狂い回り、亀裂を刻み、徐々に錆びゆく運命の歯車。
「……」
「……あの、何か」
開店してまだそんなに時間が経ってる訳じゃない。だが誰もが仕事に出掛けようとする時間帯に、鞄一つも持たずに珈琲を啜っている大人という光景がそもそもおかしい。
と、いうのに割と早朝からスーツ姿でオールバック決めた身なりの良い男性が、カウンターに座ってこれでもかという程に此方を見つめてくる。普通に怖いし、なんなら本気で泣いて見せようか。
流石に気不味くて声を掛ける。すると、その男性も我に返ったように口を開いた。
「ああ、すまない。見ない顔だと思ってね。新人かな」
「……一、二ヶ月くらいは、一応経ってますけど」
「そうなのかい?それは知らなかったな」
「……詳しくは聞いてないんですけど、ミカさんの知り合いなんですよね」
「ああ。長い付き合いになる」
名前は────吉松シンジさん。
約一ヶ月程前に、俺が買い出しに行ってる間に訪れたという、井ノ上さんが正式にリコリコ店員になってからの初めてのお客さん。どうもミカさんの古くからの知り合いなのだという。
チラリとミカさんを見ると、小さく頷きながら手元でスイーツの仕込みを始めていた。和服姿のガタイのいい男性と、スーツ姿のジェントルメン。どういう関係の知り合いなのだろう、とふわふわ考えながら珈琲の準備をする。吉松さんの珈琲はミカさんが淹れてくれたので、今作っているのは自分用……というより勉強用である。
「……」
「……あの、何か」
めっちゃ見られるんだけど何?この短時間で「何か?」って二回も言ってんだけど。どうしてそんな眼で見つめてくるの?
ってか此処の人達ってみんな目力強いよね。錦木とか井ノ上さんとかも何でそんな目で見んのってくらいの視線ぶつけてくる事あるし。
「いや、淹れてる姿がミカそっくりでね。つい見入ってしまったよ」
「……ミカさんの見て覚えてるんで」
見入った?魅入った?やだ何それ怖い。
もしかしてミカさんのお友達って男もイケる口?一か月前のグラサンツナギ集団と一緒かもしや。重ねて言うけど俺LGBTに理解あるだけでノーマルですよ。改めて言った方が良いかな。逆に意識させちゃうか、やめとくか。
「そうか。といってもまだ、一、二ヶ月だろう?それでそこまで淹れ方が様になってれば、味もすぐにミカに追い付くさ」
「言ってくれるな」
吉松さんの言葉にミカさんが軽く微笑む。それを見て、何かさっきまでの穢れた勘繰りが浄化されたような気がした。
俺はミカさんの友人になんて思考を……吉松さん、変な事考えててすみませんでしたでした。
「あー……それが、味がどうしても近付かないんですよね。珈琲の事、結構勉強したんですけど……」
「例えばどんな?」
「歴史から風土、育つ環境下による味の違いとか、味の感じ方、ブレンド、それに合うフードペアリングとかも」
珈琲を淹れるのに必要な知識は全て詰め込んだと自負してる。と、いうのに。ミカさんと同じ動き、同じ配分、同じ時間や方法で淹れてるというのに、味自体には劇的な変化は無い。
ミカさん達には褒められるので良くなってはいるのかもしれないが、自分で飲んでみてそんなに変化を感じない。
「おお、勉強熱心だね。覚えるのにかなり時間がかかっただろう」
「いえ、そんな。教材やサイト見た程度の知識じゃまだまだって事ですよ。やっぱり本職の人から直接見て、聞かないと」
自分の知識として脳に溶けていく感覚が楽しくて、最近迷惑だと分かっていても、ミカさんやミズキさん、錦木にも時間があれば質問しまくっている。
ミズキさんは最近面倒そうなのを隠さなくなってきたけど、錦木なんかは「先輩」とか言って煽ててれば色々教えてくれるからチョロい。……本人に言ったら殴られるな多分。
そう言うとミカさんが深く息を吐いて、吉松さんに呆れたような笑みを見せた。
「……最近、開店前と閉店後に彼の質問攻めに合うのが日課になっててね。向上心や好奇心が旺盛で困る」
「す、すみません……」
「ははっ、後継が出来て良いじゃないか。……そう言えば君の名前を、まだちゃんと聞いてなかったね。改めて聞いても?」
