姿を背景に溶け込ませていたリゾットに奇襲が成功した理由。それはトリッシュのスタンド能力によるものだった。
スパイス・ガールの能力はクレイジー・Dやスティッキィ・フィンガーズと同じく、拳で触れた対象に能力が発動する。
先程の攻撃は見えないリゾットに攻撃するためではなく、
柔らかくする範囲や硬度はトリッシュが自由に選べる。
ナイフを処理したときのように自重で崩れるほど柔らかくすることもできるが、周囲の硬さはそのままに一部分だけ柔らかくすることもできる。
地面が柔らかくなっていると気が付かず、リゾットは死地へと踏み込んでしまった。
時間が飛んでいたためリゾットは自覚できなかっただろうが、彼の右足は膝まで地面に埋まっていた。
トリッシュは地面を柔らかくして即席の落とし穴を作ったのだ。
観察眼の鋭いリゾットなら何らかの手段で脱出か反撃を試みただろうが、それを実感する前になのはが時を飛ばして先手を取った。
宮殿に取り込んだ相手は動きの軌跡となって見えるが例外も存在する。
光の屈折率を変えることで自分の位置をずらして見せていたプアー・トムのように、なのはやキング・クリムゾンではなく場所や自分自身に干渉する能力は無効化できない。
メタリカの透明化は背景に溶け込む技なので、地面や固定された動かない物は動きの軌跡にならず消え去ってしまう宮殿の内部では意味をなさない。
問題だったのは、なのはが足を負傷して動き回るリゾットに追いつけない点だった。
本体のダメージはスタンドにもフィードバックするので、キング・クリムゾンの脚力で無理やり移動するのは難しい。
そこでトリッシュにスパイス・ガールで足止めを頼んだのだ。
宮殿を展開しながら、なのはは足の怪我を止血するために固く結んでいた布を
太い血管も傷つけられている足からは少なくない量の血が流れ出ている。
手始めに、なのはは血をキング・クリムゾンの手で
片足が埋まったリゾットはその場から逃れようともがいているが、太ももを負傷しているのも相まって時間がかかっている。
宮殿に取り込まれた人物は認識こそできないが、本来行おうとしていた動作を実行する。
だがキング・クリムゾンの使い手だけは、
脱出されないように左足と首元を血の水圧カッターで切り刻みながら、なのはは足を引きずりつつもリゾットの背後まで移動した。
そして、そのままリゾットにトドメを刺すためキング・クリムゾンの手刀を振り下ろしながら宮殿を解除したのだ。
「最後に……教えて、くれ。アンタは……何者なんだ」
「……冥土の土産に少しだけ真実を教えよう。わたしはパッショーネのボス
そしてわたしのスタンド能力は10秒先の未来までしか読めない。だが
教えられるのはここまでだ」
肩から心臓付近にかけて深々と体をえぐられ、仰向けに倒れているリゾットが掠れた声でなのはに問いかける。
その質問に答える必要などなかったが、なのははボスに反旗を翻すことを決意した暗殺チームの面々に敬意を表して、顔を耳元に近づけて小声で真実の一端を明かしだした。
肺や心臓といった生命維持に必要不可欠な臓器を破壊されたリゾットは決して助からない。
1分とせずに死んでしまうだろう。生かしておけば必ず障害になるであろう相手なので始末したが、なのは個人としてはリゾットに負の感情は持っていない。
組織を裏切り全ての仲間を失ったリゾットは『ぬきさしならない状況』に陥っていた。
『運命とは自分で切り開くものである』という考えも正しくはあるが、どうあがいても運命を変えられない状況は存在する。
リゾットの死も変えられない運命だった。
それを証明するかのように、かつての流れより早く行動しているにもかかわらず、リゾットはなのはの記憶のとおりにコスタ・ズメラルダで生を終えようとしている。
なのはの記憶にあるリゾットは最後にボスの正体を掴んだ。
だが、なのはの目の前で徐々に冷たくなっていっていくリゾットはディアボロと対面していない。
そこでなのはは、手向けの代わりに自分の正体に関するヒントを口にしたのだ。
