幻想郷の添い寝屋さん   作:香椎

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短いです。


二人目

 師匠である永琳との治験と、悪戯ばかりのてゐの面倒。そして極め付けはここ数日間ずっと続いている悪夢。

 彼女、鈴仙・優曇華院・イナバはもう限界だった。かつて上司だった二人の幻覚すら見えるほど限界だった。

 虚空に向かって話し掛ける鈴仙に、流石に危惧した永琳は休暇を設け、永遠亭では休めるものも休めないだろうと人里へと向かわせた。

 しかし、鈴仙の悪夢は終わらない。

 なぜか人里で純狐とばったりと出会ってしまい(恐らく待ち伏せである)、そこから数時間にも及ぶおにごっこに興じる羽目になったのだ。

 そうして無事に逃げ果せた頃にはすっかり死に体だった。

 

 もう駄目だ。死ぬ。死んでしまう。でもお師匠様に生き返らされる。生き地獄だ。

 

 どんよりと澱んだ瞳に映ったのは、何やら怪しげな雰囲気のお店。普段ならば目につくことのない場所に立つそれは、やけに鈴仙の目を引いた。

 最早テンションがぶっ壊れている鈴仙は勢いよく店の戸を開けると、ギョッとした顔で自分を見る店主と目が合った。

 

「……えっと、大丈夫ですか?」

 

 完全に不審物を見る目であったが、光の灯らない瞳は正常に機能しない。

 唯一優しい声音だけが耳に残って、数瞬遅れて自分が心配されているのだと鈴仙は理解する。それがトリガーとなって、彼女の中に積み重なったストレスという重鎮は容易に崩れ去った。

 

「だい、じょうぶ…………じゃないですぅうううう!!!」

 

 それは魂の咆哮だった。彼女は泣いた。それはもうわんわん泣いた。店主が同情を通り越して引くくらい泣いた。でも彼はそんな彼女の背をひたすら摩っては、「辛かったね」「頑張ったんだな」と優しく声を掛ける。その言葉は今の鈴仙にクリティカルヒット。打てば響くとばかりにコロリと落ちた。

 そうして慰められること十数分。

 

「す、すみません……お恥ずかしい所を……」

「気にしてないさ」

 

 幾分か冷静になった頭でつい先程までの自分の醜態を思い出してか、鈴仙は真っ赤に染まった顔を隠して耳を項垂れさせる。その様子に元気になったみたいでよかった、と店主は苦笑を零した。

 それがなんだかくすぐったくて、話を逸らそうとして此処が店であったことを思い出す。

 

「あ、あの!此処は何屋さんなのでしょうか……?」

「ここは添い寝屋だよ」

「添い寝屋……?」

 

 聞き慣れない単語だ、と首を捻る鈴仙に店主は補足する。

 

「君のように疲れた人に癒されてほしいと思い開いたんだ。初めては只になっている」

 

 渡に船とでも言うべきか。

 三途の川で先頭を務める死神の幻影すら見えていた彼女に、その言葉は悪魔の囁きにも等しかった。

 

「そ、そのぅ……私も、お願いしても大丈夫ですか?」

「もちろん。……今の君を放っておくほうが酷だ」

 

 その言葉にうっ、と鈴仙は喉が詰まる。

 それほどまでに先程の自分は見るに耐えなかったらしい。

 またもや込み上げてくる羞恥心に、しかし幾許か心に余裕が生まれているのか、鈴仙は師匠の愚痴を溢して出す。

 

「……師匠ったら酷いんですよ。来る日も来る日も治験、治験って……。私は実験動物(モルモット)じゃないのに」

「そりゃ大変だ」

「ええ。もう、ほんと……ただでさえ仕事が多いのに……」

「それじゃあ、君はそのお師匠さんが嫌いなのかい?」

「え?」

 

 ぶつぶつと恨み節を唱えていた鈴仙は、不意をついた店主の言葉に固まった。

 頭の中に思い浮かぶは恩人の姿。たしかに恨み辛み、怨嗟の言葉の数々はいくらでも吐き出すことができる。しかし、それは嫌いだから、という短絡的な理由ではない。

 

「……いえ、大好きですよ。今も昔も、たぶんこれからも」

「そうか」

 

 彼女が初めてみせた朗らかな笑みに、店主もまた柔らかな笑みを浮かべた。たぶん、と枕詞がついているため、まだ心の何処かに引っ掛かりはあるようだが。

 そろそろ大丈夫かな、と店主は手を叩く。ぱん、と乾いた音が鳴った。

 

「さて。もう日暮れもいいところだし、まずは夕餉の支度でもしよう」

「あ、て、手伝います!」

「そうかい?なら是非ともお願いするよ」

 

 

 

×××

 

 

 

 つつがなく夕餉を済ましてから、彼らは殺風景な部屋に敷かれた一つの布団に横になっていた。

 一つ屋根の下、男と二人寝食を共にする。

 月ではもちろん、幻想郷でも初めての出来事に鈴仙は緊張していた。夫婦(めおと)ならばいざ知らず、今日出会ったばかりの二人。緊張するなというほうが難しい。

 やっぱり少し、恥ずかしいかも。

 そんな心情を悟られたのか、大きな手が頭に添えられる。

 

「大丈夫だよ」

「あっ……」

 

 優しく、丁寧に、温かく。

 頭を撫でられた鈴仙は思わず声を漏らした。決して不快に思ったわけではない。寧ろ心地よかった。抱えていたもの全てが泡沫となって消えていくような、そんな錯覚すら覚える。

 

「君は強い子だ。きっと、上手くいく」

「……お見通し、なんですね」

 

 彼にはきっとバレている。

 抱えている不安も、自分の弱さも。

 緊張を解すように髪を梳かされて、鈴仙はゆっくりと瞳を閉じる。

 この温かさは、あの永遠亭での日常に似ている。

 そうだ、明日は師匠に謝ろう。迷惑をかけてごめんなさい、って。師匠に謝って、今日やるはずだった仕事もやろう。きっとてゐには悪戯されるだろうし、姫様のわがままも大変だろうけど……そんな日常が大好きだったから。みんな私の大切な人たちだから。

 

「……おやすみ」

 

 夜も更けた頃。規則正しく聴こえる息の音が虫の合唱と夜を奏でていた。

 




店主
ボロボロの雑巾のような鈴仙にいてもたってもいられなくなった様子。

鈴仙・優曇華院・イナバ
添い寝顧客第二号。
お休みをもらっては添い寝屋に通っているらしい。
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