♢♢♢
――それからさらに数日後。
アメリア王国から帰還した俺は再びヴァレリー王女の城を訪れることになった。なんでも、今日は隣国のアメリア王国との会議があるのだという。
俺はその護衛として同行することになった。隣には、テオドール卿とオーギュストが佇んでいる。俺も数に入れていいか分かんないけど、これでリドフォールも合わせると4人の騎士が彼女を守っているのだ。
(まあ、大丈夫だよね……きっと……。)
そんなことを考えているうちに、いつの間にか城の前まで辿り着いていた。俺はヴァレリー王女に続いて中に入る。すると、そこには既に数人の騎士が集まっていた。その中にはリドフォールの姿もある。
俺は彼らと合流すると、ヴァレリー王女は言った。全員揃ったところで、早速会議室へと向かうことにする。
俺は緊張しつつも、その後について行った。そして、ついに会議が始まった。議題は、主にこの国の状況についてのようだ。
どうやら、最近になって魔物の動きが活発化しているらしく、それが気になっているようだ。確かに、俺もこの国に来るまでの間、何度か獣に遭遇したことがある。ヴァレリー王女は言った。
もし、このまま放置すれば、いずれは大きな被害が出るかもしれないと。それに対して、リドフォールは反論する。しかし、ヴァレリー王女はそれを遮るようにして続ける。とにかく、今は情報収集が必要だと。そのためにも、隣国であるアメリア王国に協力を求めるべきだと。そのために和平交渉を進めるつもりがあるとも、言っていた。
俺が彼女の話を聞いていたその時だった。突然、部屋の中に大きな音が響き渡った。
「何の音ですか!?」
テオドール卿が叫んだ。俺は驚いて音の方に目を向けると、そこにはヴァレリー王女が倒れていた。
(……えっ? 何が起きたんだ?)
俺が戸惑う中、ヴァレリー王女はゆっくりと起き上がる。
「……大丈夫ですか? 」
そう言って駆け寄ろうとすると、彼女は首を横に振ってそれを制止してきた。そして彼女は言う。自分のことは気にせず行って欲しいと……。
「敵襲だ!」
「くそっ!大事な会議中に!」
リドフォールとテオドール卿が剣を抜き戦闘態勢を整えている。オーギュストはヴァレリー王女に駆け寄り、傷の手当てを始めていた。
「ぼやっとするな!敵を追う!テオドール卿とオーギュストはヴァレリー王女を守ってくれ!お前は俺と来い!外に馬がある。敵を追うぞ!」
リドフォールが叫んだ。俺は戸惑いながらも、彼の指示に従いその場を後にすることにした。他の騎士たちも同じように動き出すのを確認すると、俺は早足で出口へと向かった。
「いくぞっ!」
俺はリドフォールと共に馬に乗り、敵の元へと走る。馬に揺られながらも、俺はヴァレリー王女の容態について考えていた。
(彼女は無事なのだろうか……)
突如、前方から複数の人間の気配を感じた。俺達は咄嵯に身構える。すると、そこに現れたのは、先程ヴァレリー王女を襲ったと思われる2人の男達だった。
1人は鋼鉄製の鎧を見に纏い、手には槍を装備している。もう1人の男は銃を持っていた。あいつが、王女を撃ったのだろう。俺は血が沸騰する感覚を覚えた。
(こいつら……!)
怒りの感情を抱きつつ、俺は男達に斬りかかった。
「待て!迂闊だ!俺の指示を聞け!死ぬぞ!」
リドフォールが叫んだ。構うものか。まずは、手前にいた男の腹に一撃を加えると、そのまま背後へと回り込み首元に刃を突きつける。すると、もう一人の男が慌てて声を上げた。
どうやら仲間を呼びたいのだろう。他に仲間を呼ばれては面倒だと、俺はすぐさまナイフを投擲する。男の喉笛にナイフが刺さり、あっさりと男は息絶えた。残るはあと一人だけだ。俺はそう思い、そちらへと視線を移す。しかし、次の瞬間、俺の身体は宙を舞っていた。どうやら、殴られたらしい。そして、地面に叩きつけられた後、俺は意識を失った――。
♢♢♢
次に目が覚めた時、俺は見覚えのある場所にいた。それは、かつて俺が囚われていた牢屋だったのだ。
(何故こんなところに……?)