「え……あ、はい、すみません。朔つ────」
あ、そう言えば自己紹介してなかったかもしれない。あまりにも失礼な事実に、謝罪しながら苗字を言い切る、その寸前だった。
「お待たせー!千束が来ましたー!」
チリン、と鈴の音と共に大きな開閉音。見なくても誰なのかが分かる景気の良い高い声。走ってきたのか、若干息を切らしながら店に入ってきたのは、やはり錦木千束だった。ニコニコしてるとこ悪いけど遅刻ですよ。
錦木は吉松を見るとその目を見開いて、笑顔で駆け寄ってきた。
「あー!ヨシさんいらっしゃーい!ひと月ぶりじゃないですかー?」
「覚えていてくれたんだね」
「まあ、お客さん少ないお店だから……なーんて嘘嘘、たきなの最初のお客さんだもん。忘れませんよー」
「いや座るな座るな」
たたでさえ遅刻して来たというのに、話に花を咲かせようとカウンターに座る吉松さんの隣りに腰掛け、頬杖ついて寛ぎ始めたんだが。なんて図太いの。
この後仕事だというのに、錦木は知らぬ存ぜぬ我関せずといった様子で吉松さんと会話を続けていた。
「今度はどの国に行ってたの?アメリカ?ヨーロッパ?あ!中国でしょ!」
「残念、ロシアだよ」
「……ったく」
ちゃんと注意出来ない俺も、ミカさんやミズキさんの事をとやかく言えなくなってきちゃったな。最近錦木にかなり甘くなってしまった自覚がある。
呆れて笑いながら、食器を棚に仕舞おうとカウンターから離れて裏に下がると、丁度制服に着替え終えた井ノ上さんとかち合った。
「うおっ、と……ゴメン」
「いえ、こちらこそ」
互いに軽く謝り頭を下げ、改めて彼女を見直す。
すると、井ノ上さんの頬にずっと貼ってあった白い四角めの絆創膏が外れている事に気が付いた。此処に来る前の銃取引の事件にて、仲間内で一悶着あっての負傷と聞いていたから、恐らく張り手かぶん殴られたのかと勝手に想像していたのだが。
「……あの、何か付いてますか」
「え?……ううん、(傷跡も残ってないし)綺麗だよ」
「……そうですか」
肌はもう傷跡を気にする事も無く真っ白で、綺麗に整っていた。もう心配無さそうで良かった。
井ノ上さんは若干下を向きつつ、目を逸らして俺の横を通過する。……何か形容し難い顔してたけど機嫌悪い?
あ、顔に傷とかって女性気にするみたいだし、頬に突っ込んだの失礼だったかな。後で謝ろう。
二人で裏から表に出ると、丁度吉松さんが錦木にお土産を渡して帰るところだった。ほぼ同時に頭を下げると、吉松さんも会釈してその扉を開いて店を後にする。その瞬間、錦木は座敷へと移動し、文字通り“仕事”の準備をし始めた。
「で?どのくらい急ぎ?」
「現在、武装集団に追われている」
「それは大変。たきなー、仕事の話もう聞いてる?」
「はい、一通り」
錦木は会話しながら、目の前の拳銃に弾丸を詰め込んでいる。女子校生の格好をした美少女が笑って会話しながら銃器の準備をしている絵面と、そのパワーワードの威力たるや。
彼女は“ファースト”と呼ばれる、DAの中でも優秀な、言わばエリート的な存在らしく、齢七歳の頃、電波塔事件をおよそ一人で解決した程の実力者らしい。
……ただ、それを聞いても心配するのは変わらないし、いつ見ても目の前の光景には慣れないまである。
「オッケー。そう!昨日話してたブツ、そこに置いてあるから帰りに持って帰ってねー?あ、朔月くんも!」
「「……」」
俺と井ノ上さんは二人して近くのテーブルを見下ろす。それは、錦木に勧められた洋画のDVDの束だった。彼女が好きな作品、面白い作品を厳選して袋に詰めてくれている。
昨日、井ノ上さんには営業中の空いた時間などで語っていたが、何故か俺には夜態々電話してきたなぁそういや。相変わらずの長電話だったのだが、やっぱり楽しそうで切るに切れなかったし、おかげで眠い。
今回は、とある大物ハッカーの護衛だそう。命を狙われているらしく、その警護及び敵の制圧が錦木と井ノ上さんの任務である。詳しい事はあまり聞かされてないが、そこは俺の一般人としての肩書故だ。今更かもしれないが。
