あなたが楽しそうに笑っている。それが好き。だから、あなたをそうさせる全てものが愛おしいと思える。そう在りたいと思う。
「……赤字だな」
リコリコの裏にある和室の休憩室で、クルミが苦い顔で一言そう告げる。現在喫茶店リコリコのメンバー全員がその部屋に招集され、PCに記録された収支を見ている。そしてその事実を受け止め、PCの正面に座るたきなが沈痛な面持ちで項垂れていた。
隣りでミズキは目を細めて千束に告げる。
「千束、今度こそリコリコ閉店のピンチですって」
「う、うっさいなぁ!」
リコリコ閉店の危機(二度目)。しかも今回のこれは笑いごとではなく、かなり由々しき事態だ。
確かにこの前の閉店危機騒動は千束の勘違いであり思い違いでありお門違いではあったが(言い過ぎ)、今回発覚したこの喫茶店の累積赤字は、ベクトル自体は違うものの、誰がどう見ても明白な危機だ。
このまま進めば近い将来、この店は債務超過による融資停止を迫られる可能性だってある。ひいてはリコリコの倒産、閉店に直結しているという、この前の勘違い騒動とは比べ物にならない事案だった。
たきなはPCと睨めっこしたまま頭を抱え、訝しげな表情で疑問を吐露する。
「……依頼から得たお金を合算してもこれです。銃弾や移動にかかる経費はどうしてるんですか?」
「DAからの支援金があるのよ。千束のリコリス活動費って名目で」
「完全に足出てますよね」
たきなが眉を寄せると、ミズキとクルミが二人して人差し指を錦木に向けていた。
「いやコイツが高い弾をやたら撃つからよ!」
「あのパフェもな」
「……独立してると言いながらお金はDA頼ってた、と」
「うぅ……楠木さんみたいなことを……え、えへへへ」
錦木が気不味そうに視線を逸らして苦笑する中、誉はクルミの言うパフェとやらの事を思い出していた。
「パフェって……ああ、あの盛り過ぎて逆に品の無いやつね。千束スペシャル(笑)とかいう『スペシャル』んとこだけやたら発音良いやつ」
「そ、そんな事無いわ!ってか(笑)とか言うなっ」
「いや経費が嵩むパフェってどっちかっていうと笑えないけど」
経費圧迫スペシャル(泣)である。……まあ、確かに千束がたまに……いや、言うほど『たまに』じゃないが……お客さんに自慢げに振る舞っている
それにこの店には少なからず固定の常連客がいる。その人達のおかげで毎月平均的な収支が見込める上に、客の回転数にもある程度の推測が立てられる現在の店の営業形態を鑑みるに、相当センスが悪くなければ赤字なんて出す方が難しいのだ。
……つまり、問題は別の場所。
それは即ちこの店の“裏稼業”────錦木千束が掲げる『個人の為のリコリス』としての顔が、このリコリコの経営を圧迫しているのかもしれない。しかしその職務内容の全てを誉は把握しているわけではない。
だからこそ誉は、錦木に原因を指摘したミズキとクルミの発言のうち、ミズキの言葉に疑問を抱いていた。
「……あの、錦木が普段使ってる弾ってそんなに高いんですか?」
「ううむ……」
……いや、ううむじゃなくて。
ミカが苦い顔をしていた。というか、目の前の赤字の事実を受け入れられていないのか顔を顰めてどうしたものかと腕を組んで唸っている。それを見て溜め息を吐き出したミズキが、ミカに変わって答えてくれた。
「ま、大体オートマチックのマガジン一つ分かそれ以上ってとこね」
「それを乱射してるんですか……」
たきなは信じられないといった表情で再び千束を見る。しかし裏稼業に掛かる経費まで把握してない誉にとって、拳銃一丁銃弾一発にどれだけの出費なのかがよく分からず首を捻った。
「あの、相場が分からないからあんまピンと来ないんですけど……」
「一杯分の水に五杯分の豆で珈琲作るみたいなもんよ」
「うわ罪深っ、許せねぇよ」
