他人と比べられないから、同じに扱えないからこそ、それが大事だと確信するんだよ。
Ep.12 As long as possible
────銃声で、早朝の眠気が一気に吹き飛んだ。
着替えも中途半端に、誉は和服を気崩したまま店のカウンターへと駆け出す。慌てて音源の場所へと辿り着くと、そこにはタブレットを横向きにして、それを眺めるクルミとミカの姿があった。
「────っ!」
「……お。おはよう誉」
「随分早いじゃないか。おはよう」
此方を認識すると、二人は特に狼狽える素振りもなく、普通に挨拶してきた。今の銃声など知らないと言わんばかり。
しかし再び銃声が何度も鳴り始め、思わず肩を震わせて───その音がタブレットから流れているのに気が付いた。
「お、おはようございます、ミカさん。おはよう、クルミ……え、何見てるんですか?映画?」
「お前知ってたか?この店の地下に射撃場があるの」
「あ、うん。まあ……ミカさんにこの前見せてもらって」
「アホだよな。今、千束とたきなが練習してるんだ」
クルミが可笑しそうに微笑む。それを見て、特に慌てる事態ではない事を理解した。てっきり襲撃とかそういった類なのかと思ってただけに、思わず壁に寄り掛かり、安堵の息を割と深く吐き出した。
(なんだ、そういう事か……)
やはり普通の店では無い……非日常がすぐ傍らにある事を、こういった逸脱した場面に出くわすと生々しく感じてしまう。
「そろそろ時間だな。朔月くん、二人を呼んできてくれ」
「あ、はい。分かりました」
時計を見たミカにそう指示を受け、誉は二つ返事で歩き出す。向かう先は、以前ミカに教えて貰った射撃場へと続く畳の部屋だった。梯子をスルスルと下りていき、石造りの階段を目の前にする。
すると、けたたましい銃声が反響し、鼓膜にまで響いてきた。いきなりの発砲音で三度肩が震えた。やはり現実味がない。
(……慣れないとな)
以前此処で試し撃ちした時の感触が呼び起こされる。手首が痺れ、鼓膜が震え、何度も撃つ事は精神的にも難しいと実感したあの日から此処に近付いた事はなかったけれど、それを千束とたきなの二人は仕事として常日頃から熟しているのだと思うと、少し複雑である。
そうして石造りの階段を下りようと足を向けたその瞬間に連射音が止まり、離れた距離から声が聞こえてきた。
『……凄いねたきな、機械みたい。実弾でそれだけ上手なら急所を避けられるでしょ。無理に先生の弾撃つ事ないよ』
『……急所を撃つのが、仕事だったんですけど?』
『もう違うでしょ?』
なんだか、少し楽しげな会話が聞こえた気がした。
中途半端に耳にしたが、どうやら今放たれたのは以前誉が使ったのとは違う実弾だった様だ。そして内容から察するに、たきなは射撃が精密的なまでに上手という事。流石、セカンドであっても優秀なリコリスと言ったところだろうか。
(……ん?“先生の弾”って、非殺傷弾の事だよな。“無理に撃つ事ない”ってどういう……?)
