行きつけの喫茶店の珈琲が美味   作:夕凪楓

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大切だから黙ってたんだよ。それは嘘とは違うんだよ。





Ep.7 The course of true love never did run smooth.

 

 

 

 

 

 

『取引した銃の所在を言いなさい!』

 

 間断無く、際限無く、フロントガラスが飛び散る音がする。その度に、今外から発砲されているという事実を理解していく。

 車の中で、女性を拉致しようとしていたサングラスでツナギの男性四人は、突然の発砲で戸惑いを隠せぬようで、混乱状態が続いていた。

 

「ムチャクチャ撃って来るぞ!」

「……ほんとそれな」

 

 彼らに混じりつつボソッと呟く。ぶっちゃけ俺にとって、拉致も銃で撃たれるのも初めての経験過ぎて、対処法がまったく思い付いていなかった。グラサン四人は、自分を拘束していた奴も含めて銃弾から逃れるように身を伏せっている。

 

「なんで取引のこと知ってんだ!」

「乱射してるなぁ……被弾したらどうしよ」

「武器商人を皆殺しにした奴じゃないっすか……?」

「何なんだよ……!」

「ホントにな。……うわ、今(かす)った気がしないでもない」

「お前ちょいちょい会話入ってくんのやめろ!」

 

 怒られてしまった。けどなんだろう、やり取りを通じてなんとなく仲良くなった感。仲良し仲良し。

 絆されたようなら、女性を解放してもらおう。

 といっても、最早コイツらが悪人なのか、外から撃ってる奴がヤバいのか、もうどっちなのか分からな……や、どっちもヤベー奴らだな。

 

 ただ、撃ってきている奴は『取引した銃の所在を言え』と確かにそう言った。……いや、聞き覚えのある声だった気がするが、取り敢えずそれは置いておこう。

 話だけ聞くと、あちらとしては銃の回収が目的で、此処にいる彼らがその在処を知っているという確信があっての行動のようだった。

 

「なあ……外の人、アンタらが持ってる銃のこと言ってんじゃない?車ん中だと一方的に撃たれるだけだし、もう白状して渡しちゃえば?」

「そんなわけにいくか!てか、さっきからうるせぇよ!」

「テメェ関係ねぇだろ!なんも知らねぇなら黙ってろ!」

「え、聞けば教えてくれた感じ?マジかゴメン気ぃ利かなくて。えっ、じゃあ銃取引って何のことか教えてくれ」

「そんな場合か!」

「コイツヤベェ!」

 

 何故か叫ばれた。君らに言われたくないんですけど。というより、今なお外から乱射してる奴の方が明らかに怖いでしょ。このままじゃ捕まってる目の前の女性にまで銃弾が当たりかね────おう、今ガチで鼻先掠めていったんですけどヤバ。

 

「仕方ねえ……おい、この女人質にするぞ」

 

 助手席に座っていたリーダー格が、とんでもない事を言い始めた。そんな事させるわけには───慌てて体勢を立て直して助手席に近付く。

 

「え……や、情けなっ。四人もいて女性一人を人質にしてどうにかしようだなんて、犯罪者の風上にも置けないよ」

「コイツ何言ってんだ」

「今出てけばあっちも悪いようにはしないと思うぞ。ほら、俺も一緒に謝ってやるから」

「どの目線で言ってやがんだ」

「とにかく、写真とやらを消したんなら早くその人を」

「この女がどうなっても良いのかぁ!!」

「おい聞けよ」

 

 ダメだった。

 既に拘束は解かれてる。だが迂闊に外にも出れなかったので、仕方無く車の中に閉じ籠っていたのだが……男が人質がいると叫んだ途端に、先程までのフロントガラスを貫く音が消失した。

 

「……おい、銃声が止んだぞ」

「今のうちだ、出ろ!」

 

 その男の指示を皮切りに、各々が車の扉を開け始める。

 は?何故?外の奴らが人質の件で叫んだ途端に撃つのを止めたという事は、人質が奴らにとって有効であるという事。その割にはバンバン撃ってたが……とにかく、救出する意思があるかもしれないという事だ。

