最終回良かった。改めてちさたき派だと思いましたまる。
故に逆張りを書く中でせめぎ合う、ちさたきと本作。
恋愛……百合……解釈違い……うっ、頭が。
多くの感想ありがとうございます!多くてビックリです。返せてなくてごめんなさい、けどちゃんと全部見てます。モチベになってます!感謝!
ミズキとミカの視点の後、エピソードが開始します。
【ミズキから見た二人】
「〜♪」
「お、千束ちゃん今日はいつになくご機嫌だねぇ」
「え〜?そうですかぁ〜?ふひひっ、そんな事無いですよぉもぉ〜!」
嘘つけ、デロデロじゃねぇか。
お客さんに対してニヤケ顔が収まらない千束を見て、ミズキは目を細めた。接客中だろ真面目に仕事しろ、と舌打ちする。
喫茶店リコリコは今日もそれなりに人の出入りが多い。常連客ばかりなのでやりやすくはあるのだが、だからこそ千束みたいな気を緩み過ぎる奴が出てくるのだ。彼女が何故あんなにも頬を緩ませながら仕事をしているかだなんて、解明するまでもなく判明してる。
「……お?」
会話の中で、千束が対応しているお客さんの視線が、千束の向こうで別のお客さんを接客している男性店員に向いた。細身で透き通るような黒髪の美少年。対応されている女性も頬を赤らめて彼を見上げている。
「おお!彼が新しく入った男の子かい?」
「そぉなんですよぉ〜!
「めっちゃ怖いんですけど。え、何でそんな知ってんの」
「この前伊藤さんに聞いた!」
「……そういや聞かれたな。てか結構一緒だな……」
「でしょでしょ!?」
「……だから、なんでそんな嬉しそうなの」
お揃いではしゃぐカップルかお前らは!
ミズキはイライラしっ放しである。
千束の言動に誉が思わず反応し彼女に声をかける。それを千束は待ってましたと言わんばかりの幸せそうな表情で答え、何とも甘い空気がこのリコリコ内に飛び交う。
実はこのやり取り何度か続いていて、それを常連客は微笑ましく眺めているのだが、ミズキはそうではない。寧ろイチャコラしてるようにしか見えなくて、繰り広げられる度に歯軋りしている。
爆発しろリア充共が。滅びろとさえミズキは思ったし、羨ましくて涙が零れそうだった。
────しかし、その男性客がいつも通りの座敷に腰掛けた時だった。隣りにいた女性陣三人ほどがこぞって彼に迫ったではないか。耳を貸せとそのおじ様を女性陣が引き寄せる。
「……で」
「……なのよ」
「ええっ!?そうなのかい千束ちゃん!?」
「はい!?」
コソコソと何かを伝えたかと思えば、その男性は目を丸くして膝立ちした。
いきなり呼ばれて何のこっちゃと千束が振り返れば、そこには驚いた顔で自身と誉を交互に見やる男性客と、ニヤニヤした女性陣。千束は何かを察したのかすぐさま顔を青くした。
「彼が千束ちゃんの好きな────」
「っ!?わ、わああああああああああいっ!!」
店内に千束の甲高い声が響き渡る。今度は顔を真っ赤に染め上げて、両腕を広げてブンブンと誤魔化すように振りながら、座敷に向かって駆け出す。
千束の声でビクリと肩を震わせた誉も、流石に振り返って千束に声をかけた。
「うお、ビックリした……どうしたの急に」
「な、何でもないからっ!朔月くんはそのままお客さんお願い!……ちょおいみんなホントにやめてって……!」
「……?あ、すみません。ご注文改めてお伺いしますね」
首を傾げつつも千束に促されて注文を取り直す誉。それを確認して胸を撫で下ろす千束と、その様子を見てニヤけた表情を向ける女性陣。その光景を微笑ましく眺める男性客。
「ちゃんと聞いてなかったんだけど、彼のどこを好きになったの?」
「恋だと気付いた瞬間は?」
「もうマジ黙ってて……!」
これからずっとこれを見せられるのかと思うと、発狂しそうだとミズキは思った。ていうか実際に発狂した。
●○●○
【ミカから見た二人】
重ねて言うが、喫茶リコリコにはリピーターが多い。
若年からご高齢、つまるところ老若男女に常連と呼べるお客さんがいる。ミカの珈琲と、千束の人あたりの良さによる部分が大きいのは事実だが、お客さん一人一人の人格的な部分によるところもある。
