行きつけの喫茶店の珈琲が美味   作:夕凪楓

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何があっても味方で居てくれると思うのは、盲目だろうか。




Ep.23 Passing each other

 

 

 

 

 

「朔月くん!ちょっとちょっと」

「あ、はい、ただいま」

 

 怪我もある程度治ってきて、喫茶“リコリコ”の業務に復帰できるようになって早数日。鈍っていた身体も漸く感覚を取り戻し、今では回復してすっかり通常運転である。

 

 何よりも一番嬉しかったのは、復帰後のバイト初日に、常連さん達が俺の復帰をめちゃくちゃ喜んでくれた事だ。

 みんなには怪我が治るまでの休職期間を体調不良で休んでたー、とその辺フワッとしたストーリーで誤魔化しているのだが、特に突っ込まれる事も無く取り敢えずは大丈夫そう。

 

 それよりも、そんな俺の居ないリコリコを寂しいと感じてくれる人が増えた事に感動を禁じ得ない。俺実際に泣いたかんね?いや、自慢気に言う事じゃないんだけどさ。

 

 今日も変わらず通常業務────だったのだが、手隙になってフロアの消毒を済ませようとナプキンを持って客間を周っていると、いつもの席で伊藤さんと北村さんが俺を呼んで手招きしていた。

 彼女達に従うままに取り敢えず席まで向かうと、伊藤さんがすぐに顔を近付けてきて、小声で囁いてきた。

 

「ね、アンタ達、まーた喧嘩してんの?」

「喧嘩……や、してないですけど……え、誰の事ですか?」

 

 特に喧嘩してる様な人はいないけど……と眉を寄せていると、伊藤さんの隣りに座る北村さんが続けざまに口を開く。

 

「だから、誉くんと千束ちゃんだよ……!」

「ちさ……俺と錦木ですか?してないですよ仲良いです」

「今凄い棒読みだったけど」

「この前一緒に水族館にも行きましたし」

「一ヶ月前の話をいつまで引き摺ってるの」

 

 そこから更新されてないじゃない、と言われ仰る通りですと頭を垂れる。千束……と呼ぶのがまだ慣れず恥ずかしくなって、思わず苗字呼びしちゃうヘタレ具合よ。

 

 ともかく、傍からはそんな風に見えるのか。いや、確かにこの前から若干気不味くはあるけど、そんな事ない……と個人的には思って……や、嘘だ、これは自分に言い聞かせている節もある。

 

「でもアンタ達、私達が来てから一言も会話してないじゃない」

「いやしてますよ会話。お客さんの注文伝えたり、ポジション変更の指示出し合ったり」

「そりゃ業務連絡でしょうが。会話とは言わないのよ」

 

 ド正論万歳。思わず唸ってしまった。

 それにその業務連絡だって錦木から言ってくる事はない。基本的に俺から話しかけにいってるのだが、錦木は曖昧な返事で相槌を打つだけで会話らしい会話ができてないのが実情である。

 

(……まあ、理由は分かってるんだけど……)

 

 あからさまに避けられてて少し落ち込む。

 それにしても最近の伊藤さん、俺との距離感がある程度決まったのか、こっちが言いにくい事や触れて欲しくないとこもズバッと言及してくるなぁ。

 

「いつもは……もっとこう、仕事中に普通の会話してるじゃないの。前の日に見た映画の話とか、店長やミズキさんの面白エピソードとか。けど今日はゼロじゃない」

「あ、ミカさんのそういう話はそもそも少ないんですよ。ミズキさんなら一周まわって笑えないエピソードとかは結構あるんですけど」

「そういう話じゃないのよ」

「あ……そうですよね……ミズキさんの話って毎度悲惨過ぎて笑えないから、ミカさんのお茶目話の方が良いですよね……すみません気が利かなくて」

「そういう事じゃないのよ」

 

 なんならそっちの方が多いまである。

 結婚願望が行き過ぎても怖いよねっていうのを教えてくれる反面教師。錦木とたきなには是非良い恋愛をして欲しい。あとクルミ。クルミは結婚とか興味なさそうだけど。

 

