空疎創作論破   作:あるぺす

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はじめての創作論破小説です。

▶︎当作品は、ゲームおよびアニメ“ダンガンロンパ”の
 世界観をお借りした創作論破作品です。
 本家作品の設定を元に、独自解釈を多大に加えた世界で
 物語が進行していきます。ご留意ください。


第一話(後編) 【悪路】

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

▶︎約一年前-メキシコ-サカテカス州-サカテカス-特別収容所

 

 

 

 

 

 

「この先が、彼の収監されている独房です。くれぐれも注意を」

 

「わかってる。善処するよ」

 

物々しい装備に身を包んだ警備員の男と共に特別収容所の薄暗い廊下を進んでいるのは、

“超高校級のカウンセラー”傷橋綴離。

この日彼女は、ある男の治療依頼を受けてこのサカテカスの地に馳せ参じた。

 

程なくして重厚な造りの鉄格子の前に辿り着き、警備員の男が鍵を開ける。

 

「……本当に一人で大丈夫ですか? 傷橋女史。安全は保証できませんよ」

 

「大丈夫だよ。心配ありがとう」

 

男の言葉をさらりといなし、傷橋は独房の奥へと歩みを進めていく。

青白い照明が照らす薄暗い部屋の中、“彼”は壁にもたれかかるようにしてうずくまっていた。

 

「………………誰だ」

 

「はじめまして、私は傷橋綴離。今回、キミの治療を担当することになったカウンセラーだ。

キミの名前は——鴉座、諒名くんで合ってるかな?」

 

「治療……?」

 

怯えたような、しかし明確な警戒心を宿した瞳で鴉座が傷橋を見据える。

彼女は目線を合わせるようにしゃがみこみ、続けた。

 

「未来機関との交戦中に頭部を負傷して、正気を取り戻したんだって? キミは運がいいね。

外的要因によって絶望から覚めたとういう例はほとんどないんだ。いや、

キミの場合は“覚めかけている”と言うべきかな。記憶のフラッシュバックが発生すると、

自制が効かなくなってしまうんだろう?」

 

「……あぁ」

 

「それを治すのが私の役目だ。キミを更生させる事に成功すれば、その技術を応用して、

今問題になっている“不完全洗脳”を解決する助けになるかもしれない」

 

一通り話を聞いた鴉座は、傷橋の顔から視線を外して呟いた。

 

「——いつフラッシュバックが起きて暴れ出すかわからないんだぞ。

そこの警備員にも酷い怪我を負わせた……お前のことも、傷つけてしまうかもしれない」

 

傷橋が振り返ると、鉄格子の向こうにいる警備員の男が服の袖を捲って見せた。

その上腕には、痛々しい縫い跡が残っている。一呼吸置き、鴉座の方に向き直った。

 

「大丈夫。心配ないよ」

 

言いながら右手を伸ばし、鴉座の左胸にそっと触れる。

恐れや不安から来るものだろうか。その鼓動はとても早い。

 

「——キミの心は正しい場所にある。今は少し、影が差しているだけだ」

 

「ぁ………………」

 

鴉座の心拍の音が、少しづつ穏やかになっていく。

 

「……私に、キミを救わせてくれ」

 

胸から手を離し微笑んだ傷橋が、鴉座の手を取って立ち上がる。

 

「——じゃ、覚悟はいいかい?」

 

「あぁ……よろしく頼む」

 

しっかりとした眼差しで答えた彼に、傷橋のまた笑顔で返す。

 

 

「任せてくれ、諒名。キミのことは……私が守るよ。何があろうとね」

 

 

 

そして——現在。

 

 

 

▶︎07:24-ピラミデン-トリグラフ基地-傷橋の個室

 

 

 

「そのまま慎重に降ろして、そうね。ベッドに寝かせてあげて……ありがとう、尊」

 

梁に固定されたロープで首を吊っていた傷橋の遺体をナナレアと安楽襲が降ろし、

ベッドに寝かせる。既に部屋には、意識を取り戻した蓮仰を含めた全員が集まっていた。

 

「傷橋——」

 

ベッドの脇に立ち、彼女の頬に触れる。

俺の心の癒しとなっていた快活な笑顔は見る影もなく、

その肌は冷たく硬直していた。首の索条痕が痛々しい。

 

「——だから言っただろう? いずれ必ず、コロシアイは起こる、と。

“超高校級のカウンセラー”傷橋綴離は……死んだ」

 

いつの間にか、部屋のモニターにコンラートが現れていた。

嘲笑うかのようなその声にも、今の俺は何も感じない。

 

——だが、シーナは違ったようだ。怒りに満ちた瞳で、コンラートを睨め付ける。

 

「テメェ……」

 

モニターから離れた位置にいた彼女が、弾かれたように

コンラートの映るモニターに飛び掛かった。

 

「おいッバカやめろ! それ壊したら学園長が——!」

 

止めようとした刺国を振り払い、モニターへと突貫していく。安楽襲なら抑えられるだろうが、

彼のいる位置からでは距離がありすぎる。このままでは——

 

「……やめて」

 

モニターの側に立っていた狗縊が素早くシーナの懐に潜り込み、

彼女の首元に何かを突き立てた。途端にシーナの動きが鈍り、やがて力なくくずおれた。

側にいた祓戸が切磋に頭と肩を支え、床に寝かせる。

 

シーナの身体から離れた狗縊の右手には、細長い注射器が握られていた。

中に入っていたと思われる薬品は、全てシーナに投与されたようだ。

 

「……狗縊氏、それは?」

 

「はぁ……植物性の鎮静剤。念のため持ってきといて、正解だったね——

少し経てば起きると思うから、そのまま寝かせといてあげて」

 

空になった注射器をジャケットの内側にしまいながら

祓戸の問いに答える狗縊に、安楽襲が質問する。

 

「そのような薬品は、他にもあるのか?」

 

狗縊は立ち上がりながら、ジャケットの内側を見せるように大きく広げた。

 

「あー……これとこれは睡眠薬で、こっちが鎮痛剤。どれも植物性。で……これは——」

 

ジャケットの内側には、様々な薬品が入った注射器が収納されていた。その中のひとつには、

一際危険そうな色の薬品が入っているが……。

 

「もしもの時の……秘密兵器」

 

 

 

 

 

 

「——さて、こうして遺体が発見された以上、君たちには捜査と、

その後の学級裁判への参加が義務付けられる訳だが……ルールは学園長がかつて経験した

コロシアイと同じだ。捜査を行い手掛かりを集め、学級裁判で犯人を暴く。多数決でな。

投票の結果が正解であれば、犯人のみが処刑され、不正解だった場合は……

犯人以外の全員が処刑される——では、捜査開始だ。

タイミングを見て、また声をかけさせてもらうよ」

 

