行きつけの喫茶店の珈琲が美味   作:夕凪楓

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有り触れた日々でも構わないから、もっとずっとと願ってる。



Ep.11 Enough to quarrel

 

 

 

 

 

 

 

「アンタ、千束と喧嘩したんだって?」

「え、や、してないですけど」

「『変態!』って言われてたもんねぇ」

「いやそれは誤解……」

「座敷にまで声聞こえてたからなぁ」

「やだ何それ恥ずかしい」

 

 ……全っ然集中できんのだけど。

 カウンターで一人読書を楽しんでいようものなら、座敷の方から常連さん達の声が聞こえてくる。聞こえない振りをしようものなら、言葉で背中を刺してくるのだ。

 彼らが言っているのは、つい昨夜の事だ。うっかり井ノ上さんの下着姿を目撃してしまい、それを錦木に突っつかれて多少なり言い合いになってしまった。座敷にいたみんなは詳しくは知らないが、俺と錦木が言い争ってるような声だけは聞こえてきたようで……特に錦木の『変態』『最低』『信じらんない』は店内によく響いたらしく……くそ、あのゴリラめ。

 大体定休日なのにどうしてこんなに常連さんが集まるんだ。どうなってんだリコリコと地域の絆は……とか考えていると、座敷で構えた伊藤さんが手元のメモ帳を開いて此方を細い目で見据え始めた。

 

「で、何があったん?聞かせなさいよネタに困ってるの」

「いや私情丸出し……これは、その……錦木と井ノ上さんの沽券に関わる部分もあるので、ノーコメントって事で」

「?え、どうしてたきなちゃんも……?」

「あ、いや、それは……」

 

 北村さんの突っ込みにしまったと口を閉じる。余計面倒になりそうな予感。うっかり喉から出てしまったと、誤魔化す為に口を開いた時だった。

 

「分かったわ、何かの拍子にうっかりたきなちゃんの着替えを目撃してしまって、それを千束に見つかって言い合ったってところね」

「マジかこの人」

 

 伊藤さん見てたでしょ絶対。鳥肌立ったんだけど。

 この少ない情報だけでそこに辿り着いたりする?それ妄想じゃなくて現実なんですけど。漫画家ってみんなそうなの?恐ろしいんだけど。

 それを聞いた北村さんは、目を見開いてこちらを見た。

 

「えー!そりゃ怒るよ千束ちゃん!」

「や……井ノ上さんには謝ったんですけどね……何故か錦木の方が怒ってて……」

「そりゃそうよ、他の女の子の下着姿見て、どうせ顔赤くしちゃったんでしょ?そんなの、千束からしたら面白くないに決まってるじゃない」

「…………え、なんで錦木が面白くないんですか?」

「マジかこの子……」

 

 井ノ上さんの下着姿を俺が見ると錦木の機嫌が悪くなるって事だよな……?あ、そうか。井ノ上さんと錦木は相棒だもんな。相棒のあられも無い姿を俺みたいな一般人に見られるのはプライド的にも大切な相棒的にも色々許せないとかそんな感じか。

 仲間想いなのは知ってたけど、意外と独占欲強いじゃん錦木。

 

「いや、今理解しました。後で錦木にも謝ります」

「……伊藤さん、彼絶対何も分かってないですよ」

「あんなに千束も分かりやすいのに、好かれてる自覚無いのかしらね」

「……?何か言いました?」

「今の聞こえないとか、鈍感系だけじゃなくて難聴系の主人公ね」

「……南朝系?」

「この子本物だわ」

 

 丼関係に南朝系?……い、一体何の話を……。

 とかなんとか言ってる内に、阿部さんとミカさんとが二人でボドゲで真剣勝負を座敷で繰り広げていた。ミカさん……そんな楽しそうな顔……。こんな賭博(偏見)でストレスを解消しないといけない程には、普段やっぱ疲れてるんだろうな。

 これ完全に錦木のせいだろ。俺も彼女のせい、もとい彼女のお陰で、久しぶりに珈琲をお客さんとして楽しむ気分に浸っていたのを、お客さん達に弄られる標的になってしまったではないか。

 けど、こうして友人間でのやり取りみたいなのを、お客さんとできるのっていいな。なんか……常連の人達に認識されてるのってこう……正式にリコリコに仲間入りを果たした証みたいで、ちょっと嬉しいかもしれない。

 けど、君達少し遊び過ぎじゃあ……?

