行きつけの喫茶店の珈琲が美味   作:夕凪楓

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楽しんでる時間なんて、残ってると思ってるの?



Ep.29 Changing daily life

 

 

 

 

 

「調べれば調べる程、こちらのお店は変わっていますよね」

 

 その言葉を耳に思わず振り返ると、カウンター席に座っていた男性が、カウンター越しのミカさんに声をかけている瞬間だった。

 

「どういう意味でしょう?」

 

 その男性の発言が気になったのか、ミカさんが作業の手を止め問いかけた。丁度お店も暇になり、俺もカウンターに近付いてって彼の話に耳を傾けながら、ドリッパーで珈琲の制作に入った。

 

 彼の本名は徳田和彦(とくだかずひこ)さん、二十八歳の雑誌ライターだ。本人は『ただの物書きだよ』と笑っていたけれど、記事にしたい事を見つけた時の熱意には目を見張るものがあり、何か凄い記事を書いてくれるのではないか、と傍から見てそう思わせてくれる。

 普段は気の良いお兄さんって感じだけど……そんな徳田さんは、ポツリと説明を始めてくれた。

 

「実は例の喫茶店紹介の企画、少し改変して今も動いていまして……」

「……それってこの前徳田さんがリコリコを記事にしたいって言ってた時の、ですか?」

 

 俺がそう尋ねると、徳田さんは小さく頷いた。

 実はたきなが配属されて暫くが経ったある日、徳田さんが『雑誌でリコリコを紹介したい』と直談判しに来た時があったのだ。なんでも、徳田さんが懇意にしている編集部にカフェ特集の企画を提案していて、そこに記事を……との事だった。

 勿論、この店の特殊性を鑑みても有名になる訳にいかず、ミカさんが丁重にお断りしたのは懐かしい。……錦木は美容院を予約するくらいには乗り気だったけど。

 

「実は、編集部の方がやる気になってしまってね。女の子が楽しめる錦糸町・亀戸特集として雑誌を一冊作る事になって、その中にカフェ特集が組まれる事になったんだ」

「へぇ……どのくらいのページ数で纏めるんですか?」

「十ページ程だよ。メインライターに僕が抜擢されてしまってね」

 

 おお、ページ数結構多いな。凄い。若手ながらそんな大役を任されるなんて。以前取材のお願いをされた時はまだ編集部に提出しただけの検討案件だったはずなのだが、編集部が乗り気になってしまったというのだから、やはり流石である。

 

「……それで、今色々回っているんですが、この辺りで有名な喫茶店と言えば……まあ『すみだ珈琲』はともかくとしても、和のテイストで食事も楽しめる『北斎茶房』だったり、亀戸の駅前のパンチの利いた武者甲冑とイケメン店員が出迎える『コーヒー道場・侍』、さらに観光客が毎日列を成す『船橋屋』とかで、老舗、有名、名店の類がいくつもありますが……妙に和系が多いですよね?」

「……確かに、そう、です、かね?」

「……知らないんだな」

 

 ……今聞いた喫茶店名に何一つ聞き覚えがない。

 俺リコリコ以外に行きつけの店って無いからなぁ……けど確かに店のネーミングだけ聞いてもワビサビを感じる。

 ミカさんはそれを聞いても表情を変えず、特に何でもない様に答えた。

 

「単純に浅草が近くにある事が大きいかと思いますが」

「浅草はむしろ大正ロマン的だったり、もしくは純喫茶のようなレトロっていうお店が多いイメージですが」

「言われてみると確かに……そうなると和系が多いのは……何故だろうな?」

「や、俺に振られても……」

 

 ミカさん急に俺に振ってくるからビビる。や、それその各お店の立ち上げた方々にお聞きしないと分からない内容……徳田さんの言う『浅草が大正ロマン的』とかって話ですらピンと来てない。

 などと考えていると、隣りで徳田さんが尋ねて来た。

 

「こちらの場合は何故、和のテイストで?」

「……徳田さん、取材はNGだと」

「取材OKだとしてくれるならその瞬間から切り替えますが……これはあくまで個人的な質問です」

「では答えざるを得ませんね……単純に私の趣味ですよ、日本かぶれでして。それに昔、実に古き良き日本の伝統を大事にする職場に勤めていた事も影響しているかもしれません」

 

 ……それってDAの本部にいた時の話、じゃないよね?

