▶︎当作品は、ゲームおよびアニメ“ダンガンロンパ”の
世界観をお借りした創作論破作品です。
本家作品の設定を元に、独自解釈を多大に加えた世界で
物語が進行していきます。ご留意ください。
◆
三ヶ月後
◆
▶︎AM 11:27-メキシコ-シナロア州-クリアカン
学校に行く予定も、差し迫った捜索依頼もない、平和な休日。
元・“超高校級の捜索者”鴉座諒名は、キッチンに立ち昼食の準備をしていた。
『今日もパスタ? よく飽きないよなぁ』
「簡単で美味いんだからいいだろ。それに、ソースは毎回変えてる」
独り言……というわけではなく。
彼の中に宿るもう一人の“彼”——カラスザとの付き合いももう長い。
すっかり扱いに慣れ、今では兄弟のように軽口を叩き合う間柄だ。
「第一、お前は食べないんだから関係な——」
茹で上がったパスタを鍋から出そうとしたところで鴉座の手が止まり、
カラスザもまた彼に同調する。
『…………』
「——ひとりか?」
『あぁ』
短いやり取りを済ますと、鴉座はキッチンから離れて玄関へと向かって行った。
そしてドアの前に立ったところで、2,3度、向こうからノックする音。
しかしこの日、この時間に来客の予定はない。
「……出るぞ」
『ん』
鴉座は最低限の警戒をしつつ、ドアノブに手を掛けた。
「…………」
「……初めまして。貴方が、鴉座諒名ですか?」
果たして、来客の正体——ドアの向こうにいたのは、
中学生ほどと思しき背格好の、一人の少女だった。目鼻立ちからして日本人だろうが——
「あぁ、そうだ。君は……?」
戸惑う鴉座の目をじっと見据えながら、少女が口を開く。
◆
「私は九道
◆
▶︎AM11:35
ややあって、鴉座は九道の妹を名乗る突然の訪問者を部屋に通し、
テーブルを挟んで彼女と対面する形で、決して座り心地が良いとは言えないソファに
腰を落ち着かせた。しばしの沈黙の後、口火を切ったのは鴉座——
ではなく、いつの間にか彼と入れ替わっていたカラスザだった。
「……復讐しに来たのか?」
ストレートな質問に、しかし時雨子もまっすぐに答える。
「いえ、復讐するつもりなんてありません。そもそも、そんなことを考えるほど、
姉に思い入れがあるわけでもありませんから。一応血の繋がりはありますが、
“姉妹”と呼べるほど、共に過ごした時間は長くありません」
一瞬だけ見せた寂しげな子供らしい表情に、鴉座が顔を曇らせた。
カラスザは「そうか」と聞き流すと、身を乗り出して質問を続ける。
「で、復讐が目的じゃないってんなら、どうしてわざわざこんな所に?」
「…………」
時雨子が、テーブルに落としていた視線を上げる。
「——知っておくべきだと、思ったからです」
「……?」
カラスザの眉がピクリと反応する。
「“九道集子が、大勢の人間を巻き込んだ計画を実行し、
多数の死者を出した”という話は、既に聞いています。
詳しい話を聞こうとしましたが、どの大人も教えてはくれませんでした。だから——」
「——だから、当事者であるオレに聞こうって? なるほどな。
賢い判断だ、だが……まだ分からない。どうしてそんなに知りたがる?
