ブチャラティのスティッキィ・フィンガーズは近距離パワー型としては優れた性能を持っている。しかし、ディアボロのキング・クリムゾンは力と速さ、その両方がスティッキィ・フィンガーズを上回っていた。
エピタフで少し先のブチャラティの行動を把握しているディアボロに単純な攻撃は通用しない。拳を叩き込めれば相手に『ジッパー』を生やして擬似的に切断できるスティッキィ・フィンガーズの強みを、ブチャラティは発揮できずにいる。
スタンドの総合的な性能で負けているブチャラティは徐々に追い詰められ、ジリジリと後ろに下がっていっている。仕切り直すためブチャラティは一旦攻撃をやめて柱の陰に隠れた。だが、ブチャラティの行動はディアボロにとっては無意味な行為だった。
「我がキング・クリムゾンは『無敵』だ。そして、その位置もすでに射程距離に入っている!」
時間を飛ばしたディアボロは柱の裏に回り込んだブチャラティを攻撃するために近寄りながら思考を巡らせる。ブチャラティは優れたスタンド使いであり、スタンド能力も汎用性がある油断ならない相手だ。しかし、キング・クリムゾンを倒すには地力が足りていない。
離れた位置から様子を見ているポルナレフも戦力としては役に立たないだろう。この場でもっとも注意しなければならない相手は、宮殿を閉じたタイミングで攻撃できる承太郎であると考えている。故にディアボロはスタンドパワーを多く消費しながらも時飛ばしとエピタフを併用していた。
「この未来は……ジョータロー、やはりキサマは油断ならない男だ」
忌々しげに顔を歪めながら、ディアボロはブチャラティの心臓を破壊させようとしていたキング・クリムゾンを自分の
エピタフであらかじめナイフの軌道を把握していたディアボロは、予知で見た自分の知る未来のとおりにキング・クリムゾンを動かす。キング・クリムゾンに弾き飛ばされたナイフが狙いすましたかのように他のナイフに直撃して、ディアボロは最小限の手間で全てのナイフを防ぎきった。
エピタフを使っていなければ、ディアボロは瞬く間に串刺しになっていただろう。警戒していて助かったと思うと同時に、ディアボロは承太郎がどこに隠れているのか見つけられずに困惑していた。
(ジョータローが物陰に潜んでいようが、宮殿の内部なら見えなければおかしい。ヤツは一体どこに隠れているんだ?)
宮殿の内部では動きの軌跡が残らない静止したものは見えなくなる。生き物は生命活動を行っている関係で立ち止まっていても動きの軌跡は残るはずなのだが、先程の時飛ばし中にディアボロはブチャラティとポルナレフの姿しか見ていなかった。
時間を止めてディアボロをナイフで攻撃したということは、承太郎は絶対にすぐそばにいるはずである。僅かながらの照明だけで照らされている薄暗いコロッセオの内部には隠れられる場所が多数存在する。エピタフの予知でも全方位は警戒できない。
ならば時間稼ぎに付き合わずに『矢』を確保するべきだと考えたディアボロは、ブチャラティに背を向けてコロッセオの外に出ようとした。しかし、一瞬の内に進行方向にブチャラティが回り込んでくる未来を予知したディアボロは足を止めてしまった。
「言ったはずだ、ここで決着をつけると。『矢』を手にするのはボス、あんたじゃあないッ!」
「組織を裏切ったカスが……このディアボロに指図するなッ!」
腕を『ジッパー』で分解して射程距離を伸ばしたスティッキィ・フィンガーズの拳が天井に触れる。『ジッパー』でバラバラに分解された天井がディアボロ目がけて降り注ぐ。だが、予知であらかじめ落下物が当たらない位置を把握していたディアボロは難なく攻撃を切り抜けた。
追い打ちをかけるために時間を止めた承太郎がディアボロの足元に向けて複数の手榴弾を転がす。だが、ディアボロは爆発する瞬間だけ時間を飛ばして易々と回避してしまった。両者ともに有効打を与えられずに戦況は
(ムーロロの掴んでいた情報が正しいのなら、ジョータローが止められる時間は5秒しかないはずだ。たったそれだけの時間でブチャラティを守りつつ攻撃を行える場所は限られている……なるほど、そういうことか!)