「健闘を祈る」と言い残し、コンラートはモニターから消えた。

 

入れ替わるように、ナナレアが俺の隣に立つ。

 

「……諒名」

 

「あぁ、やるしかない」

 

俺を絶望から掬い上げ、生きる意味を与えてくれた、命の恩人。

イルヴィアは俺を指して“お前は今の世界に必要だ”と言っていたが、

傷橋こそ……今の世界に本当に必要な人間だった。

 

この暗く病んだ世界を照らし救えるのは、彼女しかいない。

 

その彼女は今、目の前で冷たくなっている。その瞼が開くことは、もう決してない。

 

傷橋は、なぜ死んだのか——死ななければ、ならなかったのか。

 

 

「……必ず、突き止めよう」

 

 

 

 

 

 

——捜査開始——

 

 

 

 

 

 

▶︎07:38-ピラミデン-トリグラフ基地-傷橋の個室

 

 

 

捜査を行うにあたり、俺たちはこのように手分けして行動することにした。

 

俺と狗縊、祓戸は、傷橋の遺体を。

ナナレアと安楽襲は、シャワー室を中心に個室内全体を。

そして蓮仰と刺国、シーナの3人は、現場となったこの個室以外のフロア全体を捜査しつつ、

蓮仰の一件についても調べを進める。そしてイルヴィアは個室内の捜査、

及び現場の見張りを担当することになり、各々散開した。

 

「……始めよう」

 

俺はまずベッドの脇にしゃがみ込み、傷橋の髪の毛を退けて索条痕の状態を確認することにした。

ロープの模様がくっきりと残っている、痛々しい痕だ。

顎のラインから耳の下にかけて赤く残っているそれは、紛れもなく彼女が首吊りによって

命を落としたという証左だった。

 

「……この索条痕の残り方からして、傷橋氏は自殺と見て間違いないでしょうな」

 

確認を終えた俺が傷橋の髪を整えていると、祓戸が隣にやって来た。

俺と同じようにしゃがみ込み、頬杖をついて傷橋の遺体に目を向ける。

彼女の方から俺に話しかけてくるなんて珍しい……。

 

「そう、だな……」

 

小さく返事をした俺の顔を、祓戸が目を見開いたまま覗き込んでくる。

 

「それにしても……最愛の恩人が自殺したのにも関わらず、涙の一つも溢さないとは。

流石は元・絶望……遺体には慣れておいでですか」

 

「ちょっと――」

 

傷橋の腕の辺りを捜査していた狗縊が諌める。俺はそれを目線で制し、祓戸の言葉に答えた。

 

 

「あぁ……慣れてるよ」

 

 

「………………」

 

祓戸はつまらなさそうにため息をついて立ち上がると、

傷橋のジャケットを中心に捜査活動を再開した。程なくして——

 

「これは……この部屋の鍵ですかな」

 

言いながら、祓戸がジャケットのポケットから鍵を発見した。

 

先ほど俺とイルヴィアがこの部屋に来た時点で鍵が掛かっていたことを考慮すると、

遺体発見前からこの部屋は密室だったということになる。やはり、自殺の線が濃厚か……。

 

 

 

 

 

「手首にも指にも外傷はなし……爪の間にも何もないとこを見ると、誰かに襲われたとか、

争った可能性はなさそう。死亡推定時刻は……暫定だけど、昨日の19時から20時ってとこかな」

 

言いながら、狗縊が既に硬直が始まっている傷橋の腕をゆっくりと元の位置に戻す。

 

「……検死の経験、あるのか?」

 

「まぁね。呼ばれて出向くとこがそっち系で荒れてるとこばっかだったから、

プロの人らがやってるの見てたら自然と覚えてた。

流石に初めての検死が傷橋になるとは……思ってなかったけど」

 

俺の質問に答えながら、彼女は傷橋の髪を指で整えた。

 

「毒や薬を服用した痕跡もないし——」

 

「じゃあ、やっぱり……」

 

「うん。自殺の可能性が8割って感じかな」

 

……ん? 8割?

 

「ほう。そのこころは?」

 

傷橋の部屋の鍵を検分していた祓戸が会話に加わる。

 

「“自殺に見せかけた他殺”……って可能性も、残しておくべきだと思う」

 

 

 

 

 

 

遺体の捜査がひと段落したタイミングでナナレアと安楽襲も個室の捜査を終えたようで、

俺たちはナナレアを中心に集まった。イルヴィアは依然、ドア前で警戒を続けている。

ひとまず、個室の捜査結果を聞くとしよう。

 

「まずはシャワー室について。綴離が首を吊っていたロープに、

小さいけど血痕が付着していたわ。乾き具合からして、

付いたのは昨日の夜のうちだと思う、んだけど……」

 

報告しつつ、ナナレアが狗縊を見やる。彼女も小さくうなずき、ナナレアに続いた。

 

「傷橋の遺体に外傷はなかった……てことは、他の誰かの血ってことになるけど……

そんな人いた? ここに来てから血が出るような怪我をした人なんて――あ、いたか」

 

「……蓮仰だな。俺が応急処置をした時、うっすらだが口元に血の跡があった気がする。

後で詳しく聞いてみよう」

 

ナナレアが腕を組み直してうなずき、報告を続ける。

 

「他に目立つものといえば……首を吊った際に使ったと思われる椅子が倒れていたぐらいで、

シャワー室内で争った形跡もなかったわね。即身の言っていた通り、

他殺の可能性もあるかもしれないけど……現時点では、自殺と考えるのが妥当でしょうね」

 

「それと――」と、ナナレアが安楽襲に目配せをする。今度は彼からの報告だ。

 

「個室の方で気になった点は一つだけ。テーブルの上に傷橋のルールブックがあったのだが、

白紙のページが一枚、破られていた。指揮官と二人で隅々まで調べたが、

この部屋では見つからなかった。どこか他の場所に捨てられたか――」

 

「私が遺体を捜査した時は鍵しか見つかりませんでしたし、他の”誰か”が持ち出した、か……」

 

「他の“誰か”」という祓戸の言葉に、考えたくはない可能性だが……

狗縊の言っていた”自殺に見せかけた他殺”という言葉が脳裏をよぎる。

 

もしこれが他殺だとしたら、犯人は俺たちの中にいることになる。一体誰が……何の目的で……。

 

「………………」

 

「……大丈夫? 顔怖いよ」

 

「――あ、悪い…‥」

 

狗縊の声で現実に引き戻される。思案を巡らせているうちに、

かなり険しい顔になってしまっていたらしい。ともあれ、まだ判断材料が少なすぎる。

 

冷静にならないとな……。

 

 

 

 

 

 

