行きつけの喫茶店の珈琲が美味   作:夕凪楓

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夢が生まれるのは希望からか、願望からか、切望からか────絶望からか。



Ep.31 Blackmail in the name of mission

 

 

 

 

『……調子は、どう?』

 

 ふと、病室の外から声がして、手元の本から顔を上げる。引き戸の先に立っていたのは、細身を白衣で覆い立つ黒髪の女性だった。自分と良く似た顔立ちの彼女は、此方を真っ直ぐ見つめてそう告げる。

 

『……』

 

 心配しているような言動に聞こえるけれど、少年には分かっていた。その表情はまるで実験動物を観察しているかの様で、心底気に入らない。

 そんな目で見られてしまえば、幾ら家族と思いたくても、幾ら愛されたくても、不安で堪らなくなる。

 

『……別に、問題無いよ』

『そう。なら良かった』

 

 ────本当に?本当に、そう思ってくれてるの?

 なんて、彼女がそれを聞いて煩わしそうな表情をするかもしれないと、その可能性が考えられる、それだけでその一言を躊躇う。

 

『……久しぶり、だよね。来てくれるの。仕事は、忙しいんじゃないの?』

『滞りなく。今日は珍しく時間ができたから』

『……そう、なんだ』

 

 家族と思えない程に、冷め切った互いの声音と会話の内容。

 愛なんて、まるで感じない。彼女の表情、仕草、言動、声音、その何もかもから。気が付いたのは、おかしいと思ったのは、いつ頃だっただろうか。

 そして、まるで鏡写しであるかの如く、少年も自分が彼女を愛しているのかが分からなくなっていく。

 不安が、胸中を渦巻く。ただただ、螺旋のように。

 

『……ああ、そうだ。貴方に相談に乗って欲しい事があって来たの』

『────……な、に』

『何って……いつもと同じ。研究で分からない所……というより、仮説が幾つか出てきたから、擦り合わせをしたいなって』

『……』

 

 それ、俺とじゃないとできないの?

 他の人とも、仕事仲間ともしてるんでしょ?

 もっと、別の話とか心配事とか、俺に対してないの?

 

 

『君との時間はとても有意義。私に無いものをくれるから。流石は私の⬛︎⬛︎だよ』

 

 

 息子だなんて、思ってない癖に……とはいえなかった。

 どれだけ嫌われようと、雑に扱われようと、親を嫌いになれるはずがない。子にとっては親が自分の全てであり、世界なのだから。

 けれど、そう思い込む事にも、限界が近付いているような気がした。

 

 

『生憎、他の人間とは話していても生産性が感じられなくてね。皆、貴方ほどに賢ければ良いのに』

 

 

 ────ねぇ、母さん。知ってる?

 俺、心臓の病気なんだって。病院の先生に言われたんだ。

 医師免許持ってるんなら、何か知ってるんじゃないの?母さんは、何とかしてくれないの?

 

 

『本当に、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎良かったよ』

 

 

 俺、時間無いんだってよ。

 成人できるか分からないんだって。

 

 

『誉も、そう思わない?』

 

 

 ────ねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────なんで笑ってんの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Ep.31 『 Blackmail in the name of mission(それは使命という名の脅迫)

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 朝から昼過ぎまでの短めのシフトが終わり、研鑽の為に珈琲を淹れて抽出を待っていると、ふとカウンター越しにいるミカさんと目が合った。実は本日七回目である。

 

「ん……私の顔に何か付いてるかな」

「いえ、滅相もございませぬ。男らしい目と鼻と口が付いておりまする」

「言い方が固いな……」

「キューティクルな瞳とスマートな鼻とプリティなお口がバランス良く付いてますよ」

「言い直さんでいい」

 