だからだろうか、彼らの人脈というか横の繋がりは広いもので、二日前に入ったばかりの男性店員を一目見にくるお客さんが今日は絶えなかった。
経営者の目線から見ても、今日はやけに女性客の来店が多いなとはミカも感じていた。理由は解明するまでもなく判明しているのだが……とカウンター越しでお客さんの対応をしている男性店員に目を向ける。
「あ、あのっ、写真撮っても良いですか!?」
「……俺のですか?」
「は、はい……!」
「……SNSとかに挙げないなら……一枚だけ」
「っ……!あ、ありがとうございます!」
接客のつもりで赴いたテーブルにて女子校生に写真を強請られ、気恥ずかしそうにぎこちなくピースをカメラに向ける黒髪の少年。
────
「リコリコ」に新しく迎え入れた男性店員だ。今日の女性客急増は彼の存在によるところがかなり大きかった。
恐らく昨日居た常連客の何人かが面白可笑しく流したのだろう。なんといっても、千束が気になってる異性だ。どんな説明をしたかは分からないが、しかしそれによってここまで人が来る事になろうとは想像していなかった。
────逆に、彼女の反応は想像通りである。
「……」
「千束ちゃん?」
「っ、あ、ああゴメンなさい。カフェオレとどら焼きですね!」
「あ、いや、違うけど……」
「あれ、えっ、あー……もっかい注文聞いていいですか……?」
千束に至っては、誉が女性客の注文を取る度、話し掛けられる度にチラチラとそちらに視線を向けてしまい自身の接客に集中できてない。
勿論千束も気にしないようにと頑張っている……ように見えるのだが、お客さんと話していても、そのお客さんが新人である誉を注文中に話題として取り上げてくるものだから千束も意識せざるを得なくなってしまっていた。
「彼が新しく入ったってバイトの子だね。名前はなんていうのかな」
「えっと……朔月、ほ、ほまれ……くん、です」
「カッコイイ子じゃないか。良かったねぇ千束ちゃん」
「なっ、うぇっ!?え、ええ、そうですねぇ……」
男性客の言葉に過剰に反応を見せる千束。声も驚く程裏返って、大きく店内を反響する。流石に離れた席で接客していた誉も千束に視線を向ける。
バチリ、と目が合ったかと思えばその瞬間、千束の頬が次第に赤くなっていく。遠目からでもそれが分かったのだろう、心配して駆け寄ろうとした誉に千束が何でもないと慌てて手を振り、誉は気にするのをやめて接客に戻っていく。
安心した、危なかった。そう胸を撫でて息を吐き出した千束。しかしその一部始終を見ていた座敷の女性陣を見ると、ニヤニヤした表情で彼女を見やり、
「千束ちゃん、ホントに
「まだバレてないと思ってるのかしら」
「チッ、イチャコラしやがって……仕事しろっつんだよ……!」
「そーこっ!黙っててよもー……!てかミズキは人の事言えないでしょー!」
毎度冷やかされ誤魔化すように声を荒らげる千束。あれで隠してるつもりになっているのだから分からない。
彼女は嘘を吐けない、というよりは嘘を吐くのが下手なのだ。表情に出やすいというのもある。だからこうして今この場では誤魔化してはいるけれど、暫く時間が経ってくると────
「……むぅ」
ほら見た事か。
こうしてカウンター席で突っ伏して、誉の人気振りを前にむくれた表情で眺めている。現状、とてもじゃないがうちの看板娘ですと自信を持って紹介できるような顔をしていない。面白くなさそうに、誉の方を睨むように見つめていた。
女性関係に疎いミカでさえ、千束が誉の女性受けを面白く思ってないのだろう事は想像に難くない。分かってないのは誉本人だけだろう。
つい最近まで、誉の加入をお客さんに自慢する程にデレデレしていたというのに、女性陣に人気が出た途端にこの消沈具合。
「朔月くん、人気よねー」
「ホントにねぇ……ったく、デレデレしよってぇ……」
ミズキの発言に、力無く答える千束。素直に答えるとは珍しい。
しかしそれよりも予想外だったのは、自身の感情に正直に生きている千束が、誉に対してはやたら遠回りした行動をしているように見られる事だ。
あの千束が、誉との距離を測りかねている。積極的に絡みに行ったかと思えば、話し掛けるのを躊躇ってしまったりと、その行動に一貫性がまるで見受けられない。ミカは、こんな彼女を見た事がなかった。
