行きつけの喫茶店の珈琲が美味   作:夕凪楓

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君がいて、皆がいて、そこに自分がいられたらきっと幸せだった。




Ep.33 Curse in the name of ability

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 リコリコに戻り、帰り支度を済ませる中で深い溜め息が一つ。いつもなら珈琲を淹れて気分を落ち着かせているはずなのだが、今はそれをする気にすらなれずにいた。

 

 バーでの一件が終わり、千束とミカを置いて岐路に立った残りの四人は、リコリコに戻るとその場で解散した。たきなとミズキは既に帰宅、クルミは裏の部屋の押し入れでいつも通り過ごしていることだろう。

 

 あの場にいた時間はとても短かったにも関わらず、受け入れるべき情報量があまりにも多過ぎて、どっと疲労が心体に押し寄せてきていた。

 

「────……」

 

 ミカが隠していた秘密、アラン機関である吉松との邂逅、千束の叶わなかった淡い願いに加えて────たきなに対しての罪悪感。

 その中でも特に一番最後のことが誉の心から、脳内から、消えてなくならない。ずっと同じ大きさと鮮明さを保ち、片時も忘れさせてくれない。彼女の言葉を、声音を、気持ちを、表情を、その全てを。

 

「……っ」

 

 後悔してるかと言われれば、正直分からない。時間が経つにつれてこの気持ちが晴れる日もあれば、再び罪悪感に苛まれる日がくる時もあるかもしれない。それでもきっと、いつかは言わなければいけなかったのだ。

 永くは生きられない。いつまでも一緒には居られない。別れは、誰にでも来ることを再認識させるのは、早い方が良かったんだと、そう自分に言い聞かせる。

 

 ────自分をどうにか生き長らえさせようと考えに考えて、アランに縋ろうとしてまで自分のことを想ってくれた彼女の気持ちを、踏み躙ることになると分かっていながら。

 

「あれ?」

「……っ、錦木」

 

 足音がして思わず顔を上げる。裏から現れたのはリコリスの制服に着替え直した千束だった。

 いつの間に帰って来てたのかと時計を見れば、誉がリコリコに着いてから一時間をゆうに超えていた。

 

「……ミカさん、は?」

「先に帰ったよ。さかっ……()、は?何してんの?」

「……何、してんのかな。分かんない」

「なーにぃ、それ」

 

 変なの、と湿った声で笑う千束。普段と変わりなく見える笑顔だけれど、やはりどこか覇気を感じない。

 どれだけ時を重ねても会いたいと願った自分の恩人に会えたのに、願いが叶った人間の見せる表情にはどうしても見えなかった。

 千束はカウンター席に座る誉の隣りに腰掛けると、頬杖をついて此方を覗き込んでくる。

 

「なんかあったのー?」

「……いや、何も。あったのはそっちでしょ」

「え……あー、はは。まあ、そうね」

 

 誤魔化すような乾いた笑み。なんでもないと強がるような、そんな表情に見えた気がした。

 誉が見てきた中での千束の印象として、彼女はなんでもない風を装うのがとても上手い。普段は喜怒哀楽と感情が表に出やすく分かりやすい彼女ではあるのだが、こういう肝心なことは自分の中で仕方ない、しょうがないと割り切っている部分が多い気がする。

 周りに心配させまいとするその在り方は美徳だが、話して欲しいと思う時もある。勿論、無理強いはしないが。

 

「ねぇ、誉」

「ん、何?」

「……私、会いたいと思ってた人に会えたよ」

 

 ポツリと、そう隣りで零れる。

 誉が水族館で言ってた通りだ、と微笑んで。

 たきなから聞いて知ってはいたけれど、相手が吉松であったことも改めて伝える彼女の物憂げな横顔を見て、誉は『そっか』とただ頷いて応えた。

 

「先生が秘密にしてたのも、それが私を助ける為の条件だったからなんだって」

「……言いたいことは、ちゃんと言えた?」

「うん……けど……受け取って貰えなかった。認めちゃいけないって……そういう決まりなんだって」

 

 知っている。支援者は対象と接触してはならない。アラン機関の禁忌(タブー)の一つだ。

 だからこそ吉松は松下として現れたり、刺客(ジン)を送り込んだり、ミカと二人きりで話をしたりと手練手管を使って、千束を自身の才能の活かせる“殺し”の道へと軌道修正しようとしていた。

 

 それを多分……千束はまだ(・・)気付いていない。あくまで“まだ(・・)”だ。それとも、本当は心のどこかでは既に気付いていて、知らないフリをしているだけなのかもしれない。

 

