ただ君の為、それが自分の為。
「……それで、その拳銃は?」
「……地下の倉庫、からです……ミカさんが、錦木とたきなの任務の度に、武器とか弾薬を取りに下に行ってたの知ってたので……それで……」
「……許可無く持ち出すのは感心しないな」
「……すみませんでした」
ミカさんの事情聴取めちゃくちゃ怖いんだけど。
や、ミカさんは普通に質問してるだけで怒ってる感じではないんだけど、なんか……なんか、怖い。ガタイと顔の所為かな。や、後ろめたい事をした自覚があるからかもしれない。怖過ぎて俺今正座だもん、床に直で。
「クルミのPCへのハッキングに使ったPCは自前かい?」
「いえ、クルミに貰いました……早めの誕生日プレゼント、との事で……」
「……なるほどな」
それを聞いたミカさんが、視線をクルミへと向ける。クルミはバツが悪そうに目を逸らし、その視線の先にはミズキさんが立ちはだかっていた。
「言っとくけど、これはアンタの責任だかんね……!」
「な、何だよぉ、この話は終わっただろ?」
「それはアンタがDAをハッキングした事についてであって、朔月くんにハッキングを教えた事はまた別に決まってんでしょうがっ!!」
相も変わらず正座で縮こまるクルミを後ろから詰めるミズキさん。そして、そんな光景を呆れた顔で見つめている一同。いつも大人びてる印象のクルミが泣きそうになってて、なんか可哀想に見える(他人事)。
俺の『クルミのPCをハッキングしました』発言の後すぐに、クルミが慌ててPCを開いて確認し、外部から干渉を受けた形跡があったのを確認した彼女が、絶句した後泡吹いて倒れたのは記憶に新しい。
タイミング的にも、流出したリコリスの映像を見付けた前後だった為、クルミもすぐに気付く事ができなかったという。まさか自分のセキュリティが突破されるとは思ってなかったようで、最初は驚きに満ちた表情で口元をわなわなと震わせていて……正直、悪かったと思っている。
「……不用意が過ぎるんじゃないか、“ウォールナット”」
「……っ」
ミカさんはクルミを敢えてそう呼び、クルミは肩を少し震わせる。それを見て、ミカさんは頭を抱えて溜め息まで吐いていた。そして、ハッキングの事実に錦木やたきなまでもが唖然とする他ないといった様子。
そして当人である俺はというと、バツが悪そうに、というか気不味そうに目を逸らしている。
あ、ちなみにハッキングって正確には『クラッキング』と呼称するらしい(現実逃避)。
「……それで、朔月くんにハッキングを教えていたのは事実なんだな、クルミ?」
「うっ……」
「私、普通にパソコン教えてるだけかと思ってたわー」
「うぅ……」
ミカさんと錦木にそう詰められ、クルミは申し訳なさそうにして……なんか、こうして見ると父親と姉に怒られてしょげている妹みたいだな。
見た目的にも幼いし、なんか可哀想に思えてくる……てか、クルミ俺の所為で詰められてるんだよなぁ……なんか、申し訳なくなってきたな。
「あの、ミカさん。あまりクルミを責めないで下さい。ハッキングに興味を持ち始めていたのは俺の方で、クルミはそれを汲んでくれただけで……」
「そうは言うが、そもそも一般人にハッキングを教えるというのがな……忘れてるかもしれないが、犯罪だぞ」
「ぐうの音も出ない」
言ってる事が真っ当過ぎて笑った。
や、此処にいると銃刀法とかハッキングとか法に触れまくってるのが当たり前みたいなスタンスが続くから感覚が麻痺するんだけど、そもそも一般人が同じ事やると犯罪なんだよねぇ忘れてたわ。リコリコって治外法権なの?
けどそうか……俺が悪いと思ってたけど、そもそもハッキングを教えたクルミにも責任がある、という考え方もあるのか。そうやって開き直って考えると……あれ、なんか自分は悪くないように思える不思議。
とか考えてると、クルミがキッと睨み付けて来た。
「……何見てるんだよ」
「いやチンピラみたい……何故喧嘩腰なの」
「ボクが怒られてるのを見るのはそんなに楽しいか」
「急に卑屈が過ぎる」
別に怒られて落ち込んでるのが見た目相応で可哀想だなんてほんの少しだけしか思ってないよ?