「朔月くん怒らす絶妙な例えやめてミズキ」
勿体無さ過ぎる。それにミズキの言葉通りなら、つまり彼女が任務中に非殺傷弾を一発撃つ度に、額面上はオートマチックのマガジン一個分をまるまる撃ち捨てているに等しいということを意味していた。
そのうえあの弾を難なく扱える誉には知る由もないが、あの非殺傷弾はその構造故に直進性と命中率の低さが尋常ではないらしい。錦木は現場においてその弾を平気で箱単位で乱射しているのだった。
────つまり経営が傾く要因がパフェであれ銃弾であれ、それを引き起こしているのは錦木千束の仕事における活動姿勢にあるということだった。
仕事をこなす度に赤字になるなど、とんでもない。
「……錦木、この赤字の実情は君の“やりたい事際限無し”の成果だとさ」
「“最優先”!」
「……もうほぼ一緒みたいなもんなんだよなぁ……」
「うぐっ……うへへへ……」
「その顔やめろ」
気持ち悪い苦笑を浮かべる彼女にツッコミを入れるミズキの一声で、全員揃って溜め息である。すると、真ん中を陣取っていたたきなが小さく頷いた。
「……分かりました」
「たきな……?」
彼女は何か決意したようにパソコンを閉じて顔を上げると、皆の前で声高々に宣言し出した。
「────以後、私がリコリコの経理をします!」
「「「「おお……!」」」」
その頼もしさの何たることか。メンバーは一同全員、感嘆の声を漏らす。その心強さに関しては誉も感じ取っていた。
────ただ、十六歳の少女にこんなことを言わせるのも、そのうえ経理を任せなきゃいけない現状も深刻に捉えた方が良いと思うんです……とは言いたかったけど流石に言える空気じゃなかった。
Episode.36 『
●〇●〇
────そして、その日の夕方。
現在、何故か千束とたきなと誉はとあるビデオレンタル屋にて、その店のロゴの入ったエプロンを身にまとってカウンター前に待機していた。
「……」
「……」
「……あの」
「うぐっ……」
「なんというか……出鼻を挫かれた気持ちです」
「ごめんってぇ〜……」
経営の為に経費削減を念頭に置きつつも慢性的な赤字を解消すべく気合いを入れたたきなだったが、千束がいつの間にかつ一人で勝手に引き受けていた依頼の為にこの店に駆り出された事で、完全にそのやる気が霧散してしまっていた。
「勝手に店番の依頼なんて引き受けちゃって……今時ビデオレンタル屋に客なんて来るんですか?リコリコの資金難とはいえ……」
「ええ〜!?そりゃ来るよ〜!だって一面映画だらけの夢の国だよ!?私もよくお世話になってるし!」
どうやらこの店は、普段から千束が贔屓にしているレンタル屋らしい。
DVDとBluRayの違いがまるで分からない誉だが、彼女が自分に貸してくれる一昔前の作風の洋画と同じ世界観を感じさせる表紙のラベルが陳列されているのを見て、ふと気になった事を呟いた。
「錦木が俺に貸してくれるやつってもしかしてこの店の?又貸しは良くないと思うんだけど」
「ちっがーう!アレは私のです!」
「……借りた物を永遠に返さない的な」
「ジャイ〇ンか!そんな事しとらんわ!」
「してそうなんだよなぁ……」
本当にしてそう。というか彼女の事だから期間中に全部見れるかも分からないのに片っ端から見たい作品を大量に借りまくって案の定見切れなくて返却日を迎えても、大量に借りたせいどれが自分の物でどれが借りてきた物なのかの区別がつかなくなってそのまま私物化したDVDが錦木宅に眠ってるオチとか、かなり解像度高めの予想が出来てしまう。
彼女は案外ズボラ……というと言い方が悪いな。面倒臭がり……ああ、これも悪口か。ものぐさ……ぐうたら……ダメだ、彼女を擁護する優しい表現が見つからない。この世には汚い言葉が多過ぎる。
「朔月くんはこーゆーとこ来るの初めて?」