「……言いたいことの半分も言えなかった」

「────……そう」

 

 なんとも言えない、虚しさと報われなさを感じた。

 千束が会いたかった、探していた人と漸く出会えて、救ってもらったとお礼を言えたのならば、もっと満ち足りた表情を、幸せに溢れた笑顔を浮かべていなければいけなかったのに。

 彼女が抱き続けていた理想も夢も。探していた人さえも。あの場所には、何もなかったのではないか。

 

「……あのさ、千束(・・)

「んー?」

「ぁ……いや……ごめん」

「え〜?……もう、なんだよぉ〜?」

 

 千束は困ったように笑って、誉の左肩を拳で小突いた。

 誉は何も……何も、言ってあげられなかった。自分は何も言う資格がないと感じた。口を開こうとした瞬間に呼び起こされたのは、先程まで一緒だったたきなの顔だった。

 

 ────何か言葉にしたら、たきなのように傷付けてしまいそうで、怖かった。

 

「……ヨシさん、またお店に来てくれると良いね」

「……うんっ」

「帰りに入口ですれ違った時にちゃんと言っといたから。また来て下さいって」

「ふふ、ありがとう」

 

 ふわ、っと気の抜けたような彼女の笑み。けれど、いつもの千束に少しだけ戻ったような気がした。

 そのことに───傷付けずに済んだことに、喜びよりも安堵の方がずっとずっと大きかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 高層マンションが立ち並ぶ都会の住宅街、その建物の一角に足を踏み入れる。自動ドアを開き、部屋番号とパスコードを入力し、カードキーを差し込むという手順の多過ぎるセキュリティに毎度辟易しながらも、それら全てを突破してエレベーターに乗り込む。

 目的の階へ昇る為のボタンを押し込み、静寂の中で口を開くこともせず、上がっていくエレベーターの中でぼうっと天井を眺めた。

 

「…………」

 

 いつもはあっという間に着くような気がしたが、今日はかなり長く感じる。何もない無の時間は、ひたすらに彼女達のことが呼び起こされた。恩人に想いが届かなかった錦木に、想いを踏み躙ってしまったたきな。

 かける言葉も、かけていい言葉も、何も見つけられない。何も、伝えてあげられなかった。

 

 目的の階に到着し、項垂れたままエレベーターから出る。左手には部屋がズラリと並び、自身が住む部屋番号を目視で確認していく。

 気まぐれに右手側を見れば、人々の残業によって生み出されたビルの光が集まって、美しい夜景を作り出している。皮肉が利いてて、乾いた笑みが零れた。

 

「……はは」

 

 くだらない、と独りごちると自身の部屋の扉に辿り着いていたことに気付き、足を止めた。鍵を解錠し、ドアノブを捻る。少しばかり重めの扉をゆっくりと開いて中へ入る。

 扉を閉じ、鍵を閉める。玄関の明かりを点け、脱いだ靴を揃える。そのまま廊下を渡ってリビングへと向かうドアの窓をふと見やる。

 

「ただい、ま……え、は?」

 

 暗がりの部屋の中で────明かりが点いていた。

 あの位置は、テレビがある場所だ。出かける時確認したはず、と早歩きで廊下を進んでドアを開ける。

 

 初めに視界に飛び込んだのは、テーブルに散乱するDVDディスクとそのケース。どれも錦木に借りて感想を求められ待ちの作品の山だった。その内の一つがプレーヤーにセットされ、洋画がテレビで再生されている。

 

 向かいのソファーには、細身で長身の人影。暗くてよく見えないが、異色で天然気質の髪が目元まで覆う程に伸び切って、口元は不敵な笑みを浮かべている。

 

 

「……」

 

「……ん?」

 

 

 その男と、目が合った。

 

 

 ────()を、俺は知っている。

 

 

「よお、お帰り。邪魔してるぜ」

 

「……何でいるの」

 

 

 真島が、錦木から借りた洋画を勝手に視聴しているんだが。え、来るなら来るって連絡してよ。準備とか何もしてないんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Episode.33 『 Curse in the name of ability(それは才能という名の呪い)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

「にしても、お前随分良いとこに住んでんだな。高層マンションの最上階って。家賃幾らよ?」

「親の残した資産で借りてるんだ。家賃は内緒」

「けっ、ボンボンかよ」

「来るなら事前に連絡してよね。あとで連絡先教えてやるから」

「友達か俺ら?」

 

 冗談を言っている場合でもない。俺は慌てる素振りを見せないよう、自然な流れでスマホを取り出す。そして電話番号をタップしたら開口一番に不審者の存在を伝えよう。よし、シュミレーション終了。1、1、0と。