人を殺さずに済むのなら、非殺傷弾を使うに越した事はないのではないだろうか。何か、非殺傷弾を使えない理由でもあるのだろうか。急所を避けられる程に命中率が高いなら尚のこと使うべきなのでは……と思っていると、階段を上って来ていた錦木と目が合った。
「……って、あれ?朔月くん……?」
「っ……あ、お、はよう錦木……」
「おはよう…………え、何でこの場所知って……」
「あ、ミカさんが時間だからって。呼びに来た」
「…………先生、此処にまで来させなくても…………」
小さく何か呟いている千束を他所に、チラリと的の方を見つめる。たきなが撃ったと思われる弾の全てが人型の的の心臓部分を撃ち抜いていた。成程、確かに機械染みた腕前である。
「……へぇ、凄いな」
「っ、あ、あー!や、朔月くんは興味持たなくて大丈夫だから。ね、ほら上戻ろ?呼びに来てくれたんでしょ?」
「あ、うん……」
「ありがとね。さ、今日も張り切ってこー!」
そう言って千束は誉の横を通り過ぎ、階段を上っていく。その背をある程度追い掛けた後、再び首を元の方向に戻せば、たきなも射撃を終えて此方に向かって上って来ていた。
「おはようございます、誉さん」
「あ、うん。おはよう、
「……」
「……ん?どうかした?」
「……いえ、何でもないです」
たきなはそう言って、誉の横を千束同様通り過ぎ、階段を上っていった。それを追い切った後、再び射撃場へと視線を向ける。たきなが撃ったとされる、その人型の心臓部分。全ての弾があの部分を撃ち抜いたというのか。
DAのリコリスという存在の恐ろしさを垣間見た気がした。リコリスともなると百発百中は当然なのだろう。
「……」
チラリと、たきなの背を見上げる。右手に掴むその拳銃を一瞥し、頭の中で知識の波に溺れ始める。千束が持っていたのは拳銃の名は、確かデトニクスコンバットマスター。先日誉が試し撃ちに使用したのも同じ拳銃だったはず。
そして、たきなが持っていたのは。
(────S&W M&P9、シルバースライドモデル……だったかな。装弾数は口径によって違うみたいだけど、標準的な9mmパラベラム弾だと十七……いや八、だったっけか)
しかし、こんな早朝から射撃の訓練とは、リコリスも中々にブラック企業だなと、ふと的を見つめていると。
(……ん?外してるのも幾つかあるな)
心臓部分以外の場所も、なんなら人型の的から大きく離れた場所にできた弾痕、風穴も見受けられた。たきなのあの命中率ならあんなに大きく外す事はないだろうし、錦木は言わずがもがな東京一のリコリス。
────あんなに弾を外す事なんてあるだろうか。クルミやミズキが撃った、とかだろうか。俺でも二発目で的に当たったのに。
「朔月くーん?早く来なってー」
「っ、あ、うん」
なんとなく違和感を抱きながら、誉はその部屋を後にするのだった。
●○●○
「……朔月くんさぁ」
「……何?」
「たきなのパンツって見た事ある?」
「無いです」
何聞いてんの。ある訳ねぇだろ頭沸いてんのか。
開口一番飛んでもない爆弾発言に、思わず二度見した。錦木は腕を組んで真剣に考え込んでいて、その表情を見たらあまりにも情けなかった。
俺の憧れが、あんなに物憂げな眼差しで相棒の下着の事を考えてる……ここ最近リコリコのイメージというか憧れてた部分の鍍金がどんどん剥がれてきている。なんかこう……身内には気を遣わない家みたいな。言い得て妙だな……って、え、なんか睨まれてる。
「……何」
「この前たきなの下着姿見てたよねぇ……」
「いや、あの時は彼女スカート履いてたし下は見てな……あ」
「ほらぁ!やっぱ見てんじゃんかぁ!」
「あれ、この話解決したのでは」
完全に墓穴掘った感。いやどう考えてもこんな訳分からない質問してきた錦木が悪いでしょ。
なんだよ、『たきなのパンツ見た事あるか』って。控えめに言っても馬鹿じゃねぇの。
「クルミはー?」
「ある訳ないだろ」
当然即答だった。男どころか同性にだってする質問じゃない。
クルミは俺が買い出しから帰ってくる前に錦木とたきなとで遊んでいたらしいテレビゲームを押し入れに仕舞いながら、バッサリと切り捨てた。錦木は面白くなさそうに口を窄める。
「ちぇー、何でも知りたいんじゃないのかよー」
「ノーパン派か?」
「いやいやいや」
「なら何履いてようが、たきなの自由だろ」
これ俺聞いちゃダメなやつだよな。
居心地が悪くなり、買い出しの荷物を裏に持っていこうとカウンター隣りの扉を開ける。すると目の前で更衣室に入ろうとするたきなと目が合った。
……またこのタイミングか、気不味いな。俺が頭を下げると、たきなもペコリと頭を下げ、そのまま更衣室へと入っていく。それを見届けてから小さく溜め息を吐いたその瞬間、後ろの扉が再び開く。
「っ……あ、錦木?」
「────っ」
後ろから出てきたのは錦木だった。しかし、彼女は脇目も振らずに目の前の更衣室へと向かっていき、その引き戸に手を引っ掛ける。
その先には恐らく、着替えを始めようとしてるたきなが居るはず。
(あ、ヤバい)
俺は一瞬で後ろを向く。その後直ぐに、彼女がおもむろに引き戸を開く音がした。見てない。今回の俺は、何も見てないぞ。よくやった俺、ナイス反応速度。
その後、何か布が擦れるような音がして、一瞬時が止まる。何をしてるのかは見てないのでよく分からないが、暫くしてたきなが口を開いた。
「……なんですか」
「……なに、これ……」
「下着です」
「そうじゃなくって、男物じゃん!」
────え、マジか。たきなブリーフとか履いてんの?
