10体を超えるゾンビたちになのはを襲わせようとしているチョコラータは、高々に勝ち誇りながら考える。ディアボロのスタンド能力に拮抗できる高町なのはを、このまま殺してしまうのはもったいないのではないかと。
彼はなのはの時を飛ばすスタンド能力をムーロロから聞き出していた。一方でディアボロはなのはが時間を飛ばせるということを知らなかった。ムーロロは『亀』の中での会話こそ記録していたが、リゾットとなのはたちが交戦した際の記録は残していなかったのだ。
『石仮面』によって生まれた吸血鬼は特殊な能力を行使できる。その中に他人を洗脳する能力──肉の芽というものがある。吸血鬼の頭髪を使って生み出されるそれは、洗脳対象の脳に寄生させることでスタンド使いであろうと精神的に支配できるのだ。
相手の意識を無視して屈服させるため、精神力との関係性が大きいスタンド能力は弱体化してしまうという欠点こそあるが、完全に使えなくなるというわけでもない。殺したあとにゾンビ化させて従わせることもできるが、スタンド能力を喪失する可能性があった。
ほんの一瞬だけチョコラータはゾンビたちに攻撃の手を緩めさせようと思ったが、顔をしかめながら安全策を取ろうとした己の考えを振り払った。なのはを肉の芽で洗脳してディアボロにぶつけるのは作戦としてはありだが、同時に
今の自分は人間を超越した存在だ。どんな相手だろうと勝つことができる。
たとえ相手が時間をふっ飛ばして未来を予知できるスタンド使いであろうと、不意を突けば攻撃を当てられるというのは実証している。スタンド使いは吸血鬼の能力で、波紋の戦士はスタンド能力で仕留めればいい。
安全策など必要ないと判断したチョコラータはゾンビたちを止めなかった。絶望の表情は見れなかったが、まだ観察対象は大勢残っている。チョコラータは口元を歪めながら、ズタズタにして殺したなのはをゾンビにしてブチャラティチームの連中の反応を見るのも面白いかもしれないと考えている。
しかし、チョコラータの考える未来はやってこなかった。時間が飛んだことを知覚したチョコラータは、急変した状況に驚愕したのか目を見開いて固まっている。
彼の視線の先には首や手足が切り落とされて地面に転がっているゾンビたちと、なのはの隣に立っている
「……誰だ、おまえは? ムーロロの情報にはなかったぞ」
「おまえのような外道に名乗る名などない」
苛立たしげな表情を浮かべて問いかけてきたチョコラータに、二振りの小太刀を腰に
時間を飛ばしても本来の過程はそのまま実行される。ただ命令に従うだけの人形など、どれだけ数が多くとも御神の剣士の敵ではない。奥義を使うまでもなく、士郎は御神流の基礎の技である『
「言いたいことは色々あるけど……助けてくれてありがとう」
「子を守るのは親の役目だからな。お叱りは全て終わってから聞くとしよう」
すでに国外に脱出しているはずの士郎がこの場にいることに思うところがあり、もの言いたげな目を向けるなのはだったが戦闘中に深く追及する気はなかった。士郎は実のところ、最初からなのはに黙ってローマまで向かうつもりで内密に話を通していた。
扱いとしては万が一の事態が起きたときに動く予備戦力となっている。なのはが士郎に危険な目にあってほしくないと思ってついてくるなと言ったのと同じように、士郎もなのはが怪我をしながら戦うのを見過ごせなかったのだ。
チョコラータが首だけの状態で動いているのを見ていた士郎は、敵が人外の力を得ていることは把握している。手早く最低限の止血を済ませたなのはは士郎とタイミングを合わせてチョコラータに向かって駆け出した。
「くだらないことを……ただの人間が一人増えたところで、結果は何も変わらないぞ。
迫りくる二人をチョコラータは正面から迎え撃つつもりでいた。ムーロロから送られてきたデータに載っていた波紋の戦士が使う独特な呼吸法を士郎は行っていない。スタンドを出してもいない。ゾンビを無力化されたのには少し驚いたが、自意識が薄く回復能力も持たない使い捨ての駒がやられただけだ。
チョコラータの本分は医者である。その見識や頭脳は常人を遥かに凌駕していてスタンド能力も類を見ない強力なものだが、純粋な戦闘者としての技量はそれほど高くはない。だからこそ相棒のセッコに近接戦を任せていたのだが、吸血鬼となったことで彼は気が大きくなっていた。
石仮面は使用者に強大な力を授けるがデメリットも当然存在する。日光に弱くなるという弱点が代表的だが、場合によっては使用者の性格が急変し悪鬼のようになってしまうことがある。チョコラータは元来の性格が残虐だったため、そのような変化は起きなかった。