「え……まあ、そうかな。入院中の暇な時間は勉強してたしなぁ……娯楽に手を出し始めたのはホントについ最近かもしんな……ぁ」
「……っ」
その話に逸れた途端、誉はついたきなを見てしまった。目が合ったのも束の間、気まずそうにすぐに逸れさた。バツが悪そうに表情を曇らせたまま、何も言わずに下を向く。それがまるで、此方に声を掛けられないようにしているかのようで、誉はただただ堪えていた。
吉松とのバーでのあの一件依頼、誉はたきなと碌な会話ができていない。仕事で事務的な内容を伝えに行く時でさえ、たきなが目を逸らして怯えているように見えるだけで、誉は口を開けずにいた。
「……」
「……あー……」
千束にも気を遣わせてしまっている。流石にこれだけ会話してない日数を重ねれば鈍い奴でも察してしまうだろう。ただ、意外にも千束はそこに介入するつもりは無いのか、瞳を輝かせて嬉々として自身の趣味の素晴らしさを語り始めた。
「……ひひっ、じゃあじゃあ、この店超オススメ!ここから好きなの借りてって、部屋で電気暗くして映画館みたいな雰囲気で見ると超楽しいよ!お菓子とか近くに置いといたらもう至福の極み……!」
「暗い中でテレビ見たら眼精疲労で視力悪くなるぞ」
「自堕落な生活と不摂生な間食は体型に影響を与えます。リコリスには死活問題ですよ」
「い、良いじゃんか別にぃ……」
────あれ、意外と気が合っている……?
二人から息の合ったツッコミを受けて釈然としない千束を余所に、誉は思わず目を細めた。楽しそうに映画の話をする彼女を見て、場を盛り上げようとする優しさを垣間見て。
ふと彼女の映画好きはもしかしたら、幼少の頃の心臓病の負担により過度な運動ができないが為の暇潰しが趣味へと昇華したものなのではないかと────そんな、彼女が気にして欲しくなさそうな事を思ってしまった。
「千束は本当に映画が好きですね」
「そりゃそうよ!もう映画評論家目指しちゃおうかな〜!」
「それって今の仕事よりも向いてるんですか?」
「そもそもちゃんと自分の感想言語化できるの?」
「たきなと朔月くんが私をどう思ってんのかは分かったわ」
説明とか表現に「ズドーン!」とか「バーン!」とか小学生並みの感想しか言えないんじゃないかという共通偏見。以前、ハッカーの話になった時も「カタカタ、ターン!」みたいなよく分からない擬音語をカッコ良さげに言ってたのも記憶に懐かしい。
「……」
───なんて事ない、いつもの会話。
だがしかし。
「朔月くん、こーゆー外の仕事に付いて来るの初めてだよね」
「まあ帰ってもする事ないし、暇だったから。それにこういう仕事なら、錦木にもたきなにも心配かけないから俺でも手伝えるし」
「……っ」
……このままじゃいけない。分かっている。
今のところ誉とたきなは、互いに千束を間に挟む事で会話を成り立たせている。逆に言えば、互いに直接の会話ができていない。そのうえ誉が自身の身体的問題に関わる話になれば、途端にたきなの表情が歪む。
自虐ネタにしてるつもりも無いが、少しでもこの手の話が絡むとたきなの表情を気にしなくてはいけないのが非常にやりにくい。
誉としては今の現状を解消したいのだが、彼女の顔を見る度に思い出すのは、あの日の一件。
(……だって、じゃあどうすれば良かったんだよ)
たきなの気持ちを汲み取って、アラン機関に命乞いをすれば良かったのだろうか。世界から使命を受け取って、自分に嘘を吐きながらの生活を望めば良かったのだろうか。生きてるとは名ばかりの人生を、アランによる傀儡の日々を重ねていくと、そう決意するべきだったのだろうか。
────そんな人生だとしても、生きていられるなら良いじゃないかと、たきなはそう思っているんだろうか。
(……どっちが正解かなんて、分かんないよ)
