行きつけの喫茶店の珈琲が美味   作:夕凪楓

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変わりない日常が、続いてさえいてくれたら。




第2話 The more the merrier
Ep.8 Fortune comes in by a merry gate.


 

 

 

 

 

 ────バイト先の喫茶店のもう一人の看板娘が無茶苦茶見てくる。

 

 最近、喫茶店リコリコの裏の顔を知ってしまった誉。錦木千束と井ノ上たきなの追っていた事件に偶然巻き込まれ、任務中だった二人にバッタリ遭遇してしまった事から、裏の仕事であるリコリスとしての仕事、そしてDAの存在と概要を聞いてしまった。

 

「Direct Attack」────通称DA。テロリスト等の犯罪者を暗殺することでテロや犯罪を未然に防ぐ治安維持組織かつ国を守る公的機密組織。政府に協力するが、警察などの機関と異なり独立した特権を有するエージェント。そして、その通称がリコリス。

 銃器を用い犯罪者を処分することを任務とする、DAの実働部隊員で、犯罪を未然に防ぐための殺人が許可されているという事。所謂「マーダーライセンス」である。

 女子校生の制服を着るのは、そういった犯人や組織に存在を悟られないようにする為の迷彩代わりであるという事。

 

 最初に聞いた時はその現実感の無いような、けど小説やドラマの設定としてはありそうな、そのどちらとも言えない生々しい半現実感で戸惑いはした。

 だがこの支部、つまるところリコリコの仕事内容がDAからの任務の他に、「お客様の悩み事を何でも解決する」との建前で、一般人からの護衛などの依頼も請け負っているのだと聞いて、なんとも彼女(・・)らしいと誉が笑ってしまったのは記憶に新しい。

 

 ただし現状、誉の立ち位置は曖昧で、特に裏の仕事に関しての質問はしたが職務の内容自体の変更は無い。深く関わりを持ってしまったとはいえ、そういった経験の無い一般人を巻き込むわけにもいかないのだろうと、誉自身もなんとなく納得はしていた。

 ただ、リコリコ以外のリコリスや支部、ましてや本部などに自身の存在を知られてしまった場合の対処がどうなるかは具体的には分からないらしく、その辺が若干不安な気がしないでもなかった。

 

 だが今は、誉はただの喫茶店の店員だ。

 普段通りに業務を熟すべく、接客の為にフロアを周っていると。

 

「ねぇねぇ、あの娘、最近入ってきた娘でしょ?」

「たきなちゃんって名前らしいよ」

「可愛い娘じゃない。もしかして、千束ちゃんの恋敵(ライバル)になっちゃったりして……!」

「捗るわぁ……」

「捗るな!たきなはそーゆーんじゃないからぁ!」

 

 座敷にて、いつもの様に客対応をしていた千束は、例によって常連客に弄ばれていた。というのも、最近この店に来て働く事になった井ノ上たきなの存在が大きく関わっている。

 何せ、容姿だけ見ても、たきなは千束に負けじと劣らない美少女なのだ。誉と千束の青春を眺めにこの店に来ている人達からすれば、たきなの存在は、進展しない誉と千束の関係に突如混ぜられたスパイスというわけで。

 

 ────しかし、誉はそんな彼女の気持ちも常連客とのやり取りも何も知らないわけで、何のこっちゃと眉を顰め首を傾げるだけである。

 誉の視線に気が付いたのか、千束は振り返り、目を合わせると即座に頬を赤くした。

 

「さ、朔月くん!?い、今の……聞いてた?」

「え?うん、チラッとだけ。看板娘としてのポジションが危ういって話でしょ?」

「ちっがうわっ!」

「あれ、違うの?たきながライバル、みたいな事言ってたからそうなのかと。え、じゃあ何のライバルなの?」

「何ってそりゃあ………………か、看板娘だよ!」

「……え、合ってんじゃん。何が違ったの、発音?」

「い、いいからいいから!気にしないで!さ、仕事しないと!」

「それ君の事ね?話してないで仕事しろってミズキさんが」

 

 誤魔化すように千束が誉の背を押しながらカウンターへと仕事探しに向かっていくのを、やはり常連客は微笑ましく眺めているのだった。

 千束に押されながらもカウンターへと向かい───誉は、井ノ上たきなと目が合った。

 

「……っ」

「あ……」

 

 最近、目がよく合うような気がする。

 というか、何故か見られているような気がするのだ。視線なら最近女性客や常連客に眺められたりするので慣れてはいるのだが、彼女の視線はそのどれとも違って見えた。

 ……何か、此方を観察しているような気がして、誉はどうにもやりにくかった。それを彼女に問いかけても「なんでもありません」とシラを切られてしまうので打つ手も無い。

 