身体を見渡す。どうやら拘束は解かれているようだ。混乱していると、牢屋に入ってくる人物がいた。テオドール卿だった。
「目が、覚めましたか?」
冷たい声だった。俺が黙っていると、彼は続けて言った。
「君は、自分がどうして収監されているか分お分かりですか?」
俺は答えることができなかった。すると、彼は溜息を吐きながら言った。あの男達は死んだと。俺は驚きながら、テオドール卿の顔を見つめる。彼は続けた。彼らは隣国アメリア王国の手の者だと。そして、今回の件はアメリア王国の仕業であり、王女を狙ったものなのだと……。
俺はそれを聞きながら、彼の顔を見続けていた。彼は、言うべきかどうか迷った素振りをしてはいたが、言葉を続けた。
「私達は、アメリア王国と和平を望んでいます。アメリア王国も同じでしょう。ですが……一枚肌では無いのですよ。我が国も、アメリア王国も。」
その言葉が意味する事は理解できた。恐らく、アメリア王国とロマン国の和平を望まない者達がいるのだろう。だから、昨日の会議で暗殺を狙ったのだ。という事は、和平交渉の時間と場所を暗殺者にリークした者達がいる。その者達は、ロマン国内にいる事は俺でも理解できた。要は、俺は彼女達の邪魔をしてしまったのだ。
テオドール卿も、国内の不穏な動向に目を光らせつつ、王女に意思確認をしたそうだ。
その時王女は言ったらしい。それでも構わないと。和平を諦めるつもりは毛頭無い、と。その言葉をきいて安心した俺は思わず呟く。
(よかった……。)
それからまた数日が経過した。俺は牢から解放され(リドフォールは文句を言っていたが。)
まだしばらくの間、この国に滞在することになった。なんでも、ヴァレリー王女はこの国に滞在している間、この城の中で寝泊まりしても良いと許可を出してくれた。ただ、騎士の2人には。
「勝手な真似だけはするな。」
「行動は慎重になさって下さい。」
と、深く釘も刺されたが。しかし俺はその好意に甘える事にした。
それから数日後のこと。俺は城内を歩いていた。今日はリドフォールと訓練をする約束をしていたのだ。彼は既に待っているだろうと思い、急いでその場所へ向かうと、案の定そこには彼が立っていた。俺が近づくと、リドフォールは言った。
「ジョシュア。遅かったな。」
「……すみません。」
俺はそれに謝罪しつつ、訓練を始めることにする。リドフォールは俺に向かって言った。お前が望むなら、俺の弟子にしてやってもいいぞと。俺は少し考えてから、遠慮しておくと答えた。すると、リドフォールは苦笑いをして言った。
「まあいいさ、気が向いたらいつでも来いよ。」
そんな会話を交わした後、俺たちは剣を交え始めた。
それから数時間後のことだった。
突然、大きな爆発音が聞こえてきたのだ。俺とリドフォールは驚いて音の方へと向かっていく。すると、そこにはメイド服を着た女性が倒れていた。俺は慌てて駆け寄ると、彼女は俺に気づいたのか弱々しく微笑んでくる。
俺は彼女に肩を貸しながら、その場を後にすることにした。すると、リドフォールは俺の側にやってきて言う。そのメイドを頼むと。自分は敵を追うと。
「この間に続き今回までも……許せないな。お前は来なくて良い。その子を安全な場所に運んでやれ。」
「なっ……リドフォールは。」
「俺なら大丈夫だ。」
彼は屈託なく笑った。
「何しろ、この国の騎士だからな。」
同時に、爆発がした方に走り去っていった。俺はそれをただ見送った。
「き、騎士……様。」
抱えたメイドのか細い声が聞こえる。
「どうした!?喋らなくて良い!しっかりしろ!」
「敵は……赤い鎧を身に纏っていました。私がその者の姿に気付いた途端、爆発音が聞こえ……私は。」
「情報なら後でいい!」
彼女の血が、足を伝う。爆発の破片が大腿部と腹部に深々と突き刺さっていた。
助からないだろう事は明白だった。
「ロマン国と……アメリア王国の和平を……どうか。ヴァレリー王女の願いを……。」
彼女の体から力が抜ける。その意味が分かった俺は、メイドの亡骸を抱えてその場を後にするのであった。
♢♢♢
ヴァレリー城が襲撃されてから数時間が経過した。城の中は騒然としていたが、それも少しずつ落ち着いてきた頃だ。
俺は夜になると、ヴァレリー王女の部屋を訪れていた。まだ夕方になったばかりだというのに、彼女はベッドで横になっている。心労が祟ったのだろう。俺は彼女の近くに寄った。
「身体は、大丈夫ですか?」
何と言葉をかけて良いか分からず、無難なく言葉しか出なかった。
「私は……無能ですね。」
彼女は、俺の方を向かずポツリとつぶやいた。
「私は、関係無い人まで巻き込んでしまいました……。」
俺は思わず、彼女の手を取りながら言った。
「そんなことはありません。貴方は何も悪くありません。悪いのは……奴らですから。」
すると、彼女は涙ぐみながら言った。
「ありがとうございます……。」
俺はそんな彼女を見ていると、不意に思った。この人は今までずっと1人で戦ってきたのだろうと。誰からも頼りにされず、たった一人で戦い続けてきたのだろう。だから、俺みたいな男の言葉にも救われたのか。堪らなく愛おしくなり、俺は姉の肩に手を乗せた。
「……あ。」
「俺は……ルネサンス騎士団の一人として、この国の為に尽くします。」
「ジョシュア……ありがとう。ありがとう……ございます。」
俺よりも一回り小さい姉は、そう言って涙を流した。
♢♢♢
――次の日のことだ。
「赤い鎧(HM)……と言ったな?」
リドフォールとテオドール卿が、難しい顔をしている。なんだ?
