空疎創作論破   作:あるぺす

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はじめての創作論破小説です。

▶︎当作品は、ゲームおよびアニメ“ダンガンロンパ”の
 世界観をお借りした創作論破作品です。
 本家作品の設定を元に、独自解釈を多大に加えた世界で
 物語が進行していきます。ご留意ください。



第空話(前編) 【時代は前へ】

 

【挿絵表示】

 

 

 

▶︎PM 20:44-メキシコ-シナロア州-クリアカン

 

 

 

「帰ったぞ」

 

町外れの高台にある、決して綺麗とは言えない平屋のドアを開け、

“超高校級の捜索者”鴉座諒名(からすざりょうな)が帰宅した。

手には役所から受け取った謝礼入りの封筒と、新たな捜索対象——つまり、

先の“人類史上最大最悪の絶望的事件”の

影響によって行方不明となった人々に関する資料が携えられている。

 

彼はこの一年間、ほとんど全ての日々を行方不明者の捜索活動に費やしてきた。

鬱蒼とした森林や洞窟の奥地、警察の手が届いていない廃墟や、果ては危険な

犯罪組織の本拠地などにまで足を運んで捜索対象者を発見、保護し、

役所や保健所に届けるのが主な活動内容だ。

今日の現場は危険度こそ低かったが捜索対象者の年齢層が低かったこともあり、

子供が苦手な鴉座にとっては比較的ハードだったようで、

上着をハンガーに掛ける動作にも若干の疲れが見て取れる。

 

「ん……あぁ、おかえり。諒名」

 

鴉座が洗面所で手を洗っていると、背後から同居人である

“超高校級のカウンセラー”傷橋綴離(きずはしつづり)の声。

寝起きだったらしく、目が半分しか開いていない。

蛇口から流れる水の音で目を覚ましたようだ。

 

「ただいま。お前がこの時間に寝起きとは珍しいな、何かあったか?」

 

「ん〜、なんだったか……」

 

鴉座がグラスに注いだ水を受け取りつつ、

言い終わると同時に苦笑を浮かべる傷橋。

グラスに落ちていた目線が鴉座の方に向く。

 

「そうだ。今日、即身(つきみ)に会いに行ったんだよ。それで——」

 

 

 

▶︎AM 09:26-ブラジル-アマゾン熱帯雨林

 

 

 

遡ること10数時間前、“超高校級の植物病理学者”狗縊即身(くくびりつきみ)は、

近隣の小学校からの依頼を受け、子供達を対象とした植物病理や

森林破壊問題についての講義を行っていた。

 

大の人間嫌いとして知られている彼女だが、純粋無垢な子供については

“守るべき対象”として好意的に捉えている。狗縊の講義は学者が

論文内でしか使わないような専門用語が飛び交うために子供達は

口を開けて小首を傾げているが、珍しい苔類や有毒植物を使った実験は

非日常体験としてとても人気が高い。

 

「——とまぁ、長々話したけど……結論としては、人間は総じてクソってこと。

はい復唱、人間は——」

 

……狗縊の言葉を元気に復唱する子供達の後ろに立っている

引率の教諭の顔は、そういう類の毒にあてられたかのように引きつっていた。

その後もややマッドネスな講義は続き、およそ2時間後。

 

「つきみお姉さんさよーならー!」

 

講義を終え、手を振りながら帰り道を行く子供達に指をひらひらと動かし

返事をすると、狗縊は踵を返して部屋に戻る。

講義用のテーブルや椅子を片付け、一息つくためにコーヒーの準備を

していると、コツコツと玄関のドアを叩く音。

 

この時間の来客と言えば、思い当たる相手は一人しかいない。

恐らくドアの向こうにいるのは、傷橋綴離。狗縊が苦手とする人物の筆頭だ。

彼女と共同生活を送っている鴉座は睡眠の質に問題があり、

アロマを焚かないと満足に眠ることができないらしい。

そしてそのアロマの素材となるハーブや花は、

ここで狗縊が管理している物が最適、とのこと。

確かに品質に関して言えばそこらの植物園や農園とは比べ物にならないのは

事実だが、人間嫌いの狗縊としては、快活な性格の傷橋が

毎週訪問してくるというのは限りなく拷問に近い苦行であり、

ストレスの源であった。

 

「はぁ……」

 

サイフォンのフラスコにお湯を仕込み、ため息をつきつつ玄関へと向かう。

ドアを開けると、傷橋がかわいい笑顔で待っていた。

誰にでも好かれる人懐っこい笑顔だが、狗縊が相手では全くの逆効果である。

短い舌打ちの後要件を尋ねると予想通り、彼女の育てたハーブや花を

アロマの素材にするため収穫に来たようだ。

 

「……前も言ったけど、欲しいなら勝手に持ってっていいから。

なんなら送るし。わざわざ時間かけて来ることないっしょ」

 

「こっち」と、傷橋をハーブ専用の庭園へ案内する。色も形も様々な

ハーブが一面に育っている庭園には、なんとも言えない良い香りが漂っていた。

傷橋は持参した手袋をはめてハーブを収穫しつつ、

先ほどの狗縊の台詞に言葉を返す。

 

「確かにね。片道8時間以上はマトモじゃないかもだ。でもやっぱり、

顔を合わせておきたくてさ」

 

庭園の一角でアロマ用のハーブを摘んでいた傷橋が、ヤンキー座りで

その様子を眺めていた狗縊に向き直った。片眉を上げて返事をすると、

傷橋が続ける。

 

「キミが極度の人間嫌いなのは知ってるし、中でも私のことが

めっちゃ嫌いってのも知ってるけど……まぁ——

カウンセラーとしては心配というか、見過ごせなくてね。

同じ“特務生”の仲間だしさ」

 

“特務生”。

 

“人類史上最大最悪の絶望的事件”が沈静化し始めてから数ヶ月後に

再建を始めた希望ヶ峰学園の学園長が、世界各国の迅速な復興を目指して

“超高校級”の才能を持つ者たちの中でも特に優秀な10人を選出して

昨年編成した組織である。“捜索者”である鴉座は行方不明者の捜索活動、

“カウンセラー”である傷橋は“人類史上最大最悪の絶望的事件”によって傷ついた

人々の心のケア、そして“植物病理学者”である狗縊は“絶望”の勢力の

破壊活動によって焼失した森林の再生活動などを通じ、世界を元の姿に戻そうと

日々奮闘している。他の7人も世界各地でそれぞれの才能を活かした活躍を

しており、国連幹部や各国の首脳陣から大きな期待と信頼を寄せられている。

この一年間の活動の後、特務生の10人は新生・希望ヶ峰学園に一期生として

入学する予定である。

 

