▶︎当作品は、ゲームおよびアニメ“ダンガンロンパ”の
世界観をお借りした創作論破作品です。
本家作品の設定を元に、独自解釈を多大に加えた世界で
物語が進行していきます。ご留意ください。
◆
▶︎10:22-ピラミデン-???-エントランスホール
「よっし! そうと決まりゃあ、早速探索に——
の前に、地図確認しとくか……つかここ、そもそもどういう建物なんだ?」
「——あぁ、その説明を忘れていたな」
刺国がルールブックをパラパラとめくって地図を確認しようとしているところに、
唐突に割り込んできたコンラートの声。刺国は「ビックリした……」と
椅子から転げ落ちそうになりながら胸元に手をやっている。
他のみんなも少し動揺している様子だった。
声のした方を見ると、天井の一角から薄型のモニターと、拡声器型の
スピーカーが吊り下げられていた。防災無線のスピーカーに似た、無骨なタイプだ。
驚く俺たちをよそに、コンラートはつらつらと話し始める。
「——この施設は元々、第二次大戦当時に旧ソ連軍が建造し、秘密裏に保有していたものでね。
装備や物資の備蓄倉庫、兵士たちが身体を休めるための個室、その他にもいくつかの施設が
揃っている優れものだ。まぁ……利用されることはほとんどないまま終戦を迎え、
この施設も打ち捨てられることになったわけだが……いわゆる“歴史の闇に葬られた遺物”
というやつだな。このピラミデンの地が炭鉱街として栄えていた時も、誰もこの施設の存在に
気づくことはなく、やがてピラミデンも街としての役目を終えた」
「名前はあるの? この施設」
「もちろんだ指揮官。“トリグラフ基地”——そう呼ばれていた。スラヴ神話に登場する
軍神の名から取ったのだろう……と、すまない。話が長くなってしまったな。
地図はルールブックの最後のページにあるから、それを見ながら探索を進めるといい。
特に行動に制限はないが、留意事項にある通り、施錠された扉の破壊は禁止だ、
気をつけてくれ。では……失礼するよ」
そう言って、バチン、という音と共にコンラートは通信を切った。
唐突な登場と退場に若干戸惑いつつ、
目配せをしながら各々のルールブックを開いて地図を確認する。
「かなり広い上に部屋の数も多いわね……よし。じゃあみんな、ペアを組んで、
手分けして探索しましょう。各自探索を終えたら、またここに。尊は私と一緒に来てくれる?」
「もちろんです」
「ありがとう。それじゃあみんな——始めましょうか」
ナナレアが椅子から立ち上がり、俺たちの目を見て探索の開始を宣言する。
俺も傷橋とペアを組み、探索へと向かった。
ちなみに他のペアは、このような組み合わせになった。
・蓮仰&祓戸
・シーナ&狗縊
・ナナレア&安楽襲
・イルヴィア&刺国
◆
▶︎10:31-ピラミデン-トリグラフ基地-個室07
皆と別れ、俺と傷橋は手近なところから探索することにした。
「——ベッドがあるってことは、ここがさっき言ってた
“身体を休めるための個室”ってやつか。割と広いんだな……」
「だね……ここもコンクリ打ちっ放しなのはなんか嫌だけど。んでこれは……おぉ、覗き窓」
俺たちが最初に手をつけたのは、先ほどのホールから一番近い場所にあった“room 07”と
書かれたプレートがドアに貼り付けられている部屋。
ドアの材質は鉄で、引き戸式。鍵は縦長のスライドラッチ——
学校の教室のドアでよく見るタイプだ。ドアの中央部付近には部屋の内側からしか
開閉できない仕組みの覗き窓があり、横に細長い小さな引き戸を開けると外の様子が
見えるようになっている。窓ガラスは嵌め込まれているものの、
相当昔に建てられたというだけあって所々に老朽化が見受けれる。ドア横に照明の
スイッチがあるが、天井にあるのは蛍光灯が2本だけ。点灯してもそこまで明るくない。
それと……ホールにもあったモニターとスピーカーに、
小型の監視カメラ、壁掛け時計も設置されていた。
「あとはテーブルに椅子に……諒名、そっちの戸棚には何かあったかい?」
「この部屋の鍵と、ボールペンが1本。そのドアは?」
「えーと……? あぁ、トイレか……わ。これ見てよ、
新幹線とかでよく見るやつだ。すっげー音するやつ」
「真空式か……ん?」
よく見ると、トイレ内の壁や床に比べて便座が綺麗すぎる。
元々ここにあった物を取り外して、わざわざ真空式のものにすげ替えたのだろうか。
まぁ確かに、老朽化したものよりは最新式のものの方が使い勝手はいいだろうが……。
俺と傷橋はトイレから離れ、
隣接しているシャワー室と思しき部屋のドアを開けた——のだが。
「シャワー、ないね……って、蛇口までないじゃないか!」
見ると、本来シャワーや蛇口が設置されていたであろう箇所には何もなく、
水道に繋がっているはずの穴はコンクリートで固められていた。
天井には頑丈そうな梁があるもののカーテンは付いておらず、隅の方にはスピーカーが。
そもそもシャワー室自体がかなり狭い。当時の兵士も身動きが取りづらかっただろうな……。
「他の階層に大浴場でもない限り、シャワーは浴びられないってことか」
「さっきのトイレといい、徹底的に水を使わせないつもりみたいだね。
一体なんのつもり……おっと」
腰に手を当てシャワー室をぐるりと見回そうとした傷橋の肘が
壁に備え付けられていたラックに当たり、
タオルや替えのトイレットペーパーなどがいくつか落下した。本当に狭いな……。
「あーやっちゃった……ん。諒名、これ」
傷橋が、落下した物の中から白い袋に梱包された何かを拾い上げた。これは——
「ボディシート……だな」
「まさか、シャワーの代わりにこれでやり過ごせってことじゃない、よね……?」
「ははは、そのまさかだ」
「………………」
「………………」
傷橋は静かにタオルを拾い上げると、