 

「……あ、もしもしポリスメン?」

「おっと」

 

 バン!と部屋中に響く破裂音。同時に右頬を掠める風。スマホを弾く指を止めて振り返れば、真島が撃った銃弾が壁にめり込んでいる。おい、誰の家だと思ってんだ……巫山戯るなよ……と、壁の損傷具合を確かめて辟易した。

 

「ねえちょっと、壁に穴が空いたんだけどどうしてくれんの。ここ一応分譲じゃなくて賃貸なんだよね」

「心配すんのそこじゃねぇだろ」

「取り敢えずそこの養生テープ取って。……うわぁもうこんなにめり込む事無くない?弾取れるかな……ね、その辺にピンセットない?」

「聞けよ」

 

 うるさい。此処が防音じゃなかったらご近所さんにも迷惑かかるでしょうが。会ったこと無いし住んでるかどうかも分かんないんだけどさ。

 溜め息を吐きながら壁の弾をどうにか抜こうと躍起になる。その間、真島にはあえて完全に背を向けていたけれど、特に撃ってくる様子もない。振り返れば変わらず銃口を向けた状態でニヤついた顔で目を細めていた。

 

「……へぇ、案外肝が座ってんのな。拳銃突き付けられても飄々としてやがる」

「突き付けられ慣れたって言葉を人生で初めて使った気がする」

「俺がこの部屋にいることには驚かねぇの?」

「今日疲れてるんだ、明日また来てくれたら驚けると思う。悪いけど出直してよ。あ、合鍵いる?」

「気でも狂ってんのか」

 

 人の家勝手に入って漁ってテレビ見て待ってるサイコパスには絶対に言われたくない言葉ですが。帰宅促しても帰る気配ないし。

 仕方ないと割り切った後、ソファーで脚を組む真島に向かって聞こえるように溜め息を吐き出した。

 

「ったく……あー、なんか飲む?」

「お、気が利くな。甘いもんある?」

「あるよ。珈琲でいい?」

「何だったんだ今の質問」

「今俺珈琲が飲みたいんだよね」

「気が利かねぇな」

「そのケース片付けといてね」

 

 いや飲むか聞いただけで何飲みたいかは聞いてないからね?他人の家侵入しといて偉そうに寛いでるなよ?働かざる者食うべからず飲むべからず。

 真島が舌打ちしながらケースの山を片付けてるのを横目に、キッチンで珈琲の抽出を始める。

 そんな中、真島がケースのうちの一枚を取り出して『なあ』と呼びかけて見せ付けてきた。錦木に借りていた一本、“ガイ・ハード”だ。

 

「お前これ見た?」

「え?……ああ、借りた日の夜に見たけど」

「誰が好き?」

「は?いや別に好きとかはないけど……パウウェルとマクレーンかな」

「つまんねぇな、一つに絞れよ」

「良いでしょ別に。てか俺らそんな話で盛り上がれるほど親しくないと思うんだけど」

「親しくない奴に普通合鍵の提案なんてしねぇんだよ」

 

 確かにそうだ。やっぱり今日は疲れてる。真島の話が頭に入ってこない……というか、そもそも真島が此処にいる事実に驚くべきなのに面白いくらいになんとも思わないの逆にウケるんだけど。

 今日一日が怒涛の連続で真島くらいじゃもう驚けないのかもしれない。麻痺してるよ麻痺。

 

「はい珈琲。砂糖とミルクは置いとくから調整しなね。あ、あと買い置きのお菓子あるから適当に摘んでいいよ」

「お前この状況分かってんのか?」

 

 真島は珈琲を受け取り、ミルクと砂糖を片手で器用に入れながらも、もう片方の手で持っている拳銃は変わらず此方を向いている。

 いつ殺されてもおかしくない状況下なのに、何故平然としていられるんだと、そう聞かれているのだろうか。

 

「……何か話があるんでしょ?だから此処に来た。ご丁寧にマンションのセキュリティまで突破して」

「どうかな、お前を殺すのが目的かもしれないぜ?」

「アンタの起こした可能性のある事件は一通り確認してプロファイリングも済んでる。アンタは無関係の一般人や民間人を無闇矢鱈に殺さないと俺は見てあげてんの」

「ハッ、お前もう無関係でも一般人でもねぇじゃん」

「民間の人間ではあるでしょ。あと割と善良だよ?」

「自分で言うのかそれ」

 

 犯罪歴どころか学歴までホワイトだかんね俺。お陰でリコリコに出す履歴書真っ白だったから。なんなら銃刀法違反だのハッキングだの、寧ろお店に来てから経歴に傷を付けたまである。しかも自分で。