決してたきなが悪いわけじゃない。彼女の想いが迷惑だなんてとんでもない。ただ、その気持ちを汲んであげられない自分が間違ってるとも思いたくない。
たきなと自分とで“生きる”という意味に食い違いが起きている。人生観が乖離している。歩んできた道が違うからこそ、譲れない考え方がある。
「……」
────……けれどそれは、たきなにあんな顔をさせ続けてまで貫かないといけない意思だろうかと、思いの外脆弱な意思に情けなさすら感じて笑う。
如何せん人から嫌われたり無視されたりの経験が少ないだけに、この状況は誉にとってかなりのダメージだった。たきなに無視されるくらいなら生き方変えるか?くらいの弱過ぎる意志に成り果てつつあった。
「え、えーと……あっ、そういやこの時間はたま〜にクセのある客が来るなら気を付けろって聞いたんだけど……」
そんな中、千束だけがこのお通夜みたいな雰囲気を察してか場をどうにか盛り上げようと額に汗を滲ませながら必死に面相を変え話題を変える。
すると、そんな彼女に助け舟を出すが如く、入口の自動ドアが開く。センサーが人の入店を感知し、鈴のような音をスピーカーで響かせると同時に、千束が満面の笑みで客を出迎え────
「おっ、いらっしゃいませ〜」
「オイオイ何だぁ?今日はガキが店番かよ」
────
ワンポイントのラインの入った黒の帽子にサングラス、黒いコートの下には緑がかったハワイアンシャツを着込む、見た目だけで言えばかなり怪しい様相の男性客に、たきなが拳銃を取り出さん勢いで睨み付けた。
「強盗か!?」
「たきなステイステイ!制服じゃないでしょ」
「強盗……映画泥棒って事?」
「朔月くんそれ違う」
暴れるたきなを抑えつつ、カウンターに近付いてくる男性客に向かって笑顔を崩さない千束。誉はその男性客に対して何も言わず、ぼうっとサングラスの奥に隠れる瞳を見つめていた。
「こんばんは〜、ご返却ですかぁ?延滞無しでしたら入口のボックスにどうぞ〜」
「千束、コイツ明らかに怪しいです!」
「人を見た目で判断しちゃダメでしょ!学習しないなぁもう!」
以前、千束の下着が無くなった騒動の際に変装して店を訪れたフキに向かってたきなが拳銃を突き出した記憶がよみがえる。
そんなやり取りをしてる中、その黒ずくめの男性客はニヤけた表情のまま借りたDVDを千束に突き出した。
「ちょっと話ぐらいさせてくれよ」
「は、はい……?」
男性客に突き出されたDVDに視線を下ろす。誉が隣りでそれを覗き見て、映画のタイトルに唖然とした。
『サメVSショベルカー』って何。どこに需要があって借りるんだこれ。
「実はお宅で借りた映画がとんでもねえクソ映画でよぉ」
「うわどう見てもクソ、B級映画……てかタイトルで分かるじゃん」
「自分で借りた癖に結構な言い掛かり」
借りる前から目に見えてたでしょ……と千束と誉の視線が語るも、その男は不敵な笑みを崩す事無く詰め寄った。カウンターから身を乗り出し、挑戦的な物言いで告げてくる。
「今気分が最悪なんだよ。だから責任取って……この店イチの名作を寄越せ。見る映画もクソと名作でバランス取らねぇとなぁ?」
「大分香ばしいクレーマーだなコイツ……」
言い掛かりもここまで来るといっそ清々しい。
────というか、お前真島だろ。何してんだ。千束とたきなは気付いてるか分からないが、先日今と全く同じ格好で誉の家に来た事があったのだ。
いやこの前借りパクしてったDVD返してから借りろよ、と言いたい誉。
しかしまあ、金銭をせがまれるのと比べれば大分良心的な要求で安心する誉達。特に千束にとってこの手の話は得意分野だろう。機嫌を損ねる前に早急に持って来て退店頂こう。
「はぁ……了解、今取って来ますね。たきなはそこで待機ね」
「あ、ちょっと千束!」