 

「というか皆さん、帰らなくて大丈夫なんですか?そろそろ夕方ですけど」

「……もうこんな時間か。千束達もそろそろ終わる頃だな」

 

 店内の時計を見上げて、ミカさんがそう一言。

 ……ああ、健康診断の事かと思っていると、クルミがスマホを取り出して、『千束達も呼んでみるかー』と言ってメッセージを送っていた。まだやるのこの賭博……。

 

「ったくもう……」

 

 呆れたように笑いながら、閉じていた書籍を再び開く。

 母親の形見である、勿忘草を押し花として閉じた栞を元にパラリと開かれたページに、再び視線を落とそうとして────今度はスマホの通知が鳴った。

 ……今日も今日とて予定通り、思い通りに進まない日である。俺のスマホに入ってる連絡先などほぼ無い。ネットで買い物なども基本的にはしないので、ここ通知が来るとしたら基本的にはリコリコのグループチャットか錦木の個人メッセージである。

 案の定、送られてきたのは錦木からのメッセージ。クルミの誘いに対しての返事だった。

 

【二人で行くぜ】

 

 そう記されたメッセージの上には、共に笑顔で視線を寄越す錦木と井ノ上さんのツーショット。

 昨日とはまるで違う井ノ上さんの表情や、ぎこちの無いピースを見て、思わず微笑んでしまった。特に、井ノ上さんの小さな笑みにつられたのかもしれない。昨日の冷たい表情はそこにない。

 きっと、本部で何か良いきっかけを得たのかもしれない。

 

(……ああ)

 

 ────やっぱり、錦木と関わったからかな。井ノ上さんが笑えているのは。

 

 そう思うと、何故か自分の事のように錦木が誇らしかった。自分が彼女に感じている憧れは、決して間違いなどではないのだと知らしめてくれている気がしたから。

 

「クルミー、錦木と……あと、井ノ上さんも来るって」

「おー、今確認した」

「え!たきなちゃんも!やった〜!」

 

 北村さんがクルミのスマホを覗きながら喜ぶ。

 その声に反応し、他のお客さん達もわいわいと大盛り上がり。今まで絡みが少なかった、けど関わっていきたいと感じていた井ノ上さんの参加は、きっとみんなにとっても朗報だったろう。

 もしくはカモがネギ背負って来たとか思ってるかも。あくまでもここ賭博だから。ずっと疑ってるからね?

 

【気を付けて帰ってきな】

 

 そう、メッセージを飛ばす。

 昨日と何かが変わったのであろう、井ノ上たきなに会う事が。そして、そう変えた張本人である錦木千束に会う事が、今から楽しみだった。

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

「取ったどおおおお!!」

「うっわやられた!」

「いや、こっからこっから!まだ巻き返せますって!」

 

「完全にセリフがギャンブラーなんだよなぁ……」

 

 ミカさん……盛り上がり過ぎでしょ。

 出会った時のダンディーなバリスタという印象は、粉微塵になってシベリアの方へ飛んで行ってしまった。あんなに嬉々としてボドゲをしているのを見ると、やはりこの賭博こそが本業なのではないかと思う。DAも喫茶店も副業とか趣味とかなのかも。軽くショック。

 

「私このキャラめっちゃ好き。この前の話でさぁ────」

「あのシーン描くのに二徹してるんだから────」

 