「ハッ、職業病ってやつ? 別に心配なんていらねーし、余計なお世話だよ」

 

言いながら狗縊が立ち上がり、傷橋が収穫したハーブと花を手際よく梱包する。

古新聞とビニールに包まれたそれは、見ようによっては非合法なアレと

勘違いされかねない仕上がりだ。

 

「いつもありがとう即身。顔が見られてよかった」

 

「——今度からは顔見せずに勝手に採って帰れよ。マジで」

 

傷橋を舗装された道まで送り、しっかり釘を刺す。

了解したのかどうか判断しかねる笑顔を浮かべてスキップで帰っていく彼女に

背を向け、狗縊もまた帰路につく。部屋に入ると、サイフォンのフラスコに

仕込んでいたお湯はすっかり蒸発していた。

 

「あ〜……」

 

「さっさと毒撒いて追い返すべきだった……」などと呟きつつ、

狗縊は再びコーヒーの準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

「——と、いつもの流れだったんだけど、帰ってきていざ調合! と思ったら、

この子がかなり催眠作用強めでね。分量ミスって寝落ちしちゃったってわけだ」

 

傷橋が先ほどまで作業をしていたと思しき台の上に置いてあったハーブを

ピンセットで摘み、鴉座に見せながら説明する。件のハーブはカモミールの

仲間のようだが、狗縊の育成技術が良く作用したのか悪く作用したのか、

神経系を鎮める効果が大幅に増幅されているようだ。

 

「大変だったな……と言うべきなのかな。ともかく、大事でなくてよかった」

 

中身を飲み干したグラスを軽く掲げて返事をした傷橋はハーブを作業台に戻し、

顔を洗いに洗面所へと向かった。それを見送った鴉座はキッチンへと向かい、

夕食の準備を始める。この家において調理は鴉座が務めており、傷橋はもっぱら

食べる担当である。彼女には鴉座から“包丁使用禁止令”が出されている。

なぜそのようなことになったのかは、

キッチンの至る所に残る焦げ跡やヒビが物語っていた。

 

 

 

 

 

 

「あー美味しかった。ごちそうさまでした!」

 

この日の夕食は、メキシコの家庭で広く親しまれているコーンと肉のスープ、

“ポソレ”。鴉座は隠し味として山椒を使用している。

先に食事を終えた鴉座は傷橋の声を背中で聞きつつ、食器洗いに専念していた。

 

「よし……と」

 

あらかた終わった後にリビングへ戻ると、

傷橋がラップトップPCと何枚かの資料をテーブルに広げた状態で待機していた。

それは彼女が“超高校級のカウンセラー”としての仕事を開始する合図であり、

その対象は、言うまでもなく鴉座である。

 

 

 

 

 

 

「さてさて……じゃあ始めようか、諒名」

 

先ほどまでの和やかな雰囲気は消え、傷橋が真剣な表情で鴉座の目を見据える。

 

「——あぁ、頼む」

 

なぜ鴉座に傷橋のカウンセリングが必要なのか。その理由は、彼の過去にある。

 

「記録開始。諒名の“絶望”からの本格更生開始から、今日で358日……

今日が最終日になることを祈りつつ——」

 

そう、鴉座諒名は“人類史上最大最悪の絶望的事件”当時、

“絶望”の勢力の一人として、様々な破壊活動に身を投じてきた経歴を持つ。

未来機関との交戦中に頭部にダメージを負ったことにより正気を取り戻したが、

以後発作的に絶望に堕ちていた当時の記憶と破壊衝動が蘇ってしまう

症状に悩まされている。

 

以前彼が収監——もとい保護されていた施設ではそれが原因で6件の

傷害事件を起こし、以降自責の念と自身の中に未だ残る“絶望”への恐怖から

完全に心を閉ざしていた。そこで、カウンセラーとしての才能が高く評価されていた

傷橋が担当医として派遣され、現在のような共同生活を送ることになった。

 

当初は記憶のフラッシュバックが多発し傷橋も肝を冷やす思いをしていたものだが、

彼女の献身的なケアとカウンセリングの甲斐あって、共同生活開始から2ヶ月後には

拘束具なしでの睡眠が可能となっていた。

 

悪意を持った第三者によって“絶望堕ち”させられた経歴を持つ者には国連から

条件付きの恩赦が与えられる制度が定められており、鴉座は自身に与えられた

恩赦の条件である“迅速な社会復帰と世界復興のための奉仕活動”の一環として

“人類史上最大最悪の絶望的事件”の影響で行方不明者となった人々の捜索活動を

始め、活動開始から半年後には“超高校級の捜索者”という称号を

与えられるまでに至った。

 

「まだ悪夢は見る?」「フラッシュバックの頻度は?」などなど、傷橋が用意した

質問の数々に、鴉座が正直に、的確に答えていく。

 

「悪夢はもう見ない」「記憶のフラッシュバックも……もうずっと起きていない」

——彼の返答をノートに記入し、カウンセリングは次の段階に移行する。

傷橋がPCを操作し、音声ファイルを開く。

 

「……今となってはもう懐かしいね。この——荒療治も」

 

PCに接続されたヘッドホンを鴉座に手渡す。

これから行われるのは、鴉座が絶望に堕ちるきっかけとなった

“絶望のビデオ”から発せられていたものに限りなく近い周波数帯の音声を聴かせ、

絶望からどの程度更生しているかを診る、という処置だ。危険度はかなり高いが、

最も効率的かつ確実な手法である。

 

「最初の頃は、よくテーブルとか壊してたよな」

 

「私が買ってきた冬の新作ね。あれは元々造りが——いやいいから、始めるよ。

今日で終わりにしよう」

 

「了解」

 

鴉座の手首に“万が一”の時のための手錠を装着し、音声ファイルの再生ボタンを

押下する。このまま約2分半、彼が彼の人格を保ったまま、何事もなく

再生が終われば、それが完全なる更生の証——鴉座の、長きに渡る“内なる絶望”との

戦いに決着がついた証左となる。

そして彼は、晴れて人生の再スタート地点に立つことになるのだ。

 

 

 

 

 

 

再生開始から30秒。

鴉座の脳内に、彼が絶望に堕ちた日に見た光景が克明に再現される。

 

「…………う、あぁ——」

 

突如家に押し入ってきた、白黒の覆面を被った男たち。

彼らが振るう凶器から諒名を庇うために壁となった両親の頸動脈が切り裂かれ、

瞬く間に部屋の床が赤く染まっていく。

 

「ふ、う…………」

 

再生開始から45秒。脳内映像にノイズが入り、場面が転換する。

 