たきなを窘めて、店奥へ進もうとする千束。しかしその背を、そのクレーマーが呼び止める。
「いや、お前じゃダメだ。黒い方、アンタが選べ」
「は、はぁ……?」
クレーマー真島が指名したのは、千束ではなくたきなであった。突拍子も無く呼ばれたたきなは目を見開き、思わず声を漏らす。困惑する彼女の元に、千束は慌てて駆け寄った。
「ええ〜!なんで私じゃダメなわけ!?」
「お前今無難な古典作品の棚に向かってただろ。そういうのは求めてねぇんだよ」
「えっ、なんで分かんの」
「客を舐めんな。黒い方が思う一番の名作を持って来い」
「待ってよ、この子は映画詳しくないんだって……」
「じゃあ好きな映画でも良いぜ」
「変わってないじゃん!」
言い合いになる店員とクレーマー。
誉からすると、こんなに近くで千束と真島が言い合いをしている光景というのがあまりにも異様過ぎて、どうしたもんかと眉を顰めてしまう。
というかそろそろ家に真島が来るの千束達に報告すべきだろうか。実害受けてないから特に何もしてないが、よくよく考えると犯罪者だよなコイツ……と今更ながらに思う。
「そ、そんなの……」
どうしたら良いのか分からず困惑気味のたきなに追い討ちをかけるべく、真島は懐からスマホを取り出した。何度か指でタップ操作した後、その画面をこちらに突き付けてくる。
そこには、店のレビューが投稿できるサイトに『店員の女二人の接客がなってない。二度と行きたくありません』と感想が下書きされていた。
「五分以内に持って来ない場合は……ネット上にこの店の悪評をばら撒く」
「陰湿か!」
「大分器小さいな……」
ユーザー名バランス太郎なの隠す気あるのかコイツ。というか、この状況は思ったよりマズイかもしれないと思い直す。真島はこの場で暴れても大した痛手にはならない。こちらには数の優位があるが制服を着てないリコリスに拳銃の使用は認められてないし、何より此処は人様の店だ。問題が起きた際の秘匿隠蔽は難しいかもしれない。
誉は慌てるたきな達を余所に、二人に正体がバレる前に真島を帰らせるべく詰め寄った。
「……いやアンタ何してんの?」
「見りゃ分かるだろ、映画借りに来たんだよ。お前らが居るとは思ってなかったけどな」
「や、態々借りに来なくてもアプリとかで見れるんでしょ?何だっけ、ネットでフリスクみたいな名前のやつ。略すとネトフリだっけ?サブスクとかフリスクとか色々分かんないな」
「色々違ぇよ」
「てか俺が貸したの返してから借りなよ」
「あれ面白かったぜ。気に入ったから永遠に借りとくわ」
「ジャイ〇ンかよ」
────コイツこそ借りパクしそうな人種だった。
▼
(どうしよう……好きな映画なんて分からない)
たきなは眉を寄せて難しい表情のまま、店奥の陳列棚の中央で立ち尽くしていた。千束達があのクレーマーの相手をしている間に、お眼鏡にかなった作品を持っていかないとならないが、如何せん誰かに勧められる程の量を視聴している訳でもない。
この仕事も貴重な収入源、レビューによる低評価によってこの店から反感を買えば次の依頼は無いかもしれない。
(最近は千束に夜な夜な見せられているけど、それは千束の好みだし……)
何故こんな事で頭を悩ませなければならないのだろうか。それよりも優先したい事が、考えなければならない事があるというのに。
脳裏に呼び起こされるのは、同じお店で働く少年の横顔。その生き様や在り方に儚さを感じずにはいられない、余命幾ばくかの男の子の表情。
彼の───朔月誉の事で、考える事が沢山ある。謝らなければならない事もある。彼の負担を増やさない為にも、この資金源を不意にする訳にはいかない。
選択肢が少ない以上、自分が千束に見せてもらった映画の中から決めるしかないと、たきなはつい最近彼女と共同生活をする中で映画を見せてもらった時の事を思い出し始めた。
●〇●〇
