不屈の悪魔   作:車道

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杜王町は危険がいっぱいなの? その③

 バスを下車したなのはとユーノがアンジェロ岩のあった場所にたどり着いてみると、噂通り岩は綺麗さっぱりなくなっていた。

 周囲の地面に重機を走らせたような跡はなく、まるで岩がひとりでに動き出したようだった。

 ユーノが魔力の痕跡を調べている間に、なのははアンジェロ岩がいつ消えたか知ってる人がいないか聞いて回ることにした。

 

「あの、すいません」

「ん? どうしたんだ、お嬢ちゃん」

 

 携帯をいじりながら電柱に背を預けていた男に、なのはは声をかけた。

 どうやら学校から帰る途中にすれ違った不良の片割れのようで、誰かが来るのを待っているのか、しきりに携帯の時計に目をやっていた。

 

「ここにあった岩がいつなくなったか知りませんか?」

「わりいな、オレもさっきツレに聞いたばっかで、いつなくなったのかまでは知らねえんだ」

「それなら知ってるぜ。昨日の明け方にはなくなってたんだってよ」

 

 話に割り込んできたもう一人の男の姿に、なのはと話していた男がようやく来たのかと呆れの表情を見せた。

 

「ったく何分待たせやがるんだ。約束の時間から三十分は経ってるぜ」

「ところでよォ、なんでお前はあの岩について聞きまわってるんだ。おれにわかりやすく教えてくれねえか?」

「ッ!?」

 

 悪びれる様子もなく、薄ら寒い笑みを浮かべる男がなのはに近寄ろうとした。

 嫌な予感がしたなのはは、咄嗟にエピタフを発動させた。

 一度見えた未来は過程はどうであれ、キング・クリムゾンで映しだされた結果を吹き飛ばさないかぎり、必ずその通りになる。

 エピタフの予知では、なのはが水のようなスタンドをキング・クリムゾンでガードしようとして、失敗する未来が見えていた。

 

(すでにアクア・ネックレスはあいつの体の中に入り込んでいる。わたしのスタンドでは有効打は与えられない。ここは距離をおいて変身……じゃあなくて、魔法を使うべきだな)

 

 心のなかで変身などという言葉をつぶやいてしまったことに微妙な気持ちになりながら、なのははキング・クリムゾンを繰り出した。

 

「このガキ、やはりスタンド使いだったか!」

 

 男の口から這い出てきたアクア・ネックレスが、なのはにめがけて飛びかかってきた。

 キング・クリムゾンのスピードなら十分対応できる速度だが、ガードが意味を成さないことを、なのははすでに知っている。

 

「不意打ちしか能がないスタンドで、わたしに勝てると思うなよ。キング・クリムゾンッ!」

 

 一瞬だけ時を吹き飛ばしてアクア・ネックレスの攻撃を躱しながら距離をとったなのはは、ユーノに念話を送りながらレイジングハートを手にとって起動の準備を始めた。

 

『ユーノ、封時結界の準備をお願いしてもいいかな。わたしはみんなが来るまで時間稼ぎするから、ユーノはアンジェロにばれないように身を潜めておいて』

『うん、分かった。なのはも気をつけて』

 

 当初の作戦通り、ユーノは草場に逃げ込んで様子をうかがうことに専念した。

 魔力が回復しきっていない今の彼では、封時結界を展開しながら戦うのは厳しいため、今回の戦闘ではサポートに徹する手はずになっている。

 

「瞬間移動だと……? てめえ、なにをしやがったッ!」

「いい歳こいた大人なんだから自分で考えたら? レイジングハート、セットアップ」

《Stand by ready. set up.》

 

 アクア・ネックレスを通して発せられる激昂するアンジェロの声を聞き流しながら、なのははレイジングハートを左手に持って起動のためのキーワードを口にした。

 本当は無駄に長い前口上が必要なのだが、昨日のうちにレイジングハートと打ち合わせていたため不要となっている。

 それと同時にユーノが封時結界を発動させた。

 駅の近辺までを覆い尽くすように展開された結界の中には、なのはと術者のユーノ、そして闘志をあわらにしたことにより活性化したジュエルシードの魔力を捉えられたアクア・ネックレスだけが取り残された。

