行きつけの喫茶店の珈琲が美味   作:夕凪楓

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言葉にできないから、行動で伝えよう。行動で伝えきれないなら、手を抜かず全力でやろう。



Ep.38 A new look for Lycoreco

 

 

 

 

 

「ミズキさん!あの、新しいパフェ考えてきました」

「え!?見たい見たい!作ってみて!」

 

 ────その事件が起きたのは、たきなの尽力によって赤字負担が軽減し始めた頃だった。

 

 たきな曰く、ある程度赤字が回復したとはいえ、今日に至るまでに累積している赤字の補填が、この程度の収支では全く進まないらしいのだ。融資に対する利息ばかりを払い続けていてはこの店の将来は見込めないと判断した彼女が考えたのは、オーソドックスにも新メニューの開発であった。

 

 その話をたきながふと漏らしていたのでミズキも知ってはいたが、自分でそれを考えるとなると難しく、その時は軽く聞き流してすらいた。

 先程話し掛けてきた際の声のトーンといい表情といい、どうやら相当に自信があるらしい。最近誉との間にあった気不味そうな雰囲気もある程度解消したのか日常でもその表情の変化が豊かであった。

 かくいう彼女もその自信作を披露したくてしょうがないとばかりに、うずうずとした空気を隠そうともしておらず、そんな年相応の少女にミズキは微笑ましさすら感じていた。

 

 ────裏の休憩室にて、たきなが新メニューと称して卓上に置いたそのブツ(・・)を見るまでは。

 

「寒くなってきた今の時期に美味しい、ホットチョコたっぷりのパフェです!」

「……っ!?」

 

 自信満々に宣言するたきなから卓袱台に鎮座するそれ(・・)に視線を戻し、ミズキは言葉を失った。

 

 彼女が満を持して持ち出したそのメニューは、恐らく彼女の言うようにチョコレートパフェではあるのだろう。ただ……何と表現すれば良いのだろうか。

 

 土台となっているそのスポンジの上、ホットチョコレートが螺旋状(・・・)に巻かれて盛り付けてられている。狙ってるのか湯気すらも放っている、そのあまりに特徴的な円錐形のシルエット。

 

「………………う、ん」

 

 ……直接の発言はとてもじゃないが憚られる。しかしこれは、どこからどう見ても、あるもの(・・・・)を想起せざるを得なかった。

 

 それに対して感想も言えずに絶句していると、たきなの背後にある襖の引き戸から一際明るい声での介入があった。

 

「グッモーニ……な、何これ?」

 

 ……が、挨拶を言い切る前にたきなとミズキの間に鎮座する、一際存在感を放つブツを見て、元気な挨拶をするはずだったその声が途切れ、部屋に入ってきた錦木千束は思わず言葉を漏らした。

 相棒の反応が見たかったのか、千束へと振り向いた彼女の表情は嬉々としていて、それ故にミズキも何も言えず。

 

「私が考えた新メニューです!どうですか?」

「こ、これはぁ……ウン────」

 

 言いかけた千束を、たきなの背後から『シーッ!』と静止するミズキを見て、彼女も思わず言い淀む。思わず零してしまった僅かな呟きに、『千束?』と問い返してくるたきな。

 

 そこにあるのはなんともまあ純粋な瞳であった。つまるところ彼女は全くもって、この形に何かしらの狙いを秘めているわけではないという事を示していた。

 そうだろうなとは薄々感じていたとはいえ偶然の産物というのは、こうも恐ろしいものなのか。

 

「……ウン、イインジャナイ、カナ〜……」

「本当ですか!?」

「……ウン」

 

 千束は相変わらず、嘘が下手だった。嘘というのは何とも残酷な。しかしこうも自信に満ち溢れた彼女に見た目の指摘をして恥ずかしい思いをさせるのも忍びない。既にたきなが居ないと店の経営が回らなくなっている今、彼女に拗ねられてしまってはそれこそ存続の危機である。世界には優しい嘘もある。

 

 ミズキもそれに同調するようにコクコクと頷くと、たきなの表情は更に明るくなる。すると、メンバー二人に太鼓判を押された事で(千束とミズキからすれば押したつもりは特にない)、彼女の自信は確固たるものになったらしい。両手を胸元でギュッと握り締め、僅かに頬を赤らめて────

 

「……誉さん、早く来ないかな……」

「「!?」」

 

 ────とんでもない事を言ってきた。

 

 まさか、これを誉に見せるつもりなのか。千束とミズキは戦慄する。いや、考えてみれば同じ店を構える従業員にメニュー案を見せるべきというのは至極真っ当な意見ではある。ではあるのだが、女の子がこの見た目のものを自分で作った挙句に想い人に自信作と見せるという字面がかなり酷い。

 

 見た目がアレなパフェを誉が見た時の感想を想像するだけでも恐ろしい。見た目の指摘を受けてみろ、立ち直れるものか。アレを自信作と称したたきなの面子もとんでもない事になる。以降もお店でアレを作った女と思われるなんて、地獄か拷問か?考えただけで鳥肌が立った時だった。

 

「……はよーございま……ふぁぁ……」

「「!?」」

 

 ────まるで狙ったかのようなタイミングで誉が欠伸をしながら和室に入ってきたではないか。

 何でよりによってこのタイミングで来るんだこの男は。千束とミズキの顔が同時に青くなる。慌てて隠そうとした結果、千束とミズキが両手をバタバタと羽ばたかせるも虚しく、その隙間から見え隠れするたきなの新作パフェが誉の目に留まってしまうのだった。