(彼女、しっかりしてそうだもんな……やっぱ、機密組織の支部に一般人がいる事をよく思ってなかったりするのかな……)

 

 誉も、自分が置かれている状況の理解は高く、たきなが考えそうな事まで大体の予測は立てている。ぶっちゃけこの場合、たきなの考え方が正解で、私情全開で誉を店に置きたがっている千束がおかしいまである。

 

(……けど、それなら)

 

 何故ミカやミズキは、一般人を機密組織の支部に配属させる事の危険性を知ってまで、自分をこの店に招いたのだろうかと、誉はそれだけが気になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

「……っというわけで恒例のボドゲ大会どぅえっす!」

 

『『『イエーーーイ!!!』』』

 

「……飽きないねぇ」

 

 いや仕事しろ。閉め作業が残ってるだろ。

 と、錦木に言おう言おうとは毎度思っているのだが、これを楽しみにしているからか、入口の扉の札を『準備中』に切り替えて戻ってきた時の高揚とした表情が可愛過ぎて、最近はとてもじゃないが横槍を入れにくい。

 くそぅ、顔が良い女ってホントズルいよな。俺も来世では顔が良く生まれて……や、そういや顔面偏差値が高いって最近言われてる気がする。俺もこの顔でどうにか工夫すれば錦木にお強請りとかできるかもしれん。いけるか。無理か。

 

(……そんで、今日もまた大勢残ってるなぁ)

 

 錦木に始まって、山寺さん、北村さん、米岡さん、後藤さん、伊藤さん、阿部さん、ミカさん……ミカさん!?またやるのボドゲ。その恍惚とした表情何。何がそんなに楽しいの。お金とか賭けてるよねやっぱり。

 そしてミズキさ……ミズキさんまで居んのか今日。お酒瓶片手にカードを束ねてる。ミズキさんも参加してるならあの座敷でやってるの賭博で確定でしょ。ド偏見だけど。

 

 あと錦木もお金とか好きそう。個人の為のリコリスとかで働いてる時に貰うバイト代とか見てニヤニヤしてそう。

 てかマジか、今日の閉め作業俺だけ?

 ……ま、いっか。みんな楽しそうだし。

 

「……さて、やるか」

「手伝います」

「うおっ、びっくりした……井ノ上さんか……」

「レジは私が締めますので」

「あ、ありがとう。じゃあ俺先にフロア清掃入るから」

 

 井ノ上さんは頷くと、早速レジの方へと向かう。それを確認しつつ、自分は掃除用具を持ち出してフロアの簡単な掃き掃除から始める。その間、みんなで一喜一憂しながらのボドゲ大会を眺めながら、埃や塵を探し回り……あんま見つかんないな。毎日やってるもんな。

 

 こういう小さな部分にもホスピタリティというか、この店の良さを垣間見る。だからこそ地域に愛され、人が増え、こうして店が閉まってるにも関わらず常連客でてんやわんやしているのだと思うと微笑ましくなってくる。

 ああ、やっぱり人が笑ってるのって良いよなぁなどとふわふわ考えつつ、掃き掃除とテーブル拭きを、千束が気付いて気を遣ったりしないようにさっさと熟す。

 

「戸締りも……うん、ちゃんとできてるな」

「レジ誤差ゼロ、ズレ無しです」

「お、早い。やっぱり優秀なんだな、転属組って」

 

 窓や扉が閉まってるかを確認してカウンターまで戻ってくれば、既に井ノ上さんがレジ締めを終わらせていた。かなり早い速度で終えているのを見て、ただただ感嘆の息を漏らしていると、井ノ上さんがジロリと此方を見つめた。

 

「……何故それを」

「や、井ノ上さんが転属組って知った時の錦木の反応がそうだったから、優秀なんだなぁ……と」

「……そういえば、盗み聞きしていたんでしたね」

「いや言い方……聞こえちゃったんだよ」

 

 井ノ上さんの視線を浴びながら、今度は普通に溜め息を吐きつつ、裏に回って皿洗いを始める。するとその隣りに井ノ上さんが立ち並び、その手には布巾を持っていた。思わず隣りに立った彼女を凝視する。

 

「……や、一人でも大丈夫だよ?」

「二人の方が早く終わります。効率良くいきましょう」

 