「爆発音に赤いHM。それは、ランツクネヒトの仕業だね。リドフォール。君が見た特徴と一致しているね。」
「ああ。あいつらは間違いない。ランツクネヒトだ。」
2人が淡々と答えた。ランツクネヒト?聞いたことがないぞ……。
俺が首を傾げていると、リドフォールが説明してくれた。アメリア王国に古くから伝わる特殊部隊の名称らしい。
(しかし、どうしてその部隊の名前が出てきたんだ? )
俺が疑問に思っていると、リドフォールは言う。ヴァレリー王女を襲った犯人達が現れた場所の近くに、その部隊が使う装備が落ちていたそうだ。意図的に、わざとらしく。その報告を受けて、ロマン国内のタカ派は今回の件をアメリア国が起こした事件だと決めつけたらしい。
(つまり……どういう事だ……?)
いまいち理解できないでいると、リドフォールは俺に向かって言った。アメリア王国がロマン国の姫君の暗殺を何度も企てたと、ロマン国のタカ派は、アメリア王国に戦争を仕掛けるつもりであると。
(それはまずいだろ……。)
俺は慌てるが、2人の反応は冷静だった。俺は悟る。これが現実なのだと。
ロマン国は、アメリア王国に対して不利な状況にある。だから和平交渉を持ちかけても不平等条約になりやすい。何度もヴァレリー王女がアメリア王国と対等な和平交渉をしても、難航しているのは、それが理由の一つだ。言葉を選ばずに言えば、舐められている。
アメリア王国としては、何度も対等な和平を持ちかけてる王女を消したい。ロマン国としては、先制攻撃をするため、戦争を行うための大義名分が欲しい。両者の意見が合致した結果、特殊部隊ランツクネヒトが候補に現れたのだろう。王女を殺すために。そして、その目的を果たそうとしているのだ。
このままでは、ヴァレリー王女の命は無いだろう。リドフォールが言った通り、アメリア王国は戦争を起こそうとしているのだ。そして、その引き金となるのがヴァレリー王女なのだと。俺は拳を強く握りしめる。アメリア王国はそこまでしてロマン国に戦争を吹っかけようとしているのだ。そしてロマン国も、同様に戦争がしたいのだ。何という愚かさだろうか。しかし、黒死病からも、百年戦争からも何も学んではいないのだ。しかし俺はふと思う。
もし仮に、俺がそのランツクネヒトの隊員を殺したら……? それが原因で戦争が起きなくなるのではないか? 少なくとも遅れはするだろう。俺はその考えに至った時、咄嗟に諭された。
「そんな単純じゃないさ。」
リドフォールが言った。俺は彼の方を見る。しかし、彼は言った。その可能性は確かにあるかもしれないと。限りなく、低い可能性だが。
確かに、ヴァレリー王女が生きている限り、戦争をしない理由の一つにはなるだろう。
だが、それでも戦争が起きる可能性があるのは変わらないと言うのだ。
まず一つ、ランツクネヒトは強力な部隊だという事。そして二つ、暗殺者の依頼主はロマン国、アメリア王国両国にいると。だからランツクネヒトだけを倒せても意味がないし、逆に暗殺者の大元を断ち切れたとしても、両国の和平は訪れない。
「両方、だね。」
テオドール卿が言った。
「その二つを同時にやる必要がある。」
言葉を続けた。
「依頼主の特定及び排除、そしてランツクネヒトの排除。同時にこなさなければ、王女は守れない。か。」
リドフォールも応えた。俺も同意見だ。
「私とオーギュストが王女の護衛並びに依頼主の特定を行おう。リドフォール。そして君。2人はランツクネヒトを追って欲しい。君達は彼らの構成員を殺している。だから君達が動けば、ランツクネヒトも必ず動くだろう。彼等は執念深いからね。」