リコリコの面子って眼力凄いけど、今のクルミは全然怖くないし、ぶっちゃけ威厳なんてゼロに等しかった。
「何か俺の所為で怒られてるの……やだなぁ、と」
「っ……何だよ、同情か?」
「や、子どもに落ち込まれると良心が痛むから……」
「誰が子どもだ!大体、教えてくれって言ってきたのお前だからな!」
「言ってないよ、勉強した事無いって言っただけ」
「嬉々として食い付いて来た癖にぬけぬけと……!」
「やめんか二人とも」
「「はい」」
ミカさんの一言で、俺とクルミの口論が両断され、各々が引き締まった正座を改める。これが正座の見本ですと言わんばかりに背筋を伸ばす。
それを遠目に眺めながら、たきなは素朴な疑問を口にした。
「……ハッキングって、ちょっと教えただけで誰でも出来るようになるものなんですか?」
「そんな訳ないだろ、コイツが異常なんだよ……」
「いやあ、師匠の教えが良かったんですよ」
「煩い黙れ」
「言い方ぁ……」
ノリノリだった癖に凄い辛辣なんだけど。
専門分野の話をする時やたらと会話が流暢になるの、知ってるアニメの話になった時に勝手に一人で盛り上がって知識をひけらかし始めるオタクみたいだって、凄い具体的な悪口をミズキさんが言ってたぞ。
まあでもぶっちゃけ、クルミから教わった事もそんなに多くない。一通り流れの説明を受けて、身に付けた方が良い知識量を聞いた後は基本独学だったしなぁ。
ハッキングの癖とかアプローチに関しては、教わったクルミと似通った部分があるかもしれないけれど。
一同は未だに信じられないと言わんばかりの表情で、クルミに向かっていた視線が此方へと集約する。いたたまれなくて、居心地が悪くて、堪らずまた目を逸らすと、錦木が恐る恐るといった感じで口を開いた。
「あの、さ……朔月くんって、“リリベル”だったりする?」
「りり、べる……何それ」
久しぶりに聞いた事の無い単語に首を傾げる。
リリベル……リリーベル……あ、鈴蘭の事かな。別名は“君影草”、“谷間の姫百合”でスズラン亜科スズラン属に属する多年草の一種。花言葉は“再び幸せが訪れる”、“純粋”、“純潔”、“謙遜”……綺麗な言葉ばかり。
「……あ、そっか。えと、“男の子版リコリス”みたいな……」
「へぇ……そんなのあるんだ」
この店で花の名前を聞いて首を傾げるのは二度目だ。一度目はたきなが配属された日にリコリスの存在を聞かされた時。その関連からすると、“リリベル”と呼ばれる存在もまた、DAの諜報員に類するものな訳で。
「あー……俺別にDAの所属とかじゃないよ。ホントに普通の十七歳」
「で、でもでも、その十七歳の普通の男子は世を忍ぶ仮の姿で、実は裏の世界で名を轟かせている凄腕のエージェントみたいな事って」
「映画の見過ぎです。凄い早口だったな今……」
「カッコイイ二つ名とか……」
「持ってないし欲しくない……」
錦木が平常運転で安心した。最近避けられてたからこそ話し掛けてくれるだけでなんか嬉しいのは単純かな。
てか話戻すけど、そもそも俺そういう仕事ができる心臓じゃないし、人脈もない。
「じ、じゃあ、松下さんの時の暗殺者との戦闘は……?」
「や、あれが初めてだけど……」
「何処かで訓練を受けてた、とかは……?」
「言ったでしょ、俺過度な運動はできないんだ。訓練以前の話だよ」
リリベルとやらになる為に訓練でもしてみろ、準備体操かその後のランニングで既に瀕死だぞ。ラジオ体操は第二に行く頃には息切れを始めてるまである。
目を見開いて口を開けて、何か面白い顔をしている錦木。すると、彼女の隣りまで歩いて来たたきなが、俺を見下ろして口を開く。
「では、あの正確な射撃は?今日だって、千束の非殺傷弾であれほど的確に……」
「いや、それはまあ……二発だけ試し撃ちした事があって……地下の射撃場で……」