 あそこが治外法権でかつそれが俺に適用されることを祈るしかない。信じてるよミカさん(震え声)。

 

「それに殺すだけならいつでもできたでしょ。会話を続ける理由がない」

「……一般人じゃないってとこは否定しないのな」

「いや否定する必要ないくらい一般の人だよ俺」

 

 そこ態々否定するのは逆に怪しいし、と続けようとした瞬間だった。真島が上着のポケットから何かを取り出した。

 俺に見せ付けるように突き出されたそれは、今日一日を通して話題の渦中にあった存在────梟のチャームだった。

 

「……アンタ、アランの援助を受けてるのか」

「ああ。だがこれは俺のじゃない(・・・・・・)

 

 そういって、梟のチャームを俺の眼前へと突き付ける。どういうことかと目を凝らし、漸く気が付く。その梟の裏側に、油性のペンか何かで名前が書かれているのを。

 ……俺はそれに、酷く見覚えがあった。真島は俺の反応が自身の期待するものだったのか、俺の顔を見た途端にニヤけた表情でそれを指さして、湿った声で囁くように告げた。

 

「────これ、お前のだろ(・・・・・)?」

「……流石に他人の机の引き出しを漁るのはアウトだと思うんです」

 

 それは、紛れもなくこの部屋にあった“アラン・チルドレン”の証だった。真島は知ったことかと鼻で笑い、そのチャームを振り子のようにぶら下げながら面白そうに呟いた。

 

「お前も俺やあのリコリスと同じって訳だ。道理で……」

「“あの”って……錦木のこと?彼女は俺なんかとは違うよ。それに、それは俺のものじゃない」

「あん?この裏に書いてあるのお前の名前だろ?」

「なんで俺の名前知ってるんだよ」

 

 真島がチャームの裏に油性ペンで書かれた名前を見せびらかす。子ども文字で『ほまれ』と書かれたそれは、過去を呼び起こすきっかけには充分過ぎた。

 

「子どもの頃に母親に欲しいってせがんだんだよ。あの人は『ただの飾りだから』って無頓着だったけど」

「……ってことはお前の母親もアランチルドレンだったのか」

「どっちかっていうと支援する側だったけどね」

「すげ、マジかよ」

 

 俺の話を聞いて飛び上がる程にテンションを上げる真島と打って変わって、俺のテンションはだだ下がりだった。

 ただでさえ疲れててこの手の話にうんざりしてるというのに、何故リコリコのメンバーにも話したことのないことをよりにもよってコイツに話さなきゃいけないのか。

 

 だが、吉松と対峙したあの場に居合わせたたきなには、もしかすると推測を立てられてしまっているかもしれない。だから、彼女らに話すのも時間の問題だろう。

 

俺の母親────朔月祀(さかつきまつり)は、アランにその才能を見出されたアランチルドレン。

そして彼女自身もまた数多の才能を世界に届ける役目を担った、アラン機関所属の人間だった。

 

 

「……ホント、気分悪い」

 

 

 ────だからこそ、だからこそだった。

 たきなに話して欲しくはなかったのだ。アラン機関と繋がりを持つ吉松に、自分という存在が残っている事実を。

 アラン機関の存在も思想も狂信的な行為も、世界の不条理も酸いも甘いも嫌という程に見てきている。俺があの組織に抱いているのは、決して良い印象ばかりではないのだと。

 

 真島はテレビ横の棚へと視線を向けた。そこには、伏せられた写真立てが数枚。俺のだけでなく、母親の写真も一応はあった。けれど下に伏せ、誰にも見られないようにとひた隠している。

 

「棚の写真伏せてあっけど、母親嫌いなの?」

「や、俺は好きだった……と、思う。あの人の方は……どうかな。愛されてた自信無いけど」

「あの人って……冷たいねぇ、母親だろ?」

「正確には育成担当者だ」

「んあ?血ぃ繋がってねぇの?生き写しかってくらい顔似てるけど」

「血は繋がってるよ。ただ、世間一般で言うところの“家族”だったかどうかは……ちょっと分かんないな」

 

 ハッキリ言って自信がない。誕生日の度に帰って来てはくれていたけれど、祝いの言葉も、プレゼントも、あの頃は何もかもが形式的に思えていた。

 ミカさんに『良い母親』だと言われた時も、素直に肯定する事はできなかった。

 

 あの人の本性を、内に秘めた感情とも呼べない機械染みた理屈の塊を、いつしか世間でいうところの母親とはとても思えなくなってきていた。

 俺はあの人の、何を知った気になっていたのだろう。

 