錦木のさっきの質問はそういう……確かにそれは気になるわ。今更衣室に入ったのはそれを確認する為だったのか。や、それにしても何故たきなはそんなのを……。
「……これが指定なのでは?」
「し、指定ぃ!?」
────え、マジか。DAに下着まで監修されてんの?
件の楠木さんって人の趣味なの?男なの女なの?リコリスってみんな女の子なんでしょ?揃いも揃って男物の下着履いてるの?ヤバい、DA面白過ぎるだろ。腹よじれるわ。秘密組織の女の子全員ブリーフとかトランクスとか履いてんのか。
や、けど錦木は驚いてるな。指定ではないのか、錦木が知らないだけなのか。ブリーフの錦木……や、ヤバい、震える程に面白い。吹き出しそう。
「────今回は見てないよね?」
「見てないです」
背後からの冷たい声で、感情全部吹き飛んだ。
見てないよ今回は……ちょ、錦木近い近い。これ言うの久しぶり。
「聞かせて貰いましょうか」
────その後の錦木の行動は早かった。帰る身支度を早々に済ませ、たきなと共に店の表へ。
そして、カウンターをバン!と勢い良く叩く。カウンター向こうで腕を組むミカさんを、睨むような表情で問い詰めていた。たきなは裏へ続く扉付近でそれを眺めており、俺は座敷で帰宅の荷造りをしながらその光景を眺めていた。
「『店の服は支給するから下着だけ持参してくれ』、と」
「……どんな下着が良いか、分からなかったので」
ミカさんは特に悪びれずに答え、それに続くようたきながポツリと補足説明する。その説明が既におかしい気がするんだけど、指定の下着って何。下着くらい本人の好みじゃないの?
たきなからそれを聞いて、錦木は溜め息混じりで問い質す。
「だからって何でトランクスなのぉー……」
「いや、店長が」
「好みを聞かれたからな」
「アホかぁー!」
ミカさん……トランクスが好きなのか……そうかそうか、凄いどうでもいい事を記憶してしまった……ここ最近で一番要らない情報だった……。
というか、たきなもたきなだ。男性に下着の好みを聞くっていうのがもう既になんかパワーワードでしょこれ。
「これ、履いてみると結構開放的で……」
「そうじゃなぁい!……たきな、明日十二時駅に集合ね」
そう言って、錦木はたきなの隣りを通り過ぎ、そのまま店の扉に向かう。どうやらお帰りのようだ。たきなは振り返ってその背中に呼び掛ける。
「仕事です?」
「ちゃうわ!パーンーツー!買いに行くの!……あ、制服着て来んなよぉ?私服ね私服ー♪」
そう言って扉を閉める────瞬間、何故か錦木と目が合った気がした。
気の所為だろうか……と考えていると、そのまま鈴の音と共に扉は閉まり、室内を静寂が包み込んだ。なんか嫌だなこの雰囲気。下着の話ばかりの後のこの空気ってこう……地獄なんだけど。帰ろ。
「指定の私服はありますか」
「……」
たきなのその質問に、ミカさんは天井を見上げて押し黙った。錦木の詰問でやられたのかもしれない。余計な事は言わんとする固い意思を感じた。娘に甘過ぎるのもミカさんらしい。
まあ、指定された時点で私服じゃないんだけどね……たきな分かってなさそう。苦笑しながら、俺はリュックを左肩に背負い立ち上がった。
「じゃあミカさん、お先失礼します」
「ああ、お疲れ様」
「じゃ、たきなも。明日楽しんで」
「……」
あれ、無視?たきなさん無視?辛いんだけど。
や、違うっぽい。俺の挨拶には反応してくれてるみたいなのだが、何も言わずに不思議そうに此方を見つめている。なんでみんなそんな見んの。
「……誉さんは行かないんですか?」
────何を言われてるのか理解できなくて一瞬以上固まったんですけど。
「……は!?」
ここ最近で一番の声が出た。意味分から過ぎて変な高さの声が出た。俺こんな声出せんの知らなかった。
てゆか、え、何!?俺今誘われてるの!?
