絶死絶命の双子の妹にしてツアーにビビり散らかすTSエセ巫女転生者 作:チロチロ
バハルス帝国、帝都アーウィンタール。
右を見ても左を見てもたくさんの露店が立ち並び、様々なものが売りに出されている。無数の屋台からは美味しげな匂いが漂い、威勢の良い声が通りがかる者に投げかけられる。
帝国が現在最盛である事を全身で感じ取れるような場所だ。
そんな中、そこには何やら少々異質な雰囲気を醸し出す3人の姿があった。
1人は全身を黒い鎧にて覆い尽くし、背に巨大な剣を担いだ大柄の戦士。
1人は背筋をピンと伸ばし、仕立ての良い服を着た非常に品の良い老人。
最後の1人は面を被り、チャイナ服を着用した黒髪の少女。
普通の街ならば人目を集めてもおかしくない組み合わせ。しかし、冒険者やワーカーのように、おかしな風貌をした3人組というのはここ帝都においてはそこまで珍しいことも無いグループのため、一時的に人目を集めてもすぐに離れていく。
そのため、3人は帝都の中をまるで自由な観光でもしているかのような気楽さで──実際にやっている事は観光そのものだから当たり前の話なのだが──歩いていた。
「やはり、フーシェの意見を聞いたのは正解だったな。必要以上に目立つ事無く済んでいる」
「ありがとうございます、モモン様。とはいえ、顔を出しているのがセバス様のみである以上はある程度は避けられませんが……」
モモンガが私を褒めてくるが、当然私は謙遜をする。
豪快な漢みたいな人間は謙遜を嫌う事もままあるが、良くも悪くも一般人的思考のモモンガからは謙遜する人間の方が好まれるであろう事は明白だからだ。
……まあ、この程度であればこの世界である程度過ごしている者ならば当たり前に出来る話でしか無いから、謙遜どころか事実としてまるで大した事はしていないのだが。
「いえ、私もフーシェ様のご判断は正しいと思いますよ。色々とお気遣い頂き感謝致します」
私の計画通り、原作とは違ってモモンガのパーティメンバーとなったセバスも私を褒めてくる。
……やはり、同行者がセバスだとあらゆる面がスムーズに行く。
流石はカルマ値300であり、原作において最も性質が善に寄ったNPC。
あの時の私の発言から、モモンガがオーレオール・オメガ他よくわからないNPCを供にする可能性も考えてはいたが、彼に選ばれたのが原作でそれなりに描写されているセバスで良かった。
ナーベラルやルプスレギナといった所謂ポンコツと組む事で私の有能アピールをする策も考えはしたが……メリットデメリットを考慮するとどう考えてもこちらの方が良いし、そもそもそのレベルで供を指定するのは流石に不自然だ。何故知っている?という話は避けられないだろう。
「……お二人にそう褒められると少々気恥ずかしくなってしまいます。……行きましょう?」
「ふっ……まあよかろう。セバス、行くぞ」
「はっ」
活気の中に3人はその身を投じると、周囲を渦巻く喧噪が熱気となって全身を包み込む。
モモンガは雰囲気に酔ったようなふらふらとした足取りで、幾多の露天を冷やかし半分で眺め、売られている商品を興味深く触る。
誰がどう見ても満喫しているというのが一目瞭然な、そんな姿だった。
「ふむー。素晴らしい。非常に素晴らしい」
「ふふ、楽しんでいただけたようで何よりです」
「心の底からな」
陽気に答えるモモンガ。
──やはり、帝都を選んで正解だった。
わざわざ村で一生懸命王国のネガティブキャンペーンをした──王国が悲惨なのは誇張抜きの厳然たる事実ではあるのだが──のはこの意味もあった。
モモンガに余計な事を何も考えず純粋に観光を楽しんで貰うならば帝都が一番良いだろうというのは明白過ぎる事だったから。
……勿論、これは私によるモモンガ奉仕精神などではないのは言うまでもない。要はモモンガ依存計画は順調に進んでいるという話だ。
そして何より──帝国は王国と違って評議国と、つまり白金の竜王が率いる国家と隣接していない事が実に素晴らしい。
私がモモンガとこうして直接関わる必要がある以上、どうしても白金の竜王にバレるリスクは存在している。
その可能性を少しでも減らせるのならば……王国ではなく帝国を選ぶのはごくごく自然な判断だと言える。
イビルアイやリグリットといった面倒極まる存在も帝国には居ないし。
「予想以上に楽しめているよ。これも全ては君のおかげだ」