九道集子の企ての仔細を知って、それからどうするつもりなんだ?」
カラスザの瞳の奥には、確かな疑念が宿っていた。
目の前の少女は、あの九道集子の妹を名乗ってはいるが、
それが真実かどうかさえ未だ定かではない。
『おい、相手は子供だぞ。そんなに詰めること——』
と、鴉座が落ち着かせようとしたところで、時雨子が口を開いた。
「別に、何か事を構えようというつもりはありません。
私はただ、集子が何を見て、何をしたのか……それを知りたいだけです。
自分の姉が、どんな人物だったのか——それを、ただ知りたいだけです。
私が集子と、“姉妹”として過ごした時間は、
期間として一年分にも満たない。だから、せめて——」
「…………」
言葉を紡いでいくごとに潤んでいく時雨子の瞳を見て、カラスザが目を伏せる。
「——あ」
次の瞬間には、身体の制御権は鴉座に移っていた。
しれっと入れ替わりやがって……などと思いつつ、改めて時雨子に向き直る。
「……分かった、全て話そう。あの場所で、何があったのか——君の姉が、何をしたのか」
◆
▶︎PM 13:06
「—————————」
「……これが、俺たちがピラミデンで経験した全てだ」
事の発端とその顛末、自身の姉の企てと、
その最期を聞き届けた時雨子は、しばし目を閉じて放心していた。
鴉座が空になったグラスに水を注ぎ差し出し、受け取った彼女がゆっくりと瞼を開く。
「——そうですか。ありがとうございました」
水を飲んで少し落ち着いた時雨子は小さな声で答え、すぐに腰を上げた。
「ん、もう……いいのか?」
「えぇ。時間を割いていただいて、ありがとうございました。では」
予想外に淡白な時雨子のリアクションに面食らった鴉座が思わず引き止めるが、
彼女は中学生とは思えないほど冷静に受け答え、足早に部屋を出ようとする。
『……おい』
「(ん——? あぁ、分かった)」
時雨子が玄関のドアを開けようとしたところでカラスザが何やら伝言し、
了承した鴉座が一枚の紙を持って彼女の元へ駆け寄る。
「ちょっと待った——はい、これ」
「……なんでしょうか」
鴉座が手渡した紙に書いてあったのは、彼の携帯と、この家の電話番号だった。
「年下をナンパですか」
「人聞きの悪いこと言うな……
もし何か、今後力になれることがあれば、連絡してくれ。可能な限り協力する」
予想していなかった展開に、時雨子の表情が年相応の幼さを取り戻した。
手渡された紙にしばし視線を落とし、鴉座に向き直る。
「罪滅ぼし……?」
「どう捉えるかは勝手だ。じゃあ……元気で」
「…………」
時雨子は軽く会釈をし、鴉座の家を去って行った。
緩やかな坂道を下り、表の道に停めてあった車の助手席のドアを開ける。
◆
「——おかえりなさい。どうでしたか?」
シートに座った時雨子に、運転席で待機していた男が問い掛ける。
浅黒い肌に髭をたくわえた、彫りの深い男だ。
「えぇ、全て教えてくれました。これで心すっきり、です」
「であれば結構。遠出をした甲斐がありましたね」
言いながら男がエンジンを始動し、車はゆっくりとスピードを上げて行く。
「そうですね。連れてきてくださってありがとうございました、アーリムさん。でも——」
「でも……なんです?」
運転手——ハサネイン・アーリムは正面を向いたまま、ばつの悪そうな時雨子に問う。
彼女は先ほど鴉座と話した時とは違い、自信無さげな声で答えた。
「いいのですか? 九道集子は——貴方の娘の命を奪った張本人。
その妹である私に、どうして……」
「…………」
アーリムは長いまつ毛を伏せて一瞬思案し、すぐに返答する。
「簡単な話です。“困っている子供は、等しく救われるべきである”という、
私の道理に従ったまでですよ。それに——」
「……?」
アーリムは横目に時雨子を捉えつつ、諭すような口調で続けた。
「九道集子が私の……私たちの大事な娘や、
彼女が愛していた仲間たちを手にかけたことは、疑いようのない事実です。
しかし、だからといって……その罪科を、血縁があるからという理由だけで、
貴女が背負う必要はないし、私はそれを求めない。彼女と貴女は別人なのですから」
「…………」
アーリムの話を聞きながら、時雨子はどこか申し訳なさそうな、
しかし安堵した表情で、窓の外に流れる景色を眺めている。
何度か深呼吸をした後、やがてゆっくりと口を開いた。
「……ありがとうございます。本当に」
小さな時雨子の小さな声を聞き届けたアーリムの口角が上がる。
「ところで——これからどうします?
すぐに日本に帰るか、せっかくですし、少し観光でもして行きますか?」
アーリムの提案に、時雨子はしばしの沈黙の後に答えた。
「……少し、考えさせてください」
美しい夕日に照らされた時雨子の横顔を見て、
アーリムがアクセルを踏む足を少し緩めスピードを落とす。
なだらかな下り坂をゆっくりと進みながら、2人はしばし、静かな時間を過ごすことにした。
やがて、月と星の映える夜が訪れる。
◆
『……で、実際どうなんだ?』
「何がだ?」
『いやぁ、多少はやっぱこう……ナンパ的な意味合いもあったんじゃないかと』
「あるわけないだろ……そもそもお前が連絡先を渡しておけと——」
『“携帯の番号を書け”とは一言も言ってねぇでしょうがよ〜』
「お前……」
『ま、緊急の連絡なんて、来ないに越したことはねぇけどさ』
「——そうだな」
◆