無言のままコンラートの声がするスピーカーに投げつけた。
◆10:57
収穫らしい収穫のなかった個室の探索を終え、
固く無骨なスチールフレームのベッドに、2人で腰を落ち着かせる。そして、
一呼吸置いたのちに傷橋が口を開いた。
「……ごめんね、諒名」
「? 急にどうした。何を謝って——」
俺が傷橋の顔を見ると、その瞳には涙が湛えられていた。
溢れそうになるそれを抑えながら、彼女はぽつりぽつりと話し始める。
「私、時々思っちゃうんだ。諒名を救って……更生させて、本当に良かったのか……って」
「それは——」
傷橋は唇を震わせながら、ゆっくりと続ける。
「諒名は、無理矢理絶望に堕とされた被害者であると同時に、一時は世界の敵……
紛れもない加害者だった。キミがどれだけ贖罪のために動いても、どれだけ
社会の復興に貢献しようとも、キミや、キミの過去の行いに恨みを抱く者は必ずいる。
キミが特務生に選ばれた時の蒐子とか、
例の映像を見せられた時のイルヴィアの顔を見るとさ……どうしても、考えちゃうんだよ。
諒名を更生させたのは、正しい選択だったのか……同意があったとはいえ、私のしたことは、
キミを絶望に堕とした連中と同じなんじゃ——」
「……そう思うか? 俺は楽しかったけどな、あの家での1年間。傷橋に救われなければ、
あんなに楽しい生活を送ることはできなかった。確かに、贖罪のためだけに生きる人生は、
辛いものかもしれない。でも、それが今の俺の“生きる意味”になっているんだ。
意味もなく、絶望の中で生きていたあの頃とは全く違う。感謝してるよ、傷橋」
そうだ。彼女に救われなければ俺は、ともすれば再び絶望に堕ち、
多くの人々を傷つけていたかもしれない。これから先の人生、俺に訪れる幸福は
限りなく少ないものになるだろうが、過去の行いからすればそれは当然の報いだ。
全てを受け入れた上で、俺は贖罪のために生き続ける。罪を償い続けるんだ。
「諒名——」
「次の場所に行こう。きっと何か見つかるはずだ」
俺は傷橋の手を引き、個室を後にした。
◆
▶︎11:16-ピラミデン-トリグラフ基地-研究室02
「“Laboratory”……研究室とか実験室ってとこか」
俺たちが次に向かったのは、個室が並ぶ廊下を進んで右に曲がり、
道なりに進んだエリア——個室10〜12の裏側に位置する、Labpratory 02(第2研究室)。
02ってことは、01もどこかにあるんだろうな。
「そうみたいだね。じゃ……開けるよ」
そう言って、傷橋が研究室のドアを開ける。個室と同じく、鉄製の引き戸だ。
覗き穴も同様。施設内のドアはすべて同じ規格で統一されているみたいだな。
ただ個室のそれよりもドアが重かったらしく、俺も手伝って2人でドアを開けた。
部屋の中は薄暗く、ひどく埃っぽかった。手探りで照明のスイッチを入れると、
何回か点滅してから天井の蛍光灯が点灯。研究室全体の姿が露わになる。
「——これは、なんともまぁ……」
「ひどいな……」
まず俺たちの視界に入ってきたのは、なんらかの強い力で形が歪められた、
スチール製の大きな戸棚。中に入っていたと思われる薬品の瓶や
資料の類は床にぶちまけられている。傷橋が拾った割れた瓶のラベルを見ると、
これは狗縊でないと詳しくは分からなさそうだが……
とにかく危険な試薬であることが記されていた。幸いどれもこれもすっかり床のシミに
なって乾いているので、そこまで大きな健康被害は心配しなくてもよさそうだ。
部屋の中央部に目を向けると、手術台のような設備があった。こちらもボロボロで、
レザー製のシートが所々切り裂かれている。それを取り囲むように用途不明の
実験・研究機材と思しき装置が雑然と並べられているが、どれも破壊されていたり
錆が酷かったりで、とても使えたものではなかった。奥の壁一面には先ほどのような
スチール製の戸棚が4つ並んでおり、手近な所にあった棚のガラス戸をスライドして開けると、
薬品入りの瓶がいくつか置いてあった。どれも劣化が進んでおり、
まず瓶を開けることすらままならない。他の3つの戸棚も同様。
脱出の手掛かりや役に立ちそうなものは何も——
と、俺が戸棚の探索を終えたところで、反対側の壁で同じく戸棚を
調べていた傷橋がぱたぱたと駆けてきた。
「諒名、これ……!」
彼女が手に持っていたのは、ハードカバーのリングファイル。
表紙には読み方が分からないキリル文字と……それの英語訳らしい
“Tester of ■■■■”という文言が記されたラベルが貼ってある。
後半の文字が潰れていて、なんのテスターだったのかは判然としない。
俺と傷橋は戸棚前から移動し手術台の上でファイルを広げ、その内容を確認する。
ファイルに綴じ込まれていたのは、なんらかの実験記録のようだった。
こちらも劣化がひどく読めたものではなかったが、
ページの大半が名簿のようになっていることだけは分かった。
性別、国籍、年齢層も様々な人間の名前や健康状態について記されている。
さっきの薬品の棚に、手術台。そして決め手はこのファイル。
この部屋で行われていた“研究”がどのようなものだったのか、
粗方予想がついてきた。ここではきっと——
「——人体実験、かな」
俺に先んじて、傷橋が呟く。
あぁ、きっとそうだ……俺は頷き、ファイルを閉じて脇に抱える。
「……行くか」
そろそろ他のチームの探索も終わった頃だろう。
俺たちは研究室の照明を落とし、先ほどの広間へと向かった。
◆
▶︎12:38-ピラミデン-トリグラフ基地-エントランスホール
俺と傷橋がホールのパイプ椅子についた頃には、
既にほとんどのメンバーが戻ってきていた。
ややあってイルヴィアと刺国も合流し、全員が集まった。
「それじゃあ——」
ナナレアの号令で、探索結果の報告会が始まる。
「んじゃ、オレたちから……」