両親を殺害した男たちに拉致され、拘束されたうえで

“絶望のビデオ”を強制視聴させられる。全身の血管が破けそうな痛みが走り、

網膜は焼け爛れたように熱い。脳の触れてはいけない箇所で何かのスイッチが入った

感覚を最後に、意識が途切れる。

 

鴉座諒名が“絶望”に堕ちた瞬間である。

 

「……………………」

 

再生開始から1分30秒。音声によって再現される記憶の時系列は、

鴉座が絶望の勢力として活動を行っていた時期に進む。

 

今日の敵は未来機関、という名前の組織だそうだ。

この“人類史上最大最悪の絶望的事件”と呼ばれているムーブメントを終わらせ、

世界の再興を目指しているらしい。なるほど、そういうことなら

未来機関は俺の敵だ。武器を持って戦おう。

それが俺にこの絶望をもたらしてくれた“彼女”の悦びに繋がるのだ。

 

「くッ……う——」

 

再生開始から2分。

 

今日は未来機関の別部隊と、国連軍の連中が俺たちの拠点を攻めてきた。

以前の交戦で人間の仕留め方は心得た。今回は実践編と行こう。

——なかなか上手くいかないものだ。人体とはこうも頑丈なものだったか。

次は失敗しないように、とナイフを点検していると、目の前に国連軍の男が現れた。

何か言っているが、よくわからないな。不思議なことに敵意は感じない。

感じないので、仕留めることにした。

男が切磋に抜いた銃を脚で払い、懐に潜り込む。ナイフを逆手に持ち替え、

頑丈なタクティカルベストの首元に空いたわずかな隙間に向けて

突き上げる。命中だ。凄い勢いで血液が俺の顔に降りかかる。

 

——初めて人を殺した感想は?と聞かれたら、俺は「よくわからなかった」と

答えるだろう。実際、本当によくわからなかった。

失敗を重ねた後の成功体験だけあって、それなりに嬉しくなるものかとも

思っていたが、そうでもなかった。印象に残っていたことと言えば……あの男、

息絶える直前まで誰かの名前を呟いていた気がする。家族か恋人か……

まぁ、どうでもいいことだが。

 

 

「いや……違う……」

 

 

そう、“どうでもいい”。

それが彼女のもたらした絶望の本質だと俺は——

 

 

「ふざけるな……」

 

 

表出しようとする過去の自分——内なる絶望を鎮めようと、鴉座の口が動く。

「頑張れ、諒名……!」と、傷橋も思わず身を乗り出して彼の手を握る。

 

……そうだな。いつかはこの状況も覆されるだろう。未来機関は優秀だし、

似たような組織も増えてきている。全く絶望的だよな。

でもまぁ、そういう連中に滅ぼされるなら楽でいいのかな。死ねば全て終わる。

罪を償う必要も——

 

 

「それは、違う……」

 

 

——ん?おいおい……なんだよこれ。

 

 

「生きるんだ……生きて……」

 

 

あぁクソ。こいつ——

 

 

「償うんだ…………!」

 

 

再生開始から2分30秒。音声ファイルの再生が終わり、

傷橋が鴉座の頭からヘッドホンを外す。彼の頬には、一筋の涙の跡がついていた。

 

「……傷橋」

 

「——成功したみたいだね。改めておかえり、諒名」

 

苦節約一年。鴉座諒名はこの日、完全に“絶望”から解き放たれた。

 

「ありがとう、傷橋……だが、これで終わりじゃない」

 

鴉座は涙を拭くと、

テーブルの上の資料——役所から受け取った新たな捜索対象者のリストに目をやる。

そう、鴉座の“過去との戦い”は一時的に終わりを迎えたが、

彼が自身の人生に課した課題、“贖罪のための捜索活動”はまだまだ続く。

鴉座はこの課題に一生を費やす覚悟なのだ。

 

「あぁ。学園への入学もあるしね、明後日だっけ?」

 

「4日後だ。俺が更生したこと、他の皆に信じてもらえるといいが……」

 

「そこは私がブイッと保障するとも。安心して学園デビューキメてやろうぜ!」

 

言いながらハイファイブのポーズを取る傷橋。鴉座も戸惑いつつ同調し、

ぱぁん、と手のひら同士を打ち合わせる。

 

その後しばらくまったり過ごした後に2人は自室に戻り、時刻は午後23時。

鴉座は傷橋特製のアロマの効果もあって深い眠りについていた。

これほどの安心感の中での熟睡は、彼の人生においてこれが初めての経験だ。

一方の傷橋はまだ起きており、自室でPCを操作していた。

モニターに表示されているのは、特務生同士がやり取りをする際に使用している

チャットツールだ。そこに彼女が打ち込んでいる文面は、鴉座が今日、

絶望からの完全な更生を成功させた旨を伝えるものだった。

メッセージを送信すると、ややあって幾つか反応が届いた。

 

 

23:11-SOJI.R:おめでとう、会える日を楽しみにしてるよ

 

23:25-SEENA.C:キター

 

23:39-IZUMI.S:!!!!?!?!!る

 

 

「ふふっ……」

 

それぞれの反応に返事を送り終え、彼女もまたベッドに入る。

ようやくやり遂げた。ようやく救えた。

これ以上ない充足感の中、傷橋は微笑みながら眠りについた。

 

 

 

 

 

 

00:27-ILVIA.G:蓮仰はいるか

|

00:28-SOJI.R:はーい

|

00:30-ILVIA.G:急で悪いが応援を要請したい 来られるか

|

00:52-SOJI.R:もうすぐ羽田に着くよ、デカめの作戦かな?

|

00:54-ILVIA.G:話が早くて助かる 追って連絡する

|

01:06-SOJI.R:待ってるよ

 

 

 

 

 

 

▶︎AM 11:09-ノルウェー-テレマルク県-リューカン

 

 

 

「いつも頼み事ばかりで悪いな」

 

先日ノルウェー入りし、滞在していたホテルからリューカンの山中に到着した

“超高校級の監視者”蓮仰想慈(れんぎょうそうじ)に温かい缶コーヒーを手渡したのは、

この日の作戦遂行にあたり彼に応援を要請した

“超高校級のスナイパー”イルヴィア・ゲフィオン。

ノルウェーの対絶望特殊部隊“Fimbul”の隊長を務めている。

4月らしからぬ雪混じりの風が吹く中、蓮仰は受け取った缶コーヒーで首元を

温めつつ、作戦内容について確認する。

 

「大まかな流れは車の中で聞いたよ。今回はどんな相手?」

 

「これから詳しく説明する」

 