 だが確かに、業務中でも錦木はお客さんだけでなくたきなやミズキとも世間話をする。俺も業務に支障が出るレベルで話し掛けられたりする事もあったけど、ここ数日そういった事も一切無くて、業務に支障がまるでない。

 あれ、良いことのはずなんだけど……。

 

「今日だけじゃないわ、昨日も一昨日も殆ど会話無かったし……」

「伊藤さん毎日ご来店ありがとうございます」

 

 見たところ昨日と同じページですねそれ。

 昨日一昨日どころか一週間連続ってミカさんから聞いてますけど、漫画は捗ってますか?

 

「今日だって此処来て二時間以上経つけど、なんかギスギスしてるっていうか……」

「伊藤さんいつも長い事ありがとうございます」

 

 一日の三分の一は此処で費やしてますよね。

 二時間どころか此処来てもう三、四時間くらい経ちますけど、お仕事順調ですか?

 

「ちょっと、茶化さないでよ」

「お仕事お疲れ様です。休憩に甘味はいかがですか?」

「貰うわ」

「い、伊藤さんチョロい……」

 

 それな。熟れたもんよ。

 てか、毎日来過ぎでしょこの人。今テーブルにばら撒かれてる下書きのページなんて一昨日も見たけど。本当に仕事ちゃんと進んでるか心配です。寧ろ誘惑の方が多くて集中できてないまである。

 その証拠に伊藤さんの俺と千束の観察結果が正確過ぎる。この人漫画描かないで俺らの事見てない?

 

「……とにかく、何でも無いんで」

「じゃあじゃあ、たきなちゃんとは何かあったの?」

「たきな?……いや、それこそ何も無いですけど……なんでですか?」

 

 北村さんのキラキラした瞳にたじろぎながらも、その疑問を投げかける。

 千束ならまあ体感してるし分かるのだが、たきなはあれからも変わらず接してくれているような気がするし、それこそ喧嘩みたいな事は有り得ない。

 

「気付いてないの?……ほら」

「え……?」

 

 伊藤さんに促されるままに振り返る。そこには、テーブルを拭きながら此方に視線を寄越すたきなの姿があった。

 

「……っ」

「えっ……」

 

 パチリと視線が交わったかと思うと、すぐにたきなはテーブルへと視線を落とし、何食わぬ顔で清掃を再開した。

 

 え……な、何今の『別に私見てませんけど?』みたいなアピール。てか、今露骨に目線逸らされたような気が……え、まさか俺そんな事無いって思ってただけで、錦木だけじゃなくてたきなにも避けられてる?

 ……なんか、前もこんな事あったような。

 

「あーやってさっきからちょいちょい朔月くんの事見てるのよ、あの娘」

「何かあったんじゃないの〜?」

「いや、何かやらかしたんじゃないの?」

「何これ酷い言われよう」

 

 日頃の行いも悪くないはずなのに何故。あ、もう伊藤さん達がそんな事言うから何かしたような気がしてきた。

 ニヤニヤする北村さんと訝しげに瞳を細める伊藤さんの視線に耐えかねて、俺は心当たりも無いのに腕を組んだ。

 

(……やっぱり、たきなも気にしてんのかな)

 

 ……彼女のあの態度の理由は、もしかしたら錦木と一緒で、俺の心臓について思うところがあったからかもしれないけれど。

 たきなは別に、あの日の病室に限っては錦木みたいに狼狽えなかったってだけで、ほとぼりが冷めたら次第に錦木と似たような考えに至ったのかもしれない。心の整理が付いていないのかも。

 

 いや、でも毎日お見舞い来てくれてたし……特にその時も何も言われなかったけどなぁ……。

 

 というか、避けられるのは納得いってないよ?

 寂しいよ?