先陣を切ったのは、着席したばかりのイルヴィア、刺国ペア。
「私と刺国は倉庫を見てきた。銃に弾薬、軍服と……
大戦当時の備蓄品がそのまま残されていた。年代物のマスケット銃もあったな。
歴史好きであれば見る価値はあるかもしれないが——
どれもこれも、とても使えるようなものはなかった。銃は錆びつき、
弾薬は劣化が激しい。こんな感じにな」
そう言って、イルヴィアは倉庫から持ち出してきたという古い機関銃をテーブルに置き、
ナナレアの方にスライドさせた。彼女の赤い手袋に銃がぶつかりそうになったところを、
安楽襲が手で押さえ停止させる。
「——この銃は?」
「DP28 軽機関銃。1927年に設計されたものだ」
ナナレアは機関銃を手に持ち安全装置を解除しようとするが、
どう動かしてもびくともしない様子だった。弾倉を外して弾の状態も確認する。
こちらもイルヴィアの言う通り劣化が激しいようで、指で転がすだけで崩れそうだ。
「なるほど。これは確かに使い物にはならないわね……為澄は何か見つけた?」
機関銃をテーブルに戻し、刺国に水を向ける。
「そうだな……武器の他には、レンチやらドライバーやらが入った工具箱と、
装甲車用のスペアタイヤとか、ロープとか……あぁそうだ、
正確な種類と数はここにリストアップしたから、適当に写しといてくれ」
そう言って、刺国は倉庫に備蓄されていた物の種類と数を記録したページを開き、
自身のルールブックと……学園から持参していたらしい人数分のボールペンを
テーブルの中央に置いた。皆で授業中にノートをとるようにその内容を各々の
ルールブックに書き写す。完成した備蓄リストはこうだ。
・DP28 軽機関銃-5丁
・シモノフM1936 半自動小銃-2丁
・トカレフM1940 半自動小銃-5丁
・トカレフTT-33-8丁
・RGD-33 手榴弾-7個
・フリントロック式マスケット銃(型番不明)-1丁
※いずれも弾倉に弾は込められているものの、錆や劣化がひどく使用不可。
・装甲車用スペアタイヤ(直径87cm,幅32cm)-4本
・旧ソ連軍野戦服一式-7着
・ソケットレンチ-1セット
・モンキーレンチ-3本
・プラスドライバー/マイナスドライバー-大小各2本ずつ
・電工ペンチ-2本
・ウォーターポンププライヤー-1本
・クレモナロープ(直径10mm)-2m/6m/10m各3本ずつ
・足場用単管鉄パイプ(直径5cm)-長さ1m/1.5m/2m各5本ずつ
◆
全員が備蓄リストの書き写しを終え、次のチーム——シーナと狗縊の報告に移る。
2人は“共有スペース”と記されていた部屋を探索してきたらしい。
こちらのドアも俺たちが調べた個室や研究室と同様の構造だった——とのこと。
他にも大きなテーブルとパイプ椅子、ソファがあったものの、
テーブルは錆び付いており、ソファに関しては畳のように固かったという。
大型の冷蔵庫もあったそうだが——
「——で、即身と一緒に隅々まで探し回ったんだけど……」
「……まともな食料は一つも見つからなかった。あったのは、
水が入った1.5ℓのペットボトルが10本だけ。シーナがキャップのとこに
全員の名前書いてくれてるから、飲むときは間違えないように」
「なッ……つーことは、もしここに長居することになったら、
オレたちその水だけで生きてかなきゃなんねーのか? そりゃ流石に……」
「——と、思うじゃん?」
“食料なし” “あるのは水のみ”という報告に頭を抱える刺国や他の皆を見て、
シーナがフッと微笑み、自身の懐に手を伸ばす。
そして取り出したるは……。
「じゃーん。よかった、もしもの時のために持ってきてて」
——そう、甘い香りを漂わせるデーツやレーズンなどのドライフルーツが
大量に詰まった紙袋である。10人で分け合ったとして、少なく見積もっても
2週間分はある。無論、そんなに長居するつもりはないが。
「これは重畳。水が1.5ℓっつーのが微妙な量ですが、少なくとも飢え死にで全滅、
みたいなルートは回避されましたな」
「うん。じゃ、お腹空いた時つまんでね、適当に。
共有スペースのテーブルに置いとくからさ」
ドライフルーツの妖精が女神に昇格した瞬間であった。
腹が減ったら食べに行くとしよう。何事もまずは、体力を付ける所からだ。
◆
続いて、蓮仰と祓戸の報告だ。
「ボクと蒐子はこの……配電室って所を探索しようと思ったんだけど——」
「ドアがガッツリ施錠されてたので、諦めてエレベーターを調べることにしました。
まぁこっちも、そこまで収穫は大きくねーんですが……ドア自体は手動で開くものの、
ボタンは無反応。行き先は地下階のみでしたな、3階までありました。
配電室に入ることさえできりゃ動かせるんでしょうが……あ、刺国殿。
ナノテクでサクッと開けられたりしませんです? こうドアの隙間からちょちょいと」
祓戸から期待の眼差しを受けた刺国が腕を組んでしばし考え、「そうなぁ……」と
少し苦い顔をして口を開いた。
「オレのこれは“形ある物の再現構築”しかできないからな……
“施錠されている扉の破壊は禁止”なんてルールがなけりゃ、
でっけぇハンマーでも作って、ドアごとブッ壊して突入できるんだが……」
“お手上げ”のポーズをとる刺国。さしもの彼でも不可能なことはある、か。
ふと、何か思いついた顔のナナレアが声を上げた。
「——コンラート。聞いてるんでしょう? 少し聞きたいことがあるのだけど」
彼女が天井のモニターに向けて呼び掛けると、ほどなくして電源が入る音がした。
俺を含む全員がそちらに注目する。
「やぁ指揮官。何か気になることでも?」
「このルールブックに記載されている禁止事項だけど、破った場合、
私たちにはどんなペナルティが課されるの?
わざわざルールを設けていると言うことは当然、何かあるのよね?