 なら、このまま人質ごと車で移動すれば簡単に撒けるのでは……と思ったのだが、扉から僅かに顔を出して見れば、なるほど、どうやら前のタイヤが銃弾によりパンクしてしまった様だった。

 それに、彼らも人質が有効なのだと理解したのだろう。つまり、身動きの取れなくなった奴らを始末しようという腹積もりなのだ。

 

「お前は此処にいろ。動くんじゃねぇぞ」

「……」

 

 左のドアからは金髪のグラサンが銃を此方に突きつけながら、ゆっくりと車を降り始める。右のドアからはもう一方の男が、麻袋で上半身を覆われたままの女性を抱き、人質として活用するべく一緒に降りる。

 不用意に近付けば彼女を殺されかねない。舌打ちしつつも、車で待つしか無かった……が、ふと目の前で肩を抑えている運転手に視線が傾いた。苦しそうに表情を歪める彼を見て、思わず後部座席から近付いて鞄を開いた。

 

「お、おい……何するつもりだ……!」

「ちょっと待ってな。……えと、絆創膏‪じゃ流石に無理だよな……包帯とかあったかな……」

「な、何を……」

「何って……応急処置くらいはしないと、出血多量で死ぬぞアンタ。……ああよかった、タオルがあった」

 

 買ったばかりで、まだ一度として使った事が無かった真っ白なタオル。躊躇いなく運転手に近付いて、そのタオルで彼の傷口を抑えつつ、グルグルと縛り始める。

 

「うっわ、凄ぇ血ぃ出てるじゃんか……グロ……」

「……し、死にたくねぇ……」

「死なせないよ。……ん、弾は抜けてるな。良かった」

 

 しかしながら酷い傷だ。外の奴、容赦無く撃ってきたもんな。ツナギを僅かに脱がせて肩を露出させ、先程自動販売機で購入した天然水のキャップを回す。

 

「これ、まだ開けてない水だから安心して。一回傷口洗うから」

「な、なんで……俺達、お前を巻き込んで……」

「別に理由なんて無いけど……もうまったく知らない仲じゃないし。死なれたら“気分が良くない”。それだけだよ」

 

 何時何処(いつどこ)に居ようとも、誰に何をされようとも。

 それは今の自分にとって、大切な時間である事に変わりない。善人だろうと悪人だろうと、関わった全ての人と、関わった時間はかけがえのないもの。

 だから、理由や経緯がどうあれ自分に関わった人が目の前で傷付いてしまうのは、気分が良いものではなかった。

 

「くそぅ……なんでこんな痛ぇ目にあってんだ……この後、普通に帰って酒飲む予定だったのによぉ……」

「自業自得だろ、悪さするからだ……で、お酒は誰と?」

「……俺達、四人でだ」

「へぇ……プライベートでも仲良いんだ。良いね」

 

 俺友達少ないから羨ましい、と独り言ちてタオルを思い切り縛って結ぶ。流れる血の量が段々と少なくなっていき、再び水で傷口を洗っていく。

 

「……手際が、いいんだな」

「ホント?ありがと。実は医者目指してた事あるんだよね。他にも弁護士とか警察とか、科学者とかさぁ」

「……何になるのか、決まったのか……?」

「いーや全然。やりたい事ばかりで困っちゃうよ。まあ、全部やるような時間も無いけどね」

 

 誤魔化すようにして笑う。

 実は宇宙飛行士になろうと思った事もある。それに今でも、努力次第で何にでもなれると思っていた。夢が多くて、それこそ子どもみたいに。

 だから────

 

「ぐああっ!」

「……っ」

 

 すぐそこで銃声が響く。想像以上に至近距離から音が伝わり、思わず肩が震えた。今上がった奇声は、助手席に座った赤毛グラサンの声だった。

 まさか撃たれた?そう考えた瞬間、再び銃声が響き渡る。今度は連射、六発分。チラリと助手席を覗くと、扉付近で項垂れる赤毛グラサンの姿が。

 