ディアボロは崩れた天井の一部をキング・クリムゾンで拾い上げて時を飛ばしてブチャラティ目がけて投擲したが、またもや時間を止めた承太郎に迎撃された。しかし、これまでの承太郎の時止めの法則からディアボロは承太郎の居場所に目星をつけていた。
承太郎を隠れている場所から引きずり出すためにディアボロは行動を起こした。弾き飛ばす際に掠め取っていたナイフで手のひらを傷つけると同時に時間を飛ばして、ブチャラティに血の目潰しを仕掛けたのだ。
「ブチャラティの攻撃はこれで完全に封じられたッ! 『予知』ではオレの攻撃は通っていないが……ジョータロー、キサマはオレの予想していたとおりの場所に隠れていたなッ!」
そのまま攻撃はせずに距離を置きながら、ディアボロはブチャラティの首と心臓に直撃するようにナイフを投擲しながら時を再始動させる。当たるはずだったナイフは時間を止めて防がれたが、ディアボロの狙いはナイフによる攻撃ではない。
血の目潰しで目が見えていないブチャラティはディアボロの攻撃を防ぐことができない。承太郎は連続で時間を止めることができない。つまり、承太郎が姿を現さなければ攻撃を止めることができない状況をディアボロは作り出したのだ。
ブチャラティの息の根を止めるべく、ディアボロがキング・クリムゾンの手刀を振り下ろす。しかし、予知のとおりディアボロの攻撃は
「やはり、ブチャラティのスタンド能力を使って体の中に隠れていたか」
「……
承太郎が隠れていた場所──それはブチャラティの背中に付けられた『ジッパー』の中だった。『ジッパー』で生み出された空間はある程度体積を無視することができる。
内部から外の様子は見えないので、ディアボロに感づかれないように時間を止めている間だけスタンドを外に出して周囲の確認をしていたのだ。
ディアボロがブチャラティを警戒せずに時を飛ばして背後を取ったときは承太郎が時間を止めて反撃する予定だったのだが、エピタフを掻い潜ることはできなかった。なのはと承太郎が現れたことでディアボロを必要以上に警戒させてしまったことが失敗の原因だろう。
「てめーが時を飛ばし終えたのと同時にスタープラチナをたたきこむ。かかってきな!」
「我がキング・クリムゾンの能力に対抗できるだけで、いい気になってるんじゃあないぞッ!」
『ジッパー』の中から出てきた承太郎がズボンのポケットに手を入れながらディアボロと向かい合う。時飛ばしに対するカウンターを承太郎はなのはとの訓練で完全に身に着けていた。ディアボロが何も考えずに時間を飛ばせば、カウンターで時間を止めた承太郎の餌食になるだろう。
ディアボロもエピタフの予知により、単調な時飛ばしによる攻撃だけでは反撃される可能性が高いことは理解している。それに加えて、ブチャラティチームを足止めするために向かわせている暗殺者たちから連絡が来ないことで、ディアボロは少しばかり焦りを感じていた。
帝王としてのプライドがあるからこそ逃げずに戦っているが、ディアボロの脳裏には僅かにだが敗北の可能性が浮かんでいた。しかし、撤退して態勢を整えるべきだと思う一方で、ここで負けを認めるわけにはいかないという思いもあった。そして、ディアボロは冷静な考えを握りつぶして戦うことを選んだ。
「オレは『帝王』だッ! キサマらという『試練』を乗り越えて『頂点』を──ッ!?」
「さっきの光はスタンド攻撃か……? 何が起きているんだ」
スタープラチナとキング・クリムゾンが拳をぶつけ合おうとした瞬間、両者の間を一筋の圧縮された光る液体が通り抜けて地面を貫いた。予想していなかった事態は更に続く。
圧縮された液体を追いかけて、紫色の外装と車のヘッドライトのような丸く黄色い目が特徴的な人二人分以上の高さがある肉の塊のスタンド──ノトーリアス・B・I・Gが、コロッセオのアーチを突き破って承太郎とディアボロ目がけて突っ込んできたのだ。
「な、なんだこいつはッ! ディアボロの手下か!?」
「動くんじゃあない、ポルナレフ! こいつは動くものに反応するスタンドだ。動いたら真っ先に狙われるぞッ!」
突然の乱入者に対処しようとチャリオッツを出して動きかけたポルナレフに承太郎が制止の声を投げかける。承太郎は時間を止めてブチャラティを掴んでポルナレフの隣まで移動していた。ディアボロも時を飛ばして逃れたようで、ノトーリアスは誰も立っていない場所に突っ込んだまま静止している。
いきなり現れたノトーリアスを見ながらディアボロは眉をひそめて戸惑っていた。ノトーリアスは本体が死んだ際に発生する怨念によって動くスタンドである。攻撃対象は見境なく、ボスであるディアボロであろうと襲いかかる無差別な殺戮兵器である。
