時はムーロロが襲撃される30分ほど前までさかのぼる。ブチャラティたちを乗せた承太郎の操縦するスポーツ用の高速艇は、
ローマにほど近い漁村に船で乗り付けたあとは、車に乗り換えてコロッセオがある市内まで一気に向かう計画となっている。所要時間は漁村からコロッセオへ移動する時間を含めて3時間と少しといったところだ。
すでにポルナレフの情報提供から30分ほど経過しているが、なのはは目を覚まさない。その一方で、なのはより重症を負っていたミスタとナランチャはすでに回復して、のんきに腹ごしらえをしている。
「ンマイなぁぁあぁぁ────ッ!」
「この
「だめだね。このピッツァは、あと3切れしか残ってないんだッ! ほかにもピッツァの入った『紙』はあるんだから、そっちを選べばいいじゃんかよォ!」
「一切れぐらい渡したっていいだろうに……セコイ野郎だな」
焼き立てのモッツァレラチーズとキノコがトッピングされたピッツァ・マルゲリータにかぶりついていたナランチャは、ピッツァの乗った皿を抱えてミスタから遠ざかった。そんなナランチャの姿を見てアバッキオは呆れている。
ミスタはケチくさいやつだなとぼやきながらも無理にナランチャからピッツァを奪おうとはせず、『紙』からトッピング違いのピッツァ・マルゲリータを取り出した。ミスタはピッツァを一切れ取ると、そのまま皿ごとアバッキオに回してピストルズにサラミを与え始めた。
途端に騒がしくなったことで意識を刺激されたのか、なのはが
「ブチャラティ、ナノハが目を覚ましたわ!」
トリッシュの報告に亀の中にいる面々は会話を止めて黙り込んだ。食事をしているミスタたちも手を止め、探るような目つきで起き上がって周囲を見渡しているなのはを注視している。
ブチャラティたちの視線を気にすることもなく、一瞬だけアバッキオの顔を見ていたなのはは小さく頷いた後に、おもむろに口を開いて現状の確認を開始した。
「確認したいことがある。おまえたちはジャン=ピエール・ポルナレフから情報をもらい、ディアボロを倒すために必要な『矢』を受け取るためにコロッセオへ向かっている。わたしはそう認識しているが、相違はないか?」
「……そのとおりだが、どうしてそれを知っているんだ?」
なのはの問いかけを肯定すると同時に、ブチャラティは疑問を投げかけた。なのはは先程まで気を失って寝ていた。狸寝入りしていたようにも見えない。未来を予知してこうなるのをあらかじめ知っていたのだろうか。
少しばかり考える素振りを見せたなのはは、飛び降りるようにソファから立ち上がると同時に真紅のスタンドを発現させた。なのはのスタンドのヴィジョンを見たブチャラティは、目を見開きながら冷や汗を流す。
「それはッ!? ディアボロの──ッ!?」
「テメェ────ッ! ブチャラティを離しやがれ!」
ディアボロのキング・クリムゾンと瓜二つななのはのスタンドを見てブチャラティが声を上げそうになる。だが、時を飛ばして目の前まで移動したなのはが、キング・クリムゾンを使いブチャラティの口を塞いだことで言葉は最後まで紡がれなかった。
ブチャラティがスタンドに顔を掴まれているのを見たナランチャはスタンドを出して攻撃しようとした。しかし、このまま機銃を撃てば射線上にいるブチャラティまで巻き込んでしまう。
ナランチャたちは背中に嫌な汗がにじむのを感じていたが、ジョルノだけは冷静になのはの様子を観察していた。なのはの目には敵意や殺意は宿っていない。ただし何かを警戒しているような様子が見て取れた。
「いきなり口を塞いだことは謝ろう。すまなかった。だが、余計なことは喋るな。この部屋はスタンドで監視されている。ブローノ・ブチャラティ、このソファをジッパーで分解してくれないか」
「……詳しい説明を後で聞かせてもらうぞ。スティッキィ・フィンガーズッ!」
なのははブチャラティの口を押さえていた手を離してソファから移動させると、とある部分を指さした。そこは今まさにブチャラティが座っていたソファだった。