 

『なのは、どうやらジュエルシードはあの水の中にあるみたいだ』

『アクア・ネックレスの中か。物質と同化してるスタンドなら魔法も効くかな。とりあえずお兄ちゃんたちに連絡しないと──ッ!?』

 

 バリアジャケットの展開が終わったなのはは、空に飛び上がり携帯を取り出して恭也に連絡しようとした。

 コールをしようとしたそのとき、なのはを狙ってレーザーのようなものが地上から飛んできた。

 

《Protection.》

 

 なのはに向かって飛来したなにかを、レイジングハートが自己判断で発動したプロテクションがはじき返した。

 そしてレイジングハートは攻撃を分析した結果を提示した。

 

《先ほどの攻撃はどうやら超圧縮された水、つまりウォーターカッターによるもののようです。有効射程はそれほど長くないようですが、迂闊に近寄るのは危険です》

「ウォーターカッター……? そんな攻撃をしてくるなんて仗助は言ってなかったけど……」

 

 連続で飛来するウォーターカッターをプロテクションで防ぎつつ、なのはは恭也に電話をかけた。

 数回のコール音の後、恭也が慌てた様子で電話に出た。

 

『なのは、一体なにが起こったんだ』

「お兄ちゃん、アンジェロはやっぱりジュエルシードを取り込んでた。スタンド能力が強化されてて──ッ!」

 

 その瞬間を見計らっていたかのように水で作られた巨大な鞭が振るわれて、なのははプロテクションもろとも地上に向かって吹き飛ばされた。

 プロテクションそのものを壊すのに大半のエネルギーを持っていかれたのか、思ったよりも反動は大きくなくレイジングハートの姿勢制御により地面に追突するのは免れた。

 だが、その衝撃で手に持っていた携帯電話が宙を舞い、地面に追突してしまった。

 少しばかり名残惜しそうな表情で粉みじんになった携帯を見ていたなのは、攻撃してこなくなったアクア・ネックレスに目をやった。

 すると先ほどまではいなかったはずのアンジェロが、アクア・ネックレスのそばに立っていた。

 アクア・ネックレスから引き抜いたジュエルシードを手のひらで転がしながら、アンジェロは不気味な笑みを貼り付けたままなのはを見上げている。

 

「さっきの魔法陣みてーな能力、スタンドじゃあねえな。こいつと似たような力を感じたぜ。おい、クソガキ、てめえはこれがなにか知ってんのか」

「知っていたとしても、おまえのようなゲスに教えると思う?」

「……おれはよォ~~~、いい気になってるやつを見ると、ついついぶっ殺したくなっちまんだ。いい気になってるヤツは……おれのスタンドを食らってくたばりやがれッ!」

 

 その言葉が引き金となり、周囲のマンホールの蓋が吹っ飛び、大量の水が吹き出した。

 その柱から無数のウォーターカッターが、なのはの顔や体に目掛けて射出される。

 しかしウォーターカッターの凶刃が、なのはの肌を切り裂くことはなかった。

 顔に当たる直前にウォーターカッターが透明な壁にぶつかり飛散したのだ。

 

(伊達に防護服の名を冠しているだけのことはあるな)

 

 一見するとなのはの頭部や手足は無防備に見えるがそれは違う。

 目には見えないものの、風圧や外気から体を保護するために、服を着ていない部分にも目には見えないバリアジャケットが展開されているのだ。

 バリアジャケットの始まりは、飛行魔法を使う際に安全性を確保する魔法から発展したものだ。

 むしろそのための機能がついていて当たり前とも言える。

 

「次はこっちの番だね。大人しくジュエルシードを渡してもらうよ」

 

 左手に持ったレイジングハートをアンジェロに突きつけたなのはの周囲に、五つの桜色の光球が現れた。

 

「ディバインシューター、射出!」

《Divine Shooter.》

 

 なのはのかけ声に合わせて、レイジングハートがディバインシューターの待機状態を解除する。

 するとその場に留まっていた桜色の光球が、別々の軌道を取りながらアンジェロに目掛けて飛んでいった。

 