 ジンと組んでた時期もあるって聞いてたし、古き良き日本の伝統を大事にする職場……がどうにもリコリスの行動指針とマッチしないし。

 じゃあミカさん、DAより前は和風職だったのか。後で内容聞いてみようかな。

 

「そこではいつも最高の和菓子が食べられたので、好きにならざるを得なかった。ただ、私個人がお茶よりもコーヒーの方が好みというのもあって……こういう感じに」

 

 ……最高の、和菓子……だと……。

 そういえばたきなが住んでる寮の料理長、元宮内庁の料理長──つまり天皇陛下へ料理を振舞った経験の持ち主だったと聞く。

 

 え、じゃあさっきのって、やっぱりDA本部に居た時の話なの?DAって古き良き日本の伝統を重んじる社訓か社風なの?

 ……楠木さんって人も仕事の合間にはお抹茶と和菓子で休憩とかするのかなおもしろ。

 

「その前のお勤め先というのは……どこかのお店ですか?」

 

 徳田さんの続いての質問────けれどミカさんは、顔を逸らして微笑むだけだった。これ以上はノーコメントと、暗に示唆していて、俺だけでなく徳田さんもそれを察したらしかった。

 もしかしたら徳田さんだけでなく、俺にも線引きしたのかもしれない。これ以上は知るべきでないと思われてるのか、知って欲しくないと思われたのか。

 

 俺がお客さんとして此処に来ていた時にも感じた境界線。あっけらかんとしていると思えば、急に触れられない何かがある。普通の常連客のように楽しむだけなら何も感じないが、好奇心に後押しされて質問をするとこういった反応をされる時が度々あった。

 事情を知っていると納得だけど。

 

「そうだ、徳田さん」

「っ、はい?」

「和風のカフェで纏めるのも良いと思いますが、錦糸町のカフェでしたら一つオススメが。昔ながらで、素晴らしいホットケーキを出す『コーヒー専門店 トミィ』というお店が北口からすぐの所にあります。一度訪れてみてはいかがですか」

 

 その瞬間、プロライター故かすぐさまスマホにメモを取る徳田さんの姿が視界端に映る。つられて俺もスマホを取り出した。

 あのミカさんが言うなら間違いない。なんとなく俺もメモする。トミィトミィ、と。

 

「ありがとうございます。後で行ってみます」

「……朔月くんも、興味あるかい?」

「あります。俺も今度行きたいです」

「あそこのホットケーキ、めっちゃ美味しいよ!私大好き!」

 

 突如、店の奥からそんな甲高い声が響いた。

 思わず肩を震わせ、視線を運ぶ。頭だけひょっこりと出して来たのは満面の笑みを浮かべた錦木だった。へぇ、錦木も絶賛する程か。なら今日終わった後にでも……なんか抱えてるんだけど。

 

「……それ何」

 

 何やら見た事の無い鉄の塊。

 何だあれ……鉄板?にしては窪みが幾つもある。それを錦木は座敷席の卓の上へと運んでいく。

 俺だけでなくミカさんや徳田さんまで唖然とした表情でそれを眺めていると、錦木が俺の質問に答えてくれた。

 

「たこ焼き器。織元さんところのリサイクル店で、投げ売りされてたの」

「たこ焼き?たこ焼きって……あのたこの足が入った粉物の?」

「朔月くん、食べた事ない?」

「ない。え、何作るのそれ?今?」

「そ!これお昼のまかない。今日私が当番だしぃ、たこ焼きパーティしよ!」

 

 ────たこ焼き×パーティとかいう意味不な組み合わせの単語出てきたんだけど。

 何たこ焼きパーティって。たこ焼きにロウソク立てんの?