たきなの下着買いに行くのを、たきな本人に!?
何その事象頭おかしいんですけど。それ一緒に行ったらヤバい奴だしそれ聞くたきなもヤバいんだけど。何がヤバいってたきなが何がヤバいのか分かってないのがヤバい。ゲシュタルト崩壊。
「行かない、けど……いや行けないでしょ」
「誉さん明日シフト無いですよね。用事があるんですか?」
「無いけど……何言ってるのか分かってる?たきなの下着買いに行くんでしょ?なんで俺が一緒に行くのさ」
「何が良いのか分からないので、誉さんにもアドバイスをいただこうかと」
「本当に何を言ってるの」
たきなさん本物ですよ皆さん。将来やべー女になる。
そもそも買い物への同行は錦木が許さない……や、錦木が許しても行く訳にはいかない。道徳的にも倫理的にも同行した事実が知れ渡れば社会的に死ぬ。
そんな俺の思考を知らずに、たきなは一歩此方に踏み込んで見上げてきて。
「誉さんの好みの下着は何ですか?」
「ヒュッ」
変な声出たわ。止めてくれマジで。
もしかしてミカさんにも同じ質問したのこの娘。恐ろしいんだけど。彼女真顔で聞いてくるのガチで怖い。恥ずかしいという感情が無いのかな?ヤバい、身体が震えてきた。
「そ、そういうのは錦木が選んでくれるから大丈夫。男の俺よりも参考になるだろうから」
「……結局誉さんは行かないんですか?」
「や、別に俺は錦木に何も言われてないし」
「千束なら頼めば喜んでくれると思いますが」
「何故それを俺が頼むと思うの」
錦木に『たきなの下着選び、俺も一緒に行っていい?』って言うの?撃ち殺されるけどそれ。どうしてたきな頭良いのにそれに気付かないの?ミカさんもマジかコイツって顔して見てるけど君の事。
「では私が伝えましょうか」
「やめてマジで。女の子の下着選びなんて気不味いだけだし、そもそも誘われてない時点で招かれざる客なんだから」
まあ仮に誘われても絶対行けないけど。錦木に『たきなの下着買いに行くんだけど一緒に行こうよ!』なんて言われたら鳥肌しか立たない自信がある。どういう神経してんのって。行っても気不味さしかない。
というかたきなも何故こんなに聞いてくるんだ。こんなに執拗い事無かったよな今まで。ちょ、流されやすい自覚あるから決定的な事言われる前に帰ろう。
「じ、じゃあそういう事だから行くね。また明後日!」
「あ、はい。お疲れ様でした」
たきなに軽く手を振ると、彼女は小さく頭を下げた。何か言おうとしていた様だが、これ以上聞かれると色々困る。逃げる様に入口の取っ手を掴み、大きく鈴の音を鳴らして外へ出た。……そして、小さく溜め息。
女性に何処か出掛けに誘われるという経験自体が殆ど無かったのだが、まさか最初がたきなで、しかも内容が下着選びって……これDAの教育者に問題があるぞ……ちゃんと女の子にそういった倫理観的な部分も教えておいて欲しい。男性との関わり方とかも。言っとくけど孤児とか関係無いからね?