「……もう。先程から褒めすぎですよ? ──とりあえず、ひとしきり露店は見たことですし、次は帝国魔術師ギルド本部に行きませんか?」
観光を楽しむモモンガが更なる興味を持ちそうな場所を提案する。
原作知識所以であり、他の誰でも無く私にしか出来ないであろうクリティカルな提案。
「魔術師ギルド?」
「はい。そこでは数多くの魔法のスクロールが売られています。強力な物があるわけではありませんが、私も全貌を把握しきれないほど多くの魔法があるので十分楽しめるかと。……第0位階魔法などもありますし」
「──素晴らしい。是非とも向かおうではないか」
やたら嬉しそうな雰囲気を醸し出すモモンガ。
第0位階魔法という、ユグドラシルには存在しない魔法の情報を手にした事が原因としてかなり大きいであろう事が容易に想定される。
本当に、原作知識様々だな……
まあ、それにより彼の趣味嗜好を半ば確信してなければそもそもこんな計画は立てないのだが。
とはいえ、あまり原作知識を絶対の物と過信してはならない。
会話の中からモモンガの性質は既にある程度確信を持ってはいるが、何か把握していない地雷が潜んでいる可能性は未だあるのだ。
最低でもこの1年の間はやはり、常に気を引き締め続けなければならない。
そんな私の内心は他所に、やたら喜ぶ主人を見たセバスが私に耳打ちしてくる。
「まさか、モモン様がここまでお楽しみになられるとは……貴女に最上の感謝を」
……私も、ここに居るのがあなたで本当に良かったと思いますよ。
これがナーベラルやソリュシャンを始めとする女性型NPCや、主人を楽しませるのが外部の存在である私である事に怒りを覚えるようなNPCではこうはいかなかっただろうから。
アルベドなどは論外である。
セバスはまさに執事の鑑。
自らが主人を楽しませるのだ、等といった個の欲を満たす事より、誰が成そうが主人が満ち足りているならばそれで良いとするその精神は、本当に素晴らしいと思う。
確かに、正義感から多少の暴走をする事もあるが……モモンガが常にそばに居る現状でそうなる事は恐らく無いだろう。
その弱点さえ無ければ、彼はまさしく完璧超執事でしか無い。
──あの時、モモンガにNPCの特性についての話をした時は──いや、今それについて考えたら私が1人勝手に感じていた恐怖を思い出して震えかねないからやめておこう。
そうして私たちは、帝国魔術師の多くが所属する団体の本部であり、新たな魔法の開発を行う研究機関、そして魔法使いの育成を行う教育機関の一端を担っている──帝国魔術師ギルド本部に辿り着いた。
「ふむ……本当に色々あるようだな」
モモンガが売り場にある大量のスクロールを眺めてそう漏らす。
そんな彼を見て私は、ここぞとばかりに伝言の魔法を使い
(事前に言ったように翻訳は私が致しますので、気になるスクロールがあれば是非言ってください)
(いつもの事ながら、何から何までありがとうございます。ここまで色々助けて頂いて……)
来た。
『あの言葉』を使うタイミングが。
(困っている人を助けるのは当たり前ですから。……では、まずあれは……)
私は、たっち・みーの言葉を引用する。
さらっと言う事で、それが私にとってはさも当然の事かのように。
(あなたという人は、本当に──)
私がモモンガの言葉を聞こえないふりしながら翻訳する中、セバスは懐に入れてあった眼鏡ケースから翻訳効果のある眼鏡を出し、着用してからスクロールを物色する。
全身鎧を着るモモンガには出来ない事だから、彼に対しては私が翻訳を買って出たのだ。
そうして、3人でスクロールをひとしきり眺め──
(エルシオーネさん、この魔法──『フローティング・ボード/浮遊板』って面白そうですね)
ふむ、この魔法に興味を抱いたか。
半透明の浮遊する板を作り出すもので、作り出した板は術者から最大5メートルまで離した上で後ろを付いてこさせることが出来る。
要は運搬用の魔法であり、あまり融通の効かせられる魔法では無い。
正直言って高位の魔術師にはあまり使い道が無い魔法ではあるが……
(確か……ユグドラシルには確か存在しない魔法でしたか? その辺りの記憶は正直自信がないので……)
(100年経っているなら当たり前の話ですよ。──それで……これを購入するなら幾らしますか?)