「え……」
たきなの問いに対する俺の答えに、声を漏らしたのは錦木だった。目を見開いて口を開けてこちらを見つめて固まる。その後ろでは、俺の言葉に疑問を持ったのか、たきなが戸惑った表情で詰め寄った。
「に、二発……それだけ、ですか?」
「え、うん……そう、だけど……?」
「たったそれだけの経験で、あれ程の射撃を?」
「……何回かやれば覚えられるけど……?」
基本的に知識は一度身に付ければ忘れる事はほぼ無い。や、思い出すのに時間がかかったりはするけど。技術的なものも二、三度繰り返せば自分のものにできる。幼少の頃から当たり前だったんだけど、そんなに驚かれるとは思わなかったな。
たきなも物覚えが良いから、てっきり普通なんだと思ってたけど……てゆか、さっきから錦木のミカさんに向ける視線が怖過ぎるんだけど。
「……ていうかセンセェ、クルミにハッキングの事言えないじゃん」
「っ……そう、だな……」
錦木が恨めしそうな視線で隣りのミカを見据え、ミカさんはバツが悪そうに顔を背けて視線をあさっての方向に向けた。あ、これもしかして言っちゃダメなやつだったか。てへぺろ。
ミカさん、俺に犯罪がどうとか言ってたもんね……地下とはいえ非公認の射撃場で一般人に拳銃持たせたら責任問題だよなぁ。錦木も俺に地下の事は伏せてたし、消去法でミカさんが教えた事になってしまうのか。
「や、ミカさんは俺の自衛の為に何発か試し撃ちさせてくれただけで、別に何も教わってないよ」
「……朔月くんも、私がこういう事に巻き込ませたくないって、なんとなく分かってたでしょ」
「でも望む望まない関係無く巻き込まれる場合ってあるじゃんか。例えば俺が錦木にライセンス更新の催促をしてる最中にいきなり下着姿のたきなが更衣室から出てくるアクシデントが不可避なものであっても、俺が錦木に変態呼ばわりされるのは避けられないでしょ?」
「例えが生々しいんですが」
「まだ根に持ってたの……」
理不尽に怒られた事を根に持ってると言われると耳が痛いが、実際問題こちらが何もせずとも巻き込まれるケースはあると思う。
その具体例を出しておけば錦木も想像しやすいかもと思って過去の話を蒸し返したが……思い出したのか、たきなが恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めていた。ごめん。
「でも、朔月くんはDAじゃないのに……」
「……それは関係無いよ、錦木」
……けど、錦木達も勘違いしてる。確かに俺はリコリスみたいな技術や知識も不足していれば、クルミみたいに情報処理の能力が高い訳でもない。
ただ、そもそもそんなのは関係が無いのだ。
「リコリスであってもそうでなくても、同じなんだ。錦木やたきながどれだけ優秀なリコリスだからって、それは別にミカさん達が二人を心配しない理由にはならないよ」
「それは……分かってるけど……」
「ミズキさんだって、リコリスじゃなくても錦木を助ける為に車出してくれたじゃん。ミカさんも足が悪いのに来てくれた。クルミだって別にDA所属じゃない。俺達と錦木は訓練と実戦を重ねたかどうかの違いしかないし、友達を助けるのは普通でしょ?」
リコリスなんて定冠詞で。
DAなんて堅苦しい組織名で。
リコリスであろうと喫茶店の看板娘であろうと、錦木とたきなの在り方は何も変わらなかった。世界の裏側を知ってる人間にはとても思えなくて。
あの二人は強いから大丈夫、なんて言葉で片付けてしまうにはあまりにも普通の女の子過ぎた。
────裏表なんてない。
この店で見てきた彼女達が全てだった。
なら二人と俺の違いなんて、突き詰めれば生存率の高さでしかない。それだけの違いで心配しない訳がない。帰りを待つだけの時間は心細くて不安しかなかった。
