行きつけの喫茶店の珈琲が美味   作:夕凪楓

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君の知らない君の一面を、実は私だけが知っている。




第1話 Easy does it
Ep.5 Love is blind.


 

 

 

 

 

 

 ────リコリコで働くようになって、少し不思議に思う事がある。

 

 まず、営業時間にバラつきがあるという事。一応決まった開店時間と閉店時間はあるのだが、状況によってどちらかが、或いはどちらもが遅れたり、早まるケースがここ最近多いのだ。

 それに伴って、臨時休業も多い。これは俺が常連としてこの店に通ってた時からそうで、その時一度何かあるのかとミカさんに聞いた事があるのだが、毎度私用があるといって流されてしまうのだ。流石にプライベートの事まで聞けなかったので納得はしてるのだが。

 

 ただ休日や時間が不定期だと、お客さんがご来店されても営業してません、という状況が考えられるのではないかと思ったが、根強い地域のファンの皆様には周知の事実らしく、それ込みでこの喫茶店を愛して通ってくれている。有難い事です本当に。

 なので、元々出勤する時間であっても急遽連絡が入って、出勤時間を遅らせるよう指示があったり、急遽休みになったり、錦木から言伝を受けることがある。

 

 ……ちなみに彼女から電話が来ると、決まって長電話に付き合う羽目になる。毎度楽しそうに話すもんだから、此方から切る訳にもいかず付き合ってはいるのだが、おかげで最近眠い。

 ……や、俺も楽しいけどさ。

 

 今日も例によって彼女から休日を言い渡されたのだが、昨日に限ってスマホをお店に忘れてしまったのだった。流石にスマホが無いのは不便過ぎるので、早めにお店に向かって、今日は久々にお客さんの気分を味わうべく珈琲でもいただこうかと考えている。

 そうしていつも通り、住宅街にひっそりと佇む目的地が視界に入った時だった。

 

「────あの、この店の方ですか」

「え?」

 

 裏口へ向かうべく、その足を向けた途端に背後から声がかかる。透き通るような綺麗な声音が、鼓膜を刺激する。

 振り返ってみれば、同じくらいの年齢の女の子がキャリーケースを片手に此方を見つめていた。黒髪のロングストレートヘアで、頬には大きめの白い絆創膏。どこかで見た事があるような制服。そして何より、錦木に負けず劣らずの美人……いや、そうやって表現すると錦木が調子乗るから言い方を……兎に角、可愛らしい少女が立っていた。

 

「……」

「……」

 

 な、なんか凄い見られてる。

 というか思い出したけど、彼女の制服って色は違うけどたまに錦木が来てるやつと同じやつ……?

 

「えっと……そうですけど、貴女は?」

「本日配属になりました、井ノ上たきなです」

「はい、ぞく……おお、うん?」

 

 うん……俺、何も聞いてないな。

 てか、この喫茶店異動とかあるのか。複数店舗(チェーン)なの?全国的に展開されてるの?初耳なんだけど。

 てっきり住宅街に隠れる、知る人ぞ知る喫茶店かと思ってテンション上がってたんだけど、まさかス○バみたいな事業拡大をしてるのか。別にショックとかは無いんだけども、なんも知らんかったなぁ……あとでどのくらい有名なのか調べてみようかな。

 

 ……というか、制服って事は彼女学生だよな。引っ越しでこっちに来て、引っ越す前の別店舗(リコリコ)の伝手でこの店を紹介されたって事か。

 しかし、錦木と同じ制服って事は同じ学校だよな、それは良かった。彼女の学校生活は決して過ごしにくいものにはならないだろう。錦木が放っておくわけが無い。男の俺にさえあの絡みなのだから。

 

「えと……承知しました。ああ、此処で働いてる朔月誉(さかつきほまれ)です。よろしくお願い致します」

「よろしくお願いします」

「そしたら、あー……どうしよっかな。取り敢えず表の入口から入っていただければ。俺忘れ物取りに来ただけなので裏から入りますけど……案内しましょうか?」

「いえ、大丈夫です」

「分かりました。そしたら後ほど」

 

 軽く手を振ると、綺麗な姿勢でお辞儀して返してくれた。なんて丁寧な娘……爪の垢煎じて錦木に飲ませてやりたいなぁ、とかなり錦木に失礼な感想を抱きつつ裏口の扉を開ける。

 心当たりのあるロッカールームに移動して、自身のロッカーを開けてみれば案の定、真下にスマホが転がっていた。

 

「……あった」

 

