不屈の悪魔   作:車道

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パニック・イン・ローマ その⑤

 歴史が感じられる建物の数々に目もくれず、4つの人影がローマの市街地を駆け抜けている。ジョルノたちと合流を果たしたなのはたちは、ゴールド・エクスペリエンスの能力で生み出された蝶を追いかけていた。

 なのはが脇腹に開けられた穴は手早くジョルノに治療され、今は体力を温存するため士郎に背負われている。鍛えている士郎や右足の治癒が終わったジョルノ、背が低いとはいえ人並み程度には体力がある康一と同じペースでなのはが走るのは不可能だった。

 なのはは不服そうにしていたが、合理的な判断ではあったので理性で無理やり感情を抑え込んで、士郎の申し出を黙って受け入れていた。おとなしく子供のように背負われているなのはの姿を見たジョルノは、今までのイメージとのギャップで少しだけ口を開けたまま呆然としている。

 

 そんな彼の反応が気に触ったのか、なのははジョルノを半目で睨みつけている。元よりジョルノとの共闘に好意的な感情は抱いていなかったのに加えて、チョコラータというゲスに対して怒りを覚えているため、なのはの機嫌はあまり良くない。

 士郎と康一がいるため食ってかかったりはしていないが、ジョルノと二人っきりだった場合は間違いなく暴言や愚痴を口にしていただろう。肉体が子供だからか、もしくは人生をやり直している影響か、なのはは精神が成熟している割には感情的になりやすい一面があった。

 微妙な気分になりながらも、なのははエピタフを常用してゾンビの不意打ちや意図せぬ高低差による『カビ』の攻撃に備えていた。どうしても下に降りなければならないときは、キング・クリムゾンで全員を宮殿に引きずり込んで『カビ』を無視して移動しなければならなかった。

 幸いにも両腕の骨が粉砕されているセッコの移動速度は遅かったため、移動に多少手間取っても逃げられることはなかった。こうしてなのはたちは10分ほどの短い追走劇を終えて、チョコラータとセッコが決めていた()()()()に辿り着いたのだった。

 

「ここは……ヴェネツィア広場か。マズイな。観光地なだけあってか、かなりの数の死体が転がっているぞ」

「幸か不幸か、生きている人の姿は見当たらない。少なくとも生き血を吸われて回復される事態にはならなそうだ」

「悪魔の所業とは、こういうことを言うんだろうな」

「吉良吉影もそうだったけど……どうして、こんなことを平然とできるんだ。ぼくには、それが理解できない」

 

 なのはは下で倒れている人を助けようとした結果、『カビ』に殺されてしまった人々の死体を見ながら顔をしかめている。共に周囲の状況を観察していたジョルノの反応は文面だけ見れば人間味に欠けるように思えるが、彼の声は怒りからかわずかに震えている。

 士郎は無表情のまま積み重なっている死体を見て、爆弾テロで大勢の一族が殺されたときのことを思い出して拳を握りしめている。康一は口元を押さえて吐き気をこらえた後、眉をひそめながら虐殺の元凶を睨みつけた。

 

「うがううう……痛え、痛えよ」

「手ひどくやられたな、セッコ。おまえならジョルノを始末できると思っていたが……そうか、ムーロロも把握していなかったスタンド使いがいたのか」

 

 20世紀初頭に建てられた大理石製の記念建物(モニュメント)──ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂に背を向けて立っているチョコラータとセッコに一同の視線が釘付けになる。

 ヴェネツィア広場は本来の流れではブチャラティとセッコが戦っていた場所だった。コロッセオからは1kmほどしか離れていない。『カビ』の被害は広がり続けているが、コロッセオまではギリギリ届いていなかった。

 順調にいっているのなら、ブチャラティと承太郎はコロッセオに到着してポルナレフから『矢』を受け取っているはずである。しかし、最悪の場合はディアボロが先回りをしてポルナレフを殺して『矢』を奪っている可能性もある。

 どちらにしても時止めで『カビ』を防げるかどうかは検証していないため、いち早くチョコラータを倒してグリーン・デイの能力を止める必要があった。一歩前に出たなのはは時を飛ばして攻撃しようとしたが、チョコラータの予想外の行動に動きを止めた。

 

「チョコ、ラータ……? なん、で……」

「セッコ……わたしはおまえのことが好きだった。だけどな、吸血鬼となったオレは一人でも無敵なんだ。ジョルノどもに負けて逃げてきた弱いおまえは、もう必要ない」

 

