行きつけの喫茶店の珈琲が美味   作:夕凪楓

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その身を傷付け、魂に亀裂を入れてなお、欲しかったものがある。




Ep.24 A mad dog

 

 

 

 

 ────共同生活を始めて数日が経った。

 

「ギリギリセーフッ!」

「急に降ってきましたよね」

 

 雨の中、二人揃ってマンションへと駆け込む。にわか雨に当てられて少しばかり濡れた制服の水を払い落として、千束とたきなは部屋へと逃げるように入り込む。

 たきなは髪を後ろで束ねると、洗濯カゴを取り出してベランダへと駆けていく。

 

「というかセーフじゃないです。取り込むの手伝って下さいよ、千束!」

「あーごめんごめん、外に干してたんだ?」

 

 そう言いながら千束は特に取り込むアクションを起こしもせず、先程コンビニで調達したお菓子をビニール袋から取り出して、あろう事か開封していた。

 現在夕方17時半。夕飯時がすぐそこだというのに、と細い目でたきなが見据えていると、千束がそれに気付き、ニヤリと口元を緩め、

 

「あ、たきなもお菓子食べる?」

「夕飯、入んなくなっちゃいますよ」

「あぁ〜〜〜〜ん、たきなのゴハンはちゃんと食べるからぁ」

「……はぁ」

 

 相変わらずの自由っぷりである。いや、恐らく一人で暮らしていた時よりも自堕落になってる節さえある。何せ、ここ最近の家事は全てたきな一人で行っているからだ。

 服やタオルを畳みながら視線を戻せば、千束はベッドソファに腰掛けながらキャラメルコーンを摘みつつ、空いた片手で洋画のディスクを取り出し始めていた。いつものルーティーンである。

 

(……相変わらず誉さんと話してる様子はない……)

 

 此処では嬉々としているが、リコリコでいざ誉と顔を合わせれば、彼を避けるいつもの彼女に戻ってしまう。最近そんなのがずっと続いている所為で、流石に常連のお客さんも違和感を感じ始めていて。

 

 たきなも、流石に焦り始めていた。このままではよくない。何とか、二人の仲をとり持てないだろうか……と考えながら千束の家事をする日々。

 彼女の母親になった気分で、少し憂鬱である。何故こんなにジャンケンの勝率が悪いのだろうか。

 

(ジャンケンに負けたとはいえ家事ばかり……これでは何の為に来たのか……ん?)

 

「────っ!!」

 

 その光景を目の当たりにして、たきなは目を見開いた。

 

 

 

 

 ●〇●〇

 

 

「たきなが変?」

「そーなのよ……」

 

 翌日、リコリコにて千束の相談にクルミが首を傾ける。ミズキと顔を見合わせると、クルミは目を細めて千束に向き直り、

 

「いつもの事だろ」

「ハイ解散」

「ちょいちょいちょい待てや!終わらすな!」

 

 いい加減なクルミとミズキに突っ込みを入れつつも、確かにたきなはいつも変だな……と納得しかけ、話が逸れたと首を左右に振った。

 

「んー……変っていうか……怒ってる?みたいな感じなんだよね」

「いつからだ?」

昨夜(ゆうべ)から、かな……」

 

 ────昨夜、洗濯物を取り終えた辺りからだろうか。千束の目からも見ても明らかな程に、たきなの表情が真剣さを増していた。

 警戒するような、周りを睨み続けているような、まるで狂犬さながらの雰囲気を醸し出していた。

 

「痴話喧嘩かい!」

「ズバリ聞いてみればいいじゃないか。いつもみたくズケズケと」

「ず、ズケズケって……ぁ」

 

 ミズキとクルミの物言いに口元をへの字にする千束。すると、視界先の座敷に座る男性客が手を挙げたのを視認した。

 

「注文いいすか?」

「あ、はーい……っと?」

 

 向かおうとする千束のその足を、肩を掴まれる形で阻む手。その先を振り返ってみると、たきなが冷徹極まりない表情でぬっと現れたではないか。

 

「私が行きます」

「……あ、はぁい」

 

 たきなのその威圧感に、千束は二つ返事で思わず頷いた。

 たきなはそのままその男性客の方へと足を進めていく。その様子をカウンターで見ていたクルミとミズキは、納得したような表情を浮かべていた。

 

「……確かに怒ってるみたいだな」

「てかさー、今アンタ達一緒に暮らしてんでしょ?」

「うぇ?うん……それが?」

 