(っ、まさか、殺され────)

 

「ぐうっ……!」

「あああ!!」

 

 考える間もなく、再び銃声。今度は後方だった。

 思わず振り返れば、ガタイのいい男二人のシルエット。右腕を伸ばし、銃を突き付けて、連射しているのが影の動きだけでも分かる。しかし、その片方がすぐに身体を後方へと仰け反らせた。恐らく、奇襲に来た人物に撃たれたのだ。

 相手は、先程銃取引がどうのって言ってた人物だろうか。や、どちらにせよ此方を攻撃している。敵意があるという事。

 

「……っ」

 

 悪人ではあったし、短い間ではあったけれど、自分の生きる時間の中で関わってきた人達。

 今の銃撃戦、攻防の中で。もしかしたら、目の前にいる運転手以外はもう既に────

 

「……ゴメン、ちょっと銃借りますね」

「お、おい、何を……」

「牽制に使うだけ。殺したりしないから」

 

 運転手の懐にあった拳銃を引き抜く。使い方はまったく知らないが、知る必要もない。これを向けて少しでも牽制になれば、話し合いの場を持たせる事ができれば。

 

(────来た)

 

 そのシルエットが、ワゴン車の右側から迫ってくる。窓ガラスが暗くて見えないが、思ったより華奢な様だ。後部座席に座る此方を通過して、運転手のいる前席へと迫る、その瞬間。

 思い切り、誉は扉を開けた。勢い良く、思い切りの良い開閉音。そのままシルエットの行先へと銃を向け、相手も此方の音に気付いて銃を向けて────

 

 

「っ!……え」

 

「────は?」

 

 

 ────お互いに、その動きが止まった。

 

 

「え……朔月、くん?」

 

「……錦木?」

 

 

 銃を突き付けた相手は。銃を向けてきた相手は。

 自分がよく知る、行きつけの喫茶店の看板娘だった。

 黄色がかった白髪のボブカット、赤を基調とした制服。その組み合わせに凡そ似合うわけが無いハンドガン。その物的証拠が、明らかにワゴン車の彼らを襲った張本人であると示唆していた。

 

 ────錦木、千束。

 

「え、ええ?な、なんで、此処に……?」

「……こっちのセリフだ。さっきの乱射も錦木だったのか……あ、いや」

 

 銃取引がどうのって叫びつつ乱射していた声の主も、確かに聞き覚えのある声だったが、錦木のものではなかったと思う。

 つまるところ、消去法で残っているのはたった一人。思わず、というか自然と、錦木のいる方向と逆へと視線を向ければ。

 

「────井ノ上、たきな」

「っ……朔月さん、どうして」

「そこの女の人助けようとして、巻き込まれたんだけど……」

 

 そこには拘束されたツナギのグラサン男と、女性を麻袋から解放し、此方を見て目を丸くする井ノ上たきなの存在だった。

 この二人が、銃を使って彼らを制圧した張本人……状況が意味不明過ぎて、過剰に驚く事もできずに押し黙ってしまう。錦木もやってしまったと言わんばかりの表情で、此方が何も言わないからか、焦ったような表情は変わらない。井ノ上さんも、なんだかバツが悪そうな表情を作っていた。

 

 ────ああ、もしかして俺には知られちゃいけない事だったのか、と感覚的に理解した。

 

 車から降り、ワゴン車の後ろへと小走りで向かう。そこには、気絶したまま拘束されたツナギの男が二人項垂れていた。特に近付くでもなく、呼吸があるのは感じ取れる。

 

(────よかった、生きてる)

 

 それだけで、ホッと安堵の息が漏れた。後ろをついてきた錦木へと振り返ると、彼女はビクリとその表情を固める。

 

