会いたいと思える人には、いつか本当に会えるんじゃない?
真島との一件から暫くして、喫茶リコリコはいつもの日常に戻っていた。変わらず賑わう常連のお客さんと談笑しながら、丁寧に仕事を熟していく。
最近知ったのだが、俺がここに来てもうすぐ半年が経とうとしてるのだ。すっかり慣れたものだと、思わず頬が緩む。
「朔月くん、そっちのテーブルにこれ運んでー!」
「分かった、ちょっと待って!」
錦木からの指示を了承し、ホールの注文を受けた後、伝票をカウンターに置いて、交換するように甘味や珈琲を受け取ってテーブルに運ぶ。
すると、俺を視認した途端にその男子が顔を綻ばせて。
「お待たせしましたー、いつものね」
「あっ、ありがとうございます。あ、そうだ朔月さん、この前紹介したアニメ観ました?」
「ああ、観ました観ました。面白かったです。あれ今期のアニメだったんですね、続き追いかけようとしたんですけどまだ放送されてなくて」
「原作は完結してるんですよ。俺漫画持ってて、良かったら貸しますよ」
と、サブカルチャーの話で盛り上がり。
そしてまた別のテーブルに注文を聞きに行った際は、女子二人組に、
「お待たせしました。ご注文は?」
「あ、朔月さん。この前テスト勉強見てくれてありがとうございました!」
「お陰で赤点回避しました〜!これお礼にってみんなで作ったんです!」
「……クッキー?気を遣わなくて良いのに。有難く頂きますね」
「代わりにまた見て下さいねー?」
「賄賂かこれ」
と、このように最近は男女問わず学生さんが来てくれて、同年代と絡む事も増えてきた。漫画やアニメが好きな男子中学生とか、テスト勉強を見る女子高生達とか。
錦木やたきな以外にもこうして同年代の人達と話をしていると、何だか通学していた時の事を思い出してしまう。
「朔月くん私のは!?私の貸した洋画は観てくれた!?」
「や、観てない」
「何でよ!?」
とかって考えると、接客中に後ろから錦木の声が。振り返ってみれば何故か焦ったような落ち着かないような、そんな様子で。
や、毎日貸し出されても追い付かないんだって。てゆか、何故対抗するの常連さんと……。
「絶対観るからもうちょい待って」
「今日!今日ね!私も感想言い合ったりしたい!」
「必死か」
てかそれ、ほぼ毎日やってるだろ。
深夜帯に電話掛けてきやがって……おかげでこっちは最近寝不足なんだぞ。途中から感想とかじゃなくて普通に談笑だし、それで2時間とか普通に超えるし……鬼眠いんだが。
「〜♪」
「へ〜……」
「……何でしょうか」
……背中に視線を感じる。
振り返るまでもなくニヤついた表情が目に見えて分かる。微笑ましく此方を眺めていたのは、これまた常連である伊藤さんと北村さんだった。見てない振りして戻ろうとしたその背に、北村さんが声をかけてきた。
「朔月くん、千束ちゃんと仲直り出来て良かったねぇ〜」
「や、そもそも喧嘩してた訳じゃ……」
「何言ってんのよ、この前まで事務的な会話ばっかだった癖にぃ」
「そんな事……」
そんな事ない、と言おうとして口を噤んだ。
以前も否定出来ずに同じ反応をしたように思う。伊藤さんや北村さんの言う通り、ここ最近まで錦木とはまともに会話できない関係と、時間が続いていた。
その理由は俺の余命発言で、錦木はそれを聞いてこれまでの自分の在り方を振り返り、俺に対する態度や行動の正解を決めあぐねていた。そして俺も、そんなよそよそしい錦木にどう接するのが正解なのかが分からず、時間だけが過ぎ去って。
要は、お互いにビビっていただけだったのだけれど────と、ふと気になって錦木へと視線を向ける。
先程俺が対応した女子校生達のテーブルに向かい、『勉強なら私が教えてしんぜよう!』とやたら偉そうに胸を張って告げていた。俺に常連を取られまいと必死なのか何なのか分からないけれど、楽しそうに笑うその表情に、ギクシャクする前の曇りは一切無くて。
それが嬉しくて、ふと口元が緩み────此方をニヤついた顔で見上げる伊藤さんと北村さんを見て思わず視線を逃がした。
「おやおやおやぁ?」
「へぇ〜?」
「くそ……インク零してしまえ……」
「なんて事言うのよ」
くそ、揶揄われるの分かってた……すぐ恋愛の話に持って行きたがる北村さんもそうなのだが、特に伊藤さんのネタになりそうな現場を見た時に見せるニヤニヤした表情が堪らなく嫌だ。
伊藤さんめ、手元の原稿の締切に追われてしまえ……仕事しろ……。
「……ていうか、やっぱり朔月くんって人気よね」
「最近、男女問わず同い歳の子達が多いですもんね」
「……そう、ですかね」
「あんだけ囲まれてて……自覚無いの?」
伊藤さんが呆れた様に息を吐く。
確かに最近、同年代のお客さんと話す機会が多いような気はするけど……え、もしかして俺目当てで来てくれてる……?やだなにそれ嬉しい……リコリコの集客や売り上げにに貢献出来てる事実に感動すら覚える。
看板娘の反対って何だろう。看板息子?