学園長たちが参加していたコロシアイではルール違反を行った時点で処刑……
だったはずだけど、貴方にそんなことができるとは思えないし」
確かにそれは気になる所だ。ペナルティの内容によっては、
脱出のためであればルール違反を犯すことも選択肢に入ってくる。
「あぁ……そのことか。毎度、説明が遅くなってしまってすまない。
それを明示しないままというのは、あまりにフェアじゃなかったな——これを見てくれ」
コンラートがそう言うと映像が切り替わり、どこか大きな病院の病室と見られる部屋が、
天井からの俯瞰視点で映し出された。大小様々な機械に囲まれたベッドの上で
誰かが治療を受けているようだが、視点が遠い上に画質も荒く、その顔までは判然としない。
一体この人物は——
「……! 学園長!?」
と、蓮仰が思わず立ち上がって声をあげ、皆も驚きの声を口にする。
「——流石の視力だな、蓮仰想慈。私が説明するまでもなかったか……そう、
この映像は、今現在希望ヶ峰学園学園長が入っているICUの様子をリアルタイムで映したものだ」
モニターの映像はそのままに、スピーカーを通してコンラートが語る。
「そして、ルール違反を犯した場合のペナルティだが……エディ、
カメラに見えるように指を3本、立ててくれ」
コンラートが“エディ”という人物に指示を出すと、
少し時間を置いてICUの中にいた背の高い男がカメラの画角に入り、
指示通りに後ろ手を組んで指を3本立てて見せた。
「単独犯じゃあなかった、ってことすか……クソ、気付かなんだ……!」
祓戸が悔しそうに額に手を当てる。
エディが画角から姿を消すと、コンラートが続けた。
「君たちの中の誰かがルール違反を犯した場合、彼が学園長を殺す。
方法は彼に任せているから、なんとも言えないが——
軽率な行動は慎むよう、心得ていてくれ。
学園長の命より自分たちの脱出を優先したいのなら、止めはしないが……
推奨もしない。彼の不在により世界がどんな状態にあるか、
君たちもよく知っているだろう?」
「元はと言えば、テメェが元凶だろうが……」
滅多に怒らないシーナが怒りを露わにし、モニターを睨み付ける。
コンラートは悪びれる様子もなく「ではまた、いつでも呼んでくれ」
と言い残し、モニターの電源は落ちた。
「あ〜……ドアごとブッ壊すってのは……ナシってことで」
刺国の言葉に、皆が頷く。
◆13:09
「じゃあ、次は——」
続いて、ナナレアと安楽襲からの報告だ。
「私たちはこの“Laboratory 01”を調べてきたわ。元は研究室として
設計されていたようだけど——」
ナナレアの目配せを受け、安楽襲が立ち上がって説明を引き継ぐ。
「この部屋は霊安室——もとい、遺体安置所と呼んだほうが適切だろう。
部屋の内部温度は非常に低く、所々氷も張っていた。俺と指揮官で隈なく調べたが、
あったのは遺体用の冷蔵庫が8つに、モニターとスピーカー、監視カメラのみだった」
8つの遺体用冷蔵庫……“生存者が残り2名になった時点でコロシアイを終了する”
というルールから察するに、最大8つの遺体を安置することになる、
ということだろうが……気が滅入るな。
「以上だ」と結び、安楽襲が席に着く。
◆
そして、俺たちの番が回ってきた。
個室の構造や設備について簡単に説明し、その後に調べた研究室についての話に移る。
風呂についての話になった時には狗縊と蓮仰から不満の声があがったが、ナナレアの
「ペットボトルの水をうまく使いましょう」という提案でなんとか丸く収まった。
研究室の内装についての話を終えると、シーナが問うてきた。
「じゃあ、結構荒らされてたんだね、研究室。なんか見つけた? 他に」
「俺が気になったのは、棚に並んでいた薬品だな。用途も分からない上に
かなり劣化してて……狗縊、後でちょっと、見てもらえるか?
お前なら、なにか分かるか、も——」
狗縊がすごい視線でこちらを見る。目つきはいつも悪いが、
今はさらに強い警戒心が込められているように感じる。当然といえば、当然だが……。
「——いいよ、分かった。シーナ、後で一緒に来て」
「はーい」
……よかった。なんとか話は聞いてくれるみたいだ。
一時安堵していると、「それよりもっと気になるものが……」と、
傷橋が俺の膝の上に置いてあった例のファイルを持って掲げ、テーブルの上に置いた。
イルヴィアが手繰り寄せ、表紙を見て問いかける。
「これは?」
「研究室に置いてあった、実験記録の資料だよ。
恐らく行われていたのは——人体実験。第二次大戦当時の建物だし、それ関連のものかもね」
ページをめくるイルヴィアの元に祓戸がやって来て、後ろからその内容を熟読する。
「どう見る? 祓戸」
「んー、この資料に名前が載ってる被験者の人らの生年月日、どれも戦後ですな。
1978年、1991年……つまりこの実験は大戦後に無人になったこの基地を利用した
“何者か”によって行われたもの、だと」
祓戸がスマートに答え、ナナレアがそれに続く。
「じゃあ遺体安置室の冷蔵庫も、その関係ってことかしら。
でも、誰も入っていなかったし……」
思案投げ首のナナレアに倣うように、皆も考え込む姿勢をとる。
「——考えても仕方ないことは、別に考えなくてもいんじゃない?
