行きつけの喫茶店の珈琲が美味   作:夕凪楓

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太陽のように笑う君と、月のように静かな君と。



Ep.14 Nothing seek

 

 

 

 

 

 

 

「どっちが良いー?」

「……」

 

 この近くで一番大きなショッピングモールの洋服が立ち並ぶエリアにて、ハンガーに掛かったスカートを二つ、適当に掴んで左右交互ににたきなに宛てがう錦木。だがファッションに疎いたきなに美的センスを求めても返事は返って来ない訳で、予想通りたきなは錦木が持ったスカートを見下ろしたまま、ボケッと突っ立ってるだけだった。

 いやたきな凄いつまんなそう。面倒そうにしてるの丸分かりなんだけど。まあ元々そんな乗り気でも無かったっぽいしなぁ……や、単にこういうのよく分からないってだけなのかもしれない。

 

「……誉さんはどっちが良いと思いますか」

「え……」

「は?……え、あ、俺?」

 

 何で俺。急にこっち来てビックリしたわ。たきなにつられて錦木も戸惑った様子で此方に視線を寄越す。心做しか驚いてるような表情を見せる錦木を他所に、彼女の持つ二つのスカートを見比べる。

 ……正直、見ただけじゃあ何とも言えないのが正直な感想だった。というか、面倒だからって俺に決めさせるつもりなのかこの娘。

 

「どっちも似合うとは思うけど……試着してみたら?」

「……面倒ですね」

「あ、それ言っちゃうんだ」

 

 取り繕う気ゼロじゃん。

 仕方無い、フィーリングで決めるかぁ……とスカートを凝視しようとした瞬間、たきながその二つと先に錦木が選んでいた上着を持って、すぐ近くの試着室へと足を運び始める。いきなりの行動で思わず声が漏れる。

 

「え……」

「着替えてきます」

「あ、うん……ごゆっくり……」

 

 カーテンが閉まり、残される俺と錦木。なんとなく衣服が擦れる音が聞こえるたきなの入った試着室から数歩距離を置いて、あさっての方向を向いていると、ポツリと隣りから声が聞こえた。

 

「……なんか、たきなに懐かれてない?」

「え?……そうかな。最近話すようにはなったけど」

「服の好みまで聞かれちゃってさぁ」

「昨日なんて下着の好み聞かれたけど」

「言ってたねぇそういや……な、なんて答えたの?」

「気になってるとこおかしいだろ」

 

 俺の下着の好みより、たきなが男性に好みの下着を聞いてる事の方が問題でしょ。たきな何も分かってないみたいだし。

 というか女性のパンツの事なんて分かる訳ないでしょ。ぶっちゃけパン『ツ』が『ティー』になったり、ショーツだのランジェリーだの忙しい割に全部同じに見えるから、わけが分からないといったイメージと認識でしかない。もうどれでも良いんじゃねってくらいには興味を持てない。持つ訳にもいかないとは思うが。

 

 そうこうしている内に、目の前のシャッターが次々と開かれ、錦木によるたきなのファッションショーが開催され始めた。最近は暑いので涼し気なチョイスが多く、たきなにあった色合いの服を錦木は順番に充てがっていく。

 

「おお……!こっちもこっちも!」

 

 たきなは特に文句も無く錦木のされるがままに服を着こなしていき、

 

「……良いっ!」

 

 その度に錦木はたきなの姿とそれをチョイスした自分のセンスの良さに酔うかの如く褒めちぎり、

 

「良いねぇ!」

 

 ……あの、長くない?

 本来の目的から逸脱し過ぎでしょ。たきなも錦木に褒められまくるから悪い気しません、みたいな顔してるし。ちょっと照れてるだろあれ。

 というか服替える度にこっちをチラリと一瞥するの何で?見てんじゃねぇよって事かな。辛っ。あんまり見るの良くないかと思ってたからこれでも気を付けてたんだけど。

 

 そうして、最終的にこれが最後だと決めて選んだ錦木の渾身のチョイス。試着室を出てそのまま店の等身大の鏡にたきなが映し出される。薄めの灰色を下地に、襟に黒のワンポイント入った半袖、中に紺色を覆った白のロングスカート。

 控えめに言っても、彼女によく似合っていた。

 

「めっちゃ可愛いぃー!」

「……どうも」

 

 錦木にそう言われ、照れた様に顔を背けつつ鏡に映し出された自分を見るたきな。そうだよな、錦木って感情がそのまま言葉に乗るし嘘が吐けない奴だから、ダイレクトに褒められると受け止め切れなくて照れるんだよなぁ……とかって他人事のように独り言ちてると、たきなは鏡からチラリと、此方に視線を傾けてきた。

