家に帰ってきた吉岡新太がテレビを見ていると同級生の石杖綱吉が登場しているCMが始まった。
テレビの画面の中には別世界が映されていて、石杖綱吉が演じる美しい女王と、その娘役を演じる少女が一緒に優雅に食事をしている姿が僅かに映された後に画面が切り替わる。
使用人がトレイに載せているチョコレート菓子が大画面で映されてから「新商品でございます」と言って女王と娘に菓子を献上していく使用人。
チョコレート菓子を一口食べた女王と娘が満面の笑みを浮かべる姿が映された後に、商品の名前が紹介されて終わりとなるCM。
石杖綱吉が演じた女王の美しさに思わず見とれていた吉岡新太は、続けて映された洗濯洗剤のCMで息子達の服を洗う母親の役を演じる石杖綱吉を見て意識が切り替わっていく。
汚れていた衣服が綺麗になって喜んでいる母親を演じていた石杖綱吉が、吉岡新太には本当の母親のように見えていた。
演技だと思わせない演技をする凄い役者さんだと吉岡新太が思っていた役者が同級生である石杖綱吉だとは気付いておらず、先程のCMで石杖綱吉が女王を演じていたことにも気付いていない。
基本の顔が変わっていないとしても、完全に別人に見える石杖綱吉の演技のレベルは凄まじいものとなっていた。
必ず母親の役を演じる石杖綱吉は女装することが当然であり、普段の男子高校生の時とは別人に見えていることも、吉岡新太が気付かない理由の1つだろう。
学校では優等生であるが目立とうとしない石杖綱吉と接点がないことも吉岡新太が気付かない理由かもしれない。
素顔で役者として有名になっている夜凪景と女装姿で役者をしている石杖綱吉では素顔の認知度にも違いがあるようだ。
学校には友人が居ない石杖綱吉だが、スターズには何人か友人が居るので特に困っていたりはしないようである。
朝陽ひな、夜凪景と石杖綱吉の同級生である彼女には、お気に入りのドラマがあり、そのドラマには石杖綱吉が優しい母親の役で出演していた。
怪我をして帰ってきた息子の手当てをする優しい母親の姿を見ていると、本当に母親みたいだと思った朝陽ひな。
綺麗で優しい母親を見ていると心が暖かくなるような気がした朝陽ひなは、将来こんなお母さんになれたら良いなと考えていた。
理想のお母さんを演じているのが同級生の石杖綱吉だとは気付いていない朝陽ひなだったが、気付かない方が幸せだろう。
自分にとっての理想像な母親を演じていたのが同級生の男子高校生だと知ったら、精神的なダメージを受けていた可能性が高い。
役者をやっているということを高校では特に宣伝したりしていない石杖綱吉が役者をしていると知っているのは教師達と夜凪景くらいだが、席がかなり離れているので石杖綱吉と夜凪景は高校では会話をしたことがなかった。
実際は夜凪景は石杖綱吉と会話をしようと試みているが、夜凪景が人に囲まれている内に石杖綱吉が居なくなってしまっていたりするので会話のタイミングが掴めていないようである。
花井遼馬の趣味はスマホでの映画鑑賞であり、今日も映画鑑賞をしようとしていたが、登録している動画サイトで人気が高い邦画が気になって再生してみた。
思っていたよりも引き込まれるストーリーに夢中になって邦画を鑑賞していた花井遼馬。
悪の組織と戦っていく主人公達の戦いがアクション満載で見応えがあり、日常と非日常の対比となっていたりもして魅力を感じる作りとなっていた邦画。
石杖綱吉が演じている主人公の母親が美人だと思っていた花井遼馬は、美人なだけじゃなくて本当に母親に見えると驚きを隠せない。
二転三転するストーリーを見続けていると、人質にされそうになっていた石杖綱吉が演じる主人公の母親が思っていたよりも強かったことに思わず笑った花井遼馬。
「このお母さん強いな」