 錦木達がミカさんを怪しんでるから、俺もなんとなくミカさんに目を向けてしまっていたのだが、すぐさまその眉を寄せる事になってしまった。

 ……やはり気の所為じゃない。今日、ミカさんは明らかに浮かれている。何故って、ミカさん何か今日肌ツヤ髪ツヤ最高なんですよ。いつもの二、三割増しくらい(適当)。え、何処の保湿クリームとトリートメント使ってんの?そういうのミズキさんに共有してあげた方が良いですよ。

 

「……今日、何処か出かけられるんですか?」

「どうして?」

「や、何かいつもと雰囲気が違う気がして……あ、さてはお化粧してますね」

「してないが」

 

 知ってた。でも明らかに違って見える、主に肌と髪が。これはやはり逢い引きなのでは、と気付かれない程度に探りを入れたつもりだったのだが、ミカさんが俺を見て怪しんでる気がする。

 錦木とミズキさんは否定してたけど、やはり件の楠木さんとやらと錦木の事を話しながらも積もる話を重ねて、そのまま恋愛方面の展開になってしまうのではと、最近常連の学生達に勧められてそういう系のアニメとかラノベに手を出し始めた俺の心がぴょんぴょんしてる。

 

「ああ、よく分かったね。実は今日、昔からの知人に会うんだ」

「知人、ですか。その感じだと結構大事な人なんじゃないですか?」

「はは、さてどうだろうね」

 

 ……濁されてしまったけど、これやっぱり楠木さんじゃない?錦木の事で話があって逢い引きの可能性もあって、しかも昔からの知人で思い当たるのってもう俺の中じゃ楠木さんって人しか居ないんだけど。

 や、俺がミカさんのこと何も知らないからそもそもの選択肢が少ないのもあるけど。

 

 俺はまだ見ぬ楠木さん。DAの司令塔らしいのだが、俺の中ではリコリス達にえらく偏った知識を教えて回るヤベー女性でしかない。主にたきなの下着問題とか愛人発言とかそこら辺。教養って大事。

 みんなに聞いても情報が薄過ぎて、お陰でどんな人なのか未だに想像がつかない。錦木は『口煩いオバサ……女の人』とか言うし、たきなは『司令は司令です』としか言わないし、ミズキさんは『顔の怖いキノコ』って言うし。キノコって何。みんなバラバラなんですけど。

 

 ────そしてそれらを総合すると『口煩く顔の怖いキノコ女』って事になる。ただの妖怪で笑う。

 

 ……けど知人ていうから恋人ではないのかな。そうでなくとも友人ではありそうだけど……なんかいいな、昔の知人友人に久しぶりに会って過去を懐かしむ事ができるのって。そういう思い出話に花を咲かせる、みたいなシチュエーション密かに憧れてたなぁ。昔の知人なんて誰も居ないんですけど。

 

「良いですね、そういうの。俺友人少ないんで憧れます」

「なに、今からでも遅くはないさ」

「……そう、ですかね。今から行動を起こしても、結局無駄になってしまうかもしれないですよ、お互い」

 

 あまり言いたくないけど此方には余命がある。実際問題として今から友人を作ってもすぐに別れてしまうのなら、それは関わってくれた相手にとっての時間の無駄になってしまうのではないかと、ただひたすらにそれが怖くて踏み込めないだけなのだけれど。

 すると、ミカさんは眉を寄せて此方を見据えて告げる。

 

「他人がどう思うかは君が決める事じゃない。もしそれを理由にするなら、君にとっても勿体無い」

「……ミカさん」

「それに、自分を知ってる人間が増えるというのは存外悪くないものさ。この店を始めて、そう思う様になった」

「ぁ……」

 

 確かにそうだ。自分がこう思ってるから相手もそう思ってるだろうなんて考え方は良くなかったかもしれない。今まで関わってくれたみんなに対して失礼にあたる。

 それに、ミカさんの考え方にも納得した。自分を知ってくれてる人間が多ければ多い程、自分は誰かの心の中で永遠(とわ)に生きていられる。それは、俺が求める生き方だった。

 