 

 ……あ、やべまた目が合った。さっきからちょくちょく合うんだけど、見世物ちゃうぞって事かな視線鋭いもん。萎縮するわ一般人よ俺?あんま見ないようにするか、とゆっくり視線をあさっての方向へと向けようとした瞬間だった。

 

「……どう、でしょうか」

「……え?」

「似合ってますか?」

 

 たきなはスカートをつまんで引っ張りながら、コテンと首を傾げて真顔で此方を見据えていた。

 か、感想?俺に言えと?まさか此方に振られると思ってなかったので視線がうろうろするが、錦木が物凄い目でこっちを見ているのに気が付いて、一気に身体が底冷えした気がした。

 錦木のその目何……怖……あ、たきなが折角聞いてるんだから答えてやれよ男だろって事?やだ何それ照れる……あ、ゴメン、はい、褒めます。よし、正直に言おう。

 

「……凄い似合ってる」

「……ありがとう、ございます」

「ゴメン、月並みの言葉で。錦木に散々言われてるだろうけど」

「いえ……その、嬉しいです」

 

 たきなは手に持っていた帽子を頭に乗せ、深く被って俯く。もしかして照れているのだろうか。俺の言葉で特に悪い気にならなかったのなら、それは良かったと軽く微笑んでいると────

 

「……」

「……え、何錦木その顔」

 

 錦木がこっち見てて凄く怖いんですけど。え、何その顔俺褒めたじゃんちゃんと。たきな褒めろって事だったんじゃないの?もっと気の利いた事言えよって事?しょうがないじゃん女の子褒めるの初めてなんだから。

 

「……私も試着する!」

「いやなんでだよ」

「だぁって、たきなばっかズルい!」

「何がよ」

「私も『可愛い!』『似合ってる!』って褒められたい!」

「承認欲求の塊かよ」

 

 そんな事でムキになってたらたきなが逆に可哀想だろ。……ああくそ、さっき喫茶店でこっちを振り回しても良いって言った手前、錦木を止めにくい。

 というか、たきなが自分の服が無いから、似合う服を選びにって事だったと思うんだけど。錦木は特に必要無いんじゃ?いっぱい持ってるでしょ服。態々新しい服選ばんくても、錦木は今着てる赤いヤツがメチャメチャ似合ってると思うけど」

 

「えっ……」

「え?……え?」

 

 錦木がキョトンとした顔で此方を見ている。俺もよく分からず素っ頓狂な声を上げて錦木を見つめている……あ、もしかして声に出てた?

 ぱちぱちと目を瞬かせる彼女を前に、思った事をそのまま口にする事にした。

 

「あー、いやその……錦木は自分の素材、だっけ?その良さが分かってる服だし、似合ってると思うし何なら結構好きなんだけど……今着てるのじゃダメなの?」

「っ……い、いや……ダメ、じゃない」

 

 いやダメじゃないんかい。じゃあいいじゃん新しいの買わなくても。何であんなムキになってたの……。

 目の前の錦木は、俺の褒め言葉を受け止め切れなかったのか、頬を少し染めて髪の毛を弄っている。その反応が本気っぽくて此方も気恥ずかしくなって目を逸らしていると、端の方から声が聞こえてきた。

 

「……あの、そろそろ本来の目的を……」

「「……っ」」

 

 錦木と同時に肩を震わせ、視線を声の方へ。たきなが瞳を細めて此方を見つめていて、それに萎縮して思わず天井を見上げた。錦木は慌てて取り繕いながら、思い出したかのように呟いた。

 

「そ、そっかそっか、下着だった!」

「あ……じゃあ俺近くのソファで時間潰してるから」

「ゴメンね朔月くん、すぐ済ませるから」

「いーよ別に。本持って来てたし、丁度良かった。ゆっくり選びなね」

「……誉さんは行かないんですか」

「行かないねぇ」

 

 錦木が両手を合わせて謝ってくるのを、律儀だなと微笑みながら頷いた。本来の目的はそれだったのだから、是非とも二人には買い物を楽しんで貰いたい。

 手を振ると、錦木も嬉しそうに振り返って手を振ってくる。その隣りでたきなは此方を見て軽く頭を下げた。当然の如く下着選び誘って来たのはガチでビビった。

 

「……さて、と」

 