 別の卓では錦木と伊藤さんが原稿を挟んで談笑している。や、伊藤さんは締切今日だって言ってたな昨日……錦木に手伝って貰ってる……案出して貰ってるのかな。

 今日も今日とて楽しそうである。みんなそれぞれ個性が強過ぎるので、一同に相手するのは流石に大変なのだが。やはり錦木やミカさんは化け物である。

 

「……珈琲淹れよ」

 

 自分の分だけでなく、人数分────相変わらず拙い味だと思っているけれど、中々成長が見られないからこそ、練習しなければ。

 と思ったのだが、先程ミカさんが常連さん達に振舞った和菓子を乗せてた皿の山がシンクに溜まっていた。そういえば、まだ洗ってなかったか。先にこっちを洗ってしまおうと、水道の蛇口を開いて最初の皿一枚を濯ぎ始めた時だった。

 

「……あの」

「ん?」

 

 すぐ隣りに人の気配を感じて、思わず視線を隣りに向ける。すると、そこにはいつもの制服を纏った井ノ上さんの姿があった。

 

「ああ、井ノ上さんか……あれ、ボドゲは?やってたんじゃないの?」

「上がりました」

「いや早いな」

 

 一抜けしたのかこの娘……賭博の才能が?必要無いよ?

 先程までみんなとテーブル囲んでカード束ねてたはずだけど……頭脳戦で切り抜けたのか、はたまた運が良かったのか。どちらにせよ初めてで勝ち抜けしたのは凄い。

 そう感心していると、井ノ上さんは何も言わずに俺のすぐ隣りまで歩みより、袖を捲ると、タオルを持って俺の洗い終えたお皿の水気を取り始めた。

 

「え、ああいや、俺やるからいいって。そんなに数無いし」

「……」

「……」

「…………」

「……あの、井ノ上さん?」

「?……何か?」

「…………や、なんでもない。ありがと」

「……いえ」

 

 彼女が何も言わずに黙々とお皿を拭いてくれているので、行動の意図は読めないが、素直に甘える事にした。もしかしたら、本当に善意で手伝ってくれているだけの可能性もある。……何か、俺に言いたい事でもあるのかとも思ったが。

 

「昨日の事ですが」

「っ……え、あ、うん」

 

 唐突だな。けどやっぱり、何か言いたい事があったのか。前もこんな場面で話を振られたので、なんとなくそんな気はしていた。

 俺はチラリと視線を向けながら、井ノ上さんの次の言葉を待った。

 

「昨日の事……謝ろうかと」

「昨日?……え、何かされたっけ。寧ろ俺が謝んなきゃいけなかったような……」

 

 主に彼女の下着姿を見てしまった事とか。や、ホントに一瞬視界に入ったぐらいで見たとか直視したとかそんなガッツリ見た感じでもないんだけど。錦木もすぐに扉閉めたし俺もすぐに目ぇ逸らしたし、ぶっちゃけそこまで覚えてないっていうかなんというか────

 

「その……私の為に、助言をして下さったのに、あんな態度を……」

「え……?ああ……」

 

 そう伝えられて、思い出す。

 そうだ、常連のお客さん達や錦木の再三の誘いを冷たくあしらっていた彼女に、もう少し周りと楽しんで貰えたらなぁと、そんなふわっとした考えのまま彼女に色々言いたい事を言ってしまったんだった。

 

「……」

「……あの?」

 

 ────ただ、彼女が謝る事なんて、何も無かった。

 

「……俺こそ、ゴメン」

「?……何故貴方が謝るんですか」

「井ノ上さんにも、色々事情とか、想いみたいなのがあったのに……知ったような態度を取ってしまって……一日経って、言い過ぎたなって後悔してた」

 

 DAの事も、リコリスの事も、俺は何も知らない。

 井ノ上さんが此処に配属された理由だって、ミカさんや錦木から聞いただけだ。そこから俺が彼女の問題点を、勝手に推測した挙句に偉そうに突き付けただけだった。

 彼女にも考えがあっただろうに、何も知らない俺が彼女を諭したような態度を。

 

