スターズの天使と呼ばれていた百城千世子は、役者として成長しており、作り上げた天使の仮面だけが武器の役者ではなくなった。
天使の仮面も胎の中の悪魔も飼い慣らした百城千世子は、様々な役を演じることが可能となり、天使以外の顔も見せるようになっていたようだ。
星アリサが直々に出向いて安全確認のチェックをした現場で、石杖綱吉と共演する百城千世子は、いたずらが大好きな娘の役を演じていく。
そんな娘のいたずらのターゲットにされることが多いお母さんを演じていく石杖綱吉は、ただ上手いだけではない演技を見せる。
まるで本当に母親であるかのように見える石杖綱吉は、いたずら好きな娘のお母さんという石杖綱吉がイメージした母親の役に完全に入り込んでいた。
役に引きずられることも、飲み込まれて自分を失うこともなく、母親という役を演じる石杖綱吉。
イメージで作り上げられた母親という役に入り込み、演じていく石杖綱吉の演技は、百城千世子の天使の仮面とは似て非なるものだ。
作り上げられた百城千世子の天使の仮面は、本人の努力によるものであるが、石杖綱吉のイメージによる役作りは、やってみたらできたという天性のものである。
母親という役を演じる為だけに生まれてきたかのような石杖綱吉の才能によるもので、そう簡単に真似ができるものではない。
たとえそうだとしても退くことはない百城千世子は、自分にできる全力で石杖綱吉と共演していく。
天使のもう1つの顔が見たいと、大衆が望んでいることを理解している百城千世子は、まるで小悪魔のように微笑んで、母親をいたずらのターゲットにする娘を見事に演じていった。
いたずらをした娘を叱るお母さんを演じる石杖綱吉は、誰が見てもお母さんにしか見えない。
それは、いたずら好きな娘を演じる百城千世子から見てもそうで、本当にお母さんに怒られているような気にさせる。
しかし百城千世子にとっては悪いことではないので、叱るお母さんを演じる石杖綱吉の演技に合わせて、叱られている娘を演じた百城千世子。
反省しているかのように見せかけて、全く反省していない娘を演じている百城千世子は、母親から見えない位置に顔を向けて、ニヤリと笑った。
画面映えが良く映るようにカメラのアングルから画角まで全て把握しており、自分からフレームに収まってくる百城千世子に、撮らされているような気分になった撮影担当。
自分を映すカメラを意識しながら芝居をする百城千世子は、今まで積み重ねてきた努力を無駄にはしていない。
カメラごとの性能やレンズサイズの感覚を熟知している百城千世子は、自分を映す媒体にも詳しくなっている。
今回使われているカメラにも詳しい百城千世子は、そのカメラに自分をしっかりと収めていた。
表情の作り方、言葉の選び方、服装、所作、体型、全てを調整して作り上げたスターズの天使の努力は何1つ無駄にはなっていない。
撮影はNGを1度も出さずにスムーズに進んでいき、いたずらが大好きな娘とそのお母さんが映る場面の撮影は終盤に至る。
いたずらをした娘を追いかけ回して捕まえようとするお母さんを演じる石杖綱吉。
逃げていた娘を演じていた百城千世子は用意していたパイを石杖綱吉が演じるお母さんに容赦なく連続で投げつけていく。
見事な身体能力で、投げつけられたパイの数々を避けていくお母さんを演じていく石杖綱吉は、カメラにしっかりと収まるように加減して動いていた。
身体能力が高い石杖綱吉の身体は引き締まっているが、太過ぎたりはしないので、母親の役も違和感なく演じられている。
石杖綱吉が動ける役者であることは広く知られており、今回のパイを見事な身体能力で避けていくシーンが撮影したかったからこそ激しいアクションが可能な母親役に石杖綱吉が選ばれたようだ。
石杖くんを選んだ自分の目に狂いはなかったと喜んでいた監督は、パイを避けていくお母さんを演じている石杖綱吉を熱い眼差しで見つめていた。
百城千世子が演じた娘が用意していた全てのパイに1度も被弾することなく避けきったお母さんを演じる石杖綱吉。
家がパイで汚れたことに物凄く怒っているお母さんを演じている石杖綱吉が、本当に怒っているお母さんに誰が見ても見えたらしい。
そんな石杖綱吉に思わず立ち止まって謝ってしまいそうな素の自分を抑えた百城千世子は、お母さんから逃げる娘を演じていく。
それから石杖綱吉が演じるお母さんに捕まった娘を演じた百城千世子は、こめかみをお母さん役の石杖綱吉の両拳に挟まれてぐりぐりされることになった。
あくまでも演技であるが、本当にそうしているかのように見える演技をした石杖綱吉と百城千世子。
痛そうに頭を押さえながらパイで汚れた家を掃除していく娘の役を演じた百城千世子と、仁王立ちしながら娘を監視しているお母さんを演じていた石杖綱吉。
カットが入り、終了した撮影。
コミカルな場面が多かった今回の撮影も無事に終わり、後は帰るだけになった石杖綱吉と百城千世子に星アリサが声をかけた。
「車を用意してあるから乗っていきなさい千世子。綱吉の車も別に用意してあるわ」
「ありがとうアリサさん」
「助かりますけど、俺はスターズの役者でもないのに良いんですかアリサさん」
「構わないわ、千世子を助けてもらった礼を返すにはまだ足りないぐらいよ」
「入院の費用も全て負担してもらいましたし、背中に傷も残らなかったので、そこまで気にしなくてもいいんですけどね」
「女優の命を守った功労者は報われるべきよ。貴方のマネージャーにもしっかりと話は通しておいたわ。乗っていきなさい綱吉」
「こういう時のアリサさんは意外と強引だから、諦めた方が良いよ石杖くん」
「そうみたいですね。わかりました。ありがたく乗せてもらうことにします」
用意された車に乗ることを受け入れた石杖綱吉に、どことなく満足気な顔をした星アリサ。
そんな星アリサを見て、石杖くんが関わるとアリサさんは表情が豊かになるような気がする、と思っていた百城千世子。
石杖くんはアリサさんにとっても特別な役者なのかもしれない、と内心で考えていた百城千世子は、それを言葉にすることはない。
「石杖くん、また会おうね」
とても自然な笑顔でそう言った百城千世子は、天使の仮面を被ってはいなかった。
「ええ、また会いましょう」
百城千世子に応えるように微笑んだ石杖綱吉が、優しいお母さんのように見えていた百城千世子は、笑みを深める。
やっぱり石杖くんは演技をしていなくても、素がお母さんみたいなんだね、と百城千世子は納得していた。