付近にある無人の山小屋に隊員たちを集めた後、イルヴィアがタブレット端末を

取り出し、説明を開始する。

 

「警察からの情報によると……ここだ。ヴェストフィヨール渓谷沿いにある、

水力発電所職員向けの宿泊施設。先日オスロでテロを起こした絶望の残党の連中が、

ここに拠点を置いている。制圧に向かった者たちは返り討ちに遭い、2人が死亡、

生き残った面々も重傷を負った。というのも、この連中は絶望に堕ちる前は

優秀な軍人や捜査官だった。人体の弱点を心得ているうえに、例の

“絶望のビデオ”の影響で、身体的なリミッターが外れている……気を引き締めろ。

個人的には頭蓋を撃ち抜きたいところだが、今回は戦闘不能状態に留めて身柄を

拘束しろ、とのことだ。連中は特殊な改造が施してある武器を使用している。

それらの流通ルートなどについての情報を聞き出したいらしい」

 

最近の研究で判明したことだが、“人類史上最大最悪の絶望的事件”の

発端となった“絶望のビデオ”は、人間の脳に作用し思考を絶望に染め上げる他、

脳の一部のリミッターを解除し、言いようのない全能感や身体能力の向上を

もたらすということが確認された。事件が沈静化し始めた現在でも世界各地で

活動を続けている絶望の残党たちはこの効果が強く出た者たちであり、各国の

警察機関や軍も手を焼いている。

 

「了解。それで、ボクの仕事は——」

 

「この宿泊施設の渓谷を挟んだ向かい側に、使われていない展望台がある。

標高800m地点だ。ここに陣取り、連中の動向を監視、隙ができたら報告してくれ」

 

言いながらイルヴィアがインカムを手渡し、それを耳に装着しながら蓮仰が訪ねる。

 

「なるほど……だからあえてこんな天気が悪い日にしたんだね?

この大雪で向こうからはこちらが見えないが——」

 

蓮仰が山小屋の窓の外に目をやると、先ほどまでの粉雪がいつの間にか

大粒の牡丹雪になっている。少し風が吹けば、すぐにでも吹雪になりそうな勢いだ。

常人であれば50m先も見通せないほどの視界の悪さだが、しかし。

 

「こっちにはボクという“眼”がある。つまりこの雪も、こっちサイドにとっては

ありがたいバフになるわけだ」

 

蓮仰を“超高校級の監視者”たらしめる常軌を逸した視力と視界の広さは、

この程度の雪では微塵も曇らない。ここにイルヴィアの狙撃技術が加われば、

誰も逃れることのできない恐怖のツーマンセルの完成だ。

 

 

 

 

 

 

ブリーフィングを行った後、Fimbulの面々と蓮仰二手に分かれ、行動を開始した。

イルヴィアの得物は“SVLK-14S スムラク”。最長射程7kmを誇る、

ロシア製のスナイパーライフルだ。

この日は寒冷地での作戦用のカスタムを施してある。

ターゲットの宿泊施設から北に4kmの地点に到着したイルヴィアが、

狙撃体制を整えてから蓮仰に連絡を入れる。

 

「位置についた。そっちはどうだ?」

 

「こっちもスタンバイ完了、いい眺めだねェここは。東京のシュッとした街並みも

好きだけど、こういう大自然もすごく……あ、キツネの親子だ。

かわいいなァ」

 

「キツネ……?」

「彼、双眼鏡とか持ってなかったよな。どこまで見えてるんだ……?」

 

戸惑う隊員たちをよそに、

イルヴィアが作戦を次のフェイズに移行させる。

 

ちなみにキツネの親子は、

蓮仰のいる展望台から直線距離で約1.5km先の岩陰で大雪をやり過ごしていた。

 

「……了解した、監視を始めてくれ」

 

と、言い終わるのとほぼ同時に——

 

「北側の窓付近に防弾ベストを着た2人。ヘルメットはしていない。イルヴィア、

銃口をもう少し右にズラせば当たる位置だ。好機だぞ」

 

あまりにも迅速かつ的確な報告に、

イルヴィアの脇を固める隊員2人が思わず押し黙る。

イルヴィアもやや驚きつつ、冷静にライフルを操作する。

蓮仰の言う通り銃口を動かし、スコープを覗き込む。

視界は依然雪で真っ白なままだが、

その先にターゲットのうち2人が隙を晒して立っている。

 

「——————ッ」

 

白い渓谷に二度の銃声が響き、蓮仰からインカム越しに「お見事」との声が届く。

放たれた弾丸は大雪の中を一直線に進み、ターゲット2人の首元を貫いた。

太い血管や気道を避けることにより致命傷を与えずに相手を昏倒させる、

イルヴィアのスナイパーとしての才能の恐ろしさが垣間見える精密射撃だ。

 

 

 

 

 

 

その後も蓮仰とイルヴィア、Fimbulの隊員たちの連携により次々と宿泊移設内の

絶望の残党たちを戦闘不能状態にし、

1時間足らずで全員の身柄を確保することに成功した。

後の処理や事情聴取は合流した現地警察に一任し、イルヴィアは隊員たちと共に

オスロにあるFimbulの本部へ、

蓮仰は3日後に迫った入学式に着ていく服を見繕うために東京へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

翌日、イルヴィアはFimbul本部の休憩室で蓮仰と

チャットツールでやり取りをしていた。

 

16:23-SOJI.R:どっちがいいかな〜

|

16:25-ILVIA.G:左のジャケットの方が機動性は高そうだな

|

16:26-SOJI.R:どっちが似合うかって話なんですけど〜!

|

16:27-ILVIA.R:どちらも似合うと思うぞ 

|

16:29-SOJI.R:てきとー!!

 

そんな折、隊員の男が分厚いファイルを手に部屋に入ってきた。

 

「隊長、先日の任務の件でご報告が」

 

先日のリューカンでの任務に参加していた隊員の一人だ。

イルヴィアはスマートフォンをしまい、話を聞く態勢を取る。

 

「連中が使っていた武器の流通ルートについてだな? 話してくれ」

 

「はい。では単刀直入に……仕入れ先はこの、イタリアに拠点を置く

絶望信奉者たちによるコミュニティでした。彼らは残党の連中を英雄視しており、

その活動を支援するために武器や弾薬の違法取引や、臓器及び人身売買などを

行っています。構成員は主に、元・軍人や現役の傭兵など。

イタリア一帯を点々としながら活動しているようで、

現在の拠点は連中も知らないようです」

 

「なるほど」

 