「けど皆さんと仲良くなったのってつい最近なんですよ」
「え、そうなの?」
「はい。最初は話し掛けても避けられてしまって……近寄り難い感じ出てましたかね」
話しかけてくれオーラ全開だったんだけどな、と北村さんの疑問に答えながら思った。
まあけど実際、アルバイトを始めた当初は業務以外のサービスやホスピタリティなんてしてる余裕がなく、お客さんとの会話は事務的なものが主だった気がする。
あれは会話であって対話じゃない。今思えば、とても仲良くできる店員ではなかったかもしれない。……まあ今がそうじゃないとは言えないけど。
「んー……朔月くんって結構見た目浮世離れしてるから、最初近付き難かったんじゃないかな」
「……俺の見た目がこの店の人達の好みにそぐわないという事ですか?うわやだ何それ辛過ぎて泣く……」
「なんでそうなるのよ」
伊藤さんのツッコミを聞き流して凹む俺。
や、だってさ、つまり近寄り難い程に嫌な見た目をしてるって事でしょ?俺って傍から見たらそんな生理的に受け付けない容姿をしてるって事?うわキツ、そんな風に思われてたら肩震わせて引き篭る……。
「違う違う。ほら、その……何て言うのかな、綺麗過ぎて近寄り難い人とかって居るじゃない。そんな感じよ」
「……ああ、ミズキさんみたいな事ですかね。でもあの人は美人だから近寄り難いってよりは酒癖が悪いから近付きたくないみたいなマイナスニュアンスじゃないですかね」
「聞こえてんのよコラァ!!」
ミズキさんがカウンター席から酒瓶持って騒ぎ立てる。ミズキさん、そういうところですよ……。
くそう、そのミズキさん当人が俺の顔面偏差値高いとか言ってくるから本気にしようと思ってたのにやられた……煽てられて揶揄われただけだったんだ……許せないあの残念美女。
「くそ、カッコよくなりたい……自分で自分の事をカッコイイと思える様になりたい……」
「そういうのって自分で言うの良くないと思うなぁ」
「え、錦木なんてしょっちゅう言ってるのに?」
え、錦木なんて毎度SNSで『可愛い』などの投稿を真に受けてニヤニヤしてるんだぞ。『これって私の事だよねー♪』って、どこから来るんだその自信、と思わなくもないけど割と事実だから何も言えない。
そう口を噤んでいると、原稿から目を離した伊藤さんが此方を見て目を細めて、
「でも朔月くん、最初の大人しくてクールな印象だったから話し掛けに行きにくかった人多いんじゃない?話してみたら意外と子供っぽいところがあって面白かったけど」
「あんま褒められてる気がしないです」
逆だったらまだ嬉しかったかも。その評価は錦木やミズキさんにも当てはまると思います。
「けど、あれよね。要は朔月くんも、大分このお店に馴染んで来たって事でしょ」
「……そう、なんですかね」
「確かに。いつの間にか、朔月くんやたきなちゃんが居るこの店が当たり前になって来たなぁ」
「────……っ」
伊藤さんと北村さんのその一言で、笑みが固まる。
意図した訳じゃなかったけれど、北村さんの何気無く放った“当たり前”という言葉が、胸の痼となって痛んだ気がした。
忘れようとしていた、気にしないようにしていた命に関わる砂時計の砂粒が、サラサラと音を立てている感覚と音だけが脳内を目まぐるしく駆け回る。
────自然と、自身のその指先が胸を、心臓部分に触れるその瞬間に自覚する。
その当たり前が。その当然が。その日常が。その毎日が。
“また、明日”が、来なくなる日がいずれ来る。
それも、かなり近い将来にだ。
俺は、彼女達にこの話をするべきなのだろうか。