錦木の他者への在り方をつぶさに見てきて、あんな姿で在りたいと憧れを抱き続けてきた俺が、彼女の為になりたいと思うのは時間の問題だった。
「錦木の為に何かしたい、助けたいって気持ちを、ミカさんとクルミは汲んでくれただけ……けど、俺もそれを期待して発言してた部分があったと思うから……だから、心配させたのは、その……ごめんなさい」
「誉さん……」
ミカさんにもクルミにも、甘えての発言だったと今は後悔している。二人は優しいし、俺の余命も事前に知っていた。何かしたいという俺の発言や気持ちを尊重してくれるような気がして、打算的な行動があったかもしれないと、思い返す機会が最近あった。
今では自己嫌悪でしかない。彼らの優しさに付け込んだと言われればそれまでで、今ミカさんとクルミが責められているのは俺の所為なのだ。
「でも俺、次また同じ事があっても、手を伸ばせる距離にいられる自分で在りたい。だから、後悔はしません」
それでも、リコリスである錦木やたきなであっても、足を負傷しているミカさんであっても、ミズキさんやクルミであっても俺が行動しただろう事にきっと変わりはない。
見知った顔の、それも同じ喫茶店で働く仲間である彼らを、能力があるからといって心配しない道理などない。そこにDAと一般人という境界線など存在しない。
ミカさんはそんな俺を見て、一言告げた。
「……“反省”もしない、と?」
「……あっ、いえ、銃を持ち出したのだけはマジで反省してます。ミカさん、本当にすみませんでした」
「締まらなっ」
「うわ綺麗な土下座……」
馬鹿野郎ミカさんに迷惑かける訳にはいかないだろ!
ミズキさんとたきながドン引きしてるのを感じながらもピシッと綺麗に額を床に擦り付ける俺。視界が床一面でみんなの顔色さえ確認できないというのに、ミカさんの困ったような溜め息だけでどんな表情を浮かべているのかが分かってしまうの悲しい。
「……顔を上げてくれ、朔月くん。そんなに謝られてしまっては困る」
「かくなる上は如何なる処罰も受ける次第です」
「いや固いな……不容易に君を巻き込んだのは此方の責任だ。それに、君には感謝しないといけない事の方が多い」
────思わず顔を上げる。
ミカさんは膝を付いて俺と視線の高さをギリギリまで合わせると、いつもと変わらない優しい笑みで此方を見下ろして。
「ありがとう。千束を救ってくれて」
「…………ぁ」
────“ありがとう”
自分の行動が他者へと還元された時に返ってくる、その感謝の言葉が好きだった。喜んでくれる笑顔が、それを向けられた自分が、必要とされてるみたいで嬉しくて。
だから誰かの為になろうと思った、俺の原点。
「い、や……救ったなんて程の事じゃ……」
声が震える。視線が傾く。
誰もが此方を見て笑みを浮かべていて。そうして自ずと、錦木と目が合った。
「……っ」
自分の顔を見られまいと、慌てて視線を床に戻した。
感謝の言葉と耳にすると同時に彼らの顔を見て、何故か泣きそうになって、どうにか堪える。
────その時、久しぶりに見た彼女の笑顔に救われたのは、きっと俺の方だった。
●○●○
「……ふぅ、さっぱりぃ……」
濡れた髪をタオルで吹き上げながら、浴室を後にする。存在自体は知っていたが、何だかんだでリコリコの浴室を借りたのは初めてだ。
あの後、話が一通り纏まったので取り敢えずお開きという事になり、俺はミカさん達に挨拶をして普通に帰ろうとしたのだが、真島軍団(笑)には顔が割れている可能性があるから今出て行くのは危険だとかなり強めに言われた事もあり、今夜は全員でリコリコに泊まる事になったのだ。
女性陣はクルミが押入れを根城にしている奥の客室、ミカさんは従業員室、俺は表の客間の畳に布団を敷く事で部屋割りを決めると、順番に入浴を済ませた。