「……殺さなかったんだな」

「う、うん……みんな生きてるよ。“命大事に”、が信条だから」

「……そっか、良かった。良い信条だな」

「っ……」

 

 錦木が何故か頬を赤くする。それを尻目に、持っていた拳銃を離れた所へ軽く放った。

 それを目で追っていた錦木だったが、ふと我に返ったように此方に駆け寄ってきて。

 

「そ、それより朔月くんは?怪我とかしてない……?」

「……俺は大丈夫。目に見えた怪我は運転席の人だけみたいだし、良かったよ」

「……相変わらず、他の人最優先だね」

「銃撃つ音が凄まじかったから、誰も怪我してないと良いなって思っただけ」

「うっ……や、それは……」

 

 申し訳無さそうに表情を歪める。俯くその顔を見て、すぐには言葉が見つからなかった。少し皮肉っぽくなってしまったが、いきなりの事で理解が追い付かないだけに、いつもの軽口で場を和ませようと思っただけだったのだが……。

 ただ、犯人達に犠牲者が出なかった安堵も勿論ではあるが、何より。

 

「まあ、でも……錦木が誰も殺してないって知って、それが一番安心したかもな」

「────っ」

 

 こんな、ただの女子校生が拳銃片手に男性四人を蹂躙だなんて、その話自体がそもそもどういう事なのって状況ではあるし、人殺しをしているなら尚更ではあった。

 彼女達が自分の知らないところで何をしているのか、何が目的なのか、何故拳銃を持っているのか、分からない事が多過ぎて混乱はしているけれど。

 

 ────ただ、俺が知らない“拳銃を持つ錦木”も、俺の知ってる“他人に優しい錦木”で居てくれた事が、何よりも安心したし、それが嬉しかっただけだった。

 

「……錦木?」

「っ……ちょ、無理。今こっち見ないで」

「は?え、何急に」

「いいから見んなっ!」

 

 改めて錦木を見上げてみれば……って、コイツ最近すぐ顔赤くなるよな。

 というか、そんなん気にしてる場合じゃない。この状況をどうにかしなければ。

 

「それより、この現場誰かに見られたら最悪だぞ」

「ああ、大丈夫。クリーナー呼ぶから」

「……くりーなー?」

 

 何ぞそれ。ってか違ぇよ。

 普通に流してたけど、君達二人チャカ持って何してるの?銃刀法違反……ってこれ言うの二回目なんだけど。

 錦木は、恐らくクリーナーとやらに電話を掛けてここの片付けを依頼している最中、井ノ上さんは拉致られていた女性に抱き着かれながら、錦木と此方を眺めている。

 

「……」

 

 ────聞いても、大丈夫なのだろうか。

 というより、自分には知られないようにと隠していたのだろうか。であれば、こうして目の当たりにしてしまった俺は、何かしらの処分や証拠隠滅という名目で消されたりするのだろうか。

 井ノ上さんがさっきから凄い視線でこっち見てるんだけど……『彼、始末しなくて良いんですか?』とかって考えてたらどうしよう。恐怖で震える。

 そうなると、井ノ上さんの配属理由に関しても、聞いた話の解釈がまったく違うものかもしれない。

 

「DAとかリコリスとかって……こういう事か」

「っ……聞いてたんですか」

「チラッとだけ。てっきりリコリコの法人名かと思ってた……リコリスっていうのはスタッフの隠語かと」

「……なるほど」

「あ、今ちょっと笑ったでしょ」

「笑ってないです」

 

 

 

 

 

 ────その後、クリーナーとやらが犯人や周りの損傷、車などを片付けてくれるのを見届け、被害者の女性である篠原沙保里さんを送り届けた後、近くの公園で簡単に彼らの事情を聞く事ができた。

 

 喫茶店リコリコは、あくまで表向きの仕事。実際は、DAというテロリスト等の犯罪者を暗殺することでテロや犯罪を未然に防ぐ治安維持組織だという事。

 国を守る公的機密組織であり、政府に協力するが、警察などの機関と異なり独立した特権を有するエージェント───それがリコリスであるという事。

 