「少し偉そうだったかな。軽く聞き流してくれていい」

「……いえ、なんかこう、腑に落ちました」

 

 錦木がミカさんを“先生”と呼ぶ理由が分かるような気がした。ミカさんは苦笑しつつ、俺が無言で差し出した淹れたての珈琲を小さく会釈して受け取った。口に含み暫くすると、「成長したね」と頬を緩めてみせた。自分が虜になったこの店の珈琲を作り出している人にそう言われると、何よりも励みになる。

 

「ミカさんの様な至高の領域には程遠いです」

「……前々から思ってたんだが、私を神格化し過ぎじゃないか?」

「いずれは俺も自分で淹れた珈琲でお客さんを咽び泣きさせたいです」

「そんなお客さんは私も見た事ないんだが」

 

 あ、ホント?俺なんて初めて珈琲飲んだ時は感動か苦過ぎてかどっちだったか分かんないけど涙目だったよ?

 

 

 ▼

 

 

「戸締まりとガスの元栓だけ気を付けてくれ。後は頼んだよ」

「はい。行ってらっしゃい」

 

 錦木の見たメールに書いてあった時刻は、もうあと一時間というところまで来ていた。ミカさんは昼に言っていた様に外出するようで、俺達に一声だけ掛けるとそのまま表口から出て行ってしまった。

 錦木達に何の用か伝えてない辺り、本当にプライベートだから干渉して欲しくないのか、はたまた錦木の言う通りDAから錦木を返すよう言われているからその心配をさせたくない為なのか。後者ならミカさんの優しさが垣間見えるのだが、仮に前者であるのなら目の前で尾行の準備をしている彼女達の何とも余計な事……。

 

「……さて」

 

 疲れた。本日二回目の珈琲淹れて帰ろう。

 自然と小さく息が溢れる。カウンター席の裏に周り、普段勉強に使っているメモ帳を開いて、再び珈琲の豆挽きから段取りを開始する。計量器で豆の量を測りながら、ボーッとカウンター向こうの客席でわちゃわちゃしているリコリコ従業員を我関せずに見やる。

 

「みんな準備できた!?」

「千束、忘れ物です!」

「ミズキ早くしろ!」

「待ってろ今着替えてんだからっ!」

 

 ミカさんが居なくなった瞬間、錦木、たきな、クルミ、ミズキさんの四人はそれぞれそそくさと出掛ける準備を始め出した。ドレスコードを準備する錦木とたきな、PCを畳み抱えるクルミ、着替えるべく裏の更衣室に走るミズキさん。

 

「────……はぁ」

 

 ……まあ、何。こういう事あんま言いたくないんだけど……みんな、普段の仕事からそのくらいキビキビ動いてくれるときっとミカさんも嬉しいと思うんだよね。

 どうやら彼女達は、やはり予定通りミカさんの尾行をするらしい。まあ、本当に楠木さんの可能性もあるし当然といえば当然か。でも俺としてはやはりあまり気乗りしない。我関せずを貫きコーヒー豆を挽いてると、ミズキさんが目を見開いて此方を見てきた。

 

「ちょ、アンタ何挽いてんのよ!?」

「え……ああ、アメリカ産のハワイコナです」

「ちっがうわ!豆の種類聞いてんじゃないのよ!こんな時に何コーヒー豆挽いてんのって聞いてんの!」

「これまだ飲んだことなくて、気になってたんですよね」

「朔月くん、私のも淹れといてー!」

「アンタは早よ着替えなさいっ!」

 

 裏の更衣室から錦木の声が聞こえ、それを聞いてもう一つマグカップを用意する。ミズキさんは眉を寄せながら「出さんでいい」と繰り返し呟く。その視界端で何かが動くと同時に聞き慣れた声がした。

 

「誉さんは行かないんですか?」

「いやだって、行ったところで俺は店に入れな、い……」

 

