魔力刃を振りかぶった瞬間、時間は吹き飛ばされ世界は全ての出来事を認識できなくなる。
その結果、フェイトの攻撃はなのはが本来立っていた位置で空を切り、無意味な行為となっただけで終わった。
どんな攻撃にも終わった後は隙が生まれる。
大ぶりの攻撃を空振りしてしまったフェイトの背後から、なのははレイジングハートを突き出した。
先端に桜色の魔力刃が展開されたレイジングハートの姿は、さながら槍のようだった。
御神流を習っていないなのはの体術は素人の域を出ないが、攻撃の後の隙を突かれたフェイトに、背後からの不意打ちを
「っ!」
脇腹に魔力刃の切っ先が突き刺さったフェイトは、苦痛に表情を歪めながらも、とっさに空に飛び上がり追撃を免れた。
非殺傷設定の魔法は肉体に傷は残さないが、実際の痛みはしばらく残り続ける。
左手で脇腹を抑えながら、フェイトは牽制のために多数の光弾をばら撒いた。
先ほど子猫に放ったものと比べると二回りほど大きい威力も増しているであろう光弾を、真正面から受けるのはまずいと判断したなのはは空中に逃れた。
紫電を出しながらなのはの脇を掠めていった光弾は、着弾点の木々を吹き飛ばし土煙を巻き上げる。
苦痛に耐えながらも、フェイトは空高く飛び上がったなのはと距離を取りながら飛行し始めた。
フェイトの飛行魔法の練度は高く、なのはの動きではついていくことはできない。
相手があまり魔法に慣れていないことを悟ったフェイトは得意な空中戦に持ち込むことにしたのだ。
『アルフ、聞こえる?』
『どうしたんだい、フェイト』
フェイトはなのはに向かってフォトンランサーをばら撒きつつ、使い魔に念話を送った。
狼を素体に作られた使い魔のアルフは、フェイトとは別行動を取っている。
地球には魔導師がいないという話だったので、あまり警戒はしていなかったのだ。
『魔導師と接触した。動きは初心者みたいなんだけど何かがおかしいんだ』
『魔導師って、まさか管理局にバレたのかい?』
『たぶん現地の魔導師だと思う。忙しいところ悪いけど、援護しに来てもらってもいいかな』
『わかったよ、フェイト。すぐに行くから無茶はしないでおくれよ』
転移魔法が使えるアルフなら1分もかからずにフェイトのもとに来ることができる。
いまいち正体が掴めない相手と一対一で戦うのは危険と判断したフェイトは、アルフが来るまでこうして時間を稼ぐことにした。
「そっちがマトモにやり合うつもりがないなら、こっちにも考えがあるよ」
《Divine Shooter.》
空中で立ち止まったなのはの足元に魔法陣が現れ、五つの桜色の光球がフェイトに向かって発射された。
撃ち落とそうとフェイトもフォトンランサーを撃つが、ことごとく避けられてしまう。
フォトンランサーは直射型のため追尾機能こそ持っていないが、ディバインシューターと比べると弾速は明らかに速いはずなのだ。
続けて撃ったフォトンランサーも、まるでどう飛んでくるのか見えているかのように回避されてしまう。
三発はどうにか撃ち落としたのだが、残った二発は確実にフェイトのもとに迫っている。
このままでは直撃してしまうことを悟ったフェイトは、攻撃を逸らすために防御魔法を使用した。
《Defensor Plus.》
なのはの防御魔法は攻撃を受け止める方面に重点を置いているが、フェイトの場合は逆に攻撃を受け流す方面に特化している。
そのため正面からの純粋な防御魔法は不得手で、先ほど使用したディフェンサープラスも、どうしても避けられない魔法を逸らすための呪文だ。
眼前に迫る桜色の光弾を防ごうとしたそのとき、突然光弾が消滅した。
魔力がなくなったため飛散したのではなく、
バルディッシュに実行させようとしていたディフェンサープラスも、いつの間にか発動し終わっている。
そして数十メートル先を飛んでいたはずのなのはの姿も消えていた。
(あの子は幻術魔法が使えるのか……?)
