承太郎の依頼でジョルノの体質を調べるためネアポリスを訪れていた康一は、本来の流れではローマにいるはずのない人物だった。そして、それは今回も変わらないはずだった。
なのはと情報を共有している承太郎はイタリアでなにが起こるか把握していたが、康一を含めた杜王町の面々には、あえて詳しい話は伏せていた。承太郎となのはには個人的に成し遂げたい目的があったが、康一たちは今回の計画とは無関係だからだ。
承太郎となのはは康一に汐華初流乃の調査こそ頼んだが、ジョルノの本名だとはしらなかった。パッショーネ内の抗争に巻き込むつもりもなかった。
康一のスタンド使いとしての実力は二人とも認めている。それでも康一を計画に組み込まなかったのは、平穏に暮らしている人間を裏に引っ張ってきたくなかったからだ。
二人にローマに行くなと忠告されていたので、康一も最初はネアポリス周辺の観光を終えたら帰国するつもりだった。予定が変わったのはジョルノと出会ってから4日後──4月2日の昼過ぎのことだった。
ネアポリスをぶらついていた康一は、
これからなにが起こるのか知った康一は、しばし悩んだがローマに向かうことを決意した。普段は少々気弱な一面もある康一だが、決して悪に屈することのない黄金の精神を宿した少年だ。彼は命の危険があると知りつつも、なのはたちの手助けをすると決めたのだ。
「ここにきみがいる理由はわからないが……助かった。ありがとう、コーイチくん。だが……下がってくれ! 地面に潜るヤツのスタンドに、ものを重くするきみのスタンドでは決定打を与えられない」
「ジョルノの言うとおり、ぼくのエコーズ
ACT3を引っ込めて長いしっぽが特徴的な緑色の亜人型のスタンド──エコーズACT2を出した康一の行動を見たジョルノは、目を見開いて驚いていた。ジョルノが驚くのも当然だろう。康一と同程度の体格だったスタンドが、一瞬で全く異なるスタンドと切り替わったのだ。
ジョルノは康一のスタンド能力を一部分しか把握できていない。康一は意図して隠していたわけではないが、ジョルノと共闘したときの敵スタンド──ブラック・サバスにACT2では有効な攻撃ができないので使う機会がなかったのだ。
スタンド能力は一人一つという原則があるが厳密に言えばそれは違う。基本となる能力は一つだが、精神が成長することで能力が派生することは多々ある。キラークイーンのシアーハートアタックやキング・クリムゾンのエピタフが代表的な例だろう。
エコーズの能力は一見すると、能力同士の関連性が薄いようにも思えるが、言葉に関係するという特徴がある。
これらはSPW財団の研究員たちが出した仮説であり、絶対に正しいわけではない。それに康一本人に聞いても明確な答えは返ってこないだろう。そもそも能力の本質など理解しなくともスタンド能力は行使できる。
スタンド能力は精神性によって左右される。SPW財団の研究員たちは余計な知識を与えてしまうことで、スタンド能力に悪影響を与えてはいけないと考えている。そのため、この手の研究結果がスタンド使いたちに伝えられることはない。
「どこの誰だか、しらねーが、邪魔するのなら、オメーごと、地面に引きずり込んでやるよォォォ!」
「ドロ化が始まったぞッ! 逃げるんだ、コーイチくん!」
「逃げる? いいや、逃げる必要なんてない! エコーズ
ACT3のものを重くする能力は対象から離れれば離れるほど弱くなる。全身を重くされたセッコは浮上できずに沈んだが、オアシスの能力は解除しなかった。いち早くACT3の能力の性質に気がついたセッコは、射程距離外まで逃れるために地下深くまで退避していたのだ。
セッコのスタンド攻撃から逃れるために、ジョルノは康一に移動しようと提案した。しかし、康一には策があったのか逃げようとはせず、立ち向かうことを選んでACT2の能力を発動させた。
康一の命令に従いACT2がしっぽの先端に付いているひし形のパーツを取り外して地面に投げつける。しっぽの先端はそのまま地面に突き刺さるかに見えたが、そうはならず地面に染みこんでカクカクとした文字へと変化した。
ジョルノは4歳のときに母親がイタリア人の男と結婚してネアポリスに移住するまでは日本に住んでいた。母親に育児放棄されていたため本格的に学ぶ機会こそなかったが、それでもひらがなとカタカナぐらいはジョルノも読むことができる。
随分と久しぶりに見たかつての故郷の文字──カタカナで記された擬音語の内容を理解したジョルノは、康一の意図を即座に把握して
「な……なんで、地面に沈まないんだ!? オレのオアシスは、ちゃんと発動してるはずなのに!」
人間離れした聴覚を持っているセッコは、耳を澄ませれば大抵のものの動きを聞き分けることができる。ドロ化した地面に人が沈む音は聞き慣れているため、自動車が走っていたり人混みであっても決して聴き逃しはしないという自信がセッコにはあった。