……こういう時、疎外感というか。自分と彼女達が別の世界に居るような感覚を抱いてしまう。それが寂しいような気がすると主張するのは、我儘だろうけれど。
「敵は五人から十人程度、プロよりのアマだ。ライフルも確認した。気を付けろ」
「りょーかいっ。行こっ」
「はい。それでは」
そう言って、錦木の後に続くように井ノ上さんが扉へ向かう。その前に、俺に態々頭を下げて踵を返してくれた。
学校に行くかのような軽い挨拶に、これから死地へ向かうとは思えない明るさを感じて、酷く異質だと感じた。きっと、これが彼女達にとっての当たり前で、これからも続く日常なのだと思うと、なんだか。
「……あの、ミカさん」
「どうした?」
「俺にも……何か、手伝える事とかありますか?」
そう、言った瞬間だった。
閉まりかけていた扉がまた勢い良く開き、静かな店に鈴の音が鳴り響く。思わず肩を震わせてその音源を辿れば、取っ手を掴んでいたのは錦木だった。
「……錦木?」
「っ……さ、朔月くんは、私達が帰ってくるのに合わせて美味しい珈琲準備しててよね!最近勉強してるみたいだから、期待してるぞぉ〜?」
「……そうじゃなくって、錦木達の手伝い的な意味で」
「だーいじょぶだって!こっちは私達に任せたまへよ。それじゃあ、行ってきまーす!」
満面の笑みで手を振って、今度こそ扉を閉めた。
……なんか、俺の仕事の手伝いの申し出を、慌てて阻止しようとした様に見えたけれど。やっぱり、素人が首突っ込んでも足手まといとか思われてるのかな。
いや、そんな事よりも、さっきの言葉。他ならぬ言った俺自身が一番驚いていた。彼女達の背中を見て何故か零してしまった一言。素人の俺がいたところで何かできるわけじゃないし、DAやリコリスを知って一ヶ月近く経つけれど、今までそんな事、一言だって言った事無かったのに。
「……随分急な申し出だったな。ここ一ヶ月、そんな事言わなかったろ」
「……いえ、俺も……何故かその、無意識で……」
二人となった店内で、ポツリと問いかけられる。ミカさんも、俺の言葉を不思議に思った様だった。
彼女達が機密組織の一員なのに対して、俺はただの一般人。それどころか、此処に置いてもらって良いのかすら分からない存在だ。DAの本部に知られたらどうなるのかさえ。
裏社会について何も知らない俺がヘマをしない可能性の方が少ない。何かやらかしてバレれば責任はミカさんや錦木に行く。それが分かっていたから、今まで彼女達の任務をただただ見送るだけに徹していたというのに。
まあ、それでも。
「……けど錦木は、分かりやすく止めに来ましたね。自然と口から零してしまっただけだったけど、あそこまで拒絶されたのは、なんというか……」
「……千束は、君を巻き込みたくないのさ」
「もう充分巻き込まれた気がしますけどね。……でもおかげで、生きるのが楽しくなった」
────……ああ、そうか。
この一ヶ月間で、そんな彼女の背中を見送って、これが毎度最後のやり取りになるかもしれないと思いながら毎日を過ごしていたからこそ。
「……だから彼女にも、俺が居て良かったって、そう思わせたかったのかもしれないです」
「────……っ」
あの言葉にはそんな意味があったかもしれないと、今になって気付いた。
錦木に出会ってから今日に至るまでずっと、彼女に貰ってばかりいたからだろうか。もしかしたら、何か返せたらと思ったのかもしれない。彼女が居て、生きるのが楽しいと感じるようになったから。
────彼女にも、俺が居る事で“生きてて良かった”、と。そう思ってくれたらと。
あまりにも自惚れで、恥ずかしい限りだ。そう思わせてくれたから、それを返そうだなんて。
「……先に千束にそう想わせてくれたのは、君の方だよ」
「?……何か、言いましたか?」
「いや……まあ、そうだな。自衛くらいはできた方が良いかもしれないな」
「え……あ、い、いえ!無理して教えて頂かなくても……何かあったら警察呼ぶんで」
「嫌に現実的だな……」
大丈夫大丈夫、最近日本の治安良いから。警察とかすぐ来てくれるでしょ。……や、待て。治安が良いのは警察じゃなくDAのおかげ?じゃあ何かあったらミカさん達に連絡すれば……や、本末転倒じゃんかそれ。