 

「あ、誉さん!」

「……あー、たきなおはよ……あれ、これって……もしかしてこの前言ってた新メニュー?」

「そうなんです!寒い時期に合ったホットチョコレートのパフェで……!」

 

 終わった……────葛藤奮戦の覚悟虚しく、一瞬でたきなのアレなデザインのパフェが誉に見られてしまった。こんな事なら早く指摘するべきだったと千束とミズキが後悔に嘆く中、誉はジッとそれを見下ろした後、そのまま腰を下ろしてたきなと肩を並べた。

 

「へぇ……もう形にできたんだ。流石たきな、仕事が早いね」

「ほ、誉さんはどう思いますか……?」

「寒い時期に温まるものってコンセプトは悪くないと思うよ。問題は味だけど……これ、食べても平気?」

「勿論です!是非!」

 

 ────……あれ?

 千束とミズキは思わず顔を見合わせる。いやいやおかしい、見た目に対しての誉の反応が微塵も感じられない。それどころか普通に新メニューとしての評価を続ける始末。おまけにあの見た目のパフェを味見しようという……え、怖い怖い、今何が起きてるの、と震える二人。

 

「どうぞ!」

「ありがとう」

 

 たきなの元気な返事と共に差し出された皿とフォークを受け取り、その一部を取り分ける。そうして上に乗ったチョコレートを口へと運んでいく。その瞬間を、千束とミズキが悲鳴を押し殺しながらまじまじと見つめ、『あ、アレを食べてる……』と震えた声で呟いた。

 たきなが隣りで固唾を飲んでいる中、咀嚼し飲み込んだ誉は、そのパフェを見つめながらふと口を開いた。

 

「……これ、レシピもたきなが全部考えたの?」

「は、はい……何か、問題が……?」

「や、めちゃくちゃ美味しい。え、凄い。これ中のペーストはビターなんだ。ダークチョコレートかハイカカオかな……へー、これなら甘さもくどく無いし、苦味も合わさって食べやすい。え、食レポしちゃった語彙力ウケる。へー、凄い。凄いねたきな、これ美味しい」

「……っ!」

「ギャルみてぇな感想」

 

 誉はたきなの作ったチョコレートパフェに物凄いテンションが上がっていた。予想以上の好反応、好感触。それを聞いたたきなはパァッと表情を明るくさせ、頬を赤くして喜んでいた。

 当の千束とミズキは『マジかコイツ』と思う反面、『そんな美味いのこれ?』と二人とパフェの間を視線が何回も行き来していた。

 

「これ、新メニューでどうですか!」

「俺この味好きだし賛成かな。錦木やミズキさんが高評価なら良いんじゃない?二人はなんて?」

「良いんじゃないかと言ってくれました!」

「あ、や、それはぁ……」

 

 たきなを傷付けまいと見た目に関して伏せていたのが裏目に出てしまった千束とミズキ。このままではこの見た目がかなりアレなパフェが世に出回ってしまうと今更ながらに汗を垂れ流し始めた。

 

 だが、まあ……味がそんなに高評価なら、見た目のインパクトが強くて逆にバズるかもしれないとも思い始めてきてはいる。

 こちらから宣伝を広くしなくとも、お客さんがSNS経由で広めていけば、広く伝わる可能性はある。これが集客に繋がるのであれば、店側からすれば特に言うことはないのだ。

 

「ねぇ、これ商品名どうするの?たきなスペシャルとか?」

「そんな千束みたいな名前付けませんよ。シンプルにホットチョコパフェとかでいきましょうか」

 

 ……問題はたきながこの見た目から想起するものにいつ気が付くのかではあるが、それにさえ目を瞑ればこれは新メニューとして取り入れるに足る資質をもったパフェなのではないかと、なんだか千束もミズキも誉の反応を見て洗脳され始めていた。

 

「……あのさぁ、ミズキ。朔月くんってさ……」

 

 恐らく誉も、たきな同様見た目に関して何も気が付いていない。誉は長い事病院での生活だった為に、外界での穢れを知らず、塗れる事も知らない、純新無垢な十七歳。

 

 ────ま、まさか気付いてないとかそういうレベルではなく、あの茶色くて螺旋状の見た目からアレ(・・)を連想する、という考え方がそもそも定着してない?

 彼自身が箱庭と称した病院での長年の生活の前には、もはや俗世での常識さえも通用しないという事か。見ろ、この新メニューを見つめる純粋な眼を。

 

「……え、これウチらが汚れてるって事になんの?」

「何の話?」

 

 ────俗世に疎い誉は、どこまでいっても純粋(ピュア)であった。

 

「……てかさぁ」

 

 二人ともこの前まで気不味い感じだった癖に、少し見ない内になんか仲良くなってね?何があった?(圧)

 嬉しい反面、距離が縮まってる感があって焦る千束であった。

 

 

 ●○●○

 

 

「お待たせしましたー!」

 

 千束の景気良い声が店内に響く。それを待ってましたと言わんばかりに嬉々とした表情のお客達。そうして卓上に並べられたのは、人数分のたきな考案新作チョコパフェだった。それを見てすかさず携帯で撮影する者が後を立たず、撮影音を追う形で辺りを見渡せば、リコリコではかなり珍しい満席状態であり、どのテーブルにも同じ商品が並んでいる。