「随分とケッタイな技だが……そんな()()()()、おれには通用しねーぜ。アクア・ネックレスッ!」

 

 空に向かって間欠泉のように吹き出していた水がアンジェロに集まり、彼の体がアクア・ネックレスと同化した水に包まれた。

 なのはの放ったディバインシューターは、水の防壁に阻まれてアンジェロの元まで辿りつけず消滅してしまった。

 

『あの水、どうやらジュエルシードから魔力が流れ込んでいるみたいだ。普通の射撃魔法はジュエルシードまで届かないよ!』

 

 戦況をうかがっていたユーノは、アクア・ネックレスの操っている水に、普通では考えられない量の魔力が含まれていることに気がついた。

 アンジェロの操っている水は、下水道から持ってきたものではない。

 ジュエルシードの宿している膨大な魔力が、水に変換されたものだった。

 ジュエルシードの効力でスタンドパワーが上昇しているアクア・ネックレスとの相性は抜群で、今まででは操れなかったであろう量の水を操作できるようになっていた。

 

「なら昨日使った砲撃魔法で撃ち抜けば……」

「おっと、妙な真似はするんじゃあねえぜ。おめーの魔法みてえな妙な力と、正体の掴めねえスタンド能力を攻略するには力が足りねえ。だからここはトンズラさせてもらうぜ」

「逃すと思ってるの? あなたは知らないだろうけど、この空間から出ることはできないんだよ」

「さっきまで近くにいた不良どもが消えたのも、それが原因か。だがな、ジュエルシードを手に入れた今のおれは、おれ自身がスタンドのようなもんなんだぜ!」

 

 次の瞬間、アンジェロの体が水のように溶け去った。いや、正しくはアンジェロの体が水と同化したのだ。

 

「ククククク……おめーがわざわざここまで来た理由はこのジュエルシードっつう石なんだろ?今となっちゃあ仗助なんて怖くもねえが、得体の知れないてめえは別だ! じっくりとこの石について調べあげてからぶっ殺してやるッ!」

 

 そう言い残したアンジェロは下水道へと逃げ込んだ。いくら結界の範囲内で閉じ込めておけるとはいえ、何日も結界を張るわけにはいかない。

 

『……ユーノ、封時結界を解除していいよ。下水道に逃げ込まれたんじゃあ、どうあがいても見つけられないからね』

 

 なのはの言葉に従って封時結界を解除したユーノが、草むらから姿を現した。

 

『僕が戦えてたらこんなことには……』

『逃げちゃったものはしょうがないよ。それにあいつは必ずわたしのところにやってくる。ならあいつの水の防壁を破れるような魔法を、わたしが使いこなせるようになればいいだけでしょ?』

 

 首を横に振ったなのはが、レイジングハートを待機状態に戻しながら後ろを振り返った。

 そこには急いで駆けつけたのか肩で息をしながら駆け寄ってくる恭也の姿があった。

 なのはの無事な姿を見て表情を緩ませた恭也は、息を整えながらなのはに状況の説明を求めた。

 

「突然通話が切れたときは何事かと思ったが……アンジェロと交戦したんだな?」

「電話してる途中に携帯を落としちゃってね。アンジェロは取り逃がしちゃったけど、わたしとユーノに怪我はないから安心して」

 

 血の匂いがしないことからなのはが怪我をしていないことを察した恭也は、腰に下げていた小太刀をジュラルミンケースに戻し始めた。

 封時結界が解除されて人目がある状況で、刀を持ち歩いているのはさすがにマズイ。

 

「きょ、恭也さん……足、速すぎですよ……」

 

 恭也となのはが砕け散った携帯の破片を集め終えた後に、ようやく康一は広場まで辿り着いた。

 康一の身長は大学生の割に小さく、小学三年生のなのはと並んでも20センチ程度しか身長の差がないように見える。

 その分歩幅も短いため、ここまで来る道のりの間で恭也からかなりの距離を離されてしまっていた。

 

「すまんな。ほら、水でも飲むか?」

 