 そう言われ、なんとなく流されつつ皿洗いを始める。

 普通にスポンジを泡立てて、汚れた皿やカップを洗い、水道水で濯いで井ノ上さんに回す。それを待ち構えていた井ノ上さんは、一枚一枚の水気を丁寧に拭き取り、目の前に重ねていく。

 会話は無い。

 

(なんだこれ)

 

 そのやり取りは気不味いようで、そうでもないような気もして。よく分からない感覚のまま暫く互いに黙々と続けていると。

 

「……先日の」

「っ、え、何?」

 

 急に井ノ上さんから声が発された。思わずビクリとなってお皿が手元から滑り落ちそうになったのをなんとか防ぎ、慌てながらも次の言葉を待つ。

 

「……先日の、あの運転手の男」

「どの運転手の男?ゴメン、最近休みの日にタクシーとかバスとか使ってさ」

 

 ちょっと遠出したんだよね。とか言ってると、井ノ上さんが凄い目で見てきた。睨み付けてるまである。いや怖過ぎるんだけど、十六歳が放っていい視線じゃないよね。

 

「……沙保里さんを拉致した、ワゴン車の」

「……ああ、グラサンでツナギの。その運転手?が、どうかした?」

「応急処置がされていました。貴方ですよね」

「うん、そうだけど……え、なんか問題あったかな」

「……いえ。流血も少なく、傷口も洗浄されていて、私の目から見ても手際の良い措置でした」

「?……ああ、それは、うん。ありが、とう?」

 

 今だからこそ分かるが、あれは井ノ上さんの銃撃によるものだった。運転手は肩を銃弾で貫かれ致命傷では無いにしろ出血が酷く、処置はしなければならなかった。タオルと水しか無かったが、即決で手当てできるだけの結果が残せたのは良かったと思う。

 

 態々井ノ上さんがそれを褒める……何か、裏を感じてしまう。そんな娘では無いとは思うけど、別に褒められるような事をしたつもりは無いので、褒める事で彼女に何かメリットが生じる可能性があるのかとか無駄な勘繰りをしてしまう。そう、例えば俺を煽てて気分良くさせて羽振りを良くさせるとか。

 まさか。

 

「……何か、買って欲しいものがあるの?」

「違います」

 

 違った。凄ぇ恥ずかしいわ。また睨まれてるし。

 いや、巫山戯てるわけではなく本当に分からない。何故彼女がそれについて聞いてくるのか……と、思っていると、今度は井ノ上さんが溜め息を吐き出す番だった。

 

「……一般の学生が、医療行為や応急処置を覚えている事が不自然だと言っているんです」

「……ああ、そういう事か」

 

 納得した。つまりただの一般人───それも高校生の子どもが、学校でも教わらない専門的な知識を持っている事、あの土壇場でそれを活かす事ができた事実に彼女は不信感を持っているという事だ。

 確かに、一般市民がDAの支部にいる事って言葉以上に重いというか、異常な光景なのかもしれない。なるほど、最近の彼女の視線はそういう事だったのかと、なんとなく腑に落ちた。そういう事なら、別に隠すような事など何も無かった。

 

「以前に、学ばれた事があるんですか」

「あるよ。何処かっていうよりはほぼ独学だけど」

 

 しれっと、そう答える。嘘偽り無く。

 此方が隠すつもりの無い事を理解した瞬間、井ノ上さんは此方に視線を傾け、取り繕う事をやめて矢継ぎ早に口を開いた。

 

「……別に、覚えなくても生きていける知識だと思いますが」

「あの運転手には言ったんだけどさ、昔医者を目指してた事があるんだよ。他にも弁護士とか警察とか、科学者とか。人を助ける仕事をさ」

 

 ────“貴方は何にでもなれる”、と。

 そう言ってくれる人が居て。誰かの助けになるような仕事も目指せるのだと教えられて。その為ならと、頭の中に数多の知識を詰め込んだだけで……今はその何者にもなれてはいないけれど。

 それでも、覚えた事が無駄じゃなかったのだと、この前の事件で教えられて。自分がたまたま持っていたものがあの運転手の治療という形で還元できたのが、凄く嬉しかったのを今でも覚えてる。

 

「……まあ、今でもなりたいなぁって思う時あるけど」

「……どれにですか」

「ん?全部だよ全部」

 

 今でもなりたいよ?医者も弁護士も警察も科学者も。宇宙飛行士にだってなれると思ってる。そう言うと井ノ上さんがほっそい目で此方を見ていて……なんでそんな目で見んの。やめて、そんな目で見ないで。

 