 口元から血を流しながら、セッコはありえないものを見るような目でチョコラータを眺めている。冷たい目でセッコを見下しているチョコラータの手はセッコの心臓に突き刺さっていた。絶望に染まるセッコの顔を見たチョコラータは、嬉しげに頬を緩ませている。

 チョコラータがセッコと合流したのは共闘するためではない。傷ついた体を治すために、生きた人間が必要だったからだ。吸血鬼となったチョコラータの倫理観は完全に破綻していた。かつては本心から信頼していたセッコのことすら、餌としか思えないようになっている。

 

 突き立てた手からチョコラータは血を吸い上げていく。心臓を破壊されたセッコだったが、戦闘における勘は死に際においても冴え渡っていた。とっさにオアシスを全力で発動してチョコラータの手を溶かして、完全に血を吸い取られる前に逃げ延びていた。

 しかし、血を吸いつくされてミイラのようにならずにすんだからといって、命が助かるわけではない。血の大半を失い心臓を潰されたセッコは死を免れない。仮にジョルノがゴールド・エクスペリエンスを使ったとしても命をつなぐことはできないだろう。

 

「な、なにをやっているんだッ!? そいつは、おまえの仲間じゃあなかったのかッ!」

「仲間……? 違うな、セッコはただの道具だ。強者は弱いやつを支配してもいい資格がある。他人を支配しなくてはならない宿命が強い者にはあるのだ。吸血鬼となったオレは誰よりも強い! オレより弱い下等な人間など、ただの餌に過ぎないッ!」

 

 仲間を切り捨てるチョコラータの行動を康一が問いただす。悪びれもせず、チョコラータは狂気をはらんだ赤い目を康一に向けながら持論を語り始めた。元より強者は弱者を支配してもいいという考えをチョコラータは持っていた。

 その考えは石仮面を被り人間をやめたことで、より大きくなった。今の彼にとって、人間は娯楽の道具と餌を兼ねた存在でしかない。血を吸ったことでエネルギーを補給したチョコラータだが、内心では分が悪いことを理解していた。

 

 波紋法と同じように生命エネルギーを操れるジョルノのゴールド・エクスペリエンス。吸血鬼の人間を超越した速度に生身で並び立てる士郎。未来を予知して時を飛ばすことで『カビ』を無力化できるなのはのキング・クリムゾン。

 チョコラータはそれらと1対1で戦っても負ける気はしなかったが、同時に相手をしても勝てると思うほど慢心はしていなかった。そもそも、チョコラータは無理をして決着をつける必要すらない。チョコラータはパッショーネのボスの座を狙っているわけではないのだ。

 ボスに普段の動向を監視されているのがうっとおしく思ったのでついでに始末しようとしているだけで、チョコラータは金や権力に興味があるわけではなかった。人間から逃げるのは気に食わないが、自分には無限の時間がある。

 そう考えたチョコラータは再生させた手でキャリーケースを掴むと、足に力を込めてこの場から逃げようとした。しかし、跳ぼうとした瞬間、地面がぬかるんで足を取られてしまった。よく知る能力の発動に驚いたチョコラータは、首を動かし地面に転がるセッコへと顔を向けた。

 

「くそ、チョコラータ……オレ、は……ただじゃあ……死なねえぞ……」

「死にぞこないめ……足止めのつもりか? こんなもの、わたしには通用しないぞ」

 

 人間相手なら有効なオアシスのドロ化能力も吸血鬼相手には意味をなさない。オアシスで溶かしたものは硬さが変わらないという特性があるが、吸血鬼なら石畳など発泡スチロールを壊すかのように容易く破壊できる。

 石畳を壊してチョコラータは手早く脱出してしまった。絶好のチャンスだったが、なのはたちは()()()()()()()に様子をうかがっている。

 時を飛ばせば背後に回り込めたが、地面がドロ化していて追い打ちできなかったのだろうと考えながら、チョコラータはオアシスの能力が及んでいない場所まで移動しようとした。しかし、踏み込んだはずのチョコラータの右脚からは何の感覚も返ってこなかった。

 

「足止め……じゃあ、ない。オレが、狙ったのは……おまえが持ってきた、()()()()の、ほうだ」

「こ……このマヌケがぁああああ────ッ! セッコォォォォォ────ッ! なんてことをしやがるッ!」

 

