトニオを口車に乗せて、自分も()()()()()()だと言いくるめたんだろう? え? 答えろ、岸辺露伴ッ!」

 

 この男──岸辺露伴は認めたくないが、わたしの考えをこの世の誰よりも理解している。承太郎との契約で週に1回は記憶を読ませているので、わたしの計画の全容を知っている数少ない人物の一人だ。

 露伴によると、オレの記憶は胸くそ悪くなる内容も多いが創作意欲が高まるようだ。どこがいいのか分からないが、オレはともかくわたしの性格は気に入っているらしく、いつか漫画のキャラの参考にしたいと言っていた。

 本人(いわ)くダークヒーローとしては中々参考になると漏らしていたが、いささか夢を見すぎているのではないだろうか。

 わたし個人としては露伴のような性格の人物は嫌いである。すずかのような人の内面に踏み込みすぎない人物なら仲良くしたいが、露伴のような自分勝手な人間は知り合いならともかく友人にはなりたくない相手筆頭である。

 

「水臭いこと言うなよ。ぼくたち友達だろォ──?」

「わたしはキサマと友人になった覚えなどない! こっちから攻撃できないとはいえ調子にのるなよ。この便器に吐き出されたタンカスがッ!」

 

 体を前のめりにして噛み付くようにイタリア語で露伴に食って掛かるが、当の本人は言葉を理解できているはずなのに気にする様子もなく優雅にワインを飲んでいる。

 ヘブンズ・ドアーの命令で攻撃できないのが、こんなにも忌まわしいと思ったのは何度目だろうか。縛りさえなければ、今この場でキング・クリムゾンを使って露伴を拷問していてもおかしくないぐらいには苛立っている。

 

「落ち着いてくだサイ、なのはサン。露伴先生もこれ以上、彼女をからかうようでしたら店から出ていってもらいますからネ?」

 

 有無を言わせないトニオの態度にわたしたちは無言で頷いた。トニオのような温厚な人物は怒らせると恐ろしい。ただでさえこちらから頼み事をするのだから、言うことを聞いたほうがいいだろう。

 深く息を吐きだしてトニオに手渡された『アフリカキリマンジャロの5万年前の雪どけ水』のミネラルウォーターで喉を潤す。柔らかく喉越しのいい水を飲んだことで、高ぶっていた感情が少し落ち着いてきた気がする。

 自分のことは無視して話を進めてくれと言わんばかりの態度で傍観を決め込んでいる露伴の行動は気に食わないが、これ以上不毛な言い争いをするのは無意味な行為だ。

 

「トニオさん、あなたにお願いしたいことがあります。この女性……ドナテラ・ウナの病気をあなたのスタンドで治療してほしいのです」

 

 SPW財団に頼んで集めてもらったドナテラのカルテやCT写真などの医学的な情報を開示する。現在、ドナテラはイタリアにあるSPW財団系列の病院に入院している。

 この世界のディアボロもオレと同じく彼女に干渉するつもりはないようで、パッショーネが周囲を嗅ぎ回ったり手を出してくる様子はないようだ。

 オレの場合は意図的にドナテラから目をそらしていた。そのため娘の存在はおろか、彼女がトリッシュの父親のソリッド・ナーゾ(ディアボロの偽名)を周囲の人間に探させなければ死んだことにすら、しばらくは気が付かなかったはずだ。

 パラパラと資料に目を通していたトニオは納得したかのように頷くと、おもむろに口を開いた。

 

「……これも何かの運命かもしれまセン。直接診なければ断言できませんが、彼女を治せる可能性はありマス」

ダヴェラメンテッ(本当か)!?」

「ワタシのパール・ジャムでも、ここまで大きな頭の中にある腫瘍は取り除けまセン。しかし、杜王町の『ヒョウガラ列岩(れつがん)』という場所で採れる特別なクロアワビを使った料理なら……快復させられるかもしれナイ」

 

 トニオのパール・ジャムはどんな病気でも治せるというわけではないらしく、特別なパワーの宿った食材を使わなければ命に関わる重病は手がつけられないのだと悔しそうな表情で語り始めた。

 そもそも、トニオは元々は没落した貴族の生まれだったそうだ。弟に家督を譲り故郷を捨てて料理人になるため世界を放浪していたのは、理想とする料理を求めてだった。そして不治の病によってジワジワと死んでいく恋人の治療法を探すためでもあった。