 リコリスとは銃器を用い犯罪者を処分することを任務とする、DAの実働部隊員で、犯罪を未然に防ぐための殺人が許可されているという事。

 女子校生の制服を着るのは、そういった犯人や組織に存在を悟られないようにする為の迷彩代わりであるという事。彼女達が────孤児であるという事。

 

 それだけ聞いたら、もう充分だった。

 

 つまるところ、喫茶店はDAの支部であり別に複数店舗(チェーン)でもなんでもなく、リコリスはスタッフの隠語とかでもなく、千束はホスピタリティ溢れる接客で本部から評価されてる訳でもなくて、井ノ上さんが本部に戻りたいのは俺が考えてた理由とは全く違っていた。

 DAも別に株式会社でも有限会社でも合同会社でも組合でもなんでもなかった。

 

 つまり、自分はとんだ勘違い野郎だった。恥ずかしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 けれど、どうしてか。

 あまり、驚かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

「……ったく、イチャついた写真をひけらかすからこんな事になんのよっ」

 

 先日のストーカー事件の被害者───篠原沙保里が拉致される理由となった、SNSに投稿された彼氏とのツーショット写真を睨み付ける様に見つめた後、ミズキはそう悪態を吐きながらスマホを千束に返した。

 

「僻まない」

「僻みじゃねーよ!SNSへの無自覚な投稿がトラブルを招くって言ってんのよ!ってか、どうせアンタだってホントは羨ましい癖にぃ!」

「はあっ!?べ、べっつに全然羨ましくなんてないんですけどぉ!?」

「声が裏返ってんのよ!」

 

 相変わらずの喧嘩を尻目に、ミカは千束からスマホを受け取る。

 彼女が拉致される原因となった写真の背景には、以前DAからの依頼があった銃取引の現場が写っているとの事で。

 

「……何処だ?」

「ん〜?ああ、ここ」

「……あの日か」

「三時間前だって。楠木さん偽の取引時間掴まされたんじゃなあい?」

 

 銃取引の現場を抑えようとしたあの日、その時には既に銃千丁近くが存在しなかった。武器商人がいた事を考えると、既に取引自体が終了していた可能性がある。

 つまるところ、DAが掴んだ情報に若干の差異があった可能性が浮上していた。

 

「その女襲った奴らはどーしたのよ?」

「クリーナーが持ってった」

「アンタ、またクリーナー使ったの!?高いのよぉ!?」

 

 クリーナーとは、犯罪の被害に遭った現場の修復や、負傷した犯罪者の回収を仕事とする業者である。しかし、高額の依頼料を支払う必要があり、喫茶リコリコの経営を圧迫する一因になっている事もあり、千束が利用する度にミズキが頭を痛めている。

 

「DAに渡したら殺されちゃうでしょー?それに……朔月くんもそれ聞いて安心してくれてたし」

「……ホントにもうベタ惚れよねぇ。そのうち貢ぎ出すんじゃないの?」

「そんなんじゃないですぅ!殺されちゃうのが気分良くないだけですぅ!」

「じゃあなんで今朔月くんの名前出したの教えなさいよ〜!?」

「うっ……るさいな呑んだくれぇ!」

「やんのか小娘ぇ!」

「やめろ二人共」

 

 いつも通りの喧嘩も、誉が絡むと激しい事この上ない。口では否定寄りでも、最近千束も彼への好意を隠さなくなってきた分、感情が表に出やすくなってきている。良い事なのか悪い事なのか分からないが。

 

「とにかく!DAも此奴ら追ってるんなら、先に私達が見つければ、たきなの復帰も叶うと思います!どう思うたきなー?」

「────やります!」

 

 勢い良く店奥の扉が開いた。そこには、喫茶店リコリコの衣装である和服を身に付けたたきなの姿が。

 基調としたイメージカラーは青。そして、いつものロングストレートではなく、左右に縛ったツインテール。

 見た瞬間、千束が目を輝かせながら立ち上がり、たきなへと飛び付いた。

 