 その茶色い螺旋状の見た目が、とあるもの(・・・・・)を彷彿とさせるパフェがそこかしこに置かれている異様な光景を目の当たりにしながら、千束達はリコリコとしてはかなり珍しい激務に追われていた。

 

「あと三つ追加で!」

「千束、これ二番卓な!」

 

 ────そう、結論から言えばたきなのチョコパフェは初見の人がSNSで投稿し、人から人へと情報が拡散した事で、一瞬にして大いにバズったのだった。

 ……まあ恐らくたきなと誉は味が好評だったのだと思っているだろうが、それ以外の全員はどう考えても見た目でバズったのであろうと断定していたが。

 

 もしこれで味の方が大した事なければ、ただの珍妙なパフェで終わっていた事だろうし間違いではないが、やはり見た目のインパクトが大きかった事とたきなによってしっかり考えられた味のバランスが合わさって、新規の客層に大いにウケたのだった。

 

 赤字の件といい新メニューの件といい、リコリコには深堀できる要素がこんなにも多かったのだと実感する。たきなの手によってテコ入れされた新体制で、赤字は目覚しい速度で黒字へと近付いているのだから流石である。

 というのもリコリコの店構えや経営方針も含めて、これらは店主であるミカさんの趣味の延長線上でしかない。きっとこの場の誰一人として、真面目な経営戦略を元に収益を上げる為の手法など、考えた事もなかったのだろう。

 

「3番上がりよー!」

「あ、はい、今行きま……え」

 

 ミズキの呼び掛けに応えるようにカウンターへ向かう誉の視線の先には、黄色い和服に身を包んで、両手でパフェの皿を抱えるクルミの姿があった。ミズキもそれに気が付いて、彼女のその格好に思わず目を見開いた。

 

「え、なっ……え!?アンタ働くの!?どういう風の吹き回し!?」

「忙しいからボクにもやれって……千束が」

 

 不満そうにむくれながら皿を持ち上げるクルミを、その珍しい格好からかついつい目で追ってしまう誉。彼女の髪色基イメージカラーに合った金糸雀色のお仕着せを纏ったその小柄な姿を上から下まで見つめて、ただ一言。

 

「……へぇ」

「……あ?」

 

 ────別に褒めて欲しかった訳ではないクルミも、流石に癇に障ったのか青筋を立てて誉を睨み上げ、舌打ちをかます勢いで捲し立てた。

 

「何だよ、言いたい事でもあるのか」

「ご、ごめん、珍しかったからつい……」

「どうせ馬子にも衣装とか言いたいんだろ。そーかそーかそーですか」

「いや卑屈過ぎる。まだ何も言ってないし……普通に似合ってるし、可愛いと思うけど」

「………………………………お世辞は要らん」

「いや本気だけど」

「……………………………………………タラシが」

「えっ」

 

 なんでそうなるの、と突っ込む誉を置き去りにして、クルミは覚束無い足取りで座敷へとパフェを運びに向かっていった。彼女が声をかけると、その卓を囲っていた女性陣が四人とも目を丸くしてクルミを見つめ出した。

 

「……おっ、おまち、どうぅ〜……」

「え、何この娘可愛いっ!」

「何歳なのー?」

「……秘密だ」

「「「可愛い〜〜〜!」」」

 

 最初は不承不承といった様子を隠さなかったクルミだが、千束やたきなと違ってお店のSNSに顔を載せない彼女はそこからパフェを見つけて来てくれたお客様にとっては完全初見、喋らなければ愛くるしい見た目の彼女はお客様からのウケが良く、給仕の間終始『可愛い』とのお言葉を浴びせられ、戻ってきた時には大層ご満悦な表情を浮かべていた。自己承認欲求が満たされて何よりである。

 

「あー忙しい!ちょっとー、まだまだあんのよー!早く持って行って……って、なぁにニヤついてんだ貴様」

「ふっふっふっ……ミズキにはもう味わえない『可愛い』と言われる快感を浴びてきた」

「あんだとゴォルラァ!まだ『可愛い』言われるラインだっつーの!」

「ああ、火に油……」

 

 キャハハ、と楽しそうに笑って怒り狂うミズキの横を通り過ぎ、次の宅へ運ぶチョコパフェを両手で丁寧に抱えた。そのまま誉の横をも通過しようとして、ふと目が合った。

 

「ね、嘘じゃないでしょ。皆可愛いって思ってくれてるよ」

「……」

「偶にはそれ着てお店も手伝ってくれたら良いのに」

「……………………………まあ、気が向いたらな」

 

 そう言って誉から目を逸らすと、クルミは次のテーブルへとチョコパフェを運びに再び出て行った。

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

「たきなの尽力あって喫茶リコリコの経済状況は回復しつつありますが……欲しくない?更なる“新風”が」

 

 ────それは、たきなの新作パフェが大いにバズり、経営収支が黒字に傾き始めた時だった。いつものようにピークを過ぎてひと段落、閉店間際になった頃、錦木がお店のメンバーを客間に集めてなんか格好付け出した。

 

「というわけで、喫茶リコリコの一日限定コンセプトカフェを考えてみよ〜っ!」

 

 天高く人差し指を突き上げて司会進行する錦木の後ろには、たきなとクルミが特に何も言わず控えている。俺はいつも通り錦木に対して『急に何言ってんの』くらいの真顔で見つめてるんだけど、二人を見るにあまり驚いた様子は見受けられない。