それより、今後の方針について話し合おうよ」
蓮仰が脚を組み替え、皆に提案する。
確かに、大事なのは“どうやってこの基地から脱出するか”であり、
“ここで何が行われていたのか”を知ることではない。
他の皆も賛同し、再びナナレアが音頭を取る。
◆14:22
「——そうね。ひとまず、目下最大の目標は今までと同じ。
この基地のどこかにいるコンラートを発見、拘束すること。そして、
奴に繋がるような手掛かりがないか、もう一度改めて探索をする。同じ場所でも
探索する人が変われば、新しい発見があるかもしれないしね」
ナナレアの話に皆が賛同する中、祓戸がよく通る声で異を唱えた。
「して、コロシアイの発生抑止についてはどうお考えで? 日中はまだしも、
ほとんどの部屋の照明が落ちる夜時間に、あのような“危険因子”が在る中で無防備のまま、
というのは、些か楽観的すぎるのでは?」
いつもと違う抑揚のない口調で、瞬きもせずに俺の方を
じっと見据えながらナナレアに問う……至極真っ当な判断だ。
あの映像を見た後であれば、そうなっても仕方ない。
ナナレアはひとしきり考え、祓戸の問いに答えた。
「蒐子……そうね。じゃあ、こうしましょう——」
◆
彼女が提示したアイデアは、“夜時間中は見張り番を設けてフロア全体の巡回を行う”
というものだった。
「……じゃあ、ボクがやろうかな。シーナ、共有スペースのドライフルーツ、
少しこっちに持ってきてもいいかい? 夜食代わりに」
「いいよ〜」
簡潔な説明が終わると、早速蓮仰が名乗りをあげた。
確かに、これ以上ない適任だ。皆も「いいと思う」と賛成する。
「ありがとう想慈。蒐子、どう?」
祓戸は蓮仰と俺を交互に見た後に、短いため息をついて答えた。
「——まぁ、いいでしょう。蓮仰殿、くれぐれも“見落とし”などなきように」
「ふふん、任せてくれたまえ」
◆15:02
次の議題は、個室の部屋割りについてだ。
蓮仰のホールへのアクセスのしやすさなどを考慮した結果、このような部屋割りとなった。
2つの空き部屋については悪用を防ぐため、
蓮仰の提案でドアを常時開放しておくことになった。一通りの話し合いを終え、
今後の流れについて確認するためナナレアが立ち上がって話し始める。
「——よし。それじゃあ……ひとまず解散にしましょうか。シーナと即身は、
さっき話してた研究室の薬品のこと、お願いね。私と尊はこの銃を戻してくるついでに、
もう一度倉庫の探索をしてみるわ。蒐子も一緒に来てくれる?」
祓戸は無言のまま、目配せで「了解」の意を伝えた。
ナナレアはにっこりと笑い、続ける。
「明日の朝は……そうね、7時ごろにまたここに集まりましょうか。
それじゃあみんな、別の場所の探索なり休憩なり、自由に過ごして。
もちろん、警戒心は忘れずにね。全員で力を合わせて、コンラートを見つけ出しましょう。
それと、綴離——諒名を、お願いね」
「……あぁ」
彼女の言葉に短く答えた傷橋がこちらを振り返り、俺も頷いた。
「……っし、さっさとあのコン野郎の尻尾掴んで、ハラワタ引きずり出してやろ」
言いながら、狗縊も立ち上がる……ハラワタ?
「いいね。そしたら解体して、骨で楽器でも作ろう。で……全身の皮を剥いで、
オリジナルのパーティーマスクも作っちゃおう」
………………。
狗縊とシーナの突然の猟奇的発言に、場の空気が一瞬固まる。
狗縊は時々ああいうことを口走るタイプなのは知っているが——
「あー……シーナ?」
引き笑いの蓮仰に、彼女はハッとして弁解する。
「——あ、ごめん。ハイになってかも。ちょっと」
……発言内容の本気度はともかく、シーナがコンラートに対して
相当怒り心頭だということはよく分かった。
苦笑から表情と調子を戻したナナレアが、改めて告げる。
「じゃあみんな、行動開始よ——幸運を」
◆15:36
蓮仰は夜時間からの見張り巡回に備え、共有スペースからドライフルーツをいくつか
持ち出すと、しばしの仮眠を取るために自身の個室へと入って行った。
その他の面々は先ほど話していた通り、ナナレアと安楽襲、祓戸は倉庫へ、
シーナと狗縊は研究室へ。
傷橋は——刺国と共に共有スペースを見てくる、とのことだった。
さて俺も……と立ちあがろうとした所で、先に席を立っていたイルヴィアの手が
俺の肩に置かれた。見上げた彼女の視線は個室のある通りに向けられている。
『話は後で聞く——』
探索前の時間、例の映像を見せられた後の彼女の発言を思い出す。
俺は頷くと、個室へと向かうイルヴィアの後を追った。
◆
▶︎ピラミデン-トリグラフ基地-イルヴィアの個室
先刻の部屋割りで決めた、イルヴィアの個室。
イルヴィアが先に入り、後から入った俺が後ろ手でドアを閉める。
それを確認すると彼女はライフルケースをベッドに立てかけ、
俺に向かい合う形で壁にもたれかかり腕を組む。
そして、目線を床に落としたまま話し始めた。
「前置きは無しで行こう。鴉座……私は、父の仇を討つためにFimbulに入隊し、
多くの任務を経験してきた。そして——」
イルヴィアが顔を上げ、俺の顔を真っ直ぐ見据える。
「父を殺した張本人が、今……目の前にいる。だが……」
若干の間を置き、イルヴィアが続ける。
「私に、お前を殺すつもりはない」
「……なぜだ?」
俺の問いに、イルヴィアは迷いのない目で答えた。
「——今の世界には、鴉座。お前が必要だからだ」
未だ世界各国で問題になっている、行方不明者や難民問題。
俺の“超高校級の捜索者”としての才能は、これらの諸問題を解決し、
社会の復興を進めるのに必要不可欠である、と言う。
「……そうか、ありが——」
「ただし」
と、俺が感謝を述べようとした所でイルヴィアが語気を強め、壁から背中を離した。
「私はお前を殺さないが……同時に、今後お前がどれだけ善行を積もうとも、
贖罪のために身を粉にして動こうとも……私がお前を許すことは、決してない」
言いながらイルヴィアはこちらに近づき、タクティカルベストの
胸ポケットを開くと……ネックレスのようなものを取り出して俺の手に握らせた。
鈍い銀色のこれは……。
「父が身に付けていたドッグタグだ……まぁ、呪いのようなものだな」
タグの部分を見ると、“Ragnar Gefion”——彼女の父の名が刻印されていた。
それに、この赤い錆のようなものは……。
「——思い出すか?」
「……鮮明にな」
「それでいい。肌身離さず持っていろ。そしてそれを手に持ち、目にする度に……
過去からの責め苦を受け続けるんだ」
声を震わせるイルヴィアの目を見て、俺は頷いた。
「あぁ」
「………………」
イルヴィアは暫し俺の顔を見つめると、得心いった顔で息を吐き、
俺の肩を2,3度叩いた。
「さっさとコンラートを見つけて、ここを出よう。お前には、
父の墓前で手を合わせてもらう必要がある——頼りにしてるぞ、諒名」
「……あぁ、ありがとう」
イルヴィアが差し出した拳にドッグタグを強く握りしめた拳を突き合わせて
別れの挨拶を交わし、俺は彼女の個室を後にした。
◆16:40
イルヴィアの個室を出てドアを閉めると、後ろに気配が。
振り返ると、傷橋がキリッとした笑顔で立っていた。
「傷橋……共有スペースの方はもういいのか?」
「あぁ、粗方終わったよ……まぁ、めぼしいものは特になかったかな。
そんなことより——」
傷橋がイルヴィアの個室のドアの方に視線を移し、再び俺を見る。
「なんとか和解……と言うのも違うか。ともかく、
彼女との停戦協定は結べたみたいだね。少なくとも殺意は、もうすっかり感じない」
「流石だな。ドア越しでも分かるのか」
傷橋が“超高校級のカウンセラー”として有する特質の一つがこれだ。
“誰が誰に対して、どのような感情を抱いているか”——
その感情の種類や向いている方向を、ほぼ正確に感じ取ることができる。
これがあるからこそ、彼女はどんな人に対しても的確な
カウンセリングを施すことができるのだ。
「あの時のイルヴィアは凄かったからね。色が濃いぶん、
消えた時に分かりやすいのさ」
「ちなみにシーナはまだキレてる」と続け、傷橋が真剣な眼差しで俺を見る。
「——うん。諒名ももう……大丈夫そうだな。明日からの探索も頑張ろう」
少し寂しそうな声でそう言い、ハイファイブのポーズを取る。
俺も同調し、手のひら同士を軽く打ち合わせた。
「じゃあ私は、部屋に戻るよ。諒名も仮眠ぐらいはしておきなよ?
