絶死絶命の双子の妹にしてツアーにビビり散らかすTSエセ巫女転生者 作:チロチロ
特に評価9は嬉しすぎます。モチベに繋がりますねこれ。
「手合わせ? 君と俺がか?」
「エ、エルシオーネ様? 構わないのですか?」
ガゼフが胡乱げな顔をして私に返答する。
隊長も困惑した声を上げる。
私は隊長をまず見つめてから、
「はい。……失礼を承知で申し上げますが、今ストロノーフ様のお考えになられている事は予想が付きます。 『この少女は何を言っている? 俺と手合わせして相手になるとでも? それに報酬? それではまるで、俺が指南でもされると言っているようではないか』──でしょうか。当たらずも遠からず、では?」
「……ああ」
まあ、そう思うのは無理もない事だろう。
私が仮に逆の立場だったとしても、似たような事を思うだろうから。
むしろ、侮辱だと怒り出さないだけガゼフは出来た人間だと思う。
だが。
「そうですね……言葉で語っても信憑性が薄いというならば……ふっ!」
そう言って、私は隊長でも対応出来ないであろう速度で、ガゼフの目の先に2本の指を突き出す。
ヒュッという音を立てて、指は疾風の如き速さでガゼフの目に向けて放たれ、彼に突き刺さる直前で私は寸止めをする。
──それまでの部屋の空気が一変する。
平然とする私と、狼狽する隊長。
そして……
「な……に……? い、今のは一体……」
突き出された私の指を見て驚愕の表情を浮かべるガゼフの姿がそこにはあった。
ガゼフにはやはり、私の動きが何一つ見えていないようだ。
まあ、それも当然といった所。
調査の範囲だと、ガゼフの力量は原作のそれと変わらない物で、今の私や法国にはレベルを計測する術こそ無いものの、恐らくその実力は30レベル程度。
それと比べ私の実力は、原作におけるアンティリーネの実力や今世における様々な情報を考慮すると、多少の上下はあるだろうが恐らく90レベル程度なのだから。
「これが私の力の一端となります──どうですか? 私との手合わせは、ストロノーフ様への報酬に不足していますか?」
「い、いや! そうではない。そうではないが……本当に、君は──いや、貴女は一体……」
「それは、時が来たらお話しします。──では、広間に移動しましょうか。……『隊長』さんも、ご安心ください。ストロノーフ様は他言無用の約束を破るような方ではありませんよ」
手合わせでどう立ち回ればいいかもわかっている。
その有効性は既に実証済みだ。
──要は、『彼』の真似事をすれば良い。
ガゼフ視点
広間に出て、俺はエルシオーネと名乗った超級の身体能力を持つ年若き巫女──自分でも一体何を言っているのかよくわからないが──と相対する。
この場所は、手合わせするに十分なスペースを持っており、尚且つ建物に入らなければ、外部の人間からは見えないようになっている。
それに加えて、巫女は自身が隊長と呼ぶ騎士──恐らくは彼も尋常の人物ではない──に周囲の警戒を頼んでいる。
……随分と人目に付く事を警戒をしているようだ。
まあ、彼女の実力や、俺に与えた秘宝の数々を思えば当然かもしれないが。
──俺には巫女の素性はわからないが、騎士の反応や本人の言を見るに、どうやら存在そのものが秘匿された人物のようだ。
考えられる正体としては、音に聞く法国の神人とやらなのだろうか? こんな人物が居るというのであれば、一体なぜ……いや、今それを考えるのは無粋か。それに、彼女は時が来たら話すと約束してくれたのだから。
「では、始めましょうか。合図は、金貨が床に落ちた時で」
「……ああ。わかった。──挑戦者の面持ちで臨むのはいつ振りだろうか──」
挑戦者の面持ち。
あの御前試合とて、俺は勝つ自信があった。
だが、先程見せられた俄には信じ難いような凄まじい身体能力と、こうして相対するとよくわかる、巫女から発せられる凄まじい雰囲気。
正直なところ、ガゼフにはこの巫女相手に自身の剣が届く気が全くしていなかった。
──先までの俺は、一体何を勘違いしていたのだろう。
彼女は独特な雰囲気こそあるが、戦闘を生業とする者とは思っていなかった。
そんなガゼフの勘違いを粉砕する巫女の雰囲気と動き。
冷静に考えて、転移を使いこなし、伝説級の秘宝を俺に簡単に渡し、自身も極めて希少価値のありそうな、神聖さを極めて強く感じさせる巫女服を着用──あり得ないとは思いたいが、王国の至宝すら霞むのではと思わせるような──した彼女の戦闘能力が極めて高いだろう事は容易に想定出来る話だろうに。
俺は剣を構えるが、彼女は素手で自然な体勢を取る。
それが侮辱行為では無いという事は、既に理解している。
彼我の間には、それ程隔絶した実力差があり、これは手合わせというよりもこちらの訓練に近い行為なのだと。
彼女は金貨を指で弾く。
ピンッという音と共に金貨は宙を舞い、刹那の時間にて床に落ちたその瞬間──
「!?」
──巫女を中心におぞましいものが吹き荒れる。
ガゼフにもはや言葉は無い。
巫女を中心に起こったもの、それは戦意──いや、殺意である。いや、殺意といわれる部類に属するものだという方がより正解かもしれない。ガゼフの心臓を一瞬で握り潰したのではと思えるような、色の付いたような気配が怒涛のごとく押し寄せてくるのだ。
こんな、一見すると単なる華奢な少女が一体どうやってこんなものを──
直感できる。