その言葉で俺は理解した。俺はランツクネヒトを倒し、王女を守る必要があるのだと。俺はヴァレリー王女の顔を見た後、テオドール卿とオーギュストの方へ向く。彼等は俺を見て、任せてくれという表情を浮かべていた。俺はそれに小さく微笑むと、リドフォールと共にその場を去った。行動は早い方が良い。
早速俺は、リドフォールと共に行動を開始した。
♢♢♢
リドフォールと俺は城を出て、城下町へと向かっていた。道中、リドフォールは俺に向かって尋ねてきた。
「お前は何のために戦うんだ?」
俺はそれにこう答えた。
「ヴァレリー王女のためだ。」
すると、彼は少し悲しげな顔をした後、呟いた。お前は、本当にヴァレリーのことが好きなんだなと。俺はそれに笑って返す。もちろんですよと。すると、彼は言った。
「なら、お前の力……見せてもらうぞ。」
2日後、俺達はアメリア王国の領土に入っていた。リドフォールによると、国境を越えてすぐの街で情報を集めるつもりらしい。俺達はそのまま街に入ったのだが、そこでとんでもない光景を目にすることになるとは思いもしなかった。
俺達は街に入ると、すぐに情報収集を始めた。俺達は酒場に入り、適当なテーブル席に座った後、給仕の女性を呼び止めて飲み物を注文する。それからしばらくして、給仕の女性がやってきたので俺は尋ねた。
ここら辺で赤い鎧を着た奴らを見かけなかったかと。女性は一瞬、戸惑うような素振りを見せたが、やがて口を開いた。
最近、この街でも何人か赤い鎧を着た人達が暴れているんですよと。俺とリドフォールは顔を見合わせる。どうやらビンゴの様だ。
それから、俺達は女性に礼を言うと、店を出た。俺達は街の外れへと向かうことにした。そこに、恐らくランツクネヒトの部隊がいると予想したからだ。しばらく歩いていると、リドフォールが言った。
お前は、王女のことをどう思っている?と。俺はそれに答える前に、何故そんなことを聞くのかと尋ねる。すると彼は言った。
お前はヴァレリーのことが好きなんだろう?と。俺はその問いに、迷わず好きだと答えた。すると、彼は続けて言った。ヴァレリーのことが好きならば、ヴァレリーの為に戦えるはずだと。
俺はその言葉に、何も言えなくなってしまった。やがて、目的地に到着した。
そこは、小さな廃工場だった。扉を開けて中に入る。すると、そこには先客がいた。赤い鎧を身に纏い、黒い兜を被っている者達だ。数は6人。全員がこちらを振り向いてくる。俺は咄嵯に剣を抜いた。リドフォールもそれに続く。直後、敵の1人が叫んだ。
「貴様ら……!」
俺はそれに対して答えず、剣を構え直す。敵は武器を抜くと、こちらに襲いかかってきた。
――戦闘は長引いた。
相手はかなりの手練れだったのだ。しかし、俺達の連携がそれを上回っていたのだろう。程なくして、俺とリドフォールは敵を全員倒したのだった。俺は息を整えると、その場に座り込む。リドフォールは言った。やはり、俺の思った通りだったと。
俺はリドフォールの言葉に首を傾げる。すると、彼は言った。
「この部隊は、元はアメリア王国の騎士団の一つだ。」
俺の思考が停止する。
アメリア王国? 何でアメリア王国の騎士がこんな所にいるんだ? 俺の疑問に、リドフォールは答えてくれた。彼らは暗殺するために訓練された部隊だと。俺はそれを聞いて納得した。
すると、遠くから声が聞こえてきた。
「おいおいおいおいおい……。随分と、派手に暴れてくれちゃってまあ。」
声は後方から聞こえた。俺はリドフォールと一緒に、そちらに視線を向ける。すると、建物の奥から赤い鎧を身に纏った男が現れた。
(こいつらが……赤いヘヴィメイルの装着者か……!)