 その声の主────井ノ上たきなを見て、固まった。

 その長髪を後ろで纏め、タキシードに身を包み、凛とした表情と佇まいの彼女がカウンター越しに俺を見つめていた。普段と雰囲気も出で立ちも違う彼女の存在感に圧倒されて、俺は思わずその目を見開く。

 

「……え、何その格好」

「ドレスコードですが」

「今日行くとこってコスプレ限定のバーとかだっけ?」

「会員制のバーですよ。聞いてなかったんですか?」

「いや聞いてたよ?ただ聞き間違いだった可能性を目の当たりにしてるから」

 

 てっきりドレスだと思ってただけに面食らってしまう。な、何か凄いスマートっていうか、カッコイイな……。

 新鮮過ぎて上から下までジロジロ見てしまっていたのか、たきながいたたまれず目を逸らし下を向いて小さく呟く。

 

「……変、ですか」

「え?いやそんなことないよ、似合ってる。てか、カッコイイよ」

「……っ、そう、ですか。それは、どうも……」

「え?……あ、うん……」

 

 少し照れ臭そうにして俯くたきなに思わず生返事するが、こうして見ると確かに様になっている。ただサイトだけ見ればオシャレなバーだったので、てっきり錦木もたきなもドレスなのかと思ってたんだけど……たきなの事だから動きやすさとかで服選んでそう。

 

「んんっ……誉さんは、クルミとミズキさんと待機してて下さい」

「……正直、あんまし気乗りしないんだけど」

 

 俺が朝にミカさんと話した感じだと、相手が楠木さんでも別の誰かでもミカさん本人の私用な気がしている。仮にそうならミカさんのプライベートを邪魔する気は無い。本当に恋人や愛人との逢瀬なら、介入するのは不躾だろう。

 

 楠木さんで確定だった場合は尚更だ。そもそも表向き俺はリコリコと関わりが無い第三者であり、サイレント・ジンや真島との戦闘時の事は伏せてないといけない。

 錦木とたきななら万が一バレても切り抜けられるかもしれないが、俺がリコリコとの関係を楠木さんに追求されたらアウト、故について行くのはリスクでしかない。

 

「中の状況は、クルミが監視カメラからインカムで伝えてくれる手筈です。なので誉さんも車で一緒に」

「い、いや俺は別に……気になったら個人的にクラックして覗けるし、無理に行かなくても」

「言ってることヤバいんですけど……」

「最近感覚が麻痺してきたんだよね」

 

 最近法(銃刀法違反、ハッキング)を犯し、罪でこの手を汚しても何も感じなくなってしまいつつある恐怖……もうあの頃の純粋な自分とはさよならしてしまったんだ……とつい最近までの話を懐かしむ。

 てゆか、それで言うとクルミが行くのもアウトなんだけど……何故ついて行くの。まあ、車の中で待機なら大丈夫だとは思うけど、とか考えていると裏から恐らくまだ着替え中であろう錦木の声がする。

 

「えー!?朔月くん一緒に入れないの!?」

「当たり前です。司令にバレたらなんて説明するんですか」

「あー、そっかぁ……そりゃダメだ……」

「そんなことより、着替えまだですか?」

「はいはい、今終わったよーっと……ジャジャーン!!」

 

 たきなに促されて錦木がカウンター前へと躍り出る。その足音に弾かれるように再び顔を上げると、赤を基調としたイブニングドレスを身に纏い、自信満々な笑みを浮かべて、その姿を見せ付けるようにして立っていた錦木と目が合った。

 

「どーよ朔月くん!私ぃ、似合ってる〜?」

「……」

 

 彼女のイメージカラーはなんとなく赤だと決め付けていたけれど、あまりの親和性に思わず目を奪われる。月並みの言葉しか出てこないけど、端的に言って物凄く似合っていた。

 

「……えと、朔月くん?」

「え……あ、ああ、うん、ごめん……少しボーッとして……やっぱり錦木は赤が合うね」

「でしょ〜!やー、何着ても似合っちゃうなぁ〜!」

 

