もしかしたら書き直すかもしれません
カットがかかるまでの、幕が降りるまでの、その僅かな時間だけ、他人の人生を生きる。
時に国境も時代も世界すらも超えた別人を体験する。
そういう常軌を逸した喜びに魅せられた人間を役者という。
埋め尽くされて満員の客席、役者としての大舞台。
本日の演目は、羅刹女。
西遊記に孫悟空の敵として登場する天の風の神、羅刹女を主役とした架空の物語。
孫悟空を王賀美陸、牛魔王を明神阿良也、三蔵法師を白石宗、沙悟浄を夜凪景、猪八戒を星アキラ、牛魔王の愛人である玉面公主を百城千世子が演じる。
そして主役の羅刹女を演じるのは、石杖綱吉。
期待に満ちた観客達が待ちわびていた中で、演劇が始まった。
上がることのない幕を不思議に思う観客達が、観客席の後ろから現れたそれに気付いて、息を飲む。
人とは思えない程に美しく、誰もが思わず恐怖を抱いてしまう程の苛烈な怒りを眼に宿した羅刹女が観客席の間を歩いていく。
「ああ、腹が立つ、腹が立つ」
美しくも恐ろしい羅刹女が口を開き、発する言葉を聞くだけで、恐ろしさに身体が震えてしまう観客達。
「あの人は毎年毎年妾のところへ、ああ、この怒りどうしてくれよう」
恐ろしくて仕方がないのに、歩みを進める羅刹女から眼を離すことが出来ない観客達は、羅刹女を視線で追い続ける。
観客達は羅刹女に恐怖を抱いていても、凄まじい存在感を持つ美しい羅刹女をもっと見ていたいと思う気持ちを抑えられない。
幕が上がり、舞台へと上がった羅刹女。
次に現れた孫悟空。
「おい!!俺だ孫悟空だ!扉を開けてくれ!」
スターが演じる孫悟空に安心感を感じた観客達が見守る前で、大立ち回りを見せる羅刹女と孫悟空。
芭蕉扇を巡る争いで孫悟空の如意棒と羅刹女の剣が打つかり合い、羅刹女の凄まじい存在感に圧倒されそうになりながらも孫悟空は役割をこなしていく。
誰よりも目立つ故に日本から追いやられたスターである王賀美陸が、羅刹女を演じる石杖綱吉よりも目立つ為に全身全霊で演技をしていた。
羅刹女から芭蕉扇を奪う為に孫悟空が化ける牛魔王を演じる明神阿良也。
まるで妻を愛する夫のように振る舞うのは、孫悟空が化けた牛魔王。
夫である牛魔王の姿で愛を騙られて思わず本物の芭蕉扇を渡してしまう程、羅刹女は牛魔王を愛している。
とてもとても美しい羅刹女が孫悟空が化けた牛魔王の愛の言葉に、涙を流して微笑む姿は、誰もが息を忘れる程に綺麗だった。
恐ろしさはなく美しさだけが際立った羅刹女から芭蕉扇を奪った孫悟空が、まるで悪役のように思えてしまう程、誰の眼にも羅刹女は美しく見えたようだ。
芭蕉扇を受け取った孫悟空は牛魔王の姿から、元の孫悟空へと姿が戻り、高らかに言葉を発する。
「頂いたぜ、芭蕉扇!!」
羅刹女の芭蕉扇が孫悟空に奪われてから舞台の幕が降りていく。
幕が降りて、舞台の準備をしている間、石杖綱吉のマネージャーである山野上花子が石杖綱吉の様子を見に来ていた。
美しい羅刹女の姿をしていても普段通り、にこやかに笑いながら水を受け取っていた石杖綱吉を見て安心していた山野上花子。
次は三蔵法師である白石宗の出番が近付いていた。
幕が上がり、舞台に立つ三蔵法師へと羅刹女が近寄っていく。
芭蕉扇を奪った孫悟空は使い方がわからずに無闇に炎を煽るばかりで火焔山の炎を消せていない。
火焔山の炎を消す方法を教えてほしいと頼む三蔵法師は、穏やかに子守唄のように静かな芝居で羅刹女に対抗する。
誰が聞いてもその言葉に正しさを感じさせる役者であった白石宗が演じる三蔵法師。
芝居というのは生まれ持った性格や雰囲気が、そのまま武器になる。
並の役者では言葉に説得力が伴わず茶番になり得る場面を、ものともせずに芝居をする白石宗は、素晴らしい役者だった。