 

 マジで言ってんのかアイツ。和風喫茶でたこ焼き焼く事の歪さよ。しかしそれを聞いたミズキさんは「おっしゃー!」と叫びつつ缶ビールを手に現れ────や、ちょい待て、まだ勤務時間内だけど。

 

「お前ら正気か?真昼間の甘味処だぞ」

 

 と、呆れた様子で呟くクルミ。

 止めるの手伝ってと言おうとした俺の気持ちを僅か数秒で裏切るが如く、クルミはそのまま座敷に直行していく。いや君そちらの陣営なのね。

 たこ焼きを作るのは初めてなのか、錦木が大量の食材を卓上に並べていく度に、彼女はまるで犬のようにその一つ一つに顔を近付け、それが何かを確認していた。

 

「……それで、これはどうやるんだ?」

「まあ見てなさいって〜!まず鉄板をガンガンに熱して油を多めに……」

 

 クルミに聞かれ、嬉々として鉄板に油を塗り始める錦木。え、あの、裏でやるとかじゃないのこれ。

 

「待て待て、何故客間でやるんだ裏でやれ裏で」

「朔月くんだって今ホットケーキ食べたいって言ってたじゃーん」

「別に粉物なら何でも良かった訳じゃないんだけど……」

 

 あくまで食べたいのはホットケーキなんだけど……。

 俺の静止も虚しく軽快な音を立てて鉄板が焼かれていき、油で生地が焼かれる匂いが店内に広がっていく。ミカさんが慌てて換気扇を回し始めるが……多分、意味無いだろうなぁ……。

 

「ねえちょっと、これ何の匂い!?外からもめちゃめちゃ漂って来てて、もうお腹空いちゃって!」

「わ!もしかしてたこ焼き!?すっごい良い匂い〜!」

「たこ焼きパーティやってる!?俺も混ぜてよ!」

 

 最初のたこ焼き一陣が焼き上がる頃には、まるで匂いに誘われるかのように伊藤さんや北村さんを始め常連客が次々に訪れ出し、座敷席を埋めて溢れ始めていた。

 ……恐るべしたこ焼きの力。普段甘味や珈琲を出してる時よりもお客さんが来ている事に複雑な気持ちにならざるを得ない。何だろう、なんか悔しいというか虚しいというか。

 

「くっはっ、うんまぁ!!焼きたてのたこ焼きにキンキンに冷えたビール……これ以上ってある!?」

「アッツ……!うっわぁ久しぶりに食べる……染みるわぁ……仕事頑張ろ」

 

 ミズキさんと伊藤さん(なんか泣いてる)が最初に焼き上がった一個を頬張ったその瞬間、常連のお客さん達が一斉に鉄板に手を伸ばし始めた。

 まるで津波が押し寄せるかの如く箸や串が伸びていき、二十個近くあったはずのたこ焼きは一瞬で空となる……最早まかないの域を出ている感。

 千束は嬉々として第二陣の製作に入っており、今が営業時間内なのを忘れて完全に趣味全開の行動をしていた。

 

「千束は相変わらずですね」

「……まあ、あれがアイツの味だからなぁ」

 

 呆れ顔のたきなが俺の隣りに立つ。徳田さんに水の替えを持って来てくれたらしい。何故か俺にも。

 俺は彼女につられて困ったように笑っていると、チラリと彼女が俺を見上げて尋ねた。

 

「……どうしますか誉さん。匂いが付きますよ」

「俺は皆が満足した後で良いよ。最悪食べれなくても……まぁ、うん……」

「……店長は?」

「……まあ、今更遅いしな。たきなも食べてきなさい」 

 

 今更止めろとも言えないミカさんは、たきなを送り出すとゲンナリ顔で溜め息を吐いた。溜め息深っ。

 

「リコリコでは、変わったまかないを出されるんですね」

「……まさか、千束が当番する時だけです。それ以外はふつ……いや、普通とは言い難いものも多いですが……ええ、まあ……」

 