だとしたらどこに行ったのだろうと辺りに目をやるも、なのはの姿は一向に見つからない。
周囲をぐるりと見渡したが視界の中には誰もいなかった。
まさかオプティックハイド(術者と触れたものを透明にする魔法)を使ったのかと思案していると、フェイトから少し離れた位置に、頭頂から獣の耳が生えているオレンジ色の頭髪をした高校生ぐらいの年頃の少女が転移してきた。
彼女がフェイトの使い魔、アルフだ。
「フェイト、何やってるんだい! 敵は上だよ!」
念話も使わずまくし立てるように叫んだアルフの声で、フェイトはようやくなのはのいる位置を把握した。
頭上を見上げると地面と水平の体勢で飛んでいるなのはが、今まさに砲撃魔法を発射しようとしていた。
砲撃魔法は総じて魔力を溜めるための時間が必要となる。
その時間は威力によってマチマチだが、なのはの溜め込んでいる魔力量だと、少なくとも5秒以上その場に留まらなくてはならない。
「バルディッシュ!」
《Round Shield.》
一体いつの間に魔力を溜めたのかもわからないまま、フェイトは今使える最大限の防御魔法を展開した。
なのはに負けず劣らず膨大な魔力を持っているフェイトの防御魔法は、ユーノやなのはには劣るものの、平均的な魔道士のものよりは高い防御力を持っていた。
「ディバイーン……バスター!」
《Divine Buster.》
なのはの掛け声とともに、桜色の魔力光の柱がフェイトを包み込もうと突き進む。
フェイトも魔力を込めて必死にシールドを維持しようとするが、その努力もむなしくラウンドシールドに亀裂が入っていく。
「フェイト、危ないっ!」
目を瞑り諦めかけていた主人の身を守るため、アルフはフェイトを突き飛ばした。
軌道の中心からズレることで、フェイトとアルフはディバインバスターの直撃は避けることができた。
ディバインバスターがもし直撃していたら、2人は今ごろ気を失い地面に向かって落下していただろう。
しかし、直撃は
「アンタ、よくもフェイトを!」
犬歯をむき出しにしながら、アルフは怒りを露わにしていた。もしフェイトを抱きかかえていなければ、今すぐにでもなのはに飛びかかっていただろう。
「へぇ、その子の名前はフェイトっていうんだ」
地面にひれ伏している2人を見下ろしながら、なのははレイジングハートを肩に担ぎ敵意がないことを表した。
子をあやす母親のような優しい感情を込めて、激昂するアルフをなだめようとするも、先ほどの強烈な不意打ちに動揺しているのかフェイトは目を伏せて口を開こうとしない。
なのはに人並み外れたカリスマ性は備わっていない。
悪のカリスマと称されていた
『ユーノ、聞いてた話とぜんぜん違うよ! なんでこの魔法、こんなに威力が高いの!?』
一向に問いに答える気配のない2人を見て、なのはは焦り始めた。
本当は少しだけ脅してあの2人が何者かどうか聞き出そうと思っていただけなのだが、考えていたよりもディバインバスターの威力が高かったことで、まるでなのはが悪者のような雰囲気になってしまっていた。
『なのはの方こそ魔力を込めすぎだよ。非殺傷設定でもダメージが多すぎると気絶しちゃうんだよ』
『自分の感覚でやればいいってレイジングハートが言ってたから、てっきり大丈夫だと……』
《私のせいにするのですか、マスター? もとはといえば、マスターの一撃必殺主義が問題だと思いますが》
なのはとユーノがレイジングハートを巻き込みながら念話で言い争いをしている
ジュエルシードを回収するのは最優先事項だったが、正体の掴めない不気味な魔導師相手に戦って敗れでもして、再起不能にされては元も子もない。
『フェイト、あいつきっと悪魔かなにかだ。地面に座り込んでる私たちを見て、あんな笑みを浮かべてるんだから間違いないよ』
なのははフェイトたちをできるだけ安心させようと微笑みかけていた。だがアルフには、上空から見下ろしてあざ笑っているようにしか見えなかった。
そのせいでアルフの中のイメージは、
『せっかく見つけたジュエルシードを取り逃すのは惜しいけど、今は引くべきときだ。アルフ、準備はいい?』
『ああ、合点承知さ!』
転移魔法の準備が済んだフェイトの合図に合わせて、アルフが魔力弾をなのはにめがけてばら撒いた。
プロテクションで問題なく防げる程度の威力だったが、なのはの気を逸らすには十分な効果があった。
《あのままでは逃げられてしまいます。マスターの無敵のキング・クリムゾンでどうにかできませんか?》
「時を飛ばしてると触れないから、この距離じゃどうしようもないよ!」
時を吹き飛ばしながら全力で飛行して、フェイトに近づいたタイミングで宮殿を解除しキング・クリムゾンの手を伸ばすも、捕まえるよりも僅かに早く詠唱が終わり転移が始まった。
「……ごめんね」
「え?」
フェイトが消え去る寸前に、なのはの耳に届いたのは謝罪の言葉だった。
弱々しくてほとんど聞き取れなかったが、その言葉は傍らでフェイトを支えているアルフではなく、なのはに向けて発せられている。
聞き返そうとするも、すでにフェイトたちの姿はなく、残っているのは魔力の残照だけだった。
「なのは!」
先ほどまで戦闘に巻き込まれないようにユーノと一緒に付近で待機していた恭也が、難しそうな表情をしながらフェイトたちが転移する前に立っていた場所を見つめているなのはに声をかけた。