 

 

 ▼

 

 

「中々苦戦してるじゃないか」

「え……あ、ああ、このプログラムの事?もう組み終わるからもう少し待っててよ。まだクルミみたいにタイピング速くなくてさ」

「惚けるなよ、千束の事だよ」

「……っ」

 

 閉店後、クルミが根城にしている押し入れのある部屋にテーブルを構えて、彼女の下でキーボードを叩いていると、彼女が今触れて欲しくない話No.1の話をデリカシー無く差し込んできた。

 しかも何かちょっと笑ってるし。あの、全然笑い事じゃないんだが……?

 

「‪……別に、錦木が避けたりするのって今回が初めてじゃないし。今回のはちょっとベクトルが違うけど……」

「客のみんなにも心配されてたな、千束の奴」

「……錦木、分かりやすいからね」

 

 ────結局、今日一日避けに避けられた。

 極力会話をしないようにと、無意識にだろうが距離を置かれて。それが感じ取れてしまうから、余計に踏み込めなくて、伸ばした手を引っ込めてしまう。

 

 錦木の物憂げな表情は、快活な印象を周りに与える普段の彼女はまるで違う。常連のお客さんが気付かないはずもなくて、どうしたのか、何かあったのか、聞かれる回数は両手では数え切れないくらいで。

 

 その度に錦木は、何でもないと振舞って。元気だよ、と笑って見せて。その姿が痛々しいとさえ、周りに思わせてしまうくらいで。

 

「ねぇ、クルミ……俺が、間違ってたのかな」

「……何がだ?」

「言わなきゃよかったのかな。余命の事なんて」

「そう思うなら、何で話したのさ」

「え、や、そりゃあ……あそこで言わないなんて選択肢無かったし……言うしか、なかったでしょ」

 

 言い訳がましくそう告げて、キーボードを乱雑に叩く。そうして暫くしてすぐ、押し入れの方から全く音がしない事に気が付いて振り返った。

 

「……」

「……っ」

 

 クルミはジッと此方を見下ろしていて、真顔で俺の瞳を見据えていて。先程までの冗談染みた笑みなんて無くて、真剣に此方を捉えていて。真剣に聞いているのが、伝わってしまって。

 

「……錦木、ってさ」

 

 彼女が聞きたがっているのは、そんな取って付けたような理由じゃないと分かって、自ずと口が開いた。

 

「バイト終わって別れた時とか、遊びに出掛けた日の最後とかに、“また明日”とか、“また行こう”とか言ってくれて……けど、その度に思うんだ。いつか、“また明日”が言えない日が必ず来る。特に俺なんかは、割と早く」

 

 いつか、命が尽きる日が誰にでも来る。けれど、俺はそれが人一倍早い。

 何気無い“また”が、嘘になる日が必ず来てしまうのだ。錦木や、たきなよりも早く。

 

「そう思ったら、なんか……なんか、ね……何も知らないアイツに、ずっと嘘を吐き続けてるような気分になって……だから、アイツに正直で在りたいって、ただそれだけだった」

「……」

 

 次の日には、なんて事がない訳じゃない。ただの挨拶で、軽口だと分かっているけれど。彼女とのあの挨拶には、言葉以上の意味と重みがある気がして。

 ────明日が必ず来るとは限らない、それが分かっている者同士の繋がりみたいな気がして。

 

「……隠し事、したくないだけだったんだけどな……」

 

 あの日たきなを助けた自身の行動自体に後悔は無い。

 錦木が俺を巻き込ませない様にと、ああいった仕事を遠ざけていたのは知っていた。それを理解した上で松下さんの誘いに乗り、たきなを助ける為に行動したその行いに後悔は微塵も無いけれど。

 

 ────それでも。あんな風に、お客さんに誤魔化す様な笑顔を向ける彼女が。無理して笑おうとする彼女が、堪らなく嫌だった。

 

 あれは、俺の所為なんだろうか。

 俺が、彼女を心配させたのがいけなかったのだろうか。たきなを助ける為に仕方が無かったと言えば、それは言い訳になってしまうのだろうか。

 なら、どうすれば良かったんだろうか。

 

「ふーん……じゃあどーするんだ?」

「え……どうするって……何も、しないよ」

「……見てるだけって事か?随分と“らしくない”な」

「“らしくない”って……だって、俺があんな風にさせてるのに……それを俺が嫌だって言うの、巫山戯た話でしょ」

 