かくいう俺も真島軍団との戦闘でかいた汗を流して割と気分が良く、疲労もあってかこのまま布団に突っ伏して数秒で寝れそうまである。
「っ、痛ぅ……」
しかしながら、やはり銃弾を掠めた頬は風呂の水に染みた。絆創膏では流石に防ぎ切れず大きめのバンドエイドを当てがったが、痛いのなんのって。
ミカさんがいうには明日は臨時休業、少なくとも午前中の営業はしないとの事で、錦木はたきなの付き添いで行き付けの病院で今日の傷を見てもらう事になり、一緒に俺も頬の傷を見てもらう事になっていた。
病院やだなぁ……行きたくないなぁ……病院に来ると蕁麻疹が出るアレルギーなんですって言って拒否したい。寧ろ往診って形でお医者さんの方がリコリコに来てくれないかなぁ……などと巫山戯た思考回路のまま、布団を敷いた表の客間への扉を開くと。
「……お」
「あ……」
畳のすぐ目の前のテーブル席で、錦木が頬杖をついて座っていた。俺が来た事に気付く直前、俯いてソワソワしていたように見えたけど……何してるんだろうか。
「……」
「……っ」
────先程の錦木の笑った顔が印象に残り過ぎていて、彼女の顔をまともに見れない。
てか、そのパジャマ何、めちゃくちゃ可愛いんだけど。錦木って意外にピンクとか乙女チックな色合いのもの好きだよね。え、しかも錦木寝る時は髪結ぶんだ。二つに縛っていて少しばかり幼く見える。
……まあ普段からお子ちゃまなんだけど。
「……あー……お疲れ様?」
「何それ」
なんて声を掛けたら良いか分からずに零れた言葉。錦木が可笑しそうにクスリと笑うのを見て、釣られて頬が緩んだ。
そんな、既に寝るだけの状態の彼女を見て、なんとなく俺に用があるのだと感じ取った。
「……もしかして待たせた?ごめんね」
「い、いや、私が勝手に待ってただけだし……」
「やー、俺ジャンケン負けて最後にお風呂入ったじゃん?あの、何だっけあれ……バスボム?シュワシュワするヤツ。あれ使ってさ、めっちゃ楽しくて長風呂しちゃった」
「可愛いかよ」
「しかもバスボムの中から人形出てくるんだぜ?ほら見て、動物の。楽しくていっぱい入れちゃって」
「ん゛ん゙っ……!」
突然、錦木が変な声出して肩が震えた。えっ、何急に怖……。
それにしても、最近の入浴剤って凄いのな。球状に固めるのもそうだけど、全部風呂に溶け切ると玩具が出てくるんだぜ?しかも全部で12種類もあるんだってさ!
お風呂俺が最後だから何しても良いよなーと思って使ったバスボムだけど、動物の人形が出てくるのめちゃくちゃ楽しかったわ。
ちなみに、当たったリスはクルミにあげた。たきなには……なんとなく犬を。
「はい、錦木にもあげる」
「……っ、ぇ、ぁ、良いの!?」
「うん。ほい、犬。たきなとおそろね。あ、猫もあげるよ、ダブってさ」
「おお、イッヌ!ぬこも!可愛いー!」
「……んん、何て?」
何『イッヌ』って。犬の事?じゃあ『ぬこ』が猫?犬がイッヌなのに猫はネッコじゃないんだ(真剣)。
『部屋に飾ろう〜♪』と、嬉々として人形を両手で抱えるようにして、大事に持つ彼女を静かに眺める。
此方の視線に気が付いたのか、目が合った彼女の瞳が細くなり、口元が緩んだ。
「────朔月くん、ありがと」
「っ……ああ、うん」
今日、目の当たりにする二度目の表情。
その笑顔が普段の彼女と違う、慈しむような感情が介在しているようで。揺らいで、揺れて、視線が逸れる。今までの天真爛漫、自由奔放の彼女とは何かが違う、そんな気がして。
「……あと、今日の事も」
「え?」
「助けに来てくれて。……もっと、早く言おうと思ってたんだけど、さ。最近ずっと気まずかったし……」
「……や、俺はそんな事無いけど。避けてたのそっちじゃん」
「っ……ごめん……」
俺は全然普段通りだったけど?