件のコミュニティの厄介な所は、その構成員が“絶望のビデオ”による

洗脳下にある絶望の残党ではなく、あくまで正常な判断力を持ち合わせつつも、

“超高校級の絶望”や残党の連中を信奉している者たちである、と言う点だ。

相手が絶望に堕ちた人間ならばその行動パターンを先読みすることは

容易いが、今回はそう上手くいかなさそうだ。神妙な面持ちで、隊員の男が続ける。

 

「こちらが打てる手は、ほとんどないかと——」

 

「……いや、そうでもない」

 

イルヴィアがスマートフォンを起動しつつ、涼やかに微笑む。

 

「……と言うと?」

 

「ひとつ、アテがある」

 

 

 

 

 

 

▶︎19:37-イギリス-ロンドン-ヴォクソール

 

 

 

「あー、ワンツーワンツー。お2人とも聞こえます〜?」

 

イギリス秘密情報部、MI6の特務作戦室の一角に設けた、

空の段ボール箱だらけの自分用スペースから無線を飛ばしているのは、

“超高校級の工作員”祓戸蒐子(はらえどしゅうこ)。その卓越したハッキング技術と情報処理能力、

冷静な判断力を認められ、“人類史上最大最悪の絶望的事件”の影響で

人員の多くを失ったMI6にスカウトされた少女だ。数時間前にイルヴィアから

連絡を受け、イタリアに拠点を置く絶望信奉者のグループの拠点を特定すべく、

あらゆる情報網を駆使して捜索活動を行っていた。警察機関にとっては戦力を

総動員してもなお手がかりひとつ掴めない難敵だったが、彼女の手にかかれば

ものの数十分で現在の居場所や主要メンバーの個人情報まで丸裸である。

 

「……あ〜了解です。それじゃまとめて情報送るんで、後のことはよろしくです〜」

 

その情報をファイルにまとめ、通信先の人物に送信する。

 

 

 

▶︎PM 21:31-イタリア-エミリア=ロマーニャ州-カステル・マッジョーレ

 

 

 

「——ここね」

 

カステル・マッジョーレ南部の分離集落に到着した

“超高校級の指揮官”ナナレア・リメスは、タブレット端末で先ほど祓戸から

送信されてきたファイルを確認しながら、

自身がCEOを務める民間軍事会社兼治安維持部隊、

“TDC(トゥオーノ・ディフェンサーズ・コープ)”の構成員たちを率いて

歩みを進めていた。

 

「……………………」

 

殿を務めるのは、“超高校級のゲリラコマンド”安楽襲尊(あらかねみこと)

TDCの精鋭たちの中でも頭ひとつ抜けた実力者であり、

ナナレアの護衛役も兼任している。元・パルクール選手らしい軽い身のこなしと、

鍛え抜かれた肉体から放たれる強力な打撃がメインウェポンだ。

 

「——にしても、な〜んで警察のお偉方はすぐに

私たちを呼ばなかったんでしょうかね〜?」

 

唐突に、安楽襲の無線機から祓戸の声。「後のことはよろしく」と言いつつ、

通信は繋いだままだったようだ。安楽襲は眉ひとつ動かさず、冷静に返答する。

 

「大方、“才能があると言っても所詮は高校生だ”と、

我々を見くびっているのだろう。超高校級や特務生という肩書きも、

そこまで信用に値しないのだろうな」

 

「うへぇ、まーここまで、何かとやらかしてきたのは

“超高校級”の人たちでしたからな……“人類史上最大最悪の絶望的事件”といい、

“希望のビデオ”の不完全洗脳といい——」

 

“不完全洗脳”。

 

以前、未来機関の保有していた海上プラント施設で発生した、

未来機関幹部たちによるコロシアイ。この件の黒幕の目的は、

“超高校級のアニメーター”として希望ヶ峰学園に在籍していた機関員に、

世界中の人々から“絶望”とそれに類するネガティブな感情を消し去ることの

できる“希望のビデオ”を使わせることだった。

最終的に、希望のビデオは全編30分のうち29分余りが世界中に放映されることと

なったが、残り約5秒のところで阻止された。しかし“人間の思考や深層意識に

影響を与える洗脳映像が全世界に放映された”という事実は変わらないため、

世界人口の約3割がその影響を受け、いわゆる“不完全洗脳”状態に陥る

結果となった。

 

その症状は様々で、軽いショック状態や不眠の症状が

出る程度で済む場合もあれば、長期的な治療を必要とする深刻な精神疾患を

発症するケースもあり、不完全洗脳状態にある人々の7割以上は後者である。

この件が世界情勢に与えた影響は大きく、ホワイトハウスをはじめとする各国の

中枢機関や大小様々な国際機関、公共交通機関や商業施設などが機能不全を起こし、

世界は平穏を保ちつつもどこか薄暗く、廃墟街のような様相となってしまっている。

また事の発端となった元・“超高校級のアニメーター”の機関員は現在、

この混乱を解決すべくWHOと複数の研究機関が提携した組織と協力し、

不完全洗脳解除を可能にする治療プログラムの開発に尽力している。

 

「だからこそ、今度は私たちが世界を立て直さないと、でしょ?

そろそろ目的の座標よ」

 

「んだんだ、絶望滅ぶべし慈悲はない——では、ご武運を」

 

祓戸が通信を切り、TDCの一団が目的地である廃屋前に到着した。

ナナレアがハンドサインで指示を飛ばし、各自が持ち場につく。

安楽襲は——無論ナナレアの隣だ。

 

「よし……TDC、突入」

 

静かな号令に合わせ、ナナレアと安楽襲を含めた総勢8名が廃屋内に突入する。

内部に人の気配はなく、剥がれ落ちた天井や壊れた家具などが

散乱しているのみである。ほどなくして、マグライトを用い手がかりを探していた

安楽襲が部屋の床に何かを発見した。

 

「これは……隠し扉か? 指揮官、こちらへ」

 

「どうしたの? ……これって——」

 

安楽襲に警戒態勢を取らせ、ナナレアが床に設置された隠し扉と思しき取っ手を

引く。すると安楽襲の見立て通り、地下へと続くコンクリート製の階段が

姿を現した。この先に絶望信奉者たちの今回の拠点があると見て間違いなさそうだ。

他の隊員に廃屋内の警戒を任せ、ナナレアと安楽襲は2人で階段を降下していく。

 

 

 

 

 

 

「——お待ちを、人の気配です。1、2、3……全部で9人。

こちらには気付いていないようですが……」

 

8メートルほど降下した所で安楽襲が足を止め、腰をかがめて警戒態勢を取る。

彼とナナレアが身を隠している角を右に曲がった先の部屋では、

件の絶望信奉者たちがショットガンやスナイパーライフルなどの銃火器に

違法な改造を施す作業を行っていた。

 