「嫉妬は見苦しいぞー?」
「そっ……んなんじゃありませぇーん!」
「しょうがない、アタシが他の女と一線を画すテクニックを教えてあげましょうか?」
「………………………………アテになんないからいい」
「な・ん・だ・と・コラァ!」
────あ、でも今ちょっと期待したな。
ミズキの言葉にピクリと、僅かではあるが確かに反応を示した千束。独身のミズキに縋りそうになる程には、彼の人気の急上昇に内心穏やかというわけにはいかないらしい。彼が働くようになって一緒の時間は増えたが、正直勤務時間中は千束よりも他のお客さんに傾けている時間の方が多いので、距離的な意味で言うならお客さんと千束はそこまで大差は無い。
あの千束でも、初めての感情には戸惑いを禁じ得ないという事か。ミカは小さく笑って、カウンターに突っ伏す千束を見下ろし、
「千束」
「なぁにぃ……?」
「仕事が終わったら、朔月くんに連絡先を聞いといて貰えるか?」
「……!」
耳にした瞬間、バッと顔を上げる千束。
その手があったか!っと、急に明るくなっていく表情。というかまだ聞いてなかったのか。自分から聞きそうなのに、と思いつつミカは続ける。
「連日出勤してくれてるが、どのみち彼のシフトを決めないといけなかったからな。千束が彼との連絡係を引き受けてくれるなら────」
「まっかせてよ!もー、先生まだ連絡先交換してなかったのぉ?ったく、しょーがないなぁ!私が引き受けるかぁ……うひひっ」
「今日イチ元気ね……」
以前の、店員と客の関係の際に聞くには意味深過ぎただろうが、今なら仕事の連絡をする為という建前の元、彼と千束の間に連絡先による関係値を築く事ができる。我ながらナイスアドバイスだな、と千束が楽しそうに笑うのを見て、ミカは仕事に戻るのだった。
「……」
────今度から、こういう支援も千束にしなくてはならないのか、と思わなくはなかったが。
●○●○
「……へ?」
「だから、珈琲の淹れ方、教えてくれない?」
喫茶店「リコリコ」で正式に働く事になって数日の閉店後、座敷で恒例のボドゲ大会が開かれてる中、その勝ち抜けで一人、後ろで閉めの作業をしていた錦木に声を掛けた。
現在、俺が任されてるのはまだ注文を聞く事とレジ打ちのみ。珈琲を淹れたり、スイーツや和菓子の準備などは任されていない。まだ初日だから当たり前なのだが、できる事を増やしたいのは素直な気持ちだった。
そんな俺の気持ちなど露知らず、頼みを聞いた錦木当人は、キョトンと目を丸くして此方を見ていた。
「ぜ、全然良いけど……え、何、どったの急に」
「早く色々覚えなきゃと思って。なるべく面倒かけないようにするから、教えてくれると助かるんだけど……」
「それは、うん。大丈夫だけどぉ……どして私?淹れ方なら先生の方が上手だよ?」
「なんでって……」
錦木暇そうだから……と言おうと思って口を噤む。
錦木が目線をあさっての方向に逸らしつつ、チラチラと此方に視線を向けてくる。なんとなく何かを期待されてるような瞳。喜ばせるような事言った方が良い場面か、これ。
彼女を喜ばせるようなセリフ……うん、何も思い付かないな、正直に言うか。
「いや、ミカさんボドゲやってるし」
「……あっそ」
いや怖いって。スゲェ目で見られたんですけど。なんなら睨まれてるまである。や、実際ミカさんは今ボドゲ大会に一喜一憂していて、あんなテンション高めのミカさんは初めてで、普段忙しなくさせてしまってる分息抜きして欲しいという思いが勝ってしまったのだ。やっぱ日々疲れてんのかな。
「それにほら、ミカさんに教えてもらうのはまだ恐れ多いというか」
「なにそれー!私なら良いってのー!?」
「……まあ頼むハードルは下がるよね」
「なんだとぅ!」
失言だった。プンスカ怒って肩を軽く殴ってくる錦木。軽々しいボディタッチは健在で、この娘まったく反省してませんやめてください耐性無いです。
その攻撃をどうにか避けながら思い付いたように錦木のまえで両手を合わせる。
「頼むよ、先輩」
「せん、ぱい……!なんて甘美な響きぃ……!」
「……いやチョロ」