 好きだった彼女の笑顔。

 奪ったのは他でもない自分。

 憧れた存在である彼女が、周りに自身を偽り、誤魔化し、苦笑してみせるその姿は見ていて苦痛でしかない。

 

 ……でも、それでも。俺が言うのは、違うじゃんか。なら最初から余命の話なんてするなって、そういう事じゃんか。

 アイツに、笑ってなんて、言いたくても言えないじゃんか。

 

「そうじゃない」

「……え?」

「……まあ、お前がそーゆー言い方をすれば、確かにって思うけど」

 

 クルミを見上げる。彼女の視線は、俺からディスプレイへと映る。カタカタとキーボードを叩きながら、ポツリと呟いた。

 

「お前達、いつも言ってるだろ。“やりたい事、最優先”って」

「────……ぁ」

「言いたい事があるのに、ただ見てるだけっていうのは……違うんじゃないのか」

 

 ────“やりたい事、最優先”

 錦木千束のモットーか、信条か、座右の銘か。何度も聞いたその言葉は、いつしか俺自身の生き方にもなっていて、そうする事でリコリコでの日々がとても色鮮やかで楽しくて。みんなで笑い合えれば、それだけで楽しくて。

 

 普段その在り方を見せ続けてくれていた錦木が、そうじゃなくなってしまったからか、いつの間にか俺も、その生き方を忘れていたのかもしれない。やりたい事が出来てなかったのかもしれない。

 

「……そう、だった。忘れてた」

「“忘れる”、か……お前、記憶力良いんじゃなかったか?」

「い、いや自信はあるけど……常日頃から頭の中にあるわけじゃないし……」

「ま、何でもいいけど。店の空気悪くなると困るしな」

「……よく言うよ普段此処でPC弄ってスナック摘んでるだけの癖に……」

「煩い弟子だな」

 

 ムスッと頬を膨らまして不貞腐れる彼女を見て、思わず笑ってしまう。彼女は普段この部屋に居る時間の方が多いだけに、基本的には閉店後のボドゲの時にしか顔を出さないし、出しても常連客と話したりで仕事の手伝いをする事は殆どない。

 だから、こういう時しか関わりが無いかと思っていたけれど、クルミはクルミで周りを見てくれているのだと思うと、それはそれで嬉しく思う。

 

「……プログラム組み終わったよ、そっち転送するから」

「……分かった」

「因みになんだけど、何に使うやつなの?」

「秘密だ」

「またそれか……」

 

 クルミが聞き上手なのか、それとも誰かに零したかった感情だったのか。とにかく、自分の本音を曝け出せたのが思ったよりもスッキリした。

 彼女に教わったPCの技術に思考を追いやって、そうやって一時でも忘れようとして、そうやって感情を誤魔化す為の時間だと思っていたのに。クルミには感謝しなくては。

 

「ん、確認した。ありがとな、手間が省けた」

「別にいいけど。何かしてたい気分だったから助かったし、こっちもありがとう。はい、PC返すよ」

「……」

「……クルミ?」

 

 折り畳んだPCを突き出すも、クルミはそれをジッと見たまま動かない。どうしたのかと彼女の名を呼ぶと、瞳を細めて此方を見て。

 

「それ、やるよ」

「……え?」

「ちょっと早いけど、誕生日プレゼントって事で」

「は?や、いやいやいや……」

 

 急な誕生日プレゼントに驚いて、思わず手元に突き出していたPCを引き寄せる。これ普通に十数万するPCだよな……いや、ちょっと迷ったけど流石に貰えない。

 や、もしかしたらクルミが自分で組んだPCかも……そんなハイスペック、俺の手には余る。

 

「……これ、かなり高価だろ。貰えないよ」

「別に。金なら幾らでもあるし」

「言ってみてぇそんな石油王みたいなセリフ……や、じゃなくてさ」

「いーよ別に、もう使わないし。要らなきゃ捨てる」

「捨てっ……」

 