 徳田さんの言葉に色々思い出して更にミカさんが顔を顰めている。まあ……うん……みんな普通とは呼べないまかない作るもんね。

 ミカさんのは和風が多い分俺は洋風で作るんだけど、錦木はイベントチックなものばっか作るし、クルミは基本駄菓子かレトルトだし、ミズキさんは酒の宛になる食材を店の経費で買ってくるというイカレ具合。たきなはつい最近までゼリー飲料やらプロテインやら携帯食料といった効率重視の食べ物だったし。

 

「……ふふ」

「?」

 

 ふと、隣りを見れば珈琲を一口含んで、可笑しそうに笑う徳田さん。丁度俺も自身で作っていた珈琲が出来上がり、つられてそれを飲んで……瞬間、納得したように笑った。

 

「……ははっ」

 

 ────たこ焼きの匂い強過ぎて珈琲の味が全然分かんないんだもん。そりゃ笑うわ。何と脆弱なのだろうか、俺の淹れた珈琲は。良くも悪くも落ち着かない。

 

「楽しそうで良いですね」

「……そう、ですね」

 

 彼の視線の先、常連のお客さん達が人垣を作る、その中心に立つ、たこ焼き器を担う錦木の笑顔。お祭りと呼ぶには温か過ぎて、まるで身内ばかりのホームパーティ。

 改めて思うが、甘味処の客間で営業時間そっちのけでたこ焼きパーティというのは、なんとも滅茶苦茶な光景である。

 でもそれがリコリコらしいと────錦木千束らしいと思ってしまうのだから、俺は完全に毒されていた。

 

「はい、トクさんと朔月くんの分!」

 

 徳田さんと俺のところに、錦木がそれぞれたこ焼きが二つ乗った小皿を持って来てくれた。鰹節と青のりだけのシンプルなたこ焼き。ソースとマヨネーズは皿の端にチョコンと添えられている。味は自分で、という事なのか。

 

 受け取った徳田さんは錦木を見て、それから俺とミカさんを見た。俺はただ頷いて、ミカさんは気落ちした表情のまま告げた。

 

「どうぞ、徳田さん。当店のサービスですから」

「……はは。ありがとうございます。いただきますね」

 

 俺と徳田さんは、同じタイミングで爪楊枝をたこ焼きに突き刺した。そこからなんとなく中身を露出させると、凄まじい湯気が眼前に立ちのぼる。

 絶対熱い間違いなく熱い。よく珈琲を淹れてるから何ともないと思われているが実は猫舌なんです俺。

 

「……いただきます」

 

 意を決して口に含む。火傷しないよう、ゆっくり噛み締めて熱さを感じないよう口内を広げて唇を窄める。……うん、熱くない。熱くない。近くにたきなが用意してくれた水もある。大丈夫大丈夫……。

 

「はふぃー!!」

「……っ!?ぐっ、ふふ……アッツ!」

 

 何今の奇声!?

 思わず吹き出してしまい、瞬間たこ焼きの中身が口内に溢れ出────アッツイ!!

 声のした方を見ると、隣りにいた徳田さんの口から白い湯気が吹き出ていた。冷たいソースやマヨネーズがクッションになってくれなかった様で、たこ焼きの熱さに悶え苦しんでいた。

 

 それを見て、千束が笑う。

 常連のお客さん達も、徳田さんと俺のその様子を見て各々笑い始めた。

 こっちが苦しんでるのに、と思わない訳じゃなかったけれど、水を飲み干し口が空になる頃には、徳田さんと顔を見合せて高笑いし合っていた。

 これが喫茶リコリコの味なのだから。

 

 変わり映えない日常を、千束を中心として彩っていく。

 楽しく、美味しく、嬉しい。それで良い。

 

「……ホットケーキはまた後日かな」

「そうですね」

 