「聞・こ・え・て・ま・す・がぁん!?」
「おっと、うっかり本当の事が」
「んいぃぃーーーっ!!」
そうやって再び軽い肩パンで襲ってくる錦木。
視界に映る彼女の、僅かに緩んだ頬と唇。楽しげに絡んでくる彼女の表情や仕草を見てると、なんとなく揶揄いを覚えてしまう。
錦木は二つ返事で了承してくれて、その足でカウンター近くまで案内してくれる。
「それで?コーヒー豆の挽き方は分かる?」
「……なんとな、く?」
「何故に疑問形……いや、そこのミルでこう、グリグリーって……こんな感じで」
そう言って錦木は、カップで測ったコーヒー豆をハンドミルに投下して、器具を抑えて持ち手を回転させる。豆が削れて粉になっていく音と様子を見て、素直に感激した。
「おお、凄い……」
「ハンドルを回す速度とかで抽出時間とか味も変わってくるから、その辺は後で先生に聞いた方が良いかも。やり方だけ最初教えちゃうね」
「ありがとう。普通に勉強になる」
「べっ……つに、そんな感謝せんくても……先輩だしぃ……にひひ」
……今めちゃくちゃハンドルの回転速くなったけど大丈夫それ?というか、めちゃくちゃニヤニヤしてるなぁ錦木。……先輩ってフレーズ気に入ってんのかな。これからもバンバン使うか。
そうして豆を砕き回し切って、全てが粉末状になったのを確認すると、錦木は棚からまた新たな器具を取り出し始める。ドリッパーにコーヒーフィルター、流石にこれらは見た事がある。結構色々道具があるので驚いた。
それらを手際良く組み合わせ、フィルターにコーヒー豆を入れ、お湯をゆっくり上から注いでいく錦木の横顔を見ていて、なんだかベテランっぽい風格があるように見える。フィルターだけに。いやつまんな。
「……なんか、カッコイイね」
「ふふん、そうでしょ?珈琲淹れてる先生も、様になっててカッコイイんだよねぇ」
確かに、といつもカウンター越しで珈琲を淹れてくれていたミカさんの姿を思い出しつつ、得意気に笑ってみせる錦木を見やる。
コーヒー豆をお湯で蒸らす彼女の姿も、普段の子ども染みた性格から一転して大人びて見えて、凄く格好良く見えた。
そんな彼女の横顔を眺めていたら、目が合って。錦木が口を窄めてポショリと呟いた。
「その……朔月くんも、めっちゃ似合うと思う」
「そう?様になってる頃には見合った美味しさが出せてるといいなぁ」
「先生に追い付くのは大変だぞぅ〜?……ねぇ、まず最初に私に飲ませてよね」
「え、や、最初はやっぱりミカさんに……」
「えーなんでー!さっきハードルがーとかって言ってたじゃん!」
そりゃそうなんだけど……バリスタとして一流なミカさんに最初飲んでもらって、改善点を分かりやすく教えて貰った方が質の向上に繋がるかなぁ、と。
それを抜きにしても錦木に最初飲ませるのはなぁ……とかって思っていると当人がむくれた顔でジトッと睨み付けていた。
「私が淹れ方教えたんですけどー?」
「だからだろ。錦木には、美味いの飲ませたいから」
「え……あ、そーなんだぁ……」
「錦木、ミカさんのを飲み慣れてるだろ?今飲み比べられても味の善し悪しが浮き彫りになるだけだって」
「あー……そーゆー事ね」
「逆にどういう事だと思ったの……」
……本当は、食べ物を凄く美味しそうに食べる彼女の表情を知ってしまったから、俺の付け焼き刃で淹れた珈琲なんかで曇らせたくないだけなんだけど。
(……調子乗せそうだから絶対言わないけど)
珈琲が段々と抽出されていく。湯気と共に、珈琲独特の香りが漂ってくる。ゆっくり、時間をかけて優しく円を描くようにお湯を注いでいく錦木。
「ほい完成!千束ブレンドスペシャルコーヒーですっ」
「いや名前……」
「はいはい、文句は飲んでから聞きます。飲んでみ飲んでみ?」
錦木はボトルの中身を空のカップに注いでいき、それを俺の前へと押し出した。喫茶店リコリコの売りである、その珈琲を。
一瞬だけ彼女と目配せした後、取っ手をゆっくり摘んで口元へとそれを運ぶ。
「お、うまっ……けど苦い」
「あはは、朔月くんなんだかんだで苦いの苦手だもんね。全然ミルクとか入れて良いから」
「……」
……俺が苦いの我慢して飲んでるの、知られてる?