「ただ……みんなと一緒の時間も楽しいよって、そう言いたかっただけだった。あんな、井ノ上さんの悪口を言うつもりなんてなかったんだ」

「……別に悪口という程の事じゃ……私の行動に問題があったのは事実です」

「そうじゃない。そうじゃないんだ。俺は、きっと……」

 

 ────ここ数ヶ月、井ノ上さんの事を見てきた。

 DAの本部に戻りたい、だから仕事で成果を上げたい。それだけが彼女の行動指針で、喫茶店の仕事やそこに係わる人達の時間なんて、些事程度にしか感じてないように見えた。

 

 DAからの直接任務が少ない“個人の為のリコリス”。

 喫茶リコリコで、賞賛や評価を得られるような、目に見えた成果を上げるのは難しい。きっとこの店での時間が、変わらない毎日が、井ノ上さんを焦らせていたのかもしれない。

 

 それがお客さんへと態度として表れ始めていた事に、なんとなく気付いていた。クールなのはいつもだったけれど、それと冷たいのとではまた違う。業務以外の会話はしない、ボドゲの誘いの断りの言葉も刃のように冷たくて。

 そうやってあしらわれ続けるお客さんや────錦木の表情を見る度に。

 

「錦木やお客さん達に冷たい態度だった君に、ずっと怒っていたのかもしれない。だから、昨日の言葉にはきっと……八つ当たりが混ざってた」

「────……」

「……本当に、ゴメン」

 

 皿を洗う手が、皿を拭く手が、互いに止まっていた。蛇口から水が流れ落ちる音のみが鼓膜に伝わる。

 そう、きっと心のどこかで井ノ上さんにイラついていたのかもしれない。長い人生の中で血腥い時間で大半を塗り潰してきた彼女に。またその日常に戻りたいと奮闘してる彼女に、俺が求めて止まなかったこの温かな時間を、否定された気がしていたから。

 

 “時間はある”。“遅くない”。

 彼女に、ちゃんとそう言ってあげる事ができなかった。

 

「「……」」

 

 彼女から返事は無い。それが酷く不安だった。思わず、視線を彼女へと動かす。

 ────そこには、此方を見上げて小さく口元を緩める井ノ上さんの姿があった。

 

「……結構、優しいですよね」

「っ……は……え?」

「そんな事、思ってても態々言いませんよ。というより貴方が言う程、酷い事言われたとも思ってないです」

 

 井ノ上さんは俺から皿を取り、再びタオルを宛てがう。

 どこか、錦木に近い笑みに見えた。重なって見える、その横顔に思わず固まる。

 

「────“お店での時間を試してみないか”、と。“それでもダメなら戻ればいい”、と」

「……え?」

千束(・・)にも、まったく同じ事を言われました」

「……そう、なんだ」

 

 確かに、俺もそう言ったかもしれない。

 井ノ上さんに、ここでの時間が如何に大切なものなのかと、押し付けるような言い方をしてしまったと、そう思っていた。

 けれど錦木のその言葉に、今の井ノ上さんは変えさせられたというのだろうか。

 

「“チャンスは必ず来る。その時、したい事を選べば良い”と。それを聞いて、少し肩の力が抜けた気がします」

「……」

「でも、それを先に言ってくれたのは貴方なので。だから、その……ありがとうございます」

「────……」

 

 そう、言ってくれるとは思ってなくて。

 思わず、身体が固まって。何も言う事ができなかった。彼女の表情が、見た事ない程に明るかった。満面の笑みとはいかないが、先程のように口元が緩んで、笑っている事が分かるくらいに。

 思わず、此方の頬も緩んでしまう。

 

「私も、千束みたいにやってみようと思います。不本意ですけど」

「……その割には、ちょっと楽しそう」

「そんな事ないです。こっち見ないで下さい」

「酷い……」

 