 特に弄られた形跡も無い。しゃがんで取り出してみると充電がもうすぐ切れそうだった。念の為バッテリー持って来てて正解だったな。

 ……そういえば、井ノ上さんはミカさんにはもう会えただろうか。なんとなく気になってその場から立ち上がり、ロッカールームを後にしたその時だった。

 店の表の方から、数人の会話が聞こえてきたのだ。ああ、ミカさんもミズキさんにも会えたか、井ノ上さん。良かった。

 

『来たか、たきな』

『……ああー、DAクビになったってリコリスか』

『クビじゃないです。貴女から学べ、との命令です。千束さん』

 

 ん……なんか聞き慣れない言葉が飛び交ってるな。

 DA?リコリコの会社名(法人名)かな?いや、もう一つ聞き慣れない言葉が。

 

「……“リコリス”?」

 

 リコリス────ヒガンバナ属に属し、日本を含む東南アジアに広く分布する彼岸花、もしくは曼珠沙華と呼ばれる花の園芸種名だ。

 彼岸花は、秋の田んぼや土手を赤く染める馴染みの深い花で、得に中国・揚子江の流域には多く自生し、日本には稲作の伝来と同様に渡来したのではないかと言われている花だ。

 

 花言葉は────『独立』『あきらめ』『悲しき思い出』。あまり良いイメージが持たれる花ではないが、何故今その花の名前が?

 

『転属は本意ではありませんが、東京で一番のリコリスから学べる機会が得られて光栄です。この現場で自分を高めて、本部への復帰を果たしたいと思っています』

『それは千束ではない』

『それって言うな』

 

 ……マジで何の話してるか分からない、けど。井ノ上さんがやたら向上心が高いのは分かった。

 リコリスっていうのは要は隠語みたいなものか。お店によっては店員の事をスタッフともパートナーともキャストとも言うし、DA(恐らく法人名)の店員の呼び方がリコリスなのかもしれない。

 

(あ、いや……段々分かってきたかも)

 

 つまり井ノ上さんは元々本社勤務だったんだけど、何かしらの事情があって事実上左遷という形で一支店の配属になったという事。それは本意ではないので、東京で一番の店員(リコリス)がいるこの店で学んで成果を出して、本部に返り咲きたいという事。

 で、その東京一の店員(リコリス)が、錦木という事……か。多分そうだ。

 

「……」

 

 君たち学生かと思ってたけど、もしかして社会人なの?

 井ノ上さん家庭事情の引っ越しかと思ってたけど学校とかではなくて、単純に仕事の転勤とかそっち系の話?

 あ、でも確かに錦木が学校行ってんの見た事無いかもしれない。いつも店にいるもんな彼女。たまに日中に出るから通信制の学校なのかもと思って深くは聞かなかったけど……え、じゃああれは学生服ではなく会社指定の制服という事?同い歳なのにどれだけエリートなの。

 

 ……ただ、納得はできるような気がした。

 彼女の働き振りやお客さんに対する熱意であったり、ホスピタリティの部分に関してはまさに接客業には欠かせない人材である事は間違いない。まさか東京で一番と本社の人に言わしめるだけの成果を上げているという事実。

 

「……やっぱ凄いんだな、錦木」

 

 ……俺も此処で働き続けたら、いずれはそのまま就職って話にもなったりするのかな。ここの仕事はまだ覚えたてだし、まだまだ先の、それも数年単位の話にはなってくるのかもしれないけれど。

 いずれは錦木みたいな周りを楽しませられるような人に、なれたりとかも……できる、かな。や、ちょっと自信無いかもな。

 

 ボーッとそんな事を考えながら突っ立っていると、表の入口の鈴が鳴るのが聞こえた。この時間帯なのと、僅かに擦れるビニール袋の音を聞くに、買い出しに行っていた錦木が戻ってきたのだろう事を想像できた。

 案の定、入ってきたのは錦木だった。

 

『先生大変!SNSの口コミでぇ、『この店のホールスタッフが可愛い!』って!これって私の事だよねー♪』

『アタシの事だよ!』

『冗談は顔だけにしろよ酔っ払い』

 

 ……ああ、それ見たな。ミカさんとミズキさんからSNSをやってるって聞いて驚いたのを覚えてる。錦木がやりたがるからって聞いて納得したけど。

 ちょいちょい写真撮ったら投稿してるので、稼働頻度はそれなりに多い。ミカさんはあまり乗り気で無いみたいだが、常連客の為にという事らしい。

 

 ……ま、まあ、確かに錦木は可愛い……けど。にしても錦木はミズキさんに対して辛辣過ぎじゃない?や、ミズキさんも綺麗だとは思いますけど。

 というか、え?今気が付いたんだけど、この会社飲食店なのに公式のアカウントとか無いの?