 見惚れてた、なんて。言えるわけもなくて。適当な返事になってしまったけれど。これ以上見たら変態丸出しの視線と表情になりそうだったから、慌てて下を向いて珈琲を啜る。

 グイッとカップを仰いだ瞬間────此方を訝しげに見つめていたたきなと目が合った。もしかしなくてもずっと見られてたっぽい。何それ恥ずかしい。

 

「な、何。何だよ」

「……いえ、別に」

 

 たきなは俺の問いかけに眉を寄せて不満そうな、難しい顔をしてそう返すと、その場を立ち去り裏の更衣室にいるであろうミズキさんの元へ向かって告げた。

 

「……ミズキさん、私のドレスは無いですか」

「はあ!?何急に!?アンタそれで良いって言ってたじゃない!」

「気が変わりました。私もドレス着たいです」

「我儘言うなっ!!アンタのは無いわよっ!!」

「ならそのミズキさんの貸して下さい」

「アンタ見たいなお子様にはまだ早いわよ」

「ミズキのじゃサイズ合わないだろ」

「うるせぇクソガキ!!」

 

 クルミに煽られ甲高い声で騒ぐミズキさん。確かにミズキさんの服じゃたきなには合わない……や、体型の話とかはそうなんだけど、センスというかジャンルというか……というか何故急にドレス……。

 ふと、カウンター越しで俺の淹れた珈琲を片手に、錦木がにししと笑った。

 

「……あー、私の見てたきなも着たくなったなぁ〜?」

「今日の為に準備してたんならたきなのも用意してあげれば良かったのに」

「あの子がアレにするって言ったのよー、何かあった時に動きやすいからって」

「銃とか仕込んでそう」

「あー、あるかも」

 

 そう言って互いに笑い合う。たきなは暫くすると残念そうな、むくれた表情で戻ってきた。何故か車で待機組のミズキさんまでもがオシャレしていたが突っ込まず、そのまま店の戸締まりを確認しつつ表に停めてくれたミズキさんの車へと向かった。

 

「ほらほら乗りなさい野郎共」

「ミズキさんノリノリですね」

 

 あわよくば自分も高級バーで男を漁ろうという魂胆なんじゃないかと邪推してしまう程に何故かテンションの高いミズキさん。必死さが滲み出てきて何故か泣きそうになる。ぐっ、堪えろ……。

 涙を拭い、錦木とたきなに続いて車へと向かうと────我が物顔で助手席にふんぞり返るクルミの姿が。おい、サイズ的にそこに座るのがクルミなのはおかしいだろ。

 

「……」

「ん?何だよ」

「いや何だよって、助手席……」

「ボクが座る。お前は後ろの真ん中な」

「何故そこまで指定……」

 

 クルミがそこに座るのがさも当然みたいな顔をしているのは流石だとして……え、後ろの真ん中ってつまり、錦木とたきなの間……?いや流石にそれは……なんというか、うん。

 

「い、いや、じゃあいいよ俺は。元々乗り気じゃ無かったし……」

「店の存続がかかってるかもしれないんだぞ。千束に何かあったらどうするんだ」

「仮に何かあったとして俺が何かできると思わないんだけど……精々楠木さんにカクテルご馳走するくらい?」

「肝の座り方が違うんだが」

 

 いや本当にそれくらいしかできることない。先程も言ったが、俺がいても問題が増えるだけでデメリットしかない気がする。そのうえ俺はミカさんのこの用事がプライベート込みのものだと思ってるので邪魔をしたくない。

 

 ただ、仮にクルミや錦木が懸念してる通りなら、何か対処する為の手札として人が多い方が良いっていう案も分からないわけじゃない。というかこうして言い訳みたいなこと言ってるけど本音は二人の間に座るのが恥ずかしいだけ。

 