通常の手段では倒せないであろうとディアボロは予想していたため、自分に被害が
ディアボロにとって、カルネは非常事態が起きたときの切り札であった。ディアボロは一個人としては『頂点』に位置しているスタンド使いだという自認があったが、集団の敵と戦って勝てるとは思ってはいない。
基本的にスタンド使いは一般人よりも優れた特殊な能力を持っている。だが、普通の人間より優れているからといって軍隊に勝てるわけではない。結局のところ、スタンドを扱うのはただの人間だからだ。だからこそ、ディアボロは軍隊相手でも勝てるスタンド能力の持ち主を確保していた。
チョコラータもスタンド能力が判明した当初は同じ役割を期待されていたが、ディアボロに絶対の忠誠を誓うような性格ではないのに加えて危険思想持ちだったので監視を兼ねて親衛隊に入れられたという経緯がある。
それはともかく、ノトーリアスは最新鋭の現代兵器で武装した軍隊相手であろうと戦える耐久性と性質を兼ね備えている。怨念で動くためスタンドパワーに限界はない。エネルギーを吸収することで無限に大きくなり続ける。そして一度発動してしまったノトーリアスを止める手段をディアボロは持っていない。
「なぜ親衛隊のスタンドがここに……ボスが呼び寄せたのか?」
「いや、ノトーリアスは死後に暴走するスタンドだ。自分のスタンドでも対処できないシロモノを、あの男が使うとは思えない。ひとまず──ッ!?」
手から滴り落ちる血液を狙ってノートリアスがディアボロに襲いかかる。ディアボロは、そんな状況にもかかわらず口元を歪めて笑っていた。
そのままノトーリアスはディアボロを喰らうかと思われたが、いきなり方向転換して承太郎たちの立っている位置に向かって動き出した。いち早く時間が飛んだことを感じ取った承太郎は、反射的に時間を止めて周囲の状況を確認する。
ノトーリアスが向かってきた理由はすぐに判明した。ディアボロは時間を飛ばして、小石程度の大きさの天井の欠片を投擲していたのだ。時間を飛ばしている間、ノトーリアスは本体であるディアボロの動きを探知しない。
欠片を投げると同時に時を再始動すれば、高速で振った腕より飛んでいく欠片を優先する。ならばと承太郎は飛んでくる欠片をスタープラチナで掴んで、ディアボロに向けて投げ返した。
「止まった世界で動くジョータローには、ノトーリアスも反応しないか。だが、丁度いいところに現れてくれて助かった。これでオレはキサマらを無視して『矢』を拾いに行けるぞッ!」
迫りくるノトーリアスを無視してディアボロは承太郎たちに語りかける。ノトーリアスが直撃しそうになった瞬間、ディアボロは時間を飛ばして地面を蹴った。ディアボロは本能的にブチャラティたちに『矢』を渡してはならないと感じ取っていた。
使い方こそ分からないが、『矢』を手にした者が戦いを制する力を得るという確信すらあった。ノトーリアスの追跡を振り切れるのは承太郎ただ一人。そして血の目潰しさえ当てることができれば承太郎は敵ではない。
やはり自分は『頂点』に立つべき人間だと確信しながら、ディアボロはコロッセオの外を走りつつエピタフを発動させた。だが、エピタフは何も未来を映し出さない。黒く塗りつぶされた未来を眺めながら、ディアボロはゆっくりと振り返る。
彼の視線の先には、以前と変わりなく自身の片割れのような魂の繋がりを感じられる茶髪の少女──高町なのはがジョルノ・ジョバーナを引き連れて立っていた。なのはの顔からは不快感がありありとにじみ出ている。
「言ったはずだ、ナノハ・タカマチ。次に会ったときがキサマの最期だと」
「それはこっちのセリフだ。おまえこそ、
ディアボロのキング・クリムゾンとなのはのキング・クリムゾンが互いににらみ合う。片方は歯をむき出しにして怒りの顔を浮かべている。もう片方は口を閉じて静かに殺気を出している。
全く同じ見た目のスタンドをなのはが出してきたことにディアボロは目を見開くも、浮かんできた疑問の数々はすぐに意識の外へと追いやった。余計なことを考えながら戦えるほど甘い相手ではないと、長年培ってきたスタンド使いとしての経験から察したのだ。
ディアボロの姿を眺めながら、なのはは拳を強く握りしめる。過去の自分を乗り越えるため、なのははかつての怨敵と肩を並べて戦う道を選んだのだった。
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