俺は臨戦態勢を取る。
赤い鎧の男の背後からは、数人の赤い鎧を身に着けた男達が現れた。一際目立つ、背の高い赤いHMを見に纏った男が、俺達の前に立つ。
「俺の部下が世話になったようだな。」
低く、粗暴な男の声だった。
「その声、ヴァレンヌ・クリシュナか。」
リドフォールが剣を構えた。恐ろしい殺気だ。ヴァレンヌと呼ばれた男は、俺達を睨みつけながら言葉を続けた。
「はん。ヴァレリー王女の始末を阻止するため、お前達が来ることなど知っていたさ。」
「なるほど。で、部下を見殺しにしたのか。」
リドフォールが冷たくいい放つ。
「弱い部下なんていらねぇさ。」
ヴァレンヌは答えた。
「単刀直入に言う。お前達が動く目的は何だ?」
俺は横槍を入れる形になったが、ヴァレンヌに問いかけた。ヴァレンヌはさもおかしそうに説明を始める。ヴァレリー王女が生きてる以上は戦争は起きないと。だからヴァレリー王女を消せば戦争は起きるのだと。その為に、ランツクネヒトが動いていると。
(ヴァレンヌ……ヴァレリー……名前が似ているな。偶然……にしては、この男、どこかヴァレリー王女に似ている気がする。)
俺はそんな事を思いながら、黙って聞いていた。リドフォールは言った。
「ロマン国を追放された貴様が、まさかランツクネヒトにいるとはな。」
やはり、男はロマン国の出身の様だ。彼は不愉快そうな顔をして言う。追放される前は、ヴァレリー王女と同じ王族だったという事にも驚いたが、それよりも、アメリア王国と内通している事の方が驚きだった。アメリア王国はロマン国と和平を結ぶどころか、ヴァレリー王女を殺そうとしているのだから。ヴァレリアは何故殺されなかったのだろう。
「はっ!ペストを撒き散らしたのがバレちまって追い出されたが、あれ……役に立ったろ?疾病兵器って奴は、凄まじい力だぜ。」
「貴様ァ!……貴様が撒いたペストのせいで何千万もの人間が死んだと思っている……!」
リドフォールが叫んだ。しかし、ヴァレンヌは笑い飛ばして続ける。
「ははっ!断言してやる。俺達はあの小娘をぶち殺す。そして近いうちに二国は戦争を始めるだろうよ。戦争が起これば、俺達傭兵部隊としては金になるからなぁ……。そして貴様らの国にペストをまた撒いてやるぜ。一体、何人死ぬだろうなぁ。おい。」
「ヴァレンヌッ……!テメェは……ここで殺す。」
俺は彼の言葉を黙って聞くしかなかった。リドフォールは怒り狂っているが、俺はそれどころではない。ヴァレンヌが発した一言が引っかかっていたのだ。
(黒死病(ペスト)を広める?ペストが広がれば、こいつらも被害を被ると言うのに?)
俺がその言葉の意味を考え始めた時、既に2人は争っていた。リドフォールが斬りかかると、ヴァレンヌは後ろに飛び退く。そして彼は、右手の指を鳴らす。すると、部下達が一斉に動き出した。俺も剣を構えるが、リドフォールの動きが速かった。
彼は一瞬でヴァレンヌの目の前まで移動し、剣を振るう。ヴァレンヌは慌ててそれをかわすが、リドフォールの攻撃は止まらない。
連続で攻撃を繰り出すリドフォールに対して、ヴァレンヌは防戦一方だ。だが、彼は笑っていた。その余裕のある表情を見て、俺は悟る。
――こいつ、強い。
リドフォールの連撃を防ぎながらも、彼は反撃をしていたのである。それは決して致命傷にはならない攻撃だったが、それでもリドフォールの体勢を崩すには十分だった。ヴァレンヌはその隙を見逃さず、リドフォールの腹を蹴り飛ばす。それにより、彼の身体が大きく吹っ飛んだ。その瞬間を狙って、部下が襲い掛かるが、その隙を俺は狙った。1人、ガラ空きの背中を狙い剣を振う。鎧に深々と突き刺さり、肉と骨が砕ける感触を覚えた。
「次……後は3人か。」
ランツクネヒトの他の兵に向かって挑発した。やはり独立部隊、というだけあり、乗ってくる事はなかったが。鎧を一撃で抜いた攻撃には驚きを隠せないようだ。俺はそれに満足しつつ、リドフォールの方へ視線を移す。彼は立ち上がっていたが、ダメージが大きいらしく、片膝をついていた。俺が彼に駆け寄ろうとしたその時、再びヴァレンヌの指が鳴らされた。
――すると、突然視界が歪む。
俺達は目眩に襲われたようにふらついた。何が起きたのか分からないが、とにかく気持ち悪い。
(痺れ薬か……?くそっ!)