それほど気に入ったのか?
正直な話、私にはよくわからない感覚ではあるが……まあ楽しんでくれているなら何も言う事は無い。
(こちらのスクロールは第1位階魔法ですので金貨10枚ですね)
(金貨10枚……ユグドラシルの金貨は直接は使えないんですよね?)
(はい。まあこれくらいの額ならば私がお支払いしますよ)
(い、いや! エルシオーネさんならそう言うだろうと思いましたが、流石にそこまではさせられませんよ!!)
どうやら私のキャラ付けには成功しているようだ。
とはいえ、実際この程度の額ならば奢ることに躊躇は無い。
得られる物……モモンガからの好感度と比較しては金貨10枚などゴミにも等しいのだから。
(いえ、私がお金を持っていた所でさしたる使い道も無いですし構わないですよ。何なら国から出ますし)
(む、無欲……!! っていやいや! これじゃ俺、ただのヒモじゃないですか!! エルシオーネさんにはまだ何も返せていないのに……)
それは、未来にたっぷりとお返しして頂きますから。
──それにしても、お礼……か。
何でもあげるから1つ選べと言われたら、私は躊躇無くワールド・チャンピオン・オブアルフヘイムをくれと言うだろう。
次点でコンプライアンス・ウィズ・ローだ。
アースリカバーでもいい。
……つまり、何が言いたいかというと……
『次元断切』だ。
言わずと知れたユグドラシル最強の技であり、The goal of all life is deathより1撃で倒せる相手はずっと多いであろう必殺技。
アンティリーネがたっち・みーのアイテムを装備する事によって次元断切を使えるようになってしまえば、彼女は守護者どころか、ともすれば多くのプレイヤーより強くなる可能性だってある。
それこそ、現状だとナザリック勢か白金の竜王以外はもはや何が相手だろうと瞬殺出来るだろう。
まだアンティリーネのタレントの範囲はよくわかっていないから次元断切までは使えない可能性はあるが、その時はその時だ。
……せめて八欲王のアイテムに触れる機会があればもっと調べられたのだが……まあ、いい。
とはいえ、いくらなんでも流石にそんな物を貰える筈は無いから──
(そんな事はありませんよ。少なくとも、モモンガさんをご案内する事を理由としてこうして自由に観光が出来るのは楽しいですから。──私はずっと、法国の奥地にて秘されていましたから)
(エルシオーネさん……)
モモンガは想定通り、私に同情する雰囲気を出す。
──本当に、この選択肢を取って正解だった。
帝都ルートだと、エ・ランテルにて行われるであろう死の螺旋には念の為に法国で対処する必要が出てくるが、私の唐突な陽光聖典への指示や神らしき存在の出現による混乱のどさくさに紛れようとしていた際に、占星千里とアンティリーネに連携して捕らえて貰ったクレマンティーヌ経由で計画の概要やら下手人の隠れ場所やらは既に判明しているため、隊長を派遣して殲滅して貰えば何の問題も無い。
ついでに死の宝珠も回収出来ればいいのだが、そこは隊長の現場判断に任せている。
現状、何もかもが私の想定通り上手く行っている。
だがこういう時に油断しては全てが崩壊しかねない事は理解している。だから、私はその危険性を少しでも減らすために畳み掛け続けるのだ。