 奇しくもトニオの彼女とドナテラは同じような症状で苦しんでいた。故郷で養生していたトニオの彼女が医者に手の施しようがないと見放されて、つい最近日本に連れてきたとのことである。

 

「杜王町はスバらしいところです。特に()()()を気に入って、ここに店を出すと決めたのデス。

 そこでお二人に、お客様としてではなく友人としてお願いしたいのですが……一緒に杜王の海岸に『(あわび)』を取りに行ってはいただけまセンか?」

「普段、トニオさんがレストランの食材をどこから仕入れているのか知らないが……漁師たちから直接買えばいいだろう?」

 

 自然と頭数に含まれていた露伴が勝手に話を進めている。わたしは口を出さずに黙って今後どう動くか考えをまとめていた。

 ドナテラを治せるかどうかはダメ元だったので期待こそしていたが、まさか本当に治せる可能性があるとは思わなかった。これなら本当に運命を変えられるかもしれない。

 

 1年以上前、承太郎やジョセフと話し合ったときは、ドナテラと直接会って話す場を用意してもらうのを報酬にした。しかし杜王町に住まうスタンド使いたちの能力を知って欲が出たのだ。

 仗助のクレイジー・Dでは病気は治せないので治療は難しいだろうと諦めていたところに現れた病気を治せるスタンドを持つ母の知り合いの男、トニオ・トラサルディー。彼の存在を知ってから、わたしは本気でドナテラを救うための計画を考え始めた。

 既にドナテラをパッショーネの目をかいくぐって日本まで移送する段取りは整っている。脅したとはいえ、()()()がわたしと仗助に従順で助かった。

 

 じっと黙って話を聞いているわたしをよそに、トニオと露伴の押し問答は続く。目的のクロアワビは貴重すぎて漁師は売ってくれないと告げるトニオ。売ってくれないものを獲りに行こうと誘っているが、それは違法ではないのかと言い返す露伴。

 採るのは自分でやるから、露伴とわたしは電灯で照らすだけで何もしなくてもいいとトニオは言う。段々とまっとうな手段から外れていく話をわたしは黙って聞き続ける。最終的に目的のクロアワビを手に入れられるなら合法か違法かなど、どうでもいいからだ。

 

「ナアナアナアナアナアナアナアナアナア、ライトを照らすだけだって……子供のなのはくんなら見つかっても注意されるだけだろうが、ぼくは健全な少年少女のために漫画を書いてる大人だぜ。社会的に少しは有名なんだ」

 

 バレたら父や母に責任が発生するかもしれないが、そもそもキング・クリムゾンなら時を飛ばして逃げられるので捕まりはしないはずだ。露伴も最悪の場合はヘブンズ・ドアーで誤魔化せるし、マンガの参考になるなら多少の違法行為は目をつぶるタイプの人間だと思っていたんだがな。

 

「『密漁』をしマス」

「だから気に入った」

「いや待て、どうしてそうなる」

 

 もっともらしい理論を展開していた露伴が一瞬で手のひらを返した。わたしが思わずツッコんでしまったせいで、二人に今更何を言ってるんだコイツという目を向けられてしまった。

 トニオはともかく露伴はわたしが杜王町を含む地域一帯の有力者と親しい仲だと知っているはずなんだが、密漁という経験したことのない体験ができるという餌に釣られているようだ。

 

「そもそも、どうして漁師がクロアワビを売ってくれないのか。『物事』には必ず『理由』がある。その『理由』はなんだと思う?」

「そんなの、もう売る相手が決まってるか、地主に止められてるんじゃあないのか? だからトニオさんも『密漁』しようと……どこに電話してるんだ?」

 

 電話の相手など決まっている。ちょうど電話の相手──月村俊は休憩中だったようで、すぐに会話することができた。ヒョウガラ列岩のクロアワビについて尋ねると、すんなりと質問に答えてくれた。

 どうやら(くだん)のクロアワビは夜の一族が独占している高級食材らしく、市場に流れることは一切ないようだ。事情があって譲って欲しいと伝えたら、(こころよ)く分けてくれると約束してくれた。

 かつてのオレは人と人の繋がりや感情を軽視していたが、やはり信用できる相手は多いほうがいいと実感できる。

 わたしが月村家と深いつながりを持っていなければ、忍が作った警備システムをかいくぐり密漁するという非常に難易度の高いミッションを実行しなければならなかった。

 