ブチャラティがスタンド能力でジッパーを作りソファをバラバラに分解すると、内部からトランプのような姿をしたスタンドが現れた。再度、時間を飛ばして移動したなのはは一瞬でトランプのスタンド──ウォッチタワーを破壊してしまった。
「なにィ────ッ!? マジでスタンドが隠れていやがった! 一体いつから潜んでたんだ、コイツはッ!?」
「……マズイですね。このスタンドの本体にポルナレフさんとの会話を聞かれてしまっている。もし相手がパッショーネの人間だったら、ぼくたちの目的が筒抜けになっているかもしれない」
「あのスタンドはカンノーロ・ムーロロという男が操っている。ヤツは情報分析チームの人間だ。情報はすぐにディアボロに伝わるだろう」
構えていた拳銃を下げてミスタが驚きの声を上げる。ジョルノはすぐさま事態が危うい方向に向かっていることを悟った。ウォッチタワーの本体を知っているなのはは、ジョルノの懸念に冷静に答える。
ムーロロという名にブチャラティたちは心当たりはなかったが情報分析チームの存在は知っていた。ブチャラティたちは知る由もないが、この『亀』の内装は情報分析チームの人間によって手入れされている。
ムーロロは家具の搬入に合わせて、密かに部下にウォッチタワーを仕掛けさせていた。ブチャラティチームの道程は最初からムーロロに筒抜けだったのだ。もっとも、この行動はムーロロの独断でディアボロも途中まで気がついていなかった。
ディアボロは最初からムーロロのスタンド能力は予知のような力ではないと考えていた。結論が出たのはムーロロからブチャラティたちがサルディニアに向かったという情報を受け取ったときだ。いくらなんでも情報の伝達が早すぎる。
そこでディアボロはスタンドを『亀』に潜ませているのではないかという考えに至った。今までムーロロを見逃していたのはブチャラティたちの情報を集めさせるためだ。
そしてムーロロが集めた情報を刈り取るために、ディアボロはドッピオと暗殺者を使って情報分析チームの本部に自ら出向いたのだ。
「あまり時間は残されていない。わたしのスタンドについて聞きたいことがあるだろうが、その前に話したいことがある。承太郎を交えて話をしたいが構わないか?」
「……いいだろう。ミスタ、起きたばかりで悪いが『亀』の外に出てジョータローと船の操舵を代わってくれ」
ブチャラティの指示に頷いたミスタは何枚か料理の入った『紙』を手にとって『亀』の外に出ていった。そして1分もせずに入れ替わりで承太郎が険しい顔をしながら『亀』の中に入ってきた。
「スタンドを『亀』の中に潜ませていたとは……やつのスタンドはもう残っていないのか?」
「
明け透けに自分のスタンド能力を口にしたなのはの言葉にブチャラティたちは戦慄する。未来を予知することができて時間を飛ばせるスタンド。それはディアボロのキング・クリムゾンと同等の存在としか思えない。
戦意こそ感じられないが戦力差は大きな開きがある。承太郎の時を止める能力に加えて、なのはがディアボロと同じような能力を使えるのだとしたらブチャラティたちに勝ち目はない。
顔に汗を浮かべながら二人の一挙手一投足に気を配っているブチャラティたちをよそに、承太郎が静かに口を開いた。
「まずは、おれたちの本当の目的を教えなければならないな。おれたちがここにいる理由──それは
「そして、ブローノ・ブチャラティかジョルノ・ジョバァーナをパッショーネのボスにするのも目的のひとつだ。そのために、わたしたちはここにいる」
「あんたらのスタンドなら、そんな回りくどいことをしなくてもボスを暗殺すれば……いや、そうか。ボスを消したらパッショーネは間違いなく統率を失う。
そうなったら今以上にイタリアの治安は悪化する。それを防ぐために、ボスの座を引き継げる人物としてオレたちに目をつけたのか」
理解の早いブチャラティの回答に承太郎は首を縦に振った。そのまま承太郎は『紙』から取り出した資料を広げてブチャラティたちに確認するように