『あ〜面白かった!爆発オチが好きなんだよなぁ、景気が良くて!』
千束に誘われ半ば強引に見せられた映画が終わり、エンドロールにクレジットが流れる中、千束が伸びをする隣りでたきなは千束に告げた。
『……レビューサイトの評価は低いですね』
『こら!そんなもの見るな!』
【評価 : ☆1 ラストが雑】と書かれたコメントを見せると、千束にスマホを奪われる。ならば、とたきなは自分の感想を率直に述べ始めた。
『確かにラストシーンは見事でしたが、ストーリーに少々破綻が見受けられたような……』
『まあ……そういう意見もあるっちゃあるけどさあ……私は確かにこの映画が好きだと思ったの!』
────たきなに向き直った彼女の笑みは、何度も見てきた太陽のような満面の笑みだった。
『この「好き」は大切にしたいんだ!唯一無二の私の感情だもん!』
『……その「好き」を誉さんには伝えられないでいる癖に』
『ちょ、ちょおい!それ今関係ないだろー!』
一瞬、見惚れてしまった事は恥ずかしいから言わない。何となく羨ましくて、面白くなくて、バツが悪そうにむくれる。そんなたきなの隣りで、変わらず千束が問い掛けた。
『たきなは?どう思ったの?』
●〇●〇
その問いに対しての答えは、決して映画の感想では無かったけれど、あれを機に形になった想いや考え方は、確かに自分の中で出来上がっていたかもしれない。
────千束のように、自分の『好き』を見つけたいと思った。
自分もその『好き』に正直で在りたいと、大事にしたいと、素直にそう思った。
「……っ!」
たきなは一つのDVDを陳列棚から持ち出し、その足でカウンターへと向かう。そこには変わらずクレーマーの相手をしている誉と千束が居て、たきなは思わず早足で駆け寄った。
最初に此方に気が付いたクレーマーに、息を切らしながらも無言で持ってきたDVDを突き出すと、それを千束と誉も覗き見た。
「おお、やっと決まったか」
「……あ、これ知らないタイトルだ」
「あ!この前私と一緒に見たやつじゃん!見せて良かった〜!」
「は?だったらこれはお前の趣味じゃねぇか───」
「私は!」
いきなり声を荒らげたたきなに、言い合いになりそうだった三人が肩を震わせ硬直する。思わず会話が途切れ、視線を向けると自信無さげに俯くたきなの姿があった。
彼女はエプロンの裾を両手で握り締め、小さく呟き始める、
「……何かを好きだと言える程、映画に明るくありません。───でも」
あの時の千束を思い出す。隣りで一緒に映画を観る彼女の横顔を。
悲しい描写では涙を流し、好きな爆発のシーンでは目を輝かせる。自分の気持ちに正直な、喜怒哀楽を見せてくれる表情に、自分もそう在りたいと思わせてくれる魅力があって。
「……一番」
千束に────そして誉に対して、自分も正直で居たいと、そう思わせてくれる。
「っ、一番!この映画を見た時の千束が好きだと思ったんです!……それじゃ、ダメですか」
「……」
「……!」
────え、今の告白か?告白した?
真島は唖然とし、誉はソワソワし始める。その隣りで、たきなのその言葉に感極まった千束が瞳に涙を溜めながら彼女に抱き着いた。
「たきなぁ〜!全然ダメじゃないよ〜!」
「痛いです」
千束の強めの頬擦りで自分の頬が潰れるたきな。顔を赤くして照れる彼女を、遠目で尊そうに見つめる誉。
「……………………」
────という、真島からすると『何見せられてんだこれ』と言いたい絵面。
そして全てがどうでも良くなってからの一言。
「……帰ってネト〇リ見るか。ロボ太のアカウントで」
「あ、さっき言ってたアプリで見れるってやつ?俺ん家のテレビにも連携できる?」
「タダで見せろってか。結構図々しいのなお前」
「
誉 「てぇてぇって言うんだよこーゆーの」
真島 「何語だそれ」