それからほどなくして、刺国、シーナ、蓮仰の三人が

フロア全体の捜査を終えて部屋に戻ってきた。

見張りをしていたイルヴィアも含めて、情報の共有を行う。

 

明らかになった事実としては、蓮仰の件――

彼が今朝遺体安置室で見つかった事についてが大きいだろう。捜査を行う中で頭が整理され、

昨夜の出来事を思い出したそうだ。

 

曰く、彼は昨日の夜、巡回で倉庫を訪れ、ドアを開けた瞬間何者かに襲われた、とのことだった。

顎を鋭く殴り抜かれたらしく、それなりに出血があったという。

 

「じゃあロープの血痕は、その時の……? 尊、あのロープって――」

 

「えぇ。倉庫に備蓄されていたものの一つでしょう。

蓮仰が襲われた際に飛び散った血が付着したものと見て良いかと。刺国、どうだ?」

 

「おー。それで合ってると思うぜ。

倉庫のロープが一本なくなってたし、周りに血痕もいくつかあったしな」

 

一連の話を聞いたイルヴィアが、顎に手を当て考える姿勢を取る。

 

「蓮仰の動体視力をもってしても躱しきれない打撃か……

相当訓練された人間でなければ不可能だろうな。どうあれ、

計画的な襲撃であることに変わりはないだろう。傷橋の死にも関わっているかもしれない」

 

合点がいった様子のナナレアが、ロープと血痕、蓮仰を襲った人物像について

ルールブックに書き込む。その様子を横目に、

いつの間にか小脇に狗縊を携えていたシーナが説明を続ける。

 

「……で、想慈は殴られて気を失って、気付いたら遺体安置室にいたみたいだよ。

助けを呼ぼうにも寒くて動けなかったんだって」

 

「指が動かなくなった時は死を覚悟したよ……改めて諒名、ありがとう。

キミがいなかったら……いや、やめておこう」

 

未だ凍傷の痕が残る耳を触りつつ、改めて俺と目を合わせる。

 

「それより、これでボクたちからの報告は終わりだけど……どうかな。

"超高校級の捜索者"として、何か見えてきたかい?」

 

蓮仰の言葉に続くように、皆が俺の方を見る。正直、情報が雑然としすぎていて、

考えをまとめようにも取っ掛かりがない。

 

俺はベッドの上の傷橋の遺体に目を落としつつ、率直に答えた。

 

 

「そうだな……恐らく自殺だろうが、ルールブックや蓮仰の件も考えると……

ただの自殺ではないだろうし、他殺の可能性も捨てるべきではないと思う。

とにかく、裁判で時系列や当時の状況についてしっかり話し合わないことには、

はっきりとした事は言えない――っていうのが、正直なところだ」

 

 

 

 

 

 

「——そろそろ時間だ。真相解明に繋がる手掛かりは集まったかな?

では皆、エレベーターの前に集まってくれ。裁判場へと案内しよう」

 

俺が考えを述べ終わった所で、コンラートが捜査時間の終了を告げた。

皆で傷橋の遺体に手を合わせ、個室を後にする。

 

 

 

 

 

▶︎トリグラフ基地1F-エレベーター前

 

 

 

「全員集まったようだね。では……裁判場へ向かうとしようか。少し下がっていてくれ」

 

「裁判場へ向かうとしよう」と言いつつ、エレベーターから俺たちを遠ざける。

なぜ……?と思っていると、金属同士の擦れる不快な音を立てながら、

地下にしか通じていないはずのエレベーターが天井へと吸い込まれていった。

エレベーターそのものが隠し扉のようになっていたらしい。

 

そして俺たちの目の前に現れたのは……照明のない、

どこまで続いているのかすら判然としない細い通路だった。

 

「この通路の向こうが裁判場だ。一列になって進むのをお勧めするよ、狭いからね。

あぁそれと……裁判場に武器となるものの持ち込みは禁止だ。

隊長はライフルケースを、刺国はその腕のデバイスを置いていくようにな」

 

「………………」

 

俺たちは返事をすることなく、

安楽襲を先頭、イルヴィアを最後尾にして通路へと足を踏み入れ、一歩ずつ進んで行った。

 

 

 

 

 

 

▶︎08:42-トリグラフ基地-裁判場

 

 

 

20メートルほど進むと、開けた空間——コンラートが言う所の“裁判場”に出た。

ホールや個室と同じくコンクリ打ちっ放しの、正方形の部屋だ。中央には鉄製の細長い

ロッカーのようなものが、イギリスのストーンヘンジのように円形に並べられている。

正面部分には鉄格子が嵌め込まれており、ロッカーと言うより“一人用の檻”のような感じだ。

後方がトラックのパワーゲートのように開かれており、

スロープ状のそれを伝って中に入るらしい。これが証言台という訳か……。

 

全員が裁判場に入った所で、通路の向こうでエレベーターが元の位置に戻る

音が鳴る。そして、部屋の壁面に設られたモニターにコンラートが現れた。

 

「裁判場へようこそ——ここは本来、旧ソ連軍が緊急用のシェルターとして用意していた空間だ。

ほとんど手付かずの状態だったから、掃除が楽だったよ。さぁ、証言台へ」

 

 

 

 

 

 

俺たちがコンラートに促されるままそれぞれの名前と数字が

記されたプレートが掲げられている証言台に入ると、台の床が2センチほど沈み込んだ。

体重を認識したのか、スロープ状になっていたゲートが跳ね上がり、証言台が密閉された。

かちりとロックのかかる音がする。

 

全員が証言台に入った所で、空いている1つ——傷橋の証言台に目をやると、

遺影のつもりだろうか。彼女の顔写真が額縁に入れられた状態で

鉄格子の部分に括り付けられていた。

コンラートの仕業だろうが、悪趣味な奴だ……。

 

 

「——さて、準備はいいかな。では始めようか……

“超高校級のカウンセラー”傷橋綴離は如何にして命を落としたのか、

その真相を暴くための——学級裁判を」

 

 

コンラートの号令に合わせ、

スピーカーから裁判の開始を告げる耳障りなブザー音が鳴り響いた。

 

「………………」

 

改めて、傷橋の顔写真を見つめる。

 

絶望に堕ち、自分自身に失望していた俺を掬い上げてくれた彼女。

 

優しく、聡明で、快活な——俺にとっての太陽のような存在であった彼女は、もういない。

 

 

 

瞳を閉じ、その現実を今一度噛み締める。

 

 

 

——解き明かさなければ。

 

彼女は、傷橋は……なぜ死んだのか。

 

一度深呼吸をして、俺は口を開いた。

 

 

「——始めよう」

 

 

 

 

 

 

 

——学級裁判 開廷——

 

 

 

 

 

 

 

裁判の口火を切ったのはナナレアだった。よく通る声で、進行を開始する。

 