 リコリス狩りが続いてる事で、その安全が確保されるまでの共同生活。故にその状況になってるのはミズキも承知だった。それがどうかしたのかと聞き返すと、ミズキは苦笑しながら遠くを見上げ、

 

「どーせ無理矢理あの娘を夜通し映画鑑賞に付き合わせたりしてさぁ……」

「ギクゥッ!!……でで、でもでも、そのくらいで怒るかな〜?」

「やっぱやっとるんかい!」

 

 図星過ぎて肩が震えた。流石ミズキ、長い付き合いである。バツが悪そうに目を逸らしていると、カウンターテーブルで頬杖をつくクルミが、ボーッとしながら問いかけてくる。

 

「なら他には?」

「うーん……他にぃ……?」

 

 心当たり、何かあるだろうかと首を傾げ、頭を捻る。呼び起こされる記憶はここ数日の楽しい楽しい同棲生活の記憶。走馬灯のように呼び起こされるのは、日々積み重なっていくたきなのお小言であり……

 

 ────千束!食器を流しに持ってくるくらいしてくださいよ!

 

 ────あの、ゴロゴロされてると掃除出来ないんですが。せめてソファで寝てください。

 

 ────なんでこんなに洗濯物溜め込んでるんですか!?千束!

 

「……………………フッ」

「思い当たる事があり過ぎて逆に分からねぇってツラだな」

 

 まったくである。思い返してみれば見るほど酷過ぎて笑えた。

 いや、これはあれだ、自分も悪いが、たきながなまじ何でもやってくれるものだからついつい甘えてしまうのだ。これはたきなにも問題がある気がする、とまあまあな言いがかりを思い付く錦木千束の脳内思考。

 

「いや、あれは千束に怒ってる訳じゃないんじゃないか?」

「センセー……!」

 

 話が裏で聞こえていたのか、裏に続く扉から和服のミカが出てきてそう告げる。千束は感激したように両手を合わせ崇めているのを他所に、クルミはミカの言葉に眉を寄せた。

 

「……どういう事だ?」

「買い出しに行ってくるから、暫く頼むよ」

 

 ミカはクルミの問いに答える事無く、表口から出て行ってしまった。自分達で考えろ、という意味なのだろうか。

 クルミは口元に手を添えて俯き、思考する。

 

「“千束に怒ってるんじゃない”……?」

「ちさとちゃ〜〜〜ん!」

「あ、はーいただいまぁ〜!」

 

 そうこうしていると、女性客から千束が呼ばれ、今度こそ接客に入る彼女。いつも通り客と談笑する千束だったが、その女性客の背中合わせに座っていた男性客が、その次の注文の予約なのか手を挙げ出した。

 

 ────すると、千束が女性客からの注文を聞き終えて、その男性客へと向き直ろうとした瞬間、たきなが千束のその背を片手で制して押し出し、その男性客の注文を取り出したではないか。

 千束はたきなの行動の訳が分からず「?」と困ったような表情のまま女性客が固まってる方へと押しやられていて、それを見てクルミの中で一つの答えが。

 

「あー……そういう事か」

「なになに」

「いや、分からんが……ゴニョゴニョ」

「フムフム……ほぉ〜……」

「えちょっと、なになに、なんなの」

 

 ミズキとクルミがコソコソと話しているのが気になって、注文を取り終えた千束が再び二人の元へ。そうしてミズキとクルミから、たきなを見て分かった事を伝えられると、千束は笑顔でたきなに抱き着いた。

 

「た〜きな〜!!」

「な、何ですか?」

 

 急に抱き着かれて困惑しながら振り返るたきな。千束はぶりっ子全開の笑みで、ウインクしながら上目遣いでたきなを見上げて、

 

「そんなに千束ちゃんを男の人に取られたくなかったかな〜〜〜?モテる女はツラいわ〜」

「は?日本語で喋って下さい。意味分かんないです」

 

 辛辣である。クルミはそんな千束に「そうは言ってないだろ」と突っ込みを入れる。何の話か分からないたきなの疑問に、クルミが答える。

 

「いや、無意識かもしれないが……たきなが、千束から男性客を遠ざけてるように見えたから」

「っ……」

「なんかあったのか?」

「────……」

 

 

 

 ▼

 

 

「下着泥棒?」

「……はい」

 