 ……その言い方は、狡いのではないだろうか。そんな風に言われたら、もう貰うしかないじゃないか。というかこのPC捨てるとか勿体無さ過ぎて……気が付いたら抱き締めていた。

 贈り物を貰うというのが、母以外では初めてなのではないだろうか。

 

「……じゃあ、貰っとく。ありがと」

「────……ん」

「最近ゆーちゅーぶ?っていうのお客さんに教えて貰ってさ。これなら見れる?」

「スマホで見ろ」

 

 しかしPCか……最近触る機会が多かっただけに愛着が湧いていたんだよな実は。あれ、ヤバい、思ったより嬉しいかもしれない。

 ……もしかしてこれを使えば、クルミ直伝のハッキング能力が活かせれば、錦木とたきなが巻き込まれている今の事件の解決に助力ができるんじゃないだろうか。

 

 たとえば街中の監視カメラの映像をハッキングして……いや、よく考えたら犯罪だわ。危な。

 此処に居ると銃刀法とかハッキングとかそういったものが法で禁止されてないみたいな錯覚に陥るから困るわ。捕まるとこだったよ誰か言ってよ。

 今まで俺は何を教わってたんだ……まあいいか、どっかで使い道あるでしょ。もしくはもう寿命短いし、と開き直って色々やらかすのもアリかもしれない。や、ダメかな。たきなに怒られそう。

 

「ねぇ、クルミ」

「ん?」

「ありがとね」

「……さっき聞いたよ」

「違くて。話、聞いてくれて」

「……ああ」

 

 お礼を言うと、視線を逸らされた。えっ、傷付いた。

 もしかして照れてるのだろうか。面と向かって感謝されるのは、慣れてないのだろうか。そう思うと、少し揶揄い甲斐がある。

 

「……てゆかクルミこそ、らしくない事言うじゃん」

「煩い弟子だな」

「そういうの、キャラ崩壊って言うらしいよ。常連の男子高校生達が言ってた」

「水族館と浅草で五歳児みたいにはしゃぎ回ってたお前に言われたくない」

「錦木喋ったな許さん」

 

 早めに仲直りして問い詰めないといけなくなったわ。

 アイツ人の事避けといて喋る事は喋ってやがるな良い度胸だ……水族館でやってたチンアナゴの真似を覚えたてのゆーちゅーぶとやらで動画投稿してやろうか……と握り拳を作っていると、クルミがクスリと小さく笑った。

 

「あれだけ避けられてるのに、お前は変わんないな」

「え?」

「アイツに怒ってたりとか、嫌ったりとかないのか?」

「何でさ。無いよ、そんなの」

 

 笑いながら即答すると、クルミは驚いた様に口を開ける。確かに避けられたりしたら落ち込むし傷付くけれど、コロコロと表情を変える彼女が“らしい”と感じてしまうし。

 それに、生き方やこれからの在り方を教えてくれた恩人でもあるから。

 

「多分、この先()()()()()()……錦木の事、嫌いになれないんじゃないかな」

 

 ……な、なんか今、言っててちょっと恥ずかしかったな。本当の事とはいえ、友達の事を“好き”と改めるのってやはり照れる。

 案の定振り返ってみれば、クルミがニヤニヤと口元を緩めて……ちょおい、その顔やめろ。

 

「なぁなぁ、やっぱり好きなのか〜?」

「や、やっぱりって何。そりゃあ友達だし、勿論好きだけど……クルミは違うの?」

「……そういう意味じゃないんだよなぁ」

「なんだよ、気になるじゃないか」

 

 教えてよ、と言っても何処吹く風。クルミは面白そうにニヤニヤしてるだけで、揶揄ってくるだけで、何も教えてくれない。

 けど、そうやって巫山戯合うのが、何だか楽しくて、クルミと一緒に暫く笑ってた。彼女の言葉のお陰で、忘れかけていた在り方を思い出せて、嬉しかったのかもしれない。

 

 

 ────千束に対する想いを、さっきの言動を、誰かが聞いてるかなんて思いもしなくて。

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 

 ────夜、錦木セーフハウス一号にて。

 