「……なんか、どっと疲れた……はあ」
「どしたの、そんなでっかい溜め息吐いて」
「いや、たきなが……って錦木」
「よっ、お疲れー……ったくぅ、いつ名前呼びになったんだか……油断も隙もブツブツ……」
入口出てすぐ左手のベンチに、赤い制服姿の錦木が座っていた。あのまま帰ったのだとばかり思っていたので普通に驚いた。
こんな所で何を……忘れ物取りに来たとか?なら店に入れば良かったのに……って、あ、まさかさっきの会話聞かれてた……?
恐る恐る見ると、彼女は一度此方を見て挨拶した後は、視線を元に戻して俯くだけだった。特に何か言う事も無く、そのまま固まっている。それが逆に不気味過ぎて、思わず口を開いた。
「……ど、どうかしたのか?忘れ物、とか?」
「っ、え、あー……や、違くて……そうじゃなくてぇ……」
しどろもどろと口を開く。いつも直球で言葉を伝えてくれる彼女らしからぬ反応に、今度は心配になってくる。何か悩み事とかだろうか。
「……明日、たきなと買い物行くんだけど、さ」
「え……ああ、聞いたよ」
「うん、そう……」
下着買うんでしょ……たきなの。それ俺が言ったら変態みたいだから言わないけど。
で、それがどうかしたのだろうか。あ、もしかしてシフト代わってとかそういう話……でもないな。錦木も明日特に忙しくなかったはずだけど。
「……それで、ね?それで、ですよ」
「ん?」
錦木は、手元で指先を弄りながら俯いたまま、いつもより小さな声音で。震えるような声色で、言葉を紡いで何かを伝えようとしてくれている。
何か大事な事なのかもしれないと思って、俺は思わず歩み寄って錦木の近くまで来た。
「っ────!」
「うおっ……」
すると、錦木はいきなり立ち上がって顔を上げた。驚いて思わず声が出る。彼女と視線が交わり、その頬は街灯や店の明かりに照らされてる所為かやや赤みがかって見えて。
その真剣な眼差しを見て、思わず俺は口を噤んだまま、次の言葉を待って────
「その……い、一緒に、行かない?」
「……………………────ふぁ!?」
────その意味不明な提案に、改めて固まった。
また変な声出たんだけど。声帯どうなってんの。
てゆか、え、何?俺今もしかして、錦木に誘われた?たきなの下着を買いに行くのを、たきなとは別の人から?
何その事象イカれてるんだけど。発想までたきなと同じじゃんか。DAヤバい、どんな教育してんの。
俺は……い、言いたくはなかったけれど、突っ込まずにはいられなかった。もう抑えてられなくて、震えるような声で錦木に向かって口を開いた。
「……も、もしかして、俺にたきなの下着選ばせる気じゃ……」
「あ、ち、違くて!その後にもちょっと、遊ぼうかなーと思って……朔月くんもどうかなぁ、って」
「え……」
両手をブンブン振って否定しながら、その誘いの意図を伝えてくれた錦木を、俺は多分素っ頓狂な顔で見ていたに違いない。錦木からそんな遊びの誘いを受けた事がこれまで無かっただけに、意外過ぎて何も言えずに固まっていた。
────俺、今あの錦木千束に遊びに誘われている?
異性からの誘い。およそ現実味の無い事象。今まで経験した事の無い内容の申し出。
それに対して返事をせずに無言でいたからか、錦木が俺を見て慌てた様に言葉を付け足していく。
「ほ、ほらぁ、ウチらあんまり一緒にどっか行った事なかったでしょ?折角明日は三人とも暇が重なったんだし」
「……まあ、そうかも」
「だから……どう?一緒に遊び行こうよ」
────そう、錦木が再度俺に告げてきた。
その表情はいつもの彼女らしい笑顔とは別に、どこか不安そうに見えた。そんならしくない表情を見て、俺はただただ困惑していた。
「……」
「……っ」
なんで、そんな顔してるんだ?