 店に到着した途端、女性陣からの冷たい視線を一身に浴びた事で、何もしてないはずなのに罪悪感というか申し訳なさを感じた。な、なんでそんな冷たい視線なの、とか、リコリコの従業員って視線だけで人殺せるよね、とかそんな事を考えながら入店すると、偶然そんな話を聞いてしまった。

 

 何でも、現在共同生活を送っている錦木とたきなの部屋から、錦木の下着か紛失していたという事だった。

 ……いや、まあ何。引っかかったのは、その下着含めての洗濯物をたきなに一任してる錦木の存在なんだけどね?そこは、まあ、別にいいとして。

 

「……あの、俺この話聞かない方がいい?」

「いえ、意見も聞きたいので居てください」

「意見って何」

 

 たきなの理屈が分からず、動けず固まる俺。

 い、いや俺まだ着替えてないんだけど……てか、女性の下着の話とか気まずいなんてもんじゃないよ、一度経験してるんだから、たきなの下着問題で。

 ただでさえ錦木と気まずいのにその上で下着の話とか……うわやべ目が合った。逸らそ。

 

「取り敢えず、客がはけてから聞いて正解だったな……」

「で、どんだけ盗まれたの?」

「千束のパンツが一枚……」

 

 うわこの空間居たくない……何が悲しくて千束の下着の話聞かなくちゃなんないの……ほらもうチラチラ錦木と目が合うもん、なんか。顔赤くして気恥ずかしそうだもん。そうだよね、男にこの話聞いて欲しくないよね。

 たきなの言葉を聞いて、クルミがポカンと口を開ける。

 

「……パンツ一枚?」

「無駄にデカいブラの方は要らなかったのかね」

「無駄ってなんだぁ!」

「此処居たくないなぁ……」

 

 ミズキさんと錦木のやり取りに、恐らく顔を赤くして聞いている俺……や、下着泥棒は重大な話なんだろうけど……なんか、こう、想像しそうになるから生々しい話やめて欲しい……やべぇ……恥ずい……。

 

「ネットで調べたんですが、男性用の下着を干しておくとドロボウ避けになるそうで……」

「……あー、そうやって聞くよね」

「っ……やはり、私は今もトランクスを履いておくべきでした!」

「「「何でだよ!」」」

 

 たきなのあさっての方向の解決策に、女性陣三人が思わず突っ込む。俺の思考は女性物の下着からトランクスへとシフトチェンジ。

 恥ずかしかった気持ちがスンッと消え去る。ありがとうたきな……今俺の頭には千束と下着でなく、ミカさんとトランクスの組み合わせがある……それも中々にキツいものがあるけど。

 

「まぁ、事情は分かった。だからって客を警戒する事無いだろ?」

「っ……そう、なんですが……リコリス狩りが起きてる現状ですし、千束のストーカーという可能性もゼロではないと思いまして……」

 

 クルミの発言に、しどろもどろに答えるたきな。彼女なりに今の現状を真剣に捉えて居るようで、揶揄うような雰囲気にもならない。

 たきなの優しさが、相棒を重んじるその在り方が、初めて出会った時の彼女とはまるで違っていて、その成長振りが微笑ましくて、思わず笑みが零れる。

 

「……誉さんは、どう思いますか」

「え、あ、このタイミングで来んの俺」

 

 感心がすっ飛んだ。え、どうしよ、何聞かれた今。

 あ、今回の事件が錦木のストーカーによるものかどうかって話か。

 なんか、こう……凄いアホくさい……や、そんな事言ってはいけない。今DAを騒がせているという、“リコリス狩り”の犯人の可能性だってあるんだ。

 

 例えば……そう、犯人はまず殺す対象の下着を盗む事で、そのリコリスに殺人の予告をしているとか……うん、ただの変態だなそれ。

 え、じゃあ本当にストーカー……?風に飛ばされただけかもしれないけど……ま、まあ確かに錦木可愛いし……。

 

 ……ん?や、待て。

 

 ていうかさ、たきなは何故自分を勘定に入れてないんだろうか。たまたま錦木の下着がなくなったってだけで、たきなの下着だと思って犯人が盗んだ可能性だって全然あると思うんだけど。彼女も美人だし……。

 

「……ま、まあ、何……警戒しておくに越した事は、ないと思うけど……二人とも女の子なんだし」

「っ……あ、あー、うん……そう、だよね……」

 

 錦木の顔がまともに顔が見れない。気不味いからか、恥ずかしいからか。けどそれは錦木も同じみたいで、顔を逸らして別の方向を見てそう呟いていた。

 それも束の間、錦木はたきなの手を取って、大丈夫だよ、と笑ってみせた。

 