俺は吐きそうになるのを堪えながら、リドフォールの方へ向くと、彼も俺と同じく苦しんでいた。俺達は地面に倒れ込む。その様子を見ながら、ヴァレンヌが近づいてくるのが分かった。俺達は必死に動こうとするが、まるで力が入らない。
そんな中、リドフォールが口を開いた。
「お、お前の本当の目的は……何だ?」
ヴァレンヌが答えた。
「ロマン国とアメリア王国……両国民の抹殺。所謂———皆殺し、だな。」
俺の思考が再び停止する。
何故ならその答えは、俺が抱いていた疑問を晴らす言葉だったからだ――。
(両国民の抹殺だと!?こいつは、金の為だけでは無い。こいつには強い憎悪がある……!)
普通の傭兵は、金を稼ぐために程よく戦闘するものだ。皆殺しにすれば、敵もいなくなり、収入源が絶たれるからだ。
(リドフォールは……こいつはロマン国から追放されたと言った。それを恨んでいるのか?だから両国民の抹殺など、平気で口走れるのか。)
リドフォールは言った。お前の目的は何だと。俺は答えた。ヴァレリー王女を守ることだと。
そうだ。俺は。
俺は、こんな所で倒れてはいけない。
「俺を追放した国、俺を見下した国、全てを灰にするのよ。この黒死病(ペスト)の力を使ってな。」
ヴァレンヌは嘲笑しながら言った。
個人的な恨みで、人を殺す。それならまだ良い。心が歪んだ人間など掃いて捨てるほどいる。しかしこいつは、全く関係のない人々まで犠牲にしようと言うのか。黒死病戦役から何も学んでいないと言うのか。
「ふ……ざ……けるな。」
俺は、立ち上がった。身体は痺れるが関係無い。
(倒れるな、俺の身体!もう少しだけ、踏ん張ってくれ。)
「ああん?」
「彼女は……ヴァレリー王女は……!国民を愛しているんだ!黒死病戦役で何万人も死んでっ……それでも戦争を続けようとするあんた達を止めようとして、何度も何度も和平交渉を重ねたんだ!!……もう、誰も死ぬ所を見たくないからって……!そんな彼女の気持ちを、あんたらは想像したことがあるのか!?」
「知らねぇよ。平和主義者の小娘の戯言など。」
「黒死病だろうと何だろうとな。力を持つ者こそが正しいんだよ!頭を垂れて平伏しろ!弱者は強者に傅いてこそ、存在価値があるッ!テメェの言う王女様だってなぁ!王女という権力があるからこそだろうが!」
「うる……せぇ。お前と、同じにするな。」
俺は力一杯拳を握った。ほんの少しだけだか、感覚が戻ってくるのが分かる。俺は力一杯叫んだ。
「あんた達はッ……ただの狂人だッ!そんなに戦争がしたいのかよ!!殺しがしたいのかよッ!!ふざけるな!あんた達の勝手な理屈で!これ以上人殺しなんて……されてたまるかぁぁぁぁッッ!!」
俺はヴァレンヌに切り掛かった。咄嗟に庇おうとした部下2人を俺は両断する。研ぎ澄まされた鋼鉄の刃は、鋼鉄製の鎧など簡単に断ち切っていた。
「ジョシュアやめろッ!ヴァレンヌは、お前が勝てる相手では……。」
リドフォールが立ち上がろうとしていた。彼もまだ戦うつもりのようだ。俺はそれを止めようとしたが、戦闘中で上手く喋れない。
「死ねよ小僧ッ!大口たたいた事を後悔しやがれッ!」
ヴァレンヌの剣と俺の剣がぶつかり合う。剣戟が重なり、火花が激しく散る。ヴァレンヌの剣は重く、早く、そして正確だった。一振り一振りが俺の身体に致命傷を与えんと繰り出される。俺はそこ剣戟をいなしつつ、長剣で反撃。しかしかわされる。何という身のこなし、俊敏性だ。ランツクネヒトの長だけはある。
「どうしたどうした!あたんねぇぞ!」
ヴァレンヌはこちらを挑発するが、そんなものに乗る程俺は弱くは無い。俺だって何度も殺し合いを重ねてきた。だから分かる。
(ただ殺すために戦うのと、生き残るために戦うのは違うッ!こいつの剣には我しかない。命の重みもッ!葛藤もないッ!そんな剣など俺には通じるものかッ!)