 

『ん?あら、リコリス……てかどうしたのその顔?』

『例のリコリスだ。話したろ千束。今日からお互い相棒だ、仲良くしろ』

『え!?この娘が……!よろしく相棒〜!千束でぇす!』

『い、井ノ上たきなです、よろし……』

『たきな!初めましてよね!』

『は、はい……去年京都から転属になったばかり……』

『おお〜転属組!優秀なのね、歳は?』

 

 凄いテンションでたきなを迎える錦木。声だけしか聞こえないが、矢継ぎ早に放たれる質問攻めに戸惑っているであろう井ノ上さん。俺の時もそうだったけど、めちゃくちゃ喜んでくれるよな、錦木って。

 

 ……ていうかその反応、彼女はその辺の話聞いてたのか。知らなかったの俺だけ……うわ、なんとなく疎外感があって悲しいような寂しいような。まあでも、会社の事はバイトの人間には話しにくい場合もあるだろうし、仕方が無いだろう。

 

 とすると、今からもしかして配属された本部の人との経営関係の会議や話し合い……?あ、これ俺完全に邪魔だな。今日は珈琲を楽しもうかと思ってたけど、流石に帰ろうか。

 

「……散歩しよ」

 

 ────胸に僅かな違和感と、しこりを抱えながら、俺は物音を立てずに裏口から店を出たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

「じゃあさ、銃取引自体がなかったって線もあるんじゃない?」

「……そうでしょうか」

 

 桜舞う、真っ昼間から物騒な会話をしている学生服の女子二人。大きな幼稚園の横を二人並んで歩く中で、黒髪の少女はふと、隣りを歩く黄色がかった白髪の少女を見やる。

 

 ────随分と破天荒な人だな、と。

 

 錦木千束に出会っての第一印象がそれだった。

 井ノ上たきなは、今回の異動にはまだ納得がいってなかった。先日の銃取引で商人もろとも機銃掃射で殺した事については、あの場において極めて合理的な判断だったと信じて疑わない。

 けれど、本部もとい司令である楠木にとっては命令違反をした異分子でしかないのだと切られてしまった。ただ、今回の配属で僅かにだが希望の光として見出したのが錦木千束。東京で一番の実力者と名高いファーストリコリスだ。

 

 ────電波塔事件。

 

 十年前に、東京を象徴する建造物だった電波塔がテロリストによって占拠されたが、錦木千束の活躍によって解決された事件だ。当時彼女は齢七歳という年齢で、しかもたったの一人でテロリスト共を制圧した。

 その異常さと、伝説的結果からリコリスの間でも語り継がれている。以降、日本国内では大規模な事件が起きておらず平和が保たれており、故に「最後の大事件」とも称されている。その功績がとても大きい。

 

 今、自身の隣りをニコニコしながら歩く彼女────錦木千束は、自分の想像してた人とは若干……いや、かなり人物像が違うと言わざるを得ない。

 けれど、彼女から色々な経験を得て、学び、自身に還元し、成果を上げる事ができれば、本部への復帰も可能性として出てくるかもしれない。

 そうして、今回自分が異動になったきっかけである、以前の銃取引の事件について千束と話している時だった。

 

「……あっ」

「……?どうかしたんですか?」

「……まーたやってる……ひひっ」

 

 ふと、千束が前を見て目を見開き、足を止めた。口を開けて呆然。その後、楽しそうに微笑む。なんだか少し頬が赤いような……?

 不思議に思い、たきなは千束の視線の先にあるものを追い掛ける。今歩いてる歩道の隣りに立てられた幼稚園、その金網の向こう側。

 黒い制服を着た自分と同じくらいの年齢の男性が、何人もの子ども達に囲まれている。

 

「あの人……」

 

 その青年は、たきなにも見覚えがあった。

 先程、自分をリコリコの入口まで案内しようとしてくれた青年だ。確か、名前は。

 

「────朔月、誉さん」

 

 自身に向けてくれた、優しげな微笑みがなんとなく頭に残っていて。その名前を何故か覚えていた。店長や千束に聞くのを忘れていたが、そういえば彼もDAの関係者なのだろうか。

 

 いや、では何故今幼稚園内に……?と、再び千束を見てみれば。先程と変わらず、誉の方を見つめていた。

 つられてたきなも誉へと視線を戻し、子ども達に囲まれて笑う彼の顔を見つめる。

 

「ね〜、お兄ちゃん今日は遊んでくでしょ?」

「あー……今日は仕事関係の事で勉強しなきゃなんだ。悪いけど、また今度ね」

「え〜つまんない!勉強なんて後でいいじゃん!」

「お兄ちゃん、最近いっつも忙しいよね」

「お仕事とわたしたち、どっちが大事なの!」

「お、おマセさんだねぇ……勿論みんなが……あ、いや……リコリコのみんなも、今の俺にとっては……」

「……なんかごめんね?」

 