 

「う、うわああああああっ!!」

「ひいいぃぃいいっっ!?」

 

 恐怖で絶叫を上げながらゴミ捨て場から逃げていく二人の男性を、ベランダから銃を突き付けながら眺める千束。

 彼らが去っていき見えなくなるのを確認してから振り返ると、彼らを突き飛ばした際に弾けた窓ガラスの破片と、見るも無惨な部屋の有様に、千束は溜め息を吐いた。

 

「あー……また窓注文しなきゃぁー……」

「この為のセーフハウスですか……」

 

 たきなは納得したように目を細めた。

 たった今、千束の部屋を襲撃してきた連中は、どうやら千束とたきなを尾行して時間を空けて襲いに来た様で、先程たきなが皿洗いをしている時にテレビを見ていた千束のスマホが、部屋の扉に手をかける熱源を探知したのだ。

 

 カモフラージュである上の階を覗いてみれば、部屋に潜入していたのは二人。各々に特徴があったわけでもなく、完全私服の二人組で立ち回りも素人寄り。返り討ちも苦じゃなかった。

 逃げ帰る様を見ても、明らかにリコリスを襲い続けている犯人とは思えない。

 

「まぁねぇ〜……あんな連中ならいいんだけどぉ、昔はリリベルも来てたから」

「……“リリベル”?」

 

 今回の事件の犯人ではなく、いつものよくある襲撃の方だろうと流して説明していると、聞きなれない単語だったのか、たきなが首を捻っていた。

 

「あー、男の子版リコリスみたいな?おっかないよ〜?」

「……それ、普段何してるんですか?」

「ん?さあ?よく知らなーい」

 

 千束としても関わった頻度はそれ程多くない。偶に任務でバッティングしたり、後はこの部屋に命を狙いに来ていたりとか、それくらいだ。

 千束はリリベルに対しての質問をしてきたたきなに向かって、普段の揶揄ったような態度で、

 

「え〜何、たきな男の子に興味……あるん、だよねぇ……」

「何自滅してるんですか。そういう事じゃないです」

 

 そうだ。思い出した。

 自分の相棒は、自身の想い人でもある誉に好意を持っている事を、彼女は盛大に宣戦布告して来たのだから。自分で言ってて自滅してれば、たきなの言うように世話ない話だ。

 表情が一変した千束の様子に、相棒である彼女はいち早く気が付いて。

 

「……その様子だと、相変わらず誉さんとは会話できてないんですか?」

「う……」

「電波塔のリコリスが男の子相手に情けないですね」

「スゲー言うじゃん……」

 

 図星だった。情けないっていうのも、彼女の言う通りで。不貞腐れるような態度を取っていても、そこは変わらない。自分は彼女の言う通り、情けなくも彼に声を掛ける事さえできなくなっていた。

 

「だって……何話したらいいか、分かんないんだもん」

「何でも良いと思いますけど。無難に天気の話とか良いんじゃないですか?」

「馬鹿にしてんのかいっ……て、まあ、それすらできてないんだけどさー……」

 

 ────あの日の、彼の余命宣告時から。後でミカから改めて彼が病気で、病弱で、最近になって漸く退院したという話を聞いてから。

 そしてその退院が、復調してるからではなく助かる見込みが無いから、残りの余生を謳歌する為なのだと聞いてから、これまでの自分の態度や言動、行動を振り返って、どうにかなってしまいそうだった。

 

「今日お店に来ていた女子校生達が、最近誉さんを気にしてるって北村さんから聞きました。知ってます?」

「え……あー、あの茶髪の可愛い娘でしょ?……そういやあの娘、天気の話してたな……」

 

 近所の高校に通っているという、同世代の自分の目から見ても美少女といって差し支えない茶髪で長髪の女の子。友人二人とよく店に来ては誉と話しているのをなんとなく見た事がある。

 

 天気の話なんて、会話の種が無かったり、緊張で話題がすぐに出てこなかった時に使うような、そんな会話の墓場感が凄いのだが……如何にその娘が緊張していたかが分かる。顔を真っ赤にしていたっけ。