なんだか彼に強くして欲しいと強請ってるみたいじゃないか。たかが一般人が今からリコリスのなんたるかを教えて貰ったって付け焼き刃にしかならない。俺の淹れる珈琲と一緒だ。
「DAやリコリスの存在を知った後も、この店に居る事を決めたのは俺です。なら、自分の事は自分で……」
「君を誘い、招いたのは私だ。君に危険が及ぶかもしれないと知りながらも、千束の願いを優先してしまった……ずっと、謝ろうと思っていたんだ」
「そ、そんな、困ります。俺はミカさん達のおかげで楽しく生きられてるので」
彼らはDAとリコリスの存在を知ってしまった俺に、その後の選択を委ねてくれた。機密的な意味でも俺という存在は捨て置けなかったはずなのに、何処までも俺の自由にさせてくれて……そこに、不満などあるはずもなくて。
────ただ。
俺をリコリコに招くリスクを考えた時に、ミカさんがDAとしての機密保持の重要さよりも、錦木の我儘を優先したその一点だけが、俺の中でずっと引っかかっていた。
錦木が俺と働きたがっていると、ミズキさんは言っていたけれど、本当にそれだけの理由だろうか。
何か、錦木の願いを聞き届けたい理由が、他にあったのではないだろうか。
(……俺、錦木にそう思わせるような事、したかな)
分からない。
錦木千束にとって、
そんな、考えるのが少し恥ずかしいような思考を振り払い、誤魔化すように笑った。
「ま、まあ?銃なんて撃った事無いし、却って足手まといかもしれないですけどね。ははは……」
実物をこの前の事件で初めて手に持った程度なので、ぶっちゃけ使った反動で上半身が消し飛びそうなイメージしかない。そこまでいかなくても手首がイカれて今後二度とコーヒー豆を挽けない身体になってしまうかも。
なんて、冗談めかして笑っていると。
「……試しに撃ってみるか?」
「……えっ」
ふと、我に返る。
ミカさんが視線だけ此方に寄越して背を向けていた。一瞬だけ目が合ったのも束の間、ミカさんはそのまま店奥へと歩いていく。試しに撃つ、とそう聞いてまさかとは思ったが、その言葉を耳に受けて、俺は慌てて小走りで駆け寄る。
「此処だ」
「……え?」
すると、とある畳の一室の先に下へと続く梯子が現れて、もうその時点で『!?』って反応だったんだけど、ミカさんが杖を抱えながらも四苦八苦しながらその梯子を下り始めたではないか。続けとその瞳が訴えて来ており、耐えかねて彼について行き、下りた先の階段をまた更に下っていくと。
「……なあにこれ」
────そこには、喫茶店にあってはならない射撃場が存在していた。
規模としては小さいが、的を狙うに十分な広さ。映画とかで見る射撃場そのもので、反現実感が胸に押し寄せてくる。
ああ、此処って本当に機密組織の支部なんだな……と喫茶店のつもりで最初バイトし始めていたはずの俺の心は、目の前の光景を目にしてさざ波の様に引いていた。なんだこれ。
「良い仕事には日頃の研鑽が必要だからな」
「俺ホントにこの店に居て良いのか不安になってきたんですけど……こんなの人様にバレたらどうすんだ……」
「安心しろ、防音だ。金はかかったがな」
「そうじゃないです」
ダメだ。ミカさんもDA側だから常識人ってわけじゃないんだ。リコリコ唯一の理性だと思ってたのに。井ノ上さんも錦木と違った意味で破天荒が過ぎるっぽいし。ガチで俺はどうしたら。
……というか、ミカさんが俺にこの場所を見せたという事に対して、少なからず驚いてるんだが。DA自体が俺にバレてしまっているとはいえ、これ以上の漏洩を一般人である俺にするべきではないのでは、とそう告げる前にミカさんが俺に向かって何かを突き付けて来た。
「────……っ、これ」
それは、引き金を引けば簡単に人を殺めてしまう武器、拳銃だった。黒光りしたそれは見覚えがあって、錦木が持っていたものと同じ拳銃だった。筋肉質であるミカさんの手の上に乗せられてなお、どっしりとした重量感を抱く程に現実的で。
そして、それを近くのテーブルへと置くと同時に、銃弾の入ったケースまで。
「あ、あの……これ」