「これは……親衛隊の情報かッ!? まさか、こんなものまで用意していたとは……」
内容に目を通し始めたブチャラティは戦慄していた。資料にはブチャラティたちや暗殺チームの情報だけではなく、まだ戦ったことのない親衛隊たちの情報まで記されていたのだ。
顔写真ではなく
「ナノハがムーロロという人物の名を知っていたのは、あらかじめパッショーネのスタンド使いについて調べていたからだったのか。だが……どこから、これほど詳細な情報を手に入れたんだ?」
「ぼくのゴールド・エクスペリエンスの生体パーツを生み出す能力まで載っていますね。この力は
事前に予知していたという理由では済まされないほど、承太郎が出した資料は詳細に記されている。それこそパッショーネの内部情報を知っている人物から直接抜き出したとしか思えないほどの精度だ。
感情を感じさせない顔色でジョルノがなのはを見つめている。対するなのはは観念したかのように
「……前もって言っておくが、わたしはパッショーネに何の未練もない。それを念頭に置いて、わたしの話を聞いてほしい。わたしは……
なのはの言葉を聞いたブチャラティたちの反応はそれぞれ異なっていた。ナランチャは首を傾げて話の内容を整理している。アバッキオは与太話だと思って口を歪ませながら、なのはを睨みつけている。
トリッシュは驚きのあまり、目を見開いて固まっている。ジョルノは疑念が氷解したのか納得した顔をしている。ブチャラティは真剣な眼差しをなのはに向けている。一様に違った反応を見せる中、一番最初に口を開いたのは眉をひそめているアバッキオだった。
「そんなバカげた話、信じられるわけねえだろッ! テメーがディアボロの隠し子って言われたほうが、まだ納得できるぜ」
「……ぼくはナノハが嘘をついているとは思えない。今までの行動も、知りえないはずの情報を持っているのも、全く同じ能力のスタンドを持っているのも、ナノハがディアボロの記憶を持っているのなら全て説明がつく」
「オレは納骨堂でボスのスタンドを直接見たことがあるが、ナノハのスタンドと瓜二つの見た目をしていた。仮に血縁者だったとしても、これほどまでに似通った外見にはならないだろう」
疑ってかかっているアバッキオとは対照的に、ジョルノとブチャラティはなのはがスタンド能力や素性をひた隠しにしていた理由を聞いて納得していた。前世の記憶を持つ子供という話は世界各国で散見している。
別の世界となると話は変わるだろうが、スタンドが関わっているのなら平行世界に干渉する能力もあるだろう。なのはが前世でどのような過程を辿ったのかは分からないが、ブチャラティの目から見ても嘘をついているようには見えなかった。
「あなたは……本当にディアボロなの……?」
「正確には『矢』を手にしたジョルノに敗北して死に続けたディアボロの成れの果てだが……この世界のディアボロに限りなく近い過去をもっている。僅かながらに感じる魂の繋がりが、その証拠だ。
それを踏まえて言うが……わたしはディアボロではない。
トリッシュは自分の気持ちを整理できずにいた。実の父親に殺されかけたが、代わりに別の世界の父親が少女の姿で自分のことを守りに来たなどという話をすぐに納得できるはずがない。
確かに感じる魂の繋がりはトリッシュに不思議と安心感を与えるが、なのはを父親として見ることはできない。なのはもディアボロとしての過去は乗り越えるつもりなので、トリッシュのことを自分の娘とは思っていない。
だからといって、守ろうという気持ちが無いわけではない。なのはがトリッシュの父親代わりになることはできない。なるつもりも毛頭ないが、心身を守るために助力するつもりはある。
なのははドナテラと約束したから守っていると思っているが、それは違う。自覚こそなかったが、それは
「細かい話はよく分かんねーけどよォ、ディアボロと同じスタンドが使えるってことは『矢』が無くても戦えるってことなのか?」