 ────完全に舌が火傷した。

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

「ねね、どれが一番美味しかった?」

「えー……そうだな、強いて挙げるならポン酢とネギマヨの組み合わせが一番だったかも。錦木は?」

「え〜?選べなぁい……あ!でもあれかな、朔月くん焼いてくれたやーつ♪」

「あのチーズと明太子の?……ミズキさんのが上手く焼けてたじゃん。俺見様見真似で焦がしちゃったし」

「んーん、あれが一番だった」

「……何それ、変なの。珈琲淹れるけど飲む?」

「え!飲む!」

 

 ……なんてやり取りが、テーブル席の方から聞こえてくる。向かい合うように座っているのは誉と千束。まるで付き合いたてのカップルのような仲睦まじい会話が耳に入り込み、自然とそちらに視線が向いてしまう。

 誉が珈琲を淹れに席を立つと、後からその背を追いかけるように千束が小走りで向かう。

 

「……え、ちょ、何」

「何でもなーい」

「ついて来んなって」

「えー、いーじゃん別にぃー♪」

「そこ座っててすぐ淹れてくるから」

 

 この前までギクシャクしていた二人とは思えない。たこ焼きパーティが終わり、営業時間も終えて常連客達とのボドゲ大会開催中の真っ只中、休憩中の二人の何ともイチャついたやり取りを、離れた座敷席でカードを両手に見つめるたきな。

 

「イチャイチャしてるわねぇ」

「……っ」

 

 ビクリと肩を震わせ、視線を戻す。すると伊藤がニヤついた表情で此方を見ていて、思わず視線を逃がすとその先で北村が同様の表情で此方を見つめていて、逃げ場がなくカードを見下ろした。

 

「やっぱり気になる?たきなちゃぁん?」

「別に気になってません。伊藤さんの番ですよ」

「ぐっ……いつになくたきなちゃんが強い……」

「ね、ね、ちゃんと聞いた事無かったんだけどさ……たきなちゃんって、朔月くんの事どう思ってるの?」

 

 伊藤が顔を顰める中、隣りに座る北村が目を輝かせて問いかけてきた。好奇心か、冷やかしか。

 以前までのたきななら馬鹿馬鹿しいと吐いて捨てていたであろう問答だったろうが、千束と誉と過ごす内にこの店で関わる人達とのやり取りが自分の中で大切なものに昇華しつつある事を認めてからは、業務外の日常的な会話も彼らと交わすようになっていた。

 けれど、色恋沙汰の話になると耐性が無いのは、自分にその経験が無いからなのだろうか。

 

「……どう、とは」

「だからぁ、朔月くんの事、好きなの?どうなの?」

 

 ────好き。

 伊藤のその言葉を聞いて、胸の鼓動が少し跳ねた気がする。北村は嬉々としてこちらの次の言葉を待っていて。

 

「……何故、そんな事を聞くんですか?」

「やー、だってさぁ、千束ちゃんも朔月くんの事好きっぽいから、たきなちゃんはどうなのかなって」

「……千束がそう言ったんですか?」

「いや言ってはないけど……あの娘は、見れば分かるじゃん」

 

 北村と伊藤の言葉を受けて、たきなは視線をカウンター席へと向けた。そのカウンターを挟んで席に座る千束と、向こうで珈琲を抽出している誉の姿。その様子を、頬杖をついて頬を朱に染め、愛おしそうに見つめる千束の瞳。

 ……成程、これ以上無いくらいに分かりやすかった。自分もああいう風に傍から見えてたらどうしよう。

 

「まあでも、朔月くんカッコイイからなぁ。ライバルも多そうですよね」

「あー、良く来るJK集団でしょ?やっぱりこの店ネタが尽きないわね」

 

 朔月誉という少年は、確かに人気があるように見える。容姿はたきなの目から見ても優れたものだとは思うし、性格も悪くなく、能力的にも文句の付け所が見当たらない。

 彼を深く知らなくても、第一印象だけで感情を揺さぶられる人がいても何ら不思議ではない。北村が言うように、競争率が高そうなのは、恋愛感情に疎いたきなでさえなんとなく分かっていた。

 