だからこそ、セッコは一向に沈む音が聞こえてこないことに驚いて混乱していた。セッコは身体能力とスタンド能力がうまく噛み合っている優秀なスタンド使いだ。
彼の欠点──それは逆境を経験したことがないため、追い詰められたり予想外なことが起きると冷静さを失うという点だった。セッコは自分のスタンドに
セッコはスタンド能力に目覚める前からチョコラータと組んでいた。スタンドの矢に貫かれてからも単独で戦ったことはない。彼らの能力は相性が良すぎて、過去に一度も追い詰められたことがなかった。
これは一見すると無敵とも思える能力を持つスタンド使いに共通している弱点でもある。人は他者との出会いや闘い、自分の過去を見つめなおすことで精神的に成長する。何度も敵と戦って追い詰められたことで、短い期間でスタンド能力を成長させ続けた康一が代表的な例だろう。
セッコはスタンド使いとしての能力は一流かもしれないが、精神的な強さはジョルノや康一より劣っていた。チョコラータとセッコは敗北を経験したことがないからこそ、ディアボロを乗り越えられるという自信があった。
だが、過ぎたる自信は過信でしかない。セッコはそれを身を持って味わうこととなる。
「足が沈まない……コーイチくん、これもきみのスタンド能力なのか?」
「ACT2は貼り付けた擬音語の意味を実体化させるんだ。この能力で
康一とジョルノの足元には『フワフワ』と書かれたしっぽ文字が刻まれている。この効果によって、彼らの体重は羽毛のように軽くなっていた。地面から足を離したら元に戻るが、しっぽ文字の上に立ち続けるかぎり彼らが地面に沈むことはない。
セッコは優れた聴力を持っているが、地面に落ちるホコリの音まで聞き分けられるほど優れてはいない。音の反響でジョルノたちがどこにいるか探知していたセッコは、いきなり足音が聞こえなくなって慌てだした。
以前なのはが戦ったコンビ──アーバン・ゲリラとドレミファソラティ・ドは上空から監視している味方によって誘導してもらっていたが、セッコはチョコラータの『カビ』の援護こそあるが索敵は自力で行わなければならない。
音による索敵ができない以上、セッコは地上に出るしかない。地面に引きずり込めなくとも、ジョルノのスタンド相手なら格闘戦で十分に始末できる。そう判断したセッコが地上へ出ようとしたそのとき、なにかが地面に投げ込まれた音がした。
「……ッ! 真上から何かがこちらに向かって突っ込んでくるぞ。あまり大きくないな。重さは240g……いや、235gぐらいか? こんな小細工はよォォォ……いや、待て。まさか、これは……手榴弾かッ!?」
余裕がなくなってきているセッコは、普段の
もしも投げ込まれた物が手榴弾のような爆発物だった場合、身に纏うタイプのスタンドとしては珍しく防御能力に
「やっぱり小細工だなァァァ! 石畳やアスファルトがドロ化してるんだぜェェェェェェ。地中にある爆弾だってよォォオオオオオオ。当然、オレのそばに近づけば近づくほどよォォォォォ、グヘヒホハァァァァ────ッ!」
セッコはオアシスのスタンドパワーを全開にして、爆発するよりも先に投げ込まれた物を溶かそうとしたのだ。多くのスタンドの例に漏れず、オアシスも近づけば近づくほどスタンド能力が強くなる。
オアシスはどんなものでも一定範囲内に入ったものは溶かしてしまう。そして、
彼は沈み続けている物──スタングレネードを
水中とは違って視界が役に立たない地中を泳ぎながら拳大の物をピンポイントに見つけ出すことなど、セッコのような特殊な人間以外には不可能だろう。
なのはの考えていた作戦はキング・クリムゾンを使うことが前提だった。キング・クリムゾンの能力と併用すれば確実に仕留められただろうが、爆発物単体ではセッコには通用しなかったのだ。
「そして聞こえたぜ! おまえたちの居場所も──ッ!?」
このまま連中に近づいて、直接始末してやると意気込んでいたセッコだが、意図せぬ事態に口を閉ざしてしまった。上に向かって泳ごうとした瞬間、自らの意思を無視して彼の体が凄まじい勢いで地上へとふっ飛ばされたのだ。
聴覚に頼りきっていたためセッコにはわからなかったが、スタングレネードには『とある文字』が書き込まれていた。とある文字──それは『ドッゴォン』というしっぽ文字だった。
康一は爆発して吹っ飛ばすという意味を込めてしっぽ文字を生み出した。ACT2のしっぽ文字は相手の精神に対して働きかける。そのため、無機物を固くしたり柔らかくするといった物理現象は引き起こせない。
康一は試したことはないが、精神力のあまり高くない非スタンド使い相手にACT2を使っても劇的な効果は出ないだろう。ACT2の能力は触れた相手の
