セッコがチョコラータに電話していた頃、なのははキング・クリムゾンの強靭な脚力を使って跳ねるように移動していた。落下時と建物や壁が邪魔しているときは、時間を飛ばして一直線にヘリコプターの墜落現場を目指している。
以前も説明したが、
もっとも宮殿が解除されると影響を受けるので、広範囲を常に攻撃し続けるスタンドとは相性が悪い。以前戦ったプアー・トムのオゾン・ベイビーや、パッショーネの内部ならば麻薬チームのリーダーをしているヴラディミール・コカキのスタンド──レイニーデイ・ドリームアウェイが当てはまる。
霧雨状のスタンドヴィジョンを広げることで、雨に触れた相手の感覚を定着させるレイニーデイ・ドリームアウェイと同じく、グリーン・デイも『カビ』が生えた死体を媒体にすることで広範囲を攻撃できるスタンドだ。
しかし、霧雨状のヴィジョンが相手に触れるだけでいいレイニーデイ・ドリームアウェイと違い、グリーン・デイは『カビ』を増やすには寄生した対象が低い場所へ移動するという条件がある。
常時発動している能力との相性こそ悪いが、発動条件が決まっている能力相手ならばキング・クリムゾンは能動的に動くことができる。『カビ』が下に移動したことを探知して増える瞬間に時を飛ばせば、それだけで影響を無視することができるのだ。
燃え盛り煙が立ち昇っているヘリコプターの残骸のすぐ側まで近づいたなのはの前に、一人の男が立ちふさがった。携帯電話を片手に持って誰かと通話していた緑髪のドレッドヘアーのような髪型の男──チョコラータが見下すような冷笑を浮かべながらなのはに声をかけた。
空高くから投げ出されたにもかかわらず、あまりチョコラータが負傷していないことに少しだけ違和感を覚えたが、なのははそれを無視して更に距離を詰めながらチョコラータに殺意を向けた。
「おまえが来るのを待っていたぞ、ナノハ・タカマチ」
「……無駄話をする気はない。チョコラータ、おまえには死んだことを後悔する時間をも……与えんッ!」
なのははチョコラータに対して明確な嫌悪感を抱いている。露伴やジョルノのような
ディアボロの頃から人の『死』や『痛み』を観察するためだけに殺人行為に及んでいたチョコラータのことを嫌っていたが、高町なのはとして杜王町で黄金の精神を宿した人々と共に過ごした経験は彼女の価値観を少しばかり変えていた。
なのはは本当に欲しいものを手に入れて平穏に暮らしている間に、相手の思いを
孤高な帝王としての君臨することをやめたなのはは『
そんな彼女の心にはディアボロの頃から持っている
ディアボロならばチョコラータの行いに嫌悪こそすれども、怒りはせず冷静に対処するだけだろう。そこがディアボロとなのはの大きな違いだった。孤高に生きるディアボロからして見れば、なのはは精神的に弱くなったと思うだろう。それでも彼女は確かに成長しているのだ。
「おまえのような人間は生かしてはおけない。このまま首を切り落とすッ!」
宮殿を展開してチョコラータの背後に回り込んだなのはは、即死させるために首をキング・クリムゾンの手刀で切り飛ばすことにした。チョコラータは『カビ』の感染対象を自分の意志で選ぶことができる。チョコラータやセッコに『カビ』が生えないのはそのせいだ。
そしてチョコラータは自分の体に限るが、下に降りるという条件を無視して自由に『カビ』を生やして止血することができる。生半可な攻撃では生き延びられるかもしれないという判断で、なのはは首の切断を選んだのだ。
宮殿を解除しながら放たれた手刀は、チョコラータの首をちぎり飛ばすように切断した。チョコラータの首がくるくると回りながら宙を舞う。頭を失った胴体は断面から噴水のように血を吹き出しつつ、ゆっくりとバランスを崩して倒れていく。
射程距離内に入ってしまった時点で、キング・クリムゾンの攻撃から逃れる手段は存在しない。よっぽど特殊なスタンド能力の持ち主でないかぎり、本気で殺しにかかられたら対処できるはずがない。
それに加えて、なのははディアボロのように正体を隠す必要がない上、慢心もしていない。予想していたとおりとはいえ、あっさりと終わったことにあっけなさを感じつつ、なのははジョルノを援護するために戻ろうと身を
「カビが解除されていない、だと……?」
周囲の建物のベランダには、墜落したヘリコプターの様子を見ていたであろう住人の死体が大量に残っている。チョコラータが死んだのなら『カビ』は消えていなければならないのだが、死体には毒々しい緑色の『カビ』が繁殖したまま残っていた。
脳が活動するためには酸素が必要となる。首だけでも意識を保ちながら声を出せた
言いしれぬ不気味さを感じたなのはは、エピタフで警戒しながら生死を確認するためチョコラータの死体へと近付こうとする。その直後、エピタフの予知を見たなのはは動揺しながらチョコラータの生首に目を向けた。
「なんてひどいガキだ。出会い
「ば、バカな……どうして、その状態で生きていられるんだッ!?」
目を見開いたまま地面に転がっていたチョコラータの生首が、なのはに向かって喋りかけた。その光景をエピタフで予知していたなのはは、驚きながらもチョコラータが死んでいない理由を考えていた。
チョコラータは