「お?うおっほお〜!か〜わ〜い〜い!なになに、ちょ、ヤバい!写真撮ろ!ほらほら、ミズキも先生ももっと寄って!」

 

 千束を中心に、たきなとミズキ、そして後ろのミカを合わせての集合写真。撮影した瞬間に、千束は嬉々としてその写真を店のSNSへと投稿する。

 それを見たミズキはお酒を片手にジト目で千束を見つめて溜め息を吐いた。

 

「君はさっきまでの私の話を聞いてなかったのかな?SNSへの無自覚な投稿が」

「大丈夫だって、ここには向かいのビルも無いし。……ホントは、全員で撮りたかったんだけど」

 

 ────ボソリと、独り言の様に呟く。

 その一言に、たきなもミカもミズキも、表情を変える。思わず千束の方へと視線を集めれば、彼女のその笑みは、何処か悲しげに見えた。

 彼女の視線が、ゆっくりと店の入口へと向かう。いつもその扉から、客の時も働き出した時も、変わらず顔を見せてくれていた存在。

 いつも、開店前余裕を持って来てくれるというのに、まだ姿が見えない。

 

「……やっぱり、来ないよね」

「……仕方無いですよ。此処で働き続けても、あの人にとっては危険なだけです」

「そう、だよね……」

 

 昨日、DAとリコリスの存在を、そして喫茶店リコリコの裏の仕事のことをほぼ全て説明してしまった。機密ではあっても巻き込んだのは此方で、たとえ一般人であれ説明しなければならなかった。

 

 けれど、話せばきっとこの関係が終わってしまう事も、千束には分かっていたはずだった。バレればきっと、彼はお店から離れていく。命の危険と隣り合わせで、関係者なのだと認識されれば命を狙われる危険だってあった。

 彼を巻き込む可能性があったのはこれまでだって変わりはなかったけれど、知られてしまえば、そこから先どうするのかは彼に選択する権利があった。

 でも常に死が近くにあると知って、その先人がどんな行動をするかなんて決まっている。だから彼も、此処には来ない。

 分かっていた。彼は、自分達とは関係の無い一般人だ。

 

「……千束」

「私は大丈夫。そんな顔しないで先生」

「すまなかった。彼をお店に誘ったばかりに」

「ちょ、やめてよ先生、どうして謝るの?私は凄く嬉しかったし、楽しかったよ?」

 

 ────それに、人並みに“恋愛”をする事ができたし。

 

 そう、言外に伝えているような気がして。ミカとミズキは少しばかりその表情を歪めた。彼女の短い人生の中で、彼女のリコリスとしての限られた時間の中で、彼との出会いが千束の世界に彩りを与えてくれた。

 あんな千束は初めてで、だからこそミカは例外的に誉を招き入れようとしてしまった。バレるのは時間の問題とも思っていたし、隠し通せるものとは思っていなかったけれど、千束が生きている間だけでもと願っていた。

 こんな事なら、以前のようにお客さんとして誉が来るのを心待ちにしているだけの千束の方が幸せだったのではないかと、たらればを考えてしまった。

 

「あ!ほらお客さん!練習通り!」

「は、はいっ」

 

 ガチャリと、鈴の音と共に扉が開く。

 千束はたきなと並んで、笑ってお客さんを待ち受けた。

 気持ちを切り替えなきゃと自分に言い聞かせるような。

 気にしないと言わんばかりの満面の笑みで出迎えて、

 

 

「「いらっしゃいませ!」」

 

「あ、おはようございます」

 

 

 ────普通に誉が表口から入ってきた。

 

 

「え……ええっ!?」

「朔月さん……どうして」

 

 ミカもミズキも、そしてお客さんだと思って待ち受けていた千束とたきなも目を丸くして誉を見つめていた。誉はなんぞやと首を傾げた後、納得したように手を叩いた。

 