主人公達とは身のこなしが違う主人公の母親のアクションが、段違いであり、あっという間に悪の組織の構成員が倒されていく姿を見ていた花井遼馬は気付かない内に言葉が口から出ていた。
邦画を見終わってからエンドロールまで見て、登場している役者を確認していた花井遼馬は、母親役を演じていた石杖綱吉に興味を持って、スマホで色々と検索してみたようだ。
他にも石杖綱吉が出演している映画を調べてみて、登録している動画サイトで見れる他の映画に石杖綱吉が出演していることを知った花井遼馬。
休日で暇だったので迷わず映画を再生してみる花井遼馬のスマホに映されたのは、石杖綱吉が演じる病床でも気丈な母親が主人公である息子に言葉を遺す冒頭の場面。
花井遼馬が美しい母親を演じる石杖綱吉に見とれそうになりながらも、映画を真剣に見ていくと場面が切り替わった。
悪辣な手を使う主人公の宿敵との戦いを剣1本で切り抜けていく主人公に惹き付けられる場面ばかりが続く。
ああ、この主人公は頑張ってる奴だな、と花井遼馬が思ってしまう程に主人公は輝いていた。
人々を護りきって宿敵を倒したが致命傷を負った主人公が最期に見たのは、かつて幼い頃に病で死んでしまった母親の姿であり、そんな母親に褒められて最期を迎えた主人公。
「ああ、ここで出てくるのは反則だろ」
主人公が頑張ったことを褒めて微笑む母親の美しさと優しさが目に焼きついてしまった花井遼馬の目から涙が溢れていた。
映画で泣くことなんてないと思っていたのに、泣いてしまっている自分に驚いていた花井遼馬。
冒頭と最後だけに登場する母親の演技で泣かされてしまったと思った花井遼馬は、石杖綱吉という役者の凄さを実感したらしい。
洗面所で顔を洗ってから石杖綱吉について更に詳しく調べてみた花井遼馬のスマホの検索履歴は石杖綱吉に関する内容ばかりだったようだ。
杉並北高校の映像研究部の面々がそれぞれの休日で、石杖綱吉が演じる母親を見た翌日。
高校に登校した生徒達が話題に出す内容は様々であり、その中には石杖綱吉の演じた母親に関する話題もあった。
昼休みになり弁当箱片手に教室を出ようとした石杖綱吉と一緒に弁当を食べようと思った夜凪景が人の壁を乗り越えて、石杖綱吉に声をかける。
「待って、お母さん!」
夜凪景の第一声に戸惑うクラスメイトは何で夜凪は石杖を「お母さん」って呼んでいるんだろうと考えていた。
周囲が戸惑っていようと夜凪景にとって石杖綱吉は、自身の母親以外に唯一「お母さん」だと思う存在であるようだ。
そんな夜凪景を仕方がない子だと思いながらも訂正させたりはしない石杖綱吉は、微笑みながら夜凪景に応える。
「はいはい、なあに」
そう言いながら夜凪景に微笑んで見せた石杖綱吉が、教室に居たクラスメイト全員には母親のように見えていたらしい。
「一緒にお弁当食べましょう、お母さん!」
自分の弁当箱を見せながら石杖綱吉に近付いた夜凪景は、積極的に距離を詰めていく。
「じゃあ屋上に行きましょうか」
頷いて了承した石杖綱吉は、弁当箱を持って屋上まで夜凪景と一緒に向かっていった。
そんな2人を見ていたクラスメイト達は、石杖ってあんな母親みたいな顔をするんだ、と驚きを隠せていない。
それはそれとして、夜凪景が石杖綱吉を「お母さん」と呼んでいたことにクラスメイト達は納得する気持ちもあったようである。
確かにあれは「お母さん」だと思ったクラスメイト達は、石杖綱吉の異質さにようやく気付いた。
教室がそんなことになっていようと自分のペースを崩すことはない夜凪景と石杖綱吉は、日当たりの良い屋上で弁当のおかずを交換したりする。
お互い自作の弁当であるが、互いに料理が上手な2人であり、弁当箱に不味いおかずなどは入っていない。
「お母さんは、やっぱり料理も上手ね!」
夜凪景は幸せそうに、石杖綱吉と交換したおかずである豚肉のアスパラ巻きを食べて笑った。