 恭也に手渡されたペットボトルの水を一気飲みした康一は、近くにおいてあったベンチにへたり込んだ。

 なのはが康一の横に座って残りの二人を待っていると、けたたましいバイクのエンジン音と共に仗助と億泰がやってきた。

 

「アンジェロの野郎はどうなった」

「ごめん、逃げられちゃった」

「そうか……あの野郎、逃げ足だけは素早いからな」

「レイジングハート、さっきの戦闘の様子をみんなに見せることはできる?」

《映像と音声を出力することは可能です》

 

 高度な自己判断プログラムが内蔵されているレイジングハートは、未知の力であるスタンドを解析するために、予め先ほどの戦闘の内容を映像として残していた。

 

「それじゃあ、家に帰ってみんなで見ようか。わたしが口で説明するよりは分かりやすいでしょ」

 

 待ち合わせスポットとして有名なアンジェロ岩があった広場は人気が多すぎるため、先ほどの戦闘の内容を確認するのは一旦家に帰ってからになった。

 

 

 

 

 

 高町家の敷地内にある道場に集まってレイジングハートが空中に投影した映像を見終えた仗助は、アンジェロの言葉に違和感を覚えていた。

 

(アンジェロはおれのことを恨んでるはずだ。なにせ四年近く岩に閉じ込めてたんだからな。なのにどうしてあいつはおれに復讐しようとせずに、なのはを敵視した……?)

 

 傍目から見たらアンジェロの言動はおかしくないように見える。

 しかし仗助にはアンジェロの行動が、どうにも整合性がないように思えてならなかった。

 

「にしても、とんでもねースタンド能力だな。本体も水になられちまったら逃げ放題じゃねえか」

「たしかにそうだね。でもどうしてアンジェロはこの町に留まっているんだろう。アンジェロ岩の近くにいなかったら戦わずにすんだのに」

 

 億泰と康一の言葉を聞いた仗助は、感じていた違和感の正体に気がついた。

 そんなまさかとは思いつつ、ユーノに質問を切り出した。

 

「ユーノ、たしかおまえの封時結界の中に入れるのは、ジュエルシードの魔力を持ったものと、おれらだけだったよな」

「はい、そうです」

「ならどうして本体のアンジェロも封時結界の中に入れたんだ? ジュエルシードはアクア・ネックレスが取り込んでたはずなのに」

「でも彼はたしかにジュエルシードの魔力を帯びていた。そうじゃないとおかしい……まさか!?」

「そのまさかだろうよ。きっとアンジェロのヤツはジュエルシードを二つ持ってやがったんだ」

「手に入れた二つ目のジュエルシードをわざとわたしに見せて、知っているかどうか試したってことだね」

 

 ユーノと仗助の討論を締めくくったなのはは、映像の中のアンジェロを睨みつけながら、心の中で舌打ちしていた。

 正直、なのははアンジェロのことをIQこそ高いが性格はマヌケなヤツだと舐めていた。

 その結果、まんまと逃げられてしまうという失態を犯してしまった。

 

(片桐安十郎、お前はこのわたしを本気にさせた。次会った時がキサマの最期だ。決して逃しはしないぞ)

 

 もうなのはの心の中には『傷めつけずに済ませてやろう』という慈悲の心は残っていない。

 殺しはしないが、自分の使える最大限の魔法で死んだ方がマシな痛みを味わわせてやると決意した。

 

「ということは、アンジェロもそのうちジュエルシードを探し始めるってことじゃあないかッ!」

 

 仗助たちの言っていることを理解した康一は、映像の中でアンジェロが言っていた捨て台詞を思い出した。

 アンジェロのスタンドパワーが急激に上昇していたのは、間違いなくジュエルシードの効果だ。

 アンジェロはジュエルシードが全部で21個だとは知らないだろうが、2つだけではないことはいずれ発覚する。

 昨日の事件の目撃情報を知れば、なのはがなにかと戦っていたことを察するだろうからだ。

 

「みんなー、晩御飯ができたわよー」

 

 桃子の間の抜けた呼び声に気が抜けたなのはたちは、とりあえず話を切り上げて夕食を取ることにした。


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