「安心しろ。千束がいつも使ってる非殺傷弾だ」
「……錦木、の」
命大事に、が信条だと言っていた彼女。
あの言葉を疑ってたわけじゃないけれど、目の前の弾を見てそれが嘘偽り無いのだと知ると、途端に嬉しかった。
「やってみるか?」
「……俺に、此処まで見せて良かったんですか?」
「言っておくが、君を千束達の仕事に参加させる訳にはいかない。……が、まあ、試しに撃つくらいならな」
そう言ってミカさんは、遠くを見つめるような眼差しを射線先にある的に向けて言葉を続けた。
「正直、迷ったが……君がこの店に居る事で傷付くような事があれば、それは私の責任だ」
「そ、そんな事は……」
「それに、さっきの言葉も分からないわけじゃない」
「……っ」
───“俺にも……何か、手伝える事はありませんか?”
───“彼女にも、俺が居て良かったって、そう思わせたかったのかもしれないです”
自分で口にした言葉を思い出した。
錦木千束やこの店が自分にくれたものを、返せてたらとそう思った。彼女の背中を見送るだけの毎日に、なんとなく歯痒さを感じていた。
さっき初めて言葉にしただけで、本当はDAやリコリスを知ってから今日までの一ヶ月間、ずっと心の中にあったのかもしれない。
────手伝わせてはあげられないけれど、自衛の手段くらいは、というミカさんの計らいなのだろうか。
「私は君にこの先を強要しない。させるわけにもいかないと思ってる。それこそ、千束に文句を言われそうだ」
「錦木は、どうしてそこまで……彼女にとって、俺って何なんですか?」
「……さあな。本人に聞いてみればいいんじゃないか?」
……聞けるわけが。
けれど、前々からずっと気にはなっていた。
最初こそ、自分の仕事振りを見て一緒に働きたいと思ってくれたのだと考えていたけれど、よくよく考えれば出会った時からずっと、彼女は俺に対して距離が近かったような気がする。
自惚れかとも思っていたけれど、彼女がそうするに足る事を、俺が何かしたという事なのだろうか。
「────……」
こちらこそ、彼女には貰いっ放しなんだけどな。
彼女の仕事の手伝いでもできれば、少しは頼ってもらえるだろうかとか、楽させてあげられるだろうかと考えていたけれど、自分の身を守れるくらいになれば、安心させてあげられるかもしれない。
そう思うと、手に持つ銃を強く握り締めた。ミカさんを見上げ、強い眼差しで口を開く。
「……やり方、教えてくれますか?」
「すまない、これから出ないといけなくてな」
「……えっ」
「千束達の仕事の関係でな」
「ちょっ」
「ああ、店の戸締まりは宜しくな」
「……完全に教えてくれる空気ってか流れだったような……」
一気にこう……気持ちを冷めに来た感じ。物語だと師匠と弟子的な流れになるような、そんなシーンだと思うんだけど。……まあ、うん。此処の人達にノリとか空気の話してもなぁって割と前から思ってたし。
此方が『ええ……?』という表情で見ているのを気にもせず、ミカさんは杖をつきながら階段を上がっていく。
するとふと、振り返って此方を見て────というか、射撃場の台の一つを指差して、口を開いた。
「それと、使っていいのはそこに置いてある弾だけだ」
「えっ……十発くらいしか無いんですが」
「君にこの手の事に興味を持たれたり、積極的になられては困るからな。それに作るのに費用が高いんだ」
「本音はそっちですよね……?」
最後まで、拍子抜けな発言だった。
もうちょい名言とか格言とか、胸に刻めるタイプの言葉残してくれても良いのよ。
●〇●〇
「……ああ、あった。えっと……で、デトニクス、コンバット……ま、マスター?……なにこれ」
スマホでかなり時間をかけて調べてる現状。似たようなデザインの銃ばっかりで見付けるのも見分けるのも苦労したのだが、そもそも3.5インチとか45口径とか、コーンバレルとか訳分からんのだが。
それに撃ち方以前に銃の握り方だのセーフティだのオートだの、ハンドガンでなくアサルトライフルだのスナイパーだのショットガンだの……これ全部覚える必要は無いだろうけど、DAの人達ってみんなこれら使えんの?