ミカさんの珈琲、苦いけど美味しいのが分かるから好きで飲んでるんだけど、途中から砂糖とかミルクと入れて飲むんだよな。それを見られていたのかもしれない、と思うとなんだか。
「……よく見てるね」
「べっ!?……つに、そんな見てないですけどぉ!?」
「何キレてんだよ」
「キレてませんー!」
よく気付いたなぁと感心しただけなのにめちゃくちゃキレられたんですけど。や、ぶっちゃけ錦木よく気付いたな。……気付かれないように、気を付けてたはずなんだけどな。
(……苦い、けど)
ミカさん直伝だからだろうか。彼女の珈琲も、とても飲みやすく感じた。ミカさんのような、飲む人を思っての珈琲なのだと感じさせてくれる一杯。
砂糖やミルクで自分の好みに変えてしまうのは、なんだか勿体無く感じてしまった。そのままもう一口、口に含む。
「え……い、いや、入れなって」
「いいだろ別に。たまにはブラックも悪くないし」
「っ……変なの」
「……錦木?」
「なんでもなーいっ。じゃあ次っ!朔月くんの番ね」
「ちょ、まだ飲んでるから」
「ほらほらはよはよ」
珈琲をテーブルに置いて、ミルに向き直る。
初めての経験ではあるけれど、手本は先程見せて貰えた。錦木がやっていた事と同じ事を実践するだけだ。
彼女が見せてくれたようにコーヒー豆を測り、ミルに投下。片手で器具を抑えて利き腕でハンドルを回し始める。
「っ、あ、あれ。意外に固いな……」
「ほら、もっと力入れないとー。女の子みたいに細腕なんだから」
「あ、こら、言ってはいけない事を」
「うっそ、気にしてた?ごめんねぇ?」
「……逆にそっちが細腕に見える割にゴリラ────」
「試してあげよっかぁ……?」
「────みたいに可愛いなぁと思って」
「誤魔化せてねぇぞコラ」
確かに。ゴリラみたいに可愛いって何だ。
錦木が背中を軽くゴリラパンチで小突く。そんなに痛くない、じゃれてくるようなに一撃に軽く微笑みつつ、変わらずハンドルを回し続ける。次第に粉末状になっていくそれを見ながら、再び息を漏らした。
抽出までの過程を想起しながら、コーヒーの豆を煎じて飲もうだなんて一体誰が最初に思い付いたのだろうかとか、普段考えないような事まで考えてしまう。これを粉末にしてフィルターに入れ、お湯で蒸らしてコーヒーを抽出するという考え方に至るまでにどれだけの時間や背景があったのだろうかと、ただミル回して豆砕いてるだけの作業なのにドンドン思考が沈んでいく。
(────楽しい)
知らなかった事、できなかった事がまた一つ、自分の中の経験として記されていく。知識と経験が、脳に染み込んで溶けていく感覚。
自然に頬が緩み、ハンドルを掴む手の力や回す速度も、次第に心踊り上がっていく。
「っ、あ、やべ……」
我に返り、一度ミルから手を離した。思わず回す速度を上げてしまっていた。ハンドルを回す速度は一定にしないと、後にムラができたりして味が変わってしまうらしい。錦木に教えられるまでもなく知っていたというのに、うっかりしていた。
集中しなければと改めてミルの取っ手を掴み────此方を眺めて微笑んでいる錦木に気が付いて、思わず息を飲んだ。
「……な、にか?」
「ううん、楽しそうだなーって」
何を揶揄うでもなく、ただ思った事を素直に言っただけのような彼女。眺めるだけで楽しいのだと、その細めた瞳と緩んだ口元が告げていて、それがとても可愛らしくて、思わずコーヒーミルに目を向けた。
少し考えてから、ハンドルを再び回し直しながら、
「……そう、だね、うん、楽しいよ。新しい事を覚えるのって、なんか好きなんだよな」
「……確かにいつもお店来た時、本読んだり勉強したりしてたよね」
「……まあ、ね」
やがて、コーヒー豆の全てが粉末に変わる。