 それでもその娘が言えて自分が言えない辺り、既に負けている。

 

「千束、誉さんが他の女の人と仲良さそうだと、焦ったような顔しますよね」

「え、ま、マジ……?」

「そんな顔するなら、さっさと仲直りすれば良いのに」

「べ、別に喧嘩してるわけじゃ……」

 

 自分の頬をペタペタと触る。やはりというか、常連のお客さん達の反応から薄々分かっては居たけれど、自分は感情を表情に出しやすいタチなのか。

 今になって恥ずかしくなり、赤くなる頬を両手で抑える。気を付けようと心に決めつつ、そんな話をしつつも平然としてるたきなが不思議でならず、思わず問い掛ける。

 

「……てゆうか、たきなは何でそんなに余裕なの……」

「え……私、ですか?」

「そんな話聞いて、その娘に取られるかも、とか思わない?」

 

 そう言うと、たきなは小さく目を見開き、納得したように口を開いた。まさかその可能性に気付いてなかったのか、と千束は彼女を見る。

 

「……あまり、心配してなかったです」

「よ、余裕じゃん……」

「あ、いえ……そうじゃなくて……誉さんみたいな人って、普通の女の人には合わないんじゃないかというお話があったので……」

「え……な、何、ど、どゆこと……?」

 

 少し慌てたように訂正し出すたきなに違和感を覚えて、彼女に視線を持ってく。たきなの言ってる事がよく分からず首を傾げていると、たきなは『お店の皆さん達が話してたんですけど……』と口を開く。

 

「誉さんって、順応性が高いと思うんですけど、逆に言えば主体性に欠けると言いますか……流されやすいところがあるじゃないですか」

「……まあ、うん……確かに」

 

 事件に巻き込まれる辺り、流されやすいという言い方をすれば納得できてしまう。常連客だった時に店を手伝ってくれた時や、バイトとして店に加入した時も流された感じだったし、仕事を覚えるのも早かった。

 

「だからこそ、理不尽な状況でも普通に行動ができる。この前の任務の時とかも。でも自分で積極的に行動したり、状況を変えようとする事は少ない。だから、凡そ女性をリードするような気質じゃないとの事でした」

「めっちゃ毒吐くじゃん……」

 

 多分この感じ、伊藤さん達だけじゃなくてミズキとかミカからの意見も混ざってるな……と目を細めて聞いていた。

 

 けれど、的を射た分析だった。

 千束にも覚えがある。死の間際に足を踏み入れた事があるからこそ麻痺している死生観。どんな状況でも驚く事無く、短時間で適応できてしまう。

 

 誉がサイレント・ジンと交戦した際もそうだし、リコリスとしての正体が誉にバレた沙保里の拉致未遂の事件でもそうだ。銃を所持した四人組相手に全く怯えず、果ては怪我人の治療を行うほどの精神力。彼はどんな理不尽な状況でも、適応し順応したけれど、それは巻き込まれやすい、流されやすいのと同義だった。

 

「それで、伊藤さんが言ってたんです。『朔月くんは逆に引っ張って貰わないと駄目なタイプ』だと。それを聞いて、思ったんです」

「……?」

 

 たきなは窓際へと足を運んでいく。月明かりが窓の外から差し込み、そこまで歩いて、彼女は此方に振り返る。

 

「誉さんに合うのは……きっと、千束のような人なんだろうなって」

「え……え、ええっ……!?」

 

 急に名前を挙げられて驚く。たきなに合うと言われて、途端に顔を赤くして。

 けれど同時に、おかしいとさえ思えて。この相棒は自分と同じ人が好きなはずなのに、どうして態々そんな事を。

 

「自由で気ままで、“やりたい事最優先”で周りを巻き込んで、そうやって振り回しても気にしない王様みたいな……そんな人なら、誉さんも合うと思うんです」

「めっちゃ毒吐くじゃん……」

「褒めてるんですよ」

 