「俺リコリス向いてないだろうなぁ……」
自分に無い知識を脳に注ぐ時間は楽しくて好きだけど、手間とか面倒とかの感情は自分がその対象にどれだけの興味や関心を傾けているかに比例する。錦木達の手伝いができればとは思ったし、それがダメと言われても自衛くらいならとも思ったけれど。
拳銃自体にそもそも良いイメージはない。人を殺める事ができる代物で、今もその手に残る重量は命の重さを体感させるかのよう。
「……一発、撃ってみるか」
胡座をかいていた所から立ち上がり、的の前に立つ。撃ち方や握り方は事前にネットで調べる事ができた。既に内容は頭に入っており、後は実践するのみ。
落ち着いて深呼吸し、鼓動を整える。ゆっくりと目蓋を開き、その腕を持ち上げる。
「────ロックオン」
言葉にするのは、それがスイッチとなって集中力が研ぎ澄まされるから。まるで呪文のようで、決め台詞のようで、決してカッコイイからとかそういう理由じゃない。……少しだけ自分に酔ってるかもしれないが。
「……ふぅ」
銃を的に向け、焦点を合わせる。
額に滲んだ汗が、頬を伝うのを感じる。拳銃から、その先の的へと視線をズラし、視界先でボヤけていた背景がクリアになっていく。
そして的と拳銃の弾道が重なったその瞬間に、ゆっくりとその引き金を引いて────
「……っ」
引いて────
「……っ、え、ちょ……あれ?」
引い、て────いや、引き金固くね?
え、拳銃の引き金ってこんな固いの?固いってか硬くない?この拳銃、頑ななんだけどやば。
錦木毎度こんなん撃ってんの?やっぱりこの前の錦木に対する腕力ゴリラ発言は間違いじゃなかったんだ……女性だからってオブラートにする必要なかったんだ……錦木はゴリラだったんだ……や、待て、という事は井ノ上さんも?