「……はぁ、分かったよ。ミズキさんトランク空いてます?」

「乗せれるわけないでしょうが」

「……じゃあクルミが持ってたあのキャリーにクルミを入れてトランクに積むというのは」

「お前舐めてるだろ」

 

 ダメか……くっ、仕方無い。流石に事故った時の死亡率が高いと言われてる後部座席の真ん中に他の人を座らせる訳にはいかない。錦木とたきなには辛いかもしれないが真ん中座るか。

 

「ほらほら、気にしないで。おいで?」

「……お邪魔します」

 

 先に座っていた錦木が、そう手招きしてくれる。彼女の隣りに詰める形で座り、その後にたきなが俺のすぐ傍で腰掛けた。二人の肩が俺の両肩のくっ付いて……やめろやめろ、何も考えるな。

 

「いいご身分ですなぁ、朔月くん?」

「……ああうん、そうね」

「うっわ反応悪っ。こんな美女達に囲まれといて。ね、たきな〜?」

 

 返事がつい曖昧になってしまう俺について錦木がそうたきなに振ると、彼女がじっと俺のことを見上げてきた。ちょ、距離近い。その格好で距離近いとなんか無駄にドキドキする。

 

「……誉さん、本当に嫌なら座席替えますか?」

「え?」

 

 眉を寄せて訊ねてくるたきな。気を遣われてしまったかもしれない。年頃の異性と触れ合う機会が少なかったからとはいえ、これしきのことで一々キョドっていたら流石に恥ずかしいし情けない。座席如きで不満垂れるな、男だろ俺。

 

「や、全然平気……あ、そう!両手に花って感じだし」

「そう、ですか……あ、でもこの前外国の人達に私達のこと『毒がある花』だと言ってましたよね」

「ヤベーとこ話振っちまった」

 

 訂正。リコリスにフランス語まで教えてるなんてDAの教育は流石です。楠木さんには頭上がらないです。

 錦木もそれを思い出したのか噛み付かんばかりの目で此方を睨み上げていて震えた。怖。あれおかしいな、予定と違う。

 錦木とたきなの視線に刺されながらも漸く座席に腰を落ち着け、シートベルトを締めると同時にミズキさんがアクセルを踏み込んだ。事前に調べた住所は此処から少し離れているらしく、クルミがマップを確認しながら行き先をミズキさんの隣りで指示していく。

 

「……あ、忘れてた」

「ん?」

 

 小さな声で右隣りの錦木がそう呟く。思わず右を向くと、彼女が何処からか取り出したチャームを首に付けようとしてるところだった。露出の際どいドレスの為に慌てて目を逸らそうとするが、ふと彼女が持っていたその“梟のチャーム”に目が留まり、固まってしまった。

 

「っ……アラン、の」

 

 ────……思わず、声が漏れた。

 

「ん?ああ、これ?何、気になる?」

「……いや、別に……」

 

 水族館で俺とたきなか褒めてからというもの、似合ってると言われたのが余程うれしかったのか、錦木はそれを誇りにするかの如くその首に付けている。

 つられて見ていたたきなも気になったのか、俺を挟んで錦木に声をかけた。

 

「それ、今朝もテレビで……なんか金メダル取ってました」

「あ、そう!私にもそーゆー才能があっちゃうかな〜?」

「弾丸避けるとか誰にでもできることじゃないですけど」

「うひひ、ありゃ勘だよ。弾より速く動けたらメダル取れるんだけど〜」

 

 俺を挟んでの二人の会話。運転席の向こうで、ミズキさんがからかい混じりに一言告げて笑った。

 

「アランさんの手違いだな」

「なんちゅーこと言うんだキサマァ!……ま、金メダルとはいかなくても、誰かの役には立てるでしょ。DAに戻されてる場合じゃないのよ」

 

 ミズキさんに一喝した後、ふと物憂げに窓の外の景色を眺める錦木の横顔。俺は今、それをどんな表情で見ているだろう。

 彼女の言葉の意味を、俺やたきなはもう知っている。彼女がDAを出た理由は、自身の命を救ってくれた恩人に出会うが為。梟のチャームを譲り受けたという話から察するに、相手は十中八九アラン機関の人間だ。