「……子どもみたいですね。もう高校生でしょう。夢を見るよりも、現実を見て将来の進路を考えた方が良いんじゃないですか?」

「あれ、おかしいな。俺的には何歳になっても童心を忘れないのって美徳かと思ってたけど、急にエグいの刺さったな今」

 

 言い方よね、言い方。

 流石優秀なリコリス。心を抉る銃弾の命中率まで高いんですけど。

 

「……というか、それは井ノ上さんにも言えるでしょ。大人になったらどうするの?ずっとリコリスって訳じゃ無いんでしょ?」

「それは、分かりませんけど……どうしてそう思うんですか?」

「リコリスの制服が女子校生用なのって、“日本で一番警戒されない姿”だからなんでしょ?けど大人になってそれ着てたら、何か痛々しいもん。闇抱えてそう」

 

 都会の迷彩服としての役割は果たせそうにない。三十歳にもなってJKの格好とかしてたらドン引きである。なんなら普通に警察に通報する。

 ただ錦木とかはずっと着てそうだな。その内永遠の十七歳ですとか言い出しそう。超絶ド偏見だけど。

 そう言うと、井ノ上さんはまたも訝しげにこっちを見上げ、何か言いたそうな表情のまま口元を曲げていて。

 

「……というか私達の事よりも、朔月さんです」

「は?え、俺?」

「ここ最近ずっと店に居ますけど、学校は行かなくて良いんですか?」

「……ああ、学校なら行ってないよ」

 

 ────そう言うと、皿拭きに視線を落とそうとした彼女がまた顔を上げた。その瞳は見開かれていたが、俺は特に彼女の視線に答えること無く、目の前の皿にスポンジを当てながらポツリと告げた。

 

「色々事情があってさ。最終学歴は……卒園?」

「……そう、なんですか。すみません」

「俺から言ったんだし、気にしないでよ」

「……皆さんは、知ってるんですか?」

「さあ?シフト出した時に何も言われなかったし、気ぃ遣って聞いて来ないだけなのかも。まあ、機密組織って言うくらいだし、俺の事はある程度調べてるんだろうけど」

 

 まあ、調べれば調べる程何にも無くてガッカリすると思うけど。ゴメンね面白味のない経歴で。一応形式的に持っていった履歴書もほぼほぼ白紙で、ミカさんとミズキさん真顔で顔見合せてたもんなぁ。あの顔はちょっと面白かった。

 

「……まあ、気にするような事でも無いよ。今はやりたいようにやってるし、なりたいものにも、いずれはなるさ」

「……でもさっき挙げた職業ってある程度学歴が無いといけないのでは……」

「そ、だから目指してたのは昔の話。勉強した知識を今も覚えてるってだけだよ。たまにだけど役に立つ時もあるんだ。この前みたいに」

「……じゃあ、今やりたい事って何なんですか?」

「バリスタとかかな」

「……」

「……い、いや、割と本気で」

 

 そんな目で見ないで。

 最後の一枚を濯ぎ終えて、井ノ上さんに渡しながらふと顔を上げた。

 

「この喫茶店で、来てくれたお客さんが『美味しい』と思って貰える珈琲を淹れる事」

「……珈琲、ですか」

「実はさ、この前図書館で珈琲の事勉強したんだけど、未だに納得のいく味にならなくてさ。こういうのって、やっぱり知識だけじゃなくて経験も必要なんだなって思わされたんだよね」

 

 珈琲の豆の種類、環境や地域による味の変化、ローストのレベル、挽き方、入れ方、歴史……etc。しかし、どれだけ知識が完璧になろうと、入れる珈琲の味の変化に劇的な成長が見られないのだ。や、日々美味しくなってはいるのだが、ミカさんの淹れるものと比べ物にならない。勿論、俺とミカさんとでは経験の差というのがあるだろうから、それはまだ分かる。

 

 ただ、腑に落ちないのが────自分の淹れたものよりも、以前錦木が俺に珈琲の淹れ方を教えた際に作ってくれた、彼女の珈琲の方が美味しく感じた……気がする事だった。

 錦木も珈琲を淹れはするのだが、どちらかと言えばお客さんに飲ませるよりも自分で飲みたくて淹れるのだ。味にめちゃくちゃ拘ってるとも思えないのだが、それでも俺の淹れた珈琲よりも美味しかった……気がする。

 

「せめて、錦木よりは美味しくしたいんだよなぁ」

「……千束さん、ですか」

「ああ、うん。アイツ見てるとさ、なんか負けたくないと思うんだよね。接客とか珈琲の味とか、色々」

 