いや、銃によって引き金の重さ軽さは違うかもしれない。井ノ上さんが使ってたのは『S&W M&P』かな。前に彼女が持ってた銃を、記憶を頼りにさっき調べたヤツの名前がそうだったはず。サプレッサー?ての付けてたみたいだから載ってた写真と記憶とに齟齬はあるけれど。
とかやってる内に引けるかと思ったけど引けない。や、固過ぎて笑えないんだけど何これ錆びてるんじゃ────
「ひでぶっ!?」
────突如、その引き金が奥へと押し込まれ、意図せず銃弾が放たれた。物凄い破裂音と共に放たれ、手に持った銃は反動で腕ごと天を仰ぎ、上体は反り、足元は覚束無いまま後ろへと仰向けに倒れ込む。
「ぐぇっ!?……いっつぅ……」
思い切り頭を床に叩き付けてしまった。涙が出そうな程の痛みに思わず頭を抑える。悶絶しながらも、落として床に投げ出された拳銃を見つめる。
────何だこれ。こんなの、錦木と井ノ上さんは使ってるのか。凄いとかヤバいとか以前に怖いんだけど。
思わず起き上がって、的を見据える。視線の先には人型の黒い的があり、波状的に線が引かれてそれぞれの枠に7〜10の得点的なものが記載されている。心臓部分が10点なのだろうが、俺の撃った弾は的のどの部位も貫いてはいなかった。
「……向いてないな、やっぱ」
理解してるのと、それが実践できるのとではまるで違う。珈琲の知識はあるのにミカさんのような美味い珈琲が淹れられないのと同じだ。こればっかりは、やっぱり経験なのだろうか。
……もう一発撃つの、もう既に怖いんですけど。反動とかでもう既に手首が痺れて痛い。
き、今日はもう止めとこうかな、うん。そんな急がなくても、ねぇ?錦木や井ノ上さんはたたでさえ優秀なリコリスだし、そもそも俺がそこに混ざろうとかいう考え方が既に間違っていたんだし。それにあくまで自衛の為なんだから、自分のペースで慣れてけば良いし。
最悪警察に頼めば、ね?最終的にはプライドかなぐり捨ててミカさんに電話掛ければ助けてくれるでしょ。完全にクズいな今。
(……けど悔しいからもっかいだけやろうかな)
なんだか錦木に負けた気がして。珈琲や生き方だけでなく、こんな所で張り合うのもあれなんだけどさ。
「────反動を修正」
また、口に出す。それが合図と言わんばかりに集中力が研ぎ澄まされていく。今度は、銃弾を放った際の反動も加味して的を撃ち抜く事を考える。
「弾道を補正」
反動で銃がブレないように。この非殺傷弾の命中率はそれほど良くないのは、反動に寄る部分が大きい様だ。それを計算して銃を構えなければ。
浸透、浸透。染み込んで解けるように、調べた内容を口にしていく。
「腰は両足の間で安定させ」
「両肘と両膝は伸ばし切らず若干曲げる」
「右足は半歩後ろで四十五度外側へ開き」
「左足の爪先は、目標方向へ向ける」
「握力対比は右手が三、左手が七」
「姿勢は自然体。首はそのまま銃を目線まで持ち上げる」
「頭は動かさず、銃を目線の先に突き出すようにする」
「フロントサイトとリアサイトの高さを合わせ」
「後に目の焦点をフロントサイトに合わせる」
「レンジは約二十五メートル」
「トリガーは指の腹で」
「視線をずらさず」
「狙いは違わず」
「不殺を心に」
「────チェック」
────撃ち抜く。
その弾丸による反動で、吹き飛ぶ事はもう無かった。たった一度の学習のみでそれら全てを修正し、その弾丸の行く末を眺める。
銃の反動故に、的に近付かないと中々当たらないと、そう錦木が嘆いていたはずの弾丸は。
研ぎ澄まされた集中力と学習能力によって最適化され、僅か二発目で。
「……まあ、珈琲よりは簡単かもだけどさ」
────その人型の的の、心臓を貫いていた。
〇その頃の原作組
千束 「いやぁ〜みんな無事でほんっと良かったぁ〜!さ、早くリコリコに帰ろっ!」
ミズキ 「愛しの朔月くんに早く会いたいもんねぇ〜?」
千束「ち、が、い、ま、すぅ〜!朔月くんの珈琲が飲みたいだけですぅ〜!朝頼んどいたから、用意してくれてるはず!」
たきな 「今から帰ること連絡しなくて良いんですか?」
千束 「あ、そうだ送んないと」
クルミ 「……誰だ?」
千束 「ウチのお店の仲間なの!後で紹介するねぇ〜!」
ミズキ 「毎度朔月くんの話になる時にデロデロすんのやめろ……!」
ミカ (試し撃ちに没頭してたらどうしよう……ちゃんと珈琲作って貰うよう言ってから来れば良かった……)
誰が好き?誰を推す?ルートは?
-
錦木千束
-
井上たきな
-
まさかの両手に花
-
ちさたきを見て『てぇてぇ』とか言い出す誉
-
ダークホースクルミ
-
み、ミカさん……!?