「話し合いを始めるにあたって、まずは前提をはっきりさせておきましょう。

ひとまずは自殺と仮定しつつ、さっき即身や諒名が言っていた通り、他殺の可能性も考慮してね」

 

皆が賛同の意を示す。さて、最初に話し合うべきは……。

 

「まずは直接の死因について確認しておこう。狗縊、もう一度詳しく頼めるか?」

 

「ん、分かった」

 

イルヴィアに促され、狗縊がルールブックの検死結果をまとめたページを開く。

 

「傷橋の死因は、頸部圧迫による縊死で間違いないと思う。

ロープで頸動脈が締め上げられて、脳に酸素が行かなくなったんだろうね。

索条痕の位置とも一致してる」

 

「……で、そのロープには血痕が付いていたんだ。恐らくは、蓮仰のものだろう」

 

言いながら俺が目を向け、蓮仰にバトンを渡す。

 

「そうだね。ボクが昨日の夜、巡回中に倉庫で襲われた時のものだろう。

倉庫の中にあった他のロープにも飛び散ってたしね」

 

「——ねぇ想慈、貴方が倉庫で襲われたのって、何時頃だか覚えてる? 大体でいいわ」

 

何か思いついた顔のナナレアが、真剣なまなざしで問いかける。

 

「ん? そうだな……20時30分頃……だったかな?」

 

「20時30分……即身、綴離の死亡推定時刻について、もう一度教えてくれる?」

 

狗縊がルールブックのページをめくり、ナナレアの質問に答える。

 

「うん。えっと……硬直の具合からして大体……19時から20時ぐらい——」

 

……ん?蓮仰が襲われたのが20時30分頃で、

狗縊の検死による傷橋の死亡推定時刻が19時から20時……。

 

「おかしい……よな。もし傷橋が倉庫からロープを持ち出して自殺したのなら、

その時にはまだ蓮仰の巡回は始まっていないし、ロープに血痕も付いてないはずだ」

 

ロープが持ち出されたのは蓮仰が襲われた後、というのは、確定事項と見ていいだろう。

だが、傷橋が死んだのはそれよりも前で……。

 

「んー……傷橋が自殺だとしたら、だけどよ。

ロープを調達しに倉庫に行ったらばったり想慈に出くわして、

詮索されたくなくてブン殴ってそん時の血が……いや、ねーな。

そもそも時間が合わねーか……」

 

うーんと唸って頭を掻く刺国。俺も彼と同じようなことを考えたが、

そうなんだよな……どうしても、あと一つのところで取っ掛かりがなくなってしまう。

 

「まぁでも、その可能性もあり得なくはないよ。

私の検死は素人の真似事みたいなもんだし、死亡推定時刻だって暫定だから……」

 

「あ〜、為澄の考えが当たってたとしてもさ、

綴離が想慈をK.Oできるとは思えないかな……凄いんでしょ? 想慈の動体視力」

 

確かに。イルヴィアも言っていたが、蓮仰を襲ったのは、

彼の動体視力をもってしても躱きれない打撃を打ち込むことのできる人物だ。

相当訓練された人物だとも言っていたか。この約一年間を傷橋と共に過ごしてきたが、

彼女にそのような力があるとは、とても思えない。

 

考えを巡らせていると、イルヴィアが口を開いた。

 

「蓮仰を襲った人物が誰なのかはまだ判断できないが、

襲った目的ならば特定できるんじゃないか?

捜査の際、蓮仰は“倉庫のドアを開けた瞬間に襲われた”と言っていた。つまり、

襲撃者は彼を待ち伏せしていたと考えられる。その理由は——」

 

安楽襲が閃いたようで、大きく目を見開く。

 

「——蓮仰の監視巡回の目を潰しておきたかった……つまり、

人に見られてはいけないことを行うつもりだったと」

 

「見られてはいけないこと……安楽襲殿、例えば?」

 

祓戸の質問に、彼は確信に満ちた声でこう言った。

 

 

 

「恐らくは……殺人」

 

 

 

 

 

 

 

「——まとめると、尊は……倉庫で想慈を襲った人物がロープを持ち出して、

彼を遺体安置室まで運んだ後に綴離を殺した……と思ってるのね?」

 

安楽襲の推理を聞いたナナレアが改めて確認する。

 

「えぇ。死亡推定時刻の矛盾はありますが、そこは狗縊が言っていた通り暫定のものです。

多少のズレはあり得るかと」

 

「その可能性もあるか……よし、前提を見直してもう一度皆で——」

 

 

「お待ちを」

 

 

祓戸だ。俺の提案をぴしゃりと却下し、スーツの懐からあるもの——

傷橋の部屋の鍵を出して掲げる。

 

「鴉座殿とイルヴィア氏が傷橋氏の個室を訪れた際、ドアの鍵は閉まっていた。

そしてその鍵は、彼女の遺体のジャケットから見つかりました。

つまり傷橋氏が死んだ時、彼女の個室は密室だった、ということになりますが……

安楽襲殿。そこはどうお考えで?」

 

「鍵……か。悪い、そこまで考えが及んでいなかった。先ほどの推理は撤回しよう」

 

 

 

 

 

 

その後もいくつかの推理が展開されたが、

自殺とも他殺とも言い切るだけの確証が得られず——

 

「なーんか煮詰まってきたな……今んとこ分かってるのは、

ロープに付いてた血が想慈のモンで、昨日の20時30頃に想慈は倉庫で襲われてて……

でも綴離の死亡推定時刻はそれより前……」

 

「そして、死亡当時は部屋に鍵が掛かっていた……自殺を前提に考えてきたけど、

それだと時間的な矛盾が生じてしまうし……かといって他殺だとしたら、

鍵か掛かっていた件が引っかかるのよね……」

 

刺国とナナレアが難しい顔で考え込む。何か、見落としているものはないだろうか——あ。

 

「そういえば……安楽襲。傷橋のルールブックの話がまだだったよな?」

 

「あぁ……ページが一枚破られていたやつだな。何か気になることが?」

 

「破られたページの行方がわからない、という話だったけど、一旦視点を変えてみよう。

ページの在処ではなく、そこに何が書かれていたのか、

なぜ破る必要があったのかについて考えるんだ。ただの書き損じの可能性もあるが、

他にも可能性はある。例えば——」

 

 

「誰かに手紙を書いていた……とか?」

 

 

そう、その可能性だ。ナナレアの言葉を受け、裁判場の空気に緊張感が増す。

 

「ふむ。その説が当たっていたとしたら、

それを受け取った人物がこの中にいるわけだ……どうかな?