それは人間ごとき下等な生物が起こせるようなものではない。もっと上位の存在が起こすようなそんなレベルのものだ。──見たところ巫女は人間の筈なのだが、ガゼフは最早彼女のことを完全に上位存在とみなしていた。
殺意の黒き濁流に翻弄され、ガゼフは自らの意識が白く染まりだすのを感じる。あまりの恐怖に意識を手放すことで、受け流そうとしているのだ。
だが。
「ぐううううう!」
持ち堪える。
ガゼフは持ち堪えた。
戦士長として、周辺国家最強──その肩書はつい先程返上する事になったが──としての誇り。
そして何より、自身の王への忠義。
それが、ガゼフ・ストロノーフの膝を立たせた。
俺は大きく息を吐き出す。
剣を持つ手は震え、最早構えなど全く維持出来ていなかった。
それでもガゼフはガチガチと震える歯を必死に噛み締めようと、恐怖に耐えようとする。
そして、ガゼフは歩き出す。
その動きはまさに亀の如き鈍さだった。
だが、それでもガゼフは恐怖に耐え、震える身体を無理矢理動かし、1歩1歩前に進んでいた。
それは、まさしく偉業──死の恐怖に抗う男の偉大なる冒険であった。
そんな俺の姿を巫女は見ながら、何も動きを見せない。
その目には一体何が映っているのか。何を思ってこれ程までの殺意を放っているのかわからない。
──彼女が動かないのは当たり前の話だ。
こんな、亀にも劣る男を前に一体どんな事をする必要があると言うのか。
1歩1歩、足を進めるたびに強まる暴風のような殺意。
段々と巫女に近づいている以上は当たり前の話なのだが、ガゼフにとってそれはまさしく地獄への片道切符だった。
それでも、先程よりも更に遅くなろうとも、ガゼフは足を止めない。
そうして、巫女の下へと辿り着く。
ゆっくりと。非常にゆっくりと。
身体中の水分を使い果たすが如き速度で汗を全身から噴き出しながら、剣を頭上に掲げる。
殺気が強まる。
暴風が、明確な意志を持って俺を害そうとしてくる。
限界だ。これ以上は無理だ。
俺はよくやった。もう十分じゃないか。
心の中で囁く泣き言。
俺は全てを無視して、剣を構えた。
それは、駆け出し騎士にも劣る、無様で原始的な構え。
怖くないのかって? そんなわけがないだろう。
もしこれを恐ろしくないなんて言う奴が居たとしたら、そいつは嘘つきだ。
武技を使う余裕などある筈がない。
日々訓練してきた型など今この場では何の役にも立たない。
ガゼフはそれでも止まらない。
ゆっくり。ゆっくりと。
普段のそれとは比較にならない程遅い速度で剣を振り下ろす。
──すると、巫女は人差し指と中指で剣を挟み込む事であっさりとそれを受け止めて見せた。
ガゼフは思わず乾いた笑みを浮かべてしまう。
華奢な少女が大男の振るった剣を指で受け止めるなど──いったいどこの空想の話だ、それは。
「──では、行きます」
淡々とした口調で巫女は言う。
一体何を行くというのか?
思わず俺は現実逃避をしていた。
実際、彼女は今まで何もしていない。これが手合わせである以上、これから何が起きるかなど明白なのだから。
巫女がゆっくりと拳を握り締める。
一連の動作は本当に遅々としており、普段のガゼフならば、いやその辺の兵士であろうと余裕で対応出来る速度でしかない。
どう見ても手加減された動きではあるが、俺にはそんな事を感じる余裕も無かった。
そして──ゴウッ、というおよそ少女に出せるとは思えないような風を引き裂く音を立てて、巫女の拳が走る。
死の間際には時間が間延びするという。
かつての命知らずを嘯いていた頃の自分は馬鹿にしていた話だが、ガゼフは今それを全身を以って感じていた。
そんな中、巫女の拳がガゼフの顔面めがけ突き進む。
──これは即死だ。
ガゼフは直感した。自らの身長を遥かに凌駕する巨大な鉄球が、猛速度で突き進んでくるような完璧な死のイメージがガゼフの脳裏を支配する。
もはや全身は動かない。
あまりの緊張状態に置かれ、そしてその中において無理矢理身体を動かした事によって、ガゼフは既に限界を超えていたのだ。
だが、それでもガゼフは膝を屈しない。
目を逸らさない。
自分を確実に殺すであろうその拳を、目に焼き付けんと──
ゴゥッ、という音を立てて、巫女の拳はガゼフの顔の目の前で静止する。それから静かな声が届いた。
「素晴らしいですね。──こうも簡単に死の恐怖を乗り越えるとは」
────。
──ガゼフは言われた事の意味が理解出来ていなかった。
「絶対的な死を目前とし、それを乗り越える──人々があなたを慕う理由がよくわかります──私には、とても出来ませんから」
最後に巫女が何か呟いた気がするが、既に限界を超えていた俺にはそんな小声を聞き取れる筈がなかった。
ガゼフは荒い息で呼吸を繰り返しながら、何かが抜け落ちたようなぼんやりとした顔で巫女を見た。
既に殺意など嘘のように無い。巫女の言葉の意味が脳に浸透し、ようやく安堵が生まれる。
まるでその激しい殺意が支えていたように、ガゼフの体が糸を切った人形のように崩れ落ちそうになる。
だが、それはガゼフの誇りが、王への忠義が許さない。
たとえ不恰好だろうと構わない。
ガゼフは剣を杖代わりにして、両足どころか全身を震わせながらもどうにか立っているという体裁を取った。
そんな無様な俺の姿を見て、
「……本当に、見事です。ガゼフ・ストロノーフ様。あなたに私の持てる最大の敬意を──」
主人公誰だっけ(錯乱)