話しかけても引き笑いで躱し続けてたのそっちじゃんか。事務的な会話しかしてくんなくて軽く落ち込んだんですけど。
てかやっぱりこれまで避けてたのは、彼女自身に自覚あっての行動だったのか。本当に申し訳なさそうに俯く彼女を見て、俺は素直に思った事を伝えた。
「まあ、別に気にしてないけどさ」
「……嘘」
「嘘じゃない。……や、軽く凹みはしたけどさ。でも、仕方ないとも思ってた」
「っ……仕方ないって……」
その一言に、錦木は口調を強めに聞き返した。
だって、そうだろ?いきなり近しい人間の余命を聞かされるなんて、どうしたら良いのか分からない。考えてみれば至極当たり前の事だった。
病気を隠したまま亡くなった俺の母親と、やってる事は変わらない。あの時の感情を知っていたはずなのに、俺は彼女やたきなに同じ事をした。
「……あの時、俺自分の言いたい事だけ言って、楽になろうとしてた。錦木やたきながどう思うかなんて、全く頭に無かったんだ。余命の事を伝えたのは後悔してないけど、伝えるタイミングが悪かった」
「……っ」
「……だから、ごめん」
隠し事をしたくなかっただけだったけど、あの時、病院で生傷の多い身体で、ベッドの上で伝えた余命。余計に死を連想させる状況での告白は、きっと彼女の心を傷付けるのに充分過ぎた。
あの時の錦木とたきなの表情を、今でも鮮明に覚えてる。
「……私、さ」
「え……」
「嬉しかったんだ……あの時、朔月くんが来てくれたの」
ポツリと、下を向きながら呟く錦木。
それはきっと、今日の事。真島と彼女の間に俺が割って入った時の話。周りは敵だらけで、銃を突き付けられて、殺されそうになったあの時の光景が過ぎる。
彼女が初めて俺の名を呼んだ、あの時の顔と共に。
「ずっと、私達の事情に巻き込みたくないって思ってた。ホントはリコリスの事もあんまし知られたくなかった。ただ一緒にこのお店で働けたら楽しいだろうなって……それだけだった」
「……」
「朔月くん優しいから、私それに甘えてた。余命の事だって、知らなかったらきっと私、今日まで色んな我儘で朔月くんを振り回してた」
「……だから、避けてたって事?」
錦木は何も言えずに、口を噤んだ。けれど、彼女がどうして俺を今日まで避けていたのかを、俺はなんとなくだけど分かった気になっていた。
錦木も──千束もきっと、俺に急に余命の事を打ち明けられて、どう受け取ったら良いのか、どう接したら良いのか、それが分からなくなってしまったんだ。
優しくて、鈍いようで色んな事に気付いてしまう彼女の事だ、自分のこれまでの言動や行動が俺の心臓の負担になってしまっているかもしれないと考えてしまったのかもしれない。俺を避けていたのは大方、これ以上自分の言動や行動で俺に負担を掛けさせない為の、彼女なりの配慮。
────そして、その度に見せる泣きそうな表情は、俺への謝罪と後悔を浮き彫りにしていて。
そんな顔をさせたのが自分だと思うと、堪らなく嫌になった。
「……なのに、
「……そんなの、俺だって同じだよ」
「朔月くんは違うよ」
「同じだよ。俺の
そう────これは我儘だ。
自分が生きていた証を他者に刻む為の我儘。
「……我儘」
「言ったろ?『ありがとう』って笑ってくれるのが好きだから、誰かの為に何かできるような人になりたいって」
「っ……そんなの、自分勝手とは違うでしょ」
「勝手だよ、善行の押し売りなんて」
いつだって、俺の在り方と生き方は変わらない。
色んな事ができる分、色んな人の為になれるから。そうすれば、俺がいなくなった後も、その人の心に住めるかもしれないから。俺がここで生きていたのだと、忘れないでいてくれるかもしれないから。
そんな、俺の我儘。自分勝手。偽善。
「……それでも良いんだ。どんな形でも、誰かの心に残っていたい。残りの時間で、俺が生きていた事を覚えてくれる人を増やして、
「……ぁ」
どんな形でも、誰かの心に残ってくれていれば。
その人の心に、自分が生きていられるのなら。
錦木の────いや、千束の心に残れるように。
君が居てくれて毎日が楽しかったから、君にも俺が居て良かったと思わせたかっただけ。
「
「……っ」
座敷から立ち上がり、床に膝をついて千束と向き直る。見上げる形で彼女を見つめ、告げる。
「俺、ホントは凄い我儘なんだよ。君と同じ。だから、色んな事で千束やみんなに関わっていたかったんだ」
ミカさんに。ミズキさんに。クルミに。たきなに。
君に『ありがとう』を貰う、ただそれだけの為に。
「……だから、謝るのは俺が先だった。DAの事、リコリスの事、真島の事……首を突っ込んで、本当にごめん」
「────……」
「……あ、あと余命の事も、黙ってて悪かった」
謝らなきゃいけない事が、思ったよりも沢山ある。
