いつも通り端末が奏でるくそったれなアラーム音が鳴り響く前に起床する。
同室の寝坊常習犯を起こそうと思ったが、そのベッドの使用者はもうすでにいなくなっていた。
今日はずいぶん早起きなのだなと若干寝ぼけ気味の脳で思考するものの、数秒ののち彼はもう二度と目覚めることはないのだったと思い出す。
彼は運がよかったほうだろう。ギリギリとは言え判別可能な死体が残っていたのだから。ドッグタグすら残らない連中だってザラにいる。それを思えば、遺体を家族に届けてもらえた彼は幸運というほかないだろう。
だが、彼の家族は、基地の近くの飲食店で働いているらしい恋人は、果たしてその遺体を前にして幸運だったと思えるのだろうか。
彼は死ぬ瞬間何を思っていたのだろう。育ててくれた家族に恩を返したいのだと言っていた彼は、寝る前はいつも退役したら恋人と一緒に店を開きたいのだと語っていた彼は、死の間際に何を思ったのだろうか。
戦場に出たことを後悔したのだろうか。家族や恋人のことを思い出したのだろうか。
死にたくないと、そう思ったのだろうか。
いつか、いつか、自分にもその時が来るのだろうか。
そんなことを考えているうちにアラームが鳴り響く。
「はぁ」とため息とともに身支度を整えるために動き出す。
顔を洗って寝癖を直し、髭を剃る。服を着替えて鏡の前に立ち問題がないかチェックをし、最後に一本だけしか入っていないタバコを胸ポケットに入れて準備完了だ。
さっさと点呼に向かわねばならない。罰走を食らうのは御免だ。
点呼を終えたのち食堂に朝食を食べに行く。
「なぁ、今度の休み一緒に出掛けないか? いい飯屋を見つけたんだよ」
「はいはい、私はその日は予定あるから他の人と行ってちょうだい」
「ちぇっ、つれねえなぁ。前もそういってたじゃねえかよ」
「お前遠回しに振られてんだよ。いい加減に気づけよな」
今日もくだらない会話が聞こえてくる。休みが近づくたびにアプローチをかけている彼の恋が実ることがあるのだろうか。毎度断られているのをみるにどうやら彼女には恋人ないしは意中の相手がいるのだろうが、彼の努力に敬意を表して幸運を祈っておくことにした。
そんなことを考えているうちに自分の番が来る。
「おはよう、お兄さん。今日も相変わらず顔色よくないわね。だめよ、ちゃんとご飯食べなきゃ。軍人さんは体が資本なんだから」
そういいながら彼女は茶碗に目一杯ご飯を盛る。
「おはよう。いや、だからと言ってそんなに盛られても食べられないんだけど」
せっかく食堂の看板娘が用意してくれたとはいえ、さすがに朝からその量を食べる気にはなれなかった。
「私の話聞いてた?まあいいわ。今日のところはこれぐらいで勘弁しといたげる」
あの、全然減ってないんですけど。と言いたいところだったが、後ろも閊えているし先ほどの彼が恨めしそうにこちらを見ている気がして諦める。
「はぁ」とため息を吐き、席を探す。訂正、探すといったが正確にはいつもの席が空いているか確認する。まあ空いてなかった日などこれまで一度もなかったのだが。
先週までと比べてやや空席の増えた食堂の中でもさらに人が少ない定位置に座る。
少し離れた位置にあるディスプレイが今日も下らないニュースを伝えている。
「―――先週から続いていた関東地方への侵攻は統合防疫軍極東支部の活躍によって無事退けることに成功しました。軍の被害は比較的軽微とのことです。この件につきまして―――」
彼ら彼女らは上に用意された原稿を読んでいるだけなのはわかっている。わかってはいても戦場に立つ身としては複雑な気持ちになった。
そうしてニュースに耳を傾けているうちに今日は食堂がいつもより騒がしいことに気づく。
しばらく聞き耳を立てて分かったことはどうやら欠員の補充が来るらしいということだった。
普段よりも早い欠員補充に首をかしげるものの、補充が早いに越したことはないと思い、そのまま朝食の残りを水とともに胃の中に流し込む。
基地内の清掃を手早く済ませ訓練までの間、彼が部屋に残していった本を開いてみる。今時紙媒体の書物など珍しいが彼はかなりの数を持っていたようだ。
彼の遺品は家族のもとに届けられるのだろうが、同室だったよしみだ。一冊ぐらい見逃してくれるだろう。
ちょうど彼が読んでいた本だったようで栞が挟んであった。もうこの先を彼が読み進めることはないのだと思うといたたまれない気持ちになる。
だからだろうか、本なんて好きでもなんでもない癖にちゃんと読む気になったのは。別に天国なんてものを本気で信じているわけじゃないけど、惚気話の腹いせにいつか彼にネタバレしてやろうと思ったのだ。
夢中になって読んでいたら訓練の時間ギリギリまで気づかなかった。
罰走を食らうところだったとひやひやしながら、訓練場に向かい訓練を受ける。
昨日まで戦闘していたのだから、今日ぐらいと思わなくもないが後方で腕組んで座っているだけの上官殿はそうは思わなかったようだ。くそったれな上官殿に心の中で中指を突き立てながら基礎訓練に勤しむ。
「疲れた」
本当にその一言に尽きる。午後の訓練でどっかのバカがヘマしたせいで大隊全員が罰走を食らった。今時連帯責任とか頭いかれてるんじゃないだろうか。本当に勘弁してほしい。
さっさとシャワーを浴びて寝よう。明日は噂の欠員補充が来るだろう。新しい同居人も来るはずだ。
やって来る相棒が美少女だったらいいなぁと思いながら必要のないアラームと誰からも届かないメールの確認をし、部屋の電気を落とす。
何かが足りない気がして、ようやく自分はかつての同居人の就寝前の下らない話が思いのほか気に入っていたのだと気づいた。