 

 公には知られてないが(・・・・・・・・・・)アラン機関には幾つかの禁忌(タブー)が存在しており、その中の一つに『支援者への直接的な接触の禁止』というものがある。ドナーと患者が顔合わせできないのと同じく、錦木の命を救う為に行動したアラン機関の人間は、支援対象である錦木と顔を合わせる事がそもそもできない。錦木のDAを飛び出してまで会いたいと願うその努力は報われない可能性があるのだ。

 

 それに俺は────錦木が受け取ったあのチャームに、良い意味があるとは思っていない。

 そもそもアラン機関はただ『才能ある者を支援する』のではなく『才能はあるが病気や貧困などが原因でそれを発揮できない者を支援する』団体である。彼らは決して慈善団体ではなく、必ず成果という形の見返りを求めている。つまるところ錦木はアラン機関から、自身の命と引き換えに世界への使命を与えられているはずなのだ。

 

 そこで思い出すのは、夏にあったサイレント・ジンとの一件。松下さんを装っていた何者かは、アラン機関が錦木に人口心臓を与えた意味を知っている節があった。その松下さんが錦木にさせたかったのは『人殺し』だった。

 ……推測でしかないが、松下さんの中の人は恐らくアラン機関の人間で、錦木の人工心臓の提供者の可能性が高かった。松下さんを介してのやり取りも、アラン機関に定められた禁忌(タブー)に抵触しない為だとすれば辻褄が合ってしまう。

 

 導き出される結論として、仮説として有力なのは───アラン機関に見出された錦木千束の才能が、卓越した動体視力で弾丸を躱すことで戦場を蹂躙せしめることのできる戦闘能力───『殺しの才能』かもしれないということだった。

 

「……くだらない」

「ん?朔月くん何か言った?」

「ううん、バーってちゃんとした夕飯とか食べれるのかなって思って。なんかお腹空いて来ちゃった」

「朔月さんは車で待機って言いましたよね?」

「あ、そうだ、素で忘れてた」

 

 思わず吐露してしまった本音を、自然体で誤魔化す。自分が今まさに推測していた仮説も、それが正しかった場合のアラン機関の掲げる理念も、何もかもくだらないと思った。

 

『助けてやったんだから使命を果たせ』だなんて、酷い脅迫だと常々思う。それを踏み倒せる人間がいたら中々の大物だろうと笑いたくもなる。

 この仮説に行き着いた時、何度か錦木に話そうと試みたことがあった。けどその機会に恵まれる度、首に付けたチャームに目線を落としては嬉しそうに笑みを浮かべるもの彼女を見て、俺は────何も、言えなくて。

 彼女の大切で純粋で透明な記憶を、汚したり壊したりしたくなくて。ただの仮説で、妄想の域を出ない話で、確証なんてないのだからと蓋をして。

 

「……才能、か」

 

 それがどういう概念なのか、あまりよく分かっていないけれど。そこがゴールじゃない、その才能を惜しみなく活かす道が必ずしも正解とは限らない。その才能一つで進める道は一つじゃなく、枝分かれした先に無限の可能性があるのだと、何者でも目指せるのだと、俺は知っている。

 

 

 ────貴方は何にでもなれる。

 

 

 かつて俺を生み出した女性から、そう教わっているから。

 

 

 

 

 








誉 「座席のことでこんな時間かかると思わなかったな……なんか疲れた」

クルミ「……なんなら、ボクを膝の上に乗せて座るか?」

誉 「いやそんな……子持ちのパパみたいじゃんか」

クルミ 「やっぱお前ボクのこと舐めてるだろ」








最近SAOの新作『灰を月夜の黒猫』を投稿しましたので、こちらと一緒に感想を貰えると嬉しいです。

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