「……朔月くん?」
「っ……ああ、いえ、そう思っていただけるなんて感無量、恐悦至極、至福の喜びにございます」
「言い方が固いのよ」
感傷に浸っていたのを誤魔化し、思考から振り払うよう、一緒に頭を振る。伊藤さんに丁寧にお辞儀すると、そんな彼らの眩しい表情から逃げるかのようにその背を向けた。
「……」
────伝えるべきか。俺の残り時間を。
錦木やたきなには隠していたくなくて告げた余命だった。大切な人に嘘を吐いたままではいたくなくて。けどそれは、この人達にも言える事だった。
伊藤さんや北村さんだけじゃない。警察の阿部さんにダンディな後藤さん、気の良い兄貴肌の米岡さんに、穏やかな山寺さん、それに一緒にたこ焼きを食べ合った徳田さん。挙げ出したらキリがない程に、今の俺には誠実でありたい大切な人が多過ぎた。
逆の立場になった時、相手にいきなり死なれてたら気分が悪いだろう事は明らかだった。死期を知っているなら尚のこと、どうして教えてくれなかったのだと自分だったら怒るだろう。
けれど。
「……じゃあ、仕事に戻りますね」
「うん、珈琲ありがとう」
「いえ、それじゃ」
あの時の錦木と、たきなの驚愕と悲哀に歪む顔が脳裏を過ぎる。あんな顔をさせたくないと、心のどこかで歯止めが効く。
あの二人に伝えた事に後悔はしていないけれど、次また同じような事が起きた時に同様の事をするかと問われれば、俺はきっとその場で足踏みをしてしまう。
────言えない。それが今の結論だった。
何ともなかったのに、今は伝えるのが怖いと思ってしまっている。それどころか、自らが行き着く“生の終着点”について、考え直している自分がいる気がする。
生きる事に対して、欲が出てきたんだろうか。
「────ねぇ、ちょっと待って」
「……っ」
俺の背を、呼び止める一人の声。
振り返ってみれば、伊藤さんが真剣な眼差しを向けて此方を見据えていた。いつになく真面目な顔付きをする彼女の瞳に見られて、思わず萎縮する。
恐る恐る、次の言葉を待つ。開かれたその口から発せられる言葉が、重要なものである事を信じて。
「朔月くんは、悪人は殺すべきだと思う?」
「────……っ」
俺は、ただ目を見開いて息を呑んだ。
……何、その質問。命について、余命について考えてたこのタイミングで、何故今、そんな事を聞くの。
「……俺、は」
伊藤さんのその真っ直ぐな瞳に見抜かれ、射抜かれたように固まるその身体。どうにか俺は、震える口元を必死に動かしながら答えた。
「……俺は、誰かの生き死にを決められる程にできた人間ではありませんので……すみません」
「漫画のストーリー展開の相談なんだけど」
「……………………うわ恥ずかしくて死ねる」
キメ顔で言ったの恥ずかしいわ気持ち悪い。
じゃあそうやって言ってよ最初から。
俺あんまり冗談通じないんだから。
Episode.30『
▼
「皆さん、リコリコ閉店のピンチです」
「…………ゑ?」
錦木に突如そう告げられ、珈琲を淹れる手が止まった。
事は閉店後、いつも通り店内の掃除を終え、ルーティンである珈琲の製作に取り掛かりつつ、晩酌しているミズキさんの愚痴をたきなやクルミと共に聞き流していた時だった。入口の戸締まりを終えた錦木が、難しい顔で腕を組みながらそんな事を言ってきたのだ。
誰もが意味不明で固まる中、詳細を錦木が説明し始めた。
何でも今日のお昼頃、休憩中にミカさんのスマホの通知をうっかり見てしまったらしく、そこに『明後日21時、BAR Forbiddenにて待つ。千束の今後について話したい』と書いてあったそうなのだ。