はい、いつものアロマ。火のいらない小型版だ」
「ありがとう。傷橋もよく休めよ」
俺と傷橋は笑顔を交わし、それぞれの個室に入った。
◆
▶︎ピラミデン-トリグラフ基地-鴉座の個室
個室のドアを閉め、照明のスイッチを入れる。
脱いだジャケットを椅子にかけて、俺はベッドに腰を下ろした。
「………………」
先ほどイルヴィアから受け取ったドッグタグをポケットから出し、
手の平の上に置く。当時の記憶や、これを手渡してきた時のイルヴィアの表情……
そして、傷橋との更生治療の日々が頭の中を駆け巡る。
そして——
『心得ておくがいい。いずれ必ず、コロシアイは起こる』
コンラート・ヘルター……一体なんの目的で、俺たちにコロシアイなんて——
「……いや」
少なくとも今は、考えた所で答えは出ない。判断材料が少なすぎる。
とにかく、傷橋が言っていたように……少しでも体力を温存しなければ。
壁掛け時計を見ると、時刻は17時になろうかという所。
……暫し仮眠を取った後、少し施設内を歩き回ってみよう。
俺は部屋のテーブルにアロマを置くと、
ベッドの縁に座った姿勢のまま仰向けに倒れ、目を閉じた。
◆
▶︎18:24-スイス-ジュネーヴ-WHO本部
「よし、伝導率を4から7に上げてくれ。いいぞ……これで——」
WHO・不完全洗脳治療プログラム開発研究室。
研究員たちの尽力により、プログラムの開発は最終局面に突入していた。
モニターに表示されている、
プログラム構築の進捗を伝えるインジケーターは既に89%。
これが100%になった後に記録媒体への転送を行い、
各国の医療機関への導入が開始されれば——
「——完成だ」
“不完全洗脳”による社会活動の停滞は、一挙に解決されるだろう。
「よし、転送を開始してくれ。被害状況に関する資料は——」
◆
▶︎19:53-ピラミデン-トリグラフ基地-鴉座の個室
「く……あぁ」
仮眠を終えてスマートフォンを見ると、時刻はもうすぐ20時……
個室と共有スペース以外の照明が落ちるという夜時間までもう僅かだ。
俺は背伸びをしてから照明を消すと、個室を出てドアに鍵を掛け、
水分補給のために共有スペースへと向かった。
部屋を出てすぐの通路に人気はない。皆個室で休んでいるのだろう——と、
ホールを通り過ぎようとした所で、丁度俺と同じぐらいのタイミングで
個室から出てきていた蓮仰と遭遇した。
「やァ諒名。どこか行くのかい?」
「水を飲みに共有スペースにな。蓮仰は……あぁ、夜時間の巡回か。
手間かけさせて悪いな、俺の——」
言いかけた俺の口を、唐突に蓮仰が人差し指で塞いだ。
「“俺のせいで”は禁止だよ。
当事者でないボクにこんなこと言う資格はないかもしれないけど、
あれは過去の諒名だ。罪を償う意思が強いのは結構だが、
過去に囚われすぎるのも良くないぜ?」
指を離し、蓮仰が続ける。
「——ってまぁ、綴離やイルヴィアにも似たようなこと言われてたかな?」
「……? どうしてそれを……」
「目を見れば分かるとも。いい顔してるよ、諒名」
そう言って蓮仰が微笑んだのとほぼ同時に、時刻は20時を迎えた。
照明が落ち、ホールは暗闇に包まれる。俺は携帯していたマグライトを点け、
蓮仰もまたスマートフォンのライト機能を起動して灯りを確保した。
「……と、時間だ。じゃあボクは巡回に行ってくるよ。水分補給が終わったら、
すぐに部屋に戻るようにね?」
「あぁ。じゃあな」
俺はマグライトの灯りを頼りに、共有スペースへの歩みを進めた。
◆
▶︎ピラミデン-トリグラフ基地-共有スペース
共有スペースのドアを開けて中に入ると、大きなテーブルに
向かい何かの作業をしている刺国の背中が目に入った。
テーブルの上にはナノメタル・デバイスで構築されたものと思しき細長い
ロボットアームのようなものが展開され、大きな機械——
例の映像が映し出された後にイルヴィアの銃撃で
大穴が空いたブラウン管テレビを分解しているようだ。
「刺国」
「んなあァウ!? なんだ諒名か……驚かせんじゃねーよ……」
かなり集中していたらしい刺国が、キュウリに驚いた猫のように飛び上がる。
俺は冷蔵庫からキャップに“RYONA”と書かれたペットボトルを取り出し、
彼の隣に椅子を置いて腰掛けた。
「それ、ホールにあったテレビだよな。どうして分解を……そもそも、
分解して大丈夫なのか? 確かルールブックには——」
ルールブックを取り出そうとした俺に、刺国が冷静に答える。
「禁止されてんのは“破壊”だろ? 分解は全然セーフ。
さっきコンラートにも聞いたしな」
「そうか……でもなんでまたこのテレビを?」
「この基地、電波が入ってねーから携帯も通じないって話だったけど、
コンラートの野郎はこのテレビ越しに俺らと会話できてたろ?