 息絶えてしまったセッコに対して、チョコラータが叫び声を上げる。バランスを崩して倒れているチョコラータは、ようやくセッコがやろうとしていたことに気がついたのだ。

 セッコの攻撃の狙いはチョコラータの足止めではない。注意をそらすために地面も柔らかくしたが、本当の狙いはチョコラータが持っていたキャリーケースを()()()()()()()ことだった。チョコラータはムーロロから『2つ』の情報を受け取っていた。

 一つは『石仮面』についての情報である。ディアボロは『石仮面』を使うつもりはなかったが、破壊してしまうのも惜しいと考えてローマのとある場所に隠していた。ボスについてそれとなく探っていたムーロロは、偶然にも『石仮面』の隠し場所を見つけてしまっていた。

 好奇心旺盛なチョコラータは回収した『石仮面』を一般人に使用して少しだけ実験した後に、自らに使用して吸血鬼となっていた。ヘリコプターが撃墜される直前に脱出できたのも、あらかじめ吸血鬼になっていたからだ。事前に『石仮面』を使っていなければ、あのときチョコラータは死んでいただろう。

 

 そしてもう一つの情報こそが、チョコラータがボスを仕留められなかったときに使おうとしてた奥の手であり、全てが終わったら解き放って楽しもうとしていたシロモノだった。彼らの言う例のものが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 チョコラータが本来の流れより遅れて現れたのは、『石仮面』の回収と実験をしていたのもあるが、()()()()()()()()()()()()()()()からでもあった。チョコラータが墜落するヘリコプターから無理をしてでも持ち出したのも、そうしなければならない理由があったからだ。

 常にチョコラータが手放さずに持ち歩いていたキャリーケースの中にはとある男が入っていた。その男の名はカルネ──親衛隊のメンバーであった。四肢を切断して『カビ』で止血したチョコラータは、ボスが使おうとしなかったカルネのスタンドを勝手に解放しようとしていたのだ。

 

 カルネのスタンド──ノトーリアス・B・I・G(ビッグ)は死後に能力が発現する変則的なスタンドだ。生前も人型のヴィジョンこそあったが特殊な能力はなく、パワーやスピードも人間並みしかない戦闘員としては役に立たないスタンドだった。

 それでもディアボロが親衛隊にカルネを入れていたのには理由がある。カルネは自分が死んだらスタンドがどうなるのか、本能的に理解していたのだ。それに加えてカルネは自分を拾い上げてくれたディアボロのことを心の底から崇拝していた。

 使用できる場所こそ限られるが、飛行機や船の中でなら絶対に相手を始末できる最終兵器として、ディアボロはカルネに親衛隊の席を与えていた。どこで聞きつけたのかチョコラータとセッコはノトーリアスの真の能力を知っていた。

 そして、親衛隊の動きを調べていたムーロロは、カルネを含めた親衛隊の居場所を把握していた。本来の流れなら死んでいるはずのカルネが生きていたことにより、ローマ市内でノトーリアスが解放されるという最悪の事態が起きてしまったのだ。

 

「GYAAAAAAHHッ!」

「こ、このままでは全身が食われてしまう……人間を超越したこのオレが、この世にへばりついている怨念にやられるだとッ!」

 

 鳴き声を上げながら本能のままに襲いかかってくるノトーリアスに対して、顔を青くしたチョコラータは必死にあがいていた。右脚だけとはいえ吸血鬼の膨大なエネルギーを吸収したノトーリアスの大きさは1mを超えようとしている。

 左脚も吸収して胴体へと上ってくるノトーリアスを排除しようにも、怨念で動いているため物理的な攻撃で消滅させることはできない。ノトーリアスは動きを探知して、周辺で最も速く動くものを攻撃するという特性がある。チョコラータの右脚に喰らいついたのは、移動しようと右足を動かしたからだ。

 なのはたちがオアシスの能力で足を取られたいたチョコラータを動かずに見ていたのは、その段階ですでにノトーリアスが発動していたからである。必死にもがいているチョコラータはエネルギーを使って食われていく肉体を再生させようとしているが、再生より侵食する速度のほうが上回っている。

 

「ならば、腕を切り落として囮に──ッ!?」

 

 自分の腕を切断して投げることで、そちらにノトーリアスを移動させようとしたチョコラータだったが、それもうまくいかなかった。動かずに様子を見ていた士郎が袖口に仕込んでいた飛針(とばり)を投擲してチョコラータの胴体に突き立てたことで、ノトーリアスの矛先が変わったのだ。