「9対2か。人数的にも戦力的にも不利だけど、尊ならどう出る?」

 

ナナレアが手袋を付け直しつつ、不敵な笑みを浮かべて安楽襲に問う。

 

「無論——」

 

角から顔を出した安楽襲は腰に装備したナイフと特殊警棒に手をかけつつ、

ナナレアに向き直る。

 

「正面から叩き潰します」

 

言うが早いか、安楽襲は体制を低く保ったまま部屋に突入、

9人に向け突貫を仕掛ける。彼らは突然の侵入者に一瞬たじろぐが、

すぐさま改造銃を手に反撃に出ようとする——が、トップスピードを保ったまま

安楽襲が作業台を蹴り上げ、すんでの所で阻まれた。

そして宙に浮いた作業台の脚を鷲掴み、遠心力任せに放り投げて周囲の敵を

薙ぎ払う。9人のうち3人が巻き込まれ、部屋の隅で折り重なるように昏倒した。

 

「……残り6人」

 

安楽襲が折れた作業台の脚を投げ捨てながら呟いたのとほぼ同時に、

彼の背後でナナレアもまた呟く。

 

「3人よ」

 

見ると、ナナレアの足元で武器を手に持ったままの男女3人が気を失ったまま

倒れていた。先ほどの安楽襲の大立ち回りを避けた面々が

ナナレアに襲い掛かったが、案の定返り討ちに遭ったようだ。

彼女は指揮官としてのみならず、戦闘要員としても優秀な才能を保持している。

得意とする戦闘スタイルは長柄の特殊警棒を槍のように捌く近中距離戦闘であり、

これによって自身を討ち取ろうとしてきた3人を打ち伏せた。

 

「流石です、指揮官」

 

「褒めるのは後で。残りを片付けるわよ」

 

「了解」

 

2人が並び立ち、作業台を押し退け立ち上がる3人を鋭く見据える。

 

 

 

 

 

 

廃屋への突入からおよそ1時間後、ナナレアと安楽襲が地下の拠点から

絶望信奉者グループ9人の身柄を伴って帰還した。

TDCの他の構成員が彼らに手錠をかけ、待機していた護送車に乗せる。

拠点で製作されていた違法な改造銃も全て回収された。

 

「皆さんご苦労様でございました〜。ひとまずは一件落着ですかな?」

 

TDC本部へと戻る道中、車に揺られるナナレアの無線機に祓戸からの通信が入った。

その声色で、車内の雰囲気が少しだけ弛緩する。

 

「そうね。一件落着——と、言いたい所だけど」

 

「……素直に喜ぶ事ができないのが現状だ」

 

安楽襲の言葉に、祓戸が「おろ?」と素っ頓狂な声をあげる。

ナナレアが懐から文庫本サイズのノートを取り出し、続ける。

 

「9人の取引先についての記録資料があったんだけど……ここに書いてある名前——」

 

「今までこのグループは小規模なカルト集団の類だと思っていたが、

どうやら裏で糸を引いている者がいたようだ。主に資金援助の面でな」

 

「なんとまぁ……したらアレですな。その裏ボスみてぇな香具師を叩かないと、

今後同じようなグループが出てくるかもって事ですな?」

 

「そういう事」と返事をしつつ、ナナレアは当該人物の身元特定に繋がりそうな

情報が記載されているページを専用の端末で手早くスキャンし、

文面を祓戸に送信する。

 

「そんな訳で蒐子、またよろしくね」

 

「うーわ画質わる……じゃねぇや。了解です! 3時間もありゃ

住所氏名血液型から明日の運勢までマルッと特定しちゃいますよ〜ッと!」

 

ナナレアは祓戸の元気な返事に思わず吹き出すと、ひとつ息をついて隣の

座席の安楽襲に向き直る。

 

「尊……諒名の件、どう思ってる?」

 

諒名の件とは、鴉座が絶望からの完全な更生に成功した事についてだ。

“人類史上最大最悪の絶望的事件”によって家族を失った安楽襲にとっては、

やはり思う所があるのだろう。安楽襲は鴉座が特務生に選出された時から

彼を警戒していたが、“指揮官が仲間と認めるなら”と、

比較的寛容な態度で接してきた。

 

「依然、警戒対象である事に変わりはありません、奴は過去に罪を犯した。

いくら更生に成功したとは言え、その事実や過去が消える訳ではありません」

 

「そう言うと思った。でも……もうすぐ入学式よ。警戒対象のままでもいいから、

クラスメイトとしては——仲良くしてあげて。蒐子もね」

 

「指揮官の命とあらば」

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

その日の深夜、TDC本部の周囲でランニングをしていたナナレアの

スマートフォンに、祓戸からの着信が入った。通話用のイヤホンを装着し、

ランニングを続けたまま応答する。

 

「お疲れ様、蒐子。何か分かった?」

 

「えぇ。奴さんの正体はヨルダンの王子でした、現役のね。

“人類史上最大最悪の絶望的事件”の混乱に乗じて、色々悪どい商売で

貧困層の人たちから財産巻き上げてるヤな男です」

 

「……そいつがあの9人に資金援助を?

王子は絶望の残党でも絶望の信奉者でもないのよね?」

 

「あー、まぁリッチな人らの考えてることはよく分かりませんが、

王子様的には絶望がどうとかどーでもいいっぽいですな。たまたまデカいシノギの

匂いがした先が、絶望信奉者のグループだったってだけみたいです」

 

ナナレアはランニングを終え、通路に設られたベンチに腰を落ち着かせて

ミネラルウォーターで喉を潤し、会話を続ける。

 

「じゃあ目下最大の目標は、王子の身柄の確保と、

彼が巻き上げた財産を元の持ち主たちに返す……ってことでいいかしら」

 

「ですです。ちなみに王子、お金の力にモノ言わせてご邸宅のセキュリティは

全部最新式。警備員は“人件費は払いたくない”とのことで置いてないそうです」

 

「へぇ……ヨルダンだっけ?