「たきなもっ。あんま深刻になんなさんな」

「そうそう、今頃変態がかぶって遊んでるかもだけど」

「やめーやミズキ!風で飛んだだけかもしれんだろ!?」

 

 寧ろそっちの方が有難いな……変態にかぶらせるよりはずっとマシ……や、待て。拾ったヤツがかぶる可能性もあるのか。

 ……え、そう考えるとヤベェ、今後すれ違う男性全てが、錦木の下着をポケットに突っ込んで隠し持ってる変態にしか見えなくなりそう……この話ガチで聞かなきゃ良かったまである。

 

「あー、てか早く言ってよたきな。そしたら私もまぁ少しくらいは?警戒するし〜……あ、暫く店の乾燥機使っちゃう?」

「千束……待って下さい、私は……!」

 

 肩をポンッと叩きながら励ます錦木に、たきなが何かを告げようとした瞬間だった。

 カラン、カララン、と表口の扉に付いた鈴が鳴り響くのを耳にして、それぞれが視線をそちらに向けた。入って来たのは一人で、一瞬だけ静まった空気を裂くように錦木が笑顔で出迎え始めた。

 

「い……いらっしゃっせ〜!」

「……?」

 

 ……何だか、身なりがとても怪しい。

 夏だというのに深い色のコートに、髪型が隠れる程に深くかぶった帽子。オマケにサングラスまでしていて、コートも大きめの所為か性別も判断がつかない。体幹もしっかりしていて、更にはコートの中から何やら金属がかち合うような音。

 

 うん……なんかお誂え向きにヤバさ全部盛りのヤツが来たな……。今まさに下着泥棒の話をしていただけに、怪しさしか感じないヤバいのが入って来たって感じだ。なら、狙いはやっぱり錦木────

 

「……っ」

「っ……さ、朔月、くん?」

「……!?あ、いや……!」

 

 気が付けば、錦木のその手を掴んでいた。

 自分でもその行動に驚いて、思わずその手を離す。思わず交わる視線に、頬が熱くなるような感覚。錦木も少し頬が赤いような、そんな気がしていると────

 

「千束、誉さん、離れて!」

「っ……ゑ?」

「うぉっとぉ!?」

 

 背後から俺と錦木の間に割って入るように前に躍り出たかと思うと、胸元から拳銃を目の前の怪しげな奴に向けて突き出した……って、え?は?な、なんで拳銃持ってんの!?

 錦木は慌ててたきなに飛び掛かり、座敷へと二人で倒れ込んだ。たきなを下に、錦木が覆い被さるようになり……なんかてぇてぇな。

 

「たきなさん!?なんで店の服の下に拳銃持ってんのかな!?」

「だって変ですよ千束!もしかしたらコイツが────」

「いやいやいやお客さんだよ!?ステイステイステイ!……あ、すみませぇん、今度保育園でやる演技の練習しててぇ〜……って、え?」

 

 視線を戻すと、そこに先程まで居たはずの客の姿が無く、思わず全員でギョッとする。何処に……と違和感を感じて見上げると、先程のコートの人物は、いつの間にか二階へとその身を移動させていた。

 明らかに常人の速度ではない。ならもしや、奴はたきなが危惧したようにリコリス狩りの刺客!?────あ、もしくは錦木かたきなのストーカー。

 

「……」

 

 錦木も目の前の存在がただのお客さんでない事を理解したようで、唖然と二階に経つそのサングラスの存在を見上げていた。

 ……どうでもいいけど、最近サングラスに縁があるな。

 

「千束……私は別に深刻になってるわけじゃないですよ」

「え……」

「千束を守るのが、私の役目なんです」

「たきな……」

 

 ────何見せられてるんだコレ。

 最近仲良くなった男子高校生のお客さん達にあの二人の今の体勢の写真撮って見せびらかしたいな。こういうの百合って言うんだよね最近覚えた。

 いや、そんな場合じゃない。目の前の存在が何であれ只者ではない事は確かなのだ。俺は座敷に上がり、千束とたきなの前に立って奴と対峙する体勢になった。

 

「っ……朔月、くん……あ、危ないよ……!」

「……ぇ」

 

 ────何だよ錦木、その顔。

 

 俺が前に立った途端、彼女の顔が豹変した。今の今まで、目の前のコートの存在を客だと思って疑わなかったはずなのに。

 たきなの銃口に対して迅速に行動した事でただの客じゃないと理解して、俺が前に立った瞬間────

 