 彼女達が買い物をするその間、時間潰しと称して開いた小説なのだが、実はいつも読んでる純文学ではなく、最近お店で仲良くなった男子高校生達から教わった『ライトノベル』という、自分の中での新ジャンル。若手でも読みやすく、軽く読めてハマると面白いとの事で、彼らが勧めてくれたものを幾つか購入したのだった。

 常連さん達からは『朔月くんが俗世に(まみ)れていく……』とかよく分からない事を、遠くを見るような目で言われたけれど。

 

 しかし調べれば調べる程に色んなジャンルがあるし、派生してアニメとかもあるんだなぁ。アクション、SF、ラブコメ、ミステリー、ホラー、スポーツ系も何でもござれな感じだな。最近は異世界物とかも流行ってるらしく、調べればネットでその手の創作物を読む事もできるらしい。

 そう、俺はこのサブカルチャーを布教された事によって、新たな知識や単語を取り入れる事ができた。それまで聞いた事もない言葉や造語、考え方や思想など、未知を既知にする瞬間が、ハマれば意外と面白い。

 

「……」

 

 既に遠くなりつつある、錦木とたきなの後ろ姿。並んで歩いて、楽しそうに笑う錦木と、真顔ではあるけれど心做しか微笑んだように見えるたきなの横顔。仲睦まじく歩く相棒同士の姿を見て、俺は思い付いたように呟いた。

 

「……“てぇてぇ”、って言うんだよねこれ」

 

 俺知ってる。最近店で錦木とたきなを見て呟いてる男子高校生が居たから教えて貰って覚えたの。

 

 ああいうの『ちさ×たき』って言うんでしょ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

「……」

「どう?好きなのあった?」

 

 ランジェリーショップにて、ズラリと並ぶ色とりどりの下着を前に、たきなは表情は崩さずとも難しく考えてしまっていた。因みにたきなには全部同じに見えている。

 そうして中々反応の変わらない彼女に、千束は一歩近付いてそう尋ねた。

 

「……好きなの、を選ばなくちゃいけないんですか?」

「え?」

「仕事に向いているものが欲しいですね」

「ああ、銃撃戦向きのランジェリーですかぁ?そんなもんあるかぁ!」

 

 何処までも仕事最優先の女の子である。年頃の少女としてはあまりにもお堅い。たきなは視線を落として腰に両手を添えて、自身が履いているもののレビューを呟いた。

 

「これ良いんですけどねぇ、通気性も良くて動きやすい。流石店長だなって」

「いや先生そんな事考えてるわけないだろ……大体、トランクスなんて人に見せられたもんじゃないでしょー?」

「パンツって見せるものじゃなくないですか?」

「いざって時どーすんのよ」

「いざってどんな時です?」

 

 そう尋ねられた錦木は、何を想像したのかみるみる内にその顔を赤く染め上げて、最後には声を荒らげて「知るかぁ!」と言い放った。

 何故そんな反応なのかをたきなは知る由もなかったが、取り敢えず人に見せるその“いざ”って時がいつなのかを自分なりに考え始め────

 

(────あ)

 

 ふと、たきなは思い至った。

 そういえば、以前千束が健康診断の為本部に行くのに同行した前日に、自分の不注意で下着姿を一瞬ではあるが誉の前に晒してしまったのを思い出した。あれが“いざ”って時だろうか。

 ……“いざ”というよりは“もし”とか“万が一”といった感じはするが。しかし確かにな、とたきなは妙に納得していた。

 

(……)

 

 ────自分の下着姿を見て、一瞬にして頬を染めて目を逸らした誉のあの姿を思い出す。そして、千束が慌てて扉を閉めた後に、自分の心臓が高鳴り顔が熱くなったのを思い出す。

 そう、あの時は自分の不注意もあり、誉にも気にして欲しくない為に何とも思ってない風を装いはしたが、異性に裸体を見られるというのはどんな女性にとっても恥ずかしいものだった。見られてもいい下着だったら、多少見られても気が紛れたのだろうか。

 

(…………)

 

 ────そういう下着なら、誉に見られても問題無いという事なのだろうか。

 

「え、ええっ!?」

 

 たきなは千束の細腕を引っ掴み、そのまま試着室へと足を運ぶ。一瞬の流れで為す術なく、千束は素っ頓狂な声を上げながら彼女に引っ張られ、あれよあれよと試着室内に連れ込まれ、カーテンを閉められて逃げ場を失った。

 千束は鏡と背中合わせに両手を広げ、目の前で立つ真顔の、その上真剣な眼差しを向けるたきなに向かって恐る恐る口を開いた。

 