 見てたら、顔を逸らされた。やっぱり井ノ上さんの言葉とか声って全体的にはまだ冷たいから地味に傷付くな。

 というか流してたけど────いつの間にか千束呼びになってる。今まであれだけ錦木にそう呼んでと言われても頑なだったのに。凄いな錦木。人との距離感よ。

 

「前にも別の事で、二人にそれぞれ同じ事を言われた気がします」

「別の事?」

「私の行動で、仲間が救えた、と」

「……あー」

 

 機銃掃射の件か。昨日少し話したかもしれない。

 井ノ上さんにとっては、あれが最も合理的な判断だと言っていたけれど。俺が彼女だったら、どうしただろうか。やっぱり目的よりも仲間を優先したかもしれない。そう思うと、やっぱり井ノ上さんを俺は責められない。

 錦木も、きっと同じだったのではないだろうか。そう思っていたら、井ノ上さんがフワリと、柔らかな笑みを浮かべながら、少し俯いて告げた。

 

「やっぱり似てますよ。千束と……っ、誉さん(・・・)、は」

「────……そう、かな……そっか、うん」

 

 錦木と似てる。憧れたる存在と、似ている。

 あんな生き方を、あんな在り方を、本当はずっと求めていた。彼女のような周りを笑顔にできる、幸せにできるような存在になりたかった。

 井ノ上さんはきっと、彼女と俺の言動が重なったからそう言っただけなのかもしれないけれど、“似てる”と、そう思ってくれている人がいるというのは、なんだかむず痒かった。

 

「……嬉しそうですね」

「そ、んな事ないけど」

「声、上擦ってますけど」

「うるさい、たきな(・・・)うるさい」

「……!」

「……なんだよっ」

「いえ、何でもないです」

「あ、今笑ったろ」

「笑ってないです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……や、笑って」

「笑ってないです」

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 酒場のノリと言っても過言では無い。もう明日に支障が出始めようという時間である。明日普通に仕事であろうお客さんも居るだろうに、誰一人帰ってない事実。

 ここの賭博は麻薬である。人を駄目にする店だなこれ。裏稼業は廃止するべきだろ。足洗おうよみんな。

 

「……できた」

 

 ────カフェインレスの珈琲を淹れて人数分のカップに分けて、トレイに乗せる。

 珈琲を抽出してる間に、井ノ上さん────たきなは、再び伊藤さん達に呼ばれてボドゲへと戻ってしまって、今は一人カウンター向こうの丸椅子に腰掛けていた。

 てゆか伊藤さん……確認だけど締切今日、なんだよね?もう夜だけど、今から担当者に渡すの?遊んでていいの?終わってるの?

 

(今日こそ、納得のいく味になってると良いけど……)

 

 まるで成長していない────味に変化を感じない。

 あの時淹れてくれた錦木の珈琲よりも、なんかこう……美味しくない。ただ今回は錦木の絡みも無くスムーズに淹れられたので、美味しくなってると嬉しいな。

 そう思い、目に付いた一番近いカップを手に、淹れられた珈琲を口に含もうと近付けた瞬間、後方から物音がして思わず振り返った。

 

「あっ……」

「っ……錦木」

 

 赤い制服────ファーストリコリスの証たるそれを身に付け此方を覗いていたのは、黄色がかった白髪の少女。錦木千束だった。

 

「……何してんの?」

「えっ、やー、その……良い香りにつられて?」

「何それ、変なの」

 

 なんか、久しぶりに会ったような気さえする。

 昨日まで一緒だったし、帰ってきてもみんなでボドゲしてるところを眺めていたのに。こうして対面すると、長い事会ってなかった気さえする。

 ただ、その表情は若干暗そうにも見える。スマホに送られてきたたきなとの写真はいい笑顔だったのに。そう思っていると、錦木は覗くのを止めて此方に歩み寄って来た。

 

「……あの、さ。昨日、ゴメンね」

「デジャヴ……なんか謝られる事されたっけ?」

「その……私、めっちゃ悪口言ったじゃん」

「悪口……?」

「え、覚えてないの?」

「???」

 

 え?なんか言われたっけ?ガチで覚えてない。

 たきなに八つ当たり気味に諭した事と、たきなの下着姿をうっかり見てしまった事で怒ってきた錦木を開き直って論破してしまったくらいしか記憶に無い。

 ……そう考えると昨日の俺って結構最低じゃない?