いつもはもっと明るくて、自信に満ち溢れたような顔してるじゃんか。周りの事なんて知らぬ存ぜぬみたいな破天荒さで振り回して、楽しそうにしてるじゃんか。
俺の返事を、どうしてそんな顔で待ってるんだよ。
────俺が、そうさせているのだろうか。
「……あの、さ」
「っ……、う、うん」
最近になってなんとなく、けど漸く実感してきた事がある。
錦木が俺に見せる態度や反応が、店でミカさんやミズキさん、たきなやクルミ、そして常連のお客さん達に見せるものと若干異なっているように見える事。それは決して、嫌悪感や憎悪、苛立ちから来る様なものでは無いとは思う。
けれど、その所為でどこか、錦木と壁があるように感じていた。一度や二度の事じゃない。俺がこの店で働くようになってからだった。それが遠慮なのか気遣いなのかは分からないけれど。
────もう、言ってしまおうか、彼女に。
いつもお店にいるみたいな暴走を俺にも向けてくれると、俺もやりやすいというか、嬉しいんだけどな、と。
遠慮無く無作法で、それでも楽しそうに今を生きている君が良いのだと。もっとずっと、俺を振り回してくれて良いんだと、そうして欲しいと伝えてしまおうか。
そんな君に憧れて、そんな君が好きなのだと、教えてしまおうか。
……いや、恥ずかしいからやめておこうかやっぱり、うん。なんか錦木に負けた気がするしそれに……って、ちょ、そんな目で見ないで照れる。
「……駅に十二時集合で良いんだっけ?」
「っ……!」
顔を逸らして、そう告げる。チラリと彼女を見れば、見惚れる程に嬉しそうな笑顔で。俺はまたも目を逸らしてしまう。
なんで、そんなに嬉しそうにするんだ毎度。常連のお客さんと話してる時も、ゲームで勝った時も、SNSで美少女って褒められた時も、たきながボドゲの誘いに乗った時だって、そんな顔────。
「う、うん!良い!十二時集合で……あ!や、やっぱり十一時!」
「え、たきなには十二時って────」
「その前に少しだけ、一緒にお茶しよ!」
────心臓の音が、彼女に聞こえてしまったのではないだろうか。
「っ……え、それ……まるでデートじゃ────」
「じゃあ帰るね!また明日ー!」
嬉しさが勝って、俺の話を聞いてない様子で、手を振りながら走って帰路に立つ錦木。何度も此方を振り返って、太陽の様な笑顔を浮かべて。まるで憑き物が取れた様な、先程の憂いた表情が嘘みたいに。
その姿が見えなくなる頃、俺は力無くベンチに座り込み、寄りかかって空を見上げた。冷やかしてんのかってくらい星空が綺麗で。夏だからか、けどそれ以上に身体が、顔が、頬が、熱くなっているような気がした。
「……いや、マジかぁ」
────僅か一時間とはいえ、予定より前に集合。それも、俺と錦木の二人だけって……まるで、デートじゃんかよそれ。経験無いんだけど。
「……一時間、か」
……ミカさんに指定の私服無いか聞かないと。
●○●○
「……朔月くん、遅刻です」
「うん、君がね?」
「ゴメン……あの、た、楽しみ過ぎて……」
────ああ、そこは錦木らしいままなのね。なんか安心した。
千束 「……あの、さぁ」
誉 「?」
千束 「たきなの事、いつから名前で……」
誉 「え?……ああ、二人がDAの本部戻った後に……なんかたきなが名前で呼んできたから、俺もそうしたってだけだけど……」
千束 「っ……そう、ですかぁ……ふーん……」
誉 (錦木は……なんか、呼ぶの恥ずいな)
誰が好き?誰を推す?ルートは?
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錦木千束
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井上たきな
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まさかの両手に花
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ちさたきを見て『てぇてぇ』とか言い出す誉
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ダークホースクルミ
-
み、ミカさん……!?