私たちが行ってもいいけど……ここは適任者に任せたほうがよさそうね。

蒐子、王子の情報をシーナと、あと為澄(いずみ)にも共有して」

 

王子の居場所がヨルダンであるという情報を得たナナレアが彼の確保と

被害者救済のために切ったカードは、

“超高校級の義賊”シーナ・キャラマウィと、

“超高校級の工学者”刺国為澄(さしくにいずみ)の2人だ。

 

アフリカ一帯を管轄として義賊活動を行なっているシーナと、

こと科学技術については現状世界中の誰よりも精通している刺国の組み合わせは、

今回の件を解決するにあたっては最適な人選と言えよう。

 

「確かにこれ以上ない適任ですな、了解しました。早速伝えておきます」

 

「お願いね」

 

通話を終えたナナレアはその後安楽襲とのスパーリングに励み、

その後熱いシャワーを浴びて眠りについた。

 

 

 

 

 

 

▶︎04:13-ヨルダン-アンマン-王子邸宅前

 

 

 

青白い月光が照らす中、寝静まるヨルダンの街並み。人通りはほとんどなく、

車の通りもまばらだ。

 

「中東だからてっきりクソ暑いもんだと思ってたけど、

う〜……流石にこの時間は冷えるな……」

 

「あと2時間はあるからね、日の出まで……あ、いる? 生姜。干したやつだけど」

 

ナナレアからの依頼を受け、復興作業中だったルーマニアのブカレストからはるばる

馳せ参じた“超高校級の工学者”刺国為澄と、

自身のホームであるエジプトから船でヨルダンにやって来た

“超高校級の義賊”シーナ・キャラマウィ。

 

2人は件のヨルダンの王子邸宅を臨む高台の陰に陣取り、潜入の機会を窺っていた。

予想外の寒さに身を震わせる刺国に、シーナが干した生姜を手渡す。

「冷えた身体にはコレが一番」と、5,6枚握らせる。

 

「んむ。おぉ、煎餅みたいでなかなか……あーすげぇ。

芯から温まってきた……コレいいな」

 

「でしょ。つい手が出ちゃうんだ」

 

言いながらシーナもまた干し生姜をつまみ、双眼鏡で王子の邸宅を偵察する。

この時間では当然の事だが人の出入りはなく、門の前はしんと静まり返っている。

駐車場に王子が所有している車しか停められていない所を見るに、

現在邸宅内には王子一人のようだ。潜入するにはこの上ない好機。

刺国が生姜を飲み込んだ所で、シーナが作戦の流れを改めて解説する。

 

「じゃ、サクッと確認するけど……為澄が邸宅をスキャンして最短ルートを特定。

そっから2人で入って、アタシは金庫を開けて王子が巻き上げた金を

回収した後、この……先週即身から貰った眠剤で王子を眠らせて身柄を確保。

為澄は周囲の警戒とバックアップね。あと……ないとは思うけど、

私兵なんかが出てきたら守ってね、アタシのこと。

やってたよね? キックボクシング」

 

「いや……やってはいるけど、

そりゃ健康的な趣味としての範疇であってだな……まぁもしもん時は頑張るよ。

つか、なんでわざわざオレらなんだ?

人数的にも力量的にも警察とか軍の方が適任だろうによ」

 

「まー警察とか軍に頼める状況ならそうしてただろうね。でも今はほら、

不完全洗脳のせいでただでさえ人員不足な上に、北アフリカから中東一帯で、

絶望の残党もそうだけど、“人類史上最大最悪の絶望的事件”より前から

活動してた過激派の奴らがここぞとばかりに好き勝手やってるから、

その対処で手一杯なんだってさ」

 

「こっちはこっちで大変だな……」

 

「大変なんだよね、こっちはこっちで……てな訳でアタシたちが頼りなんだ。

んじゃスキャンよろしく」

 

シーナの言葉にニッといい笑顔で応えた刺国は、

左腕に装着していた腕時計型のガジェットを素早く操作する。

すると腕に巻き付いていたソレは細かい粒子状に形を変え、

まるでアメーバのように形を変えながら剥がれ落ちた。

腕に残っていたパーツに刺国が追加でコマンドを入力すると、

アメーバ状にうごめく金属の粒子が瞬く間に4つのプロペラとカメラを備えた

簡易的なドローンへと姿を変えた。これこそが刺国が誇る技術の極地、

“ナノメタル・デバイス”である。

主な用途は被災した交通インフラや建造物の修復時に足りないパーツを補ったり、

また水害が発生している現場で一時的にダムを構築して水を堰き止めるなど。

その他にも刺国が追加で設計図をプログラムすれば、自転車や義手、

今回のようなドローンなど多種多様な応用が可能だ。

 

「よーし完成。行ってこい!」

 

刺国の指示でドローンが高台から飛び立ち、

道路を走る車両の下をくぐり抜けながら王子邸宅へと向かう。

そして建物の全体が俯瞰できる位置で停止すると、スマートフォンでドローンと

視界を共有していた刺国が再び指示を出す。

 

「X線スキャン開始」

 

ドローンのカメラ横からX線が放たれ、王子邸宅をくまなくスキャンする。

ほどなく、刺国のスマートフォンにスキャン結果が画像で転送されてきた。

柱の数や壁の厚さ、地下室の存在や王子の居場所まで、事細かに記されている。

 

「金庫は地下室の西側、一番奥だな。よし、ルートを出せ。

私兵が突入してくる可能性も含めてな」

 

刺国のスマートフォンに搭載されている彼の開発した高性能AIが、

リアルタイムで最適なルートを検索する。

 

「OK。このルートでうまく行けば、潜入して回収するモン回収して帰って、

ざっくり20分て所だな」

 

「いいね。そしたら始めよっか、為澄」

 

上着を脱ぎ捨て、準備運動を済ませたシーナが刺国の肩に手を置く。

刺国はサムズアップで応え、2人は高台から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

「余裕だったね。意外と」

 

15分後。刺国のナノメタル・デバイスで構築されたキャタピラ式の荷車に、

大量の紙幣が詰まった麻袋と、眠らせた上で両手両足を拘束した王子を乗せ、

2人は身柄引き渡しのために最寄りの警察署へと向かっていた。

 

「セキュリティの量こそヤバかったけど私兵も護衛もなしだったからな。

流石に余裕ぶっこきすぎだろ、この王子……」

 

「お金のことで頭ん中いっぱいだったんだろうね。

んじゃアタシは警察に行って……どうしたの? 為澄」

 

前を歩いていたシーナが途中で立ち止まっている刺国に気付き、後ろを振り返る。

いつになく真剣な彼の眼差しの先には、“人類史上最大最悪の絶望的事件”当時に

未来機関によって建設された仮設住宅群で現地の人々が

朝の身支度を始めようとしていた。

 

「——なぁ、ちょっと寄り道していいか?」

 

「ん。全然いいけど……飛行機の時間に間に合うなら。どうしたの?」

 

「見ろあの家、仮設とはいえ造りが雑過ぎんだろ……遠目からでも分かる。

スキマ風に雨漏りに……あー我慢ならねぇ! 悪りぃけど先行っててくれ!」

 