「……ああ、紛らわしくてゴメン。表口だとお客さんだと思うよな」

「そうじゃねぇよ」

 

 ミズキの秀逸なツッコミ。「え?」とか言って本当に何も分かってないのか、惚けたような表情の誉に、千束は慌てて近付いていく。

 

「え、な、なんで……」

「……ああ、お客さんとして来てた時の癖でさ、つい表口から入っちゃうんだよね」

「そうじゃなくて!なんで来たの……?」

「え?なんでって……普通にシフトだったし」

「そ、そうでもなくって!昨日の事があったのに……」

「それは仕事サボるのとは関係無いだろ。知ってる?無断欠勤すると転職とかで後々不利に」

「バイトじゃん」

「やっぱさ、常日頃から意識しといた方が良いと思うんだよね」

 

 いつも通りの誉に、一同は混乱を隠せないでいた。千束に関しては、まだ不安を拭い切れずに、戸惑いで瞳を揺らしていた。

 それを見た誉は少しだけ視線を逸らした後、千束に向かって優しく微笑んだ。

 

 

「……“また明日”って、言ったろ」

 

「────!」

 

 

 いつも、最後に交わす挨拶。

 千束だけじゃない。それは、誉も大事にしている言葉でもあったのだ。それをこの場の誰も知りはしないけれど。

 

「ミカさん」

「!」

 

 その場に立ったまま、誉はミカを見つめる。柔らかい表情のまま、けれどその眼差しが真剣そのもので、ミカはただ彼の次の言葉を待ち受けた。

 

「……俺は、大丈夫です。だから、その……これからもよろしくお願いします」

 

 軽く頭を下げ、懇願するような声音で。此処に居させて欲しいと、そう言ってくれた。それを見て。

 此方の都合と我儘で働いてくれているというのに、彼からその言葉を聞いて、ミカ自身も込み上げてくるものがあった。

 

 頭を下げる誉の隣りで、千束が同様にミカを見つめる。縋るような、願うようなそんな瞳。ミズキも困ったように笑い、たきなは不安そうに此方を見つめる。

 断る理由など、最早見つからなかった。

 

「……ああ、こちらこそよろしくな」

「……っ!」

 

 その瞬間の、千束の笑顔は今日一番だった。

 顔を上げる誉に迫る勢いで近付いて、その手を握る。いつかの、彼が働くと決まった日の光景が蘇る。

 

「改めてよろしく!千束でっす!」

「……だから、知ってるって」

 

 太陽みたいに、本当に嬉しそうに笑う千束に。

 気恥しそうに、それでも楽しそうに微笑む誉。

 千束やたきな、此方の事情を知ってなお、離れずいようとしてくれる気持ち。ミカは、彼への評価や印象を高くせずには居られなかった。

 

(────良かったな、千束)

 

「ね!ね!一緒に写真撮ろ!」

「えっ、なんで。やだよ恥ずいもん」

「なんでぇー!?この前JKにせがまれてデレデレしながら撮らしてた癖にぃ!」

「や、ああいうの断って客数減ったらお店に迷惑掛けるかもと思って……てかデレデレしてないって!」

「真面目か!良いじゃん撮ろうよ〜!」

 

(────良い男を、好きになったな)

 

 千束に腕を無理矢理抱かれてツーショットを取られる誉を流し見ながら、ミカは開店準備の為にカウンター奥へと戻って行った。

 

 

 

 







千束 「〜♪」

ミズキ 「いつまで写真見とんじゃアイツは……っとにデレデレしよってぇ……!」

たきな 「朔月さん、あのツーショット待ち受けにされますよ」

誉 「え、マジ?ガチでやめて欲しい。多分写真写り良くないから」

ミカ 「そこなのか……」

誰が好き?誰を推す?ルートは?

  • 錦木千束
  • 井上たきな
  • まさかの両手に花
  • ちさたきを見て『てぇてぇ』とか言い出す誉
  • ダークホースクルミ
  • み、ミカさん……!?

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