スターズ所属の和歌月千にとって石杖綱吉は、役者として別格だと言える存在だった。
和歌月千が尊敬しているスターズの百城千世子は若手のトップ女優であるが、そんな百城千世子と共演しても全く負けていない石杖綱吉が役者として自分よりも上だと感じていた和歌月千。
以前、百城千世子と夜凪景がダブルキャストで主演を務めた演劇に出演した和歌月千は役者として成長したが、それでも石杖綱吉に追い付けたとは思えていなかったらしい。
そんな和歌月千だが、役者としての仕事は増えており、今日も役者の仕事で現場に向かっていた。
今回は女剣士として殺陣を行う和歌月千が現場に到着したところで先に現場に居た石杖綱吉に気付いて、迷わず挨拶をしに行った和歌月千は、ガチガチに緊張しながら石杖綱吉に挨拶をする。
「今日は宜しくお願いします!石杖さん!」
気をつけをしてから直角90度に頭を下げた和歌月千は、見るからに緊張しているのが丸分かりだったが、真面目さが伝わる挨拶であるのは間違いない。
和歌月千が誠実な人柄だということが良く分かった石杖綱吉も挨拶を返すことにして頭を下げておくと、和歌月千に負けない声で挨拶した。
「此方こそ宜しくお願いします和歌月さん!今日は共演なので頑張りましょうね!」
大きな声ではきはきと挨拶を返して笑顔を見せた石杖綱吉の顔を見て、安心感を覚えた和歌月千は緊張が少し解れたようだ。
それからしばらくして撮影が始まり、時代劇で女剣士を演じる和歌月千と茶屋を営む母親を演じていく石杖綱吉。
和歌月千の得意な殺陣の場面を1度撮影してから、町の茶屋に立ち寄る女剣士を演じた和歌月千と共演する石杖綱吉は、茶屋を営む母親を完璧に演じていった。
まるで本当にその時代の茶屋を営む母親であるかのように見えた石杖綱吉が凄い役者であると感じた和歌月千は、まだまだ石杖さんの域までは遠いと考える。
それでも自分は自分ができることをやるだけだと開き直れるようになっていた和歌月千は、役者としての仕事をしていった。
茶屋の娘が悪党に人質に取られたところで、救出に向かった女剣士を演じた和歌月千が大立ち回りをして娘を救出する場面が撮影されていき、キレのある良い殺陣が撮れたと喜ぶ監督。
茶屋の娘と母親が再会して抱きしめあう場面を見守っていた女剣士が微笑んで立ち去っていくところで撮影が終わりとなり、和歌月千と石杖綱吉が登場する場面の撮影は全て終了したらしい。
スタッフが用意していた飲み物を飲んで休憩していた石杖綱吉と和歌月千の2人。
最初に和歌月千から切り出したことで始まった会話は、演技についての話題になっていき、互いの演技についての話に変わっていく。
「以前拝見した映画だと石杖さんは、しっかりとアクションもできる方ですよね。そんな石杖さんから見て、今日の私の演技はどうでした?」
「そうですね、素晴らしい殺陣だったと思いますよ。アクションが全くできない俳優さんもいますから、しっかり動けて演技もできる和歌月さんの強みが活かせていましたね。流石はスターズの俳優さんです」
「石杖さんから見てそう見えたなら、なんとかスターズの俳優として恥じない演技ができて良かったと思います」
「和歌月さんは、殺陣が得意ですからアクション関係が特に安定した演技ができてますよね」
「ありがとうございます。激しいアクションも巧みにこなす石杖さんに、そう言ってもらえると嬉しいですね」
「和歌月さんは、夜凪さんと百城さんのダブルキャスト主演の演劇に出演してから、役者としては別人のようになりましたけど、黒山さんのおかげだったりするんでしょうか?」
「はい、黒山さんのおかげで私は殻を破れたような気がします。石杖さんも黒山さんを知っているんですか?」
「夜凪さんが所属している事務所の人で、海外で賞を貰ってる映画監督でもある人ということは知ってますよ。後は、母親の役は、お前に決まってると黒山さんに言われたことがありますね。黒山さんには撮りたい映画があるみたいですよ」
「あの黒山さんが撮りたい映画ですか、いったいどんな映画なんでしょうか」
「主演は夜凪さんに決まってるみたいですけど、それ以外は、まだわからないですね。まあ、いずれわかるとは思いますから楽しみにしておきましょう」
互いの演技についての話から黒山墨字についての話題に変化していった会話だが、最後に和歌月千は気になっていたことを石杖綱吉に聞く。
「石杖さんは、いつも母親という役を演じる時、どうやって演じているんですか?」
「どんな時も想像力を働かせて、その時に相応しい母親の姿をしっかりと考えてから、母親という役に入って演じてますね。役柄を演じる為に、その感情と呼応する自らの過去を追体験する演技法であるメソッド演技とは、また違う演技法ですよ」
「そうやって石杖さんは演じているんですね。今日は実際に間近で演技を拝見しましたが本当に母親にしか見えませんでした」
「和歌月さんに、そう言ってもらえると嬉しいですね。今日もしっかりと母親になることができたみたいで良かったです」
「石杖さんの母親の演技は、とても素晴らしいと思いますよ。私には真似できません。それでも私は役者として石杖さんと共演できて良かったと思います。今日は、ありがとうございました石杖さん」
石杖綱吉とは役者として差があると感じていても和歌月千は、正直な感想と感謝の気持ちを石杖綱吉に伝えていく。
「此方こそ和歌月さんと共演できて良かったと思います。ありがとうございました和歌月さん」
そう応えて、手を差し出した石杖綱吉の手を掴んで握手をした和歌月千は石杖綱吉のことを、本当に綺麗な人だと思っていた。