今回の演劇に登場する役者は、更に研ぎ澄まされていく石杖綱吉の芝居に対抗することが出来る役者だけが選ばれていることは確かだ。
羅刹女と対話する三蔵法師。
続いていた羅刹女と三蔵法師の会話を遮るように猪八戒と沙悟浄が現れる。
並の脇役では相手にもならない羅刹女を演じる石杖綱吉を相手に、猪八戒の星アキラと沙悟浄の夜凪景が全力で向かっていく。
2対1でも圧倒する強さを見せる羅刹女に、怯むことなく立ち向かう猪八戒と沙悟浄。
たったの1度も本気になれないまま消えていく役者が大半の世界で、共演者を本気にさせる石杖綱吉の羅刹女。
石杖綱吉という輝く星を更に輝かせる為に、星アキラは全力で猪八戒を演じていく。
メソッド演技を完璧にコントロールして、沙悟浄となっていた夜凪景も全力で演技を続けていった。
芭蕉扇を持った孫悟空が現れたところで再び幕が降りていき、次に幕が上がった時には場面が切り替わっていて、牛魔王と玉面公主が会話する場面となる。
羅刹女について語る牛魔王と玉面公主。
羅刹女への同情心を強める為か、玉面公主は羅刹女を嘲るような言葉を言い放つ。
悪女と言えるような玉面公主を見事に演じる百城千世子。
そんな玉面公主に愛を囁く牛魔王へも観客達は怒りを抱いていた。
牛魔王と玉面公主の会話が終わり、幕が降りていく。
幕が上がると、孫悟空達と対峙する羅刹女が剣を構えている姿を観客達は見た。
争っていた羅刹女と孫悟空達だったが、羅刹女の前に倒れていく孫悟空達。
「仲間のこのザマを見て尚、口に出来るか!!「怒りの炎を鎮めろ」と!まだ口に出来るか!!」
三蔵法師に向かって怒りを向ける羅刹女が、まるで迷子になって泣いている子どものようだと感じた観客達。
観客達は先程の牛魔王と玉面公主の演技で、完璧に羅刹女に同情してしまっていた。
「答えろ坊主!!私を許せるのか!お前なら怒りに飲まれずにいられるというのか!」
羅刹女が怒りの声を上げる度に、羅刹女が泣いているかのように感じた観客達は、固唾を飲んで見守っている。
「坊主!!私を許せるものなら許してみろ!」
苛烈な感情を剥き出しにした羅刹女の言葉に応えるように、三蔵法師が言った。
「あなたを許します」
とても穏やかな笑顔で、そう言って羅刹女を許した三蔵法師。
三蔵法師の言葉を聞き、まるで迷い子のようだった羅刹女が静かに涙を流す。
すると倒れていた孫悟空が立ち上がり羅刹女の涙を拭った。
「姉御、火焔山の炎を消してはくれねえか。後生だ」
そう頼んできた孫悟空に、羅刹女が戸惑っていることを観客達は感じていたようだ。
三蔵法師と視線が合った羅刹女に頷いて微笑んだ三蔵法師。
「良いでしょう、火焔山の炎を消してあげます」
芭蕉扇を頭上に掲げてから大きく一扇ぎした羅刹女を見ていた観客達は、まるで本当に芭蕉扇で風が吹いたかのような感じがしたらしい。
持っていた芭蕉扇を一扇ぎした羅刹女は、怒りも一緒に吹き飛んでしまったかのように穏やかな笑みを浮かべていた。
その穏やかな笑みを浮かべた羅刹女は誰が見ても、この世のものとは思えない程に、美しく見えていたらしい。
演劇が終わって幕が降りていき、観客達は全員が拍手をしていた。
最後のカーテンコール。
羅刹女に参加していた役者全員が舞台に上がり、観客達に笑顔を見せていく。
揃った全員が観客達に向かって頭を下げた。
「ありがとうございました」
そう言って頭を上げた役者達に再び拍手をしていった観客達。
大盛況のまま終わった初日の羅刹女という演劇。
「俺達には、明日も明後日も明々後日もあるから頑張りましょうね皆さん」
羅刹女に登場する役者全員に向かって、そう言っていた石杖綱吉。
そんな石杖綱吉の姿は、誰が見ても母親みたいに見えていた。
役者達の物語は、これからも続いていくだろう。
明日も明後日も明々後日も、それよりも先の遠い未来にまで、きっと物語は続いていく。