 ────けどまあ……今の二人を見ていれば、それほど親密度の高くない第三者、この店に来る女性客の大半は大体諦めがつくのではないだろうか。現状の二人の間に割って入れる程の度胸を持ってる女性もそうそう居るものではあるまい。

 誉が千束の事をどう思ってるのか、具体的な部分はまだ分からないけれど。

 

「モタモタしてると千束に先越されちゃうわよ」

「…………」

 

 伊藤のそんな発言に、たきなは三度(みたび)彼らへと視線を向けて、難しい顔をした。

 というのも、千束に“勝負”を持ちかけたのは他ならぬ自分ではあったが、実際あの光景はたきなが望んでいた事でもあったからだ。

 誉の余命発言からお互いにギクシャクして、店の仕事にも任務にもイマイチ身が入ってない相棒が余りにも腑甲斐無いから、『誉が欲しいです』と発破をかけたまで。仲直りして千束がいつも通りになってくれるなら、それで良いとここ暫くは考えていた。

 だから、勝負といえどあそこに割って入るべきかをなんとなく決めあぐねているのは事実であり……。

 

「……難しい」

 

 恋愛とは、なんとも。

 これがちゃんと恋愛感情なのかも、たきなには分かっていなかった。千束の為だと言い訳してまで誉に近付こうとしたのは、何故だったのだろうか。

 やる前から勝敗など目に見えていたのに。勝負にすらならないと理解していた。短い時間の中で築き上げた想いなど、千束の長い時間の中で育んできた想いに勝てるはずもなく。

 他の女性同様に諦めても良いはずなのに、そもそもそれ程悔しくも感じてないないのは何故なのだろうか。

 

 ────自分は、ちゃんと誉が好きなのだろうか。

 千束のように、彼の行動の一つ一つで一喜一憂できる事こそが恋愛感情なのではないだろうか。

 自分はただ、彼から与えられた衝撃が、忘れられていないだけではないのだろうか。

 

 サイレント・ジンとの戦闘。銃弾が足を掠め、痛みに動けず苦しむ中で突き付けられた銃口と目が合った時に感じた死の恐怖。幾ら戦闘経験や訓練過程を経たとしても拭えない感情。

 それでもあの時は千束が来るまでの時間稼ぎ、任務の失敗、本部に戻る為の功績や実績の獲得、そういったものばかりが優先だった気がする。

 リコリスは替えが効く使い捨てと称する上層部の連中も居ると聞く。DAとは、そこに準ずるリコリスというのは、そういうものだと心のどこかで割り切っていたように思う。

 

『……たきなが無事で、ホントに良かった……』

 

 怪我をしてまで自分を庇い、そうして暗殺者を無力化してしまった彼が放った言葉だ。

 そう言って本当に安心したような笑みを浮かべた彼にたきながどれだけの衝撃を受けたか、それを彼は知らない。

 自分の無事を喜んでくれる人間がいる、その事実にたきながどれだけ勇気付けられたか、きっと彼は気付きもしてないだろう。

 

 ただの一般人。守らなければならない対象に守られ、助けられ、無事で良かったと笑いかけてくれる。これまでの自分の常識を意図も容易く覆してくれる、千束のような存在。

 そんなもの、嫌いになれる筈もなくて。

 

 ────ただ。ただ、欲しいと。

 独占にも似た何かが胸を焦がすかのようで。

 

「……たきなちゃん?」

「獲りました。私の勝ちです」

「え……ああっ!?獲られたぁ!」

「……たきなちゃん今日強くない?」

 

 たまたまですよ、と席を立ち上がって告げる。伊藤の悲鳴をその背に受けながら座敷席から下りると、その足でカウンター席へと足を運んだ。談笑していた二人が、ふと此方に視線を向けて、その頬を綻ばせてくれた。

 ────ああ、これだ。

 

「あれ、たきな。もしかして勝ったの?」

「勝ちました」

「凄いじゃん!いつも負けてるのにぃ」

「最近練習してるので」

「この負けず嫌いめぇ〜」

「……そちらは随分楽しそうで」

 