そもそも血中に酸素が送られていない状況で意識を保っていられるはずがない。肺から息が送られていないのに発声できるはずがない。
「わたしは……子供の頃、いろいろな人体実験をしていた。肉体のどの部分を切断すれば無事でいられるか。どこの血管を閉じれば出血しないですむか。よーく観察したからな。世界で一番知っているという自負すらある。
そんなわたしでも、ひとつだけ分からないことがあった。それは……脳の働きだ。人間の脳は完全に使われているわけではない。結局、わたしはどうやったら脳の潜在能力を解放できるのか解き明かすことができなかった」
エピタフの可視範囲を広げるために、なのはは髪を結っていたリボンを
チョコラータの常軌を逸した行動の原動力は『好奇心』だ。彼は疑問に思ったことを試さずにはいられない性格をしている。人が苦しんで死んでいく様子を観察するのも知的好奇心を満たすためだ。それだけの理由でチョコラータはローマの人々を無差別に殺している。
「わたしの疑問の答え……それがこれだ。
「『石仮面』かッ! どこでそれを手に入れた!」
なのはは苦々しげな表情を浮かべながら、頭部がないにもかかわらず起き上がったチョコラータの胴体が手に持っている『石仮面』を見つめている。チョコラータはなのはが『石仮面』を知っていたことに少し驚いたのか、興味深げな眼差しを向けていた。
吸血鬼の能力をなのははディアボロだった頃、個人的に調べていたことがある。それに加えて、夜の一族やジョセフから石仮面によって生み出された吸血鬼の能力も聞いたことがあった。なのはは迂闊に近寄らずにチョコラータの動きを見極めようとしている。
なのはが様子をうかがっていると、突然チョコラータの首が浮かび上がった。チョコラータは首の断面から触手のように伸ばした血管──
そのまま胴体が立っている場所まで移動したチョコラータの頭部は、あるべき位置に収まった。手早く針と糸を使って切断面を縫い上げると、首を回して接合具合を確かめている。満足したチョコラータは懐に石仮面をしまい、口元を歪めながらなのはに話しかけた。
「これはムーロロがわたしに
チョコラータは歯を見せて獰猛な笑みを浮かべている。石仮面を被り吸血鬼となった影響か、犬歯が異様なまでに伸びていた。石仮面を被った者は身体能力が急激に上昇する。近距離パワー型のスタンドと同等の力を得たチョコラータが、地面を蹴ってなのはに迫る。
チョコラータの攻撃を迎撃するために、なのははキング・クリムゾンを繰り出した。一方のチョコラータはグリーン・デイを展開して、本体とスタンドの両方でラッシュを放つ。なのはは自分の身を守るために両方の攻撃を防ぐしかない。
スタンドのパワーとスピードはキング・クリムゾンが勝っているが手数で負けているため、なのはは徐々に押されていた。骨をへし折り肉を削いでも瞬時に再生するチョコラータを見て、なのはは小さく舌打ちをした。
このままでは不利だと思ったのか、なのはは仕切り直すために時を飛ばしてチョコラータから距離を置いた。自分が有利であると悟ったチョコラータは、両腕を広げて
「素晴らしい! 素晴らしいぞッ! 圧倒的なまでのパワー! スピード! 再生力! ナノハ・タカマチ、おまえの正体は気になるが、もはやそんなことはどうでもいい。ボスを確実に始末するために、おまえはわたしの実験台になってもらうッ!」
チョコラータの指先から多数の血管針が伸び、周囲に倒れている『カビ』が生えた死体に突き刺さる。するとどういうわけか、完全に事切れていたはずの死体たちが動き始めたではないか。これこそが吸血鬼の能力のひとつ──
吸血鬼は自身の血液から特殊なエキスを生む出すことができる。そのエキスを使うと、骨だけになった死体ですら肉体や記憶を再生させて動かすことができる。しかし、周囲の死体はどれもこれも『カビ』の影響で四肢が足りなかった。
無論、チョコラータがまともに動けないゾンビを作っただけで満足するはずがない。彼は血管針を使ってメスや針と糸を器用に操り、死体の足りないパーツを他の死体から手早く集めて補った。エキスを注入するときに命令を下していたのか、立ち上がったゾンビたちは迷うことなくなのはに襲いかかった。
「カンノーロ・ムーロロめ……取り返しのつかないことをしでかしたなッ! こいつをここで逃したら、イタリアどころか世界が滅ぶぞ!」
襲いかかってくるゾンビをキング・クリムゾンで殴り飛ばしながら、なのははチョコラータが生き延びた場合の未来を予想して顔を青くした。ムーロロの行動は、なのはが想定していた最悪の事態を下回る状況を生み出していたのだ。
ゾンビは死体であるためグリーン・デイの『カビ』は侵食しない。つまりゾンビを利用すれば、高低差を無視して自律的に動かし『カビ』を散布できるのだ。オマケにゾンビ化は感染する。ゾンビが生きた人間を襲うと、襲われた人間はゾンビになってしまうのだ。
グリーン・デイの能力とゾンビは相性が良すぎた。キング・クリムゾンの能力ならば、この場を逃げることはできるだろう。だが、そうした場合チョコラータは間違いなくゾンビを量産する。そうなる前にチョコラータの息の根を止めなければならない。
(吸血鬼の弱点は把握しているが……太陽が昇るまで耐えるのは難しい。紫外線を照射できる道具は用意していない。ならば……脳を破壊するしかない!)