それが何故リコリコが閉店する事と関係するのかがよく分からないが、ミズキさんが近くにミカさんが居ない事を確認すると、扉を閉めてから錦木に詰め寄った。
「人のスマホを覗き見すんじゃありません」
「だって見えちゃったんだもーん……」
ミズキさんに注意され、口を尖らせる錦木。
まあ、うっかり視界に入ってしまったという言い分もよく分かるよ。俺もたきなの下着をわざと見た訳じゃないしね。けど錦木は全然許してくれなかったよね。
「目が良いと余計なもの見てしまうんですね」
「パンツとかな……痛てっ」
クルミが揶揄った瞬間、たきなの丸いお盆が彼女の頭を叩く。何気に痛そう……クルミは頭を擦りながら錦木に問い出した。
「……楠木だと何で分かる?」
「そうですよ。司令とは限らないでしょう?」
「いーや、先生を垂らし込んで私をDAに連れ戻す計画じゃわ……」
「自慢ですか。結構ですね必要とされてて」
「あぁんそうじゃないよたきなぁ……!」
事実上左遷の形で此処に配属になったたきなからしてみれば面白くないのだろう、むくれた表情で錦木を見やる彼女に、錦木は抱き着いて必死に『違う違う違うぅ〜……』と弁明していた。
その間、俺は気になっていた事をミズキさんに聞いてみる。
「……あの、それが何故閉店って事になるんですか?」
「小さいとはいえ、一応DAの支部だからねぇ。ファーストリコリスのコイツが居ないと存続できないのよ」
へー、そういうシステムなんだ。まあ、でもそりゃそうか。
セカンドリコリスであるたきな一人じゃ仕事が回らないって事ね。たきなも優秀なリコリスだと聞いてるけど俺は彼女達の仕事を間近で見た数は少ないし、ファーストとセカンドじゃ何かあった際の責任問題的な部分もあるのだろう。
「じゃあ私が戻りますよ」
「うえええぇぇえ、そんなさーびーしーいぃぃぃぃぃぃいいいい……」
あっけらかんと言うたきなに、錦木が頬をくっ付けて擦り寄る。それを真横から見ていたクルミがポツリと呟く。
「たきなはお呼びじゃないんだろぉ───うぇっ!」
再びたきなにお盆で叩かれるクルミ。先程より威力強め。『失言だった……スマンスマン……』と謝る彼女を、傍から見て爆笑するミズキさん。
誰も真剣に物事を捉えてない辺り、流石リコリコの店員である。錦木が言ってる事が大袈裟だと思ってるっぽいなこれ。日頃の行いって大事だよね。
それを理解した錦木は、慌てたように全員に告げた。
「み、皆だってお店なくなったら困るでしょ!?」
その一言で、全員が考える。
もし錦木の言ってる事が本当だった場合を想像したのだろう、それぞれの表情が曇り出した。
「ま、まぁ、私は養成所戻しですし……」
たきなが焦ったような表情に。
そっか、本部には戻れないから養成所に戻らなきゃならないのか。それは本部で仕事したいたきなに取っては致命的だよな。あと居なくなられたらシンプルに俺が寂しい。
「まだ此処に潜伏してないとボクは命が危ない……」
クルミはクルミで此処がなくなると致命的だった。此処に来た経緯は又聞きだけど、今じゃDAや同業者、あらゆる所から命を狙われてるらしい。一度死んだように見せかけてはいるみたいだけど……。
「私も男との出会いの場が失くなる……!」
ミズキさんは……うん、まあ、何。相変わらず平常運転ですね。別にこの店でだって特に男性と出会えてる感じないけど。ミズキさん理想ばっか高いからなぁ……。
「……ん?」
とかって考えてたら全員がこっち見てきた。
……え、何、もしかして俺の番?