新しくフィルターとドリッパーを用意し、抽出準備に入る。砕いたコーヒー豆をフィルターに通し、蒸らすのに必要なお湯をポットで温める。その入口から伸びる湯気を眺めながら、
「……小さい頃、色々挑戦する事が楽しくてさ。スポーツ、楽器、勉強……できる事が増えた時、母さんがよく褒めてくれたんだ」
「お母さん?」
「うん……今はもう、いないんだけど」
「え、あ……ごめん」
「なんで謝るの。話し出したの俺からだろ」
もう大分昔の事になるから、気にしてるわけではないないけれど。俺が感覚的にではあるが“こういう生き方をしたい”と掲げてるものにある、その根幹は母親に形成されたようなものだった。
「何か新しい事ができるようになって、それが他者に還元できた時、その人が『ありがとう』って笑ってくれるのが好きだった。だからかな……誰かの為に何かできるような人になりたいなって思った。俺を必要としてくれる人に、できる事をしたいって」
「────……っ」
────それが、錦木の掲げてる信念と同じである事を、この時の俺は知らなかった。
ただこれは、生まれてここまでの十七年間の中で、少しずつ形を成していった在り方だった。必要だって言ってくれる人に出会って、その人の為になる事をしていきたい。
「だから、その為にこうやってできる事が増える瞬間が、楽しくて仕方ないんだ」
色んな事ができる分、色んな人の為になれる。そうすれば、俺がいなくなった後も、その人の心に住めるかもしれない。俺がここで生きていたのだと、忘れないでいてくれるかもしれない。
そして、初めて言葉でそう伝えてくれたのがリコリコのみんなだった。
初めてこの店に入った時の事を、今でも思い出せる。迎えてくれたのは、隣りにいる錦木千束だ。初対面のはずなのに、何故か最初驚いたような表情をされたのを覚えてる。
けれどその後はいつもと変わらない表情で迎えてくれて、ミカさんやミズキさん、そしてそこに通うお客さんの全てが絶えなく笑顔を作り出していく。その中心が、いつも錦木だった。
周りに求められ、必要とされ、それに応える彼女の生き方と笑顔に、否応無く魅せられた。
「多分……此処で働く錦木を見て、羨ましく思ってしまったのかもしれない」
「……私?」
錦木は、なんとも思ってないかもしれない。当たり前の事をしているだけで、特に考えがあっての行動ではないのかもしれない。だからこそ純粋で、輝いて見えるだけなのかもしれないけれど。
「君が誰かに熱や時間を傾ける姿勢、君が作ったリコリコの空気に心底惚れたみたいだ。楽しそうな君を見たくて此処に通ってたみたいなものなんだよ、ホントは」
そう、俺なんかよりも楽しそうで、嬉しそうで。
そんな生き方をしている彼女を見たくなくて、けどずっと見ていたくもあって。段々とこの店に足を運ぶ頻度が多くなって。そうして、一緒に働くようになって。彼女が、また近くなった気がして。
嬉しいような、困るような、複雑な感情ではあるけれど。この時間がただただ楽しいと、今はそう感じていた。
「……」
「……?何?」
「へ……?あっ、やー……その……」
「?…………あっ」
……あれ、もしかして俺今めちゃくちゃ恥ずかしい事言った?錦木の事口説いてるみたいになったかもしれない。そう思うとなんだか顔が熱くなってくる。
顔真っ赤にして、驚いた表情で此方を見ている錦木を見て漸く我に返った。
「……ごめん、今の無しで」
「えっ、なんでよ!?」
「マジで無し。本当はミカさんの珈琲だけが目当てで通ってました。それ以外興味無し。錦木はアウトオブ眼中」
「そこまで言う!?嫌だ無しにしないでー!私目当てで通ってた事にしといてー!」
「ばっ、揺らすな揺らすな今お湯入れてるんだから!」