「……何?」

「千束のを見せて下さい」

「ふぁっ!?」

「見られて大丈夫なパンツかどうか知りたいんです」

 

 そう言って、千束の前でしゃがみ込むたきな。ただ千束はたきなのその奇行に絶句して固まっていた。彼女がそんな事を頼んでくるとは思わず、躊躇で迷いの声が漏れる。

 

「え……あ、ええ……えぇぇ……」

「早く!」

「っ……!……う……うぅ……」

 

 何故急かすの───。

 そう思いつつ、千束は渋々自身の履いてたショートパンツを脱いで、下着を顕にする。それを、たきなは目を細めてその柄や色合いなどを真剣に、食い入るように見つめていた。

 何この時間。千束はただただそう思った。

 

「んー……これが私に似合うっていうと違いますよね」

「その通りだよ何で見せたの私!」

 

 何してるんだ本当に。もう終わりにしようと、千束がショートパンツをたくし上げようと両の手を下に伸ばしたその時だった。

 たきなが変わらず千束の下着を見つめながら、真剣な面持ちで聞いてきた。

 

「……これなら、見られても良いって事ですよね?」

「え?」

「こういうタイプの下着なら、見せても問題無いんですよね?」

「……あの、たきなさん?」

「分かりました」

 

 千束の疑問を気にせずたきなは立ち上がり、カーテンを開いて外に出た。慌てて千束もショートパンツを履き直して外に出ると、たきなはキョロキョロと辺りを見渡して、何か見付けたのかそこに向かって歩き出した。

 千束がその背を追いかけていくと、辿り着いたのは柄も色合いも千束自身が履いてるものに近いタイプの下着だった。

 それを見て、先程の行為といい言動や質問といい、それらを振り返って、錦木の中で嫌な予感が浮上した。恐る恐る、たきなの横に立って顔を近付ける。

 

「あの、たきな?」

「これにします」

「誰かに見せる予定があるの?」

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「……………………」

「……………………」

 

 

「……………………別に無いですけど」

「何今の間ぁ!」

 

 

 その後、たきなに合う下着をちゃんと選んで買わせた千束だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

「朔月くーん!」

「お待たせしました」

「……お。お疲れ様」

 

 ラノベから顔を上げると、恐らく買ったであろう衣類……や、下着だが。それらを入れたであろう袋を指に引っ提げて千束とたきなが歩いて来た。誉は本を閉じて立ち上がり、ショルダーバッグに押し込んだ。

 何故かたきなよりも千束の方が満足気というか、達成感丸出しの恍惚とした表情してる気がする。一女性としては、たきなが今後男物を履く事が無くなった事で安心するのだろうか。

 

「目的のものはちゃんと買えた?」

「バッチグーよ。これでもうトランクスとはおさらば、男物のパンツは全部処分するからねっ」

「……はい」

 

 そう小さく返事をしたたきなと、ふと目が合う誉。

 ジッと見つめられたかと思うと、彼女は指に引っ掛けていた手提げ袋を顔の近くまで持って来て、コテンと首を傾げて口を開いた。

 

「……見たいですか?」

「なんて事聞くの」

 

 彼女は最近危ない事しか言わないから誉としては心配である。

 たきなの最近の発言はそろそろ矯正した方がいいまである。何が恥ずかしい事で何処までが許容範囲なのかを誰か教えてあげて欲しい。千束に後で伝えようと思う誉だった。

 当の千束は、やっと一区切り付いたと頬を緩ませていた。そういえば、買い物が終わったら少し遊びたいとかって言っていたのを思い出す。元々、その件で誉は今日誘われた様なものだ。

 千束は満面の笑みを誉とたきなへ向けてきた。

 

「さてと!次は千束さんお待ちかねのおやつタイムだぁー!」

「目的は完遂しましたよ?」

「完遂って仕事じゃないんだからぁー、今日は付き合ってよぉー!」

 

 彼女は先程ケーキを頬張っていた気がするが……とはまあ野暮だから言わないが、取り敢えず千束の提案に流されるがまま目的の店まで連れて行かれ、現在は三人で同じテーブルを囲って座り込んだ。

 外の風を浴びながら、千束はメニューを見ながら店員へと注文を告げる。

 

「フランボワーズ&ギリシャヨーグレットリコッタダッチベイビーケークとホールグレインハニーコームバターウィズジンジャーチップスで!」

 