かつて山岸由花子が『ドッゴォン』のしっぽ文字で空高くまで吹っ飛んだときは、限界まで自分のスタンド能力を使っていた。しっぽ文字は相手が全力でスタンドを使っていれば、その分だけ効果が増していく。セッコは全力でスタンドを使ってしまったことで墓穴を掘ったのだ。
「ようやく……おまえを地上に引きずり出せた。おまえがどれだけ近距離戦で強かろうと、地上にいなければ力は込められないッ! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄、無駄ァアアアア!」
「うぎぐブげッ!」
ゴールド・エクスペリエンスの蹴りのラッシュが宙を舞うセッコの体に次々と放たれる。パワーを分散するイエローテンパランスや氷の鎧を作り出すホワイト・アルバムのような身を護る能力がないセッコは、ジョルノの攻撃を防げずに全て食らってしまった。
そのままふっ飛ばされて地面に倒れているセッコの両腕は曲がってはいけない方向に曲がっている。両腕の骨が粉砕され拳を振るえなくなっては、満足にスタンド能力を使うことはできないだろう。しかし、ジョルノはセッコを再起不能で終わらせるつもりはなかった。
「……浅かったか。ヤツは生かしていてはいけない人間だ。このままトドメを──ッ!?」
「危ないッ!」
セッコの息の根を止めようとしたジョルノがバランスを崩して倒れそうになる。このまま転んだら全身に『カビ』が広がって死んでしまう。そう思った康一は一瞬で切り替えたACT3を使ってジョルノの体を支えた。
ギリギリで間に合ったことに安心して、康一は冷や汗をかきながらも
「ジョルノ、その足は……」
「念には念を入れていてよかった。もし拳を使っていたら、二度とゴールド・エクスペリエンスの能力を使えなくなっていたところだった」
康一が顔を青ざめながらジョルノの右足を見つめている。ジョルノの右足は関節部分まで完全に溶けてなくなっていた。セッコはスタンド能力を全力で使って、ゴールド・エクスペリエンスを溶かしていたのだ。
もし拳でラッシュを放っていたら、ジョルノはダメージのフィードバックで両手を溶かされて怪我の治療ができなくなっていた。嫌な予感がして蹴りに切り替えていなければ、ジョルノはここで再起不能になっていただろう。
康一に支えられたジョルノが下げていた視線を前に戻す。しかし、その先にセッコの姿はなかった。目を見開いたジョルノは、慌てて周囲を見渡すがセッコの姿は見当たらない。
遅れてセッコがいなくなったことに気がついた康一がエコーズ
「ごめん、ぼくがもっとしっかりしてたらきみの足は……」
「コーイチくんはなにも悪くない。それに、ぼくの足はゴールド・エクスペリエンスで作ることができる。それよりも……いまはセッコを追わなくては」
心配している康一を落ち着けるために、ジョルノはブローチを外してゴールド・エクスペリエンスの能力を発動させた。ゆっくりと右足の形になっていくブローチを見た康一は、別の意味で顔を青ざめている。
スタンドや露伴絡みの事件に色々とかかわってきた康一だが、感性そのものは普通の高校生と大差ない。戦闘中ならともかく、いまはセッコが逃げてしまったせいで気が緩んでいた。
そんな状況で脈打っている人間の一部位を見せられても平然としていられるほど、康一の肝は
康一の妙に一般人らしい反応に苦笑しながらも、ジョルノは地面に残されたセッコの血痕をゴールド・エクスペリエンスの能力で蝶に変えた。ジョルノが何かの片割れから作り出した生物には、一種の
今回はセッコの血液を媒体としたので、蝶は彼の下へ戻ろうとしているのだ。蝶は迷うことなく、ひらひらと舞いながら進んでいく。ジョルノは康一を杖代わりにしながら(肩を借りるには身長差がありすぎた)蝶を追いかける。
蝶の向かう方角を見たジョルノは眉をひそめた。その方角はジョルノたちが向かうべき場所──コロッセオが建っている。おそらくセッコはチョコラータと合流するために事前に決めていた集合場所に向かっているのだろうとジョルノは当たりをつけた。
歩を進めながら、ジョルノはチョコラータがどうして自分の生命を生み出す能力を警戒しているのか考えていた。もしかしたら、ゴールド・エクスペリエンスの能力を使えば『カビ』を攻略できるのかもしれないと思いジョルノは思考を続ける。
『カビ』に沈むローマを歩きながら物思いに
しかし、思い浮かべた事態が現実のものになったのなら、なのはですら止められない可能性がある。最悪の可能性に思い至ってしまったジョルノは康一の手を借りて先を急ぐのだった。
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