だからこのテレビのどっかに、無線通信に使える何かが入ってんじゃねーかと
思ってな。まぁ、イルヴィアが撃った時に壊れてたら詰みなんだが……
あ、そこのネジ取ってくれ」
「……おぉ、これか」
「サンキュ。よし、次は——」
◆
「か〜……やっぱダメだったかぁ……悪りぃな諒名。手伝ってもらたのに」
「気にするな。こういう経験はあまりなかったから、楽しかったよ」
ふと共有スペースの壁掛け時計を見ると、針は20時41分を指していた。
水を飲んですぐ戻るつもりが、彼の手伝いをしているうちにいつの間にか
時間が経ってしまっていたようだ。
刺国がバラバラに解体したテレビを元の形に戻し、
共有スペースの隅に置いた。役目を終えたナノメタル・デバイスも粒子に戻る。
そして俺もコップ一杯分ほど飲んだペットボトルを冷蔵庫に戻し、
俺たちは2人で共有スペースを出た。
暗い通路をライトで照らしながら、個室への道を進む。
角の向こうからライトの光がちらちらと見えるのは、巡回中の蓮仰だろう。
「流石に集中しすぎたな……めっちゃ眠みぃ……」
「何時からあそこにいたんだ?
まさか傷橋との探索が終わってからずっと……とかか?」
俺が怪訝な顔で問うと、刺国はあくび混じりに答えた。
「ふわ〜ぁハハ。ご名答」
「あまり無理はするなよ。食料が限られてるこの状況じゃ、
睡眠が何よりのエネルギー源なんだからな」
「へぇへぇ」
「……っと、もう着いたか。お疲れ、また明日な」
「おう。明日こそはなんかしら手がかり見つけてやろうぜ」
俺は刺国の出した拳を手のひらで受けてから別れ、個室のドアを開けた。
◆20:57-ピラミデン-トリグラフ基地-鴉座の個室
部屋に戻った俺は手探りで照明を点け、ますぐにシャワー室に向かった。
いや……正確にはシャワーも何もないので、
なんと呼べばいいか分からない部屋、だが。
脱いだシャツとジャケットを適当に畳んでからボディシートを手に取り、
顔や上半身を拭く。シャワーを浴びることができないのは残念でならないが、
それでも少しは、心身共にさっぱりできた。
スマートフォンの目覚まし時計を翌朝6時30分にセットし、部屋の照明を消す。
テーブルに置いていた傷橋のアロマはまだ効いている。
椅子に座って深く呼吸をすると、今日の出来事が走馬灯のように脳内を駆け巡った。
ピラミデンの地。
コンラート・ヘルター。
コロシアイ。
過去の俺が、イルヴィアの父親を殺害する映像。
イルヴィアに手渡されたドッグタグ。
『——うん。諒名ももう……大丈夫そうだな。明日からの探索も頑張ろう』
傷橋の、少し寂しそうな顔。
——明日の探索も頑張ろう。
深呼吸の後にそう小さく呟き、俺はベッドに身を預けた。
◆06:47
翌朝。
目覚ましのアラームを止めて起き上がり、
夜と同じようにボディシートで身体を拭く。
「さて……」
昨日ナナレアが言っていた集合時間まであと20分弱。少し早いが、
ホールに向かうとしよう。ジャケットの袖に腕を通しながらドアを
開けようとしたタイミングで、ドンドン!という強いノックの音が鳴り響いた。
「おい諒名! 起きてるか!? つか起きろ!!」
刺国の声だ。声色からして、かなり切迫した状況のようだが——
俺がドアを勢いよく開けると、刺国が部屋に転がり込んできた。
バランスを崩した彼の腕を取って立たせてやる。
「今部屋を出ようとした所だ。何があったんだ?」
「……蓮仰がマズいことになってる。お前なら何とかできるかもって、
ナナレアが。とにかく早く来てくれ!」
蓮仰が?
詳細を聞く暇もなく、俺は刺国に引っ張られるまま部屋を後にした。
◆
▶︎ピラミデン-トリグラフ基地-room 04(空き部屋)
刺国に連れられてきたのは、部屋割りの際に空き部屋となったroom 04。
ドアは開放されており、部屋の中にはナナレアと安楽襲、シーナ、祓戸、イルヴィアと、
ベッドの上で目を閉じたまま動かない蓮仰の姿があった。
見ると、彼の呼吸はとても浅く、その長い睫毛には、霜のような白いものが付着している。
「蓮仰——?」
俺の声に気付き、ナナレアが振り返る。
「諒名。来てくれたのね、良かった……実は——」
ナナレアの説明によると、つい先ほど……6時40分頃に目を覚まして安楽襲と
共にランニングをしていたナナレアが、研究室01——もとい、
遺体安置室のドアが少し開いているのに気付き、中に入ってみた所、
意識を失っている状態の蓮仰を発見。急いで最寄りの個室であるこの部屋に
運んできたそうだ。祓戸とイルヴィアは安楽襲に呼び出され、シーナと刺国は
起床後水を飲みに共有スペースへ向かっていた際に騒ぎに気付いて合流したとのこと。
刺国の言っていた“お前なら何とかできるかも”の意味は、俺の捜索者としての
経験を買ってくれたのだろう。実際、こういう状態の捜索対象の保護や治療は経験がある。
俺はナナレアの説明を聞きながらベッド脇にしゃがみ込み、蓮仰の身体の状態を精査する。
「この体温の下がり方は尋常じゃないな。一体何時間安置室にいたんだ……?