 呪文である。

 名前だけ聞いてもどんな食べ物か想像付かない。全部盛りの予感がする。来る前から食べ切れない自信が誉にはあった。この後に注文するのもかなり恥ずかしい。

 

「……あ、アイスコーヒー、ブラックで」

「かしこまりましたー」

 

 そう言って、女性店員は頭を下げた後店の中へと戻っていく。それを眺めていると、右手側に座るたきなが、向かいの千束へ呆れるように言った。

 

「……名前からしてカロリーが高そうですね」

「野暮な事言わない。女子は甘い物に貪欲で良いのだ」

「寮の食事も美味しいですけどね」

「あの料理長、元宮内庁の総料理長だったらしいよ」

 

 ────流して聞いてたらとんでもない事カミングアウトされ、誉は気になって思わず視線を彼女らに向ける。

 

(その寮何処にあるの)

 

 宮内庁の料理長───つまり天皇陛下へ料理を振舞った経験の持ち主という事だ。興味しかない。どんな料理作るのか凄く気になる。何なら食べたい。

 

「それって凄いんですか?」

「え?凄いだろー。でもスイーツ作ってくれないからなぁ。永久にかりんとうだから」

「私、あのかりんとう好きです」

「そりゃ貴女、最近来たからだよ。十年あれは飽きるよ〜?」

 

 かりんとう……これはまずい。超気になる。

 ここ最近漸く料理の美味しさを実感する事ができたからだろうか。リコリコでも馴染み深い和菓子に位置するかりんとう、たきなが褒める程に美味なら、食指が動いてしまいそうになる。

 今度持ってきてもらおうかな、と頭の中で考えてると、店員さんがトレイを運んできた。千束が頼んだであろうスイーツが恐らく乗っているのだろう。どんなものかと覗いて見れば────

 

「うおっほおおぉぉ!美味しそーーー!!」

「……うわぁ」

「ちょ、朔月くん何その反応」

 

 届いた二皿はどちらもパンケーキ状のスイーツで、生クリームがびっしりというかこってりというかドッチャリというかなんというか。

 見ただけで胃もたれしそうなカロリーの暴力だった。

 

「……これは糖質の塊ですね」

「たきな!人間一生で食べられる回数は決まってるんだよ?全ての食事は美味しく楽しく幸せであれ〜♪」

「美味しいのは良い事ですが、リコリスとして余分な脂肪はデメリットになります」

「その分走る!その価値がこれにはある!んむ、美味ひぃ〜!ほらほらたきなも食べて!」

 

 嬉々としてナイフとフォークを手に、スイーツに入刀して一口頬張ってすぐ表情筋が緩む千束。たきなの戒めも我関せずといった様子でもぐもぐとリスみたいに口元を動かしている。

 ……いや、彼女さっきもケーキ食べてた……いや、よそう。これ以上は野暮だし、太っても放っておこうと誉は彼女を眺める事に決めた。

 

「あ、朔月くんも一口食べる?」

「え?あ、いや俺はいいよ。錦木見てるだけでお腹膨れそうだから」

「っ……な、にそれ……ちょ、そんな見んなっ」

「ええ……」

 

 頬を赤くして、顔を隠す千束。恥ずかしそうに逸らすものだから、此方も取り敢えず視線を外した。彼女の美味しそうに食べるのを見るのが好きなだけに、少しだけ残念だった。

 すると、左手側に座る千束の後ろから、日本人の会話調でない発音や単語が飛び交っているのを耳にして、思わず視線を移す。つられてたきなや千束も誉の視線を追いかけると、別テーブルで向かい合ってメニュー表とにらめっこしている外国人の男女二人組が座っていた。

 

(……フランス語か?)

 

 会話を流し聞いていると、どうやらメニュー表に写真が写ってないので、目当ての食品がどれなのか分からない様子だった。店員の呼び方もままならない様で、誉は思わず立ち上がった。

 

「ちょっと行ってくる。二人は食べてな」

「え……あ、うん……え、朔月くん喋れるの?」

「ああ、うん。少しだけ」

 

 そう言って誉は彼らの座るテーブルへと歩み寄ると、小さく微笑んで挨拶した。

 

『こんにちは。お困り事ですか?』

『まあ!貴方、フランス語が話せるの?』

『少しだけなら。聞こえにくかったらすみません』

『いやあ、助かったよ』

『入口の写真に写っているパンケーキはどれなの?』

『入口……ああ、えっとこれですね。注文の仕方は分かりますか?よければ呼びますよ』

『本当に?ありがとう!』

『っ……いえ』

 