 すると、俺の隣りでミズキさんとミカさんが彼女らを横目に話し始めた。

 

「いいの?」

「一日だけだし、若い子のアイディアを聞いてみたくてな」

 

 二人は特に驚いた様子もない。コンセプトカフェって何。

 そんな俺の思いを知ってか知らずか、ミカさんはスマホを取り出して調べた内容を読み上げ始めた。

 

「コンセプトカフェ……『テーマに沿ったサービスを提供する喫茶店』……千束の言う新風も良いじゃないか」

「とことん娘に甘いですね……」

 

 どうやらまた錦木の思い付きらしい。察するにたきなの新メニュー以外にも集客に繋がる何かが欲しいって話かな。

 コンセプトカフェ……あんまし聞いた事無かったけど、ミカさんの調べた内容からするに、何かしらに決めた世界観に合わせた演劇みたいな接客をする的なものかな?

 

 よく分からないけど……というか基本的に反対しないよねミカさん。あの三人の事だから放っておくと奇抜なアイディアしか出ないまである。巻き込まれるのはいつだって我々ですよ?

 どうする?女装とか言われたら。

 

「二人とも案は考えてきた?」

「えぇ、まぁ」

「一応」

 

 ノリノリな錦木に反し、温度差が酷い返答のたきなとクルミ。いつも通り錦木の悪ノリに付き合ってあげてる感じかなこれ。

 

「朔月くんも良い案思い付いたら発表してね!」

「え、俺も?」

「勿論!よしじゃあ、たきなから!」

 

 唐突に巻き込まれたのを理解するも束の間、いつの間にか着替えたたきなが皆の前にその姿を見晒す。

 

「おぉ、これは?」

「テーマは“ミリタリー”です」

 

 そう告げるたきなの姿をまじまじと見てしまう。レプリカと言うにはあまりにも重厚感があってリアルに見える装備品や銃に圧倒され、言葉が出ない。

 黒のコンバットシャツにグローブ、ボディアーマー、近くのテーブルにもヘルメットにゴーグル、フェイスマスク、etc……今からサバゲーできそうな程に必要なものが揃っている。あれ、たきなさん意外とノリノリですね。

 

「良い着眼点じゃないか?」

「でも何か衣装に見覚えがあるような……?」

「それはまぁー……これリコリスの装備なんで」

「ちょいちょいちょいっ!!?」

「待て待て待て待て」

 

 流石に突っ込んだ。コンセプトとかそういうのじゃなくて普通にガチの装備だった。え、じゃあ今手に持ってるのもレプリカとかじゃなくて実銃?あの、まだ閉店前なんですけど?秘匿意識がガバガバ過ぎる。

 

リコリス(私たち)の正体は秘密なんだよ!装備を大っぴらに公開しないのっ!!」

「衣装代が節約できるかと思ったんですが……」

 

 ああヤバい、組織の機密や秘匿って一番たきなが厳しかったはずなのに、ここ最近の倹約節約の日々が祟ったのか感覚の麻痺が始まってしまってる……疲れてるんだろうなぁ、涙出てきた。

 何が一番ヤバいって、問題児筆頭の錦木に常識を諭されてるのが一番ヤバい。

 

「こほん、んじゃあクルミ!」

「よしきた」

 

 そのチャームポイントのおデコをキラリと光らせ、待ってましたと言わんばかりに前に出たクルミ。たきなが新メニューを見せてくれた時並みの自信を感じる。これは期待しても良いかもしれない。

 

「水着エプロン」

 

 ────幻聴か?

 

「みずっ……え、なんて?」

「水着エプロン」

「……え、なんて?」

 

 自分の耳がイカれたのかと思ったがそうではないらしい。けど何回聞いても分からないんですが何その未知の世界。錦木やたきながそれを身に纏ってる姿が……いや、流石に組み合わせが異色過ぎて妄想すらできない。何、水着の上にエプロンを着るって事?どういう意図?

 

「女子学生が着る事で話題性は抜群、男性の集客率は天井知らず────」

「法ギリギリだぞそれ」

 

 俺それやんないよ?風営法に抵触しそうまである。

 クルミ、普段は接客しない癖によくもまぁこんなアイディアを……どうせ提案した本人は着ないでしょ絶対。

 そう思ったのは俺だけじゃないらしく、錦木とミカさんがクルミの肩にそれぞれ手を置いて怖い顔でハモった。

 

「「倫理観的にダメ」」

「知ってた」

 

 でしょうよ。完全に悪ノリだよこれ。この二者択一ならたきな確定だけど、リコリコの装備は使えないし、新たに揃えるとしたらそれこそコストがかかり過ぎる。一日だけのコンセプトカフェの為に買い揃えるのは悪手だと言わざるを得ない。

 どうしたもんか……と唸っていると、錦木とたきなの視線が俺に向いた。

 

「朔月くんは?何か良い案ある?」

「え……」

「新メニューだけじゃなく、別の事でも改善できる手段があればと思うんです。何か知恵を授けていただけると」

「いや言い方固いな……んー、俺も今聞いたからなぁ……」

 

 そんなパッとスッと出てきたら苦労無いんだけど、こういう世界に明るくないしなぁ……あ、でも常連のお客さんから最近秋葉原でカフェに行ったって話を聞いたな、確か……。

 

「……メイド喫茶?」

「えっ!?」

 

 そう呟くと、店内が急にどよめき出した。思わず顔を上げると、たきなは驚いたように目を丸くし、クルミは可笑しそうにニヤけ、ミズキさんや錦木に至っては青い顔で震えながらこちらを見ているではないか。

 おい何だその反応は……てか何でみんな違うリアクションなの?