 子ども達が顔を見合わせて、しゃがんで頭を抱える誉の肩をポンと叩く。随分と好かれて……いや、気を遣われてるではないか。なんだあの人。

 たきなが訝しげに眺めていると、隣りで肩を震わせている千束の姿が。

 

「ふっ……子どもに、何言わせてんの……ぷっ、くく……ふふ」

「……」

 

 ────思わず、たきなはその目を見開く。

 千束の赤らめたその頬は、今も変わらないけれど。彼を見つめるその微笑みが、可笑しそうに震えるその様子が。同性から見てもとても綺麗で、幸せそうに見えて。

 

「……あ、ああ、ごめんね。知り合いっていうか、実は同じリコリコで働いてる人なの、彼」

「知ってます。朔月さんですよね」

「え、ええっ!?そうだけど……え、なんで知ってんの」

「朝、店の前で偶然お会いしたんです。忘れ物を取りに来たらしくて」

「あ、そーなん……?」

 

 ふーん、と何処かドギマギしたように呟く錦木。出会った時はあれ程忙しなく、子どもっぽい感じだったのに、今では大人しい印象さえ受ける。

 ひとえに、目の前の彼を視認してからの事で、そうやって恥ずかしそうに俯く彼女を見て。

 そんな表情をさせる彼に、興味が湧いた。

 

「……どういう人、なんですか?やっぱり彼も優秀なんですか?」

「もっちろん!接客は丁寧だしぃ、珈琲もめっちゃ美味しくなったしぃ、勉強熱心だし!……女の子に人気なのは、まあ、反省しなさいって言いたいんだけどぉ〜……」

 

 凄く嬉しそうに、楽しそうに話す千束。

 ……いや、聞きたかったのは喫茶店の話ではなく、DAとしての戦果なのだが……。しかしこの話し様、もしかしてと口を開く。

 

「あの……DAの関係者、ですよね?」

「ん?あー、いや?朔月くんは関係無いよ。普通の一般人」

 

 ────さらっととんでもない事を告げる千束。たきなは自身の目と耳を疑った。

 たとえ表は喫茶店であったとしても、仮にもあの店は機密事項の塊とも呼べるDAの支部である事には変わりない。そこに何も知らない一般人を働かせているという事実に、たきなは眉を顰めずにはいられない。

 

「……何故、一般人がDAの支部に?」

「何故って、それはぁ……あー、いや、えーと」

「私達の存在って普通に機密事項だと思うんですけど、あの人は私達の事、知ってるんですか?」

「や、やー……知らないけどぉ……」

「なら、同じ場所で働いてたらボロが出ますよ。バレるのは時間の問題だと思います」

「そぉなんだけどぉ〜……」

 

 先程までハキハキ喋っていたはずの千束が、歯切れが悪そうに言葉を切っていく。

 けど、でも、だって。そんな接続詞を繰り返し紡ぐも、変わらず要領を得ない千束の言葉に首を傾げるしかない。

 するとバツが悪そうに俯きながら、というより目を逸らしながら、指を弄りながら。

 変わらず赤らめた頬のまま、ポツリと。

 

「そうなんだけどさぁ……居てくれた方が、その……私の人生の満足度的に嬉しいというか、なんというか……」

 

 ────人生の満足度とは。

 聞き慣れない単語を耳にして、また首を傾げそうになった……が、その時ふと思った。

 目の前の彼女が彼を見つめる視線や、赤らめた頬や、楽しそうに語る表情、恥ずかしそうに自分の気持ちを吐露する姿を見て。

 そういった感覚に疎いたきなでさえ、なんとなくではあるが感じ取ってしまった。

 

「……あの人のこと、好きなんですか?」

「!?え、ええ!?な、何がぁ!?何言ってんの!?」

「え、いえ、だから……朔月さんのこと」

「ち、違う違う!やー、違うよ?ホントに、そんなんじゃなくってぇ……!」

 

 驚きに目を見開いたと思ったら、みるみる頬が紅潮していき、最後には言葉にならない声を漏らし始めた千束。言葉のイントネーションがちょくちょくおかしく、嘘なのではないかと疑いたくなる程に慌てふためいている。

 両手をぶんぶん振り回し、否定とも肯定とも取れるような大暴れを見せた千束だったが、たきなが何も言わずに見つめていたのに気付いたのか、やがて諦めたようにその両手を力無く下ろして。

 