 クスリと、面白そうに笑うたきな。その笑顔を、千束はつい最近見た気がした。

 誉が好きだと、自分と勝負だと、自分に宣戦布告してきたあの日の朝の、不敵な笑み。勝負だと口では告げているのに、此方の背中を押すような発言ばかり。

 

 

「────だから、千束は誉さんを大事にした方が良いですよ」

「え……?」

 

 

 たきなのその優しい声色に意識を奪われて、千束は顔を上げて彼女の姿を追いかけた。

 遠くを見つめるような瞳で、窓の外を眺めて。それから。

 

 

「……あの人は、()()()()()()、必ず味方になってくれるでしょうから」

 

「────……」

 

 

 窓の外、月明かりに照らされながら星空を見上げて、たきなは告げる。柔らかな風が破壊された窓から吹き抜けて、彼女の長い黒髪を優しく揺らす。

 その儚げな横顔を見つめていると、何故だか苦しくて。千束は、彼女から目が離せなくて。

 

「……た、きな」

 

 ────この違和感の正体は、一体何だろうか。

 

「……ねぇ、たきな。朔月くんのこと────」

「……そろそろ、戻りましょうか。この時期は夜だと少し冷えます。体調管理も仕事の内ですよ」

「っ……ああ、うん」

 

 そうやって踵を返し、自身の横を通過するたきなの背を、千束は暫く見つめていた。

 

 たきなは、相棒は、どういうつもりなんだろうか。

 彼女の言葉は自分を奮起させようとするような、背中を押すような言葉に思えて。

 分からない。たきなはどういうつもりで自分に勝負と、そう言って挑んできたのか。

 

 それが分からないのが、なんとなく苦しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 サングラスとツナギの集団に囲まれて、俺は冷や汗をかくのと同時に、懐かしさを感じていた。

 この二つの組み合わせに覚えがある。そう、初めて事件に巻き込まれた時、錦木とたきながリコリスであるという事を知った、あの日を思い出すのだ。

 

「さ、朔月、くん……」

 

 後ろで座り込んでいる錦木へと視線を向けて、いつもみたいに笑ってみせる。

 

「よっ、錦木」

「な、にして……」

「何って……た、たまたま通って?」

 

 背中にスナイパーライフル、左手にアサルトライフル、右手に拳銃という俺史上一番の重装備。

 因みにさっき鉄パイプで気絶させた奴らから掻払って来たんだけど、特に背中のスナイパーライフルに関しては興味本意四割、酔狂四割、なんとなくカッコイイ二割からなる完全ハッタリ武装につき戦力には全くなりません。はは、笑えない。

 

「……あ?何だお前」

 

 彼女と、そして目の前にいる奴との間に割って入ったからか、眼前の緑の髪色の男は此方を見据えて目を細め、睨み付け……え、怖。顔怖。

 

「そっちこそ、その髪色天然物?マリモみたい」

「邪魔すんなよ、いいとこなんだから」

「一対多数で寄って集ってって……“バランス“が悪いと思わない?」

「……言うじゃねぇか」

 

 緑髪の男が銃を向け発砲する────と同時に、頭を右へと傾ける。

 瞬間、発砲音と共に何かが頬の横を通過するのを感じて、誉は震えた。

 

「……っぶね……」

「っ……すげっ、お前も避けんのかよ……!」

 

 何故かテンション上がってるマリモを訝しげに見つめていると、後ろから再び声がして。

 

「……朔月くん……!」

「……らしくない声出してんじゃん、千束(・・)

 

 スナイパーライフルを下ろし、拳銃を腰のホルスターへと仕舞い、アサルトライフルをマリモ野郎に向けて構えて。

 そうして今一度、錦木────いや、千束に告げる。

 

 

「とっととコイツをクリーナーに渡して、一緒に帰ろう。珈琲飲まないで来ちゃったんだよね」

 

 

 







千束 「……や、まだ組長さんところに配達行ってない……」

誉 「あ、そうなの……じゃあ、それ終わったら帰ろうか」

千束 「な、なんかゴメン……」

誉 「や、こっちこそ……」

たきな 「毎度締まらないですね」

真島(マリモ) 「無視すんな」
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