 

「え、な、何?」

「いえ、誉さんから出る単語とは思えなくて……」

「俗世に塗れてきたな」

「ヤダ千束、朔月くんドンドン私らに近付いてるわよ」

「恐れていた事態……!」

「結構な言い様ね君達」

 

 俗世に塗れてる自覚はあるのね。しかし四者どれをとっても心外である。良いだろ別にこの手の話に詳しくなっても。お客さんとの絆は大事でしょうが。

 

「……というか、え、え、朔月くん、ウチらのメイド服姿見たいの……?」

「えっ……あ、や、違う違う、決して邪な気持ちがあったとかそういうんじゃなくて、前に常連さんが行ったって話を聞いてふと思い出しただけで……不快にさせたらすみませんでした」

「いやめっちゃ否定すんじゃん」

 

 別にメイド服姿が見たいが為に言ったとかそういう事では全く無いですホントに。最近読んだラノベに秋葉原の描写があって気になった訳じゃないんです多分。テレビでチラッと見た事があって実際はどんなもんなのかなとか考えてた訳じゃないんです恐らく。

 

「まあ、今までのアイディアの中じゃ一番無難じゃないの?」

「でもこーゆーのって、素人がやるとクオリティなんてたかが知れてるぞ」

 

 ミズキさんの言葉にそう返すクルミ。確かにその手の手法を素人がやるとそんなに上手くいかないどころか、本気でやってる人間の反感を買うまであるし、普段からメイド喫茶に赴くお客さん相手にはウケが悪くなる可能性もある。

 

「まぁ、一日ぐらいだしそんなにガチらなくても……」

「いえ、これで集客が見込めた場合は定期的に企画する事も視野に入れないと。やるからには本気でやりましょう」

 

 錦木の言葉を一刀両断するたきなの瞳の奥はいつになく燃えていた。流石、ここ最近の経費削減と収支向上の為に身を切る思いをしてきたたきなさん、やれる事は何でもやろうのスタンスで尊敬する。振り切ってて涙出そう。

 

「言い出した俺が言うのもなんだけど……メイド喫茶って具体的にどんなコンセプトのカフェなの?メイド服着てるんだろうなっていうのは分かるんだけど」

「……確かに、私もよく知りません」

 

 片や病院生活が人生の男(自分で言ってて悲しい)と、片やリコリスでの生活が人生だったたきな。コンセプトのアイディアとして成程とは思いつつも、具体的にそれがどんなものなのかがあまりイメージとして湧かないでいた。

 すると錦木が得意気な笑みと共に俺に近付き、指を再び天高く聳えて告げた。

 

「ふふん、ならみんなで敵情視察に行こう!」

 

 

 ▼

 

 

「とうちゃーく!」

「ここは……」

「メイドカフェ〜!」

 

 錦木に言われるがままに連れられて辿り着いたのは、先程議題に上がったメイド喫茶だった。入口の上に大きな丸文字で【メイド喫茶♡めるめる】と可愛らしく書かれているのは、恐らく店名だろう。

 俺とたきな、そして何故かクルミまで参加し、四人並んでその店を見上げていた。

 

「……これ千束が来たかっただけだな」

「いやー、伊藤さんから聞いて気になっちゃって」

「……まぁ、確かに同業他社ですけど」

 

 クルミに図星を突かれても悪びれずにフフフ……と目の前のメイド喫茶にウットリしている錦木の隣りで、たきなは相変わらず店の経営に繋がるものが無いかと店構えから食い入るように見つめている。

 

「……あの、これ俺も入るの?」

「当たり前じゃん。今更何言ってんの」

「や、だってさ……なんか恥ずかしい……」

「乙女か」

 

 さっきまで未知の世界に興味剥き出しではあったのだが、メルヘンチックな出で立ちの外観を見上げて込み上げてきたのは、途轍もない程の疎外感と羞恥心だった。

 いやだって今でさえ女子三人男子一人なのにこれから入るの女性店員しかいないメイドカフェでしょ完全に俺浮くじゃんか何で連れて来たの何で付いて来たの俺やだもうお家帰ろう今すぐ恥ずかしくなってきちゃった。

 

「俺ちょっとアレがアレだから先戻ってる────」

「ごめんあそばせ〜♪」

「ちょい、引っ張るな引っ張るな!」

 

 俺の抵抗虚しく何故か俺より力の強い錦木に腕をガッチリ掴まれながら入店。手を引かれて連行されてるこの状態も重ねて恥ずかしい。

 鈴の音と共に開かれた扉の中に躍り込むと、そこには黒のワンピースの上にフリルの付いた白いエプロンを組み合わせたエプロンドレスと、フリル同様に白いカチューシャを身に付けた女性店員が何人も待ち構えており、全員が揃って此方に笑顔を振り撒いて告げてきた。

 

『『『お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様』』』

 

「おっほぉ……」

「……うわすげ」

 