吸血鬼は太陽光や紫外線、波紋法を弱点としている。強力な紫外線を照射する装置や波紋の戦士がいれば有利に戦えるが、そのどちらもなのはは用意できそうになかった。となると、有効な攻撃は脳を破壊して意識を刈り取るか、傷を再生させて疲労させるしかない。
人間を超越した存在といえども肉体の構造は人間と変わらない。脳を攻撃されれば頭痛や吐き気を起こす。再生できないわけではないが、四肢を破壊するよりは有用と言えるだろう。
また、肉体の再生には少なくないエネルギーを消費するため、致命傷を与え続ければ息切れを起こす。もっとも、なのはは同年代の少女より少しマシな程度の体力しかないので、持久戦では確実に負けるだろう。
「再び時間を消し飛ばした。今度こそ、キサマの息の根を止めるッ!」
迷うことなく、なのはは再び時を飛ばしてチョコラータの背後に回り込んでいた。移動と戦闘で時飛ばしを連発していたため、なのはの体力は半分を切っている。確実にトドメを刺すために、力強く握り込まれたキング・クリムゾンの拳を叩き込みながら、なのはは宮殿を解除した。
頭蓋骨ごと脳を潰そうと死角から迫るキング・クリムゾンの拳にチョコラータは反応を示さない。このまま殴り抜けようと、なのはは全力でキング・クリムゾンの拳を振りかぶった。しかし、その拳がチョコラータの後頭部を捉えることはなかった。
「傷が治る敵を倒すには脳を破壊するしかないよな。そんな浅知恵、このチョコラータが予期していないとでも思っていたのか?」
「自分から首を外して、わたしの攻撃をかわしただとッ!?」
チョコラータは自分の首を回復させていなかった。血管針と糸を使って外見上は治ったように見せかけていたが、いつでも取り外せるようにしていたのだ。時が飛んだタイミングは強化されている聴力や反応速度でカバーして対応してみせた。
彼は石仮面を被ってから
しかし、その攻撃すら読んでいたチョコラータは、体内に隠していたメスやハサミといった手術道具を筋肉の収縮を利用して脇腹から射出した。エピタフを使って先読みしていたなのはは、手術道具を軽くあしらったがチョコラータの狙いは次なる攻撃だった。
「やはり、おまえは短い未来しか予知できていないな! くらえッ!
「くっ……キング・クリムゾンッ!」
血管針を使って浮かんでいるチョコラータの眼球が裂けて、圧縮された体液が両目から射出された。チョコラータは知らないが、かつてディオ・ブランドーがジョナサン・ジョースターの命を奪った攻撃──
無理やりキング・クリムゾンの腕を伸ばして弾き飛ばそうと動いたが、片方しか防ぐことができなかった。残りの1本は、とっさに身を
穴が空き血が滴り落ちる左脇腹を右手で抑えながら、なのはは崩れ落ちそうになる体を気力で押し留めた。あと数日で7歳になるとはいえ、なのはの身長はすでに120cmほどある。もし地面に倒れたら、その瞬間『カビ』が全身から生えるだろう。
「本当に幸せを感じるって状況……あるよな、ナノハ・タカマチ。『幸せ』には……『2つの場合』があると思うんだ。ひとつは、絶望が希望に変わったとき……おまえの撃ったミサイルがオレに向かって飛んできたときは、実にヤバイとパニクったよ。
再び頭と体をくっつけたチョコラータはなのはを見下しながら独自の幸福論を語っていた。ただ喋っているだけでなく、その背中からは大量の血管針が伸びており、周囲の死体を次々とゾンビに変えている。
なのはは奥歯を噛み締めて痛みに耐えながら、チョコラータの隙を探っている。そうしている間にも、次々と生み出されたゾンビたちに包囲されていく。絶望的な状況だが、なのはは怯えた表情を見せずに気丈に振る舞っている。
「そして、幸福だと感じる『2つ目』の状況は……絶望したヤツを見おろすときだッ! わたしに絶望の表情を見せろッ! 命を終える瞬間の顔をッ!」
片腕を上げたチョコラータの合図に従って、動けずにいるなのはに向かってゾンビの群れが襲いかかる。反撃することなくなのはは脇腹を押さえたまま、何かに祈るように目を閉じて立ち尽くしているのだった。
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