「俺、は……俺は、そうだな……」
この店が失くなったら……失くなったら?
全然想像がつかない。俺にとってこの店は、既に残りの人生を過ごすのに失くてはならない存在になっている。店内に広がる珈琲の香り、毎日顔を見合せ笑い合う地域のお客さん達に、俺を迎え入れてくれたリコリコの従業員達。
生きる屍だった俺に、生き方と在り方を問うてくれた錦木の存在。それらが失くなる想像をして、ただ一言。
「……みんなと一緒に居られなくなるのは、なんか寂しいなぁ……」
「「「「…………」」」」
そう呟いた瞬間、部屋が静まり返った。
我に返って顔を上げると、全員がポカンとした表情で此方を見ていて。
……え、何、もしかして俺今凄い情けない事言った?うわやだ顔赤くなってきたかも恥ずかしいお嫁にいけない……。
「……あ、あの……?」
耐え切れず、思わずみんなに声をかける。
そんな静寂の中、錦木が俺の腕を掴んで天高く掲げると、一言告げた。
「優勝」
瞬間、全員が頷いた。
え、なんか優勝したんだけど。
▼
「“BAR Forbidden”……検索エンジンには出ないな……おっ、あった」
「会員制のバーか……」
「うわオシャレ……」
情報収集の専門家であるクルミが、錦木が見たというミカさんのスマホのメッセージに乗っていた単語を調べると、割とすぐに特定出来た。表示されたデータには画像もあり、目を凝らして見るとどうやらBARというだけあってお店らしかった。
ミズキさんはそのオシャレな内装に心惹かれたのか、心做しか目を輝かせているように見える。俺もだけど。
「入れるんですか?」
「そこはコンピュータの人の出番でしょ〜♪」
たきなの質問に、錦木がクルミの顔を覗き込みながら答える。PC画面を見て表情を曇らせながらも、クルミはその期待に肯定した。
「偽造は何でもないが……」
「お〜!」
「アンタも偶には働きなさいよ♪」
……あの凄い今更なんだけどさ、偽造が何でもないってワード無茶苦茶じゃない?もうやり過ぎて罪の意識軽くなってるどころの話じゃないよね。
しかも何が問題かってそれクルミに限った話じゃなくてこの場の全員がそうであるという事実。
クルミの会員証偽造発言に対して誰もツッコミを入れないどころかそれを容認するという犯罪や違法促進がまかり通っている事なんですよ。流石閉店後にカジノ紛いの事をしてるだけある。まだ疑ってるよ?
しかし、錦木やミズキさんに後ろから急かされてもなお、クルミの表情は晴れない。何か気になってる事があるのだろうか……もしや、偽造に思うところが……!?そうか、やはり罪の意識が……俺は思わず口を開いた。
「クルミ、何か気になってるの?」
「いやだって、こんな店で仕事の話するかぁ……?普通に逢い引きじゃないのか?」
全然違ったわ。ああ、偽造は構わないんだ別に……。
クルミの発言に視線が再びバーの写真へ。なるほど、確かに仕事の話だけするなら最悪電話でも良い訳だし、態々この店に入る理由もない。
クルミは、錦木の懸念があくまで杞憂で、こんな綺麗な店で態々会ってまで話す内容はまた違うのではないか、と言いたい様だった。
……楠木さんって人を俺はよく知らないから何とも言えないけど……女性の方、なんだよね?それでミカさんとは旧知の仲でもあると……これは……もしや……?