言い終わらぬまま、刺国は仮設住宅郡に向けて全力疾走で向かっていく。

“人を救えない天才に居場所はない”が信条の彼としては、

この有様はとても看過できるものではない。辺り一帯の住民たちに一通り挨拶を

済ませた後、ナノメタル・デバイスを起動し仮設住宅群の改装を開始する。

柱と外壁に強化を施し、ヒビや隙間を埋める。さらに段差がある部分には

スロープを設置し、最後に防護柵で仮説住宅群を取り囲めば、

絶望の残党や過激派組織の抗争に巻き込まれた際に住民たちの命を守る防壁となる、

堅牢な砦の完成だ。所要時間は約1時間半。「先に行け」と言われていた

シーナだが、改装作業が始まってから目を離すことが出来なくなったらしく、

体育座りの姿勢で結局最後まで見届けていた。

 

「すげーね、為澄。さすが天才」

 

「まぁな……って、いたのかよ」

 

「いたのだよ〜」

 

顔を出し始めた太陽の光に眠気を誘われていたらしいシーナがふらふらと

立ち上がり、今度は刺国が前を歩く。先ほどの仮設住宅の住民たちから礼として

受け取ったファラーフェル(ひよこ豆のコロッケ)を食べ終わった頃には

警察署に到着し、無事に王子の身柄引き渡しが終了した。

 

「あー……もう朝か。お疲れ、為澄。アタシはこれ、

被害者の人たちに返してくっから」

 

ぼす、と麻袋を叩くシーナ。祓戸から受け取った被害者の名前と住所、

各人の被害額が記されたリストを手に、刺国とは別方向に歩みを進めていく。

 

「おう、なんなら手伝うか?」

 

「……こっからイラク行ってトルコ行ってキプロス挟んで

エジプトに帰るルートだけど、着いて来られるんなら」

 

「え、遠慮しとくぜ……あんま無理すんなよ……」

 

「為澄もちゃんと寝てね。遅刻したらまずいから……入学式。じゃ」

 

シーナがいつの間にか呼んでいたらしいタクシーに乗って空港に向けて走っていく。

刺国が手を振って見送ると、窓からピースサインを出して応答する。

 

「——オレも帰ろ」

 

ナノメタル・デバイスでロードバイクを構築し、刺国もまた別の空港に向かう。

2人はこの日の昼の便で、ヨルダンを後にした。

 

時刻は6時30分を少し過ぎた頃。

まばゆい朝日が、ヨルダンの街並みを煌々と照らしていた。

 

 

 

 

 

 

▶︎16:44-スイス-ジュネーヴ-カルージュ

 

 

 

翌日。

 

カルージュの中心部に佇む、窓もカーテンも閉め切られ、

外からでは人が住んでいるのかどうかさえ判然としない一軒家。

その一室で、一人の男が大小様々な精密機器やPC、膨大な資料の束に囲まれながら

作業をしていた。彼が手に持つファイルの背表紙には

“不完全洗脳被害者・症例02”とある。

 

彼が行っているのは、現在世界を静かな混乱へと陥れている“不完全洗脳”の

治療プログラムを開発することだ。この研究には事の発端となった

“希望のビデオ”を放映した張本人である元“超高校級のアニメーター”の青年と

WHOが参加しており、彼はこのプロジェクトの責任者を務めている。

 

「……このままでは左脳への負担が大きいか。レベルを1段階下げて——」

 

——と、彼が棚の上の資料を取ろうとした時、玄関のドアを叩く音がした。

はて、WHOの職員だろうか。今日は訪問の予定はなかったはずだが……

などと若干不思議に思いつつドアチェーンと鍵を外して玄関を開けると、

黒いジャケットに身を包んだ男が立っていた。

 

「突然すみませんドクター、国連からの出向で伺いました。

こちら、WHOから追加の資料と、新たな症例報告です」

 

男はスマートに説明を済ませると、ハードカバーのファイルをドクターに手渡す。

「……そうか、ありがとう」と、ドクターがファイルを受け取ろうとした——その時。

 

「……ッ!? 何を——」

 

男がドクターの下顎に肘鉄を食らわせ、

そのまま掌で口と鼻を押さえたまま部屋へと押し入った。

脳震盪を起こしたドクターは成す術なく床に組み伏せられてしまう。

朦朧とする意識の中で彼が最後に視認したのは、

凍った鉄のように冷たい瞳で麻紐を繰る男の姿だった。

 

 

 

 

 

 

「——、う……」

 

「やぁドクター。目を覚ましたか」

 

ドクターの意識が覚醒した時、彼は麻紐と手錠で部屋の柱に拘束されていた。

彼の研究スペースで何やら物色していた男はファイルを手に、

薄い笑顔を浮かべてその姿を見下ろしている。

 

「お前は……誰だ。なんの目的で——」

 

「……私の名はコンラート。コンラート・ヘルターだ。

今日をもって貴方の研究——いや、貴方の人生を引き継がせてもらう」

 

コンラートと名乗る男の放つ言葉に今ひとつ理解が及ばないドクターは

眉間にしわを寄せる。それを見るやコンラートは冷たい瞳のまま口角を上げ、

補足説明を始めた。

 

「人生を引き継ぐ、というのはやや大袈裟だったかな。正確には、

たった今から私が貴方に成り代わり、不完全洗脳の治療プログラムの開発に

参加する。ドクター、貴方はWHOから大きな信頼を寄せられているな。

貴方の発言や提案であれば、彼らは素直に聞き入れるだろう」

 

「お前……何をするつもりだ……」

 

コンラートの言葉を聞くうち、次第に目を覚ましたドクターが語気を強めて

コンラートに詰め寄る。悪意を持った人間が自らに成り代わり、WHOに取り入ろうと

している。今までの研究が悪用されれば、最悪の場合

“人類史上最大最悪の絶望的事件”より凄惨な事態を引き起こしかねない。

 

「貴方が知る必要はないよ、ドクター。安心して眠っててくれ——」

 

コンラートが麻紐をドクターの首に掛け、腕に血管を浮き出させながら

全身の力を込めて締め上げていく。抵抗も虚しく、約4分後にドクターは絶命した。

コンラートは心音と呼吸の停止を確認し、玄関前に停めていたバンから猫砂を

持ち出してから部屋の床板を引き剥がした。そしてドクターの遺体を猫砂を敷いた

床下に遺棄すると、上からも猫砂を流し込んで遺体を埋め、

床板を下の位置に戻した。最後に自分の靴跡を拭き取り証拠隠滅を図ると、

ドクターが研究に使用していた機器やPC、資料の数々をバンに乗せて走り去った。

 

時刻は18時30分を少し過ぎた頃。

太陽は既に姿を隠し、間もなく暗く冷たい夜が訪れる。

 

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