 羨望、憧れと言っても良い。

 彼女に酷く、惹かれている自分がいる。自分のなりたかった姿の体現が、目の前にいるのだと実感している。彼女のように生きたいと、毎日渇望する自分がいる。それが、なんだか。

 

「千束さんの事、どう思ってるんですか?」

「どうって……まあ騒がしい奴だなとは」

「好きなんですか?」

「嫌いって奴の方が少ないんじゃない?彼女といると、みんな笑顔になる。あれは彼女の魅力だよね」

 

 そんな人間になれると、言ってくれる人がいた。そんな人間になりたいと思った。彼女といると、自分の生き方や在り方を、その行動で示してくれているような気がして、なんだか。

 

「アイツのせいで、最近生きるのが楽しくなってきたよ」

「────……」

 

 そこまで告げて。ふと、我に返る。

 慌てて視線を井ノ上さんに向けると、少し驚いたような表情で此方を見上げていた。その反応を見て、自分の言動を振り返り。なんだか柄にも無い事を伝えてしまったかもしれないと気恥しい気持ちになった。

 

「……あー、そうだ。珈琲、みんなに淹れようかなと思ってるんだけど、井ノ上さん飲む?」

「……いただきます」

「っ……そっか、じゃあ待ってて。すぐ準備する」

 

 逃げるようにカウンターへと向かう。

 なんだか恥ずかしい事を言ったような気がする。というか、井ノ上さんって思ったよりも聞いてくる人だな。「好きなんですか?」って何。まるで錦木に恋愛感情を持ってるかを確認するような質問。井ノ上さん、そういうのには疎い印象があったけ、ど────え。

 

「……何してんのそこで」

「え、あ……やー……その、なんていうか……」

 

 ────カウンター裏には、顔を真っ赤にしてしゃがみ込んでいる錦木千束の姿があった。

 

 またボドゲで勝ち抜きしたのか、と思うのも束の間。

 此方を見上げるその表情からは羞恥が読み取れ、瞳が揺れて口元が震えていた。今まで見た事の無いような慌て具合が顔から分かる程で、なんとなく……考えたくもないけれど、予想を立てる事ができた。

 

「……聞いてた?」

「え、ええ……?なにが、ですか?」

 

 ……確定です。

 コイツ、井ノ上さんの質問に対する俺の錦木レビューを聞いてやがった。今度は、俺の頬が熱くなる番だった。

 

「……や、さっきの無し」

「うええぇっ!?」

「アレ嘘だから。相棒(井ノ上さん)には良い顔したいんじゃないかと思って、思わず心にも無い言葉で褒め散らかしちゃっただけだから。やー、柄にも無い事言うもんじゃないな」

「ちょーいちょいちょい!なんでいつもそうやってはぐらかすの!?ねー!ホントはどう思ってるの!?私の事どう思ってるのー!?」

「うるさい。あとうるさい」

「んいいいぃぃぃー!」

 

 豆の準備を始める俺の背を、ポカポカと割と強めの拳で連打しまくる錦木。その背を、井ノ上さんがなんとなく眺めていて。

 さては、錦木が立ち聞きしてるの知ってたなこの野郎。当人は、知らぬ存ぜぬと言った表情のまま、俺と錦木の隣りに並んだ。

 

「……?」

「私も、珈琲の淹れ方覚えようかと」

「……そか。じゃあ見てて。やり方教えるから」

「私直伝だよね!」

「はいはい」

「朔月くん冷たいー!」

「いや熱い熱い!お湯跳ねる!」

 

 そうやってじゃれながら、井ノ上さんに珈琲の淹れ方を教えながら、自分で再び作り上げる。出来上がった珈琲は、錦木に邪魔されてまたも上手くいかず、納得のいくものでは無かったけれど。

 常連のみんなと、何より彼女の表情が笑顔だったのを見て、今日のところは許してやるかと、手元の珈琲を口に含んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

「今日から世話になる、ウォールナット改めクルミだ。よろしくな、誉」

 

「……ああ、はい」

 

 ────労働基準法では十五歳以下はバイト禁止なんだけど知ってる?

 

 

 

 

 

 








56条だよ?













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読者が何処を面白いと感じているのかが分かって、次書く話の参考になるし、見てて楽しかった。
いつも読んでくださったり、感想くださったりありがとうございます。モチベです、糧になる……!

誰が好き?誰を推す?ルートは?

  • 錦木千束
  • 井上たきな
  • まさかの両手に花
  • ちさたきを見て『てぇてぇ』とか言い出す誉
  • ダークホースクルミ
  • み、ミカさん……!?

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