「ふーん……じゃあ、お前は支援されてねぇのな」

「アランは別に慈善団体でも平和推進機関でもないからね」

「いいねぇ、分かってるじゃねぇの。奴らは才能ってのに純粋なだけさ。良くも悪くもな。じゃなきゃ殺しを肯定なんてしない」

 

 アランについて知ったように語りながら、ソファーから立ち上がる真島。心做しか満足そうに笑っている。

 そのまま俺の隣りを横切り、玄関へと続く道へと足を進めていく。

 

「え、何、もう帰るの?」

「ああ、聞きたいことは大体聞けたからな」

「てっきり錦木のこと聞かれるかと思ってたけど」

「あのアランのリコリスか?それは本人に直接聞く」

 

 ────それを聞いた瞬間、俺はバックから借り物の拳銃を取り出した。ミカさんから託された錦木千束が使用しているのと同じ銃。

 真島のその背にしかと突き付ければ、奴はゆっくりと振り返り、俺を見て笑った。

 

「おいおい止めとけよ、死ぬぜ?」

「どうかな。致命傷を与えるくらいはできそうだけど」

「……それ、この前使ってたゴム弾だろ?駆け引きはまだまだだな」

「試してみる?ここ防音だし一発撃っても外からじゃ分かんないよ?」

 

 そう言いつつも内心で小さく舌打ちする。非殺傷弾であることを知られてしまっている以上、この密閉空間で実際に戦闘して不利に働くのは俺の方だった。

 しかしそれでも、奴を錦木のところに行かせるわけにはいかない。コイツはアランに詳しいのかもしれない。今コイツに現実を突き付けさせるわけにはいかないのだ。

 すると真島はニヤけた顔を変えず、俺の胸元へと視線を落として告げた。

 

「それにその心臓(・・・・)じゃあ、ちと力不足だ」

「────……っ」

 

 右手で銃を突き付けながら、左手で胸元を強く握り締めた。そして真島がアランから見出された才能に震える。その聴覚は、他人の心臓の音までもを鼓膜に届かせることを可能にするのか。

 

「常人の半分もまともに動いてねぇ。いつ死んでもおかしくねぇな」

「……あんまり聞きたくなかったなぁ」

「また会う時までくたばるなよ。お前ともまた()りてぇからよ」

「戦闘狂め……」

「ハハッ、じゃあな」

 

 そう言って真島は、片手をヒラヒラと振り上げながら部屋を後にする。そうして玄関から出て行き、本当に帰ってしまった。それを自覚すると、未だ突き付けていた銃口が行き場を失い、力無くその腕を下ろした。

 今日一日がずっと怒涛過ぎて、漸く身体の疲労を実感する。先程まで真島が座っていたソファーへと腰掛け、項垂れるように俯いた。

 

「……勘弁してよ、もう」

 

 真島は結局、ただ話をしに来ただけなのか。

 いや、恐らく他の部屋も漁られてるはず。俺個人のことはこの部屋の中で完結してしまっている。そこを探られてしまったのなら、知って欲しくないところまで知られているかもしれない。

 この場で殺さなかったことも、恐らく奴なりの犯罪の美学や、掲げている正義があるのかもしれない。

 

「…………っ」

 

 拳銃を目の前のテーブルに置き、その手で再び心臓に触れた。振動も、音も、何も聞こえない。生きているか死んでいるかさえ触れただけではもう判断がつかない。

 いつ死んでもおかしくない……か。

 

 

「……アンタに言われなくても、分かってるんだよ……」

 

 

 思い出すのはいつだって。

 

 千束とたきなの顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 翌日、リコリコは平常通り稼働した。

 常連客で賑わい、従業員もいつも通り接客をしているように傍目からは見える。

 けれど、それぞれが何かを抱え、すれ違いを見せていることに、この時は誰も気付かないでいた。

 

 

 ────錦木千束。

 

 

 ────井ノ上たきな。

 

 

 ────朔月誉。

 

 

 

 

 タイムリミットは、今か今かと迫っている。

 

 







誉 「勘弁してよ、もう……」

誉 「…………」

誉 「……あ、アイツ結局片付け有耶無耶にして帰りやがった……あのバランス野郎……!」

誉 「勘弁してよもう……!」

誉 「…………」

誉 「……え、てかアイツどうやってこの部屋に?セキュリティもどうやって?え、うわ!寝室にまで入ってんじゃんふざけんなよアイツ!!」

誉 「勘弁しろぉ!!」


※あの後じわじわ来た。

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