床に接していた箇所には凍傷もあり、か。軽度だからまだいいが——
よし、刺国。向かいの空き部屋のベッドから布団と、それとシャワー室からタオルを
ありったけ持ってきてくれ。イルヴィアは倉庫だ。
使えない銃に込められていた弾丸が欲しい。中の火薬をうまく使えば火種になるからな。
それとシーナ、狗縊と傷橋も呼んで来てくれ。できるだけ人数を多くして、
部屋の温度を少しでも上げないと」
「任せとけ!」
「分かった」
「おっけぃ」
◆
「——よし。ひとまずこれで、しばらくすれば意識も戻るだろう」
ほどなくして、俺は元々部屋にあった布団とタオルに刺国が持ってきてくれたものを加え、
蓮仰を包んでこれ以上の体温低下を阻止した。イルヴィアが持ってきてくれた弾丸の
中の火薬で火は起こせなかったが、
刺国が機転を効かせ簡易的な使い捨てカイロをいくつか作り、
これを蓮仰の首や脇に挟むことで体温の上昇を促進。
我ながら……上手くいったのではないだろうか。心なしか、
蓮仰の呼吸も正常なスピードに戻ってきているように見える。
「さすが諒名ね。弾丸の火薬を使うなんて、私にはとても思い付かないわ」
「本当にすごいのは刺国だけどな。火が起こせないと分かってすぐに
“カイロを再現する”なんてアイデアが出るあたり、やっぱり天才だよ」
「褒めてもなんも出ねーよ……っと。つか——シーナ遅くね?」
ベッド脇に置いていた椅子から立ち上がりながら刺国が呟いた言葉で、
部屋に若干の緊張感が走る。
「……確かにそうですな。そこまで距離があるわけでもないですし、
いくら熟睡していたとて、あの鉄扉をノックされれば誰でも飛び起きるでしょうに」
祓戸の目配せを受け、イルヴィアが真剣な面持ちで床に置いていた
ライフルケースを持ち上げて背負う。
「何かあったのかもしれないな。私たちも行って——」
と、イルヴィアが部屋を出ようとした所で、
シーナが眠そうに目を擦る狗縊の手を引いて部屋に戻って来た。
「お待たせ諒名。連れてきたよ、即身」
「ありがとう——ん、傷橋はどうした? 一緒じゃないのか」
「あー……部屋のドアノックしたんだけど全然出なくてさ。
他の部屋にいるかもと思って探したんだけど、やっぱりどこにもいなかったんだよね。
そんな眠り深い方だったっけ、綴離って」
「え——」
シーナの報告に俺とイルヴィアは顔を見合わせ、やがて同じ結論に至った。
「——すぐに行こう。傷橋の部屋だ」
俺の言葉にイルヴィアは小さく頷き、
蓮仰のことは他の面々に任せてroom 04を飛び出した。
◆
▶︎07:11-ピラミデン-トリグラフ基地-傷橋の個室
「鍵は閉まってるな……おい傷橋、何かあったのか?
いるなら返事をしてくれ!」
傷橋の個室のドアを何度も強く叩き、
フロア全体に聞こえるほど大きな声で呼びかけるが、一向に返事はない。
「………………まさか、だよな」
ほんの一瞬、“その可能性”が脳裏をよぎってしまった。
自分の鼓動が段々と早くなり、嫌な汗が背中を伝うのを感じる。
気が遠のきそうになる俺を、イルヴィアの声が現実に引き戻した。
「鍵穴の部分を撃ち抜けば開けられるが、
ドアの破壊は禁止事項に抵触するからな。どうしたものか……」
俺とイルヴィアがドアの前で二の足を踏んでいると、ふいに通路の監視カメラ脇に
設置されていたモニターの電源がつき、コンラートが現れた。
「やぁ。お困りのようだね」
神経を逆撫でするかのような声色に、先ほどまでの不安感が苛立ちに切り替わる。
相変わらず飄々とした奴だ。モニターを睨み付ける俺とイルヴィアをよそに、
コンラートが続ける。
「確かにドアの破壊は禁止事項、ルール違反だ。だが——」
「だが?」
「——“捜査”のために必要な場合であれば、特例で不問とする。
“今のこの状況”がまさにそうだ。その個室のドアに限り、破壊による突破を許可しよう」
“捜査”……と、コンラートはそう言った。
俺の苛立ちは再び強烈な不安感へと変わり、手指の先が小刻みに震え出した。
コンラートは既にモニターから姿を消している。
「——諒名。下がっていろ」
イルヴィアに言われるままドアから離れる。彼女はライフルケースから
ショットガンを取り出して弾を込めると、ドアに近づきもう一度傷橋に呼び掛けた。
「傷橋、今からこのドアの鍵を破壊する。もし中にいるなら、ドアから離れていろ」
イルヴィアが振り返り、俺の目を見て頷く。俺は瞬きで返すのが精一杯だった。
◆
「……よし、開いたぞ」
合計3発の弾丸が鍵の部分に撃ち込まれたドアにイルヴィアが手を掛けるが、
銃撃で歪みが生じてしまったらしく上手く開かない。
俺も手伝い、2人がかりでドアをこじ開けることに成功した。
「傷橋……?」
部屋の電気を点けて呼び掛けるが、返事はおろか、
彼女の姿は部屋のどこにも見当たらない——と、
見回していた所でシャワー室のドアが目についた。
俺の捜索者としての経験と直感が、「あそこには人がいる」と——そう告げていた。
「……こっちだ。来てくれ」
ベッド付近にいたイルヴィアを呼び寄せ、2人でシャワー室に近付く。
一歩進むたびに、直感が実感へと変じていくのを感じる。心臓の音は、
自分の耳で聞こえるほど大きく早くなっていた。
ドクンドクンという音に混じり、こちらに近づいてくる複数の足音も聞こえる。
先ほどの銃撃音を聞いた皆が駆けつけて来たのだろう。
俺は深く息を吸い込み——シャワー室のドアを開け放った。
◆
一瞬の沈黙の後、俺の口からは「は?」という音が漏れ出ていた。
シャワー室の梁に、一本のロープが結び付けられている。
それが伸びる先へと、ゆっくりと視線を移す。
見慣れた赤褐色の髪。
見慣れた深緑色のジャケット。
見慣れた真っ赤なタイツ。
見慣れた紅白のスニーカー。
見慣れた——
「傷、橋………………」
見慣れた彼女の、決して見たくなかった姿。
梁から伸びるロープは、その白く細い首を深く、強く、締め上げていた。
◆