 千束の終始ニヤついた表情が癪に触り、皮肉めいてそう告げた途端、千束はその顔を赤くする。してやったり、揶揄われる側も体験すると良い。

 視線をカウンター越しの誉へと向けると、彼は柔らかな笑みを浮かべながら新たにカップを準備し始めた。

 

「たきなも飲む?珈琲」

「……いただきます」

「はいよ」

 

 そう言って、カチャカチャと陶器を用意する音がする。珈琲の香りが立ち昇り、漸くたこ焼きの匂いが上書きされていくように感じる。

 

「たきな、今日何が一番美味しかった?」

「どれも美味しかったですけど……千束が最初の頃に焼いてた、シンプルなのが好きですね」

「嬉しい事言ってくれんじゃん。たきなが焼いたのも美味しかったぜ」

「あの紅生姜たっぷりのやつな……」

「あ、あれはうっかり落としてしまっただけで……!」

 

 千束と誉に揶揄われ、頬を赤くする。誉は楽しそうにカップに珈琲を注ぎ、隣りでは相棒が『にひひっ』と楽しげに笑う。そんな二人を見るだけで、最近は満足してるような、そんな気さえする。

 結局たきなは、これが見たかっただけなのかもしれない。誉や千束、自分を変えてくれた二人が、生き方を教えてくれた二人が、その生き方を全うし、自分に示してくれるこの光景を。

 

(────でも)

 

 残された時間は、そう長くない。

 誉が告げた余命は、刻一刻と迫っている。この日常が瓦解する時は、そう遠くない内に起きてしまう。

 “また明日”が、言えなくなる時が、段々と。

 

「……っ」

 

 それを忘れているかのように、振る舞う彼らを見て、そんな話をする事もできなかった。ただ考えないようにしているだけなのかもしれないけれど、千束はその事をどう思っているのだろうか。

 自分は、耐えられる気がしない。この光景を手に入れる為なら、何でもやりたいとさえ思う。この時間が長く続く様にと、思考を巡らせて。

 そんな時にふと、たきなは千束を見て思い出した。

 

(────アラン機関)

 

 誉曰く、千束に人工心臓を提供したという、才能溢れる若者を支援しているという団体。たきなも詳しい事は、ネットやテレビでさらった程度のものではあるけれど。

 

 ────もし。もしも誉の才能が、アラン機関の目に留まるような事があれば、その時は千束と同じような心臓が手に入るのだろうか。

 

「はい、二人ともお待ちどおさま」

「キタキタ!待ってました!いただきま〜す!」

「……うーん、ちょっとコクが足りない気が……たきな?飲まないの?」

「っ……いえ、いただきます」

 

 誉に言われ、慌てたようにカップを手に持つ。

 それまでの思考を振り払い、彼が淹れてくれた珈琲に集中する。

 

「────……っ」

 

 普段なら美味と感じる彼の珈琲も、楽しめない。

 時間がない。その事実を自覚した途端だった。

 心の中の焦りが、消えてくれなくて。

 味を、まったく感じなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

Episode.29 『 Changing daily life(変わりゆく日常)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

「……よお、お帰り。邪魔してるぜ」

 

「……………………」

 

 ────もしもしポリスメン?

 なんかブロッコリー頭のテロリストが俺の家で錦木に借りた洋画見ながら帰り待ってたんですけど。

 

 

 






真島 「お前さ、コレ見た?」

誉 「……“ガイ・ハード”?あー、うん。見ろって勧められて一応は」

真島 「誰が好き?」

誉 「え?いや好きとかは別にないけど……マクレーンかパウエル」

真島 「つまんねぇな、一つに絞れよ」

誉 「別に良いでしょ二つでも。左腕と右腕どっちが好きか聞かれても分かんないでしょ?」

真島 「そのレベルの話?」

誉「何か飲む?俺珈琲淹れるけど」

真島 「苦いの嫌いって言ったろ。なんか甘いの無い?」

誉 「珈琲淹れるね」

真島 「聞けよ話」
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