 沢山のメイドに出迎えられた優越感からか恍惚とした表情を浮かべる錦木の隣りで、思わず素のリアクションをしてしまった俺。な、なんか凄い人数で見られてるんだけど何だこれ恥ずかしい。

 クルミも初めて来る場所に慣れないのか店内をキョロキョロしていて、この場でいつも通りなのは表情筋死んでんのかってくらいの真顔でメイドにマジレスするたきなだけだった。

 

「……私達の家は此処ではありませんが」

「ノンノン!此処は私達の家でご主人様お嬢様!そういうコンセプトなの」

「はぁ……一応参考にします」

 

 この接客が経営に役立つのかと眉を寄せるたきな。俺らの前で店員に「四人で」と来店数を伝えるファミレス感覚のクルミ。本当にいつも通りである。

 俺はというと……メイドさんと目が合う度に居たたまれずに視線を逸らすばかり。店内にはこちらと同じようにメイドさん方の接客を受ける男性客がチラホラ見受けられる。そんな彼らの横を通過する度、メイドさんがお客さん相手に口にする「ご主人様」という単語がどうにもこそばゆい。これ、俺もご主人様とか呼ばれるのかな……え、恥ずかしい。しんどっ。

 

「値段少し高くないですか?」

 

 着席してすぐメニュー表を開いて、たきなの開口一番のセリフがそれな辺り、何だか凄く安心する。たきなはブレないねぇ……なのに俺は……。

 

 泣く泣くメニュー表を取って開いてみれば、なるほど確かに一つ一つのメニューが高い……ランチメニューは軒並み千円を越えており、目玉とされるオムライス1,300円以上とは……これはもしや、良い卵でも使ってるのかな。

 

「……“萌え萌えオムライス”、“萌え萌えハンバーグ”、“萌え萌えカレー”……」

 

 あとずっと気になってたんだけど、何でどのメニューの頭にも『萌え萌え』って付いてんの?何萌えって。萌えって何。気になってんの俺だけ?

 

「この価格帯で集客が見込めるならウチも改訂しましょう」

「確かにちょーっと高いけど、これとかはチェキ代入ってるから」

「チェキ代?」

「写真よ写真」

 

 チェキ……撮影した画像をそのままプリントできるインスタントカメラの総称だったかな。それの代金とはなんぞやと、錦木の言葉を聞いて首を捻る。

 

「それって、この店のメニューをSNSにアップしたいってなったらお金かかるって事?」

「違う違う、ここでいう写真っていうのはメイドさんとツーショットが撮れるよって事」

 

 俺とたきなはほぼ同時に視線をメニュー表から、現在クルミの注文を受けている黒髪セミロングの女性店員へと向けた。メイド服が途轍も無く似合っているが……え、彼女とツーショットの写真をこの場でプリントアウトする代金がオムライスに含まれてるって事?

 

「……何故そんな写真を撮る必要があるんですか?」

「それ強制?撮らなくて良かったらこのオムライスの値段ってその分下げれる?」

「そんな角度の質問飛んで来ると思わんかったわ……」

 

 いやだって恥ずかしい(何回目)。どこに需要があるんだと言わんばかりのたきなの向かいの席で、オプションが外せるかどうかをメニューと睨めっこしながら確認してる俺。ダメだ、どのメニューにも“萌え萌え”が付いてやがる……これみんなチェキ代含んでるのかな……ここ最近で染み付いた経費削減の意識から、出費が嵩むものを素直に頼めないんだが……うーん、まあでも今日は敵情視察が名目だしご飯も食べてないしな……と取り敢えずたきなと同じオムライスを注文。

 

「ねぇねぇ、メイドやるんだったら私達もチェキやる?お代はサービスで!」

 

 ニヤニヤニコニコしながら楽しそうに話す錦木。そしてここで、恒例のたきなの余計な一言。

 

「リコリスに写真はどうかと」

「いや割と今更じゃない?」

「SNSにばんばん上げてるしなー」

 

 秒で俺とクルミが突っ込む。たきなが新パフェ持って笑ってる写真とかSNSにめちゃくちゃアップされてるらしい。SNSは見てないが錦木やミズキさんが撮影した写真は見せてもらった事がある。みんな揃ってたきなの新作のチョコパフェを持って笑顔を浮かべていて、見ていて微笑ましかったのを覚えてる。

 錦木とミズキさんは何故か苦笑いしてたけど……何でだろうか。

 

「お待たせいたしました」

「おっ、来たな」

「おお〜!かーわいい!」

「動物になるようデコレーションがされてますね」

 

 そうしてる間に先に来たのは、クルミが頼んだフルーツパフェだった。パフェグラスに詰められたパフェの上にはリンゴやメロン、さくらんぼといったフルーツが盛られており、その中心にはウサギを模したアイスが乗せられていて何とも愛くるしい。見た目で注文するお客さんも多そうだ。

 

「食べるの勿体無く感じ────あ」

 

 問答無用でウサギの耳らしき部位からスプーンで救い取る無慈悲なクルミ。ヒョイヒョイパクパクと問答無用でウサギから潰しにかかっていた。

 

「ちょいちょい!まだ写真撮ってないんだけど!」

「何の為に注文したんですか」

「だって早く食べないと溶けるだろ」

 

 結局資料に欲しかったであろうパフェの写真は、クルミのスプーンの猛攻によって見るも無惨になってしまったウサギを中心に一応撮られた。その後暫くして、俺とたきなが頼んでいたオムライスがやってきた。