そうしてわちゃわちゃしながらも、どうにか珈琲の抽出に成功。蒸らす時間の調整やのの字に回して入れたりなど拘りたかったのだが、錦木が横でちょっかい出しまくってくるから予定とズレた。ジトッと横目で見てやれば誤魔化すように口笛を吹き……いや吹けてねぇからなそれ。
「ちょっとミカさんに渡してくる」
「えー最初は私でしょー!」
「っ〜〜〜、分かった分かった。じゃあ一杯だけ置いてくから、飲んでな」
「やったぁ!いっただっきまーす!」
カップに一杯珈琲を注いで、錦木に回す。
彼女が笑顔でそれを受け取るのを見た後、カウンターの向こうに出てミカさんとミズキさんの方へとカップの乗ったお盆毎持っていく。丁度ボドゲ大会に一息付いたらしく、良い機会だと二人に迫る。
「あのっ、ミカさん、ミズキさん。珈琲淹れてみたので、試飲していただければ幸いです」
「おお、そうか。じゃあ頂こうか」
「だから固いのよ言い方が。どれどれ……」
そう言って、各々がお盆に乗ったコーヒーカップを持ち上げる。二人がそれを口にするその瞬間にドキドキする。初めてのものを味見してもらうのってこんなに緊張するのか……錦木の感想聞いてから来ればよかった。
恐る恐る見上げると、二人とも一口飲み終えたのか、軽く息を吐いた。
「んっ、美味しい。初めてなのにやるじゃない」
「え……」
「そうだな。多少の粗はあるが、最初にしては上出来だよ」
「……お世辞でも、嬉しいです」
────何か、込み上げて来るものがあった。
錦木に教えてもらった珈琲の淹れ方。彼女と話しながらだったし、じゃれ合いながらだったから、求めていたクオリティの全てを出せたわけではなかったかもしれない。けれど、二人がそう言ってくれただけでも飲んでもらった甲斐があったように思える。
俺の後ろ向きな発言に、二人は顔を見合わせて呆れたように笑った。
「何卑下してんのよ。ホントに美味しいって」
「千束を見てみろ。アレが答えだ」
「え……」
ミカさんに言われて、ゆっくりと振り返る。
そこには、カウンター席に腰掛けて、珈琲を飲む錦木の姿。
「んっ……うひひっ、へへ……♪」
なんで、そんな楽しそうに。
コーヒーカップを見つめて、嬉しそうに微笑んで。
一口飲んで、また幸せそうに声を漏らす、そんな彼女の姿が目に焼き付く。
「────……っ」
錦木は嘘を吐くのが苦手だ。表情に出てしまうから。
だからこそ、彼女の今の笑顔に嘘偽りが無いのだと分かってしまう。
彼女のその満足そうな笑みに、幸せそうな声に、俺の淹れた珈琲を純粋に楽しむその姿に、動揺せずにはいられなかった。
……なんであんなに、珈琲一杯に時間をかけて飲むんだよ。一気に飲み干せばいいだろ。一口飲む度にそんな顔するなよ。
(……ホントに、やめてくれよな)
今度はもっと上手くなってから。
今度は、錦木にこそ飲んで欲しいと、どうしようもなく思ってしまうから。
「……ま、これから精進だな」
「そうですね。ミカさんにも、ご指導を賜る事ができたらと思います」
「いや固いな……」
そうして、また軽く笑ってくれるミカさん。そこから派生して、自分も飲みたいと言ってくれるボドゲ大会に参加してた常連のお客さん。そうして俺の作った珈琲を飲んで、笑顔を傾けてくれるこの店の雰囲気に、どんどんのめり込んでしまいそうだった。
ああ、こんなに良いお店。
きっと何処を探しても見つからないだろうと、俺は純粋にそう思った。
●○●○
「本日から配属になりました、井ノ上たきなです」
「……おお、うん」
────え、リコリコって
個人事業じゃなくて法人経営?
誰が好き?誰を推す?ルートは?
-
錦木千束
-
井上たきな
-
まさかの両手に花
-
ちさたきを見て『てぇてぇ』とか言い出す誉
-
ダークホースクルミ
-
み、ミカさん……!?