心当たりのある人はいるかい?」

 

蓮仰がぐるりと皆を見回すが、名乗り出る者はいない。

無論、俺は手紙など受け取っていないが……。

 

「誰もいない、か……綴離が手紙を書いていたという説が間違っていたのか——

手紙を受け取った上で、“何らかの理由”で黙っているのか……」

 

蓮仰の針のような視線が全員に向けられる。

脳の奥まで見透かされているようで、思わず脂汗が出る。

 

 

手紙、か……。

 

 

 

 

 

 

「ここまで色々と話してきたが……破られたページの件も含めて、

いまいち決定打に欠けるというか、核心を掴めないな……」

 

眉間に皺を寄せて腕を組むイルヴィア。多角的な視点で考えてきたつもりだが、

自殺と断定するのも早計な気がするし、

かと言って他殺だと言い切れるだけの材料もない——

 

 

 

「——やはり自殺なのでは? 捜査の際にナナレア氏が仰っていましたが……

現場となったシャワー室には、荒らされた形跡もなかったようですし……

何より、我々にはDNA鑑定の心得などありません。ロープに付着していた血痕も、

本当に蓮仰殿のものなのでしょうか」

 

 

 

荒らされた形跡もなかった……ん?

 

沈黙を破った祓戸に、一つ聞いてみることにした。

 

「祓戸……現場のシャワー室に荒らされた形跡がなかったから、

傷橋は自殺だと……そう言いたいのか?」

 

「えぇ。過去に何度か首吊り自殺の様子を収めた映像を見たことがありますが、

どの現場も傷橋氏のいたシャワー室のように整然としていました。

首吊りは最も苦しみの少ない自殺方法ですからな……

動機はどうあれ、安らかな最期だったと——」

 

 

 

「——いや、それは違うぞ」

 

 

 

「おや……鴉座殿、何か?」

 

 

 

 

 

 

「どうしたよ、諒名……?」

 

困惑する刺国の声を聞き流し、祓戸に向き合う。

そうだ。この違和感に、もっと早く気づくべきだった。

 

「祓戸、お前が本当に首吊り自殺の映像を見たことがあるのなら……

“整然としていた”なんて感想は出てこないはずだぞ」

 

 

 

「——ほう」

 

 

 

「今回の傷橋のように……足が浮くような形での首吊りの場合は、

意識を失った後も腕や足が激しく動くことがあるんだ。絶望に堕ちていた頃、

所属していた組織のメンバーが狂を発して集団自殺をしたことがあったんだ。首吊りでな……

もしあの狭いシャワー室で傷橋が自ら首を吊ったのなら、

その過程で動いた腕や足が壁のラックにぶつかって、タオルやトイレットペーパーが

散乱していてもおかしくなかったはずだし、

小さな傷が付いていてもおかしくない……だが——」

 

「シャワー室にそんな形跡はなかった上に……狗縊の検死では、

傷橋の身体に傷はひとつも付いていなかった……」

 

安楽襲の補足に頷き、続ける。

 

「つまり、現場の状況から考えた場合、傷橋が自殺だとは考えられないんだよ。

祓戸、お前は捜査の時から傷橋が自殺だと決め付けているようだったが……」

 

「はて——鴉座殿はもしや……傷橋氏は自殺ではなく他殺で、

その犯人が私だと思っておいでですか?

別に構いませんが……いささか根拠が薄いのでは?」

 

根拠か……それは、彼女自身が今も持っている。そして、

祓戸の言動を軸に改めて捜査と裁判の流れに思考を巡らせ、

ようやく輪郭が掴めてきた。捜索者としての経験が活きたな……。

 

「根拠ならまだある。お前が持っている……傷橋の個室の鍵だ。

それを最初に見つけたのは祓戸、お前だったが——」

 

祓戸の目尻が、わずかに動いた。

 

 

 

「……あの時本当は“見つけたふり”をしていただけで、実際は部屋の鍵を

“ずっと持っていた”んじゃないか? 素早くポケットから取り出して、

その手で傷橋のジャケットを探り、あたかも今発見したかのように振る舞った——

“傷橋が死んだ時現場は密室だった”と思い込ませ、彼女は自殺によって命を落とした、

と見せかけるために……鍵の発見を偽装したんじゃないか?」

 

 

「………………」

 

 

 

「祓戸、反論があれば言ってくれ。第一、

お前が鍵の発見を偽装したのも……俺の思い違いかもしれないしな」

 

俺の推論を聞き終わった祓戸は表情ひとつ変えぬまま、俺と目を合わせてこう言った。

 

 

 

「ご安心を、思い違いではありませんよ。

流石は“超高校級の捜索者”殿だ……その直感の冴えは本物ですな」

 

 

 

 

 

 

「それは肯定……と捉えていいのか? お前が……

自殺に見せかけて傷橋を殺した犯人だということを認めると?」

 

「えぇ。下手な嘘は身を滅ぼしますな……いやはや無念」

 

あっけらかんとして頭を掻く祓戸の姿に、俺を含めた全員が奇異の視線を向けていた。

コンラートの語ったルールではこの後多数決による投票が行われ、

その結果犯人を暴くことに成功すれば犯人のみが処刑される、ということになっている。

もっとも、こうして彼女自身が犯人であることを認めている以上、

投票の結果は分かりきっているが……。

 

「み、認める……って、マジで言ってんのか……蒐子……」

 

刺国が、聞いたことのないほど弱った声で祓戸に問いかける。

しかし祓戸は小さく微笑むのみで、場の空気は混乱に包まれたままだ。

ナナレアを始めとする他の面々も驚嘆している様子で、誰も声を出そうとしない。

 

「——祓戸、聞かせてくれないか。お前と傷橋の間に、何があったのか。

どうして、お前が傷橋を殺すことになったのか」

 

「………………」

 

俺たちの顔を一通り見回した後、祓戸はゆっくりと語り始めた。

 

 

 

 

 

 

きっかけは、祓戸の個室のドアに挟まっていた1枚の手紙だったという。文面はこうだ。

 

 

 

『キミが諒名を殺そうとしているのは知っている。19時30分に私の部屋へ。話をしよう』

 

 

 

▶︎19:27-トリグラフ基地-傷橋の個室

 

 

 

「……やぁ。こんばんは」

 

曰く、傷橋はいつものような柔和な笑顔で祓戸を迎えたそうだ。

一定の距離を保ったまま、傷橋が怜悧な声音で話し始める。

 

「手紙にも書いたが……蒐子。キミ、諒名を殺そうと思ってるだろ?」

 

いつもの彼女からは想像もできない突き刺すような視線に、

しかし祓戸は怯むことなく淡々と答えた。

 

「……つくづく嫌な特技ですな。“人の感情の方向や性質を読み取ることができる”