「殺すつもりはありません……痛い目見る前に返して下さい!」

 

 それについて問いを投げるその前に、体勢を立て直して銃口を再び突き付けたたきなが、二階に立つその存在に向かってそう告げた。

 我に返った俺は、思わず振り返ってその先の帽子でサングラスでコートの怪しげな存在を見上げる。すると、奴は困惑したように口を開いた。

 

「……返す?なんの事だ」

「とぼけないで。千束の下着です!」

「なんっじゃそりゃあ!!」

 

 その突っ込みと共にその変装が投げられ、隠れていた正体が顕になる。

 そこに立っていたのは、顔を真っ赤にした短髪の少女────あれ、錦木と同じ制服……?って事は……、

 

「フキィ!?」

「……やっぱリコリス(知り合い)か」

 

 フキ……どういう字?蕗?あれ美味しいよね、最近初めて定食屋で食べたけど。

 

 

 ▼

 

 

「……ったく、一体何なんだよオマエらは……」

「やってしまった……」

「た、たきな、そんな落ち込まんでも……」

 

 結局、たきなの勘違いという事が判明した。たきなは、制服以外での拳銃所持という違反を、己の勘違いで行使した事にショックを受けて項垂れていた。

 フキと呼ばれた彼女は、不名誉を着せられた事が不満だったのか、腕を組んで呟いていた。

 

「千束のパンツとか、金貰っても要らんわ」

「あん?フキこそ変装して何なんだ?」

「っ……か、監査だ監査!」

「ホントにぃ〜?」

 

 何故か慌てたように捲し立てるフキさんに、錦木は訝しげに瞳を細める。その視線から逃れるように顔を背けたその先に立っていた俺と、フキさんとの目が合った。

 先程、錦木とたきなを守る為にフキさんの前に出た事で認識されてしまったのだろう、上から下までジロリと一瞥されてから、一言。

 

「お前……この店の人間か?」

「え……ああ、いえ、ただの常連客ですよ」

「……ふーん」

 

 ……って事にした方が良いんだよね?一般人がリコリコの支部に居るのってよく思われないって言ってたし。彼女、納得してくれ……てなくない?これ。なんかジロジロ見てるし。話題逸らすか。

 

「で、えっと……フキさん、でしたっけ。貴女は錦木の友達────」

「あ?違ぇよ」

「承知しました」

 

 眼光鋭っ、口調強っ。逆らえません怖過ぎて。

 けど多分、錦木と同じ制服の色だから……彼女も所謂“ファーストリコリス”と呼ばれるエリートの分類という事か。ぶっちゃけ錦木が戦ってるところ見た事ないから、どれくらいファーストが凄いのかは分からんけど。

 けどまあ、リコリス所属の人間って漏れなく眼力が強いのは分かったわ、うん。

 

「ちょ、ちょっとフキ……朔月くんイジメないでよ」

「ああん?何でそんなしおらし……てか顔赤……えっ……マジ?あ、そういう……!?」

 

 意外にも錦木が俺の前に出てフキさんを制止する。食って掛かろうとしていたフキさんだったが、何に気付いたのか俺と錦木を交互に見やってから、段々とその表情をニヤケさせ始めて。

 

「っ……ちょ、おい待て何を察したキサマァ!」

「おいおいマジかよ!意外と乙女んとこあんじゃねぇか」

「フウウゥゥキイィィイイッ!!」

 

 な、なんか錦木がキレてフキさんと取っ組み合いを始めた……や、他のお客さんに迷惑……あ、今居ないんだった。女の子らしからぬ喧嘩……喧嘩かこれ、じゃれてる様にも見えるんだけど。

 あとどうでもいいけど、二人とも「あん?」とか「は?」とか絡み方チンピラ過ぎんだけど怖。

 

 どうしたもんかと眉を寄せてると、カランと再び鈴の音が鳴り、扉が開いた。そこには和服姿のミカさんが買い出しの袋を携えて戻ってきていた。

 

「みんな戻ったぞー」

「……あ、ミカさん。おはようございます」

「おお、朔月くん。おはよう……おぉ、フキ」

「っ……あ、お疲れ様です……!」

 

 それを店内の各自が理解した瞬間、フキさんの千束を掴む腕が離れ、その顔を赤く────いや、赤いな。林檎みたい。

 ミカさんを見る目が輝いている……え、まさか。あ、そういう……?