「そう、か……そういうこと、だったのか。ナノハ……
「横槍が入らなければ、おまえはボスに勝っていた。
リゾット・ネエロ、おまえはボスを追い詰めて『誇り』を失わずに命を絶ったんだ」
なのはの語った情報によってリゾットはついに目の前の相手の正体を理解した。
死に際の妄想と言われてもおかしくない突飛な発想だったが、なのははリゾットが答え合わせのために口にした質問を肯定した。
リゾットに未練はなかった。もはや共に組織を裏切った仲間は誰一人として残っていない。
ボスと同じ能力を持つなのはに最後の力を振り絞ってメタリカで攻撃することはできるが、八つ当たりのような真似をする気にはなれなかった。
「わたしも聞きたいことがある。おまえはどうやって、
「オレは……情報分析チームの、ある男と……密かに情報の、やり取りを……していた。その男の名は──ガハッ!?」
協力者の名前を暴露しようとしたリゾットだったが、最後まで言い切ることはできなかった。
リゾットの服の内側から現れた手足の生えたスペードのキングの絵柄のトランプが、手に持った剣をリゾットの首に突き刺して切り裂いたのだ。
続けざまに襲いかかってきたトランプをキング・クリムゾンで迎撃したなのはは、急いでリゾットの容態を確認する。
何か言葉を口にしようとするリゾットだったが、気道まで大きく裂けている傷口から空気が漏れ出て音にならない。
「トランプ型のヴィジョン……言葉にせずとも分かる。おまえの協力者はカンノーロ・ムーロロなんだな?」
キング・クリムゾンによって真っ二つに裂かれたトランプは手足が消えて地面に散らばっている。
なのははスタンドが同化していたトランプ──劇団<
なのはの問いかけにリゾットは頭を僅かに動かして肯定する。
トリッシュの情報を暗殺チームに流した人物かもしれないというなのはの予想は確信に変わった。
それと同時に限界を迎えたのかリゾットが目を閉じて動かなくなる。
メタリカの能力で生み出された鉄製品が形を保てなくなり消え去っていく。
天へ昇っていく霊の姿など見えないが、なのはは今にも落ちて来そうな空を見上げていた。
「ムーロロがスタンドを使って監視していたということは……マズイな。早く、亀の中に行かなくて、は……」
「ナノハッ!?」
視線を戻し、おぼつかない足取りで移動しようとしていたなのはだったが、地面の出っ張りに躓いてバランスを崩して地面に倒れ込んだ。
遠巻きから様子を見ていたトリッシュが慌てた様子で駆け寄って、なのはを両腕で抱え上げた。
なのはは気を失っていた。左足の怪我により、あまりにも多量の血を失ったことで貧血を起こしたのだ。
常人より力があるスパイス・ガールでも怪我人全員は運べない。
どうしたものかと、なのはを抱えたまま慌てているトリッシュだったが助けはすぐにやってきた。
「大丈夫か、トリッシュ!」
時間が飛んだことを察知したブチャラティたちは一旦リプレイを中止して、全員でトリッシュたちがいた場所まで向かっていた。
ディアボロが付近にいるかもしれない状況で、単独で誰かを残すわけにはいかないと考えたのだ。
ブチャラティはトリッシュに何があったのか聞き出しながら、ジョルノに怪我人の治療を頼んだ。
先に重傷のナランチャとミスタを、その次になのはを治療するためにジョルノはゴールド・エクスペリエンスの能力を発動させた。
3人全員の治療となると時間がかかる。そこでブチャラティは怪我人を亀の中に入れて、承太郎に外を監視してもらいながら同時にリプレイも行うことにした。
未来予知を無力化できるなのはが気を失っているスキを突いて、ディアボロが攻めてくるかもしれない。
なのはの最後の一言に僅かに疑問を覚えながらも、彼らは行動を開始したのだった。
「リプレイが終わったぞ、ブチャラティ! ビンゴだ、ボスの素顔と指紋はバッチリ取れそうだぜ」
「よし! 早速、警察のデータベースにアクセスして情報を探すぞ!」