「店長と司令は愛人関係という事ですか?」
「え」
俺が言わんとしてた事を隣りでたきながぶっちゃけた。思わず隣りを見ても、たきな真顔である。いや、何真顔でそんな事言ってんの笑う。
「愛人て……」
「アンタの口から……何かっ、興奮するっ……!」
「え?」
錦木も苦笑しており、ミズキさんに至っては爛れていた。たきなは何か間違った事を言ったのかと、素っ頓狂な顔で彼女らを見つめていた。
普通に恋人かもしれないのに、先に愛人を想像してくる辺り流石DAの英才教育の賜物ある。
許さんぞ純粋なたきなになんて知識を……しかし、クルミはたきなの意見に同意のようで。
「でもそういう事だろ?」
「「ナイナイナイナイナイナイ」」
「何でだよ、有り得る話だろ」
「「ナイナイナイナイナイナイナイ!」」
……錦木とミズキさん仲良いな。
けど、二人がそこまでミカさんと楠木さんは確実に愛人関係であるかもしれない可能性に否定的であるという事は、別の可能性が浮上してくるのだが……。
「……あの、さ。錦木」
「ん?どしたの」
「錦木がDA戻りたくないの分かってて、ミカさんがそれに応じるって光景があんまし想像付かないんだけど」
────そもそもの話、ミカさんが錦木をDAに連れ戻す事について首を縦に振るとは思えないというのが俺の意見だった。
「ミカさん、錦木が嫌がる事はしないんじゃない?」
「……あー……それは、まぁ、確かに……そうだけど……」
その発言に錦木だけでなく、全員が納得したのか顔を見合わせていた。
此処で生活をしていれば割と早い段階で理解するのだが、ミカさんは錦木にかなり甘い。彼女の遅刻には寛容だし、お客さんとの会話に花を咲かせて業務放棄の時間があっても小言くらいしか言わないし、店内でいきなりたこ焼きを焼き出しても換気扇を回すだけという仏みたいな人間である。
いや、諦められてるだけなのかもしれないけど。
それでも、何処か錦木を見る目が親のような時がある。血の繋がらない娘くらいには大切に思っているはず。そんなミカさんが、錦木が嫌がる場所に行かせようとするとは余り思えないのだ。
錦木もそれを理解したから、現在しどろもどろになっていた。
「え、じゃあ、先生は楠木さんと何の話を……」
「……や、だからさ、前提が違うんじゃない?」
「前提?」
「ミカさんが会いに行くのがそもそも楠木さんじゃないかもって話」
「じゃあ一体誰なんだよ」
「いや分かんないけど……それこそ愛人とか恋人とか、そっち方面の相手なんじゃないの?」
クルミの問いに、なんとなくそう答えた。
もしかしたら完全にプライベートの可能性もある。このお店を普段逢い引きに使っている可能性。錦木とミズキさんが、ミカさんと楠木さんの関係に否定的であるのなら、別に相手がいるのかもしれない。
……いや、それだと『千束の今後について話したい』ってメールの文章と矛盾するか。なら本当に相手は楠木さんで、ただ純粋に会って錦木の異動については断るけど、それとは別に昔の話に花を咲かせつつ晩酌したいだけって可能性も充分に考えられる。
「────……いや」
────それとも。
楠木さん以外で錦木の今後を語る相手がミカさんに居るという事……?
それはそれで不可解なんだけど……楠木さんが一応DAの総司令なんだよな?その人以外と錦木について何の話するんだ……?
……いや、これ以上の詮索は今は止めよう。
取り敢えず、ミカさんなら錦木をこの店から追い出すような事はしないだろうし、一先ず懸念は消えたから態々行く必要も無いだろう。
俺は自分のこれまでの思考を振り払い、錦木達の方を向いた。
「先生の恋人……」
「店長の愛人……」
「オッサンの、爛れた関係っ……」
「……ミカの女、か」
……あ、それはそれで気になる感じ?俺は行かないからね?
誉 「ミカさんってそんなに『ナイナイ』って否定される程モテないの?イケオジって感じでモテそうなのに……」
千束 「え……あー……うん、どうだろ……」
たきな 「何か事情でもあるんですか?」
誉 「歯切れ悪いなぁ、気になるじゃんか」
ミズキ 「アンタらみたいなお子様にはまだ早いわよ」
誉 「ミズキさん……さっきクルミが『ミズキに男ができる方が有り得ないだろ』って言ってました」
ミズキ 「クソガキィィィィイイイイイ!!!」
クルミ 「何で毎度バラすんだよぉ!」