 

「どうだい、何か食べて……」

「いえ、もう用は済んだんで。サクラ待たせてますし」

「何しに来たんだ……」

「うるせぇ!」

 

 錦木の疑問にそう返し、フキさんは顔を赤くしたまま、開いた扉から出て行ってしまった。

 そうして再びお店に静寂が訪れて、誰かが一言。

 

「……なんか、どっと疲れた」

 

 それな。みんなで揃って溜め息を吐き出した。

 すると、俺の隣りでジッとこちらを見てくる視線に気が付いて、思わずそちらを向くとたきなが目を細めていた。

 

「……え、何」

「いえ、“自分は常連客だ”なんて、呼吸するように嘘を吐くなと」

「何その酷評辛辣過ぎる。や、だって関係者って言わない方が良かったんでしょ?着替える前だったし、常連客で通せたんじゃない?」

 

 これで和服着て店を切り盛りしてる時に出会したのなら言い逃れは難しいかもしれないけれど、フキさんには錦木を守ろうとしたただの常連客に見え……え、何クルミその視線。

 

「……二人庇おうとした時点で微妙じゃないか?」

「……やっぱダメかな、さっきの」

「まあ、一お客としての行動力ではなかったわね」

 

 ミズキさんの追い討ちに思わず項垂れる。

 確かに、あの時錦木とたきなを守ろうと、フキさんの前に出た時点で目に留まるよな。怪しい人間を前に一般人が取る行動としてはやり過ぎかも……なんなら、錦木やたきなとの関係を疑われるまである。

 あれ、なんか俺やっちゃいました?

 

「っ……や、だって……下着泥棒とか、ストーカーの話があってすぐの事だったから、もしかしたらと思って……錦木なら、そういう類の奴が現れても、おかしくないなって思ったから……」

「……つまりぃ、アンタの目から見てもぉ、千束はストーカーが居てもおかしくないくらい可愛いって事ねぇ?」

「なっ……」

「……っ」

 

 ……どうしてこう、ミズキさんはデリカシーが無いんだろうかと思わずにいられない。

 なんかね、もうね、見なくてもミズキさんの顔が目に浮かぶもん。ニヤニヤしてんだろうなぁ。日頃の鬱憤を晴らさんばかりに煽りに煽ってくるし……あ、ほらやっぱそういう顔してたわ。

 

「……なんか、ミズキさんが結婚できない理由を垣間見た気がする」

「言い過ぎだろ!」

「相応でしょ」

 

 何も間違ってないと思ってます。と、今度はクルミがニヤけた顔で、

 

「けど、ミズキの言った通りなんだろー?」

「……っ、や、そう……は、言ってない、けど……や、違く、もない、けど……」

 

 ヤバい、呂律が回らない。急激に恥ずかしくなってくる。何だこれ、今なんでこんな話してんだ。ヤバい、今錦木とたきなを見たくない。

 チラッと思わず見てしまったが、たきななんて何も言わずにジッとこっち見てていたたまれないし、ミカさんなんて話分かってないはずなのに微笑ましく見てるし。

 錦木に至っては────

 

「っ……ぁ……」

 

 ────錦木は、ただ俺を見ていて。

 俺に向かって、その細い腕を伸ばしていて。

 けど何かを言いかけたその口は、俺と視線が交わった瞬間に閉じられ、視線を逸らされ、伸ばされた腕は引っ込まれてしまった。

 

「……っ」

 

 今、錦木は。

 俺に何かを言おうとしてくれたように見えた。それを、逃してはいけないと思って、咄嗟に口を開いて。

 

「っ……あ、のさ、錦木……」

「わ、私、ちょっと休憩行ってくるね」

「あ……」

 

 錦木は、俺が話し掛けた瞬間に肩を震わせ、俺の前から逃げるようにして、裏に続く扉に向かっていく。その背を呼び止める間もなく取っ手に手を掛け、そのまま裏へと消えていってしまった。

 

「……アンタらまだ喧嘩してんの?」

「……喧嘩じゃ、ないですよ」

 

 ポツリと呟かれたミズキさんの言葉を否定しながらも、自分で言ってて思う。

 ────じゃあ、今の俺達って、何なんだろうか。

 

「誉さん……」

 

 避けられているのを分かった上で、勇気を出して一歩歩み寄って、そうして錦木との関係を元に戻せると期待したけれど。あっちに、その気は無いんだろうか。

 

「……なんかもう、ホントに疲れたな」

 