「っ……そんなに、分かりやすい、かなぁ……?」

「いえ、分かりませんが……多分?」

「うわぁ……まじかぁ」

 

 恥ずかしそうに両手で自分の顔を覆い隠し、蹲る千束を見て。困ったように表情を歪めるたきな。

 東京一、いや全国でも最強格かもしれないとされるあの錦木千束が、ただの一般人に恋をしているだなんて。本部の人間が聞いたらどんな反応をするだろうか。

 

「……あの人のどこが好きなんですか?」

「……誰かの為に、頑張れるところ」

 

 たきなにとっては、よく分からない答えだった。

 けど千束のその表情や態度を見て、『ああ、やっぱり好きなんだな』と、こういった感情に左右された事の無いたきなはただフワフワと考えていた。

 千束の、その好意の対象である誉の方へとたきなは視線を再び戻して────彼と、目が合った。

 

「あれ。井ノ上、さん?」

「……っ」

 

 此方の名前を覚えてくれていたようで、ふわりと。

 最初に見せてくれたような、優しげな笑みをたきなへと向ける。不意打ちにも似た感覚で、思わずドキリと心臓が動いたような気がした。

 

「……先程は、どうも」

「いえ、こちらこそ。……と、いうことは」

 

 誉は立ち上がり、此方まで歩み寄ってくる。そうして金網に触れるまで近付いて見下ろすと、たきなの隣りで蹲ってる千束を、誉は見付けた。

 

「……何してんの、錦木」

「っ……あ、やー……はは」

「……偏見だけど、早速井ノ上さんに迷惑かけてそう」

「ちょっとー!どーゆー意味だぁ!?」

 

 誤魔化すように立ち上がって作ったような笑顔を見せる千束に、誉はただ揶揄うような、ニヤリとした表情で微笑む。そのやり取りが楽しそうで、たきなは何も言わずにそれを見つめていた。

 

「あ、ちさとー!」

「おねえちゃーん!」

「おー!みんな久しぶりー!」

「あれ、錦木此処の子達知ってるの?」

「うん、よく来るんだー。そっちは?」

「俺はたまにだけど……へー、そっか。その割には一回も被らなかったよね」

「うひひっ、今回が初めてだね」

「……だな」

 

 そう言って、お互いに笑い合う。さっきまで顔を真っ赤にしていたはずなのに、千束は誉の前で、最初に会った時と同じような嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

「あ、そうだみんな!新しいお友達の、たきなお姉ちゃんだよ〜!」

「えっ、なっ……」

「そうだな。みんな、たきなお姉ちゃんに挨拶しようか」

「たきなお姉ちゃん!」

「よろしくー!」

「たきなー!」

「おっと呼び捨てがいたな今」

 

 あれよあれよと子ども達が金網越しで集まってくる。その子ども達全員が、此方に満面の笑顔を向けてきていた。

 たきなが戸惑いながらも顔を上げれば、そんな子ども達と同じように笑う錦木と────それを見て、柔らかな笑みを。あの時と同じような表情を浮かべる、誉の姿。

 

 なんだか、不思議な場所で。

 感じた事の無いような、あたたかな空気で。

 たきなはふと、胸がほんの少しだけ熱くなったような気がした。

 

 

 

 

 







子ども1 「ねーねー、おねえちゃんとおにいちゃんって付き合ってるのー?」

千束 「うええっ!?」

子ども2 「それともけっこんしてるのー?」

千束 「ちょ、ちょい、何言ってんの君たち……」

子ども3 「もうチューとかしたー?」

千束 「◎△$♪×¥●&%#〜!?」

たきな (千束さん、こうして見ると凄い分かりやすいな……)

誉 (……今の喫茶店って外回りの営業とかもするんだ。抜かりないなDA。あとで調べよ)←勘違い継続中









【オリ主プロフィール】

主人公 : 朔月(さかつき) (ほまれ)

長めの黒髪に、浮世離れした容姿を持つ少年。17歳。誕生日は9月9日。血液型はAB型RH-。
暗殺部隊に所属してるような経歴は特にない一般人。自分の知らない事を覚えたり、未知の事に挑戦したりするのが好き。
ふらりと寄った喫茶店“リコリコ”の雰囲気と珈琲の味に惹かれて以来、常連に。今ではリコリコのバイトとして常連のお客さんや女性客からの人気が急増中。




────少し前まで病院生活だった。

誰が好き?誰を推す?ルートは?

  • 錦木千束
  • 井上たきな
  • まさかの両手に花
  • ちさたきを見て『てぇてぇ』とか言い出す誉
  • ダークホースクルミ
  • み、ミカさん……!?

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