というのは……えぇ、そうです。私は鴉座殿の殺害を画策している——して、

こうして呼び出してどうするおつもりで? 拘束でもしますか。

どこかにイルヴィア氏あたりが隠れていて……とか」

 

「それはない……私はカウンセラーだからね。するのは拘束じゃなく、説得だ。

そこに座ってくれるかな?」

 

言いながら祓戸をベッドに座らせ、その隣に腰を下ろす。

傷橋は祓戸の瞳をじっと見据えながら、

彼女の心を解きほぐすように……説得を試みたという。

 

 

 

◆19:39

 

 

 

「……どうかな、蒐子。分かってもらえたら嬉しいんだけど——」

 

「えぇ……どうやら、私が間違っていたようですな。

鴉座殿を殺害するなどという世迷言、何と謝罪すれば良いか——」

 

「蒐子……」

 

肩を震わせ俯く祓戸を、傷橋が優しく抱き寄せる——

と同時に、感情の性質変化を感じ取る。

 

傷橋のカウンセリングによって露出した大きな失意は、

ただのまやかし。この一瞬で明確な“殺意”へと変じていたのだ。

 

 

 

——殺される。

 

 

 

傷橋は切磋にその場を離れようとするが、

目の前にいる祓戸はMI6所属の訓練を受けた人間だ。その動きは全て読まれている。

 

「……ッ!」

 

ドアに向け伸ばした手は祓戸の手刀で振り払われ、

バランスを崩した右脚に鋭い膝の一撃が打ち込まれる。

堪らず床に突っ伏した傷橋は力を振り絞って起き上がろうとするが

、首に伝わる細く冷たい感触と、先ほどより強まった殺意のプレッシャーに

気圧されてしまい、その身は言う事を聞かない。

 

「あ——」

 

傷橋の命を奪った本当の凶器は、祓戸が着用していたネクタイだった。

下顎のラインに沿わせたそれを一気に締め上げ、脳への酸素供給を止める。

 

約8分後。傷橋の死亡を確認した祓戸はネクタイを着け直し、

周囲を警戒しつつ個室を去った。

 

 

 

 

 

 

「——そして私は倉庫に身を隠し、夜時間を待ちました。

蓮仰殿の目は厄介ですからな、ここらで封じておこうと思い立った次第です。

彼が倉庫のドアを開けた瞬間を狙ってね。

あわよくばのダブルキルを狙って遺体安置室まで運んだのですが、

こっちも失敗してしまいましたな。そして倉庫からロープを持ち出して

首吊り自殺の現場を偽装したはいいものの……

私もまだまだ素人ですな。ロープの血痕は見落とし、無知が災いして、

現場の違和感を鴉座殿に勘付かれてしまう始末……

殺人や拷問の現場はそれなりに目にして来ましたが、自殺案件の

経験の少なさがここで響いてくるとは思いませんでしたよ。

更に鍵発見の偽装工作も見破られ——いやぁ、残念無念」

 

「綴離が……蒐子にそんな手紙を……」

 

シーナが小さな声で呟いた。

 

傷橋……どうしてお前は、そんな危険を伴う手紙を……あぁ。いや、

そうか——彼女は祓戸の、俺への殺意が発生した瞬間にそれを感じ取っていたんだ。

 

そして、その計画が実行される前に、先手を打って止めようとした。

イルヴィアや安楽襲に頼めばよかったものを、

カウンセラーである傷橋は、話し合いの場を設けたんだ。

殺人を企てている祓戸であっても、決して傷付けないために。そしてそれは——

 

 

 

 

 

 

「任せてくれ、諒名。キミのことは……私が守るよ。何があろうとね」

 

 

 

 

 

 

 

何故かスッキリしたような笑顔で話を結んだ祓戸に、ナナレアが詰問する。

 

「当初は諒名を殺そうとしていたのよね?

それはなぜ? 理由を聞かせて頂戴。蒐子」

 

ナナレアの言葉が終わると同時に、祓戸の顔から先ほどまでの笑顔が消えた。

そして、光の灯っていない真っ黒な瞳で答える。

 

 

 

「……むしろ、何故皆様方はその男をさも仲間かのように受け入れているのですか?

その男の過去の悪行を忘れたわけではないでしょうに……

いくら更生しようと、恩赦を得ようと、彼の過去は……彼の罪状は変わらない。

 

本人もその事は承知のようですが、だからこそ……えぇ。だからこそ“気持ち悪い”。

 

自身の過去を省み、罪を自覚していながら、それでも尚前を向いて

生きていこうとしているその姿勢が、その精神性が、

その在り方がどうしようもなく気持ち悪い。

罪人は罪人らしく野垂れ死んでいれば良いものを……何より、そのような男を

仲間として、当たり前のように受け入れている貴方たちが気持ち悪い——

自殺に見せかけたのはその為です。裁判を間違った解答に誘導し、

皆様方を皆殺しにする予定でした……まぁあっけなく失敗に終わりましたが。

標的を変更したのは、口封じとしての目的もありましたがそれ以上に……鴉座殿、

貴方の心を折る為でもあったのですよ?イルヴィア氏が父上の死の瞬間の映像を

見せられた時と同じような絶望を貴方にも、と思ってね」

 

 

 

言いながら首だけを動かしてこちらを向いた祓戸に、一瞬たじろいでしまった。

明らかに——空気感が違う。俺と目を合わせたまま、彼女は続ける。

 

「——ですが存外、平気そうにしてましたな。

涙のひとつも流さないとは意外でしたよ……鴉座殿。貴方は——」

 

祓戸が鉄格子にもたれかかり、俺を凝視する。

 

 

 

 

「ご自身が想像しているよりも、深く病んでいるのやもしれませぬな?」

 

 

 

 

「——祓戸」

 

「なんです? 鴉座殿」

 

「教えてくれ……お前が、そこまで俺を……“絶望”を強く恨む理由を」

 

俺が問うと、祓戸は大きくため息をつきながら狭い証言台の中でしゃがみ込み、

再び立ち上がった。

 

「ハァ……“大事な人を目の前で絶望の連中に奪われたから”などと言えば、

イルヴィア氏からは同情いただけるかもしれませんな……

それとも、“唯一の居場所を絶望の連中に壊された”とかの方が好みですかな?」

 

薄ら笑いを浮かべながら答える祓戸だが、どちらも真実味を感じない答えだ。

一体なんのつもりで……。

 

「おい祓戸……質問に」

 

 

 

「呵呵! 答える訳がないでしょう? 他人からの同情なぞに価値はない……

理解を得るつもりも、毛頭ない。諦めてください。

もう裁判は終わりです——コンラート、投票を」

 

 

 

一方的に話を切り上げ、祓戸がコンラートに投票の開始を促す。

彼はすぐにモニターに現れ、投票についての説明を始めた。

 