「あ、お兄ちゃん」
「すまん、援護しようと駆けつけたんだが、なにもできなかった」
「さすがに普通の人は空を飛べないからね」
頭を下げる恭也に、首を横に振って気にしていないことを示しながら、なのはは巨大化した子猫に封印魔法を放つ。
異相体に向けて使った封印砲ではなく、魔力的なダメージは一切ない普通の封印魔法だ。
《Internalize No.14.》
ジュエルシードを格納し終え、レイジングハートを待機状態に戻したなのはは、フェイトの言い残していった言葉について考えていた。
(あの子供……犬耳の女がフェイトと言っていたか。どうしてフェイトは別れ際に謝ったんだ? ジュエルシードを狙う第三勢力に間違いはないだろうが、イマイチよくわからないな)
相手が子供という点に関しては全く気にしてない。
見たところ自分と同年代のようだったが、子供だから攻撃できないなどという甘い考えなど、なのはは持ち合わせていない。
問題はフェイトという少女が組織に属しているかどうかだった。
もし彼女が、なんらかの組織に属している場合、新たな刺客が送り込まれる可能性もある。
キング・クリムゾンの能力により先ほどの戦闘は終始優位に進められたが、次もうまくいくとはかぎらない。
例えばデバイスに時間をカウントさせておけば、機械は時間が飛んだのがわからずとも、持ち主はどのくらい時間が飛んだか把握できる。
もっとも魔法の訓練により、宮殿の内部でも砲撃魔法をチャージすることが可能だと判明しているので、隙を見せずに強力な魔法を使うことができるというメリットは消えはしない。
「あの子について話し合いたいけど、あんまりアリサとすずかを待たせるのもよくないし戻ろうよ。お兄ちゃんも忍さんと話してる途中だったんでしょ?」
「ああ、いきなり封時結界に巻き込まれたから、なにも言わずに出てきてしまったな」
不思議そうにきょろきょろと辺りを見渡している子猫を拾い上げ、なのはたちは屋敷に戻っていった。
海鳴市の近隣にあるマンションの一室で、フェイトたちは休息を取りながら先ほどの戦闘データを分析していた。
「バルディッシュ。この部分なんだけど、本当にこれで間違いはないのかな」
それはなのはにバルディッシュで斬りかかっている部分だった。
映像記録を見るかぎりでは間違いなく、フェイトはバルディッシュを振りかぶっている。
しかし、なのはは紙一重でその攻撃をかわしていたのだ。
なのはは、まるでスローモーションで動きを見ているかのような精密な動作で、フェイトの攻撃をかわしていた。
そして、そのままフェイトの横を通りすぎて、背後からレイジングハートを突き刺した。
《原因不明です。エラーコードが発生したログすら残されていません》
「……じゃあ、こっちの映像は?」
更に理解できないのは、フェイトが誘導弾を逸らした部分だった。
体感的にはなにが起こったのかさっぱりわからなかったが、映像には何が起こったのかしっかりと残されていた。
誘導弾を逸らしてかわしたフェイトは、なのはに向けてフォトンランサーを発射していたのだ。
攻撃を防いだ後にフォトンランサーを撃とうとしていたのは間違いないのだが、フェイトには撃った記憶は残っていない。
撃ち放たれたフォトンランサーはフェイトの頭上に移動しているなのはではなく、先程までなのはが飛んでいた位置に向かっていった。
当然、フェイトの攻撃はかすりもせず、頭上に移動したなのはに気がつく様子もない。
《私の自己判断プログラムには、警告を行った履歴は残されていません》
バルディッシュに搭載されている自己判断プログラムは、なにが起こったのか捉えることができていなかった。
どれだけログを調べても異常は出てこない。
分析した結果から導き出した答えは10秒もの時間、バルディッシュのあらゆる機能がなのはの存在を捉えられていなかったという事実だけだった。
「高度な幻覚魔法、ってわけでもなさそうだねえ」
アルフは戦術にはあまり詳しくないが、なのはの戦法のおかしな点に気がついていた。
幻術魔法は非常に使い手の少ない魔法で、適性のある魔導師も戦術に組み込んで補助として使う。
しかし、なのはの使う魔法はどれもこれも粗末なものだった。
魔力量こそ多いものの、どれもこれも狙いが甘いのだ。
最後に放った砲撃魔法も狙いがズレていたため、フェイトとアルフは直撃を避けることができた。
雰囲気からして戦いには慣れているようだったが、魔導師としての戦い方はお粗末としか言い様がない。
まるで初めて対人戦を行った魔導師のようだった。
「もしかしたらレアスキルなのかも」
「この悪魔に一対一で接近戦は危ないね」
「使い魔も連れているようだから、どんなレアスキルか把握する必要があるね。……母さんならわかるかな?」
「あのオニババが調べてくれるかねえ。まあ、とりあえずジュエルシード探しを再開するとしようか」
「たしか、もう少しで一区画のスキャンが終わるところだったね。私も一緒にいくよ」
夕暮れ時を過ぎすでにあたりは暗くなっているが、夜のほうが人気が少なく誰かに目撃される可能性は低くなる。
転移魔法で海鳴市の廃ビルに移動した2人は、夜の街へと消えていった。