最初は『やりたい事最優先だから』と開き直るつもりだった。けど、そんなの言わなくても千束自身が分かっている事だし、どんな理由があっても、それは心配しない事にはならないんだと、先程彼女に告げたばかりだ。
友達が友達を心配するのは、至極当たり前の話だ。
「……は」
「ん?」
「傷は、平気?もう痛くない?」
「え……ああ……こんなの掠り傷だし、もう平気────」
────顔を上げれば。
彼女の、二度目の涙を見た。少しばかりの、僅かばかりの、ここまで近付かないと分からない程の涙を。
その顔が近付いて、その右手が俺の頬の掠り傷に触れる。
「……ち、さと」
「……怖く、なかった?」
「────……ぇ」
「痛く、なかった?苦しくなかった……?辛くなかった……?」
「……平気だよ。だから泣くなよ、似合わないから」
「……うん」
彼女の為なら、何度でもこの心臓を突き動かす。
この小さな鼓動を強く刻んでみせる。そうしたいと、俺自身が願ってる。
彼女は歴代最強のリコリスらしいから、俺が手を貸せる状況の方が少ない。余計なお世話かもしれないけれど────
「────
「……ぇ」
その名を呼ばれ、目を見開く。
思わず、彼女の顔を見つめて……そこから、暫く動けずにいた。
「ありがとう、助けてくれて」
「────……っ」
────“ありがとう”
そう言ってくれるのを望んでいた。彼女の笑った顔を求めてた。
でもいざ受け取るとどうにもこそばゆくて、泣きそうになってしまって、思わず言葉に詰まった。
「……誉?」
「っ、ぁ……や、その……」
「……?」
「……千束、シリアス似合わな過ぎっていうか……泣いてんの合わな過ぎて笑いそうっていうか」
咄嗟に顔と、話を逸らす。
千束は涙を寝巻きの裾で拭い、目元と顔を赤くして恥ずかしそうに口を開く。
「な、何それ!私だって泣く時は泣くよ」
「や、でも前にクルミの護衛任務での泣き顔は情けなかったよね」
「……な、何で知って……」
「え?ミズキさんにそん時の写真見せてもらって────」
「ミズキィィィィィイイイッッッ!!」
……あ、言っちゃイカンやつかこれ。
●○●○
「はあああぁぁぁあ……たきなとの同棲も終わりかぁ……」
真島との交戦時の傷を病院で診てもらった帰り、たきなは千束との共同生活(千束はやたら“同棲”と言いたがる)において持参して来ていた衣服や生活品を回収しに、千束のセーフハウス1号に訪れていた。
結局、今日はそのままリコリコは休む事になり、二人はそれぞれ先日の件もあっての休暇を言い渡されていた。
「一緒に暮らして思ったんですけど、千束は何かとガサツ過ぎます。洗濯物はこまめにやってくださいね」
「はぁい分かったよぉ……」
千束は不満そうに頬を膨らませながら、取り込んだ洗濯物を畳んでいく。たきなに言わせれば彼女の畳み方も何かと雑で、もう気になってしまってしょうがない。
「千束、服がシワになります。もっと綺麗に」
「これくらいいーじゃん!」
「ダメです。衣服の乱れは心の乱れです」
「先生みたいな事言い出した……」
千束は基本的に家事はできる様だが、如何せんマイペースが過ぎる。定期検診をサボるくらいだからある程度想像はついていたが、色々と面倒臭がりで、結局家事全般を自分が引き受けたくらいだ。
……まあ、ジャンケンに負けた事もあるのだが。
「それと、食器もこまめに洗ってください。ゴミは溜めないように」
「はいはい、分かったからぁ」
「『はい』は一回」
「はーい」
「伸ばさない」
「親みたいな事言い出した……」
言ってもあまり意味無いんだろうな……とたきなは小さく息を吐いた。
何だかんだで結構この部屋に長居したが、それも今日で終わり。千束の母親になったと言わんばかりに家事をこなし、その間の千束はソファで横になってテレビ番組で爆笑する日々。
それが漸く終わるのかと思うと肩の荷が下りる……と、思っていたのだが。
────思いの外、楽しかったな。
そう思う自分がいる事に、少しばかり驚いた。
リコリスとして、DAの任務で別の場所で宿泊したりする機会がなかった訳ではないけれど、ここまで他者と関わって笑い合う日々を重ねた事がなかっただけに、千束との生活はこれまでの人生にない彩りがあった事は否めない。
……少しだけ、寂しい気もするけれど。
「たきな?」
「っ……何でもないです」
千束には悔しいし恥ずかしいから、絶対に言えない。
思考を振り払うように頭を左右に振り、残りの片付けの指示を千束にする。
「ほら千束、部屋の掃除も。このテーブルいっぱいのDVDをどうにかしてください。表紙と中身が違うのありますよ」
「うぇぇ、面倒……」
苦い顔で項垂れる千束にたきなは再び溜め息を吐く。
こんな姿、誉には決して見せない癖に……と思わずそれを口にした。
「はぁ……誉さんにだらしの無い所、見られても知りませんよ」
「う……そう、だよね……」
「……?」
────……あれ?