「想像していた学級裁判とは少し違ったが……まぁ、こんなものか。

ふむ——さて、話し合いが終わった所で、投票の時間だ。方法は簡単。

1人ずつ、犯人だと思う者の名前を言うだけだ。順番は——そうだな。

鴉座を始点に時計回りの順でいいだろう。大きな声で頼むよ。では——投票開始だ」

 

 

 

 

 

 

結果、満場一致で全ての票が祓戸に集まった。そう、全ての票が……である。

つまり、祓戸も自分自身に投票したのだ。

 

「それで——結果は?」

 

祓戸が小首を傾げてコンラートの方を見る。

これから処刑されるというのに不気味なほど落ち着き払っているその姿に、

俺はある種の恐怖のようなものを感じていた。

 

 

 

「……お見事、正解だ。傷橋綴離を自殺に見せかけて殺害し、

犯人指名の失敗による皆殺しを画策した犯人は——“超高校級の工作員”祓戸蒐子だ」

 

 

 

◆10:33

 

 

 

——学級裁判 閉廷——

 

 

 

 

 

コンラートの正解発表で裁判はひとまずの終わりを迎え……

後は犯人である祓戸の処刑を待つのみとなった。

 

「……ふふ」

 

尚も微笑み続ける祓戸。彼女が放つ異質すぎる雰囲気の中、

俺たちは黙ってその行く末を見届ける事しかできない。

 

「——さて、お待ちかねの“処刑”の時間だ。祓戸、

君はこれから惨たらしく死ぬわけだが……

何か、彼らに伝えておきたいことはあるかな?

なければ結構。あるなら——手短に済ませてくれ」

 

コンラートの言葉を聞いた祓戸は表情を変えぬまま、

ゆっくりと俺たちの顔を見回す。そして——

 

 

 

「ん〜、特に思い付きませんが……あぁ。

皆様、どうかお元気で。またすぐにお会いしましょう」

 

 

 

そう言って、穏やかな笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

「では……処刑の執行を始めよう」

 

コンラートがそう言った瞬間、祓戸の証言台が、

俺たちの視界から消えた。いや、正確には……証言台の下の床が抜け、

祓戸の入った証言台ごとその下の空間へと落ちていった。

 

そのまま床に叩きつけられたのだろう。ガシャン、と大きな音が響き渡る。

 

程なくして床は元通りになり、入れ替わるようにして裁判場のモニターに

床下の様子が映し出された。広さはこの裁判場と同程度。

照明は粗末な蛍光灯が一つあるのみだ。

 

床に叩きつけられた衝撃で証言台のロックが外れたようで、

祓戸がゆっくりと這い出てきた。

 

「——処刑って……これで終わり? ここに閉じ込めて餓死させるってこと?」

 

狗縊の疑問を聞いたコンラートが、思わず吹き出しながら滔々と答えた。

 

 

 

「まさか……ここからが本番だ。目を逸らさずに見ていたまえ」

 

 

 

 

 

 

——THE CROWS-“超高校級の工作員”祓戸蒐子 処刑執行——

 

 

 

 

 

 

「ん……うぅ——」

 

ひどく冷たい床から何とか起き上がった祓戸は周囲を見回す。

視界に入るのは、コンクリートの壁と床。

天井には、蛍光灯が一つ。ドアも窓もない。

 

最低限の情報量の中で「どうしたものか」と思案する祓戸。

 

このままここで飢え死にさせるつもりだろうか。これが処刑だというのならば、

いくら何でもインパクトに欠けるだろう。

どうせなら、毒薬かナイフでも用意しておけと——

 

「……?」

 

祓戸の耳に入ったのは、何かが擦れるような音。

紙?いや、違う……布、でもない……もっと有機的な——そう。例えば……。

 

 

「何か……そこにいるのか……?」

 

祓戸の視線の先、蛍光灯の光が届かない暗闇の中に、

“何か”の気配を察知したようだ。腰を落とし、

隠し持っていたアーミーナイフを構える。

 

「………………」

 

 

 

かちゃり。

 

 

 

「え——」

 

小さな金属音が鳴る。続いてバタン!と、扉か何かが倒れるような音。

“何か”の気配が、より一層濃さを増す。

 

 

 

そして、祓戸がその姿を視認した瞬間。暗闇から飛び出した無数の“それ”が、

黒い嵐となって祓戸を目掛けドウッと殺到した。

思わず後ろに飛び退き、逃げの態勢をとる。

 

「——! これ、は……!」

 

ガァガァと耳障りな鳴き声を上げながら、

ギラついた翼で祓戸の周りをを飛び回る——そう、“何か”の正体とは、

部屋の奥に隠されていた無数のカラスだ。

 

しかも……ただのカラスではない。

 

その様子を裁判場のモニターで視聴していたシーナが、その異質さに気付く。

 

「何? あのカラス……目が……」

 

目が——真っ赤に充血している。

赤目のカラスたちの体躯は見慣れたそれよりひと回りほど大きく、

それでいて骨が浮き出るほど痩せていた。

とても健康的とは言えない、不気味な姿だ。

 

「………………あぁ」

 

祓戸はこの処刑によって自身がどのような最後を迎えるかを悟り、

逃げる足を止め、その場に座り——否、横に転がっている証言台を持ち上げ、

中に身を隠した。この証言台は鉄製だ。

カラス如きの嘴で傷が付くような代物では——

 

 

 

ざく。ざく。ざく。

 

 

 

「……は?」

 

祓戸の視界に飛び込んできたのは、鉄製の証言台を貫き自身の目前に突き出た、

カラス共の嘴だ。正面から、右から、左から。

既に何発かが彼女の肩や腕に突き刺さり、カラスの嘴が血で濡れている。

 

その血の匂いに刺激されたのか、カラス達の動きが活発化し始める。

痩せぎすの身体で証言台に体当たりを仕掛け、

転がして中の祓戸を引き摺り出そうとする。

依然として嘴による攻撃は続き、出血量も増していく。

祓戸はアーミーナイフで応戦するが、狭い証言台の中では上手く捌くことができない。

 

かといってここから出れば、

血の匂いで昂ったカラス達が一気に襲いかかってくるだろう。

 

「ぐ——」

 

 

 

ガタ……ギギギ……ガタン。

 

 

 

処刑開始から約10分——ついにカラスが、祓戸の入った証言台を転がし、

彼女を安全圏から文字通り“引き摺り出した”。

 

「……ッ! やめ——」

 

祓戸がアーミーナイフを振り下ろす。が、

その手に既にナイフは握られておらず、代わりに大きな穴が空いていた。

 

 

 

————————————ッ!!