しかし俺の攻撃は当たらず、かわされ続ける。これでは埒が開かない。俺は、賭けに出ることに決めた。
「うおっ!?」
俺はヴァレンヌ攻撃をかわさなかった。ヴァレンヌの剣が、俺の鎧の肩に当たり、一瞬動きが止まる。その隙を俺は突いた。長剣がヴァレンヌの腹を切り、奴の動きが止まる。トドメを刺そうとするが、俺の身体に痺れが走った。
「これ……はっ!?」
口が回らない。
「はぁ、はぁ。危ねぇ危ねぇ。悪いな。痺れ薬は良く効くだろ?」
(こいつ……何処までも、騎士の誇りまで地に堕ちたというのかよ!)
悔しいが、上手く動けない。動きが大きく鈍り、ヴァレンヌが止めを刺そうと近づいてくる。
「お前の剣……悪くはなかったぜ。……じゃあな。」
「うおおおおおおおっ!」
俺に近づいて来るヴァレンヌをリドフォール卿が必死な様子で止めた。
(リドフォールッ!身体が回復したのか?)
必死にリドフォールの名を呼ぼうとした。上手く呼ぶ事が出来ない。彼はこちらを振り向きこう言った。
「ははっ……本当にお前は……無茶な奴だな……ヴァレリーの事、頼んだぞ。」
彼は剣を捨て、ヴァレンヌの腰に掴みかかる。
限界なのか、足元もおぼつかない。
「うぉっ?てっ、テメェ!何……を」
ヴァレンヌはもがいてはいるが、引き剥がす事は出来ないようだった。
「今だっ!俺ごと斬れぇぇぇッッ!!」
リドフォールが叫ぶ。俺はそれを聞いて躊躇ってしまった。彼の笑顔。信念。全てが脳裏に浮かぶ。世界が止まったかのようだった。
(このまま剣を突き刺せば、全部終わる。確かに、勝利は出来るだろう。でも、でもな。)
「……断るッ!」
そんな事をしたら、きっとヴァレリー王女は悲しむから。また、泣かせてしまうから。だから俺は、突きを放たなかった。最後の力を振り絞り、上段から大きく切り掛かった。
「なっ……うぎゃぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
「た……隊長ッ!」
俺の攻撃は、リドフォールには当たらず、ヴァレンヌの頭部を傷つけていた。しかし浅かったのか、殺すには至らなかったようだが。奴の部下が焦っている。
俺は続けて剣を振ろうとするが、ヴァレンヌはリドフォールから離れると、俺に背を向けて逃げ出した。
俺はそれを追いかける。奴の部下は、俺に攻撃を仕掛けてきた。
「邪魔をするな……! 」
そう叫びながら、俺はそいつらを斬り捨てる。ヴァレンヌは建物内へと逃げ込んだ。俺もそれに続いて中に入る。奴は、奥の部屋に逃げ込んでいた。
俺は扉を開け放つと、ヴァレンヌの胸倉を掴む。そのまま床に押し倒した。そして、彼の首筋に剣を向ける。彼は言った。
「やれよ……。」
俺は、剣を振り下ろした。剣は彼の首を切断し、ヴァレンヌの首が宙を舞う。俺はそれを見て、剣を投げ出した。そして、その場に座り込む。終わったのだ。俺はヴァレンヌの言葉を思い出しながら、天井を仰いだ。――戦争とペストを広める。その言葉の意味を理解しながら。
俺の身体は震えていた。
恐怖ではない。怒りでもない。
ただ、終わったという徒労感だけが残っていた。俺はヴァレンヌの首を拾い上げると、外に出る。そこには、既に多くの死体が転がっていた。
「終わったんだな?」
リドフォールの問いに、俺は黙って応えた。
俺はヴァレンヌの生首を眺める。
彼の首は、何も言わなかった。
♢♢♢
あの後、俺達はロマン国に帰還した。国王は俺達に礼を言うと、すぐにアメリア王国へと向かったらしい。王女殿下は、心労のためまだ休息が必要であると。俺達は、その帰り道に酒場にいた。
あの時のことを思い出していると、リドフォールが俺に声をかける。彼は俺に言った。
「あの時、何故俺ごと殺さなかった?」
俺はそれに答えられなかった。彼は続ける。
「恨んでいる訳ではない。ただ、お前の行動が分からなかっただけだ。」
「アンタが死んだら……王女が悲しむだろ?」