「わたしのキング・クリムゾンはディアボロのものと比べると劣化している。承太郎と協力して闘えば、まず間違いなく勝てるだろうがタイマンでは絶対に勝てるとは言い切れない。
それにディアボロがわたしと承太郎を同時に相手するかも分からない。ディアボロを確実に始末するなら不意を打つか……ジョルノが『矢』を使うしかないだろう」
ナランチャの疑問になのはが答える。個人的な感情が大半を占めるが、なのはとしてはジョルノに『矢』を渡したくはない。だが、レクイエムの能力がどうなるか把握できているのはポルナレフとジョルノの二人だけだ。
ポルナレフのレクイエムは暴走することが分かっているので利用できない。そうなるとジョルノに『矢』を渡すか、一か八かブチャラティや承太郎、なのはがレクイエムを発動させることになる。
最終的に誰が『矢』を手にするかは分からないが、安全策を取るなら確実にレクイエムが使えると分かっているジョルノに任せるべきだろうと、なのはは承太郎と事前に話し合っていた。
「……オレはテメーを信じたわけじゃあない。ブチャラティが信じると決めたから、ついて行くだけだ。絶対に信頼を裏切るような真似をするんじゃあねえぞッ!」
「分かっている。全てが終わったあとに、手のひらを返してボスの座を奪い取ったり、おまえたちを利用してパッショーネを裏から操ろうとはしないと約束しよう」
なのはのひたむきな眼差しを見て、アバッキオは舌打ちをしながらそっぽを向いて机の上に広げられた資料を読み始めた。なのははこれから戦う可能性の高い敵を説明しながら、残り僅かな時間を少しでも有効に使おうとしている。
承太郎と入れ替わりで『亀』の中に戻ってきたミスタは、何があったのか分からず困惑した後に、ブチャラティからなのはの正体を聞かされて驚いたのであった。
日が暮れ薄暗くなった漁村に上陸したブチャラティたちだったが、予想に反して誰も襲撃してくることはなかった。なのはの記憶では親衛隊のチョコラータとセッコという二人組が待ち構えているはずだったのだが、漁村の住人は誰もスタンド攻撃を受けていない。
ポルナレフの居場所がディアボロに把握されている可能性が高い以上、こんなところで二の足を踏むわけにはいかない。警戒しながらも階段を上がって道路まで出た一同は、承太郎が『紙』から取り出した車を見て驚いていた。
「すっげー! 本物のハンヴィーだぜッ! こんなのマンガでしか見たことねーよッ!」
「オレの目には
子供のように興奮しているナランチャをよそに、ミスタは顔を引きつらせながら
スペック上はかつてジョセフと共闘して柱の男たちと戦ったナチス・ドイツの軍人──ルドル・フォン・シュトロハイムの腹部に内蔵されていた機関銃と同等のシロモノだ。対物ライフルにも使われている銃弾を1分間で600発ほど発射できる対人用としてはオーバースペックな兵器である。
「本当はストライカー装甲車を用意したかったんだが、さすがに民間には払い下げられていなくてな。乗員数の問題で何人かは『亀』の中に入っていてもらうが大丈夫か?」
「そうだな……運転はオレがしよう。ミスタは銃座を頼む。助手席にはジョータローが、ナランチャとジョルノ、ナノハは後部座席で待機だな。トリッシュとアバッキオは『亀』の中に退避していてくれ」
冷静に人を割り振ったブチャラティの判断に覚悟を決めたミスタは大人しく銃座に乗り込んだ。ミスタのセックス・ピストルズは拳銃弾までしか操作できないが、そもそも他のメンバーは銃を操作したこともないので妥当な人員がいなかった。
全員が乗り込んだのを確認したブチャラティが、クラッチを操作しながらギアを切り替えアクセルを踏み込む。けたたましいエンジン音を立てながら、市内に向けてブチャラティたちを乗せた車が進んでいくのだった。
誤字脱字、表記のぶれ、おかしな日本語、展開の矛盾を指摘していただける国語の先生をお待ちしております。