 

「お待たせ致しました」

「「……?」」

 

 届いたオムライスは二つとも卵にムラも穴も無く綺麗な出来上がりだったが、何故かどちらにも何もかかっておらず、俺とたきなは思わず顔を見合わせた。

 

「……ケチャップがかかっていません。経費削減でしょうか」

「いや、卵にはソースとかマヨネーズって人も居るから、お好みで自分でかけるんじゃない?」

「二人して斬新な解釈だこと」

 

 あれ違うの?目玉焼きにはウスターとか塩とか醤油って人も居るからオムライスもそういう多様性の時代かなって。しかし錦木がそういうのなら違うのか、じゃあ何だろうと疑問符を浮かべていると、オムライスを持ってきてくれたツインテールのメイドさんがニコニコしながら教えてくれた。

 

「こちらはご主人様、お嬢様からのリクエストでお絵描きします♪」

「……あ、なるほど……そういう事か」

「ほら、二人とも何が良い?好きなもの言ってみ?」

「……では、千束を」

「私!?」

「目の前に居るので。……誉さんは?」

「俺?俺は適当に……ん?」

 

 ふと何かを感じ取って顔を上げる。すると、向かいに座るたきなとその隣りの錦木が何かを期待するような眼差しで俺と俺のオムライスを交互に見ているではないか。

 そんなに見ないでよ恥ずかしい……ではなく、これはもしかして俺もどちらかの顔を描いて貰わないといけない流れなんだろうか。たきなの眼力とか鋭過ぎて怖いんだけど。

 

「……じゃあ、たきなで」

「……!」

「え、えぇっ!?何でよぉっ!?」

「え、や、目の前に居るから……それに錦木の絵はたきなのオムライスに描くじゃん……」

「ぐ、ぬぬぬぬぅ……っ」

 

 悔しがる錦木の隣りで、声にならないような声で小さくガッツポーズをかますたきな。何か賭け事でもしてたんかくらいの勢いである。前に錦木にジャンケン勝った時もあれくらい喜んでたな……結構負けず嫌いだよなたきなも。

 メイドさんが微笑ましそうにしながらたきなと俺のオムライスに錦木とたきなのイラストを描いていく。描くスペースも描くものも実際の紙とペンでは無い分、似顔絵なんて複雑なものは難しいだろうと踏んでいたが、髪型や髪留め、表情などの特徴をちゃんと捉えつつ、出来上がったイラストは本当に錦木とたきなに見えて、思わず一同感心してしまった。

 

「おお〜っ!」

「……見事なものですね」

 

 確かに見事だ。二人の画力じゃあこうはいかない。メイドやるにしても絵を描くサービスは難しいかな。

 その後届いた錦木のパンケーキも、クマのような形で焼かれた表面に可愛く顔が描かれ、食べるのが勿体無い出来栄えだった。錦木は記念として、たきなは資料としてそれぞれ写真を撮影し終えると、ふとたきなが自身のオムライスに描かれた錦木を見てふと呟いた。

 

「でもこれ食べるんですよね」

「いや〜ん、たきなに食べられるー♡」

「何ですかそれ。それなら私は誉さんに食べられるってこと────」

「わーわー!今のくだり無し!!」

 

 顔を真っ赤にしてたきなの口元を手で遮る錦木に意味も分からず眉を寄せつつも、取り敢えず今来たオムライスの味を確かめようとスプーンを手に持った。

 すると、戻らずにそのまま俺達の席に立っていたツインテールのメイドさんが、コホンと軽く咳払いする。

 

「では最後に、美味しくなるおまじないをしますね♡」

「おま、じない……?」

「生まれて初めて聞いたみたいな反応」

 

 おまじない……呪文って事?え、そんなのあるの?何それ魔法か?美味しくなる魔法?俺が病院で燻ってる間に科学的に証明されたの?

 え、何それ凄いそれは流石にお金かかるわ今そんなに持ち合わせないんだけど、え、どうしよう。

 

「え、あの、そのおまじないってプライスレスですか?料金に含まれてたりとかは────」

「凄い深刻な表情」

「こちらはサービスですよ♡」

「え、本当ですか?凄い、無料(タダ)でそんなおまじないが見れるなんて……え、感動……!」

「マジかこの人……」

「店員さんもやりづらそうですね」

 

 錦木とたきなが何故かドン引いた目で俺を見ている気がするが無視。魔法の類なんて此処以外で見れる機会ないんだぞ!テンション上がらん方がおかしいでしょうが。

 いけない、何故か緊張してきた。ただでさえ虚弱な心臓が鼓動を早めている。興奮冷めやらぬ。顔が熱くなってくるのを感じつつメイドさんの動きに注目していると、ツインテールのメイドさんは自身の両手でハートマークを作り、身体と両腕をゆらゆらと可愛らしく揺らしながら呪文を唱え始めた。

 

「おいしくなあれ♪おいしくなあれ♪萌え萌えきゅ〜ん♡」

「……燃え燃えQ?」

 

 どんな意味?