 仕事前だってのに、余計な気を回したかもしれない。錦木に何かあっても、もうたきなという頼れる相棒がいるというのに、何を自惚れて行動してたんだろうか。

 たった一度、たきなを助けられただけなのに、それが余程自信になったらしい。まったく、それに縋るしかないなんて、情けない話だ。

 

 

 ▼

 

 

 閉店後、たきなが俺に向かって頭を下げた。

 今日の締め作業は俺とたきなの二人。クルミは千束と部屋に篭ってボドゲをしており、ミズキはそこで酒盛中、ミカさんは裏で作業してるっぽいので、現在は客間の座敷で並んで座っていたのだが。

 

「……お騒がせして、すみませんでした」

「い、いや、全然……下着泥棒が居ないってのが分かって、良かったんじゃない?うん……」

 

 ────結論だけ言うと、錦木の下着は見つかった。

 というのも、見つかったタイミングで俺はフロア清掃と店の戸締まりをしていたので、詳しい事は人伝なのだが。

 

 時は閉店後、錦木が下着泥棒の存在に不安そうなたきなを見兼ねてか、制服に着替え中の彼女がいる更衣室に直行した時に遡る。

 なんでも錦木は、気分転換にまた買い物に行こう、とたきなに提案するつもりだったらしい。

 

 その際、更衣室を開けた先にで着替え途中だったたきなは、和服を脱いで下着姿だったらしいのだが、それを目撃した瞬間、錦木は自身の下着を見付けたらしい。

 

 つまるところ────

 

『たきなさんッ!これ!』

『え?』

『これだよ私の下着!!君が履いてるよ!!』

『!?え、千束持ってましたか、こんな薄ピンクの────……』

『いや……あっ!色移りしたんだ!色々纏めて洗濯してもらおうと……え、私のせーじゃん!』

 

 ────と、いう事である。

 

 ……突っ込みどころ満載過ぎる。いや、たきなさん千束の下着把握してて自分の把握できてないのかよ。

 思わずそう突っ込むと、

 

「私の下着は全部千束が選んだので、覚えてないです……」

「そんな事ある……?」

 

 というか、それは答えになってるのだろうか。

 前々から思ってたんだけど、たきなって本当に私服とか下着とか、そういった物に無頓着だよな。着れれば良い、性能が良ければ良い、みたいな。女の子としては珍しいかもしれない。や、リコリスだとみんなそういう考えになるのかな、錦木が特殊なだけで。

 

「流石に自分が恥ずかしいです」

「い、いや、そんな気にする事でも……狙ってる奴とかが居なくて良かったじゃんか」

「……はい。お騒がせしました」

 

 たきなはかなり反省してるのか、顔を赤くして息を吐き出していた。

 だがまあ、何はともあれ、だ。二人とも怪しい奴らに狙われてる訳じゃない事が分かっただけでも良かったかもしれない。気が抜けたのか俺も自然と息を吐き出していた。

 それを見ていてたきなが、ポツリと呟いて。

 

「あ……あと、ありがとうございました」

「……俺、何かしたっけ?」

「あの時、千束を守ろうとしてくれたじゃないですか」

「……あー……」

 

 たきなが何を言ってるのかを理解して、思わず声が漏れる。フキさんとやらが怪しさ満点の格好で店に現れた時の事を言ってるのだろう。

 話の流れから二人を狙う犯罪者かと思い、思わず二人の前に飛び出したは良いが、特に何か出来た記憶とかもない。感謝されるような事ではなかった。

 それに────……

 

「……別に、本当にストーカーだったとしても、何かできた訳じゃ無いんだけど……錦木もたきなと揃ってたんだし、返り討ちにできたでしょ。却って迷惑だったんじゃない?」

 

 出しゃばったといえば、正解だった。

 何かできる事があったわけじゃないし、病気でまともに動けないのに、一丁前に格好付けて、錦木とたきなの前に躍り出て。二人とも俺より強いのに、随分と調子に乗ったものだった。

 

「千束は、誉さんに言えないだけで……本当は、嬉しかったと思いますよ」

「え……?」

 

 自虐的な笑みが崩れ、顔を上げる。隣りにいたたきなは、遠くを眺めているような瞳で、そう呟く。

 

「けど、感謝してしまえば……自分の身を犠牲にする誉さんの行動を肯定する事になるから……ありがとうって、言えないだけ」

「……っ」

 