ムーディー・ブルースによるリプレイは無事成功した。
途中でサッカーをしている子供がボールを木に引っ掛けることもなく、時間が飛ぶこともなかった。
若かりし日のボスの姿になっているムーディー・ブルースだが、物質と同化しているスタンドではないのでそのまま写真を撮ってもデータには変換できない。
スタンド使いなら写真に写っているスタンドも見ることができるが、機械は認識してくれない。
そこでムーディー・ブルースをスパイス・ガールで少しだけ柔らかくした地面に押し付けて型を取ることにした。
スタンド能力に目覚めたばかりのトリッシュだが、すでに自分の能力の使い所を理解し始めているようだ。
型取りに成功したブチャラティたちは亀に入って情報を集めることにした。
その間、亀の外の警戒と移動は承太郎に一任することになった。
ここまでの行動を見て、ブチャラティは承太郎を信頼できる相手だと判断した。
哨戒向きのスタンド使いが怪我をしているというのも、承太郎だけを外で待機させている理由のひとつである。
ブチャラティはチームのリーダーだが、全体の方針を決めているのはジョルノだ。
意見をすり合わせるためにも、この二人は手が離せない。トリッシュは積極的に戦闘に出せない。アバッキオは戦闘向きのスタンド能力ではない。
余計な援護を付けても足かせにしかならないという考えで、承太郎だけを外に出しているのだ。
「ダメです、ありません!」
「
探すのだ……この男の『過去』がッ! どこかに必ずあるッ!」
亀の中でラップトップを操作してジョルノがデータベースから情報を検索しているが、
ジョルノの右隣からラップトップの画面を覗き込んでいるブチャラティは、必ず情報があると信じていた。
しかし実際には警察のデータベース上にディアボロの情報は存在しない。
そもそもディアボロがトリッシュを殺害しようとしたのは、直感で肉親だと理解できるからだ。
スタンドの外見には類似点も少しはあるが、能力は全くの別物である。
病的なまでに過去の露見を恐れているからこそ命を狙っただけで、ディアボロに繋がる情報をトリッシュはほとんど持っていないのだ。
ブチャラティのような優れた観察眼の持ち主でも、直接会ったことのない相手を正確に分析するのは難しい。
「……ブチャラティはボスがここに来ていると思いますか?」
「3回は確実に時間が飛んだ感覚があった。だがトリッシュの話を聞く限りでは……」
「そこで寝てるガキが時間を飛ばした。状況から考えるに、そうとしか思えねえだろ」
足を組んでソファに座っているアバッキオが忌々しげな表情で、トリッシュに膝枕されているなのはを睨みつけた。
承太郎は、なのはが目を覚ましたら本当のことを伝えるとだけ言い残して口をつぐんでいる。
アバッキオはなのはから離れろと何度も忠告していたが、聞く耳を持たないトリッシュに呆れて機嫌が悪くなっていた。
元よりアバッキオは生意気そうなガキが嫌いなため、ジョルノやなのは、トリッシュとは相性が悪いのだ。
「アバッキオが心配するのもわかるが、今はナノハの正体よりボスの正体を優先するべきだ。
ボスの正体をつかんで『暗殺』できなければオレたちは負ける。親衛隊を集合させられる前に正体を掴まなければ!」
「ブチャラティ……今、思いついたのですが『死亡した者』の記録はどうでしょう?
ボスは全ての個人記録をデータから消すとき、自分を『死亡した』ことにしたのかもしれない」
アバッキオを説得しているブチャラティにジョルノが新たな提案をする。
僅かな希望に賭けたブチャラティはラップトップにアクセスコードを打ち込んで、指紋と合致する死亡記録を検索した。
しかし、やはり該当者はいなかった。こうなっては、なのはが目を覚ますのを待って新たな情報を聞き出すしかないかと諦めかけたそのとき、ラップトップから聞き慣れない男の声が流れ始めた。
『そんなことはないぞッ! 君たちは追跡をもう
「逆探知されたぞッ! ジョルノ、通話を切れッ!」
『待てッ! 切るなッ!