 二人の満面の笑みを見て、言葉に詰まった。

 その心のこもった『ありがとう』が心地好い程に胸に刺さって、どうにも堪らなくなってしまった。

 

 

 ●○●○

 

 

 ────誉は知らないが、この時千束とたきなは目を丸くして彼を見ていた。

 少しだけ、と謙遜していたがかなり流暢にフランス語を話している。発音も違和感無く、フランス人と遜色などまるでない。千束の背後から、たきなの感嘆の声が漏れた。

 

「……フランス語話せるなんて、初めて知りました」

「私も……普通の人は馴染み無いっていうか、あんま勉強しないよね」

「……ああ、でも誉さん、昔は色々目指してたみたいなのでその名残じゃないですか」

「え、何それ」

 

 誉の過去話────それは、千束が彼に聞いてみたくて、けど中々聞けなくてそのままにしていた話だった。どんな子どもで、どんな人生を歩んできて、何を見て聞いて、学んで育ったのか。プライベートの事だから、あまり根掘り葉掘り聞けはしなかったけれど。

 たきなは、それを多少は聞いているのだろうかと、千束はこの時気になってしまった。

 

「色々って?」

「医者とか弁護士とか……あと警察とかって言ってました」

「……知らなかった」

 

 千束は、再び誉へと視線を戻す。異国の人間と言葉を交わして笑い合うその姿が、とても眩しく思えた。

 彼が色々、小さい頃に学んでいた事は知っている。スポーツ、楽器、勉強。あらゆる方向に精通し、それが他者へと還元された時に『ありがとう』と言って貰えるのが嬉しかったから、誰かの為になれる人間になりたいのだと、いつの日かに話してくれたのを思い出す。

 彼が他の言語に通じているのも、その延長線にあったからなのだろうか。千束はたきなが先程羅列していた、誉が過去に目指していたという職業の名前を思い出して、

 

「医者に弁護士に警察……凄いね」

「何がです?」

 

 ────嬉しくて、つい微笑んでしまった。

 

「────全部、“人を助ける”仕事だね」

「……そう、ですね。凄いです」

 

 彼は、小さい頃から誰かの為にと、そう生きて来たのかもしれない。自分を必要としてくれる人にできる事をしたいと。その生き方が、その在り方が、運命的だと感じる程に千束のものと重なって見えた。

 自分は間違ってないのだと、君と私は同じなのだと、そう言ってくれているみたいで、嬉しかった。

 

「千束、ニヤついた顔が不気味です」

「なんて事言うんだ貴様はぁ!……と、とにかく!食べたら三人で良いところに行きまぁ〜す!」

 

 千束は誤魔化すように再びケーキを頬張る。それがまた美味で、自然と頬が綻ぶ。それをたきなは不思議そうに眺めていたが、可笑しく見えたのか彼女の頬も緩んでいて。

 

(────楽しい)

 

 この在り来りな日々が、すごく楽しいとそう感じた。日々の彩りが何度も更新され、毎日が新しい発見で、その一日を重ねる今という時間が凄く楽しいと、純粋に感じた。

 そして、そう思わせてくれた一番の要因は。

 

「……」

 

 千束は、再び振り返る。

 まだ、彼は楽しそうに笑ってる。誰かからの『ありがとう』が嬉しくて、それが隠せないほどに優しい微笑みが、千束の瞳には酷く輝いて見えた。

 

 ────出会ったあの日から、色褪せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……やっぱ、好きだなぁ」

 

 

 

 








男性客 『ありがとう。本当に助かったよ』

女性客『ありがとう!』

誉 『いえいえ、こちらこそお話楽しかったです』

男性客 『ところで、あちらのお二人は彼女さんかな?』

千束 「!?」

たきな 「……っ」

誉 『え?あー……いや』チラッ

千束 「……」ソワソワ

女性客 『どっちが恋人なの?それともどっちもなの?』

誉 『いえ、友達ですよ。今日は買い物に付き合ってるんです。ただの荷物持ちですよ』

男性客 『けど両手に花なんてやるなぁ坊や!』

誉『毒とか棘とか無いと嬉しいんですけどね』

千束 「あれ私らが分かんないと思って言ってんのかなぁ……?」ピキピキ

たきな 「毒とか棘とか言いたい放題言ってますね」


誰が好き?誰を推す?ルートは?

  • 錦木千束
  • 井上たきな
  • まさかの両手に花
  • ちさたきを見て『てぇてぇ』とか言い出す誉
  • ダークホースクルミ
  • み、ミカさん……!?

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