石仮面との相性はよかったが、彼は大きな力を手にしたことで性格が多少変化していた。人間を超越したことによる強者の余裕を得たと言えば聞こえはいいが、吸血鬼となった者の大半は能力に過信して慢心している。人間が吸血鬼に勝てるはずがないという判断からチョコラータは士郎に殴りかかった。
たしかに、ただの人間なら吸血鬼に太刀打ちなどできないだろう。もしくは、時間が飛ばされずチョコラータが士郎の身のこなしを見れていれば、正面から戦おうとはしなかったかもしれない。しかし、チョコラータは真っ向から戦うことを選んでしまった。
数秒前まで余裕の表情を浮かべていたチョコラータだったが、今は頬を引きつらせて冷や汗を流している。どれだけ殴りかかっても士郎に攻撃が届かないのだ。拳の動きを先読みして立ち位置を変え、避けきれない攻撃は刃先を腕の側面に突き立ててそらしていた。
なのはの相手をさせているグリーン・デイもキング・クリムゾン相手には力負けしていて、何発か攻撃を食らっていた。ダメージのフィードバックは自然治癒するので問題ない。
しかし、このまま殴られ続けていたら致命的な攻撃を受けるだろう。ならばと血管針を出そうと防御した瞬間、チョコラータの右腕が切り落とされた。
「なんなんだ、オメーはッ!? どうして、吸血鬼となったオレの動きに人間のおまえが反応できるんだッ!」
「受け継がれてきた技術と日々の鍛錬の
的確に関節の部分を狙って切り裂いたのは、御神流奥義『神速』と『貫』という基本技の組み合わせだった。肉体のリミッターを外す『神速』は、極めれば瞬間移動としか思えないほどの速度で移動することが可能な歩法の一種だが、今回は知覚能力を引き上げるために使用していた。
吸血鬼の身体能力は人間の枠を越えている。近距離パワー型のスタンドか波紋で身体能力を底上げした波紋戦士でなければ、なにもできずに殺されるだろう。それに加えて、吸血鬼は筋繊維が強化されているため、波紋が込められていない刃物は通用しにくい。
いかに武術の達人といえども、身体能力の差がありすぎれば太刀打ち出来ないのは明白である。その差を埋めるために『神速』を使っていた。そらすだけで切り込もうとしなかったのは、下手に攻撃を差し込んで吸血鬼の強靭な筋力で刀を受け止められないようにしていたからだ。
そして、しびれを切らしたチョコラータが殴るのをやめて別の攻撃を選んだ瞬間に、相手の動きを見切って防御を無視する『貫』を使ったのだ。本体が右腕を失ったことで、キング・クリムゾンの攻撃を防いでいたグリーン・デイの右腕が消え去った。
それを好機と見たなのははグリーン・デイの頭部にキング・クリムゾンの拳を突き立てた。グリーン・デイはキング・クリムゾンの
頭蓋骨が砕かれ脳の一部が潰れたチョコラータの意識が一瞬の間、飛んだことで無防備になる。その隙を突いて、小太刀を鞘に収めていた士郎は呼吸を整え直し、『神速』の効果でモノクロに染まった視界に映るチョコラータ目がけて御神流奥義『
なのははおろか、吸血鬼となっているチョコラータの目にすら追いきれない神速の4連撃がチョコラータの手足の付け根を襲う。それは『神速』を使える御神の剣士か承太郎のスタープラチナでしか知覚できないであろう一瞬の出来事だった。
振り切った刀を鞘に収める音と同時にチョコラータの体が崩れ落ちる。切り落とされた四肢をくっつけようと伸ばした血管針も士郎が操る鋼糸によって断ち切られる。波紋を帯びていないため致命傷には至らないが、チョコラータは確実にダメージを受けていた。
回復するために血を吸おうにも、周囲の人間はグリーン・デイの能力で全滅させてしまっている。ここまでやられて、ようやくチョコラータは焦りを感じだした。
吸血鬼とグリーン・デイの能力は絶好の相性だったが故に高まっていた感情が、スタンド使いでもない人間に手足をもがれたことで沈静化したのだ。
「
「手足がひとりでに動き出しただと!?」
「どうなっているのか分からんが、くらえッ!」
いきなり動き出したチョコラータの手足が二人に襲いかかってきた。その断面にはグリーン・デイの『カビ』が
バラバラになっていても吸血鬼の筋力は片手間で対応できるものではない。石畳を砕きながら弾丸のような速度で迫るチョコラータの手足から身を守るため、士郎は鋼糸を手放し小太刀を抜いた。なのはもキング・クリムゾンを使って防御した。
二人に弾き飛ばされた手足は明後日の方向に飛んでいくかに見えたが、チョコラータは『カビ』を使って肉体を遠隔操作して血管針を伸ばして手足を回収してしまった。
いかに吸血鬼といえども、脳から遠く離れた四肢を自由自在に操ることはできない。せいぜいがバラバラに吹っ飛んだ肉片を集めて肉体を再生させる程度である。これは人体の構造を知り尽くしているチョコラータだからこそ可能な離れ業だった。