そう言い放つと、彼は笑った。そして俺の肩に手を置くと、言う。俺がもしこの先死んだら、彼女を守ってくれるか?と。
「別に……死ななくても、彼女は守り続けるよ。絶対に……。」
俺は笑った。リドフォールも笑う。すると、誰かが俺達の元へやって来た。それは、ヴァレリー王女だった。俺は彼女に、これからはヴァレリー王女殿下様と呼んだ方がいいのかと冗談めいて尋ねると、彼女は言った。
「いいえ、私の事はこれまで通りヴァレリーと呼んでください。でも……時々は……姉さんでも構いませんわ。」
俺は何も言わず、彼女をハグする。柔らかい、感触。そして細い体。この人がずっとこの国を守ってきたのだ。そして、俺達がこれから先守り続けなければならない存在なのだ。
「王女殿下も戻られましたし、めでたしめでたしですね。」
「任務……完了。」
「おわっ!いつの間に!」
テオドール卿とオーギュストがいつの間にか俺の背後にいた。
「貴方達の活躍は見事でした。我々の方も、ほら。」
「……お土産。」
俺は2人に渡された包みを開ける。
「おわっ!」
中身は……首だった。何個もの首が、ぎゅうぎゅうに詰め込まれている。
「反乱分子は……これで全てですよ。」
「少なくとも……数十年は大丈夫だ。全て抹殺したからな。」
「そ、そうですか……。」
俺は、あえて何も聞かなかった。ただ、穏やかな2人が恐ろしくも頼もしい。とだけ感じた。
——こうして、俺達の長い戦いは幕を閉じたのである。
♢♢♢
俺は、ヴァレリー王女が好きだ。
だから、彼女の幸せを願っている。それが例え、俺と結ばれないとしても。彼女は俺の告白に驚きながらも、ありがとうございますと返事をしてくれた。その事に、俺は嬉しさを感じている。だが、同時に罪悪感もあった。
俺は彼女のために戦ってきた。しかし、結局は彼女が望んでいた平和とは程遠い結末となってしまったのだから。
ーー黒死病(ペスト)
ヴァレンヌが放った言葉を思い出す。その単語を聞いた瞬間、俺の頭の中で全てが繋がった気がした。ヴァレリー王女が和平交渉を繰り返した理由。何故、俺がヴァレリー王女の傍にいる事を許されたのか。ヴァレリー王女は言った。私は、もう誰も傷ついて欲しくないと。俺は言った。ヴァレリー王女の願いを叶えると。そうだ。俺の使命はこの人を守ることだ。彼女の笑顔を守ることだ。
俺は自分の部屋に戻る。そして考えた。俺がどうすればいいかを。結論はすぐに出た。俺のやるべきことは1つだ。この国を救うことだ。この国に住む人達の未来を守ることだ。その為なら、俺は喜んで命を差し出そう。
俺は決意を固めた。
すると、ヴァレリー王女が部屋に入ってきた。彼女は俺の顔を見ると、何かあったのかと尋ねてくる。俺は彼女に微笑んだ。そして、答える。
「俺は、この国を救いたいんだ。」
そして、姉さんの笑顔を守りたいんだと、小さく伝えた。
彼女は少し困ったような顔をしたが、やがていつものように笑ってくれた。そして。
「私も手伝いますわ。」
にこやかに、微笑んだ。
俺達は、お互いの想いを再確認したのであった。俺は、彼女の笑顔を守るために戦うと決めた。俺のすべきこと。それは、黒死病を流行らせようとする存在を止めることである。また黒死病が広まれば、間違いなくヴァレリー王女は悲しむだろう。それどころか、ヴァレリー王女だけでなく、多くの人々が犠牲になる可能性がある。それだけは阻止しなければならない。
俺は、彼女の瞳を見つめながら、今後の闘いの決意を固めた。長い闘いになるかもしれない。
(……大丈夫だ。いや、守ってみせる。)
この国には、強い人達が沢山いるから。
完
あとがき
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。当サイト初の一次創作として出してみましたが、面白かったら幸いです。ジョシュア達の戦いはまだまだ続きます。気が向いたら続編も書きますので、宜しくお願いします。