「ありがとうございマス、なのはサン。まさか、真っ当な手段でクロアワビを手に入れられるとは思いませんでシタ」

「せっかく『密漁』を体験できるチャンスだと思ったのに……君ならこの手の違法な行為も()()に手伝ってくれると思ったんだがなァ」

「どうしても犯罪に手を染めなくてはならなくなったら迷わず実行するけど、合法的になんとかなる道があるならそっちを選ぶよ。()()はそうするよね?」

「ぼくが言えた口じゃあないが、普通の人間はよっぽど切羽(せっぱ)詰まらないと犯罪に手を染めないぞ。……まあ、『密漁』はできなくても特別なクロアワビの生態を取材できるならそれはそれでアリか」

 

 もっとごねるかと思っていたが、意外なことに露伴はわたしの言葉をアッサリと受け入れて密漁を諦めた。露伴も理由がなければ法を無視したりはしないぐらいには物事の分別がついている、ということか。

 罪を犯す必要がないのに犯罪行為に手を出すのは合理的ではない。一般人がどう考えているかは知らないが、今のわたしにとっての普通とはそういうことだ。

 それに犯罪者には犯罪者の、ギャングにはギャングの掟がある。それを(ないがし)ろにした結果こそがオレの末路である。人間は大なり小なり社会に属している生き物だ。それが社会から完全に孤立して活動することなど不可能である。

 

「確実に治せるかは分かりませんが、可能なかぎり手を尽くすつもりです。これでも無理なら『ロカカカ』を使うという手もありますが……」

「『ロカカカ』だって? トニオさん、あなたは『ロカカカ』がどういったものなのか知っているのか?」

 

 予想外の単語が出てきて、思わずわたしはトニオに聞き返してしまった。トニオの口から岩人間が言い残した『ロカカカ』のついて出てくるとは思いもよらなかった。

 SPW財団も調べていたが欠片も情報が見つからなかったシロモノを、一介の料理人が知っているとは驚きだ。

 

「ワタシも実物を見たことはありまセン。インドネシアを旅していたときに原住民から聞いた噂話なのですが、『ロカカカ』という果実は食べた者の体を治癒させる能力があるようなのデス」

 

 トニオの説明によると、ロカカカの実は食べた人物の失った機能を回復させる代わりに他の機能を失うリスクがあるようだ。昔はニューギニア島に自生していたようだが第二次世界大戦時に日本軍に占領されて以降、ロカカカを見つけた者は誰一人としていない。

 パール・ジャムの能力と組み合わせたらリスクを回避できるかもしれないと考えたトニオは情報を集め続けて、ロカカカを高額で密売している売人が存在することを知った。当初はトニオもロカカカを追い求めていたが、1億円近い金を出さなければ買えないと知って諦めたようだ。

 

「1億円か……今のわたしなら手が届く額だが2個手に入れるとなると、すぐに動かせる現金だけでは足りないな」

「そもそも、ワタシの知っている売人の連絡先は繋がらなくなっているのデス。電話以外にも指定された場所にメモを残せば連絡先を伝えると言われていたのですが、それも音沙汰がありまセン」

 

 そう言って手渡してきたメモには携帯電話の電話番号が書かれている。試しにコールしてみるが、トニオの言ったとおり一向に繋がらず呼び出し音が鳴るだけだった。

 売人の連絡先を知ったのは杜王町に越して来たばかりの頃だそうだ。1年以上経っているので足取りを掴まれないように、売人が番号を変えたのだろう。

 トニオも売人の顔や名前は知らず、電話越しに聞いた特徴的な男の声しか覚えていないようだ。残念ながらヘブンズ・ドアーでも音声までは再現できない。岩人間のうちの誰かだったとしても、今となっては確かめる手段はない。

 

「クロアワビを使った料理の治療が失敗する前提で考えていてもしょうがないだろ。ぼくはトニオさんの料理人としての腕前を信頼している。あなたなら、きっと人生最高の料理を完成させられるはずだ」

「……そうですネ、露伴先生の言うとおりです。失敗すると思っていては、成功する可能性すら失いかねまセン。ワタシの彼女も、ドナテラさんも必ず治してみせると約束しまス」

「…… ペルファヴォーレ(よろしくお願いします)、トニオさん」

 

 目的のクロアワビは一週間以内に手に入る。治療が可能かどうかはトニオの腕にかかっているが……トニオの腕を信じて行動するしかない。わたしがイタリアへと向かう日は刻一刻と迫っていた。




誤字脱字、表記のぶれ、おかしな日本語、展開の矛盾を指摘していただける国語の先生をお待ちしております。

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