無理やり四肢を動かしたせいで余計にエネルギーを消費したのか、手足を繋ぎ合わせたチョコラータは血に飢えた獣のような気配を漂わせながら周囲を見渡している。
(血が……エネルギーが足りん。このままでは、傷を負った体が治せなくなる。こうなったら……セッコと合流するしかない、か。どこだ……どこにいる……)
吸血鬼になったことで強化された嗅覚を使ってチョコラータは生きた人間を探していたが、漂ってくる匂いはどれも死んだ人間のものだった。『石仮面』の吸血鬼は人間の生き血を牙や指先から吸収することでエネルギーを回復する。輸血用に生成された血液では大したエネルギーにはならない。
生きた人間から直接吸うのが一番効果的だった。しかし、チョコラータが振りまいている『カビ』の影響はコロッセオまで届きかけている。追い詰められるはずがないと高をくくって見境なく『カビ』をばら撒いたチョコラータは、自分で自分の首を
(……見つけたぞッ! わたしの可愛いセッコ。おまえはちゃんと言いつけを守って
チョコラータはセッコがジョルノを倒して合流地点に向かっているのだと判断した。実際には、ジョルノと康一に追い詰められたセッコが逃げているだけなのだが、チョコラータはセッコの居場所を見つけた時点で匂いを探るのをやめてしまった。
もう少し注意深く匂いを探っていれば片足を負傷したジョルノの血の匂いも嗅ぎ分けられたが、そこまでしている余裕がなかった。なのはと士郎はチョコラータに勝ち筋がなくなったと判断して、今にも攻撃を仕掛けようとしているのだ。
いま背中を見せたら確実にやられるだろう。そこでチョコラータは今まで伏せていた札を使うことにした。
「近づくんじゃあねーぜッ! やれ、ゾンビどもッ! オレを守れェ────ッ!」
「クソッ……まだゾンビを残していたのかッ!?」
「数が多いな……なのは、大丈夫か!」
チョコラータが伏兵としてなのはが来る前に用意していた50体近い数のゾンビが、周辺の家々の窓や扉を突き破って湧き出てきた。あえて血管針を突き刺してゾンビを作っているところを見せることで、ゾンビは新しく作らなければいないと思わせていたのだ。
本当はどうにかゾンビを蹴散らした敵に対して、追加でけしかけて絶望させるためにあらかじめ作っていただけである。死肉と血液を撒き散らしながら襲いかかってくるゾンビをキング・クリムゾンで砕きながら、なのはは悪態をついている。
圧倒的な力でゾンビを始末しているキング・クリムゾンとは対象的に、士郎は最低限の動作でゾンビを無力化しながらなのはの様子を気にかけていた。止血しているとはいえ、なのはの脇腹の負傷は軽いものではない。
「まだ耐えられるから大丈夫……ッ! チョコラータのヤツ、逃げるつもりかッ!?」
強靭な精神力を使って抑え込んでいるため外見上は分からないが、なのはの体には芯から響くような痛みが断続的に襲っていた。なのはは心配している士郎を安心させるために大丈夫だと答えたが、実際にはそれほど長くは持たないだろう。
事実を隠しながら、なのはは士郎とともにゾンビの群れを処理しつつチョコラータに近づくために前に進む。時を飛ばせばゾンビの群れは無視できるが、ここで全て処理しておかなければチョコラータはゾンビをローマ中にばら撒いて被害を広げるだろうという確信がなのはにはあった。
律儀にゾンビを始末している二人をあざ笑うかのように口角を歪めたチョコラータは、あっという間に数を減らしていくゾンビたちに背中を向けて跳躍した。逃げるチョコラータの手には、ヘリコプターから脱出する際に持ち出していた海外旅行用の大きめのキャリーケースが握られていた。
チョコラータの後を追うよりゾンビを始末することを選んだなのはたちは、1分とかからずに襲いかかってくるゾンビを
チョコラータの目的を考えるとコロッセオに向かっている可能性が高いが、雲隠れしてゾンビを増やしながら『カビ』を更に広範囲にばら撒く可能性も十分に考えられる。なのはがどう動くべきか悩んでいると、士郎が上着のポケットから携帯用の衛星電話を取り出して、誰かに連絡を取り始めた。
士郎が電話をした相手──それはジョルノを援護するため別行動を取っていた康一だった。なのはもさすがに士郎が一人で来ているとは思っていなかったが、康一を巻き込んでいたとは思っていなかった。
誰が裏で糸を引いているのかおおよその予想がついたなのはは、大きなため息を漏らしながらジョルノの誘導に従ってチョコラータとセッコが合流するであろう地点に向かって急ぐのだった。
誤字脱字、表記のぶれ、おかしな日本語、展開の矛盾を指摘していただける国語の先生をお待ちしております。