 両足を失い、胴体もノトーリアスに飲み込まれたチョコラータの顔は絶望に染まっていた。吸血鬼の身体能力と生命力でかろうじて生きているが、失った四肢を生やせるほどの再生力があるわけではない。

 もはやスタンド能力を維持する余力も残っていないのか、周囲の死体に生えていた『カビ』は消え失せている。見るも無残な姿になったチョコラータを憐れむ者はいない。人間を見下していたチョコラータは、自らが()いた種に殺されようとしている。

 

「力による支配は、より大きな力によって覆される。それがこの世の(ことわり)だ。チョコラータ、おまえは手にした力に酔って、やってはならないことをしてしまった。その償いを受けるんだな」

「……まだ、だ。わたしはもうすぐ死ぬだろうが……最後におまえたちが絶望する姿を目に焼き付けて死んでやるッ!」

 

 胴体を失い頭部だけになったチョコラータは、血管針を出して飛び上がりながら空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)を撃とうとしていた。吸血鬼のエネルギーを更に吸収したことで5mほどまで大きくなったノトーリアスが追いかける。

 死を覚悟しているチョコラータは気にすることなく圧縮した体液を放った。しかし、チョコラータの攻撃は見当違いの方向に飛んでいく。そもそもチョコラータが狙ったのはなのはたちではなかった。

 銃弾をも上回る速度で撃ち出された体液をノトーリアスは本能のままに追跡する。その先には、なのはたちの目的地──コロッセオがあった。

 

「おまえたちにノトーリアスを止めることはできない! このまま『矢』もろとも、全てを台無しにしてやるッ! うわははははははは──」

「やってくれたな、このゲスが」

 

 なのはは一瞬だけ時間を飛ばしてチョコラータに近づき、再生することがないようにキング・クリムゾンで念入りに頭部を踏み潰した。そして万が一にも蘇ることがないように、ジョルノがチョコラータの残骸をゴールド・エクスペリエンスの能力を使って花に変えた。

 チョコラータとセッコは倒せたが、もっと手がつけられない敵が現れたことになのはは頭を痛める。なのはの知るかぎり、ノトーリアスは本当の意味で無敵と言えるスタンドだった。本体がいないため永遠に活動し続けるスタンドを滅ぼす手段はほとんど存在しない。

 仗助のクレイジー・ダイヤモンドで吸収されたものをなおして引き剥がし、小さくなったノトーリアスを億泰のザ・ハンドで削り取るぐらいしか、なのはは対抗策が思いつかなかった。

 承太郎が時間を止めて削り飛ばすというのも不可能ではないが、あそこまで大きくなったノトーリアス相手では難しい。ディアボロがカルネを使うとしたら、海か空の上か最悪でもサルディニア島だろうと想定していたため、逃げる手段はともかく倒す手段は用意していなかったのだ。

 

「どちらにしても、行くしかない。あれを放置した結果、『矢』まで飲み込まれたら希望が完全に(つい)える」

「怨念で動く不死身のスタンドでもレクイエムなら倒せるかもしれない。それにノトーリアスについて分かっている情報が事実なら、倒すのは難しくとも時間稼ぎぐらいはできそうだ」

 

 スタンドの枠組みを越えているレクイエムならノトーリアスを滅ぼせる可能性は十分あるという考えに、なのはとジョルノは素早く至った。レクイエムは謎が多い能力のため、確実に対処できるかは分からないが現状ではそれぐらいしか望みがないのも事実である。

 また、ノトーリアスの性質そのものは単純なため、機内のような逃げ場のない空間ならともかくコロッセオのような開けた場所ならば、対処の方法はそれなりに存在する。

 

「物質と同化しているからか、あのスタンドは俺にも見えるようだな。それならやりようがある。俺もついて行こう」

「ぼくも手伝うよ。色々あったけど、この国のことは気に入っているんだ」

 

 士郎と康一も引く気は無いようで、怯えや不安も見せずにジョルノとなのはを見つめている。二人の意思を曲げさせるのは難しいと思ったなのはは黙って首を縦に振った。こうして意見がまとまった一同は、コロッセオへと繋がっている直線の道路を駆けていくのだった。




誤字脱字、表記のぶれ、おかしな日本語、展開の矛盾を指摘していただける国語の先生をお待ちしております。

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