 

 

 

その一撃が合図であったかのように、

 

カラス達が祓戸の四肢へ、

 

腹部へ、

 

胸部へ、

 

頭部へ、

 

そして顔へ——容赦なく突貫してくる。

 

最初こそ手刀や蹴りで応戦していたが……。

 

 

 

指を食い千切られ——

 

「ぁ……」

 

鼓膜を破られ——

 

「……ッ!」

 

 

 

眼球を。

 

口腔内を。

 

太腿を。

 

下腹部を。

 

そして、首筋を——執拗についばまれ、

処刑開始から約20分後、祓戸蒐子は絶命した。

 

 

 

カラスたちは、尚もその屍体に嘴を突き立て続ける。

既に彼女の身体は、飢えたカラスたちの食糧となっていた。

 

 

 

 

 

 

「祓戸……」

 

彼女のあまりにも惨い最期を見届けた俺の口は、自然にその名を呼んでいた。

 

蓮仰や刺国の嗚咽が聞こえる。当然だ……あんなに惨い映像を見せられて、

冷静でいられる方がどうかしている。俺たちの大半がそうだ。

 

「証言台を盾代わりに使ったか……流石に工作員だな。

面白い判断だ……さて、これで裁判は終了だ。ご苦労様」

 

コンラートがそう言うと、俺たちが入っていた証言台のロックが解除され、

背中側が開いて再びスロープを形成した。

全員が証言台から出て、通路の前に集まる。

 

「……じゃあ皆、戻りましょうか。脱出のための探索を……続けないと——」

 

「……ッ! 指揮官!」

 

歩き出そうとしてふらついたナナレアを、

安楽襲が切磋に抱きとめる。終始冷静な彼女だったが、先ほどの処刑の映像で

かなりのショックを受けていたようだ。

 

「——行こう」

 

代わってイルヴィアが先陣を切り、俺たちは裁判場を後にした。

 

 

 

◆11:19

 

 

 

基地に戻って皆と解散した俺は、傷橋の個室を訪れた。

現場となったシャワー室からは、既に彼女の遺体は消えていた。

コンラート曰く、

祓戸の処刑が行われている間に彼が遺体安置室に運んだ、とのことだった。

 

 

 

▶︎11:25-トリグラフ基地-遺体安置室

 

 

 

「傷橋……」

 

遺体用の冷蔵庫を開け、彼女と対面する。

そして、ピラミデンに向かう前に交わした会話を思い出す。

 

 

 

 

 

「……いや、行くよ。言っただろ? 諒名は私が守る。忘れちゃったかな?」

 

「初めて会った日だろ? 覚えてるよ、頼りにしてる。

お前は精神的に、俺は物理的に互いを守る」

 

 

 

 

 

 

「ごめん。傷橋……互いを守ると約束したのに……」

 

 

 

涙は、流れなかった。

 

 

 

▶︎19:44-トリグラフ基地-傷橋の個室

 

 

 

それから俺たちは再び集合し、

共有スペースで今後の指針について話し合った——

と言っても、やること自体は変わらない。この基地からの脱出、

及びコンラートの身柄を確保するための探索を続けることだ。

 

そして、裁判を終えて何か変化がないかと皆でフロア全体の探索をしたが、

収穫は得られなかった……いや、あるにはあったか。

先日、ナナレアが狗縊に依頼していた研究室の薬品についての報告を聞いたんだ。

あそこにあった薬品はどれも麻酔や鎮痛薬の類で、

致死性の毒などは置いていなかったとのことだった。

 

他に変化したことといえば、倉庫のロープが一本なくなり、

傷橋の個室のドアの鍵が破壊されたことぐらいだ。

 

その後は……ナナレアと安楽襲のトレーニングに付き合ったり、

刺国や蓮仰と話をしたり……無意味なのか有意義なのか分からない時間を過ごし——

今に至る。もうすぐ夜時間だが、正直……全く眠れる気がしない。

傷橋のアロマがなくなってしまった、と言うのもあるが……

何より、精神的な疲弊が大きい。

 

「はぁ……」

 

どうしたものか……と考えていると、コツコツとドアがノックされた。

覗き窓を開けると、そこにいたのは狗縊だった。鍵を開け、彼女を迎える。

 

 

 

 

 

「狗縊……どうした?」

 

狗縊はドア横の壁に持たれながら、下を向いて頭を掻く。

何か言い出し辛いことでもあるのだろうか——

 

「あー……これ、渡しにきただけ」

 

そう言って彼女が放ってきたのは小さな瓶。

研究室にあったものだろうか。中には液体が入っている。

 

「これは?」

 

 

 

「——傷橋の調合を完全再現……はできなかったけど、

まぁ……アロマの代わり、みたいなやつ。枕にでも垂らして使いな」

 

 

 

「…………ありがとう、狗縊——」

 

「ん。そんなに量ないから、使いすぎ注意ね。じゃ」

 

言い終わると、狗縊はそそくさと自身の個室に戻って行ってしまった。

 

そういえばさっき俺がナナレアと安楽襲のトレーニングに付き合っていた時、

通路を歩く狗縊の姿を見た気がする。これを作るため、だったのか……。

 

瓶を開け、枕に一滴垂らしてみる。

途端に慣れ親しんだ香りが鼻腔をくすぐり、徐々に精神が癒されていくのを感じる。

彼女の言っていた通り、傷橋のものの完全再現とはいかないが……充分、眠れそうだ。

 

部屋の明かりを消し、ベッドに身を投げる。

 

傷橋が殺され、その犯人である祓戸も処刑によって殺された。

何が理由でそこまで俺を……絶望を憎んでいたかは今となっては突き止めようがないが、

 

諸悪の根源はあの男……コンラート・ヘルターだ。

 

 

 

必ず奴を引き摺り出し——罪を償わせなければ。

 

 

 

 

 

 

▶︎21:38-アメリカ-フロリダ州-不完全洗脳患者専用特殊病棟

 

 

 

「えーと……こいつでファイルを解凍して、と——よし、始めよう」

 

「ではこの電極を……えぇ。そことそこに。

あ、少し痛むかもしれません——よし、と。ではドクター、お願いします」

 

「よし。治療プログラム、開始。これで皆、日常に戻れるぞ……!」

 

フロリダ州にある、不完全洗脳患者専用特殊病棟。

先刻WHOから治療プログラムの第一陣が到着し、

この病棟に入院中の872人に対し、プログラムが実行された。

2時間もすれば彼らの脳を蝕んでいた“希望のビデオ”による不完全洗脳は解除され、

以前と同じような日常生活が送れるようになるだろう。

 

WHOでは、既に第二陣、第三陣の準備が着々と進んでいる。

これが全世界に流通すれば、社会再生の一助となることは間違いない。

 

医師たちは希望に満ちた表情で、プログラムの導入を進めていく。

 

 

 

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