 

「はい、とーってもおいしくなりましたよ?」

「マジか今ので?」

「純粋な瞳」

 

 ────アン〇ンマンのジャ〇おじさんみたいなおまじない。目視じゃ光線も見えなかったし魔力的なのも感じなかったけれど今のでこのオムライスが美味しく……?え、早く食べよう。

 目の前のオムライスに集中しようとする手前で、メイドさんが再びおまじないを、今度は錦木とたきなのメニューにかけ始めていた。

 

「おいしくなあれ♪おいしくなあれ♪萌え萌えきゅ〜ん♡……はい、お嬢様達のパンケーキもオムライスも、とーってもおいしくなりました♡」

「いやーんありがと〜♡さ、食べよたきな♪」

「……元の味を知らないので比較のしようもありませんし、そもそも根拠の無い非科学的な行為だと思いますが「いただきまーす」

 

 たきなの無粋な発言を遮って、各々自身の頼んだ品に手を付け始めた。錦木はパンケーキ、俺とたきなはオムライスへとスプーンを入れる。一足先にパンケーキを口に含んだ錦木は、満面の笑みを浮かべていた。

 

「ん〜♪美味し〜っ♪ほら、たきなも早く食べてみ!」

「……まあ、普通に美味しいです」

「美味しい……これが呪文の力……」

「コレ放っておいたらその内通い出すんじゃないか?」

「ま、まさかぁ……」

 

 錦木やクルミが何か言ってるが、気にせずオムライスを口に含む。魔法がかかっているからかもしれないが、自分が普段朝食やまかないで作るオムライスよりも美味しい気がする。

 食べた感じ材料も俺が使ってるものとそんなに変わらない気がするのに……と、そこまで考えてふと、今の思考にデジャヴを感じて思わず顔を上げた。

 

「愛情……錦木も前に言ってたよね。珈琲の隠し味だって」

「え……あ、ああうん、言ったけど……冗談で」

「これが俺の珈琲には足らないという事なのか……奥が深いな愛情……!」

「メイドカフェ通うなこれ」

 

 クルミの言葉を聞き流し、目の前のオムライスを食い入るように見つめる。俺も今の呪文使えば珈琲美味しくできるかな……なんて考えてると、視線を感じて顔を上げる。錦木がソワソワしながら此方を気にしているようで……俺が食べてるオムライス気にしてる?

 

「……そ、そんなに感動する程美味しいの?」

「え、錦木も同じおまじない受けてたじゃん。パンケーキはどんな感じ?」

「へ……あ、うん、美味しいよ。……じゃあ、はい」

「ん?」

 

 違和感を覚え錦木の手元を見ると、自身のフォークでパンケーキを一口サイズにカットしたものを、俺の口元へと伸ばしてきた。

 

「こっちも……た、食べてみ?」

「……え、と……これは……」

「……あ、あーん……的な」

 

 ……これは所謂、デートでカップルがするやーつではないだろうか。ドクンと心臓が一際高鳴る。向かいの対角線上に座る錦木の腕が少しばかり震えて見える。声音も同様に震え、思わず顔を上げれば錦木の顔がファーストリコリスの制服並みに赤く染まっていて。

 ……恥ずかしいならやらなきゃいいのに……くそ、どうにでもなれ。

 

「……あむ」

「っ……ど、どう?」

「……美味しい」

「……ひひっ、でしょ?」

 

 小学生並みの感想(白目)。恥ずかし過ぎておまじないがどうとか考えてらんない。錦木は楽しそうに微笑んでいた。それを見て更に気恥ずかしく思えてしまい、視線が逸れる。

 周りからメイドやお客さんの盛り上がるような声が聞こえて、見てんじゃねぇよ見世物じゃねぇぞと騒ぎ出しそう。やだ、公共の場で俺って何を……ヤバい、たきなとクルミと目が合わせらんない。

 

「……朔月くんのも、ちょーだい」

「へぁ?」

 

 え、は、は?……は!?え、何今のやれと?今度は俺が錦木にあーんするの?い、いやいやいやいやいやいやいやいや待って待ってやだ恥ずかしい。

 どうしたものかと視線を逸らすと、クルミがニヤニヤしながら此方を見上げ、顎で錦木に『あーんしてやれよ』と指示してくる。嘘だろマジかよとーしよたきな……とたきなに視線を向けると、たきなが自身のオムライスを一口サイズに掬い、錦木の口元へと突き出した。

 

「はいあーん」

「むぐっ……ゲホッゲホッ、……ちょ、たきなぁ!?」

「オムライスなら私のあげますよどうぞどうぞ」

「ちょ、ちょいやめ、むぐぉっ……!」

「……くっ、はは」

 

 二口目三口目とオムライスを錦木に突っ込んでくたきなと、口いっぱいにオムライスを溜め込むリスみたいな錦木を見やって、思わず笑ってしまう。リコリコでもメイドカフェでもこの空気は変わらないなと、安堵からふと零れた笑みだった。

 

「クルミも、あーん」

「あむ」

「うわ速っ……クルミのもちょーだい」

「誰があげるなんて言った」

「あんだとー!理不尽だ!てかそのパフェ二個目でしょいつの間に!」

「冗談だようるさいな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●〇●〇

 

 

「なあ、アランのリコリス。お前、アイツの心臓の事、知ってるか?」

 

「……何、急に」

 

「常人の半分も動いてねぇ。いつ死んでもおかしくねぇな」

 

「────」

 

「あ?……なんだよその顔、知らなかったのか?それとも気付かないフリをしてたのか……まあ、どっちみちだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────アイツとの残り時間、ちゃんと楽しめよ?」

 

 

 









誉 「燃え燃えQ、燃え燃えQ」

千束 「誰か止めて!」
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