たきなは、なんとなく千束の反応に違和感を覚えた。
ここ最近の千束は誉の名前を口にしたら表情を暗くするか、気まずそうに顔と話題を逸らすだけだったのに、自分の発言を真に受けてテーブルを片付け始めている……?
「……千束」
「うん?」
「誉さんと何かありました?」
「っ!?え、や……何にも、ないよ?」
「絶対あるやつじゃないですか」
────分かりやすいな、この人。
そもそも千束が嘘吐くのが下手なのもあるが、とたきなは目を細める。暫く見つめていると、千束は赤らめた頬を隠さずに目を逸らし続けていたが、やがてその場から立ち上がって此方を見下ろした。
「……千束?」
「……たきな」
「は、はい」
いつになく真剣な表情に、たきなは物怖じする。
何を告げられるのかが全く想像つかなくて、少しばかり緊張が走る。洗濯物を畳む手が止まり、呆然と口を開けていると。
「この前の話、乗るから」
「……この前?」
「勝負ってやつ」
「……ぁ」
────“勝負”。
その一言で、たきなは思い出した様に目を見開いた。
『誉さんが好きです』
『誉さんの残りの時間が欲しいです』
『勝負ですね、千束』
それは、千束に発破をかける為に、たきなが持ち出した誉を賭けた宣戦布告。
相棒として不甲斐なく、看板娘として頼りなく、友人として元気の無い彼女をどうにか再起させようと、頑固な自分なりに考えての勝負。
「……誉さんの事、ですね」
「……うん」
────たきなは、自然とその場から立ち上がる。
見据えた先にいた千束の表情は、誉の余命を知る前の、かつての彼女同様のような頼もしさ。余裕そうで楽観的な笑みの中に宿る、心の強さ。
たきながずっと望み、求め、取り戻したかったものがそこにあった。
「────お帰りなさい」
「え……?」
「いえ、何でもないです」
たきなはそう言って小さく息を吐く。
千束は改めて此方を見直し、口元に弧を描き、瞳を煌めかせて、出会った頃と同じ、自由を彷彿させる笑顔で。
「────受けて立つ」
「……望むところです」
────ああ。まったくもって、分が悪い。
たきなは、ただ嬉しそうに笑った。
Episode.27 「
誉 「これ、バスボムの玩具です。みんなにあげます」
千束 「みんなー!朔月くんから何貰ったー?」
たきな 「犬です」
クルミ 「リス」
ミカ 「ライオン、だな」
ミズキ 「……なんで私はコモドドラゴン?」
誉 「え、なんかクルミがミズキさんにピッタリだって……」
クルミ 「っ……おいバカ!喋るなっ!」
たきな 「何故ピッタリなんです?」
誉 「コモドドラゴンって『単為生殖』って言って、メスだけで繁殖できるから、中には一生独り身なコモドドラゴンも居るからミズキさんと一緒だねっていう皮肉じゃない?」
千束 「相変わらず博識だなぁ……」
ミズキ 「クルミイィィィイイイイッッ!!!!」
クルミ 「誉覚えてろよぉ!」