 

「っ……だからその、『変態』とか『最低』とか……」

「え?……ああ、そんな事?」

「お、怒ってないの?嫌いになったりとか……」

「は?何で俺が錦木の事嫌いになるのさ」

「っ……」

 

 全く悪口だと思ってなかっただけに驚いた。そんな事で態々謝ってくれたのか。

 いやあんなの、いつものお巫山戯の延長じゃあ……とか思ってたけれど、よくよく考えて見れば、ああいう風に錦木に感情剥き出しで詰められたのは初めてだったかもしれない。あれを錦木は、言い過ぎだと感じていたのか。

 ……や、謝るも何も完全に俺が悪いんだけどね?

 

「……や、俺もゴメン。錦木の気持ちを考えてなかった」

「っ……え……それって……」

「相棒のあんな姿を、ただの一般人でしかも男の俺に見られたんだ。そりゃ機嫌も悪くなる」

「そうじゃねーよ……」

「え?あれ?」

 

 錦木が額を抑えて溜め息を吐いた。え、何?違うの?

 他に何か怒ってた理由が……?あ、俺に論破されて悔しかったとかか?予想と違う反応に困惑して慌てていると、それを見た錦木がクスリと笑っていて。

 

「もう……ひひっ、ばーか」

「────っ」

 

 何だかスッキリしたような彼女の笑顔が、恐ろしく可愛くて。思わず、目を逸らした。

 勘弁してくれ。そんな目で見んなって、ずっと言ってるだろ。心の中でだけど。

 

「?何、どしたの?」

「……べ、別に?つか、馬鹿って言うなし」

「えー、ばかじゃん。ばーかばーか」

「あー、そんな事言う人には珈琲やんない」

「あっ!嘘嘘!私も朔月くんの珈琲飲みたいぃ!」

「分かった分かった。みんなに配ってからね」

「えー、今飲ましてよ!私先飲みたいー!」

「何でさ」

 

 

 ────その声は、座敷の方まで聞こえていたらしい。

 後に伊藤さんや北村さん、クルミといった女性陣に何故か錦木が冷やかされていた。痴話喧嘩とか聞こえたけど、そんなんじゃない。

 錦木は顔を真っ赤にして否定してたけれど、それを中心に笑うリコリコのこの空気が堪らなく楽しかった。

 

「あ、それもしかして珈琲?」

「え、もしかして朔月くん淹れてくれたのかい?」

「あ、はい。粗茶というか、珈琲ですけど……皆さんでどうぞ」

「貰っちゃっていーの?ありがとー!」

「あーカフェイン助かるわぁ……今から原稿仕上げないとだしね」

「終わってなかったんかい!」

「伊藤さん、仕事せず遊んでたんですか」

 

あ、ゴメン伊藤さん。それカフェインレス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

「朔月くんさぁ……たきなのパンツって見た事ある?」

 

「……え、なに?」

 

 

 ────ある訳ねぇだろ頭沸いてんのか。

 

 









誉 「……や、無いけど」

千束 「えー、でもこの前更衣室で」

誉 「あの時はたきなスカートだったから下は見てな……い……あ」

千束 「やっぱ見てんじゃんかぁ!」

誉 「あれこの話解決したのでは!?」




誰が好き?誰を推す?ルートは?

  • 錦木千束
  • 井上たきな
  • まさかの両手に花
  • ちさたきを見て『てぇてぇ』とか言い出す誉
  • ダークホースクルミ
  • み、ミカさん……!?

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