ディアボロという名前に疑問を覚えたトリッシュが聞き返そうとするが、ブチャラティが人差し指を口の前で立てて黙るようにジェスチャーで示す。
男はディアボロを倒そうとする者が現れることを信じて、特定のデータベースにアクセスして指紋を調べようとする者を張っていた。
だが男の話は簡単には信じられない。ボスの名前を告げたところで、味方だという証拠にはならない。
ブチャラティはジョルノに通信を切らせようとする。
ジョルノがキーボードに指を伸ばすのと同時に、男が唐突にディアボロのスタンド能力を語りだした。
ディアボロの時を飛ばせる能力を知っている者は、この世には
ディアボロの部下に知っている者がいたとしても、
トリッシュは男が味方だと確信して口を開こうとしたが、ブチャラティに手の内を見せてはいけないと止められる。
「よし……話は聞こう! 何者か、まず名を名乗れッ!」
『わたしの名など、どうでもいい。わたしはすでに再起不能の体になっているんだからな。
わたしは、もう闘えないのだ。肝心なのは、君たちがヤツを倒せるかどうかだ。ヤツの『時を吹き飛ばす』能力に弱点はないッ!
君たちは、これからヤツを『暗殺』しようと考えているだろうが、それはきっと失敗するぞ!
そのままでは、まず君らは
ディアボロのスタンドに弱点はないと言われたブチャラティは、時を止めるスタンド使いなら勝てるのではないかと聞き返そうとしたが、
男は倒せる可能性があると言う。そして、それを手に入れるために『ローマ』にいる自分に会いに来いと告げた。
ブチャラティは疑いを深める。何をさせようとしているのか、ディアボロとどんな関係なのかも分からない相手を信用してローマに行こうなどとは思えない。
そんな彼らを説得するために、男はとある画像を送りつけた。その画像に写っている『矢』に彼らは見覚えがあった。
ブチャラティやアバッキオがスタンドを発現させるため、ポルポのスタンドに突き立てられた矢とよく似ていたのだ。
「なぜ、おまえがこれを持っている!?」
『君たちは、わたしのところまでこれを取りに来るのだ。ヤツは、この『矢』の真の使い方を知らない!
この『矢』には秘められた叡智があるのだッ! それを教えようッ!
キング・クリムゾンを超える力を手に入れなくてはならない! ローマに来るのだ。
この『矢』は、あの男を倒すたったひとつの最後の手段なのだ!』
そして男は『矢』のルーツについて説明しだした。話を要約すると、矢の材質はグリーンランドにある『ケープヨーク』という土地で採れる隕石と同じ物質だった。
秘められた力を教えられるのはひとりだけで、他の誰にも漏れてはならないと男は言う。
ブチャラティは男の話に確証を持てなかった。だが今は具体的な目標がない。
それに加えて彼の正体に心当たりがあったブチャラティは、男の言葉を信じることにした。
「あんたの話には確証がない。しかし……あんたを信じよう、ジャン=ピエール・ポルナレフ」
『……どこでその名を知った』
通信越しに聞こえる男──ジャン=ピエール・ポルナレフの声色が一段と低くなった。
下手なごまかしはせず、ポルナレフは自分の名前が合っていることを肯定しながらブチャラティに問いかける。
「ジョータロー・クージョーがあんたを助けるためにオレたちと同行している。今は外にいるが、呼んできたほうがいいか?」
『承太郎が君たちと一緒に行動しているだとッ!?
そうか……それでおれのことを知っていたのか……色々と積もる話はあるが、そろそろ電話が傍受される頃合いだ。
わたしはローマのコロッセオで待っている。何時だろうと構わない。コロッセオですべてを説明しよう』
名残惜しそうにしながらも、ポルナレフは通信が傍受される前に自分から回線を切ってしまった。
承太郎がいてもいなくても、ポルナレフはブチャラティたちを信用していただろう。
それでも承太郎という、かつての仲間の存在はポルナレフを奮い立たせるのに十分な効果があった。
車椅子に座ったまま、ポルナレフは懐からDIOを倒すためエジプトへと向かう途中で撮った仲間たちとの集合写真を左手で取り出した。
残された左目でじっと写真を見つめながら、ポルナレフはディアボロを必ず倒すと、より固く誓ったのだった。
誤字脱字、表記のぶれ、おかしな日本語、展開の矛盾を指摘していただける国語の先生をお待ちしております。