 ……それは、この前の暗殺者と戦った時の俺の事を言ってるんだろうか。たきなを守る為に、心臓の病があるにも関わらず、死の危険を省みずに立ち向かった事を。

 

「千束は、誉さんに傷付いて欲しくないだけなんです。命に関わる事を、して欲しくないだけなんです。だから、巻き込みたくなかったんです」

「……たきな」

 

 どこか、微笑んでるようにも見えるたきなの表情。千束の隣りにいてそろそろ四、五ヶ月くらい経つが故の、相棒であるが故の見方であり。

 

「────命を省みない誉さんを正しいと思いたくない。だから“ありがとう”が、言いたくても言えないんじゃないかと」

「……錦木の事、よく見てるんだな」

「“相棒”、ですので」

「……そっか」

 

 なんだか、錦木とたきなが羨ましいな。

 俺も二人みたいな、互いにとっての“唯一無二”があれば良いのに、と思ってしまう。

 

 ……千束の気持ちは、よく分かった。

 別に進んでDAの任務に参加するつもりなどまったくもって無いし、前回に関しては、たまたま巻き込まれたというか此方から巻き込まれにいっただけで、同じような事が早々あるとも思えない。錦木の懸念は杞憂に終わるとは思うけれど。

 

「……けど俺、錦木のその気持ちには応えられないと思うな」

「え?」

「彼女が嫌がる事はしたくないって思うけど……でも、やっぱり俺が憧れたのは、千束の生き方と在り方だから」

「……生き方と在り方、ですか」

 

 ……彼女の言葉に、深く頷いた。

 たきなの言葉が本当なら、俺は錦木に対してどう在るべきなんだろうと真剣に考えたけれど。

 彼女に惹かれ、彼女に魅入られた俺が、彼女の生き方や在り方から確立した、俺の生き方と在り方。

 

「自分を必要としてくれる人に、できる事をしたい。そうすればその人の記憶に残って、自分は永遠(とわ)に生きていける」

「────……」

 

 俺が此処で生きていたんだと、誰かが覚えてくれる。天涯孤独で誰にもその存在を知られずに終わるはずだった自分を認めて、必要だと言ってくれる人がいる。そんな人達の為に日々を重ねていきたいと願っている。

 いつか俺が死んでも、その先で誰かが俺の事を思い出して、話題にして、笑ったり泣いたりしてくれた時、自分はこの世界でまた生きていけるような、そんな気がするから。

 

「……っ、なんて、カッコつけたけど、普通は錦木の考え方が正しいんだよな。心配するに、決まってるよな」

「……私は、そんな誉さんの在り方があるから、あの時助かったんです」

 

 誤魔化すように笑う俺を遮るように、真剣な眼差しを向けて伝えてくるたきな。目が合うと、彼女はふわりと小さく微笑んで。

 

「だから、千束の分まで私が言います。“ありがとうございます”」

「────……っ、たきな……俺を手玉に取るの上手すぎだろ……」

「泣いちゃいますか?」

「泣かないよ、何言ってんのさ」

 

 二人して肩を震わせて、顔を見合せて小さく笑い合う。誰もいない店の中で、俺とたきなの笑い声だけが微かに反響する。

 ……こうやって軽口を言い合うの、なんだか凄く久しぶりな気がする。たきながリコリコに来る前は、よく錦木とやってたっけ。

 早いとこ、錦木と仲直りしないとな、と素直にそう思う。彼女の、ちゃんと笑った顔を、久しく見てないような気がしたから。

 

 今、部屋でボドゲで楽しんでるであろう錦木は、ちゃんと笑ってくれているだろうか。

 

 ────せめて俺のいないところでは。俺が彼女の心にいない時には、心の底から笑ってくれてると良いな。

 

 

 










誉「……けどま、とにかく二人とも下着泥棒とかストーカーとかに狙われてなくて良かったよ」

たきな「……私も、ですか?」

誉 「当たり前でしょ……あ、やっぱ自分の事勘定に入れてなかったでしょ。仮にストーカーだったとしたらたきなも対象になるかもしんないんだから警戒しとかないと」

たきな「……どうして、私も?」

誉「そりゃだって、だってたきなもかわい────」

たきな「────……っ」

誉「……や、何でもない」

たきな 「えっ、言って下さい」

誉「え」

たきな 「最後まで言って下さい。私も、なんですか?」

誉 「い、言わない。言わないから」

たきな「千束には言えて私には言えないんですか。そうですか」

誉「いやもう情緒がもう……」
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